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4.終わりにしよう
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「おはよう……」
翌朝、大河が起きてきた。時刻は朝とも呼べないくらいで、昼に差し掛かっていた。まぁ、今日は土曜日で二人とも仕事も休みだ。陸斗は敢えて大河を起こすようなことはしなかった。
「……ごめん、陸斗。き、昨日俺は飲み過ぎてお前に迷惑かけたよな……?」
「俺は別に大したことはしてない。お前の親友っていう奴がお前をここまで連れてきたんだ」
陸斗は、グリーンのマグカップでコーヒーを飲みながら大河に教えてやる。
「親友……? ああ。春希のことか。春希にも後で謝っておく」
大河はまだアルコールが抜け切らないようで「頭痛ぇ……」と左手で頭を押さえている。
そんな大河を見て、陸斗はある事に気がついた。
大河の薬指にはゴールドの指輪がない。
いつからだ……?
昨日、大河は指輪をしていただろうか……。
正確に思い出せない。
大河と派手に喧嘩をした時は、大河がまだ指輪をしていたのは憶えている。
その翌朝はどうだった……?
「俺、風呂に入ってくる」
陸斗の動揺にも気づかないまま、大河はバスルームへと消えた。
大河がいなくなり、部屋にひとりになったことで、大河の前だと抑えていた感情が急に湧き上がってきた。
——指輪を、外された。
それは、大河の暗黙の意志を表しているのだろう。もう陸斗とは恋人同士でいたくないという拒絶の意志だ。
——俺のことは、もうどうでもよくなったんだな。
いくら喧嘩をしても、健やかな時も病める時も、一生一緒にいると思っていたが、大河の中の陸斗の存在は陸斗が思っていたよりも小さかったようだ。
——ダメだ。
止めどなく涙が溢れてくる。
ああ。素直になってみれば、陸斗は大河と昔みたいな関係性に戻りたいと願っている。
大河と別れたくない、大河と一緒にいたい、大河となんでもないことで笑い合いたい。大河に優しく触れて欲しい。
「大河を、諦めなくちゃ。大河を自由にしてやらなくちゃ……」
大河のことは好きだ。大好きだ。だからこそ、陸斗から終わりにしなくてはならない。
これ以上、大切な大河を苦しめることのないように。
その日の夜。陸斗は夕食に大河の好きなものばかりを並べた。でも大河の好物は唐揚げとか、炒飯とか、まるでお子様ランチみたいなものばかりで最後の晩餐には相応しくないメニューになってしまった。
「えっ?! どうしたんだよ、陸斗っ、なんか俺の好きなものばっかりじゃん。うっわ、マジで嬉しいわ」
陸斗の決意など知らない大河は「一個先に食べていい?」と呑気につまみ食いをしている。
それから、二人最後の夕食の最中も、笑顔を向けてくる大河。その笑顔に絆されそうになるが、そうやって今までズルズルと関係を続けてしまったんだと指輪のない大河の左手を見て覚悟を自分自身に思い出させる。
食後のコーヒーをマグカップに注いで大河と自分の前に置いた。もう二人の愛用していたマグカップは割れてしまったから、代用のマグカップしかない。
大河はゴールドの取っ手のマグカップを自ら投げたくらいだし、もう一つのシルバーの取っ手のマグカップの存在が消えていることにも気づいていないみたいだ。
目の前に置かれた代用のマグカップについて何も触れてこない。大河にとって陸斗とペアかどうかなんてことには既に興味はないのかもしれない。
「大河。俺達、終わりにしよう」
不意をついて告げた陸斗の言葉に、もっと大河は慌ててくれるかと思っていた。
でもその期待は大きく外れる。
「いつか、陸斗にそう言われると思ってたよ」
大河は取り乱しもしなければ、泣きもしない。
大河はとっくに気がついていたんだ。陸斗が覚悟を決めていたことに。
「大河。別れよう」
陸斗の別れの言葉に、大河は何も言わずに頷いた。引き止めもしないし、すごく冷静だ。
「ありがとう、大河。今まで楽しかったよ」
「思ってもないこと言うな」
陸斗なりの本心を伝えたのに、大河に一蹴されてしまった。その冷たい言い方に陸斗の胸がズキンと痛む。
「俺、ここを出て行くよ」
大河は迷いもなく席を立つ。
大河に言われて二人一緒に暮らし始めた時の事を思い出した。陸斗は、伯母の名義のマンションに大学進学と同時に一人暮らしをしていた。その部屋に大河が頻繁に泊まりにくるようになって、そのうち「部屋余ってるなら俺も住まわせて」と大河が転がり込んできたんだった。
家に帰れば毎晩大河に会える——。その時、嬉しく思った気持ちを今更ながら思い出した。
大河は陸斗の顔も見ずに、自室に戻ってしまった。荷造りでもしているのか、いっこうに出てくる気配がない。
——こんなにあっさりと終わるんだな。
あれほど悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてきた。陸斗のひと言で、二人で過ごした35ヶ月は終わった。
ほどなくして、大河が自室から出てきた。スーツケースと、ボストンバッグを持っている。
「ごめん。すぐには全部片付けられなかったから、また来ることになる」
大河は事務的なことを伝えるかのような言い方。それがなんだか他人行儀に思えて寂しい。
「なぁ、大河っ!」
最後の挨拶もなしに出て行こうとする大河をつい引き止めてしまった。
「……何?」
大河が玄関のドアの前で立ち止まる。
「さ、最後に……」
未練がましいなと自分に嫌気がさす。
「最後に、俺にキスしてくれないか……?」
言ってすぐに後悔する。なんてバカな事を言ってしまったんだろう。
「ダメだろ、陸斗。もうお前は俺のものじゃないんだから」
さようならの言葉もなかった。
大河は呆気なく陸斗のもとを去って行った。
翌朝、大河が起きてきた。時刻は朝とも呼べないくらいで、昼に差し掛かっていた。まぁ、今日は土曜日で二人とも仕事も休みだ。陸斗は敢えて大河を起こすようなことはしなかった。
「……ごめん、陸斗。き、昨日俺は飲み過ぎてお前に迷惑かけたよな……?」
「俺は別に大したことはしてない。お前の親友っていう奴がお前をここまで連れてきたんだ」
陸斗は、グリーンのマグカップでコーヒーを飲みながら大河に教えてやる。
「親友……? ああ。春希のことか。春希にも後で謝っておく」
大河はまだアルコールが抜け切らないようで「頭痛ぇ……」と左手で頭を押さえている。
そんな大河を見て、陸斗はある事に気がついた。
大河の薬指にはゴールドの指輪がない。
いつからだ……?
昨日、大河は指輪をしていただろうか……。
正確に思い出せない。
大河と派手に喧嘩をした時は、大河がまだ指輪をしていたのは憶えている。
その翌朝はどうだった……?
「俺、風呂に入ってくる」
陸斗の動揺にも気づかないまま、大河はバスルームへと消えた。
大河がいなくなり、部屋にひとりになったことで、大河の前だと抑えていた感情が急に湧き上がってきた。
——指輪を、外された。
それは、大河の暗黙の意志を表しているのだろう。もう陸斗とは恋人同士でいたくないという拒絶の意志だ。
——俺のことは、もうどうでもよくなったんだな。
いくら喧嘩をしても、健やかな時も病める時も、一生一緒にいると思っていたが、大河の中の陸斗の存在は陸斗が思っていたよりも小さかったようだ。
——ダメだ。
止めどなく涙が溢れてくる。
ああ。素直になってみれば、陸斗は大河と昔みたいな関係性に戻りたいと願っている。
大河と別れたくない、大河と一緒にいたい、大河となんでもないことで笑い合いたい。大河に優しく触れて欲しい。
「大河を、諦めなくちゃ。大河を自由にしてやらなくちゃ……」
大河のことは好きだ。大好きだ。だからこそ、陸斗から終わりにしなくてはならない。
これ以上、大切な大河を苦しめることのないように。
その日の夜。陸斗は夕食に大河の好きなものばかりを並べた。でも大河の好物は唐揚げとか、炒飯とか、まるでお子様ランチみたいなものばかりで最後の晩餐には相応しくないメニューになってしまった。
「えっ?! どうしたんだよ、陸斗っ、なんか俺の好きなものばっかりじゃん。うっわ、マジで嬉しいわ」
陸斗の決意など知らない大河は「一個先に食べていい?」と呑気につまみ食いをしている。
それから、二人最後の夕食の最中も、笑顔を向けてくる大河。その笑顔に絆されそうになるが、そうやって今までズルズルと関係を続けてしまったんだと指輪のない大河の左手を見て覚悟を自分自身に思い出させる。
食後のコーヒーをマグカップに注いで大河と自分の前に置いた。もう二人の愛用していたマグカップは割れてしまったから、代用のマグカップしかない。
大河はゴールドの取っ手のマグカップを自ら投げたくらいだし、もう一つのシルバーの取っ手のマグカップの存在が消えていることにも気づいていないみたいだ。
目の前に置かれた代用のマグカップについて何も触れてこない。大河にとって陸斗とペアかどうかなんてことには既に興味はないのかもしれない。
「大河。俺達、終わりにしよう」
不意をついて告げた陸斗の言葉に、もっと大河は慌ててくれるかと思っていた。
でもその期待は大きく外れる。
「いつか、陸斗にそう言われると思ってたよ」
大河は取り乱しもしなければ、泣きもしない。
大河はとっくに気がついていたんだ。陸斗が覚悟を決めていたことに。
「大河。別れよう」
陸斗の別れの言葉に、大河は何も言わずに頷いた。引き止めもしないし、すごく冷静だ。
「ありがとう、大河。今まで楽しかったよ」
「思ってもないこと言うな」
陸斗なりの本心を伝えたのに、大河に一蹴されてしまった。その冷たい言い方に陸斗の胸がズキンと痛む。
「俺、ここを出て行くよ」
大河は迷いもなく席を立つ。
大河に言われて二人一緒に暮らし始めた時の事を思い出した。陸斗は、伯母の名義のマンションに大学進学と同時に一人暮らしをしていた。その部屋に大河が頻繁に泊まりにくるようになって、そのうち「部屋余ってるなら俺も住まわせて」と大河が転がり込んできたんだった。
家に帰れば毎晩大河に会える——。その時、嬉しく思った気持ちを今更ながら思い出した。
大河は陸斗の顔も見ずに、自室に戻ってしまった。荷造りでもしているのか、いっこうに出てくる気配がない。
——こんなにあっさりと終わるんだな。
あれほど悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてきた。陸斗のひと言で、二人で過ごした35ヶ月は終わった。
ほどなくして、大河が自室から出てきた。スーツケースと、ボストンバッグを持っている。
「ごめん。すぐには全部片付けられなかったから、また来ることになる」
大河は事務的なことを伝えるかのような言い方。それがなんだか他人行儀に思えて寂しい。
「なぁ、大河っ!」
最後の挨拶もなしに出て行こうとする大河をつい引き止めてしまった。
「……何?」
大河が玄関のドアの前で立ち止まる。
「さ、最後に……」
未練がましいなと自分に嫌気がさす。
「最後に、俺にキスしてくれないか……?」
言ってすぐに後悔する。なんてバカな事を言ってしまったんだろう。
「ダメだろ、陸斗。もうお前は俺のものじゃないんだから」
さようならの言葉もなかった。
大河は呆気なく陸斗のもとを去って行った。
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