虚構の国のアリス達

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
18 / 31

<第十八話・夕焼け空の下>

しおりを挟む
「――!?」

 気づいた時、有純はコンクリートの地面の上で、大の字に寝っ転がっていた。

「な、なん……なんだあ!?」

 さっきまで、教室でビジョンを見ていたはず。それがどうしていきなりこんな場所にいるのだろう。視界に映るのは、オレンジ色に塗りたくられたような――不自然なほど雲のない、空。最初は作りものかと思ったのだ。あまりにも、目に言える色が出来すぎたような橙一色であったものだから。

「そ、外……?」

 がばり、と身を起こし――寝転がっていた髪の毛の後ろがぺったりヘコんで、しかも砂まみれであることに不快感を覚える。服も背中あたりがだいぶ酷いことになっていそうだ。慌てて払いのけつつ、有純は混乱する頭をどうにか整理しようと模索した。
 現在地が、本当に意味不明なことになっている。最後にはっきりわかっているのは、夏騎と共に暗い通路を進んでいた時で――その後彼とはぐれて、教室でセピア色の記憶のようなものを見せられて。それらが突然終わったかと思ったら、今度はこの場所ということだけだ。
 何でこんなにテレポートばっかりしているんだ、まるでファンタジーだ!と思ったが、そもそも自分達の状況が既に超常現象の真っ只中だったなと思い出した。あんな、どこまでも続く秘密の真っ暗通路があることそのものがおかしいのだ。避難するために必要ならば、大人が通れる幅がないのも変だし、なんで理科準備室なんて辺鄙なところにあるのかという疑問も残る。
 というか、過去の記憶を見せられて、というのが既に完全に現実から乖離している。そして、今、有純がいるこの場所は。

「屋上……」

 傍には、やはり、誰もいない。給水塔が長く影を伸ばし、緑色のやや錆びたフェンスがぐるりと周囲を取り囲むのみ。夏騎の姿は、ない。

――畜生、やっぱり……やっぱりいない。何処だよ夏騎。何処行っちまったんだよ……!

 あの記憶のようなものを見せられたのはまだいいとして。どうして夏騎と一緒ではないのだろう。あれを見せた存在に、分断されたとしか思えない。傍に転がっていたランドセルを抱きしめ、急に湧き上がってきた不安をどうにか抑え込もうと画策する。
 自分の方が、身体も大きいし力も強い。それなのにどうして、夏騎が傍にいないだけでこんなに不安になるのだろう。そうだ、去年クラスが別になる時もそう。運良くそれまでのクラスがずっと一緒だっただけあって、なんとなく全クラス一緒にいられるはずだと信じていた自分がいたのである。
 だから、怖くて。正直なところ、夏騎がいない場所で頑張れるのかどうか不安があって。クラス替えの発表の時、情けなくも少し涙が出そうになった有純に、夏騎が言ってくれた言葉があったのだ。

『何で、有純が不安に思うことがあるのかわからない。有純は何処に行っても、みんなの役に立ってて……有純のことが大好きな人はたくさんいるのに』

 実のところ。ヒーローになりたい、強い人間になりたい、性別に囚われない“自分”を確立したいという気持ちはあっても。だから、本当にそれをそのまま信じられるようになったかどうかは別問題で。いつも不安で仕方なかったのだ。女の子なのに男みたいだと馬鹿にされやしないか、いじめられないか。喧嘩も多いし、ものをはっきり言うし、いくらそれが自分が正しいことを信じて戦った結果であったとしても――誰かにとっては、疎ましい存在以外の何者でもないのではないか。
 何より。有純のやってきたことは結局有純の自己満足だけで、本当はみんな迷惑しかしていないのではないか、という。漠然とした恐怖が、いつもついて回っていたことは事実だったのである。
 だから、夏騎にそうやって認められるのは嬉しくて。自分が今の“俺”であることを選んだきっかけはやっぱり夏騎で、自分が一番褒めて欲しいのも本当は夏騎一人であったものだから。

『……でも、きっと、俺のこと嫌いな奴だっているだろ。それに……』

 別に、夏騎は有純の彼氏でもなんでもない。幼馴染カップルなんて王道だという話も聞いたことはあるが、現在ではむしろレアものだということも理解しているのだ。
 だって、夏騎はカッコイイし、冷静だし、大事な時に勇気がある少年だから。自分が見ていないところで、彼が誰かのものになってしまうのではないか、なんて不安はきっと自分だけが抱いているものではないかと思うから。

『な……夏騎が、俺が近くにいなくて淋しいんじゃないかって、そう思って心配してやっただけなんだからな!』

 それなのに、結局こうやってツンデレをかましてしまうのである。彼のそのままの優しさを、恥ずかしくてストレートに受け取れない。彼だって、頬を染めて頷いてくれる可愛い女の子の方がきっと好きであるに決まっているのに。

『すべての人に好かれるなんて、そんなことは無理だよ。いくら有純だって、それは無理だ。だから考えるべきじゃない』

 そんな有純に呆れることもなく、夏騎は言ってくれたのである。

『でも、そのままの有純が一番好きだって人は、俺も含めてたくさんいる。それは忘れないで欲しい。そもそもだ。何も、クラスが変わるだけで、ずっと離れ離れになるってわけでもない。会おうと思えば会えるんだし』
『それは、そうだけど』
『それと』

 その時、初めてだったかもしれない。ほんの少し、夏騎が弱ったような声を聞いたのは。

『確かに有純が傍にいないのは淋しいから。……できるだけ、いつものように会ってくれると、嬉しい』

――馬鹿だよな、夏騎。ほんと馬鹿だわ。

 ああ、思い出してしまう。顔が熱くなる。夏騎はわかっているのだろうか。あの言葉だけで自分がどれほど舞い上がって、みっともなく調子に乗ってしまったのかということを。
 もしかしたら両思いかもしれないなんて、幻想を抱いてしまったということを。

――でも、クラス替えして、しばらくして夏騎は……。

 今見たビジョンが本当に過去にあった出来事ならば。あの少女、市川美亜は本気でタチが悪すぎるだろう。彼女とその命令に忠実な取り巻き達のせいで、一人がいじめの生贄にされて虐げられる。教師は教師で、己の意思で解決策を模索するだけの気力がなく、助けを求めてきた少年を無下に扱ってしまう始末。そして彼女は恐らくそのまま心の病で倒れて休職してしまったというのだから、問題は教師一人の問題で済んではいなかったのだろう。勿論、教師としてその場にいる以上は、生徒への責任を果たす義務はあったのだろうけれど。
 あんな状況だなんて、まるで知らなかった。一人の少女が牛耳り、誰もそれに反撃できない始末。特に男子の事情は――悠里の言葉が正しければ、劣悪であったと言わざるをえない。あれも立派な暴力だろう。何故、男の子だからというだけで、対女子に対して当然のように加害者として認識されなければいけないというのか。そういう偏見なしにクラスを見ることのできる教員がいれば話は別だったのだろうが、教師はあの有様であったわけである。そして恐らく、他の先生達は知らぬ存ぜぬか、“いじめなんか無いものとして扱え”のどちらかであったと予想できるだろう。
 クラスの生徒も八方塞がり、クラスの先生も八方塞がり。ならば唯一の打開策は、あの市川美亜を殴ってでも止めることだったと有純はそう思ったのだが。

――でも夏騎はそうしなかったし……俺に対して、相談もしなかった。なんでだよ、夏騎。俺、そんなに頼りなかったのか……?

 確かに夏騎は身体も小さいし、あの市川美亜と殴り合いの喧嘩をしても勝てなかった可能性は十分にあるが。それならそれで、有純に助けを求めてくれても良かったというのに。有純ならば同性だから非難も少なく、あの市川美亜を黙らせることも可能だったのではないか。
 そうしなかったとしたらそれは、その理由は。

「君はちょっと、単純がすぎるんじゃないかなあ」
「!」

 その時、唐突に有純の耳に飛び込んできた、声。はっとして顔を上げれば、フェンスを掴んで立つ誰かの人影があった。向こうを見ているから、顔は見えない。しかし短い髪と服装からして、恐らく男子であろうということはわかる。

――いつから、そこに……?

 そこまで考えて、愚問だと気づいた。
 有純を認識していて、この場所に自在に出現できる人物がもしいるのなら、それはたった一人しかいないではないか。

「もしかして……お前が、小倉港か?」

 有純の言葉に。その少年はゆっくりと振り、眼鏡の奥の瞳を細めて見せたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...