身代わり閨係は王太子殿下に寵愛される

雨宮里玖

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1.身代わり閨係

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 今夜、ラルスは王太子殿下のねやの相手をする。平民のラルスにとっては、ありえないことだ。

 王宮には数々の秘密がある。王族の閨事もそのうちのひとつで、ごく限られた者のみがその事実と慣例を知っている。

 来月で二十歳の誕生日を迎えるアルバート王太子殿下は、ついに妃を迎えることになったらしい。らしいというのも、妃側の事情により婚礼の詳しい話は伏せられていて、秘密裏に事が進んでいるということだ。

 最上位アルファの王太子殿下ともあろう御方が、まさか初夜で妃を上手に抱けないのは由々しきこと。そのために未経験でけがれのないオメガが閨の相手に選ばれ、密かに王太子殿下の練習台になるのだ。
 その閨の練習台に選ばれたのが、軍務伯の役職を担っているウィンネル伯爵の三男である、フィン伯爵令息だった。だがフィンはその役目を嫌がり、ウィンネル家に仕えている厩係うまやがかりのラルスに身代わりになれと命じてきた。
 ラルスは反論せず、フィンの命令を静かに受け入れた。
 なぜならフィンは伯爵令息という立場でありながら、幼い頃から平民のラルスのことを友のように扱ってくれたからだ。フィンは人格者で身分に関係なく皆に優しい。十年前、半年間だけウィンネル家に戦乱のため身を寄せてきた貴族の男の子にも親切に接していた。

 同い年のオメガ同士、人には話せない悩みを打ち明けあったり、ラルスが困っているといつも手を差し伸べてくれたり、フィンはラルスの一番の親友と言っても過言ではない人だ。
 そんなフィンには想いを寄せるアルファがいた。まだ恋人同士にはなっていないが、フィンは、自分の初めてはそのアルファに捧げたいと思っていることをラルスは知っていた。

 だから、自分が身代わりになることを引き受けた。フィンには辛い思いをさせたくなかったからだ。




 今、ラルスはフィンの服を借りて、王家が迎えに寄越した馬車に乗り、城へと向かっている。
 フィンもラルスも同じプラチナ色の銀髪でダークグレーの瞳をしていて、背格好も同じくらい。煌びやかな正装をしてしまえば、顔のつくりは違えどあまり接点のない城の閨担当の者には、ふたりが入れ替わったことはわからないはずだ。 

 やがて馬車は城の裏口に到着し、ラルスは馬車を降りた。


「伯爵令息さま、どうぞこちらへ」

 馬車を降りると目の前に使いの侍女がラルスを待ち構えていた。侍女は「私は王太子殿下についておりますミンシアと申します」と丁寧に頭を下げてきた。
 ラルスはミンシアの案内で、門を抜けたあと長く続く、レンガ造りの細い通路を歩いていく。どうやらこれは城の隠し通路のようだ。閨の練習のためのオメガの存在は公には知られたくないことだから、このようにひっそりと城の内部を移動するのだろう。

「まずは閨の支度をしていただきます」

 ラルスは湯浴み場に連れていかれた。そこで湯浴みのための薄布のローブを着せられて、そこにいた数人の侍女たちに身体を清められる。
 人に身体を洗われたことなどないラルスはすっかり緊張してしまったが、堂々としていないと貴族ではないと正体を見抜かれてしまうと思い、それらを受け入れた。

 ラルスは湯浴みを終え、いつも大事にしている馬の蹄鉄の形を模したトップが付いている銀のペンダントをまず最初に身につける。これは平民のラルスが人から贈られた、唯一の贅沢品だ。
 それから用意されていた純白のシルクのローブに身を包んだ。下着にあたるものは用意されておらず、足首までの長さのローブのすその隙間から風が入ると下半身が少しスースーする。

「次は寝所にまいります」

 ミンシアは淡々と任務をこなしていく。ラルスは無表情なミンシアのあとをひたすらについて行くだけだ。

 ほどなくして、荘厳な扉の前にたどり着いた。その扉の両脇に立っていた兵士はミンシアと視線を合わせ、頷き合ったあと、扉を開放した。

「どうぞ中へ」

 ミンシアに促され、ラルスは部屋の中に足を踏み入れた。金縁の深緑色のビロードの絨毯はふかふかで、踏みつけてしまうのが申し訳ないくらいだった。
 居間のような空間を抜けて、奥の奥の部屋に通される。居間には侍女や護衛兵が控えていたが、この部屋には誰もいなかった。

「殿下の閨の相手をなさるとき、心がけていただきたいことがございます」

 ミンシアは事務的にラルスに伝えてきた。

「これは殿下の夜伽上達のための行為です。殿下はあなたさまを愛そうといたしますので、殿下にされてよかったならよかったと、反対に悪かったところや嫌なことをされたらはっきりとそれを言葉にして殿下にお伝えしてほしいのです」
「は、はい……」

 危うく失念しそうになったが、ラルスの役目はアルバート王太子殿下の夜伽上達のために身体を差し出し協力することだ。ただアルバートに抱かれるだけではいけないとラルスは気を引き締めた。

「それと、殿下に会うのはこれで最初で最後にしてください。閨事をすると、ときに恋慕の情を抱いてしまうことがあるようです。そのようなことはなきよう、お願いいたします」
「はい。承知いたしました」

 アルバートは王太子殿下だ。身体を重ねたことを理由にしてアルバートに近づきたいと思う輩もいるのかもしれない。今夜限りでアルバートとの関係は終わりにして、変につきまとったり脅したりしないようにと牽制の意味が込められているのだろう。

「それではこのままお待ちください。私はこれで失礼いたします」

 ミンシアは深々と頭を下げて、寝所からいなくなった。
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