身代わり閨係は王太子殿下に寵愛される

雨宮里玖

文字の大きさ
5 / 20

5.二度目のお役目

しおりを挟む
 ラルスは再びフィンの服を借り、伯爵令息を装って、アルバートの待つ城へと向かった。この前と同じ流れで湯浴みをして、シルクのローブを身にまとい、侍女のミンシアの案内でアルバートの部屋へ向かう。

 部屋に入ると、今回はすでにアルバートが待っていた。
 アルバートは、「そこに座っていろ」とラルスをソファーに座るよう促してから、ミンシアへと近づいていく。

「ミンシア。このことはくれぐれも内密に」

 アルバートがキラリと光る宝石をいくつかミンシアに手渡している。きっとあれは口止め料なのだろう。

「殿下、私にはこのような気遣いは無用です」
「いいから受け取れ。お前は欲がなさすぎる。いざというときのために少しくらい持っていろ」
「いいえ。私は殿下のためならなんでもいたします」
「その気持ちはとても嬉しいが、自分の幸せも考えなさい。さぁ、受け取れ。これは口止め料だよ」

 ミンシアは一考したあと、「ありがとうございます」とアルバートから宝石を受け取った。

 ミンシアを部屋から返したあと、アルバートはゆっくりとラルスのもとに近づいてくる。

「今宵は少し話をしようか」

 アルバートはソファーにかけてあった羊毛の毛布をラルスの肩にかける。そのあと目の前に甘いお菓子を並べ、自らの手でお茶を淹れてくれた。
 ラルスはすっかり困惑している。だってラルスは閨の練習相手だ。ただ顔も見ず、抱くだけでもいいのになぜアルバートはこんなことをするのだろう。

「フィン。少しだけ昔話をしてもよいか?」
「えっ? あ、はいっ……」

 昔話とはなんのことだろう。ただ、これは困ったことになった。
 アルバートとフィンのあいだに思い出があったとしても、それをラルスが知るはずもない。そんな話もフィンからまったく聞いていない。

 最悪の場合、ラルスがフィンではないとアルバートに気づかれてしまう。そんなことになったら罰せられるのはラルスだけじゃない。フィンまで罪を問われてしまう。
 そんな状況だけは避けなければならない。フィンになりきらなければ。

「湯上がりで喉が乾いているだろう? お茶は要らぬか?」
「あっ、はいっ! いっ、いただきますっ!」

 アルバートが淹れてくれたお茶を飲まないなんてそんなことはできない。ラルスは慌てて目の前に置かれたティーカップに手をつけた。

「あちっ!」

 ティーカップの周りが熱くて耐えきれず、思わずガチャン!とカップをテーブルに激しく戻してしまった。
 ラルスはティーカップを使ってお茶を飲んだことがない。作法がわからない。

「下にソーサーがついているだろう? テーブルが低く、自分と距離があるときは長い時間カップを持つことになるから、ソーサーとともに持ち上げるのがよい。カップは基本取っ手を持つ。そうすれば熱くない」
「す、すみません、そうですよね。緊張で作法を間違えてしまいました」

 まさか知らなかったとは言えないので、ラルスは咄嗟に緊張のため間違えたことにする。

「そうだな。知らぬわけがなかったな。余計なことを言った」

 アルバートは特段気にしている様子はない。楽しそうに笑っている。
 よかった。目の前にいるのはただの平民だと気がついていない様子だ。

 それからアルバートはお菓子とお茶をラルスに勧めながら、いろんな話をしてくれた。イタズラをして怒られた話、ひとりで城を抜け出し庶民に扮した話。アルバートは意外にも気さくな性格なのだと知った。

「私は昔、馬に乗れなかったのだ」
「殿下がですかっ?」

 信じられない。アルバートのバース性はアルファだ。アルファは他のどのバース性よりも優れていて、なんでもできると言われている。そんなアルバートが、馬に乗れない……?

「ああ。その昔、馬に振り落とされたことがあり、それ以来馬の背中に乗ることが怖くなってしまってな」
「そのようなことがあったのですね……」

 アルバートだけじゃない。幼い頃から馬とともに生活してきたラルスは、馬と合わなくてそのような心の傷を抱える者を何人も知っている。
 暴走した馬から振り落とされると命に関わる怪我をすることもあるのだ。ラルスは以前、そのような目に遭った男の子を馬の暴走を止めることで救ったことがある。あのときは周囲の大人たちに大いに感謝された。

「フィンは軍務伯の三男だから馬の扱いに長けているだろう? 人を見て、その人と相性が合う馬を選ぶことができると聞いた。そのような稀有な能力をどうして人にひけらかさないのだ?」
「それは……」

 それをやっているのは、実はフィンではなくラルスだ。フィンの命令で、ラルスは相性の良さそうな馬を選んでいるのだが、周囲からそれはフィンの能力だと思われているらしい。
 フィンは誠実な男だ。ラルスのおかげで褒められてもそれを我がもののように振る舞ったりしない。
 だからフィンはそのことを人に自慢げに話したりしないのだろう。

「人も馬も、気性というものがあります。人は言葉が話せますし、会ってみれば自分に合う合わないを見極めることもできます。馬は人の言葉を話せませんが、毎日接していると感じるのです。言葉がなくとも馬の機嫌や気性を感じて、それを汲みとってあげることができるようになるのです。僕はその気持ちを代弁してお伝えしているだけで、特別なことは何もしておりません」

 本当にそう思っている。厩係なら皆、馬の気持ちをある程度理解できるようになると思う。ラルスはそれが人よりほんの少し長けているだけだ。

「それが案外一筋縄ではいかないものなのだがな。だからフィンのもとに騎士たちが相談に来る。フィンに特別な褒美を与えたいくらいなのだが」

 フィンが、王太子殿下であるアルバートから褒美をもらう。
 それはラルスにとっても願ったりだ。

「それはとてもいいお考えです。フィンさま……ぼ、僕はオメガで、努力をしてもなかなか出世話が出てきません。殿下のお墨付きがもらえれば、周囲の見方も変わってくるかと思います」

 危なかった。言い誤ってしまった。でもフィンさまと言ったのは小声だったしアルバートはそこに対して特段気にしている様子はないから大丈夫そうだ。

「そうだな。フィンはオメガだったな。だからさっきからこんなに芳しい匂いがするのだな」
「あっ……」

 アルバートが毛布の上からラルスを抱きしめてきた。
 アルバートに触れられると身体が熱くなる。顔も、耳まで真っ赤になってしまうので、それを悟られるのが恥ずかしくて、ラルスは毛布で耳を隠した。

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

薬屋の受難【完】

おはぎ
BL
薬屋を営むノルン。いつもいつも、責めるように言い募ってくる魔術師団長のルーベルトに泣かされてばかり。そんな中、騎士団長のグランに身体を受け止められたところを見られて…。 魔術師団長ルーベルト×薬屋ノルン

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】

おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

王子と俺は国民公認のカップルらしい。

べす
BL
レダ大好きでちょっと?執着の強めの王子ロギルダと、それに抗う騎士レダが結ばれるまでのお話。

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

悪役令息はもう待たない

月岡夜宵
BL
突然の婚約破棄を言い渡されたエル。そこから彼の扱いは変化し――? ※かつて別名で公開していた作品になります。旧題「婚約破棄から始まるラブストーリー」

可愛いあの子には敵わない【完】

おはぎ
BL
騎士科の人気者のエドワードとは最近、一緒に勉強をする仲。共に過ごす内に好きになってしまったが、新入生として入ってきたエドワードの幼馴染は誰が見ても可憐な美少年で。お似合いの二人を見ていられずエドワードを避けてしまうようになったが……。

処理中です...