虚構の国のアリス達

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<第十四話・処刑現場>

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 まるで一瞬身体がばらばらになってしまったように思えた。自分とそれ以外との境目が見えなくなり、空気に溶けては弾けて、ぐちゃぐちゃに混ざってしまうようなようなその感覚。いうなればいきなり激流の中に叩き落とされて、わけもわからぬまま溺れてしまったような印象だった。有純は息継ぎもできないまま、光の奔流に流されて消えていく――ただ、ただ消えていくばかり。

――何が、起きて……!?

 目の前は真っ白なのに、耳は大量の音を拾う。ごちゃごちゃしすぎていて、わかったことはそれが何人もの声であるということだけだった。笑う声、泣く声、怒る声。それらが混ざり、有純の耳を突き抜けて脳を攪拌する。



『だから何で言う通りにできないの、ほんとこれだからXXXはダメなのよ』
『おねがいします、もういやです、おおかみはもういやです、いやいやいやいや』
『大丈夫、私はできる、できる、できる』
『明日なんか来なければいいのに、みんななくなってしまえばいいのに』
『震える、寒い、寒い、落ちる』
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
『もうやだ』
『消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ』
『そろそろ次にいってみようか、ねえ誰がいいと思う?』
『もうおわりだ』
『わ、私は別に、意見なんかないから……全部XXXちゃんの言う通りにすればいいと思うな』
『そんなものこのクラスにありません、いい加減なこと言わないで』
『いいか君たち、とにかく大事なのは過去じゃない。未来だ。これからの将来だ。生きている君たちの人生だ、そうだろう?』
『くだらねーんだよ、馬鹿が』
『どうして』
『意味なんかなかった、何一つ、意味なんかなかったんだ』
『いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい』
『つまりは、天罰』
『今更何言ってんの、お前』
『わかっているだろうけど、これ以上この話を誰かにしてはいけないよ。それは、君たちの輝かしい道を閉ざすこと以外の何物でもないのだからね』
『ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『ああ、おちる』



 ガシャン!と硝子が砕けるような音がして、有純は突然地面に叩きつけられた。

「わあっ!?」

 全身を打ち付け、痛みに呻くことになる。なんなのだ、一体。何が起きたというのだ。とても見たくないものを見たような、聞きたくもないものを聞いたような気がするのに、確かに聞こえたはずの言葉がもう一つも思い出せない。何かの思念の奔流は、一瞬にして有純の脳を駆け抜けて消えていってしまった。残るのは、僅かばかりの欠片ばかり。
 誰かが見ていた、聞いていた――恐怖の感情だけ、やけにこびりついている。

「くそ、何だってんだ、一体……?」

 頭を振りながら立ち上がった有純は、そこがセピア色の教室であることに気付く。そう、まるで映画の過去の場面を描写するように、風景の色が褪せているのである。色を持ってそこに存在しているのは、有純ただ一人だけだった。そう。

「!!」

 さっきまですぐ傍にいたはずの、夏騎の姿がどこにもない。

「夏騎!?おい、夏騎、どこだ!?夏騎!!」

 彼の名前を必死で呼ぶが、全くどこからも反応がなかった。ここで有純は、周囲のセピア色の光景の中に、何人もの生徒達が立っていることに気付くのである。
 それは、小学校の生徒達。少しだけ顔立ちが幼いメンバーが揃っているような気がする――ということは、夏騎よりも年下の子供達なのだろうか。確かなのはその教室が、夏騎の“今”のクラスではないということ。そしてその少年少女達が、教室のド真ん中に突然現れた有純にまったく目も暮れず、叫んでも一切反応を示さないということである。

「……な、なんだ?」

 そこれようやく有純は、この場所が明らかに現実ではないらしいことに思い至った。というか、景色がオールセピア色に染まっている時点でそこにさっさと気付くべきであったのだが。
 教室の机は、全て壁際に寄せられている。掃除やレクレーションをやる時のような光景だった。丁度教室の真ん中部分が、ぽっかりと空いているのだ。有純はそのぽっかり空いたスペースに落下したということらしい。

――俺、上から降ってきた、よな?天井に穴とかないけど……どうなってんだこれ。

 残念ながら有純の問いに答えてくれそうな人物は、此処にはいない。有純の声は、その場にいる子供達には一切聞こえていないらしい。
 でも、逆はわかる。彼らがざわついているのも、喋っている声も有純にははっきり聞こえるのだ。

『……ごめんなさい』

 はっとして、有純は振り返った。気づいていなかったが、有純のすぐ後ろには、一人の少女が床に正座した形で座り込んでいたのだ。

『ごめんなさい。……本当に、そんなつもりじゃなかったの。ごめんなさい……市川さん』

 気の弱そうな、ツインテールの小柄な少女だった。彼女の肩は目に見えて、可哀想なほど震えている。

――今、市川さんって、言ったよな?

 有純は少女の真正面の位置に、もうひとり立っていることに気づいた。長いさらさらとした黒髪、ほっそりとした身体、小学生とは思えぬプロポーションの美人。座り込む少女とは、何もかも対照的だった。口を開く前から、そのぴんと張った背と自信に満ちた表情が彼女の性格を象徴している。それは、自分の信念や正しさをけして疑っていない者の顔だった。実際、彼女の容姿は、取り巻いている他の生徒達と比べても頭一つズバ抜けている。

――名札つけてる。……こいつが、市川美亜……?

 それは、異様な光景だった。机を退けて作った空間に、まるで生贄のように座り込んだ少女と――その少女をまっすぐ見下ろす美亜の姿がある。困ったような笑みさえ浮かべる美亜の余裕とは裏腹に、正座する少女の顔は今にも倒れてしまいそうなほど真っ青だ。そしてそれを、周囲の子供達の大半は困惑した様子で見つめているのである。
 有純は理解した。今、この場に夏騎らしき姿はないが間違いない。これは、去年の四年三組の姿だ、と。時間軸はわからないが、長袖を来ているあたり真夏ということはないのだろう。ただ、一体何がどうしてこんな、まるで生贄の儀式のごとくな光景が出来上がったのかがわからない。美亜の行動を、周囲の子供達はみんな止めようとする気配がない。

『そんなつもり、ってなに?』

 そして美亜が、その薄らと色づいた唇を動かすのである。

『そんなつもりって、どういうことなのかな?北見きたみさん』

 じり、と美亜が一歩前に踏み出すと、北見と呼ばれた少女の震えがさらに大きくなった。彼女が引きつった声で再度“ごめんなさい!”と鋭く叫んだのである。

『わ、わ、私!そ、そんなに市川さんが困ってると思わなくて……け、消しゴム最後の一個で、お、お気に入りのやつだったから……だから、誰かに貸すの、怖くて、それで!』
『それで?』
『こ、これは、貸せないって……言っちゃって。ほ、ほんとに、ごめんなさい!』
『うーん』

 すると美亜は、わざとらしく困ったように首を傾げてみせるのだ。

『言いたいことは、よくわかったけど。あたし、本当に困っちゃったの。消しゴムないと、テストで間違えた問題も全然消せないし。だから、ちょっと貸してほしいってお願いしたんだけど、それはそんなにダメなことだったのかなあ?』

 段々と、状況が理解できてくる有純である。つまりこの美亜という少女は、北見という少女に消しゴムを貸してほしいと頼んで断られたのだ。お気に入りのヤツだった、という言い方からしてもしかしたらキャラ消しゴムの類であったのかもしれない。それならば、人に貸して汚れたり壊れたりするのが嫌だ、と思うのも当然と言えば当然だろう。
 それなのに、どうやら美亜はそれを恨みに思って、このように北見という少女をみんなの前で晒し上げるような真似をしているらしい。とんだ逆恨みもいいところだ、と有純は思った。そもそも消しゴムを忘れた自分が悪いではないか、と。しかもこの話の様子だと、彼女は非常識にもテスト中に少女に消しゴムの貸し出し交渉をした可能さえある。
 そこまで来ると、見ていた教師が止めろよ、といった範疇になってくるのは事実だが。

『おかげで、あたし、この間のテストはひどい点かも。お母さんに怒られちゃうなあ。どうしよう。ねえ、どうすればいいのかな?』
『そ、そ、それは……』
『北見さん、本当に反省してるなら。あたしがテストて失敗した“弁償”は、当然してくれてもいいわよねー?』
『え?』

 おいおい、と有純は思う。弁償って、小四が一体何を言い出すんだ、と。

『あの可愛い消しゴム、あたしに頂戴。それでチャラにしてあげるから』

――マジかよ、こいつ……貸してくれじゃなくて、頂戴、にしやがったぞ……。

 有純がドン引きしている目の前で、北見の顔色はさらに血の気が引いていく。セピア色の光景であっても、その顔色が蒼白であることは明白だ。
 貸すことさえ躊躇った大事なものを、大切に扱ってくれるかどうかもわからない相手に差し出すことなどできるだろうか?普通、そんなの無理に決まっている。

『そ、それは……』

 だから、北見という少女も迷ってしまった。きっとそれそのものが、美亜の狙いであったのだろう。

『あーあ!やっぱりそうなんだ!口だけで、北見さんは全然反省してない!あたしはこんなに困ってるのに、あたしが傷ついたことよりも消しゴム一個の方が全然大事なのね。ほんと酷い、酷いの……!』

 わざと大きな声で宣言し、唐突に泣き出し始めたのである。それを見て、他の数人の少女達が“酷い!”と声を上げ始めた。

『北見さん酷い!どうして自分のことしか考えないの?』
『え、え……?』
『北見さんのせいで、美亜ちゃんテストの点数が酷いことになっちゃったんだよ!少しは反省する様子見せたら?』
『人を苦しめたくせに、自分のことだけが可愛いのね。マジサイッテー!』
『ほんと、信じられない。心が腐ってる人っているんだ。まるで……絵本の“狼”みたい!』

 ぎょっとする、キーワード。次々取り巻きの少女達に責め立てられて、北見が完全に凍りつく。

『わ、私が……狼……?』

 そこに、しくしくと泣き続ける美亜が声をかけた。――顔を覆う手の下に、醜悪な本性を隠しながら。

『七匹の子山羊の狼みたいな、人を傷つけて平気な人じゃないっていうなら……それを証明してよ』

 恐らくこれは。去年の四年三組で、幾度となく繰り返された光景。

『北見さんが狼じゃないこと……私に、誠意をもって、証明してみせて?そしたら、許してあげるから』
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