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小さな怪獣くん④
しおりを挟むはじまりは、些細な事だった。
初めて古文書の解読が出来て、嬉しくなって両親に報告をしに行った。両親とも喜んでくれて褒めて、滅多にくれないお菓子を掌一杯くれた。
お菓子を抱えて、兄の元に向かおうとしたら、どこからかクスクスわらう人がいるのに気がついた。
同じ獣人なんだからどこまで聞こえるか分かっているだろうに、それが態とだと気がついたのは世界が色あせた頃だった。
そんなのを知らないうちは、ヒソヒソと俺だけに聞こえる大きさで『兄ならば』『出涸らし』『駄目王子』と言われ続けた。
その内、どんなに頑張っても兄には勝てない事に気がつく、一気にどうでも良くなってしまった。
ぐうたらと過ごしていたら、両親に命じられて学園に行くことになった。学園でもすり寄ってくるのは俺の肩書目当てがほとんどで、ますますやる気が無くなってしまった。
そんな俺が変わったのは、厄介払いの一貫だろう契約結婚の花嫁を迎えに行ったときだ。
どんなやつが来てもどうでも良かったのに、あの女、レイリを見て背筋がゾクリとした。
この世を諦めた死にそうな眼なのに、燻る復讐の眼。
欲しくなった。
お前と居ると楽しい。
仕事をしていてもお前が待っているとわかっているだけで心が弾む。
言葉の無い沈黙の空間でも心地よい。
初めての感情ばかりで、どうやって表せば良いのか分からない。
言葉を決めかねていると、甥っ子が花束を持って現れた。また、奪われるのかと思うと手の先が冷たくなる。
自分が何を叫んでいるかなんて分からない。ただ、レイリだけは駄目なんだ。
くらいくらいセカイで、ひとりポツンと闇に囚われる。
手足が重い。
ゆっくりとまたかと諦めた。
「イェシル!私を見て!」
ハッとした。
顔を包む暖かな小さな手。目の前に少しだけ吊目のあの時とは違うキラキラとした美しい瞳、カサカサだった唇は今や奪いたくなるほどツヤツヤでサクランボの様な色づきをしている。
その唇が焦点の合った俺の目を見て弧を描く。
ゆっくりと唇が動いた。
「私も貴方を、イェシルを愛しているわ。大丈夫。イェシルが良いの。」
にっこりと微笑むレイリに、一気に世界が色付く。
ぎゅっと小柄な彼女が抱きしめて来て、そんな彼女を潰さないように抱きしめ返した。
しばらくそうしていると、あの憎たらしい甥っ子の泣き声が聞こえてくる。レイリを抱きしめたまま辺りを見れば、義姉の腕の中に囚われてお仕置きの最中の様だった。
俺は知っているあのお仕置きは今でも兄貴にもしているヤバイお仕置きだ。
ライオンの獣人は雌、特に妻に弱い。
群れの王は兄貴でも、妻の機嫌を損ねると途端に猫の様に威厳が無くなる。
まあ、その性質を知っているから、『またか』で済むのだが。
「落ち着いた?」
「ああ。」
SAN値が減りそうなお仕置きを視界から外して、心配している俺の妻を改めて抱きしめて堪能する。
天気の良い草原のようないい匂いに、安心感芽生える。俺もライオンの獣人だからだろう、レイリには逆らえる自信どころか逆らう気も起きない。
「まだ、手が冷たいわ。温かいお茶を飲みましょ。」
「…離れるな。」
「大丈夫。フィシゴがやるから。」
手をニギニギとして温度を確かめ、お茶会を行う時に使うテーブルまで連れて来てくれると、俺の言葉にまた、嬉しそうに笑ってフィシゴを呼びつけている。その間も手をニギニギしてくれている。
柔らかな彼女の手が心地よい。
「ふふ、覚えてないかもしれないけど、愛するって言ってくれたのよ。」
「……わりぃ。」
「無意識だからこそ本気を感じたの。言葉は要らなかったけど、言われると嬉しいものよね。」
「そ、うか。」
改めて言葉を紡ごうとしても、恥ずかしさでぐるぐるしてしまう。
俺らしくないとは分かっているのだけども、どうしても駄目だ。
「いいの。それに、二人きりで言ってくれたら嬉しいわ。」
二人の秘密として。
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