和を以て貴しと為す

雨宿り

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第一章

第一話 和を以て貴しと為す

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 第一章





 蓮水和ハスミナゴミはバスの外の道を、少しだけの懐かしさを覚えながら見つめる。
 タクシーでの送迎を断ったのは既に自分が回復していて、特別扱いを少しでも避けたかったからであったが、結局学園側から貸切のマイクロバスが彼の退院時刻に合わせてやってきたので意味の無いことだった。

 数奇な運命に生まれた自覚もなく、この後たくさんの周囲の人々の人生に大きく影響を与えることなんて全くもって知る由もない少年は、今はただ学校生活の不安ばかりを抱えて、深呼吸のような溜息を幾度と繰り返している。


 その後寮に着いて数週間ぶりのやってきた自分の部屋の前に黄色い規制テープが貼られているのを見たときは、あまりにも他人事すぎて少し笑った。




 第一話 和を以て貴しと為す 




 手に持った日用品の詰まったダンボールはそこそこに重たい。肩に掛けたボストンバッグの中身は衣類、背負うリュックには勉強道具をすべてしまいこんだ。そういう訳で、大した距離ではなかったが、目的地に着いた時にはくたくたで、一刻も早く荷物を下ろしてベッドで眠ってしまいたくなった。

 ブレザーの前の腰ポケットに学生証をしまっていたので、少し背伸びしてお腹の高さにある四角い端末にカードを読ませる。今度は屈んで肩あたりの高さにあるモニターの網膜認証。以前まではやけにハイテクなシステムについて、ここまでのことをする必要があるのか甚だ疑問だったが、今となっては納得がいく。寧ろもう少し厳しくしてくれたって構わない程だ。
 解錠された音が聞こえたらドアを肩で押して、身を滑らせるようにして玄関に入り込んだ。さて、荷物を置くぞというその瞬間、廊下左手に位置する、確か洗面所のあるはずの扉が破壊されたのかと思うほど勢いよく放たれた。
 ひゅっと息を飲んだときにはもう、床に全ての荷物を滑り落としてしまっている。
 ダンボールは横転してしまい、兄達からもらった身の回り品たちが無惨にも転がっていく。出来心に調べた、海外製のボディクリームの値段がでかでかと脳裏に浮かんでそちらに気を取られるがあまり、真上から突き刺さる視線に気が付くのが遅くなった。

「お前…」

 そう忌々しげに声をかけられ、同時に顔を弾いた先にいた少年は、特徴的な容姿でこちらを見下ろしている。
 高いけれど、声変わりの終わりがけのような少しハスキーさの混ざった耳に残る少年の声。そして遡るまでもない直前に、開け離れた扉から派手な花柄のボクサーパンツ一枚の半裸男が目の前に飛び出してきて、一瞬目も合ったことを思い出した。
 腕で顔や体を隠すようにしているものの、すらりとした躯体の綺麗さを損なわない程度に程よく締まった筋肉は丸出しだ。でも、身長は自分と変わらない気がする。他に目立つところは、そのフィクションのように整った可憐な目鼻立ちと、鮮烈な赤だ。濡れた髪を掻き分けているせいで隠しきれていない細く形のいい眉を釣りあげて、大きな猫のような赤い瞳がこちらを睨んでいる。真白い肌は赤みがかっていた。
 しかし、首を傾げる。前に寮監から聞いていた新しい同室の人間は雰囲気としては落ち着いた方で、どちらかといえばもさっとした見た目だと聞いていたのに。一応、確認しておいた方がいいだろうか。
 もし不審者だとしたら、和にとっては笑えるはずもない。

「同室の方ですか?」
「お前!」
「えっ。はい」
「俺の顔、見たな?」

 そんなことを言うのなんて、最悪の二択だ。質問に答えられなかったことを少し根に持ちながら、和は顔を顰めた。
 幽霊か、指名手配犯か。どちらにせよ終わった。スプラッタまっしぐらである。
 とはいえ、もう今ばっちり目が合っているのもまた事実。顔を見たかどうかと言われれば間違いなく見た。かなりの時間を貰えたら忘れることもできるかもしれないが、今この瞬間記憶を消すのは不可能なので、頷てみせる。この二択でないことを祈ろう。
 というか、この状況で見てないわけがない。

「見ました」
「見ましただぁ~!?いいかよく聞け!」

 聞いて欲しいのはこちらの方だ。なんだか喚き散らかしているが、それより早く服を着たらどうだろうか。
 瞳とお揃いの綺麗な紅色の髪の毛も結構しっかりびしょびしょなままである。改めて見ると、本当に漫画の中から出てきたかのような綺麗な人だと思った。同室者の恋人かなにかだったらどうしよう。
 嫌な想像をしていたら、びし!と音がつきそうな程真っ直ぐに、こちらの鼻先に人差し指を突きつけられた。

「俺に惚れたら、ぶち殺す」

 その容姿とあまりにそぐわない言葉を吐かれたので、脳が処理しきれていない。え、なんて言った今。
 間違いなく変な奴だ。今のところ実害はないが、下手に絡んでまた巻き込まれても困るので、再び床に目をやり、片付けを再開した。目の前の変人と対するより、散らばった兄達の愛情に向き合うことにする。
 どうせ会話にならなそうだし、後は明日寮監に聞けばいい。
 粗方拾い上げて靴を脱ぎ、顔を上げると、何故か呆気たような顔をしている真っ赤な瞳と目が合った。
 なんだ、まだいるのか。

「あの」
「な、なんだよ!」
「早く服着た方がいいですよ。春とはいえ、ここじゃまだ涼しい季節ですし」

 山奥の夜は、五月でもまだ冷え込む。ペコッと頭を下げて荷物を部屋に運んでいく。背中に視線は感じたが、すぐに物音がしたので服を着にいったのだろう。
 部屋の扉にはしっかり蓮水和と名札がかけてありすぐに分かった。学生証で登録された部屋の鍵も開けられるので、また少し背伸びしてポケットに入れたままスキャンした。便利だ。どすっと重たい荷物からようやく解放されたが、これから荷解きしないといけないなんて億劫で仕方がない。制服だけはシワにならないようにハンガーにかけて吊るして、部屋着に着替え、一旦仮眠をとることにした。風呂だの食事だのはあとにしよう。

「はぁ…やだなあ」

 二週間ぶりの寮ですら、緊張のせいでかなり神経を使った。昨日の夕方退院し、規制線の引かれた元の部屋ではなく、別の部屋で一人、ぐっすりと眠った。起きてから荷物を少し整理し、部屋を出た時には十五時を回っている。今日の晩御飯どうしようかな。咲夜も、朝昼と沢山用意してもらっていた食事を食べきったので、もういいかもしれない。売店まで行く気力もなかった。
 勉強に関しては入院中も沢山助けてもらったお陰で大きな不安は無いが、今の和がいちばん怖いのは人間関係にある。クラスメイトとの関係値がゼロどころかマイナスになってしまった。
 もし先程会ったあの美少年が新しい同室者だとしたも、クラスは違うと聞いているし、その上変な人ときた。上手く関われる気がしない。

 一歩も動けずにベッドの上から荷物を眺める。
 そういえば、リュックにぶらさがるうさぎのストラップを見てひとつ、今日中の約束を思い出した。やっと腕を伸ばして、リュックの中をがさごそと漁り、携帯から連絡先を探す。

 タップして呼出音が鳴る前に通話が繋がっているのはいつものことだが、なんらかの特殊能力としか思えない。全く、どういう仕組みだ。

『なあ、なんかあった?』

 心配と優しさが存分に詰まった台詞は、必ず和がもしもしと言う前には飛び出してくる。速度の割には穏やかな声で、相変わらず不思議な人だ。なあ、と和をそう呼ぶのは世界で二人だけである。

「ないよ。出るの早いのやめてね。毎回びっくりする」
『うーん、やだ。それよりなあ、今日声がへろへろだ。お疲れ様』
「部屋無事移ったから、その報告。約束してたから一応」
『ありがとう。よく頑張ったね。そっち行けなくてごめんね』
「来られても困っちゃうって」

 十も年が離れているので信じられないくらい甘やかされてきたが、幼い頃と違いはっきりと自我が芽生えてしまっている今はもうそれが擽ったくて仕方がない。
 電話をこちらからかけるのが珍しいからか少し上機嫌な、けれど相変わらず優しくこちらの言葉を待つようにして話てくれる兄の声は、確かな安心をもたらしてくれた。

『新しい同室の子には会えた?確か一年の転校生だよね』
「あー。なんか、どうなんだろう。あれは同室の人だったのか...」
『どういうこと?まさかまた不審者じゃ...』
「なんというか、不審者?うーん」

 訳の分からない先程のことを話すと少し面倒くさそうで一瞬躊躇するものの、隠し事を世界一嫌う兄だ。仕方なくあの変人のことをありのままに伝えると、電話越しにも伝わるくらい声が厳しくなる。

『なあちゃんのことだから大丈夫って思ってるかもしれないけど、あんまり関わらない方がいい。季節外れの転校生って、大抵碌でもないから』
「あんなこと言われちゃ仲良くしてくれるとは思えないよ。やばいってか変な人だったな。それに、あれが同室者だとしてもクラスも違うって尾長オナガさん言ってたから、多分関わりはあんまりないね」
『心配すぎる。言っとくけどお兄ちゃん、またなあちゃんに何かあったら今度は絶対に帰国するから』
「やめてね。流石にもうないから。あってもあまねくんいるから大丈夫。くゆにぃもお仕事頑張ってね」
『キィ!周ばっかり頼られて狡い!悔しい!でも和の為に俺は輝き続けるから。絶対に』
「情緒が怖いんだよねぇ…」

 和には、二人の兄がいる。そのうちの一人、長男である蓮見薫ハスミクユルは、その肩に掛かる黒髪を振り乱しながら、周囲のスタッフの人目もはばからず弟に対する愛を全力で伝えていた。
 二十六歳にしてフランスに移り住み、モデルの仕事を生業にしている。身長は百九十センチと大柄で、和に物心ついた時には、既におっきい方の兄といった認識があった。歳を重ねるごとに華奢で棒のように長い手足ごと背丈は伸びて、中学の部活動で剣道部を選ぶと今度は程よく筋肉まで付けてしまい、高校生になる年、ついにスカウトされた。
 というか散々、気が滅入るほどに散々されていたのだが、とうとうスカウトを受け入れたのだ。
 それからは、高校卒業と同時に瞬く間にスターダムを駆け上がり、その器は国内では収まらず、進学先だった芸術系の大学を卒業すると同時に拠点をパリに移し、大活動を続けている。小さな頭や長い手足、彫刻のようなパーツの造形はもちろんのこと、特出すべきはその色香で、薫の笑顔の殺傷能力が高いらしい。実の弟からすると、母にそっくりだなあと思うくらいだけれど、実の弟が見たって美しい人であることは疑いようのない事実だ。

『周は一緒?』
「ううん。来るなって言ったから」
『なんでよ』
「入院中沢山迷惑かけたし…居るのに慣れると、いない時しんどいじゃん」
『あはは、それ絶対周に言わないでね。喜ぶから。ていうか俺のこともっと頼って。まず、お金なら周よりあるし』
「それで周くんブチ切れさせたんだから本当にやめてね」

 今年の初め、二十歳を迎えた二番目の兄から初めてのお年玉を貰った際、一番上の兄が大人気なくその二倍の額を和に渡してきたせいでプライドを傷付け、とんでもないバトルになってしまったのだ。家族全員帰省していたので、二人ともこってりと絞られていたけれど。
 結局同額にされたが、和にとっては嘘みたいな額だった。いくら親戚が殆どいないとはいえ貰いすぎであったが、両親ももう止める術はないといった様子だったので、全て入学の諸費用に充てることにした。
 二人して不服そうにはしていたが。

『周ったら、いつの間にあんなにプライドの高い男になっちゃったのかしら』
「くゆにぃのねちっこさも周くんの沸点の低さも正直どっちもどっちだよ」

 次男の蓮水周ハスミアマネはまだ大学生だが、二年前にあるSNSで友人の投稿に映りこんだ写真が所謂万バズしてしまい、メンションされた鍵のかかった周のプライベートアカウントにより薫の弟であることまで特定されて、一躍有名人になってしまった。当時は相当嫌がっていたが、急に開き直ったのか鍵を外し、今や立派なファッション系のインフルエンサーになっている。元々お洒落さんなので納得だが、ちやほやされるのは苦手かと思っていたので驚いた。増え続けるフォロワーの数を定期的に報告してくるこで、すごいねと褒めると満足気に帰っていく。あんな感じでも、人に応援されるのは嬉しいのかもしれない。
 薫と同様、周もこの学園のOBなので、入学前からなにかあればこの山奥の寮まで駆けつけると宣言されていた。実際、この間おきたトラブルの二時間後には何も言う前にもう来ていたらしいのだから驚く。
 周はその少し気だるげな雰囲気から想像できないくらい対応力やコミュニケーション能力に長けている。面倒なことは和の預かり知らぬところで淡々とかたをつけてくれていた。大変だったのは薫の方で、その日も大切な撮影があったらしいのに、和が病院に運ばれたと聞くやいなや本気で空港まで向かっていたらしい。口調や雰囲気は穏やかでほんわかしているのにスイッチが入ると本当に手が付けられなくなるのは、薫の方だった。
 だからこそ、この人に電話しているのだけど。

「もし次、何かあっても必ず連絡するからさ。今日はくたくただから休むね」
『まだなあちゃんの声聞いてたいけど、くたくたか...かわいいね...くたくたなんだもんね…わかった…。代わりに毎日電話しちゃダメ?』
「毎日は流石にちょっとなぁ…」
『毎日じゃなければいい?じゃあ月水金は?週三だめ?どれくらいならいい?』
「うーん…せめて週一くらいかな…」
『わかった!週一ね!金曜でいい?』
「え...うん...」
『やった!ありがとう。それじゃあまた来週声聞かせてね』

 やられた。疲れているせいでまたしても隙をつかれた。
 これも薫の手段で、甘えたように難しいお願いをしてきて、こちらが一段階譲った提案を受け入れることで、言質を取っていく。いつもナチュラルすぎてやられた後に気が付くのが少し悔しい。
 満足気に喜ぶ声を聞くと、まあいいかと思ってしまうのが余計に悔しい。

「じゃ、おやすみ」
『愛してるよ、和。良い夢を』

 切れた携帯端末を思わず見返すが、もう通話は切れていた。しかし何度聴いたって、多分日本人じゃ我が兄にしか許されない甘ったるい切り方だと思う。彼のファンが聞いてら卒倒しそうだ。
 とかなんとか言っても、兄と話すのはやはり落ち着くものである。ついでに周にも電話をするかと電話帳を捲っていたら、丁度着信が来た。
 しかも、周からだ。

『ねえなんで兄貴が先な訳?』

 通話ボタンを押した第一声がこれだ。
 兄達はもしもしという文化を知らないのだろうか。

「なんで知ってんの」
『兄貴から煽りメッセきた』

 爆速でなにやってんだ、あの兄は。
 しかし、この二人はいつも和の知らぬ間にいつも何かを張り合っては仲良く喧嘩をしているので、今更とやかく言うこともない。

「約束だったからしただけ。ていうか、今周くんにかけようとしてたから超びっくりした」
『それはつまり兄貴には義務で電話したけど、俺には自分の意思でかけようとしてたってこと?そしたら俺と以心伝心しちゃってたってこと?奇跡ってこと?運命ってこと?』
「もうそれでいいよ」
『運命だ。やっぱりね。そうだと思ってた。はあ、今日も世界一かわいいくてありがとうね。助かります』
「はいはい」

 周は一言で言うと、情緒の安定がしていない。普段は無口でクールで大人っぽいのだが、怒りやすいし、口うるさい。かと思えば甘ったるいくらい優しくべたべたしてくるので、薫とは違う面倒さが大いにある。
 とはいえこの三兄弟において人として一番しっかりしてるのも間違いなく周なので、こちらとしては頼らせてもらっているのだが、本人も頼られること自体はやぶさかでは無いらしい。よく薫と張り合っているし。

 ただこう、俗っぽく言えばメンヘラっぽいところやストーカーっぽいところがある。幼少期から、友人宅に泊まったりしたあとは詳細を事細かに詰められて、少しでも言葉を誤ると静かに怒りを浮かべ、こちらに当たる訳でもなく全てを勝手に調べられる。常にこちらと同等、もしくはそれ以上の情報を握っている状態じゃないと気が済まないらしい。
 小学生の頃は和に悪いことをすると社会で生きて行けなくさせられると囁かれていたのを、中学になって知りひっくり返った。声を大にして言いたいが、全くもって告げ口などしていない。周が勝手にやるのだ。それについて苦言を呈すると、今度は完全犯罪を企むようになってしまった。
 そんな恐ろしい生態をしておきながら、この兄も顔が抜群に良いので、恐れられている以上に憧れられているのが憎いところだ。
 今は少し青っぽく染めた黒髪をウルフカットのようにして、両耳で十五個空いたピアスを付けている上ので一件やばそうな見た目だが、用紙の全てが整っているせいでどこかアニメキャラように見える。
 因みにピアスは初め、和にかけて七百五十三個開けるんだと正気とは思えない宣言をされ、流石に怖すぎたので一桁ずつ足した十五じゃ駄目?とこちらも負けじと提案をしたら嬉しそうに飲んでくれた。我が兄ながら賢いんだか馬鹿なんだか分からない。

 ちなみにわがやの三兄弟、容姿のコンセプトはあまりに違うが、似てると言えば似ている。
 だが、はっきりくっきり幼い頃から美形の兄ふたりと違い、和は基本的にぼんやりしていて、神作画アニメと適当に書きなぐったラフくらいの差がある。そして長男は綺麗系で父似、次男は中性的で母似なので、そもそもどちらもうっすらとしか似ていない。
 どちらも割と整っている両親の印象に残らない部分を見事に受け継いだのが和であり、恩恵を受けているところといえば、作者が手癖で描きましたみたいな横顔くらい。似てないね、と同じくらいに言われてきた。横顔だけは二人に似てる、とか、横顔見たらやっと兄弟なんだなって思った、とか。
 多分造詣以上に、あの二人にあるオーラみたいなものも全くないんだろう。デパートのトイレで手を洗おうとしてもセンサーが反応しなくて水が出てこないし。
 とはいえ、和本人は兄達の苦労も知っている分、同情こそすれど、恨めしく思うことはなかった。
 思う暇のないくらいに、愛されていた。

 とめどなく褒めたたえてくる周の言葉を適当に聞き流していると、気がついたらネガティブモードに突入しはじめている。

『ごめんね、僕らダメな兄達だと思うけど』
「そんなことないよ。二人に心配かけてるのは、まあ僕なんだし」
『そもそもなあが手の届かないところにいるだけでメンタルやばいし、ストーカーみたいなこと厭わないし、お前の周りの奴らのこと全員徹底的に調べておきたいんだけど』
「今のは聞かなかったことにするけど、頼むから捕まるようなことはしないでね」

 先程ぽいところと済ませた部分が冗談ではなくなってしまう。兄は何があっても大好きだし尊敬しているが、逮捕されるのは嫌だ。しかも自分のせいでなんて。

『全部、なあのこと愛してるからだよ?なあに幸せでいて欲しいけど、自分の幸せも欲しい。はぁ、なんでなあと結婚できないんだろう。どうにかしたらできじゃねえのかな?どう?』
「周くん」
『はい』
「無理だし、ごめんなさい。おやすみ」
『は?こっちが無理だしごめんなさいなんですけど。普通に結婚します。何故なら愛してるから』
「はーい。僕も」

 それだけ言って切ってやった。画面を押すその瞬間電話口から聞こえた気がする叫び声やその後震えが止まらない携帯電話はとりあえず無視して目を閉じてしまった。一応これでも悪戯心というかサービス心というか、周があの手のことをふざけて言っているのかはちょっと微妙な感じすらあるが、たまにこうしてやり返す。愛しているのは本当だし。

 正直、兄達のあの感じも、面倒と同時に嬉しい気持ちもある。なんだかんだ優しいのだ。今日運んできた荷物の中身も彼らから貰ったものばかりだし。いつも心配して何かあった時に連絡が無いと寧ろ詰られることもある為、細々と報告の電話入れている。

 この学校の進学が決まった時、それはそれは顔を顰めたのは周であった。
 その時は学園のおぞましさを懇切丁寧に語られたので、そんなにも嫌なこといっぱいあったのかと震えていた。が、後に母から薫は元より、両親共に海外へ単身赴任という和との二人暮し確定をめちゃくちゃに喜んでいたことを聞き、がっかりと安心が丁度同量、同時に来たことは記憶に新しい。
 それでも、本当に心底心配してくれて、たくさんたくさん助けてもらった。

 入学前なんかは特に、学園に関する少々変な決まりやイベントを教えて貰ってが、話に出てくるもの全て現実とは思えない、奇抜で感情的で熱狂的な人達ばかりであったから、自分とはまるで無関係とたかをくくっていたのだが。


 正直舐めていた。
 まさか、入学一ヶ月もなくあそこまでど派手に巻き込まれるとは思いもしなかった。

 和が入院と休学、部屋を移動することに決まったあの事件は、思い出すだけで後頭部が痛んで仕方がない。



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