辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される

狭山雪菜

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勘違い

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「キース様お待ちしておりました」
スカートの裾を上げて軽いカーテシーをすると、キースは足早に私の元へとやってきた。

「…ソフィア殿、ヤンと仲良くなったのですか」
ズイッと身体を前に私を見下ろす顔は、明かりの逆光でよく見えない。
「仲良く…?ええ、夜のお茶に出す、あまり甘くないお菓子作りを今日から頼みましたわ」
この屋敷に来てから初めて見る雰囲気に戸惑いを隠せない。
「お菓子?」
だんだんと声の棘がなくなり和らかくなる。
「ええ、積雪の多いこの時期の、交通量が少ないと聞きまして、ならあまり材料の掛からないドライフルーツを混ぜてみたらどうかと、思いまして…ダメでしたか?」
ハッとしたキースは一歩下がると、慌てだした
「いや、その、そうなのか…随分と距離が近いと思ったのだが」
しどろもどろになって、ゴホンと咳払いして顔を背けたキースが、頭をガシガシと掻いた。
「そう…でしょうか?申し訳ありません」
同じ室内に他の使用人も居たのであまり気にしなかったが、距離が近いのか…今後相手が不快に思ってしまう行動を慎まねば、と反省をする。

ーーはっ?!しまったわ、お父様の言っていた破談に向けての、カール令嬢作戦失敗してしまいましたわっっ

「では、座ろう」
と気まずい顔のキースが私に手を差し出すと、いつものように私は、彼の手の上に自分の手を重ねて、エスコートをしてもらった。

もぐもぐと咀嚼するキースをお茶を飲みながら見つめた。
「どう…でしょうか?」
「ああ、これは美味しいな、ありがとうヤン」
背後にいるヤンに告げると、顔を綻ばせるヤン
「ありがとうございます」
90度の御辞儀をして、スキップしそうな勢いで部屋から出て行った。
彼が居なくなったら、シンと静まる室内。
「…ありがとうございます、キース様」
背後にいたヤンに気を使ってお礼も伝えたキースに、にっこりと微笑むと、途端に視線を彷徨わせるキース。
「うぐっ…それよりも、今日は何をしていたのだ?」
「今日は…ですね」
毎夜の恒例となった私の1日の行動の報告で、夜が終わりに近づいていった。



*********************



「やぁ!君がヒル男爵の愛娘のソフィア殿か!」

キースと夜のお茶をしている時に大声で部屋の扉を開けて入ってきたのは、大柄で顎髭の生えた中老の男性がにやにやと私達を見ていた。
「…叔父さん」
バツの悪そうな顔のキースは、立ち上がると叔父さんと言われた男性に席を譲った。
私も立ち上がろうとしたら、大きな手のひらが目の前で止まり、動かぬよう伝える。
「いやいや、このままで良いですよ」
低く優しい声が、急な来訪者で強張った身体の力が抜ける。
「ありがとうございます、ヒル男爵の三女ソフィア・ヒルと申します」
「ほぅ…声まで美しいとは、キースもやるのぉ」
「お褒めいただき、大変光栄でございます」
軽く頭を下げると、ほぅっと息を吐く男性は、
「儂の名はエリオット・ムールじゃ、此奴の父親の弟だ、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」

アガサから椅子をもらいキースは、私の右横に座る。
「叔父さんどうしたんだ」
「うむ、結婚式の日取りを伝えにきたのと、ソフィア令嬢と一度お会いしたかったのもある…是非儂の事をエリオット叔父さんと呼んでくれんかのぅ」
私の右手を取り、自分の頬に擦り付けたエリオット叔父さんが、上目遣いで私を見る。
「はい、エリオット叔父さんと呼ばせていただきます」
にっこりと微笑むと、
「叔父さんっ」
キースが強引に叔父さんから手を引き離すと、私の手を掴んだまま自分の膝の上へと置いた。
ぎゅぅっと握られる手の強さと熱さが、私の手を難なく包み込んだ。
ーー初めてっ握られてる
ゴツゴツとした固い皮膚が、冷たい私の手を温め心地よい。
いつもはただ重ねるだけで、手を握られた事がなかったので、急な接触にカッと頬が赤くなる。
そんな私を見て、ニヤニヤと笑うエリオット叔父さんに気がついたキースが、繋がれている手を見てパッと手を離した。
「すっすまない」
「いっ…いえ」
真っ赤になって、視線を外す2人に
「若いのぅ」
と目元を細めたエリオット叔父さんの目尻の皺が深くなった。



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