虚構の国のアリス達

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<第二十五話・手遅れなラブソング>

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 それは、明白すぎるほど明白な――告白、というやつだった。さっきの物言いとは違う。明らかに、冗談やその場ノリでないことは明らかで。
 固まる有純に、港は笑って告げる。

「君と夏騎君を分断したのは、ちょっとだけ意地悪がしたかったから。……だって夏騎君がいたら、君と二人だけで話す機会なんかないじゃないか」
「ちょ、そ、それ……」
「“本当か?”なんてもう聞かないでね。確かに僕はもう死んだ人間だけど、だからこそ余計な嘘なんかつく意味はないんだから」

 振り返った彼に、じり、と追い詰められる。港の身長は、有純よりもだいぶ低い。もしかしたら夏騎よりも小さいかもしれない、なんせ彼は実質死んだ時で年齢が止まっているはずである。小学生の一年や半年は、身長に差が出るには十分な年月であるはずだ。

「言ったよね。人は、自分が持っていないものに惹かれるって。僕と夏騎君は精神面で似ているところが多かったから……どうして夏騎君が、有純さんに惹かれたのかとってもわかるんだ。彼もきっと僕と同じ。自分にないものを持っている有純さんに惹かれた。……勇敢で、物怖じしないで、ダメなことをダメだと言える有純さんに」

 それは、と有純は思う。
 それは、夏騎にもできることではないのかと。港がどうであったかは知らないが、先ほどのビジョンを見る限り彼も彼でとても強い信念の持ち主であったように思えた。
 とても臆病な人間であったとは、思えないが。

「……わかってないな、有純さんは。僕と夏騎君なら、あの時水谷君をすぐ助けられてないよ。それは僕らが男の子だったから、喧嘩という意味で不利な立場だったのもあるけど……有純さんより力が弱くて、余計なことを考えてしまうからっていうのもあるんだ」
「余計なこと……?」
「自分で言うのもなんだけど。頭が良くて、精神的に実年齢より達観していて、普通の子供が見えないものが見えるっていうのは……時にはものすごく、厄介なものなんだよ。なんでだと思う?……何をしていても、損得っていうものを考えてしまうからさ」
「損得?」
「そ。損得。自分にとってその行動をするのが有利に働くか、それとも不利に働くのか」

 この状況、まずいのではないか。有純は思う。彼がある意味とても大事な話をしているのはわかるのだが、それ以上に目の前に迫ってくる港の顔から目を逸らせない。
 いつの間にか壁を背に、完全に追い詰められているこの体制。そして、港の手は有純の肩の横に。これはもしや、巷で有名な“壁ドン”というやつでは。

――ま、待て待て待て待て、どうしてこうなった!?何で俺、会ったばかりの……それも幽霊に壁ドンされてんの!?ていうか気付くの遅!反応遅すぎだろ俺ー!!

 あわあわしつつ、茹で上がっていく有純の頭。しかもその有純を見て。港が可愛い顔で“可愛いよ有純さん”なんて、小悪魔なことを呟くものだから。余計沸騰して、始末がつけられなくなってしまう。

「君は、そんなこと考えないで……すぐに誰かを助けることができる。躊躇わない。水谷優は、少なくともあの頃の時点では君にとって顔と名前がなんとか一致する程度の間柄だったはず。話したことも数回程度。それなのに君は、相手が複数人の女子なのに物怖じせずに立ち向かって、彼を守ろうとした。どうしてそんな行動をしたのか、君自身覚えてないんだろ?それは、損得を全く考えてなかったからだよ。ただ、理不尽な暴力が許せないから助けた。立派で純粋で、まさに正義のヒーローに相応しい。僕や夏騎君が……いや、クラスの子供達の多くが忘れてしまったものを、君だけが持ち続けてるんだ。だから、君に惹かれる子は後を絶たない。君自身が気づいてないだけでね?」

 キスされるのかと、一瞬思った。漫画やアニメである、いかにもその直前の姿勢に見えたからだ。そうなったら自分は――どうしただろうか、と有純は思う。正直、小学生ではキスだって早いとは思うが、そういう問題ではない。
 だって有純には、好きな人がいるのに。
 その人を差し置いて別の誰かと、いわゆるファーストキスなんてものをしてしまうのは明らかにまずいことである。いや、それがどれほどの価値を持つのかも未だにわかっていないけれど、勝手に夏騎を裏切ったような罪悪感に苛まれることは間違いないだろう。別に夏騎とは、恋人同士というわけでもないというのに。

「ねえ、僕じゃダメ?」

 すぐ傍の唇から、声が漏れる。

「確かに僕は死んじゃったけど、だからこそ永遠の時間があるんだよ。自分の場所もこうして作っている。君が望むなら永遠に君を子供のままでいさせてあげることもできる。夏騎君の気持ちがもし君にあったとしても……あの性格だから、そう簡単に君の欲しい言葉なんかくれないよ?きっとこれからも、彼を好きでいる限りやきもきして、苦しい気持ちから逃げられなくなると思うよ?それでもいいの?今の気持ちを、大人になるまでずっと持ち続けていられる保証なんかないし……そもそも君の大好きな“五十嵐夏騎”が、いつまでもそのままでいてくれるなんて限らない。人はいつか必ず、変わっていくものなんだから」
「お前なら、変わらないってか……?」
「そう。僕はいつまでも、此処にいる僕のままだよ。成長はしないけれど退化もしない、劣化もしない。僕の気持ちはずっと、有純さんを好きなままで止まる。それに君の心が分かるから、君を傷つけるようなことなんてしないとも約束できる。間違いなく、僕を選んだ方が有純さんも楽だと思うな。……それじゃ、ダメなのかな?」

 飄々とした口調――しかしその端々に覗く、真剣さ。これは、いくら恥ずかしくても信じられなくても――答えをはぐらかしたり、逃げていい類ではないことを有純は察した。
 自分の気持ちに嘘だけはつきたくない。だからこそ港は本気の自分をぶつけてきてくれているし、ならばそれに応えるのは有純の当然の義務ではなかろうか。

「俺、は……」

 目の前の少年が、いわゆる自分達を“神隠し”している張本人だとしても。もしかしたら、とても危険な相手かもしれないとしても。
 そして有純の言葉で、彼を傷つけるかもしれないとしても、自分は。

「それじゃ、ダメだと思うんだ」

 正直に、偽りなく語るべきだと考えた。それが本当の誠意であり、愛というものであるはずだと。

「難しいことなんか、全然わかんねえよ。頭悪いからさ。お前の言う通り、子供のままでいたい気持ちはある。……学校の先生の仕事とか、見ていて感じるもん。大人って大変だし、あんな風に自分を削って仕事しないと食っていけないなんて嫌だなって。大人になるのって超絶にしんどいなって。そんでもってさ。夏騎の気持ちが……今どこにあるのかもわかんないのに、大人になったらどうなるかなんて全く見当もつかないのは確かだよな。もしかしたら、俺のことなんか全然好きじゃなくなるかもしれない。そう思ったら、すっごく淋しいし、怖いよ……でも」

 けれど。その変化を恐れて立ち止まることは、本当に人として“生きている”と呼べることなのだろうか。
 それは単純に身体に宿る生命の問題だけではなくて。心とか魂とか意思だとか、そう呼ばれる部分を眠らせてしまう行為であるように思えてならないのだ、有純には。

「でも。……それが自然なことだろ。俺達、生きてるんだから。夏騎がいつか離れていくんだとしたらそれは、大人になるとか変化だとか、夏騎のせいじゃない。俺にそれだけの力が無かった、それだけのことじゃないか」
「でも、少なくとも四年生の時、君から夏騎君は離れた。それは君のせいじゃなかったはずだ、そうだろう?」
「そこはまだよくわかってないけど。でも、何か事情があったとは思ってる。それにさ。……それに、大人になるって、変わっていくって、きっと悪いことばっかりじゃない。大人にならなきゃ結婚して家族になれないように。……子供にしか見えない幸せがあるなら、大人にしか見えない幸せだってきっとあると思うんだ。そしてそれは……大人になっていく俺と、変わっていく夏騎だから見られるものでもあると思う」

 死んでしまった港を相手に、酷なことを言っているのはわかっている。それでもこれは、こればかりは有純としても譲れないことなのだ。

「俺は、そういうものを全部、夏騎と一緒に見たい。……もし、お前の言う通り……あいつに出来ないことが俺に出来る可能性が一つでもあるのなら。それを補うのが俺であってほしい。恋人が無理なら、相棒や仲間でもいい。悩んだけど、これでいいのかって思うこともあったけど……それでも俺はあいつの傍にいたい。夏騎の傍にいて、守りたい」

 そっと、港の手を握る。幽霊だなんて信じられないほど温かで、人間のそれと変わらないように見える手を。



「だって俺は、五十嵐夏騎が好きだから。世界で一番、大好きだからだ!」



 おかしな話だ。これを一番に伝えるべき相手には、全く何も言えていないというのに。
 はっきり港に気持ちを伝えられたことで、決心が固まったのである。
 後悔しないために、いつまでも足踏みしていてはいけない。例えそれで、意に沿わぬ結果が生まれるとしてもだ。
 自分は夏騎が好きだ。何を考えているかわからない彼の心を想像して、そのちょっとした笑顔に一喜一憂して、彼の差し出された手をドキドキしながら握って――そういうことができるのは、夏騎が変わっていくのを知っているからこそ。知らない夏騎が、まだまだいるのがわかっているからこそ。
 同じままである存在と、恋なんてできない。
 まだ知らぬ領域があるからこそ、想う気持ちに際限はないのだから。

「だから……ごめん。お前の気持ちは嬉しいけど、でも……」
「有純さん」

 言いかけた有純の言葉を、やんわりと港は遮った。

「……やっぱり、思っちゃうかな。どうしても」
「……何を?」
「もし、四年三組に君がいたら……もっと別の結末もあったのかもしれないのに、ってこと。いじめに関しても、それ以外に関しても……ね」

 ほら、と彼が指を指す先。いつの間にか、自分達は家庭科室のすぐ傍まで来ていたらしかった。角を曲がったところに、“家庭科室”のプレートが覗いているのが見える。

「夏騎君はもう来ているみたいだ。……全てが明らかになるまで、もうすぐ」

 すっと、港の手が離れていく。

「その時また、聞かせて。君たちが出す、最後の答えを」
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