虚構の国のアリス達

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<第六話・見えない呪縛>

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 夏騎いわく。一度家に帰ると、夜抜け出すのは正直難しいだろう、というのだ。有純の家は緩いが夏騎の家はそうではない。下手をすれば捜索願を出されかねない、と真顔で言われて有純はひっくり返りそうになった。

「え、マジで?いなくなってすぐ?というか抜け出そうとした時点で?」
「元々過保護で教育ママというヤツだから、うちの親は。……特に、港の自殺を知ってからは余計心配されるようになった。それでも、不登校にはいい顔をされなくて、なんとか交渉して再登校は進級後まで伸ばして貰っていたんだけども」
「それは……」

 ちょっと極端じゃないのか、と有純は眉をひそめる。昔は何度も夏騎の家に遊びに行ったため、夏騎の両親と顔を合わせたこともある。少しインテリ系で厳しそうなお母さんだなとは思ったが、遊びに行けば歓迎してくれたし手作りのお菓子も用意してくれた。そこまで頭の固い人、であるようには思えなかったのだが。

「いいんだよ、仕方ない。母さんが俺のことを心配してくれているのは知ってるし……子供のクラスでイジメがあって、自分の子供もそうなるんじゃないかと思ったら恐怖するのは当然だ。普通の親ならな。それで不登校には反対するっていうのは一見矛盾しているように思えるかもしれないけど、不登校っていうのが後々の評価に良い影響を与えないのも事実、子供の将来が心配になるのも事実。……そこは親としてもジレンマなんだろうし、俺は理解してるよ。不満もない。ただ必要があれば逆らうこともあるってだけで」

 なんというか、とても小学五年生の少年の発言に聴こえないのだが――それが夏騎らしいと言えば、そうなのだろうか。確かに元々、話していると年齢が迷子になるような少年ではあったのだけど。復帰して、再び登校するようになってからはますます言動の達観ぶりに拍車がかかっているような気がする。
 その原因もやはり、四年生の時の出来事に起因しているのだろうか。なんだかんだで有純は、未だに四年生の時のいじめの詳細をきちんと彼から聞けていない。教員が手を出せない理由があったという話もあるものの、それについても結局謎のままである。
 有純としては、やはりクラスでイジメが発生しているのに、それを放置する教師なんてどうなんだという憤りは感じざるをない。確かに、先生の責任が重すぎるとか、仕事が大変すぎて問題になっているという話はちょいちょいと耳にするところではあるけれど。だからって、クラスの子供達を守るのは先生の仕事であるはずではないのか。その先生が、いじめ問題を全く解決しようとしない、できない理由というのはなんなのだろう?

「とりあえず、母さんのことはいいんだよ。俺がするべきことは一つだ。今日は学校に残って遊ぶから帰りが遅くなる、って親にメールしておくことだけ。あ、有純もメールしておいて。俺と一緒だって言っていいから」
「え、親に連絡しちゃうの?連れ戻されない?」
「連れ戻されるとしたら、それこそ本当に遅い時間になってからだろ。八時くらいになったらさすがにメールが来るか、あるいは学校に来られると思うけど。それまでは“行き先が分かっていてしかも学校、よく知ってる友達と一緒”ならすぐに探しに来ようとはしない。普通はね」

 あえて行き先を教えておく。そんな発想があるのは意外だった。確かに自分達でタイムリミットを定めてしまうようなものだし、やっていることを知られたら大目玉を喰らうのも間違いないのだろうが。

「相変わらず、夏騎って頭いいんだなあ……」

 思わず感想を漏らすと、ちょっとだけ夏騎は頬を染めた。

「あのさ、あんまり俺にだけ頼るのやめなよ。今日は有純にも頭働かせてもらわないと困るんだからさ」
「あーうん、でも頼むから期待はシナイデ」
「そこ、露骨に目逸らさない。とりあえず七時くらいまでは近くの公園で時間潰すから。ここでいつまでも立ち話してるのもなんだし」
「あ、あー……うん」

 思わず公園デート!という言葉が頭の中を流れていった有純。正直ちょっと不謹慎というか、湧いているとしか思えない。自分のしょうもない頭をぽこんと叩いて、有純は夏騎の後ろを追いかけた。



 ***



「有純、みんなに話を聞いて回ったら、四組のやつらには軒並み避けられたって言ってただろ」

 すぐ近くの公園のベンチに座り、作戦会議を始める。当たり前のように有純のすぐ隣に座る夏騎。隣に感じる体温に、思わずどきりとしてしまう。
 男の子と女の子ではあるが、実際のところ有純の方がずっと身体が大きいしがっしりしている。外遊び大好き、喧嘩上等、リレーの選手で外されたことなどないという有純だ。普段からサッカークラブに所属してサッカーもしているし、ここ数年は趣味の範囲で柔道場にも通わせてもらっている。体格に差が出るのは当然で――時々それが、ちょっぴり悲しいと感じてしまうこともあるのだ。
 別に、女の子が華奢で、男の子ががっしりしていて、そういうカップルが必ずしも理想だとは思っていない。確かに大人になれば男子の方が大きくなることが多いとも聞くけれど、それは“多い”であって必ずしもそうではないはずだ。ただ時々、自分の選択は本当にこれで良かったと思う時がないわけでもないのである。
 夏騎や、誰かを守れるヒーローになりたくて身体を鍛えて、結果長身になった有純。
 でも一般的に男の子にモテるのは、華奢でお淑やかな女の子らしい可愛い子だと聞いたことがある。実際、クラスの男子に人気が高い女子の多くはそういうタイプである印象だ。自分の名前が、ランキングの上位で上がったことなど一度もない。
 別に、他の誰かに貶されようが、他の男子に女子扱いされなかろうがそれはどうでもいいのだ。ただ、夏騎がどうなのか、ということだけが気になって仕方ないのである。幼稚園の頃は、女の子らしさや男の子らしさというものを過度に押し付けない――男らしい装いをするようになった有純を肯定してくれている印象だった夏騎だったが、今は果たしてどうなのか。こんなガサツでデカい女など、女として一切眼中にないのではないか。
 もし自分がもっと小柄で、華奢で、喧嘩なんて全然しないしできないような可愛い女の子なら。今頃幼馴染特権を大活用して、夏騎と付き合うようなこともできていたのではなかろうか、なんて。そんな、自分で選んだ道を否定するようなことも考えてしまうのである。
 そして、そういう発想に行くたびに思うのだ。結局自分は、自分が愛されることしか考えていない、なんて醜い人間なんだろう、と。

「……有純、どうしたの?」
「へ」
「ぼんやりしてるけど。話、続けてもいい?」

 怪訝な顔をする夏騎にはっとした。ああ、本当にどうかしている。今はそんなくだらないことを考えている場合じゃない。勝手に夏騎の体温を意識して、華奢な二の腕が綺麗だなとか思って、一人ドキドキしている場合などではないというのに。

「い、いいよ、うん!えっとその、四組の奴らに口を閉ざされたってのはそうなんだけど。それは仕方ないんじゃないか?去年のことは酷かったみたいだし、みんな話したくないんだろうし……」

 慌てて意識をそちらにシフトさせ、同時に謎がそこにも一つ残っているのを思い出した。
 彼らの態度がまるで、過去のトラウマを思い出して話したくないというより、誰かを恐れて口をつぐんでいるような印象であったことである。

「それは間違ってない。間違ってないけど、最大の理由はそこじゃない」

 挙動不審な有純に気づいているのかいないのか、夏騎は静かに首を振る。

「なんとなくお察しだけど、学校はイジメ問題そのものをなかったことにしたかったんだろうね。俺が不登校になってる間に、校長自ら教室に来てみんなの口止めをしていったみたいなんだ。クラスでイジメがあった、なんてことになったら内申に響くとかなんとか、そういうことを言ったらしい。で、これが結構一部の生徒には効果があったんだよね。俺は普通に公立中学に行くつもりだけど、今は私立中学を受験する生徒も少なくない。四組にも多かった。いじめをするようなクラスにいた、もしかしたら主犯だったかもしれない……そういう疑惑をかけられたくない生徒は少なくなかったんだ。ただでさえその主犯がちょっと厄介なタイプの女子だったしね」
「おいおい、それ、学校側から圧力かけたってことなんじゃ……!ていうか、受験って四年生だろ?そんなに早くから勉強しなくちゃいけないもんなのかよ!?」
「人によるけど、それこそ一年生から勉強する子はしてるよ。四年生なら大半は準備始めてるんじゃないの?……まあそれはいいや。今回のいじめ問題はいろんな意味で“普通のいじめ問題”で済まない事情があった。だから学校も、できる限りイジメはなかったってことで解決したかったんだと思う。皮肉なことに小倉港の家は父子家庭で、お父さんは仕事で家にいないことも多かった。そういう家庭環境のせいだ、って責任をなすりつけることも不可能ではなかったんだろうね」
「なんだよそれ……!」

 子供が一人、自ら命を絶っているというのに。そんな馬鹿な話がまかり通っていいものなのか。有純は純粋に怒りを感じる。子供達を守るための先生、そのトップが何故そんな馬鹿な対応をすることになるのだろう。
 そんなに責任問題されるのが怖かったというのか。自分達は悪くないとでも信じたかったというのか。

「校長がそこまでした理由は想像がつく。納得できることじゃないけど。……とりあえずこの件については、後でもう少し詳しく話すとして。もう一つの理由ね」

 きっと、うんざりしてきたのは夏騎も同じなのだろう。心底疲れた顔で、彼は話を続けた。

「そうやって圧力かけられて……特に受験組はそうなると困るもんだから、友達にも“頼むから黙っていて”ってお願いするだろ。クラス全体がそれで、そういう空気になる。今更黙っても遅いところは正直あるけど、それでも言いたいことを言った人間はハブられる空気はできる。ただでさえ、イジメ主犯は裁かれないままクラスに存在してるわけだし、自殺者が出たからイジメがやむなんて状況でもなかったみたいだしね。……その上で、さらにもう一つ事件が起きた。多分そのせいで、みんな怯えてるんだろうね。なんといっても小倉港が自殺した翌月に“それ”は起こったんだから」
「それ?」
「イジメの主犯だった女王様の名前は“市川美亜いちかわみあ”」

 日が沈み、暗く陰っていく空を見つめながら――夏騎はその事実を口にする。

「港が飛び込んだのと同じ電車で、彼女も事故に遭った。そして、右腕を切断して、両目を失明してるんだ」
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