辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される

狭山雪菜

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ある日のこと、ヒル男爵の屋敷内にある図書室で、流行りのロマンス小説を読んでいた女性は本を閉じて窓の外の景色を見た。
お昼寝日和だな、とソフィア・ヒルは思った。
彼女は長くウェーブのかかった赤い髪を、ひとつにまとめてポニーテールにしていた。外出する機会がないために日に焼けていない肌は病的に白く、


ーーヒル男爵家の三女、引きこもり令嬢。行き遅れ令嬢。

これが私の評価だと思う。

生まれつき体が弱く、横になってばかりだった幼少期。
ある程度動けるようになったのは、19歳になってからだ。
その頃には既に同い年の令嬢や子息は、社交界デビューも済んでいたので、結局私は屋敷から出る事もなく療養という名の引きこもりを続けた。

そんな生活を送っていた2年後ーー私が21歳になる秋の季節に突如出た縁談に戸惑いを隠せなかった。
珍しく早く帰ってきたお父様に、執務室に来るようにと呼ばれ、他愛のない話から突然出てきた言葉。
我が男爵家当主のパズ・ヒルは、引き継がれた土地のみならず、隣の領地を購入しては事業を拡大していって着実に税収を伸ばしていた。人好きのする柔らかい雰囲気と、銀色のメガネがトレードマークになっていて、人々からメガネ男爵ともいわれている。

「私が…結婚ですか?」
「そうだ、積雪の地ムール領の当主、キース・ムール侯爵だ」
「キース・ムール…侯爵」

ムール領とはこの地域から馬車で5日の極寒の地で、年中雪が降り積もっているとされている地域だ。
工芸品と機械部品製造が有名で、積雪のため作物の特産品はない。
確か…キース・ムール侯爵は、
「弱冠29歳でムール領地を継ぎ、工芸品を全国展開させた現在34歳の若き当主の…ですか?」
「そうだ、優秀で一癖も二癖とあると囁かれているムール侯爵だ」
「…お父様、仮にも嫁がせたいならマイナスポイントは言わない方がいいと思います」
「どうせ兄姉達が言うさ、それに…この縁談を破棄する様に仕向けてほしい」
兄姉達は社交界の噂などに詳しく、パーティーから戻ってきては、私に話してくれる。顔は引きこもりなのでわからないが、その人の名と爵位を照らし合わせれば、ある程度してきた事を覚えているのだ。

ーーそんな事よりも、縁談を破棄するように仕向けるって?

「…といいますと?」
「ソフィア、お前には結婚は早いんだっ!いいか!このまま結婚なんかしたら、お父様の元へ"おかえりなさい、お父様~"って可愛い顔が見れないじゃないかっ!!」
ぐっと拳をつくり、力説するお父様のメガネがズレる。
「…失礼ですが…旦那様、お嬢様はすでに結婚適齢期を迎えております」
こう言うのは、祖父の代から仕えてる執事のマークだ。
「うむ、だがそうなると私の癒しの時間がなくなるではないか」
「…お父様」
結婚を破談させてまで一緒に居たいのかと、娘を溺愛気味の父に呆れていた私は
「しかし侯爵家でしたら、断れないですわ」
男爵家よりも上の地位にいる侯爵家からの要請は、ある意味絶対なのだ。
「だから、何か失態をしてくれ…そうだな、この間のカール令嬢の失態をすればいい」
カール令嬢とは、先月婚約者がいるにも関わらず、使用人と閨を共にしたと破談されていた令嬢だ。
「いくらなんでも…それに、先月の出来事ですから、みんな知ってますよ」
「あそこは辺境の地だから噂話も届かないから、知らないだろう」


「そんなぁ」


ふんっと鼻息荒く告げたお父様は、頼んだっ!と言って私を辺境の地へと追いやった。








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