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二話 婚約した日
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ミティルニア・アーレンフェストの想い人は、幼少よりの婚約者 ディアルガ・ラルドラである。
王国では珍しい、漆黒の黒髪とその隙間からちらりと覗く血のように赤い瞳は社交界では不気味と揶揄されることも少なくないが、ミティルニアはそれが「美しい」と思った。
「ディアルガさま、お庭にいきましょう!」
まともに淑女教育も受けていない片手で数えられるほどの歳の頃、既にミティルニアは五つ年上のディアルガに恋をしていた。
両家の所有する商会が共同産業を行っていたこともあり、頻繁にラルドラ侯爵家を訪れるアーレンフェスト一家の一人娘であるミティルニアの相手をするのは決まってディアルガだった。
「ミティルニア嬢、足元にお気を付けて。母の要望で庭園を全て作りかえている最中なんだ」
所々に置かれる煉瓦を指差して、注意を促すディアルガにミティルニアは分かっているのか分かっていないのかよく分からない気の抜けた返事をする。
「はぁい…わあっ、これ、青いばら? ミア、はじめて見ました」
「ああ、それは父が母のために研究を重ねさせたもので先日ようやく完成したそうだ」
そして、幼児の物覚えや注意力というのは程度が知れたもので、ミティルニアも例に漏れず直前にディアルガに言われたことを忘れて初めて見る深い蒼色の薔薇に目を惹かれてそちらに駆け寄る。軽く説明をしながらも不自然にならないように手を繋いだディアルガの気遣いに幼いミティルニアが気付くことはなく、ただ柔く繋がれた手に嬉しそうな笑みを送った。
「へへへ、ディアルガさまかっこいい。ミア、だいすきですよ」
屈託のない、子供らしい無邪気で可愛らしいその笑顔と言葉にディアルガが周囲の誰も気が付かないほど浅く息を飲む。
普段、無感情に過ごしているディアルガの動揺は思いの外大きく、ディアルガの腕を頼りにぐらぐらと揺れる遊びを楽しんでいたミティルニアを支えていたディアルガの手から少しだけ、力が抜けた。
ディアルガの手と小さなミティルニアの手はそれで呆気なく解けてしまって、ミティルニアはそのまま花壇へ倒れ込み、それまで一度たりとも輝きを失わなかった金髪を土で汚すことになった。
うめき声ひとつ上げないミティルニアとは対照的に、周囲で様子を見守っていた使用人たちは悲鳴に限りなく近い声を上げながら、花壇に倒れ込んだミティルニアに駆け寄る。あまりの突然の出来事にディアルガは呆気に取られてしまって、咄嗟に動けないでいたが周囲の騒ぎ様に我に戻り倒れたミティルニアを抱き起こす。
驚いたように目を見開いてぱちぱちと瞬きをするミティルニアの様子にほっと胸を撫で下ろしそうになったディアルガ。しかしそんな気持ちとは反対に、ミティルニアの額からたらりと赤い液体が流れ落ちる。
「血が…頭から」
ディアルガが手に付いてしまった鮮やかな赤色の液体を呆然と眺めていると、その様子を駆け寄りながらも察したミティルニアの護衛が無言でディアルガからミティルニアを取り上げる。
「何をしている、早く医者を呼べ!」
緊急事態に右往左往としていた侍従らを叱咤し、本邸に常住している医者を呼びに行かせる。手際よく腰に提げたポーチから取り出した包帯でミティルニアの頭部をぐるぐると巻き付けると、護衛役の騎士はディアルガには一瞥もくれずにそのまま本邸に走っていく。その必死な表情が物事の深刻さを物語っているようでディアルガの顔から血の気が引いていく。
「お坊ちゃま、お早く侯爵御夫妻の元へ」
「…あの子は、大丈夫なのか?」
ついに蒼白にまでなった顔色でそう問いかけるディアルガにラルドラ侯爵家の従僕は困り果てる。一介の使用人の身で考えても事態は深刻だが、それを幼い主人に伝えるのは憚られたのだ。
「私には分かりかねます。医者に聞かなくては…」
随分と遅れてやってきたディアルガに両家の夫妻は色よい顔をしなかったが、叱責されることもなく、幼いディアルガはそれが余計に恐ろしく感じられた。そのあとは随分と長い間、ミティルニアの様子も尋ねることができない程緊迫した雰囲気で大人たちが話し合っているのを部屋の隅で体を小さくして眺めていた。
そうして──────その日のうちに、ミティルニアとの婚約が決定した。
ディアルガにただの一言も意思を確認せずに取り決められた婚約だったが、それを不満には思わなかったし、むしろ責任をとることができてよかったとさえ感じた。
王国では珍しい、漆黒の黒髪とその隙間からちらりと覗く血のように赤い瞳は社交界では不気味と揶揄されることも少なくないが、ミティルニアはそれが「美しい」と思った。
「ディアルガさま、お庭にいきましょう!」
まともに淑女教育も受けていない片手で数えられるほどの歳の頃、既にミティルニアは五つ年上のディアルガに恋をしていた。
両家の所有する商会が共同産業を行っていたこともあり、頻繁にラルドラ侯爵家を訪れるアーレンフェスト一家の一人娘であるミティルニアの相手をするのは決まってディアルガだった。
「ミティルニア嬢、足元にお気を付けて。母の要望で庭園を全て作りかえている最中なんだ」
所々に置かれる煉瓦を指差して、注意を促すディアルガにミティルニアは分かっているのか分かっていないのかよく分からない気の抜けた返事をする。
「はぁい…わあっ、これ、青いばら? ミア、はじめて見ました」
「ああ、それは父が母のために研究を重ねさせたもので先日ようやく完成したそうだ」
そして、幼児の物覚えや注意力というのは程度が知れたもので、ミティルニアも例に漏れず直前にディアルガに言われたことを忘れて初めて見る深い蒼色の薔薇に目を惹かれてそちらに駆け寄る。軽く説明をしながらも不自然にならないように手を繋いだディアルガの気遣いに幼いミティルニアが気付くことはなく、ただ柔く繋がれた手に嬉しそうな笑みを送った。
「へへへ、ディアルガさまかっこいい。ミア、だいすきですよ」
屈託のない、子供らしい無邪気で可愛らしいその笑顔と言葉にディアルガが周囲の誰も気が付かないほど浅く息を飲む。
普段、無感情に過ごしているディアルガの動揺は思いの外大きく、ディアルガの腕を頼りにぐらぐらと揺れる遊びを楽しんでいたミティルニアを支えていたディアルガの手から少しだけ、力が抜けた。
ディアルガの手と小さなミティルニアの手はそれで呆気なく解けてしまって、ミティルニアはそのまま花壇へ倒れ込み、それまで一度たりとも輝きを失わなかった金髪を土で汚すことになった。
うめき声ひとつ上げないミティルニアとは対照的に、周囲で様子を見守っていた使用人たちは悲鳴に限りなく近い声を上げながら、花壇に倒れ込んだミティルニアに駆け寄る。あまりの突然の出来事にディアルガは呆気に取られてしまって、咄嗟に動けないでいたが周囲の騒ぎ様に我に戻り倒れたミティルニアを抱き起こす。
驚いたように目を見開いてぱちぱちと瞬きをするミティルニアの様子にほっと胸を撫で下ろしそうになったディアルガ。しかしそんな気持ちとは反対に、ミティルニアの額からたらりと赤い液体が流れ落ちる。
「血が…頭から」
ディアルガが手に付いてしまった鮮やかな赤色の液体を呆然と眺めていると、その様子を駆け寄りながらも察したミティルニアの護衛が無言でディアルガからミティルニアを取り上げる。
「何をしている、早く医者を呼べ!」
緊急事態に右往左往としていた侍従らを叱咤し、本邸に常住している医者を呼びに行かせる。手際よく腰に提げたポーチから取り出した包帯でミティルニアの頭部をぐるぐると巻き付けると、護衛役の騎士はディアルガには一瞥もくれずにそのまま本邸に走っていく。その必死な表情が物事の深刻さを物語っているようでディアルガの顔から血の気が引いていく。
「お坊ちゃま、お早く侯爵御夫妻の元へ」
「…あの子は、大丈夫なのか?」
ついに蒼白にまでなった顔色でそう問いかけるディアルガにラルドラ侯爵家の従僕は困り果てる。一介の使用人の身で考えても事態は深刻だが、それを幼い主人に伝えるのは憚られたのだ。
「私には分かりかねます。医者に聞かなくては…」
随分と遅れてやってきたディアルガに両家の夫妻は色よい顔をしなかったが、叱責されることもなく、幼いディアルガはそれが余計に恐ろしく感じられた。そのあとは随分と長い間、ミティルニアの様子も尋ねることができない程緊迫した雰囲気で大人たちが話し合っているのを部屋の隅で体を小さくして眺めていた。
そうして──────その日のうちに、ミティルニアとの婚約が決定した。
ディアルガにただの一言も意思を確認せずに取り決められた婚約だったが、それを不満には思わなかったし、むしろ責任をとることができてよかったとさえ感じた。
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