虚構の国のアリス達

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<第八話・学校の矛盾>

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 念のため飲み物とお菓子をしっかりと準備して、有純は夏騎と共に学校への潜入を開始した。まるで遠足でも行くかのような装いである――まあ、背負っているのはリュックサックではなくて、いつものランドセルなわけだが。
 ランドセルの中には、懐中電灯と置き傘、飲み物とお菓子と筆箱、それくらいしか入っていない。幸運にも今日終わらせなければいけない宿題がないことをいいことに、教科書の類は軒並み教室のロッカーに置いてきてしまったのだ。

「まあ、持っていけば鈍器にはなったかもしれないけどな」
「……夏騎は、神話生物でも倒しに行くつもりなのか?」

 あっさり言い放った夏騎に、思わず有純は正論のツッコミをしてしまう。ここ数年学校で流行している卓上ゲームのネタだ。事前に決めた設定とトーク、そしてサイコロの出目を使って物語を進めていくあのゲームである。
 ちなみに二年ほど前に夏騎とプレイした時は、ゲームマスターの夏騎に頭を抱えさせるほど酷いことになったのをよく覚えている。なんとってもあのテのゲームは、ダイスの出目が都合よく回っていかないとシナリオを崩壊させる危険性を孕んでいるからだ。

『いいか有純、忘れるな。卓ゲにおいて、プレイヤーの最大の敵はキーパーじゃない。一にも二にもとんでもない場所で発動するクリティカルとファンブルだ。……わかったら次からは、ダイスの女神様をどうにかなだめすかしてきてくれ……お菓子でもなんでも献上して』

 聡明なはずの夏騎がマジ顔で沈没してそんなことを言い出すレベルなので、まさにお察しである。ダイスの女神様がそんなことで言うことを聞いてくれるなら苦労しねーよ!と半泣きになったのは記憶に新しい。自分だって、ラスボスを前にしてキーパー泣かせのファンブルなど連発したくなどなかったし、ましてやプレイヤーキャラクターをロストなど断じてさせたくはなかったのだ、断じて!

「神話生物はいないかもしれないが、幽霊は出るかもしれないな」

 そして、夏騎は真面目な顔でそんなことを言ってくれるのである。

「そして悪霊の類であった場合、物理的な武器など持っていてもなんら意味はないわけだ。辛うじて防御壁にはなるかもしれないが。というわけで、機動が落ちるだけの鈍器など持っていても意味がない。教科書に置き勉するのはとっても妥当な判断だと思う」
「お前は教科書をなんだと思ってるんだ……確かに、一部の参考書系は重いし、持って帰るのめっちゃタルいけどさあ」
「そうだな、しかもアレだけやっても役にたたないときた」
「うわぁお」

 言ってくれる。有純は顔を引きつらせた。でも確かに、長らく不登校をしていたはずなのに、夏騎はまるで授業に置いていかれている様子がない。若干先生の授業をつまらなそうに聞いているが、当てられれば期待された以上の答えを言えるのが彼だ。
 なお、本当なのかどうか確かめてはいないが、不登校の間に英語もみっちり勉強して喋れるようになったらしい、という噂も聞いたことがある。どこぞの男子が、ペラペラ喋る夏騎を見たのだとかなんとかで。

「本来なら、学校の授業だけきちんと聞いていれば、受験も中学校以降の勉強も全く問題ない状態にならなければいけないはずだ。だって、そのための義務教育だろう?」

 むすっとして夏騎は裏門を潜る。この学校は公立で、警備員はいるが数が少ないし見回りに来るタイミングはほとんど決まっている。当然のように“防犯カメラって何それ美味しいの?”というわけだ。裏門から入る時も、気にしなければならないのは残業を終えた先生や用務員と出くわす可能性だけだった。

「でも、実際は、塾に行っていない生徒や通信教育をやってない生徒って本当に少ないと思わないか?有純みたいなちゃらんぽらんはいいとして」
「もしもーし?」
「つまり塾とか、他にお金をかけて勉強をフォローしないと、授業についていけない生徒がたくさんいるって状態なんだってこと。確かに受験をする生徒には、学校で教える以上の知識が必要なのかもしれないけどさ。中学受験しない奴まで、大抵塾とか通信教育とかやってるだろ?どうしてそういうことになっちゃうんだろうか、っていうのはずっと思ってたことだな」

 本当に、こいつは小学校五年生なんだろうか、と時々やや凄いと思う反面心配になる有純である。考えている内容が、普通の子供とだいぶ乖離しているような。

「先生達に熱意がないから、って答えを出してしまうのは簡単だ。でも、見てみろよ」

 校庭の、なるべく目立たない暗い場所を歩きつつ、校舎を指差す夏騎。

「もう七時を回ってるのに、電気がついてる。先生達が残ってるってことだ」
「そういえば、そうだな。あれ?先生達の……定時?って普通は何時なんだ?」
「それが問題なんだ。俺も詳しくは知らない。定時って何時?って聞いてみんなが首をひねるくらいには定時の概念があやふやなんだ。何でだと思う?そんなものを忘れるくらい、当たり前のように先生達は残業ばっかりしてしまっているからなんだよ。普通なら八時間くらいの勤務だと思うんだけど、それなら常識的に計算するなら午後の五時とか六時には仕事が終わってないといけないはず。でも、七時でもあんなに明るいし、多分残っている先生は一人や二人なんて人数じゃない」

 苦い表情で、彼は明かりのついた職員室を睨む。

「労働基準法……って言っても有純にはよくわからないだろうけど、法律で本来なら“月に残業していい時間”とか、そういうのは決まってるはずなんだ。でないと、過労でみんな倒れたり、とっても働いたのに食べていけない人が出たりするから。それなのに、学校の先生達は毎日いつが定時でいつが残業かもわからない状態で仕事をしてる。小学校も大変だけど、中学校にもなると部活動ってものが入ってきて……それで顧問の仕事をしなくちゃいけなくなったりするだろ?そうすると放課後の時間が取られてしまうから、みんなのテストの採点をしたり、明日の授業の準備をしたりする時間もなくなってしまうって聞いた」

 なんとなく、彼が言いたいことがわかった気がした。つまり、そんな労働環境で、“生徒の誰にでもわかりやすく、役に立つ授業をしないのは先生達が悪い”というのはいささか無茶がすぎるということなのだろう。
 しかし、そう考えると“じゃあなんでそんなに先生達が残業して、大変な思いをしないと学校が成り立たないなんてことになってしまうんだろうか”という疑問が発生してくるわけだが。

「そうなる理由は……俺も、うまく説明できない。もちろん、先生達の仕事をしやすいように、って頑張っている人たちもいるし、悪い環境の学校ばかりじゃないとは思うけど。多分みんなに悪いところはあるし、同じだけ誰も悪くはないのかもしれないなって思う。少なくとも……この学校は、そういう先生たちの負担っていうものに対して、ちゃんとした配慮がされているわけじゃないんだなってのは思ってる。俺が知ってる限り、明かりは十時までついてた時があるから」
「十時って……」

 思わず有純は絶句した。先生達には、当たり前だが生徒のような“学区”なんてものはないのだ。つまり、遠くから学校に通勤している先生も少なくないはずである。自動車だったり、電車であったりで通勤しているはずだ。それなのに十時に仕事が終わったら、最悪電車なら終電がなくなってしまう可能性もあるのではないだろうか。そもそも、そんなに遅く帰ったら寝る時間も遅くなってしまう。寝ることができたところで、家には寝て帰るだけ、好きなことをする時間も何もなくなってしまうではないか。
 と、ここまで考えて有純はピンと来た。どうして、四年三組のイジメ問題を教師が解決することができなかったのか、である。

「もしかして、先生も仕事が大変で、いじめに関することまで面倒を見ることができなかった……ってことか?」
「間違ってはいないけど、それだとちょっと語弊があるな」

 ごへいってなんだっけ、と少し固まる有純。たまに夏騎は、本で出てくるような難しい物言いをする。多分前後の文脈からして、“まちがい”という意味なのだろうとは理解できるが。

「学校でいじめが発生して問題が起きると、ニュースとかで取り上げられて大騒ぎになるだろ?学校の先生たちの責任問題にもなるし、生徒の親達からはたくさんクレームが来ることにもなる。だから、先生達にとっても、いじめなんて本当は起きてもらっちゃ困るんだよ。……でも、去年のことを経験して思うけど、いじめって“発生そのものを防ぐ”っていうのは本当に難しいような気がするんだ。だから、いじめの火が小さいうちに対処するくらいしか方法がない。でも、火が小さくてもいじめはいじめだろ。クラスでいじめが起きたと知ると先生達もすごく困るし……どうすればいいんだろう、って悩むことにはなるんだ。だって、いじめが大きくなって騒ぎになれば、自分が責められるだけじゃ済まなくなるわけだしな。生徒のために助けてやりたい気持ちがあっても、ただ先生が口を出せば解決できるっていうものでもない」

 それはそうかもしれない。自分が先生の立場だったら――と有純は考える。加害者の子に“いじめをやめなさい”と先生が注意すれば、いじめはやむことになるだろうか?
 いや。実際、そうはならないだろう。むしろいじめは先生の見えない場所に向かったり、よりエスカレートする可能性が高いはずだ。“先生にチクったのは誰だ”で犯人探しが始まって、今度はその生徒が新しいターゲットにされる可能性も十分にある。
 人が人を嫌うのは自由だし、どれほど理不尽であってもそれには必ず理由がある。いじめられる被害者が悪いとは思わないが、いじめる側からすれば何かしらの“気に食わない点”や“引っかかる点”があるケースが大半だろう。
 そういう感情の根が深いならば、ただ表向きだけ仲直りさせても意味などない。そう考えると、先生が取れる手段はかなり限られたものになってくるのではないだろうか。

「そうすると、いじめそのものをなかったことにしてしまおうとする先生が出るのもある程度想像はつくだろ。勿論、それが正しいとは言わないけど。……そして、解決しようと頑張る先生は、ただでさえ重い負担の中にあって余計にストレスを抱え込む。……四年三組の担任は、割と早い段階で心の病気になって休職して、以降は他のクラスの先生達や担任を持っていなかった先生とかがローテーション組んでクラスを見てたんだ。でも、そういう先生達にも元々持っている仕事はある。四年三組のことだけ見ているなんてことはできない。……結果、いじめを解決するために動けるような先生がいなくなったというわけだ」
「なんか……救いようのない話、だな。先生達も大変だったってのはわかったけどさ、でも……」
「そうだな。それでも……言ってしまえば、そんな先生達の事情は子供には関係ないことだ。助けて欲しいと思っていただろうよ、クラスのほとんどの生徒はみんな。……あの、港も」

 こっち、と夏騎が手招きをしてくる。既に施錠されている昇降口ではなく、職員用の出入り口だ。なるほど、残業して残っている生徒がいるのなら、先生達の出入り口はまだ開いているのも当然だろう。

「昼の間に、実はいくつも準備はしておいた」

 ほら、と手を差し出してくる夏騎。少々躊躇ったものの、有純は彼の手を握った。
 ドキドキしている場合じゃない、己をそう戒めながら――何を?と問い返す。

「見ればわかる。……まずは、地図のスタート地点に行くぞ。理科室だ」
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