虚構の国のアリス達

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<第十七話・逢魔が時に一人きり>

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「うっ……!」

 思い切り叩きつけられ、冷たい床を滑るように転がった。夏騎はぐらぐらと揺れる頭を、どうにか回そうと努力する。こじ開けた目に映ったのは、見覚えのある天井だ。

――くそ、何がどうしてどうなった?さっきまで、有純と一緒に暗い通路を進んでいたはずだったんだけど。

 そうだ、有純。
 よくわからないが、彼女は無事なのか。

「有純!」

 自分にとっての最優先事項を思い出した夏騎は、痛む身体に鞭打って上半身を起こした。そして、考えたくなかった状況が発生していることに気付く。
 窓の外から、夕焼けのオレンジ色の光が差し込んできている。前と後ろに、延々と続く学校の長い廊下。
 此処に居るのは、夏騎だけ。有純の姿は、無い。

――くそ、はぐれたのか……!あの通路に、穴でもあいてたってのか?

 とにかく、此処が何処で、自分はどういう状況でこの場所に投げ出されたのかを正確に把握しなければならない。穴でもあいていた、と言ったが――そもそもあの通路を進んだ段階で、夏騎は既に自分達が超常現象の中にいることを疑ってはいなかった。都合よく自分ひとりだけ穴に落下して有純とはぐれるというのもそうだが、そもそも上を見手も右を見ても左を見ても下を見ても、穴らしい穴が何処にもないのだから明白だ。自分が何処から降ってきたのか全くわからない時点で、此処が普通の学校であるという楽観視は不可能だろう。
 そもそも、あの通路の存在そのものがおかしい。理科準備室の一番下の棚、その奥に秘密の通路が存在していただけでも奇妙だが。あんなに長い時間這いずって進めるだけの深度があるというのもおかしなことだった。
 あの準備室の配置を考えるのならば、通路はおおよそ東南東に向かって伸びていたはず。そして這って進んだから自分達の歩みは遅かったとはいえ、間違いなく中に入ってから二十分は経過していた。それだけ進めば学校の敷地どころか、完全に駅前のオフィス街あたりまで到達してしまっていたはずだ。
 そんな場所に、学校から誰も知らない通路が伸びていたのが不思議でならない。第一、あんな狭さでは自分達のような子供でないと入ることもできない。子供にしては長身の有純は、自分よりもかなり入るのがしんどかったはず。どう考えても成人男性がくぐれる幅がないのなら、避難通路としても全く用をなしていないだろう。

――そして、あれが本来なら存在するはずのない秘密の通路なら……いくつか謎が解けるのも事実だな。

 有純の友人である夢という少女が、どこまで事情を知っていたのかはわからない。ただ、何も知らないで“偶然”遺書をコピーして持ち、有純にそれを託した可能性は低いだろうと夏騎は踏んでいた。つまり、彼女は遺書の執筆者――小倉港に依頼された上で、コピーした遺書を持ち歩いていたと考える方が自然なのである。
 そもそも港の遺書があった、という情報はニュースでも流れなかったし警察も公にしていなかった。そもそもあの遺書が、本当に警察に回収されたのかも怪しい。原本が仮にあったとしても(確かに夢が持ってきた遺書はコピーされたものだったのは間違いなかったのだから)、警察にそれそのものが発見されていない可能性が五分以上にあると夏騎は踏んでいた。そうでなければ、理科室のメモが未使用の状態であの場所に残ったままになっているとは考えにくいからだ。
 もしくは、警察に回収されたが、特定の人間以外には読み解けない代物であった可能性もあるだろう。それこそ、スタート地点の“理科室”にさえ、大人達ではたどりつけなかったとしたらどうか。自分の目にはただの地図に見えたし、何か仕掛けがあるようにも思えなかったが、それがもはや物理的なものではなく呪術的・オカルト的な要因であるとしたら推理することさえ難しくなってくる。なんといっても、夏騎にそのテの知識は殆ど無いに等しいからだ。食卓の塩なんてベターなものしか持ち込めなかったあたりでお察しなのである。

――子供にしか、読めないような仕掛けがあった。あるいは、あの俺や有純にだけしか見えないようなものがあった。……もしくは、遺書は警察に渡ったが、地図の方は渡ってなかった。……ここは、考えても結論なんか出そうにないな。

 気になるのは、どうして港が有純を巻き込んできたのか?である。夏騎ならばわかる。実際夏騎は、港に憎まれていても文句の言えない立場だ。夏騎が“失敗”しなければ、港が虐められることも彼が自殺に追い込まれることもなかったのかもしれないのだから。
 ただ、夢が協力者であると仮定して(その夢が、港からどこまで話を聞いていたかは不明だし、本当に渡してくれと頼まれただけであるかもしれないが)、有純にあの遺書を渡すように命じていたのだとしれば。名指しである以上、必ずそこに意味は存在するはずだ。それとも、正確には“誰に”渡すかどうかは夢に一任されていたのだろうか?

――いや、そうだとしても、港ならそれくらいの予想は立ててそうだな。あいつ、大人しいけどみんなの相談役だったし、クラス外の生徒の名前もみんな覚えてたタイプだ。遺書の渡し役に指名した奴のおおよその傾向なら把握してるだろ。たとえ、夢が有純と仲良くなったのが今年に入ってからだとしても、だ。

 そしてもう一つ。夏騎と違って有純は港に憎まれる理由などない、というのがネックだろう。憎まれるどころか、殆ど接点など何もなかったはずだ。友達の多い夏騎が、港のことは存在そのものを殆ど知らなかったようだから(まあ、彼女は一度同じクラスになった人間はすぐ把握するものの、一度もクラスメートになったことのないクラス外の人間の把握はだいぶ怪しいところがあるので当然といえば当然かもしれない。なんせ、同じクラスの人間と遊ぶのに忙しくなってしまうものだから)。
 そこから導かれる結論は。彼は有純に、何らかの役目を期待しているが、それは有純に危害を加えるようなものではないはずだ、ということ。
 そして、彼の誘導通りにあの地図の場所へと向かった者が、彼が作った異空間のようなところに導かれるように計算されていたらしい、ということである。

――だったら、俺はともかく有純が此処から出られない、あるいは命の危険があるような状況に陥る可能性は低い……はずだ。港はオカルト好きだが、思考としてはリアリストに近いものがあった。有純が現実世界に無事帰ることができなければ、あいつの目的が達成されない可能性は高い。

 簡単なこと。宝物を探すための冒険者達がいたとして。宝物を見つけるところまでが冒険と考えるのか、生きて持って帰ってギルドに報告するまでが冒険と考えるかの違いである。港は後者だ、と夏騎は分析していた。有純が見たことや経験したことを、現実に持って帰ってなんらかの糧にしてもらうところまで期待していると考えた方が自然である、と。

――だったら、俺がするべきことは……ここで有純がいないことにパニクって、焦って、冷静さを欠くことなんかじゃないな。

 たっぷり数分考えた後、夏騎は大きく息を吸って立ち上がった。まだ頭はくらくらするし、長らく通路を這って進んだ結果だいぶ疲れてもいるが、贅沢は言っていられない。
 有純に助けを求めるならば、夏騎がくっついてくることも計算済みだったはず。そして、分断された以上、夏騎にも夏騎で何か仕事があると見るのが妥当だ。有純と違って、こちらは安全の保証など無いに等しいけれど。

――此処は学校に見える、けど。窓が開く気配はないな。

 窓の外には、オレンジ色の夕日が差し込む校庭が見える。夏の日は長い。恐らく今の時間帯は、四時から六時といったところか。自分達が出発したのが夜であったのに夕方に逆戻りしている時点で異空間なのは確定である。そして、この時間ならばまだ校庭でこっそり遊んでいる子供達も見えそうなものなのだが、少なくとも夏騎の目に見える景色に、校庭も住宅街も公園も人影らしい人影は一切見えなかった。視界の端に見える学校の駐車場には、教員のものと思しき車も数台停まっているようだが、どれもこれも運転席は空である。

――夕方。この時間帯であることに、何か意味はあるんだろうか?それと、この廊下は何を暗示しているものだ?

 とりあえず、地図は有純にも渡してある。彼女がその存在を思い出せば、次の目的地として示された場所に向かおうとするはずだ。自分もそこにたどり着く努力をしなければならないだろう。夏騎も歩き出すことに決める。
 あの地図は、理科室がスタートであるとは書いてあったが、実はその後の意味が殆ど読み解けなくなっていたのだ。スタート地点には1と番号が振ってあって、その他の学校内のいくつかのスポットに2以降の番号が振られていた。そしてどこかにあるであろう、宝箱にゴールの文字。てっきり夏騎は、全ての番号を順番に回ることで、何らかのキーアイテムか情報が手に入るものだと考えていたのだが。
 こうして別空間に飛ばされてしまったということは、あるかもしれないキーアイテムは現実の学校ではなく、“港が作った学校”に存在する可能性の方が高いということではなかろうか。
 夏騎は念のため、ランドセルから地図を取り出して確認することにする。次の目的地は――。

「家庭科室、か。この廊下を進むと、そこに到達するってことか?」

 とりあえず、行ってみるしかない。既にこの長い長い廊下が、学校の三階以上の高さであるだろうということしかわかっていないわけだが。

――小学校の時間割は、五時間目と六時間目のどちらまであるかによって変わってくるが……仮に六時間目まである日だった場合、授業が終わるのは午後の三時二十五分だ。終わりの会含んでも、三時半で解散になる。下校のチャイムが鳴ってそれまでに帰るように言われるのが、四時十五分……だったか。

 日の傾き具合から察するに、今夏騎がいると想定される世界の“時間”は授業中の時間帯でないことは明白。恐らく下校時間も過ぎている可能性が高いだろう。本来ならば、校内に居残っていると先生にお叱りを受けてしまうくらいの時間帯だ。
 そう考えるなら、校庭で子供達が遊んでないことそのものは健全と考えられなくもない。うちの学校にはヤンチャ坊主が多いので、こっそり侵入して遊んでいる奴らが多いことを知っていなければ、の話だが。

――逢魔が時、か。

 アヤカシによく遭遇するという時間帯。確か、これくらいの時間ではなかっただろうか。

――いや、それだけが理由ではない気がする。この時間に、港は何か気になることでもあったのか?

 まだ、情報が足らなすぎる。不安もあるが、とにかく今は家庭科室に行けるかどうかを試してからだろう。
 そう、気を散らせている場合ではないのである。いくら、有純の安全を早く確かめたいと、焦る気持ちがあったとしても。

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