付き合っているのに喧嘩ばかり。俺から別れを言わなければならないとさよならを告げたが実は想い合ってた話。

雨宮里玖

文字の大きさ
3 / 17

3.俺から別れなくちゃ

しおりを挟む
 陸斗は右手の指にある、シルバーの指輪を眺めている。

「俺が、言わなくちゃ……」

 すっかり壊れた二人の関係を終わりにできるのは陸斗しかいない。
 大河はきっと指輪の誓いを破りたくないと思っているのだろう。だから、大河は陸斗に別れを告げられずにいるのではないか。

 簡単なことだ。
 陸斗が大河にひと言「別れよう」と告げればいいだけのことだ。

 でもなぜだろう。そのシーンを想像するだけで涙が溢れてくる。

 ——俺、まだ大河のこと、好きなのかな。

 陸斗は自分の気持ちすらわからなくなっている。

 ——大河。どうして変わっちゃったんだよ。

 恋人になった頃の大河はたくさん陸斗のことを愛してくれた。あの頃の自分と今の自分のどこが違うんだろう。どうして今の自分は大河に愛してもらえなくなったのだろう。




 大河と大喧嘩をした翌週の金曜日。陸斗は仕事から帰宅してひとり大河の帰りを待っている。
 結局、先週の土曜日は陸斗の用事を優先させた。でもその代わりに日曜日はデートという話にはならなかった。二人の仲は険悪な雰囲気のままだったからだ。

 ガッシャーン!!

 洗い物をしていた手が滑って、マグカップを落としてしまった。
 グレーの本体にメタリックなシルバーの取っ手がついたマグカップ。陸斗が愛用していたマグカップだ。

 もう長い間使ったし、こいつのペアは大河にぶん投げられて粉々になった。食器なんていつかは割れるものだろう。まぁこんなものかと淡々と片付ける。

「遅いな……」

 いつもなら大河が帰っているはずの時間なのに、大河は帰ってこない。念のためスマホを確認したが、大河からの連絡はなかった。

 大河の分の夕食を冷蔵庫にしまい、風呂に入って、ダラダラとNetflixを見る。もう午前1時を過ぎた。電車もなくなるし、大河はどうしたんだ……?
 
 最近は大河の帰りが遅い日が増えた。

 ——あいつ、俺を避けてないよな……?

 家に帰ると陸斗と会うことになる。まさかそれが気まずくて大河はなるべく寄り道をしてから帰宅するようにしてるのか……?

 悪い方に考え出すと、そうとしか思えなくなる。考えすぎるのはやめよう。

 都合良く陸斗の思考を遮るように、スマホが鳴った。着信表示は『如月きさらぎ大河』とある。

「大河? どうした?」

 いつもの調子で電話に出たのに、電話の向こう側はやけにハイテンション。『オラッ! 大河!』と大河の名前を呼ぶ知らない男の声。

『すいませんっ! 大河んちまで着いたんすけど、何号室っすか? 大河、運びますんで』

 誰だ……? 大河の友達か……?

 とりあえず何号室かを伝え、オートロック解除、玄関のドアを開け放ち、エレベーターの方角を見て待つ。
 エレベーターが開いて、現れたのは酔って自力で歩けないくらいの大河を連れたサラリーマンらしきスーツの男。

「手伝いますっ」

 陸斗も男と一緒に大河を家まで運び入れた。




「……ありがとうございました」

 二人がかりで大河をベッドに寝かせた後、陸斗は大河を連れてきてくれた男に頭を下げた。

「いいです、いいですっ! 俺、大河の親友だから」

 親友……?
 こんなに長い間、大河と一緒に暮らしていたのに、大河の親友を名乗る男の話など聞いた事がなかった。

「大河から俺に連絡してくるなんて珍しい……てか初めてかもしれません」

 男は大河のことを案じているようだ。

「大河に何があったのか、同居人さんは知りませんか?」
「……さぁ。わからない……」

 最近の大河が考えていることなどわかるはずがない。強いて言うなら『陸斗と早く別れたい』と思っているのではないだろうか。

「それでも同居人ですか? 頼りないなぁ!」

 この男……。酔ってるとはいえ、失礼な奴だな。

「あ、俺タクシー待たせてるんで帰ります。お邪魔しました」

 男は部屋を出て行く。そのまま黙って出て行ってくれればいいものを、男は最後に陸斗を振り返った。

「早く大河を自由にしてやって下さいね。大河が優しいからって甘えるのもいい加減にしてくださいよ!」


 バタンとドアが閉められた。
 陸斗はさっきの男の捨て台詞が胸に突き刺さって、動けないでいる。

 見知らぬ男になぜそんな事を言われなきゃならないのだろう。

 大河が酔って、この男に陸斗に言えないような本音を曝け出したのか。

 それは、おおかた「陸斗が別れたがらなくてさ」みたいな内容なのではないか。だから「自由にしてやって」という言葉がさっきの男の口をついたのではないか。


 ——そんなに俺と別れたいなら、大河から俺に言えばいいだろうが!

 大河はずるい。陸斗から別れを言わせて自分を守ろうとしているんだろう。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

別れたいからワガママを10個言うことにした話

のらねことすていぬ
BL
<騎士×町民> 食堂で働いているエークには、アルジオという騎士の恋人がいる。かっこいい彼のことがどうしようもなく好きだけれど、アルジオは自分の前ではいつも仏頂面でつまらなそうだ。 彼のために別れることを決意する。どうせなら嫌われてしまおうと、10個の我儘を思いつくが……。

恋人がキスをしてくれなくなった話

神代天音
BL
大学1年の頃から付き合っていた恋人が、ある日キスしてくれなくなった。それまでは普通にしてくれていた。そして、性生活のぎこちなさが影響して、日常生活もなんだかぎくしゃく。理由は怖くて尋ねられない。いい加減耐えかねて、別れ話を持ちかけてみると……? 〈注意〉神代の完全なる趣味で「身体改造(筋肉ではない)」「スプリットタン」が出てきます。自己責任でお読みください。

いくら気に入っているとしても、人はモノに恋心を抱かない

もにゃじろう
BL
一度オナホ認定されてしまった俺が、恋人に昇進できる可能性はあるか、その答えはノーだ。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

捨てられる覚悟をしてたけど

よしゆき
BL
毎日飲みに行っていた恋人に飲みの誘いを二日連続で断られ、卑屈にぐるぐる考えてきっと捨てられるのだと思い込む受けの話。

邪魔にならないように自分から身を引いて別れたモトカレと数年後再会する話

ゆなな
BL
コンビニのバイトで売れない美しいミュージシャンと出会った大学生のアオイは夢を追う彼の生活を必死で支えた。その甲斐あって、彼はデビューの夢を掴んだが、眩いばかりの彼の邪魔になりたくなくて、平凡なアオイは彼から身を引いた。 Twitterに掲載していたものに加筆しました。

処理中です...