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一話 婚約解消
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寒々しい冬空の下、アーレンフェスト伯爵家の庭園では恒例の茶会が開催されていた。
婚約者としてディアルガを誘ったミティルニアはかちゃりと音を立てて茶器を置くと、さてと前置いて話を切り出す。
「今日お呼び立て致しましたのはわたくしたちの婚約についてのお話なのですが、そろそろ解消をと思いまして」
可愛らしい笑顔、震えるほど冷たい風、そして絶縁を突きつける零度の言葉。結果的には、相殺などされず、ただただ頭を鈍器で殴られたかのような衝撃と、冷たい風をディアルガの胸に与えただけだった。
「解消…?」
らしくなく何故かうめき声が上がりそうになるのを必死で堪え、小さく咳払いをして落ち着き払ったように取り繕ってから、ディアルガは言外に説明を求める。それにミティルニアは至極当然といった表情で頷く。
「ええ、ですがそれはお父様が勝手に進められてしまったことでわたくしの意思でなく…今は跡すら残っていないほどの、小さな傷を理由にそのような重大な決まり事でディアルガ様を縛りたくありませんの」
「淑女に傷をつけてしまったのだ、そんなものは当然ではないか」
ふと、珍しく前髪が結い上げられているミティルニアの金髪をディアルガが見つめる。かつてはそこに、小さいながらもしっかりと穴のような傷がついていた。しかし、今はミティルニアの言葉通りになんの傷跡も見当たらない、つるりとした美しい形の額である。
「いいえ、ただわたくしが転けてしまっただけですわ。そんな些末な出来事を知っているのは極僅かな者だけですし、今はその傷すら何処にも見当たりませんもの。寧ろ、解消は当然のことですわ」
軽く首を振って頑なな態度で婚約解消を進めようとする婚約者にディアルガは自分でも何故かは分からないが、酷く苛立ってしまい無意識の内に低い声を出してしまう。
「…傷が完治したからと言って今更婚約を解消したいとは思わない」
「ありがとうございます、ですがこれはわたくしの我儘。これより長く婚約をしていては、ディアルガ様は素敵な殿方ですからよろしくても、わたくしなどは何方にも拾っていただけなくなってしまいますわ」
ディアルガの言葉に、定型的に感謝を述べるミティルニアにまたしてもむかむかとした感情が湧いて出る。意味がわからないのだ、この婚約には利益しかないはずなのに。アーレンフェスト伯爵家の利になり、更にはミティルニア本人にも幼い頃より見知った相手に愛や恋は無くとも、大切に妻として遇される未来の何が気に入らないのか。
「…そう思っているのなら、今のままで良いでは無いか。俺は、妻を蔑ろにする男ではない」
「そんな心配、杞憂であることは存じ上げております。ですがわたくしは、ディアルガ様にあまりに相応しくありませんから」
「ミティルニアが俺に相応しくないなどと、感じたことすらない。今、それを切り出した理由があるだろう? 教えてはくれないか」
このままでは話がいつまでも並行することを感じ取って、思わず出てしまいそうになる溜息を堪えながら理由を問えば、ミティルニアは平然とした態度を崩さずに若干恥じらいながら口を開く。
「貴族として、相応しくない望みであることは分かっているのですが…わたくし、もし叶うのならお慕いする方と互いに想い合う結婚をしたいと思っております。その為の努力は限りなくしたくて、ディアルガ様との婚約を解消させていただきたいなと」
つまりは、婚約者であるディアルガの他に想い人がいるから別れて欲しいということ。聞く限りではそうしたからと言って、必ずしもミティルニアが望む『恋愛結婚』とやらができる訳では無いだろうに、それを望むの言うのだ。
(…そんな相手がいたとはな)
「……なるほど、わかった。ならば君の望み通りにしよう」
最早、ミティルニアにとってディアルガの妻になる利益など、どうだって良いのだということを理解したディアルガは彼女を思い留まらせることを放棄した。別に、自分だってミティルニアに恋情を抱いているわけではないのだから。
「まあ! ありがとうございます」
ただ、ミティルニアの嬉しそうなその声がいつまでも頭に張り付いて離れてくれなかった。
婚約者としてディアルガを誘ったミティルニアはかちゃりと音を立てて茶器を置くと、さてと前置いて話を切り出す。
「今日お呼び立て致しましたのはわたくしたちの婚約についてのお話なのですが、そろそろ解消をと思いまして」
可愛らしい笑顔、震えるほど冷たい風、そして絶縁を突きつける零度の言葉。結果的には、相殺などされず、ただただ頭を鈍器で殴られたかのような衝撃と、冷たい風をディアルガの胸に与えただけだった。
「解消…?」
らしくなく何故かうめき声が上がりそうになるのを必死で堪え、小さく咳払いをして落ち着き払ったように取り繕ってから、ディアルガは言外に説明を求める。それにミティルニアは至極当然といった表情で頷く。
「ええ、ですがそれはお父様が勝手に進められてしまったことでわたくしの意思でなく…今は跡すら残っていないほどの、小さな傷を理由にそのような重大な決まり事でディアルガ様を縛りたくありませんの」
「淑女に傷をつけてしまったのだ、そんなものは当然ではないか」
ふと、珍しく前髪が結い上げられているミティルニアの金髪をディアルガが見つめる。かつてはそこに、小さいながらもしっかりと穴のような傷がついていた。しかし、今はミティルニアの言葉通りになんの傷跡も見当たらない、つるりとした美しい形の額である。
「いいえ、ただわたくしが転けてしまっただけですわ。そんな些末な出来事を知っているのは極僅かな者だけですし、今はその傷すら何処にも見当たりませんもの。寧ろ、解消は当然のことですわ」
軽く首を振って頑なな態度で婚約解消を進めようとする婚約者にディアルガは自分でも何故かは分からないが、酷く苛立ってしまい無意識の内に低い声を出してしまう。
「…傷が完治したからと言って今更婚約を解消したいとは思わない」
「ありがとうございます、ですがこれはわたくしの我儘。これより長く婚約をしていては、ディアルガ様は素敵な殿方ですからよろしくても、わたくしなどは何方にも拾っていただけなくなってしまいますわ」
ディアルガの言葉に、定型的に感謝を述べるミティルニアにまたしてもむかむかとした感情が湧いて出る。意味がわからないのだ、この婚約には利益しかないはずなのに。アーレンフェスト伯爵家の利になり、更にはミティルニア本人にも幼い頃より見知った相手に愛や恋は無くとも、大切に妻として遇される未来の何が気に入らないのか。
「…そう思っているのなら、今のままで良いでは無いか。俺は、妻を蔑ろにする男ではない」
「そんな心配、杞憂であることは存じ上げております。ですがわたくしは、ディアルガ様にあまりに相応しくありませんから」
「ミティルニアが俺に相応しくないなどと、感じたことすらない。今、それを切り出した理由があるだろう? 教えてはくれないか」
このままでは話がいつまでも並行することを感じ取って、思わず出てしまいそうになる溜息を堪えながら理由を問えば、ミティルニアは平然とした態度を崩さずに若干恥じらいながら口を開く。
「貴族として、相応しくない望みであることは分かっているのですが…わたくし、もし叶うのならお慕いする方と互いに想い合う結婚をしたいと思っております。その為の努力は限りなくしたくて、ディアルガ様との婚約を解消させていただきたいなと」
つまりは、婚約者であるディアルガの他に想い人がいるから別れて欲しいということ。聞く限りではそうしたからと言って、必ずしもミティルニアが望む『恋愛結婚』とやらができる訳では無いだろうに、それを望むの言うのだ。
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「……なるほど、わかった。ならば君の望み通りにしよう」
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「まあ! ありがとうございます」
ただ、ミティルニアの嬉しそうなその声がいつまでも頭に張り付いて離れてくれなかった。
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