クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖

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番外編 最高の恋人を演じないで

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「まーしたっ!」

 ぽんと肩を叩かれ、振り返ると息を切らした塔矢が立っていた。

「ごめん、真下。待ったよな。撮影がおしてなかなか終わらなくてさ」
「いいよ、大丈夫」

 塔矢は相変わらず忙しい。初の主演映画は上々。そこから俳優としての一歩を踏み出したばかりだ。

「とりあえずメシ食おう。メシ! あーマジで腹減った!」
「うん」

 塔矢の話を聞いていると、塔矢は寝食もままならないくらいの忙しさのようだ。それなのに毎晩のように「真下もう寝るところ?」と電話をしてくれるし、今日みたいにデートの時間も作ってくれる。



「今日、ちょっと上手くいかないことがあってさ」

 街を歩きながら、塔矢が珍しく弱音を吐いた。

「塔矢でもそんなことあるのか?!」
「あるよ。失敗ばかりだ。全然慣れない。俺がやりたいと思ってやってることなのに、なんでだろうな……。時々こうやってしんどくなるんだ……」
「そっか……」

 好きを仕事にするのは羨ましいことだと思っていたけど、実際は大変なことなのだろう。

「でも、今日は真下に会えると思って頑張った!」
「え?!」
「真下との約束があったから、辛くても頑張れた。で、実際真下に会えたらすげぇ元気になった」

 塔矢は最高の笑顔をみせてくれる。塔矢のいろんな表情はテレビ画面を通じて見たことがあるけれど、実際の塔矢の笑顔は最高にかっこいい。

「ありがとな、真下」
「俺は別に何も……」
「真下が俺のそばにいてくれるだけで、俺は幸せだから」

 塔矢はこうやっていつも感謝や好きを言葉にして伝えてくれる。ちょっと小っ恥ずかしいけど、正直嬉しいし、安心する。





 適当な居酒屋に入ったふたり。「奥の個室が空いてます」と案内され、とりあえずビールを頼んでからメニューを広げてみる。
 注文を終えたあと、おずおずと個室に現れた店員の女の子。

「あ、あの……俳優の宮城大智みやしろだいちさんですよね……?」

 宮城大智は、塔矢の芸名だ。

「はい。……俺のこと、知ってるんですか?」

 駆け出し俳優の塔矢は自分の名が知られていることに驚いている様子だ。

「はいもちろん! ファ、ファンなんです! 握手してもらってもいいですか?!」
「えっ! あっ、いいですよ」
「キャー! ありがとうございます!」

 女の子は塔矢に握手してもらって感激している。
 さらに店長が色紙とサインペンを持って現れて、サインをもらえませんかと頼まれて、塔矢は快くサインをしている。


 すごいな塔矢は。すっかり芸能人だな……。

 芸能人になる前から塔矢のことを知っているからつい忘れがちだが、塔矢は数年後には有名になり、雲の上の人になってしまうのかもしれない。
 
「今のうちに俺も塔矢にサインをもらっておこうかな」と冗談めかして塔矢に言ったら、「真下の頼みなら、毎日だって書くよ」と塔矢は笑っている。

 塔矢はいつだって優しい。
 でも、優しすぎるんだ。





 居酒屋をでたあと、塔矢は「明日の朝は俺ゆっくりできるから、家まで送らせて」と真下を家まで送ってくれた。

「今日はありがとう。真下と話ができて楽しかった。また連絡するな」

 別れの挨拶をして、塔矢は爽やかな笑顔で帰ろうとする。

「あっ、あの……」

 だから、思わず引き止めた。真下としてはまだ塔矢と一緒にいたかったから。

 時間があるなら、少しだけでも家に寄っていってほしい。恋人同士なんだから、泊まっていってふたりきりの夜を過ごしてくれてもいいのに。

 そんなことを真下は思っているが、ふたりは付き合って一ヶ月、まだ塔矢とキスすらしたこともないのに「泊まっていかないか?」などと自ら誘うようなことは恥ずかしくて言えない。

「なに? 真下、どうしたの?」

 なんで塔矢は涼しい顔してるんだ?! 塔矢はバカか?! 恋人が別れたくないと思ってモジモジしてるんだぞ! 察しろよ!

「えっ……! あの……」
「なに?」
「だから……」

 こうなったら、こっちから最初のキスをしかけて塔矢の唇を奪ってしまおうか。そうしたらさすがの塔矢も盛りがついて「今すぐお前を抱きたい」くらいに思ってくれるのではないか。

 でも、そんなこと……。
 やっぱりできない……。

 恥ずかしいし、本音を言うと塔矢から迫ってきて欲しい。塔矢にキスを求められたい。

 真下の頭の中はそんなことでどうしたらいいのかいっぱいいっぱいなのに、塔矢は「俺に相談か?」なんて的外れのことを言っている。


 はぁ……。
 真下は溜め息をついた。
 別にそういう行為がしたくて塔矢と一緒にいるわけじゃない。そんなものがなくても幸せだし、これからゆっくりふたりの距離は縮まっていくかもしれないと思い直した。

「なんでもない。またな、塔矢」

 真下は振り返りもせずに、自室の部屋のドアを開けて中に入った。
 





「真下、欲求不満なんじゃねぇの?!」

 まさかの強ワードにドキリとしたが、友人の山本としてはもちろんそんなつもりで言ったわけではないとわかっている。
 今は大学の仲間との飲み会に参加している。一次会はワイワイとしていたが、二次会は少し人数は減った。でもアルコールの量は増えているので、話す内容はディープになっていく。

「真下も峯岸も、誰かいい人見つかるといいな!」

 今は山本と峯岸と真下の三人で話をしている。この中で彼女がいるのは山本だけだ。

「俺のことはいいから! ほら、山本、お前の話を聞いてやるから話せ。さっさと惚気ろよっ」

 実は真下も相当量飲んでいるので危ない。酔いのせいで「実は俺には彼女じゃなくて彼氏がいる」などと余計なことを口走ってしまいそうだ。こういうときは聞き手に回るのが得策だ。

「いいの? 俺さ、ぶっちゃけ彼女とここ一週間は毎日ヤッてる」
「うわー、やっぱ聞きたくない」
「マジうっぜぇ!」

 真下も峯岸も、非難の声を上げる。

「聞けよっ! お前が惚気ろっつったんだろ? 俺さ、一人暮らし始めてよかったよ。実家同士じゃなかなかできなかったからさ」
「まぁな」

 山本は今の彼女と付き合って半年。お互い実家暮らしで不自由を感じたらしく、少し前に一人暮らしを始めたところだ。——なんとも不純な動機で。

「真下は大丈夫だな。お前は一人暮らししてるから、あとは相手さえ見つかれば家に連れ込み放題だな」
「おい! そんな理由で一人暮らししてるんじゃない!」

 真下は地方から東京の大学に進学したから一人暮らしをせざるを得ない状況だ。実家からも通うことができる山本とは違う。

「わかってるよ。でもいいなと思ってさ」
「お前の頭はホントにそういうことばっかだな……」
「しょうがなくね? 男ってみんなそんなもんだって」
「そうか?!」
「そうだよ。俺、彼女とエロいことしたいってそればっか考えてる。でもそれが健全だって! 好きな人が、俺の彼女になってくれたんだぜ? それで俺のそばにいてくれるのに、なんで手ェ出さないでいられんの? そんなん無理っしょ!」

 だよな……。恋人同士なら、それが普通だよな。

 じゃあなんで塔矢は何もしないんだろう。そういうことに興味ないのかな……。


「一人暮らしじゃなくて同棲したいくらいだよ。彼女の手料理もマジでうまいし、あの料理が毎日食べられて、エッチもできたらマジ天国なんだけど」
「あー、はいはい! 良かったな!」

 山本は幸せそうだ。真下だってつい最近、最高の恋人ができたばかりだというのに、なんでこんな寂しい気持ちになるのだろう。

「ありがと、真下。話聞いてくれて。ほら、お前はもう少し飲めよ」

 山本に酒を勧められ、半ばヤケになってぐいっと焼酎を呷る。このモヤモヤした気持ちをアルコールで吹き飛ばしたくなったから。

「うわ真下、今日のお前は飲むなー! でもそういうのイイぜ。飲み放題だし、飲んどけよ。心配すんな、俺らがちゃんと送ってやるから」

 峯岸も、自分と真下の焼酎カップに焼酎を注いで、自分も飲みながら真下に酒を勧めてきた。

「ありがとう……」

 真下はさらに焼酎を呷る。

「今日の真下、どうしたん? やけに可愛いな……」

 峯岸の声だろうか。それから子どもみたいに頭をナデナデされている……?


 あー。クソ。頭がクラクラしてきた……。
 山本や峯岸、他の仲間も談笑を続けている。
 真下も相槌をうって話に参加しているつもりだが、なんだか眠くなってきた——。





 真下が目を覚ますと、見知らぬ部屋のまったく馴染みのないベッドの上にいた。

 え……?
 ど、どういうことだ……?

 しかも、服を着ていない!
 待てよ、待て。どうしてパンツ一枚で、知らない部屋のベッドで寝てるんだ?!

 記憶をたぐり寄せるが、大学の仲間と飲んでいたところまでしか覚えていない。そのあと、どうなった……? 

 まさか、俺……。

 欲求不満だったのかもしれないが、酒の飲み過ぎで理性も記憶も飛ばしてしまっていたかもしれないが、こんなことは許されない。
 真下には、塔矢という恋人がいるのだから。
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