142 / 183
心境に変化…遥
しおりを挟む亜耶との雑談を楽しんでいると、コンコンコンとドアがノックされた。
「はい。」
俺が返事をすると。
「失礼します。お夕飯をお持ちしました。」
そう言って、看護師がトレーを両手で抱えて入って来た。
ベッドに座って食べれるように稼動テーブルに看護師がトレーを置くとそのまま出口に行き。
「失礼しました。」
一言言って出て行った。
それを見送った後、俺は亜耶が辛くない様に腰に枕を添えてやり、亜耶の前に食事が来るように動かし固定した。
「練習するのか?」
亜耶に確認すると素直に首を縦に振り、スプーンを手にしたので黙って見守ることにした。
亜耶は、左手で一生懸命ご飯を掬おうと動かしているが、中々上手くいかず苦戦している。時折、少量だがスプーンに残ったものを口に運んでいるのを見るとほほえましく思えて、口許が緩む。
「私って、こんなに不器用だったんだ。」
亜耶が苦笑交じりに呟く声が聞こえてきた。
そんなに悲観しなくてもいいと思うんだがな。
「誰だって、利き手じゃなければそうなるって。俺だって難しいぞ。」
そう声をかけてやる。
「えっ!」
それは、俺に聞こえてた事の対してなのか、俺に出来ない事に対しての驚きの声なのかは判別できないが……。
「あのなぁ。俺にだって出来ない事はあるんだぞ。」
亜耶を睨み付けながら言うが、それでも信じられないなんて顔をして俺を見てくる。
「そんなに信じられないのなら、実践してやるよ。」
俺は、亜耶からスプーンを奪うと左手で持ち、ご飯を掬う。思った以上に掬う事は出来たが量が多かったのか直ぐにそのままポロンと器に戻っていった。
「ほらな。だからこれは練習するしかないんだよ。」
呆然とした顔で俺の言葉に何度も頷く亜耶。
それを見てある民芸品を思い出してしまった。
イヤ、物凄く可愛いんだけどさ。
「遥さんにも、出来ないことがあったんだね。」
って、考え深げに言われて、俺は苦虫を噛む。
「あぁ、幾らでもあるぞ。だから努力してるんだろ。」
俺は、当たり前のように言う。
「そっか……。じゃあ、私ももっと練習しないとね。」
そう言うと亜耶は俺からスプーンを受け取ると真剣な顔で練習を始めた。
その顔付きが時折、悔しそうになったり、嬉しそうにしたりで、百面相してる。
一生懸命なのにな、可愛いって思ってしまうのは惚れた弱みなんだろうけど……。
何度も繰り返してる内に徐々にだが、掬う量も安定してきたのだが、そろそろタイムアップの時間だ(面会時間終了)。
「亜耶、ほらスプーン貸しな。時間ギリギリだ。」
練習に夢中で、時間を忘れている亜耶にそう言うと。
「本当だ。大分コツが分かってきたところなのに……。」
文句を言いながらも、渋々スプーンを俺に差し出してくる。
俺はそれを受け取ると、器に残っている物を順番に掬って亜耶の口に運ぶ。
亜耶は、口を開けると同時に目を細める。
それが、また可愛いんだよ。
見とれていたら。
「遥さん?」
怪訝な顔をして俺を見てくるから。
「何でもない。ほら。」
そう言いながら、俺は亜耶の口許にスプーンを持っていく。
それに食いつく亜耶を愛らしいと思いながら、食事を運んだ。
器に残っていた物が無くなり、残りは牛乳だけになった。
「亜耶、牛乳どうする?」
俺は、牛乳を手に亜耶に聞く。
「飲むよ。」
と返事が返ってきたから、えっ、俺の空耳ですか?
って思って亜耶を凝視すれば。
「牛乳、飲む。」
亜耶が真顔で答え、俺の手から奪うとストローを差し込み口に差して、口にした。
えっ……。
俺が驚いて固まっている間に亜耶がゆっくりと飲んでいく。
時折、ゴキュッと喉を鳴らす。
顔も歪めている。
「無理して飲む必要はないんだぞ。」
俺が慌ててそう言うと。
「ん? でも、これからはそうも言ってられないから、今から馴れておく方がいいのかなって思うの。」
亜耶の何かしらの決意に驚く。
これは一体どういう心境に変化だ。
俺が居ない時間に何かがあったのだろう。
亜耶は尚も飲み続け、ズズズ……と音をさせる。
全て飲み干したようだ。
「大丈夫なのか?」
心配になりそう言葉を掛けた。
「ん。大丈夫だよ。それより、トレーを片付けないと……。」
亜耶に言われて、俺はトレーを手にし部屋を出た。
あれ程嫌っていた牛乳を全部飲み干す心境に至った経緯を俺は知りたい。
俺はトレーをワゴンに戻しながら、亜耶のご褒美を考えるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
女性が少ない世界でVTuberやります!
dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉
なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。
※初日一気に4話投稿してから恋愛大賞エントリーしたため文字数5万これから(´;ω;`)みんなも参加するときは注意してね!
※忘れてなければ毎週火曜・金曜日の夜に投稿予定。作者ブル
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる