虚構の国のアリス達

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<第十九話・証明の魔術師>

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 写真で少し見ただけの少年が、生前とさほど変わらぬ姿でその場所に佇んでいる。少し苦笑に近い笑みを浮かべて、有純の方をしっかり見つめているのだ。
 この、よくわからない現象と空間を作った張本人。
 自殺と遺書という形で、全てを始めた最初の人間。

「そうだよ。僕が、小倉港」

 追い詰められて死んだ、と思っていたはずが。彼の顔には、そういった苦悩の類は一切見えなかった。
 そもそも彼が自殺したという事実とその顔を有純が知っていなければ、到底死んだ人間だと思うこともなかったことだろう。

「そして、この“虚構と真実の国”に君を招待した人間」
「……招待?」
「ん?まだ気づいてなかったのかな?だってそうだろ、僕の自殺がわかる前に“偶然”相田夢の友人が机から遺書を抜き取り、それを警察に回収されないようにコピーして持ってた……なんてさ。そんなこと、そうそうあると思ってる?」
「!」

 言われてみればそうだ。出来すぎている、と夏騎もいぶかしんでいた様子だった。夢がこの件、どこまで知っていていたのだろう?と疑問を口にしていた記憶がある。

「相田夢の友達の子の話は事実。でも、遺書を見つけた件について彼女は本当は関係ない。関係あるのは夢本人だけ。相田夢は、二、三年生の時の僕のクラスメートで、結構親しくしてたんだよね。死ぬ前に彼女に原本とコピーは両方渡しておいた。……僕に何かがあったら、コピーを信頼できる誰かに渡していいよと言ってね。だから原本は未だに相田夢の家にあるし、警察は遺書の存在自体知らないはずだよ」

 そういうことだったのか、と有純の中でいくつもの疑問が氷解する。やはり、夢は今回の件協力者であったのだ。この物言いだと、遺書の持つ意味と効果まで知らされていたわけではなかったようだが。
 同時に、何故理科室のメモが炙り出しされる前の状態で残っていたのかも説明がつく。警察がそもそも遺書を手に入れていなかったなら、あのメモに気づかないまま放置されているのも当然と言えば当然だ。ただ。

「それでも、理科室は生徒が普通に来る場所だし……先生もそれは同じだろ。あのメモだって、ちょっと探せばわかるような位置にあったのは事実だ。いつあれを仕掛けたのかわかんねーけど、他の誰かに見つかっちまう可能性とかは考えなかったのか?」

 あの秘密の通路の存在といい、念入りな地図といい。死ぬ前に、小倉港は相当な準備を重ねていたと見て間違いないだろう。
 段々と、自分が想像していたプロファイリングに近いもの――と目の前の少年の実像にズレが生じつつある。というより、これはもう破綻に近い。夏騎のように聡明で、しかし夏騎よりも人と話すことの多い成績優秀で皆に信頼されていた相談役。そんな生真面目な少年が、虐めを受けて追い詰められてやむなく自殺したのかと思っていたが。

――今、出会ったばかりだけど。これだけは、わかる。

 有純は警戒しつつ、少年を観察する。

――こいつは、いじめなんかに負けて自分の命を投げ捨てるようなタマじゃない。むしろ、己の理屈だけの世界で生きていて、他人の評価だとかそういうものを全然気にしないタイプ……じゃないか?

 自分は夏騎のような頭などないけれど、それでも。直感力に感しては、それなりであるという自覚があるのだ。

「勿論、可能性はあった。僕はまだこんな年齢だったし、魔術師としては非常に若年。力も弱いって自覚はあったからね」
「魔術師?」
「ああ、こう言うと厨二臭く聞こえる?でも他に表現のしようがないんだよねえ。僕は箒に乗って空を飛んだり、死んだ人間を蘇らせたり、何もない場所に炎を起こすとかそういうことはできないんだけど。それでも魔術師だってことは知ってたんだよ。いつだって、問題の解決方法は簡単に見つけることができた。時間をかければ、ちょっとした“導き”くらいはできた。僕は人の“心”を見て糸を引くことに関してだけは結構な才能を持っていたからね」

 何を言っているのか、さっぱりわからない。魔法使いと聞くとどうしても、白雪姫に出てくる魔女あたりが頭に浮かんでしまうのだけど。箒に乗って空を飛んだり炎を起こせないのに魔術師である、とはどういうことなのだろう?
 もしこの話を、普通の状況で聞いていたのなら。有純はポカンとして、やがて笑い飛ばしていたのかもしれなかった。魔法を使えもしない魔法使いなんてものがいるものか、と。でも。

――何だろうな。今の状況見てみると、無駄に説得力がありやがるよなあ。

 自分は今夏騎と離れ離れになって、現実とはかけ離れた世界の“屋上”にいる。そんなおかげさまで、荒唐無稽な話も“有り得ない”と笑えない状態であるのは確かだ。

「準備にはちょっと時間がかかった。でも、僕の仕掛けが“作動前”に誰かに見つかる可能性は低いと思ってたよ?まず遺書と地図そのものは直前に書いて相田夢に渡したから、彼女が僕が死ぬ前にその意味に気づいて誰かに見せてしまうってことはそうそうないかなあって思ってた。それを狙って、“いかにも遺書”ってキーワードは避けたしね」

 で、理科室だけど、と港。

「人体模型って、授業で使うの見たことある?」
「え」
「無いだろ?今君は五年生だと思うけど……一年生から四年生の授業でも使ってなかったと思うし、多分これからの授業でも使わないよ。人体のしくみ、の授業そのものはあるんだけど、わざわざ重たい人体模型運んで使う必要もないんだよねえ。だって紙とペンで説明すればいいだけだし、プロジェクターもあるし、今は便利なネットってものもあるわけだし」

 言われてみれば、そうだ。使った記憶などない。そしてどの学校にも人体模型は存在するイメージだが、授業でどのように使われるのかという話は殆ど聞いたことがないような気がする。

「文武科学省の指示で購入してるんだけど、実際使わなくても授業は全く滞りないもんだから、基本的に使われないんだ。殆ど理科室でお飾りになっている状態なわけ。……で、授業で使われないんだから、教師がわざわざそれを触ったり動かしたりなんてことまずないんだよね。あるとしたら、精々学校の大掃除の時期くらい。この学校の大掃除は年末に行われるものと年度末に行われるもので半々に分けられてる……範囲が広いからなんだけど。理科室が大掃除の対象になるのは年末で、それ以外は担当のクラスが交代で適当に掃き掃除するくらいなんだ」

 それは知らなかった。というか、どうしてそんなことを知っているんだろうと有純は驚く。本の虫だったという港だ、どこかの書籍にでもそういう情報が書いてあったのだろうか。
 しかし、掃除に関することは、ただ本に書いてある情報を読み取るだけでわかることではないはずである。誰かに聞き込みでもしたのか、自分の足で調べたのか、一体どちらなのだろうか。

「で、生徒は生徒で、近寄りたい生徒はそう多くない。元々不気味な上に、この学校でも例に漏れず七不思議の一部に組み込まれてるからなんだけど。……近づくのは、一部の怪談好き、イタズラ好きの生徒だけ。それでも子供の力じゃ、人体模型を動かすようなことなんかできないし……そもそも今回の夏騎君のようなテを使わなければ、夜忍び込めても施錠されている理科室になんか入れないだろ」
「まあ、それはそうなんだけど……」
「それに、万に一つ理科室のメモまでは見つけられても、あれが炙り出しだと気づける者はさらに絞られるし……気づいたところで“条件”に満たないとあの地下通路は開かないようにしてあった。まあここまで言えばわかるよね。理科準備室の戸棚に“本来秘密の通路なんてものは存在しない”ってこと」
「…………」

 静かな衝撃が、有純の中にじわじわと伝わっていく。流石に有純も、あの通路が不自然すぎるとは感じていたことだ。あんな場所に地下通路なんかがあって、大人達が気づいていないとは思えない。そして、どれくらい這いずったかは定かでないが、恐らく学校の敷地内を突き抜けてしまうほど直進したのは間違いないはずである。
 そして、気がついたら突然過去のビジョンに投げ込まれて、そして今目の前には死んだはずの少年がいる。あの通路が、何らかの異世界――異空間?とにかくそういうものに通じるトリガーになっていたのはほぼほぼ間違いのないことだろう。

「“条件”っていうのは?」

 問い返した直後、有純は気づいた。ランドセルの中に入っているものを思い出したからだ。

「もしかして……あの“遺書と地図”か?」
「正解」

 にやり、と少年は笑う。

「一定の年齢以下の子供があの地図……コピーでもいい。それを持って手順を辿るとあの地下通路に入れるような仕掛けを作ってた。……僕が唯一使える魔法なんてその程度なんだよ。この空間そのものを作るのも半年以上かかったし、その地図と連動させる方法を探すのも本当に苦労した。幸い僕は“眼”だけはそれなりだったから、魔導書を探すことそのものは手間がかからなかったんだけどね」

 少しずつ解けていいく、謎。だが、まだ根本的なことがいくつもわからないままである。
 一つはどうして有純を選んだのか?
 もう一つは、彼は結局自分達に何を求めているのか?だ。



『だれもぼくを
     みつけてくれない

 だれかぼくを
     みつけてください』



 あの遺書の言葉にも。
 子供に見つけて欲しいという意味以外にも、意味があったはずである。
 彼は何かを見つけて欲しいのだ。自分に、あるいは夏騎に。
 そして、もう一つ。

「……話戻すけど。俺が単純って、どういうことだよ。俺が何を考えてるのか、わかったみたいな口ぶりじゃねえか」

 ずっとタイミングを逃していた質問をぶつければ、港少年はからからと声を上げて笑ってみせた。

「そりゃわかるよ。この空間だけは僕が王様だからね。僕は自分の肉体を捨てた分、ここでは無限の時間を欲しいままにできる。ここに自分の意思で招いた人間の心くらい多少なりに読めるってなものさ。……で、それを全部踏まえて結論。君は少々考え方が単純すぎる、と言ってる。いじめを拳だけで解決できると思ったら、それは少々短絡的がすぎるってなもんだよ」
「なんだと?」
「早い話。市川美亜を排除するのは困難を極めたし、ただ排除しただけでは物事の根本的な解決にはならなかったってことなのさ」

 言いながら彼は――四階へ続くドアをゆっくりと開いた。こっちにおいで、と彼は有純は招き寄せて、言う。

「まだまだ君には情報が足らないらしい。……こっちにおいでよ。見せたいものがある」

 その道の先は、明かりが灯らず――暗い。しかし。

「夏騎君を助けるための、ヒントが欲しいんだろう?」

 そう言われては、有純に選択肢はないのだ。
 警戒しつつも有純は――ゆっくりと頷き、彼の言う事に従ったのである。
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