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<24・拷問>
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流石にそろそろ、血を流し過ぎてくらくらしてきた。光は一つため息をついて、その途端肋骨が軋みを上げて呻いた。さっき肋骨の一部を切ったせいだ。肺を傷つけないように己の胸の骨を切る、折るくらいは簡単に自分の意思でできるようになってしまった。腕を折られるよりは痛くないと思っている人間もいるようだが、実際アバラを折られる痛みというのはそんなものではないのである。なんせ、息をするたび痛みを伴うようになるのだから。
――こいつ……!
もっと簡単に音を上げると思っていたのに、想像以上に優理はしぶとかった。顔は青いを通り越して真っ白になっているし、全身はぐっしょりと脂汗で濡れている。ひょっとしたら失禁しているかもしれない。なんといっても、宣言した通り光は己の全身をくまなく切り刻んでいる。左腕を抉った後は左肩、次に左太もも、足の甲。それから肋骨一本に、それでもまだ彼が暴れたので足の指も三本ほど切り落とした。慣れていない少年からすれば、地獄の苦しみであるはずだ。そもそもヘキの町の大人達ならば、ここまでするよりも前にとっくに屈服していたはずである。
「……そろそろ、降参したら、どうなんだ」
もうしばらくしたら、自分も傷を回復させなければいけない頃合いだろう。なるべく大きな出血をしないように気を付けて傷をつけているものの、それでも限界はある。数が多くなればなるだけ、出血量が増えるのは道理だ。既に檻の前は光が流した血で酷い有様となっているのだから。
「悪いが、俺は手を休めるつもりはない。もう少ししたら回復魔法をかけるが、そしたらまたイチから同じことの再開だ。お前が屈服するか死ぬまでこの拷問は続く、わかるな?」
「う、あ……っ」
「まだ、自分が正義の味方になれるとでも思ってるのか?それとも……お前の仲間が、都合よく正義の味方として助けに来てくれるとでも?」
くだらない。光はナイフを逆手に握り直す。そして、己の左目に押し当てた。
目を抉るのもたびたびやる行為だ。回復するのだからなんら問題はない。ただ、ナイフをねじ込みすぎると脳を傷つけて取り返しがつかなくなるので(さすがに回復魔法をかけられない状態になるわけにはいかないからだ)調整は必要だが。
「そんなものは、絶対に来ない。正義の味方なんてものは、都合よく現れたりなんかしない。どれだけ願っても、望んでも、祈っても、叫んでも、嘆いても……絶対に!」
わざと、刃先をゆっくりと眼窩にねじ入れた。凄まじい異物感、そして壊れていく視界と不快感、激痛。
「ひ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
今までで一番大きな絶叫が上がった。がしゃんがしゃんと鎖が揺れる音が大きくなる。優理本人が本当に傷つけられているわけではないが、目へのダメージの共有は非常に効果が大きいと分かっていた。痛みで本人も左目が開けられなくなるからだ。刃先をぐにゅぐにゅと動かすと、頬を血なのか眼球の残骸なのかもわからないものがだらだらと溢れて流れて行った。刃を持つ手が震える。流石にこれは痛いなあ、なんて他人事のように思いながら、動かすたびに濁った声を上げる優理を残った片目で見ていた。
「苦しいだろう?痛いだろう?そろそろ降伏しないと本当にショック死するぞ。命が惜しくはないのか。そんな風に耐えて何になるっていうんだ。出逢って数日、大した絆を結んだわけでもなんでもない、赤の他人も同然の仲間が助けに来てくれると?ここでお前が屈服したって、お前の無様な声を聴いているのは俺だけだ。その俺に対して、そんな風に意地を張る意味があるのか?お前が頑張ったって、それを見ている奴なんか誰もいない。誰も証明しない。ただ地獄を長引かせて、心を擦り減らして何になる?」
荒い息を吐きながらも、優理はまだイエスと言わない。叫びっぱなしでもう体力も限界のはずだ。そろそろ喉も物理的に痛くなってきている頃合いのはず。人間の心は、脳は、長時間にわたる激痛に耐えられる仕組みにはなっていない。それだけで硬直し、自分の心を追い出すことでどうにか身を守ろうとしてしまうイキモノだ。
なのに何故、まだ自分の手下になると言わない?
本当に、命よりも信念や仲間が大事だとでもいうのか。
「楽になれ、園部優理。ここまで耐えたんだ、これ以上お前に無理をしろなんて、お前の仲間だって言わないんじゃないか。仕方ないだろう、大人も発狂する拷問に耐え続けただけ、お前は凄いさ。俺が保障する」
やや飴を含めて、光は言う。よろよろと優理が頭を持ち上げてこちらを見た。左目をきつく瞑って、涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった酷い顔である。
「なんなら、魔女に頼んでやってもいい……最終的に全ての目標を達成したら、この世界を……魔女が来る前の状態に完全に戻してくれ、と。伝説のドラゴンの力を得た魔女・ジェシカならばきっと可能だろうさ。お前にとっても悪くない話だろう。全て壊して、全て再生すれば元通りだ。誰も苦しまない世界が今度こそ出来上がる。平和は取り戻せる。お前の仲間だって、それできっと許してくれる」
「……に」
「なんだ?」
「簡単、に、時を戻すなんて、そんなこと、言うなよ」
ぜえぜえと息を吐きながら、優理は言った。
「全部、戻したって。それまで、みんなが苦しんだ事実が、消えるわけじゃない。同時に……みんなが頑張った時間を、なかったことにしていい、わけじゃない。それも、全部ひっくるめて、自分なんだから……世界、なんだから。そんなの、一人の人間が、勝手に決めていいことであるはずが、ある、もんか……。今この瞬間に、傷ついてる誰かがいる。それが、全てだろ。それを、なかったことにしたり、見て見ぬフリしたら……誰が許しても、俺が俺を、許せない……」
まだそんなことを言うのか。呆れると同時に、強い憤りを感じた。いつの間にか光にとって、彼を己の仲間にすることより、彼を屈服させることに拘り始めている自分がいる。一から十まで、こいつの言うことは気に食わない。ここまでされておきながら、まだ理想を貫こうとする姿勢に苛立たされてばかりだ。責めているのは、あくまでこちらであるはずだというのに。
正義の味方なんて、この世にはない。
誰もなれないし、けして来ない。何故そんな、子供でもわかる話がこいつにはわからないのだろう。
人はみんな、自分が一番大切だ。己にとって役立つ存在か、そうでない存在か、それだけで他人を判断するのが当たり前なのである。家族でさえそう。己の役に立つ道具であれば良し、そうでなければゴミと一緒に捨てるだけ。光は嫌と言うほどその現実を見てきた。自分はいつだって誰かに、道具として使われて、壊れたら捨てられるのが当然の存在。生まれついてそういうものであるのだと。
それでも、道具にだって意地があり、プライドがあるわけで。
どうせ誰かに使われるなら、価値ある存在に使われたい。――自分にとってるりはだけが、その価値ある存在なのだ。それを誰かに否定されたくはない。否定されてたまるものか。
「まだわからないのか」
仕方ない。これをやると本当に大出血を起こすので、できれば避けたかったことだが。
「お前がそんな風に頑張ったところで、何の見返りもないんだよ!誰もお前を助けない、助けてなんかくれない、お前がいくら助けようとしたところで恩はいつだって仇で返されるだけなんだ。いい加減思い知れ、この場所で、お前は独りきりだと!」
思いきり振り上げた刃は、吸い込まれるように光の腹に埋まった。
「があっ!」
「人はみんな誰かの道具だ、お前も俺も!誰かに使われてポイ捨てされるだけの道具なんだよ。違うのは価値ある人間に使われて、価値ある道具になれるかどうかのその一点のみ。お前は実に憐れな人間だよ、ああ不憫で仕方ない!そうやって……そうやって自分が利用されていることにも気づかないで、無意味に拷問に耐えてプライドを貫き通しても救われることなんか一つもない。結局お前は、お前自身さえ救えないんだよ!!」
「ひぐっ」
優理の右目が零れ落ちんばかりに開かれる。光が己の腹に刺しこんだ刃を、思いきり真横に引いたからだ。
ぶちぶちぶち、と筋肉と、膜が引き裂かれる音がする。さすがに立っていられなくなって、光はその場に座り込んだ。切腹をする武士もこんな風に、自分の腹を割って、中から溢れだしてくる臓物を眺めていたのだろうか。傷ついたのが腸だからなのか、口から血が溢れて来る様子はなかった。下半身からは血液らしきものが流れだしてくる気配があったが。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
腹を引き裂かれる痛みと恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。流石にここで折れてくれないと少し困るな、とどこか他人事のように思った。ここまでやった場合、意識が切れる前に回復魔法をかけないと死ぬのは光の方であるからだ。
びくびくと痛みに痙攣していた優理に、やがて異変が起こり始めた。叫ぶ声に、次第に嗚咽が混じり始めたからだ。
――ようやく、屈する気になったか。多少メンタルが強かろうが、こいつも結局ただの中学生、理想を騙るだけの詐欺師か。
少しの安堵感とともに腹に埋めたナイフを握ったまま顔を上げた光は。次の瞬間、息を呑んでいた。
優理がこちらを見ていた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、言葉に尽くせぬような哀惜の表情で。
「なん、で」
告げられたのは、あまりにも意外な言葉。
「なんで、お前は、平気なの」
「……何?」
「そこまで……そこまで自分の体を切り刻んで、なんで平気なの。すごくすごく、痛い、じゃん。俺、痛くて頭変になりそうだよ。お前、痛みを感じてないわけじゃないんだろ。なのになんで、そんなことできるんだ。そんな能力にしたんだ。そんなに、切り刻んでもいいって思うくらい、お前は……自分が、嫌いなの?痛みに、耐えるのが、普通になっちゃったの?」
「――!」
何を言われているか、とっさに理解できなかった。唖然とする光の前で、優理はぽろぽろと涙を零しながら言う。
「駄目だよ、そんなの。痛いことを、痛いって……言えなくなっちゃったら、駄目だよ」
思いもよらなかった。まさか、ここにきて――光の心配をしてくるとは、想像もしていなかったから。
言葉が出ない。あまりにも予想の斜め上過ぎた。こいつは何を言っているのだろう。何をそんなに悲しんでいるのだろう。己を拷問している相手の傷や痛みを心配するなんて、正気の沙汰とは思えない。
「痛みに、慣れちゃいけない」
消え入りそうな優理の声は、確かに光に届いていた。
「本当は……誰かに助けて欲しかったのも。正義の味方が来てくれるのを信じたかったのも……お前、なんじゃないの?」
どうやら、そこまでで限界だったらしい。がくん、と優理の首が傾く。あまりの苦痛に気絶したようだった。
――何を、言ってるんだ、こいつ。
声が出なかった。まずい、血を流し過ぎたようだ。そろそろ限界か、と光は仕方なく能力を解除し、己に回復魔法をかけ始める。
――訳がわからない。頭がおかしいんじゃないのか。それとも本当に、ただの馬鹿なのか。
何も言えなかったのも、返せなかったのも、傷のせいということにした。
そうしてしまいたかったのだ。
想像以上に彼の言葉に動揺した自分などに、気づきたくなどなかったがゆえに。
――こいつ……!
もっと簡単に音を上げると思っていたのに、想像以上に優理はしぶとかった。顔は青いを通り越して真っ白になっているし、全身はぐっしょりと脂汗で濡れている。ひょっとしたら失禁しているかもしれない。なんといっても、宣言した通り光は己の全身をくまなく切り刻んでいる。左腕を抉った後は左肩、次に左太もも、足の甲。それから肋骨一本に、それでもまだ彼が暴れたので足の指も三本ほど切り落とした。慣れていない少年からすれば、地獄の苦しみであるはずだ。そもそもヘキの町の大人達ならば、ここまでするよりも前にとっくに屈服していたはずである。
「……そろそろ、降参したら、どうなんだ」
もうしばらくしたら、自分も傷を回復させなければいけない頃合いだろう。なるべく大きな出血をしないように気を付けて傷をつけているものの、それでも限界はある。数が多くなればなるだけ、出血量が増えるのは道理だ。既に檻の前は光が流した血で酷い有様となっているのだから。
「悪いが、俺は手を休めるつもりはない。もう少ししたら回復魔法をかけるが、そしたらまたイチから同じことの再開だ。お前が屈服するか死ぬまでこの拷問は続く、わかるな?」
「う、あ……っ」
「まだ、自分が正義の味方になれるとでも思ってるのか?それとも……お前の仲間が、都合よく正義の味方として助けに来てくれるとでも?」
くだらない。光はナイフを逆手に握り直す。そして、己の左目に押し当てた。
目を抉るのもたびたびやる行為だ。回復するのだからなんら問題はない。ただ、ナイフをねじ込みすぎると脳を傷つけて取り返しがつかなくなるので(さすがに回復魔法をかけられない状態になるわけにはいかないからだ)調整は必要だが。
「そんなものは、絶対に来ない。正義の味方なんてものは、都合よく現れたりなんかしない。どれだけ願っても、望んでも、祈っても、叫んでも、嘆いても……絶対に!」
わざと、刃先をゆっくりと眼窩にねじ入れた。凄まじい異物感、そして壊れていく視界と不快感、激痛。
「ひ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
今までで一番大きな絶叫が上がった。がしゃんがしゃんと鎖が揺れる音が大きくなる。優理本人が本当に傷つけられているわけではないが、目へのダメージの共有は非常に効果が大きいと分かっていた。痛みで本人も左目が開けられなくなるからだ。刃先をぐにゅぐにゅと動かすと、頬を血なのか眼球の残骸なのかもわからないものがだらだらと溢れて流れて行った。刃を持つ手が震える。流石にこれは痛いなあ、なんて他人事のように思いながら、動かすたびに濁った声を上げる優理を残った片目で見ていた。
「苦しいだろう?痛いだろう?そろそろ降伏しないと本当にショック死するぞ。命が惜しくはないのか。そんな風に耐えて何になるっていうんだ。出逢って数日、大した絆を結んだわけでもなんでもない、赤の他人も同然の仲間が助けに来てくれると?ここでお前が屈服したって、お前の無様な声を聴いているのは俺だけだ。その俺に対して、そんな風に意地を張る意味があるのか?お前が頑張ったって、それを見ている奴なんか誰もいない。誰も証明しない。ただ地獄を長引かせて、心を擦り減らして何になる?」
荒い息を吐きながらも、優理はまだイエスと言わない。叫びっぱなしでもう体力も限界のはずだ。そろそろ喉も物理的に痛くなってきている頃合いのはず。人間の心は、脳は、長時間にわたる激痛に耐えられる仕組みにはなっていない。それだけで硬直し、自分の心を追い出すことでどうにか身を守ろうとしてしまうイキモノだ。
なのに何故、まだ自分の手下になると言わない?
本当に、命よりも信念や仲間が大事だとでもいうのか。
「楽になれ、園部優理。ここまで耐えたんだ、これ以上お前に無理をしろなんて、お前の仲間だって言わないんじゃないか。仕方ないだろう、大人も発狂する拷問に耐え続けただけ、お前は凄いさ。俺が保障する」
やや飴を含めて、光は言う。よろよろと優理が頭を持ち上げてこちらを見た。左目をきつく瞑って、涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった酷い顔である。
「なんなら、魔女に頼んでやってもいい……最終的に全ての目標を達成したら、この世界を……魔女が来る前の状態に完全に戻してくれ、と。伝説のドラゴンの力を得た魔女・ジェシカならばきっと可能だろうさ。お前にとっても悪くない話だろう。全て壊して、全て再生すれば元通りだ。誰も苦しまない世界が今度こそ出来上がる。平和は取り戻せる。お前の仲間だって、それできっと許してくれる」
「……に」
「なんだ?」
「簡単、に、時を戻すなんて、そんなこと、言うなよ」
ぜえぜえと息を吐きながら、優理は言った。
「全部、戻したって。それまで、みんなが苦しんだ事実が、消えるわけじゃない。同時に……みんなが頑張った時間を、なかったことにしていい、わけじゃない。それも、全部ひっくるめて、自分なんだから……世界、なんだから。そんなの、一人の人間が、勝手に決めていいことであるはずが、ある、もんか……。今この瞬間に、傷ついてる誰かがいる。それが、全てだろ。それを、なかったことにしたり、見て見ぬフリしたら……誰が許しても、俺が俺を、許せない……」
まだそんなことを言うのか。呆れると同時に、強い憤りを感じた。いつの間にか光にとって、彼を己の仲間にすることより、彼を屈服させることに拘り始めている自分がいる。一から十まで、こいつの言うことは気に食わない。ここまでされておきながら、まだ理想を貫こうとする姿勢に苛立たされてばかりだ。責めているのは、あくまでこちらであるはずだというのに。
正義の味方なんて、この世にはない。
誰もなれないし、けして来ない。何故そんな、子供でもわかる話がこいつにはわからないのだろう。
人はみんな、自分が一番大切だ。己にとって役立つ存在か、そうでない存在か、それだけで他人を判断するのが当たり前なのである。家族でさえそう。己の役に立つ道具であれば良し、そうでなければゴミと一緒に捨てるだけ。光は嫌と言うほどその現実を見てきた。自分はいつだって誰かに、道具として使われて、壊れたら捨てられるのが当然の存在。生まれついてそういうものであるのだと。
それでも、道具にだって意地があり、プライドがあるわけで。
どうせ誰かに使われるなら、価値ある存在に使われたい。――自分にとってるりはだけが、その価値ある存在なのだ。それを誰かに否定されたくはない。否定されてたまるものか。
「まだわからないのか」
仕方ない。これをやると本当に大出血を起こすので、できれば避けたかったことだが。
「お前がそんな風に頑張ったところで、何の見返りもないんだよ!誰もお前を助けない、助けてなんかくれない、お前がいくら助けようとしたところで恩はいつだって仇で返されるだけなんだ。いい加減思い知れ、この場所で、お前は独りきりだと!」
思いきり振り上げた刃は、吸い込まれるように光の腹に埋まった。
「があっ!」
「人はみんな誰かの道具だ、お前も俺も!誰かに使われてポイ捨てされるだけの道具なんだよ。違うのは価値ある人間に使われて、価値ある道具になれるかどうかのその一点のみ。お前は実に憐れな人間だよ、ああ不憫で仕方ない!そうやって……そうやって自分が利用されていることにも気づかないで、無意味に拷問に耐えてプライドを貫き通しても救われることなんか一つもない。結局お前は、お前自身さえ救えないんだよ!!」
「ひぐっ」
優理の右目が零れ落ちんばかりに開かれる。光が己の腹に刺しこんだ刃を、思いきり真横に引いたからだ。
ぶちぶちぶち、と筋肉と、膜が引き裂かれる音がする。さすがに立っていられなくなって、光はその場に座り込んだ。切腹をする武士もこんな風に、自分の腹を割って、中から溢れだしてくる臓物を眺めていたのだろうか。傷ついたのが腸だからなのか、口から血が溢れて来る様子はなかった。下半身からは血液らしきものが流れだしてくる気配があったが。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
腹を引き裂かれる痛みと恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。流石にここで折れてくれないと少し困るな、とどこか他人事のように思った。ここまでやった場合、意識が切れる前に回復魔法をかけないと死ぬのは光の方であるからだ。
びくびくと痛みに痙攣していた優理に、やがて異変が起こり始めた。叫ぶ声に、次第に嗚咽が混じり始めたからだ。
――ようやく、屈する気になったか。多少メンタルが強かろうが、こいつも結局ただの中学生、理想を騙るだけの詐欺師か。
少しの安堵感とともに腹に埋めたナイフを握ったまま顔を上げた光は。次の瞬間、息を呑んでいた。
優理がこちらを見ていた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、言葉に尽くせぬような哀惜の表情で。
「なん、で」
告げられたのは、あまりにも意外な言葉。
「なんで、お前は、平気なの」
「……何?」
「そこまで……そこまで自分の体を切り刻んで、なんで平気なの。すごくすごく、痛い、じゃん。俺、痛くて頭変になりそうだよ。お前、痛みを感じてないわけじゃないんだろ。なのになんで、そんなことできるんだ。そんな能力にしたんだ。そんなに、切り刻んでもいいって思うくらい、お前は……自分が、嫌いなの?痛みに、耐えるのが、普通になっちゃったの?」
「――!」
何を言われているか、とっさに理解できなかった。唖然とする光の前で、優理はぽろぽろと涙を零しながら言う。
「駄目だよ、そんなの。痛いことを、痛いって……言えなくなっちゃったら、駄目だよ」
思いもよらなかった。まさか、ここにきて――光の心配をしてくるとは、想像もしていなかったから。
言葉が出ない。あまりにも予想の斜め上過ぎた。こいつは何を言っているのだろう。何をそんなに悲しんでいるのだろう。己を拷問している相手の傷や痛みを心配するなんて、正気の沙汰とは思えない。
「痛みに、慣れちゃいけない」
消え入りそうな優理の声は、確かに光に届いていた。
「本当は……誰かに助けて欲しかったのも。正義の味方が来てくれるのを信じたかったのも……お前、なんじゃないの?」
どうやら、そこまでで限界だったらしい。がくん、と優理の首が傾く。あまりの苦痛に気絶したようだった。
――何を、言ってるんだ、こいつ。
声が出なかった。まずい、血を流し過ぎたようだ。そろそろ限界か、と光は仕方なく能力を解除し、己に回復魔法をかけ始める。
――訳がわからない。頭がおかしいんじゃないのか。それとも本当に、ただの馬鹿なのか。
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