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6.身体の関係 〜大河side〜
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それから一週間ほど経った日の、夜の残業。時刻はもうすぐ22時にさしかかるくらいだ。
営業部でこの時間まで残っていたのは大河の他に新井、佐藤の三人だけだった。
「新井、マイマグなんて使ってたか? それ、新しいやつ?」
「あー、そうそう、気に入ったデザインのがあったから買ったんだよ」
大河はオフィスでの新井と佐藤の雑談を小耳に挟みながら新井のデスクの横を通り過ぎようと思っていたのに、新井が手に持っていたマグカップを見て思わず二度見した。
グレーの本体にシルバーの取っ手がついたマグカップ。
とても見慣れたマグカップだ。陸斗が使っているものと全く同じ色とデザイン。
——なんで新井が陸斗と同じマグカップを使ってるんだよ!
そこんとこ突っ込みたいが、新井に訊けるはずもない。
陸斗と新井、二人が偶然にも同じマグカップを使ってるだなんてことは確率的に低い。だとしたら、二人が示し合わせて同じものを使っていると考えた方が正しいと思える。
「如月!」
大河の視線に気がついて、新井が声をかけてきた。
「なぁ、お前彼女いるんだろ?」
「えっ? あ、ああ……」
大河は左手の薬指にゴールドの指輪を身につけている。そのことから同僚に『大河は彼女がいる』と思われている。本当は女じゃなくて男の恋人だが、大河は敢えて否定はしていない。むやみにカムアウトすることは得策ではないからだ。
「だったら教えてくれ。俺さ、今度デートの約束をこぎつけたんだけど、その時に告白しようかどうしようか悩んでるんだ」
「告白?! マジか!」
佐藤が驚いている。ゲイ疑惑が出るくらい彼女がいなかった新井の恋バナなんて初めて聞いたからだろう。
「告白しても恋人同士にはなれない。相手がまだ前の彼氏と正式に別れてないんだ。俺としては早くそんな奴のことは忘れて俺にしろって思ってるし、きっと向こうも俺のことを意識してくれてると信じてるんだけどさ」
「そうか……」
「俺が好きだってことを伝えたら、彼氏と別れることを決心してくれるかもしれないって思うけど、やっぱり相手がちゃんと別れてから、告白した方がいいのかなとも思うんだ。なぁ、どっちがいいと思う?」
新井は真剣に悩んでるみたいだ。佐藤はただの恋愛相談だと思って聞いていられるだろうが、大河はどうしても穿った見方をしてしまう。
まさか、新井は陸斗に告白しようとしているのではないか。
『正式に別れていない彼氏』とは、大河のことなのではないか。
新井は、大河と陸斗の関係など知るはずもない。まさか陸斗の現彼氏が大河だとは知らずに、無邪気に同僚の大河に恋愛相談を持ちかけてきたのではないか。
「あ、新井にそんな真面目に好きな奴ができるなんてびっくりだな」
大河はなんとか言葉を新井に返した。黙っていたらおかしく思われてしまう。
告白なんてするなよクソ! 今すぐ陸斗から離れろ! 手を引け! 諦めろ! と思うが、そんな本音は表に出してはならない。
「ああ。俺だってこんなに好きになるなんて思わなかった。気がついたらすごく好きになっててさ」
ヤバい。きっと新井は本気だ。「好き」の言葉を口にしただけで高揚して頬を赤くし照れている。
「新井。勝算はあるのか? 例えば向こうが気がある素振りをみせたとか」
佐藤は身を乗りだし気味に訊く。
「……わからない。でも、俺のことを嫌いじゃないはずだ。嫌いだったらあんなこと……」
「あんなこと?」
「俺を、ホテルに誘うみたいなこと……」
「ホテル?!」
佐藤と一緒に声を揃えて驚いてしまった。付き合う前から、そんなことを……。
「新井。悪りぃ、もしかして、その子ともうヤッた?」
佐藤が遠慮なしに不躾な質問を新井にぶつける。
「ヤッた。なんかいい雰囲気になって、向こうから腕組んで誘って来たから、イケると思ったらつい……」
新井はもう少し誤魔化すかと思っていたのにはっきりと答えてきた。
「いやあの俺さ、実は街でお前を見かけてさ——」
ヤッた……?
新井が、陸斗と?
大河の心臓がはち切れそうなくらいにバクバクしている。
佐藤と新井は話を続けているが、大河はあまりのショックに耐えきれず「俺ちょっと腹痛ぇ」とその場から逃げ出した。
大河と陸斗は恋人関係だ。それなのに陸斗が新井とホテルに行ったのなら完璧な浮気だ。
「嘘だろ……陸斗……」
なぜか止められない涙を隠すため、トイレの洗面の水で顔を洗う。
なぜだろう。陸斗に裏切られたはずなのにこんな時に大河の思い出す陸斗は笑顔ばかり。
「陸斗……。俺にはお前しかいないんだよ……なのになんで……」
大河はその場にしゃがみ込み、しばらくそのまま動けなくなった。
営業部でこの時間まで残っていたのは大河の他に新井、佐藤の三人だけだった。
「新井、マイマグなんて使ってたか? それ、新しいやつ?」
「あー、そうそう、気に入ったデザインのがあったから買ったんだよ」
大河はオフィスでの新井と佐藤の雑談を小耳に挟みながら新井のデスクの横を通り過ぎようと思っていたのに、新井が手に持っていたマグカップを見て思わず二度見した。
グレーの本体にシルバーの取っ手がついたマグカップ。
とても見慣れたマグカップだ。陸斗が使っているものと全く同じ色とデザイン。
——なんで新井が陸斗と同じマグカップを使ってるんだよ!
そこんとこ突っ込みたいが、新井に訊けるはずもない。
陸斗と新井、二人が偶然にも同じマグカップを使ってるだなんてことは確率的に低い。だとしたら、二人が示し合わせて同じものを使っていると考えた方が正しいと思える。
「如月!」
大河の視線に気がついて、新井が声をかけてきた。
「なぁ、お前彼女いるんだろ?」
「えっ? あ、ああ……」
大河は左手の薬指にゴールドの指輪を身につけている。そのことから同僚に『大河は彼女がいる』と思われている。本当は女じゃなくて男の恋人だが、大河は敢えて否定はしていない。むやみにカムアウトすることは得策ではないからだ。
「だったら教えてくれ。俺さ、今度デートの約束をこぎつけたんだけど、その時に告白しようかどうしようか悩んでるんだ」
「告白?! マジか!」
佐藤が驚いている。ゲイ疑惑が出るくらい彼女がいなかった新井の恋バナなんて初めて聞いたからだろう。
「告白しても恋人同士にはなれない。相手がまだ前の彼氏と正式に別れてないんだ。俺としては早くそんな奴のことは忘れて俺にしろって思ってるし、きっと向こうも俺のことを意識してくれてると信じてるんだけどさ」
「そうか……」
「俺が好きだってことを伝えたら、彼氏と別れることを決心してくれるかもしれないって思うけど、やっぱり相手がちゃんと別れてから、告白した方がいいのかなとも思うんだ。なぁ、どっちがいいと思う?」
新井は真剣に悩んでるみたいだ。佐藤はただの恋愛相談だと思って聞いていられるだろうが、大河はどうしても穿った見方をしてしまう。
まさか、新井は陸斗に告白しようとしているのではないか。
『正式に別れていない彼氏』とは、大河のことなのではないか。
新井は、大河と陸斗の関係など知るはずもない。まさか陸斗の現彼氏が大河だとは知らずに、無邪気に同僚の大河に恋愛相談を持ちかけてきたのではないか。
「あ、新井にそんな真面目に好きな奴ができるなんてびっくりだな」
大河はなんとか言葉を新井に返した。黙っていたらおかしく思われてしまう。
告白なんてするなよクソ! 今すぐ陸斗から離れろ! 手を引け! 諦めろ! と思うが、そんな本音は表に出してはならない。
「ああ。俺だってこんなに好きになるなんて思わなかった。気がついたらすごく好きになっててさ」
ヤバい。きっと新井は本気だ。「好き」の言葉を口にしただけで高揚して頬を赤くし照れている。
「新井。勝算はあるのか? 例えば向こうが気がある素振りをみせたとか」
佐藤は身を乗りだし気味に訊く。
「……わからない。でも、俺のことを嫌いじゃないはずだ。嫌いだったらあんなこと……」
「あんなこと?」
「俺を、ホテルに誘うみたいなこと……」
「ホテル?!」
佐藤と一緒に声を揃えて驚いてしまった。付き合う前から、そんなことを……。
「新井。悪りぃ、もしかして、その子ともうヤッた?」
佐藤が遠慮なしに不躾な質問を新井にぶつける。
「ヤッた。なんかいい雰囲気になって、向こうから腕組んで誘って来たから、イケると思ったらつい……」
新井はもう少し誤魔化すかと思っていたのにはっきりと答えてきた。
「いやあの俺さ、実は街でお前を見かけてさ——」
ヤッた……?
新井が、陸斗と?
大河の心臓がはち切れそうなくらいにバクバクしている。
佐藤と新井は話を続けているが、大河はあまりのショックに耐えきれず「俺ちょっと腹痛ぇ」とその場から逃げ出した。
大河と陸斗は恋人関係だ。それなのに陸斗が新井とホテルに行ったのなら完璧な浮気だ。
「嘘だろ……陸斗……」
なぜか止められない涙を隠すため、トイレの洗面の水で顔を洗う。
なぜだろう。陸斗に裏切られたはずなのにこんな時に大河の思い出す陸斗は笑顔ばかり。
「陸斗……。俺にはお前しかいないんだよ……なのになんで……」
大河はその場にしゃがみ込み、しばらくそのまま動けなくなった。
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