虚構の国のアリス達

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<第十三話・闇中でさえ灯る光>

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 どれくらい真っ暗闇を進んだだろうか。懐中電灯を加えて四つん這いになって進むのが、よもやこんなに大変であろうとは。有純は段々、じんじんと痺れてきた手足に疲れはじめていた。同時に、懐中電灯を時々離して休ませないと顎がしんどくてたまらない。そして、前を照らさなければ一寸先は闇という恐怖である。
 辛うじて音をあげずにすんでいるのは、すぐそこに夏騎がいることがわかっているからに他ならない。そして、その夏騎は有純よりずっと体力がないはずだった。その彼が頑張っているというのに、どうして有純が先にへこたれることができるだろうか。

――けど、けど……やっぱりこれ変だって。学校だろ?理科準備室だろ?そこに秘密の通路があるのも変と言えば変だけど……その上でこんな長い通路が続くなんて絶対おかしいって。

 どれくらい進んだか、感覚も麻痺し始めている。携帯でせめて時間だけでも確認すれば良かったと思ったが、それも完全に後の祭りだ。確かなのは、どう見ても学校の敷地の外には出ているだろうということだけである。
 こんなもの、一体誰が作ったのだろう。
 自分達は何処に進んでいるのだろう。
 いやそもそも、もはや後ろを振り返っても何も見えないのだ。本当に自分達は“何処かに辿り着ける”のだろうか。このまま二人、永遠に真っ暗な闇の中をさ迷い続ける羽目になるなんてことは――。

「有純」
「!」

 突然前から声をかけられた。夏騎だ。
 驚いたと同時に安心した。間違いなく夏騎はそこにいる。自分は闇の中、独りぼっちではない。

「こうして真っ暗な中にいると、思い出さないか」

 彼はゆっくりと進みながら、話しかけてくる。

「幼稚園で、ミナミ山に遠足に行った時だ。有純が調子に乗ってかくれんぼをして、いつものように木に登って落ちた。低い崖下に滑落して、足をくじいて動けなくなった。覚えてないか」
「……お前、そういう人の失敗ばっかりしっかり記憶してんのな……?」
「失敬な、俺は他のことだってちゃんと覚えてる。有純に関することを忘れるわけがないだろう」

 おいちょっと待て、と有純はこんな状況だが赤面してしまう。今のは一体、どういう意味の“忘れるわけがない”なのだろう。
 闇の中、そして夏騎が前を進んでいるおかげでこちらの顔が見られる心配がないのが救いである。

「……俺だって、忘れねーよ。あんなの、忘れてたまっか」

 そう、それは幼稚園の年長組の時のこと。今から思うと幼稚園の先生たちは倒れそうになったことだろう。誰かやめさせられる羽目になったかもしれない。有純がいなくなったと気づいて、どれほど血の気が引く思いをさせてしまっただろうか。
 今でも猪突猛進な自覚はあるが、幼い頃は輪をかけてそうだった有純である。遊びたいと思って遊び始めれば、それ以外のことなど一切眼中に入らなくなるのが当たり前だった。あの時の隠れんぼもそう。その時にはもう、他の子よりも体が大きくて力が強かった有純は、高いところへの木登りも他の子よりずっと上手に出来て、それを自慢にしていたのである。
 だからその時も、みんなに絶対見つからない場所、一番になれる場所を探すことに躍起になっていたのだ。そこが危ないかどうか、心配をかけるかどうかなんて完全に度外視だったのである。――その結果、どれほど大騒ぎを起こしてしまうのかも想像できずに。

「悪かったと思ってるよ、あの時のことは」

 自分の力を、間違いなく過信していた。
 多少高い木だろうと登れると思い込んだし、枝が折れるかもしれないなんて完全に想定外だった。
 正直な足を挫いただけで済んだのは奇跡だっただろう。有純が掴んだ腕が折れて、木の裏の崖をずるずると滑り落ちてしまって――足が痛くて、全く動けなくなってしまったのだ。
 普段ならこの程度、と思える程度の段差さえ登ることができない有り様だった。痛くて痛くて、掠れた声で必死に助けを求めるしかできなかったのである。いくら他の子より大きいと言っても、小さな幼稚園児であることに変わりはない。有純の胸は不安で張り裂けそうだった。今と違って携帯電話も持っていないのだから尚更だ。このまま誰にも見つけて貰えなかったらどうしよう、独りぼっちで誰にも会えずに死んでいくことになったらどうしよう――半泣きになりながら感じていたのは、そんな漠然とした不安と絶望だった。
 一体どれだけの時間が過ぎたのか。諦めかけていた時、鋭い声が自分を呼ぶのを聞いたのだ。



『あすみっ!!』



 それは、絶望の淵に沈みかけていた有純をはっきりとこの世界に連れ戻し、引き戻した。
 彼は必死で有純の名を叫びながら大人を呼び、有純を励ましながらずっと小さな手を差し出し続けてくれたのである。
 忘れることなど、けしてない。あの時の、初めて聞くような夏騎の大きくて強い声も――華奢なのにとても心強かった彼の手も。

「俺のせいで、迷惑かけた。あんな木に登ろうとするのが間違ってるよな、幼稚園児なのに。ほんと、ごめんな。心配かけて」
「違う」
「あ?」
「それもそうだけど、違う。俺は謝ってほしくてその話をしたわけじゃないし、謝るとしたら違うことを謝ってほしい」

 どういう意味だ?と有純は首をかしげる。自分は何か、間違ったことを言ってしまっただろうか。

「確かに迷惑をかけられたのは事実だけど、それが問題なんじゃない。そもそもなんで心配や迷惑がかかるかといえば……それだけみんなにとって有純が大事だからだ。有純は謝ったけど、根本的なことを理解してない。だからあの時俺は有純に怒った。怖かったからだ、有純がいなくなってしまうのが」
「え」
「怖かったんだ」

 回りくどい言葉が多い夏騎だが。そして理解力の足りていない自覚はしっかりある有純だが。
 それでも夏騎が今、何を言いたいのかはわかる。自分が謝ったつもりで、何を間違えていたのかということも。

「有純が怪我をしたら嫌だ。いなくなったら耐えられない。俺はそう思うのに、有純は自分が大切にされてることがまるでわかっていないのがムカつくんだよ。だからそれを自覚して欲しい。俺のために、怪我もしてほしくないし傷ついて欲しくもないし、危ない目にも遭って欲しくない。俺が心配だっていうのならまず自分の心配をするべきだ、順序が違う」

 それに、と彼は続ける。

「あの時みたいに俺は、どこにいたって絶対に有純を見つける自信がある。だから……暗くても、見えなくても、有純が何かを不安に思う必要なんかない。わかったか」

――もしかして、夏騎……。

 暗闇を進むのに、有純が不安がっていることを察知して――思い出させようとしてくれたのだろうか。あの時のことを。大人たちが誰も見つけられなかった有純を、夏騎だけはすぐに見つけ出してくれたことを。
 振り返っていなくても、こちらを見ていなくても――有純が折れかけたことに気付いて、不安を晴らそうとしてくれたというのか。

「……ありがと」

 今日だけで何度目だろう。
 あと何度自分は、当たり前のように再確認するのだろうか。

――俺、やっぱり……夏騎が、好きだ。どこまでも、どこまでも……好きなんだ。

「じゃあ、夏騎がいなくなったら。探すのも見つけるのも俺の役目ってことでいいよな?」
「どうだろう」
「おいっ!そこは頷いておくべき場面だろ!?」
「有純の側からいなくなる予定がないから、わからない」
「――っ!?!?」

 だからこいつはなんでそんな、心臓が破裂しかねないことを平気で言うのか。有純が反射的に抗議の言葉を口にしようとした、その時である。

「有純……!」

 夏騎が声を上げた。暗闇の中、ごそごそと動く気配がある。

「行き止まりだ。……何か、蓋のようなものがある。出口だ!」
「マジか!やっとここからおさらばできるんだな!?」
「ああ、開きそうだし……」

 ガタン、という大きな音。夏騎の言葉は、不自然に途切れた。

「え……?」

 次の瞬間。有純の視界は強烈な光に焼かれて、真っ白に染まったのである。
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