1 / 20
プロローグ
しおりを挟むある日のこと、ヒル男爵の屋敷内にある図書室で、流行りのロマンス小説を読んでいた女性は本を閉じて窓の外の景色を見た。
お昼寝日和だな、とソフィア・ヒルは思った。
彼女は長くウェーブのかかった赤い髪を、ひとつにまとめてポニーテールにしていた。外出する機会がないために日に焼けていない肌は病的に白く、
ーーヒル男爵家の三女、引きこもり令嬢。行き遅れ令嬢。
これが私の評価だと思う。
生まれつき体が弱く、横になってばかりだった幼少期。
ある程度動けるようになったのは、19歳になってからだ。
その頃には既に同い年の令嬢や子息は、社交界デビューも済んでいたので、結局私は屋敷から出る事もなく療養という名の引きこもりを続けた。
そんな生活を送っていた2年後ーー私が21歳になる秋の季節に突如出た縁談に戸惑いを隠せなかった。
珍しく早く帰ってきたお父様に、執務室に来るようにと呼ばれ、他愛のない話から突然出てきた言葉。
我が男爵家当主のパズ・ヒルは、引き継がれた土地のみならず、隣の領地を購入しては事業を拡大していって着実に税収を伸ばしていた。人好きのする柔らかい雰囲気と、銀色のメガネがトレードマークになっていて、人々からメガネ男爵ともいわれている。
「私が…結婚ですか?」
「そうだ、積雪の地ムール領の当主、キース・ムール侯爵だ」
「キース・ムール…侯爵」
ムール領とはこの地域から馬車で5日の極寒の地で、年中雪が降り積もっているとされている地域だ。
工芸品と機械部品製造が有名で、積雪のため作物の特産品はない。
確か…キース・ムール侯爵は、
「弱冠29歳でムール領地を継ぎ、工芸品を全国展開させた現在34歳の若き当主の…ですか?」
「そうだ、優秀で一癖も二癖とあると囁かれているムール侯爵だ」
「…お父様、仮にも嫁がせたいならマイナスポイントは言わない方がいいと思います」
「どうせ兄姉達が言うさ、それに…この縁談を破棄する様に仕向けてほしい」
兄姉達は社交界の噂などに詳しく、パーティーから戻ってきては、私に話してくれる。顔は引きこもりなのでわからないが、その人の名と爵位を照らし合わせれば、ある程度してきた事を覚えているのだ。
ーーそんな事よりも、縁談を破棄するように仕向けるって?
「…といいますと?」
「ソフィア、お前には結婚は早いんだっ!いいか!このまま結婚なんかしたら、お父様の元へ"おかえりなさい、お父様~"って可愛い顔が見れないじゃないかっ!!」
ぐっと拳をつくり、力説するお父様のメガネがズレる。
「…失礼ですが…旦那様、お嬢様はすでに結婚適齢期を迎えております」
こう言うのは、祖父の代から仕えてる執事のマークだ。
「うむ、だがそうなると私の癒しの時間がなくなるではないか」
「…お父様」
結婚を破談させてまで一緒に居たいのかと、娘を溺愛気味の父に呆れていた私は
「しかし侯爵家でしたら、断れないですわ」
男爵家よりも上の地位にいる侯爵家からの要請は、ある意味絶対なのだ。
「だから、何か失態をしてくれ…そうだな、この間のカール令嬢の失態をすればいい」
カール令嬢とは、先月婚約者がいるにも関わらず、使用人と閨を共にしたと破談されていた令嬢だ。
「いくらなんでも…それに、先月の出来事ですから、みんな知ってますよ」
「あそこは辺境の地だから噂話も届かないから、知らないだろう」
「そんなぁ」
ふんっと鼻息荒く告げたお父様は、頼んだっ!と言って私を辺境の地へと追いやった。
96
あなたにおすすめの小説
冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者
月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで……
誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話
大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる
月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。
小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
【4話完結】 君を愛することはないと、こっちから言ってみた
紬あおい
恋愛
皇女にべったりな護衛騎士の夫。
流行りの「君を愛することはない」と先に言ってやった。
ザマアミロ!はあ、スッキリした。
と思っていたら、夫が溺愛されたがってる…何で!?
この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。
若松だんご
恋愛
「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」
新婚初夜。政略結婚の相手である、国王リオネルからそう言われたマリアローザ。
持参金目当ての結婚!? そんなの百も承知だ。だから。
「承知しております。ただし、陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」
金がほしけりゃ子種を出してよ。そもそも愛だの恋だのほしいと思っていないわよ。
出すもの出して、とっとと子どもを授けてくださいな。
婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される
狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった
公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む
すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて…
全編甘々を目指しています。
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結】恋多き悪女(と勘違いされている私)は、強面騎士団長に恋愛指南を懇願される
かほなみり
恋愛
「婚約したんだ」ある日、ずっと好きだった幼馴染が幸せそうに言うのを聞いたアレックス。相手は、背が高くてきつい顔立ちのアレックスとは正反対の、小さくてお人形のようなご令嬢だった。失恋して落ち込む彼女に、実家へ帰省していた「恋多き悪女」として社交界に名を馳せた叔母から、王都での社交に参加して新たな恋を探せばいいと提案される。「あなたが、男を唆す恋多き悪女か」なぜか叔母と間違われたアレックスは、偶然出会った大きな男に恋愛指南を乞われ、指導することに。「待って、私は恋愛初心者よ!?」恋を探しに来たはずなのに、なぜか年上の騎士団長へ恋愛指南をする羽目になった高身長のヒロイン、アレックスと、結婚をせかされつつも、女性とうまくいかないことを気にしている強面騎士団長、エイデンの、すれ違い恋愛物語。
婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった
アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。
そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。
しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる