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3.俺から別れなくちゃ
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陸斗は右手の指にある、シルバーの指輪を眺めている。
「俺が、言わなくちゃ……」
すっかり壊れた二人の関係を終わりにできるのは陸斗しかいない。
大河はきっと指輪の誓いを破りたくないと思っているのだろう。だから、大河は陸斗に別れを告げられずにいるのではないか。
簡単なことだ。
陸斗が大河にひと言「別れよう」と告げればいいだけのことだ。
でもなぜだろう。そのシーンを想像するだけで涙が溢れてくる。
——俺、まだ大河のこと、好きなのかな。
陸斗は自分の気持ちすらわからなくなっている。
——大河。どうして変わっちゃったんだよ。
恋人になった頃の大河はたくさん陸斗のことを愛してくれた。あの頃の自分と今の自分のどこが違うんだろう。どうして今の自分は大河に愛してもらえなくなったのだろう。
大河と大喧嘩をした翌週の金曜日。陸斗は仕事から帰宅してひとり大河の帰りを待っている。
結局、先週の土曜日は陸斗の用事を優先させた。でもその代わりに日曜日はデートという話にはならなかった。二人の仲は険悪な雰囲気のままだったからだ。
ガッシャーン!!
洗い物をしていた手が滑って、マグカップを落としてしまった。
グレーの本体にメタリックなシルバーの取っ手がついたマグカップ。陸斗が愛用していたマグカップだ。
もう長い間使ったし、こいつのペアは大河にぶん投げられて粉々になった。食器なんていつかは割れるものだろう。まぁこんなものかと淡々と片付ける。
「遅いな……」
いつもなら大河が帰っているはずの時間なのに、大河は帰ってこない。念のためスマホを確認したが、大河からの連絡はなかった。
大河の分の夕食を冷蔵庫にしまい、風呂に入って、ダラダラとNetflixを見る。もう午前1時を過ぎた。電車もなくなるし、大河はどうしたんだ……?
最近は大河の帰りが遅い日が増えた。
——あいつ、俺を避けてないよな……?
家に帰ると陸斗と会うことになる。まさかそれが気まずくて大河はなるべく寄り道をしてから帰宅するようにしてるのか……?
悪い方に考え出すと、そうとしか思えなくなる。考えすぎるのはやめよう。
都合良く陸斗の思考を遮るように、スマホが鳴った。着信表示は『如月大河』とある。
「大河? どうした?」
いつもの調子で電話に出たのに、電話の向こう側はやけにハイテンション。『オラッ! 大河!』と大河の名前を呼ぶ知らない男の声。
『すいませんっ! 大河んちまで着いたんすけど、何号室っすか? 大河、運びますんで』
誰だ……? 大河の友達か……?
とりあえず何号室かを伝え、オートロック解除、玄関のドアを開け放ち、エレベーターの方角を見て待つ。
エレベーターが開いて、現れたのは酔って自力で歩けないくらいの大河を連れたサラリーマンらしきスーツの男。
「手伝いますっ」
陸斗も男と一緒に大河を家まで運び入れた。
「……ありがとうございました」
二人がかりで大河をベッドに寝かせた後、陸斗は大河を連れてきてくれた男に頭を下げた。
「いいです、いいですっ! 俺、大河の親友だから」
親友……?
こんなに長い間、大河と一緒に暮らしていたのに、大河の親友を名乗る男の話など聞いた事がなかった。
「大河から俺に連絡してくるなんて珍しい……てか初めてかもしれません」
男は大河のことを案じているようだ。
「大河に何があったのか、同居人さんは知りませんか?」
「……さぁ。わからない……」
最近の大河が考えていることなどわかるはずがない。強いて言うなら『陸斗と早く別れたい』と思っているのではないだろうか。
「それでも同居人ですか? 頼りないなぁ!」
この男……。酔ってるとはいえ、失礼な奴だな。
「あ、俺タクシー待たせてるんで帰ります。お邪魔しました」
男は部屋を出て行く。そのまま黙って出て行ってくれればいいものを、男は最後に陸斗を振り返った。
「早く大河を自由にしてやって下さいね。大河が優しいからって甘えるのもいい加減にしてくださいよ!」
バタンとドアが閉められた。
陸斗はさっきの男の捨て台詞が胸に突き刺さって、動けないでいる。
見知らぬ男になぜそんな事を言われなきゃならないのだろう。
大河が酔って、この男に陸斗に言えないような本音を曝け出したのか。
それは、おおかた「陸斗が別れたがらなくてさ」みたいな内容なのではないか。だから「自由にしてやって」という言葉がさっきの男の口をついたのではないか。
——そんなに俺と別れたいなら、大河から俺に言えばいいだろうが!
大河はずるい。陸斗から別れを言わせて自分を守ろうとしているんだろう。
「俺が、言わなくちゃ……」
すっかり壊れた二人の関係を終わりにできるのは陸斗しかいない。
大河はきっと指輪の誓いを破りたくないと思っているのだろう。だから、大河は陸斗に別れを告げられずにいるのではないか。
簡単なことだ。
陸斗が大河にひと言「別れよう」と告げればいいだけのことだ。
でもなぜだろう。そのシーンを想像するだけで涙が溢れてくる。
——俺、まだ大河のこと、好きなのかな。
陸斗は自分の気持ちすらわからなくなっている。
——大河。どうして変わっちゃったんだよ。
恋人になった頃の大河はたくさん陸斗のことを愛してくれた。あの頃の自分と今の自分のどこが違うんだろう。どうして今の自分は大河に愛してもらえなくなったのだろう。
大河と大喧嘩をした翌週の金曜日。陸斗は仕事から帰宅してひとり大河の帰りを待っている。
結局、先週の土曜日は陸斗の用事を優先させた。でもその代わりに日曜日はデートという話にはならなかった。二人の仲は険悪な雰囲気のままだったからだ。
ガッシャーン!!
洗い物をしていた手が滑って、マグカップを落としてしまった。
グレーの本体にメタリックなシルバーの取っ手がついたマグカップ。陸斗が愛用していたマグカップだ。
もう長い間使ったし、こいつのペアは大河にぶん投げられて粉々になった。食器なんていつかは割れるものだろう。まぁこんなものかと淡々と片付ける。
「遅いな……」
いつもなら大河が帰っているはずの時間なのに、大河は帰ってこない。念のためスマホを確認したが、大河からの連絡はなかった。
大河の分の夕食を冷蔵庫にしまい、風呂に入って、ダラダラとNetflixを見る。もう午前1時を過ぎた。電車もなくなるし、大河はどうしたんだ……?
最近は大河の帰りが遅い日が増えた。
——あいつ、俺を避けてないよな……?
家に帰ると陸斗と会うことになる。まさかそれが気まずくて大河はなるべく寄り道をしてから帰宅するようにしてるのか……?
悪い方に考え出すと、そうとしか思えなくなる。考えすぎるのはやめよう。
都合良く陸斗の思考を遮るように、スマホが鳴った。着信表示は『如月大河』とある。
「大河? どうした?」
いつもの調子で電話に出たのに、電話の向こう側はやけにハイテンション。『オラッ! 大河!』と大河の名前を呼ぶ知らない男の声。
『すいませんっ! 大河んちまで着いたんすけど、何号室っすか? 大河、運びますんで』
誰だ……? 大河の友達か……?
とりあえず何号室かを伝え、オートロック解除、玄関のドアを開け放ち、エレベーターの方角を見て待つ。
エレベーターが開いて、現れたのは酔って自力で歩けないくらいの大河を連れたサラリーマンらしきスーツの男。
「手伝いますっ」
陸斗も男と一緒に大河を家まで運び入れた。
「……ありがとうございました」
二人がかりで大河をベッドに寝かせた後、陸斗は大河を連れてきてくれた男に頭を下げた。
「いいです、いいですっ! 俺、大河の親友だから」
親友……?
こんなに長い間、大河と一緒に暮らしていたのに、大河の親友を名乗る男の話など聞いた事がなかった。
「大河から俺に連絡してくるなんて珍しい……てか初めてかもしれません」
男は大河のことを案じているようだ。
「大河に何があったのか、同居人さんは知りませんか?」
「……さぁ。わからない……」
最近の大河が考えていることなどわかるはずがない。強いて言うなら『陸斗と早く別れたい』と思っているのではないだろうか。
「それでも同居人ですか? 頼りないなぁ!」
この男……。酔ってるとはいえ、失礼な奴だな。
「あ、俺タクシー待たせてるんで帰ります。お邪魔しました」
男は部屋を出て行く。そのまま黙って出て行ってくれればいいものを、男は最後に陸斗を振り返った。
「早く大河を自由にしてやって下さいね。大河が優しいからって甘えるのもいい加減にしてくださいよ!」
バタンとドアが閉められた。
陸斗はさっきの男の捨て台詞が胸に突き刺さって、動けないでいる。
見知らぬ男になぜそんな事を言われなきゃならないのだろう。
大河が酔って、この男に陸斗に言えないような本音を曝け出したのか。
それは、おおかた「陸斗が別れたがらなくてさ」みたいな内容なのではないか。だから「自由にしてやって」という言葉がさっきの男の口をついたのではないか。
——そんなに俺と別れたいなら、大河から俺に言えばいいだろうが!
大河はずるい。陸斗から別れを言わせて自分を守ろうとしているんだろう。
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