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本編
38、作戦開始
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十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、リーリエン港を守るために奔走していた。
クライフ男爵はしっかりとした作りの地下室に寝かされていて、まだ意識は戻っていないようだった。
それを確認したリュシアーナは、数人の私兵たちと共に館を出た。リュシアーナはおろおろとついてきた一人の騎士を馬に乗らせ、自分も同乗する。
(自分で馬に乗れるようにした方がいいかしら……)
そんなことを考えながら、リュシアーナは船着場へ向かう。
館の地下にいては状況がわからない。そのため、リュシアーナは、海からリーリエン港の様子を伺い、作戦の成否を見守ることにしたのだ。
誰もが息を潜めて、静かな港街を駆け抜ける。薄暮の港街の静けさは、まさに嵐の前のそれだ。
リュシアーナは、船着場に到着して、組合長のハインリヒと合流した。
ハインリヒは、海岸線に沿って出港した船を見送ったところだった。ワームの卵を乗せた船が予定通りに出港したのだ。
船着場には数人の男たちが残るのみだった。
「わたくしたちも船に乗せてください。海から状況を把握します」
「おう。船は用意してある」
ハインリヒが中型の船を指差した。すでに帆が張られていて、いつでも出られるようだ。
船着場に残っていた組合員や私兵たちと共にリュシアーナは船に乗り込む。すぐに船が港を出て、沖へと進んでいった。
日は沈んだものの、まだ空は明るい。
「来たか……」
ハインリヒが呟いた。リーリエン港を見ると、ワームの大群が港街を覆い始めている。
渡された双眼鏡で見ると、ワームは無闇矢鱈と民家を襲うわけではなく、何かを探すかのように彷徨っていた。そして、その一部は、海岸線を南下する卵を載せた船を追っていく。
その時、ワームの大群の奥で、火が上がった。街道付近の雑木林のあたりだ。
(あの場所は……第二騎士と第三騎士が向かった場所ね)
エヴァリストは、この港街を守ることに決めたようだ。第二騎士の説得が効いたのだろう。彼がこんなにも協力してくれるとは思わなかった。
しかし、依然としてワームの群れの相当数が、港街に留まり続けている。
判別がつきにくいが、街道の雑木林に一割、海岸線の船に二割といったところだろうか。未だ七割が港街の上空に屯している。
「灯台はなにやってんだ」
残り一つの分散先、カウス港方面の灯台を見た。しかし、まだ火がつく気配はない。
(何か問題があったのかしら……)
空は薄暗くなってきてはいるが、まだ灯りを必要とする暗さではない。火がよく映えるようにタイミングを図っているのだろうか。
「少し待ちましょう」
空は徐々に、徐々にと、暗くなってくる。しかし、灯台の火はまだつかない。
リュシアーナはまんじりともせずに待つ。
南の海岸線に集まったワームの様子が変わった。より密集し始めたのだ。暗くなってきて見えづらいが、共食いを始めたようだ。
卵を載せた船は沖へと逃れている。
(一つは成功した。でも、まだ七割が街にいるわ……)
街を覆うワームの群れは、その層が少し薄くなったような気がする程度だ。
そして、雑木林の火はここからでは見えなくなっていた。消えてしまったのかもしれない。
「……灯台の方に船を寄せられますか?」
リュシアーナがハインリヒに言うと、彼はすぐに船首を灯台に向け始めた。
少しすると、リュシアーナのいる船に一つの船が併走する。帆には、グリフォンが描かれていた。わかりやすい。
そして、動いている船に渡り板がかけられて、男がその船から乗り移ってくる。
「おーい、お嬢さん、灯台はどうした?」
乗り移ってきたのは、メルデンだった。
「わかりません。今から状況を見に行きます」
「そうか。あとここよりもさらに沖の方に船が停まっているのが見えた。監視している奴がいるぞ」
メルデンの言葉にリュシアーナはぐっと奥歯を噛んだ。港街にいる住民をなんだと思っているのだ。
「これを仕組んだ首謀者の手先でしょう。ハインリヒさん、武装できますか?」
「ただの商船だぞ。武器は持ってねぇ」
リュシアーナは考え込む。
沖にいる船は、カトリン侯爵が手配したものだろう。リーリエン港が魔物に破壊されるのを確認しにきたのだ。
この商船が指揮をとっていることに気づいたら、襲ってくる可能性がある。もしくは、卵を載せた船を乗っ取って、港街に戻らせるつもりか。
(どうすれば……)
灯台を見にいくか、卵を載せた船と共に監視の目が届かないところまで逃げるか。
「なぁ、ちょっと目をつぶってくれるって約束してくれないか」
その時、メルデンがリュシアーナにそう言った。そして、彼がピィッ!と指笛を吹く。
すると、ばさばさと羽音がしたと同時に上空から、大きな魔物が降りてきた。
大鷹の頭と翼に獅子の体を持つ魔物、グリフォンがそこにいたのだ。グリフォンには、鞍と手綱が取り付けられていて、明らかに飼われている。
――シャフラン王国は、魔物を操る術を持つ。
(グリフォンまで与えられていたのね)
メルデンはただのシャフラン王国の工作員ではなさそうだ。もっと位が高い。
「勿論、口外しません。ワームの卵を載せた船には全速力でこの海域から退避するよう伝えていただけますか。あなた方の船は、灯台の様子を見に行ってほしいのです」
これで二箇所に指示を出すことができる。
「お嬢さんは?」
「沖にいる船と交渉します。第一皇子妃であれば可能でしょう」
カトリン侯爵の手の者ならば、第一皇子妃が乗っていると知れば、躊躇うはずだ。動きを止められる。
「……グリフォンの騎手は俺含め二人いる。お嬢さんは俺の船に乗りな。手だれが多いし、いざとなったら逃がしてやる」
「ありがとうございます。では、ハインリヒさん、このまま灯台へお願いします」
「わかった。こっちは任せとけ」
ハインリヒが力強く言った。リュシアーナは、にこりと微笑み返す。
「あなたも灯台に向かってください。あと、剣をお借りしますわね?」
そして、リュシアーナは有無を言わさず、ついてきていた白狼の騎士から剣を奪った。驚いた彼がリュシアーナに触れるのを躊躇っている間に剣を外して、両手で抱える。
そして、メルデンの元に向かった。
「ちょっと我慢しろよ」
そう言ったメルデンは、リュシアーナを横抱きにした。たくましい腕に抱え上げられ、両手が塞がっているリュシアーナはただ身を固くするしかない。
そして、彼の商船へと乗り移る。後ろをグリフォンが付いてきた。
「カシス! 南の船に逃げるよう伝えてきてくれ!」
「おう!」
商人の一人が返事をすると、甲板にいたもう一体のグリフォンが空を駆け上がっていく。
リュシアーナは、船に降ろされて、ふうっと息を吐いた。
グリフォン商会の船は、沖へと進んでいく。空が暗くなってきた。周囲を見渡すにも、明かりがないと厳しくなってくる。
メルデンの言う通り、沖には一回り大きい船が停まっていた。船首はリーリエン港に向いている。
「船に乗り込みます。わたくしをグリフォンに乗せていただくことはできますか?」
リュシアーナはメルデンに問う。
「正気か? 戦闘になったらどうする」
「本当にカトリン侯爵の手の者であれば、わたくしには手が出せないでしょう」
「わかった……。あんた、肝が据わってんな」
リュシアーナは、メルデンのグリフォンに乗せてもらう。馬よりも幅が広く不思議な乗り心地だった。
「捕まってろ」
メルデンが背後に座り、手綱を持つと、リュシアーナは彼の腕の中に囲われたような形になる。リュシアーナは鞍を掴んだ。
ふわりと浮遊感がリュシアーナを襲う。グリフォンは力強く羽ばたいて、空を飛ぶ。
(…………っ!)
初めて空を飛んだ……。リュシアーナは感じる風に悲鳴を上げたいほどの恐怖を感じていたが、使命感でねじ伏せる。
グリフォンは勢いよく降下して、不審船の甲板に降り立つ。
「何者だっ!?」
明かりを消して近づいていたので、この船にいた者たちは、突如現れたグリフォンとリュシアーナたちに驚いた声をあげる。
リュシアーナは、震える足をドレスの裾で隠して、甲板に降り立った。カンテラの明かりが向けられる。
「――わたくしは、リュシアーナ・ボナート・ファリーナ。ファリーナ帝国の第一皇子妃ですわ」
明かりに照らされたリュシアーナは名乗りをあげて、にこりと微笑んだ。
クライフ男爵はしっかりとした作りの地下室に寝かされていて、まだ意識は戻っていないようだった。
それを確認したリュシアーナは、数人の私兵たちと共に館を出た。リュシアーナはおろおろとついてきた一人の騎士を馬に乗らせ、自分も同乗する。
(自分で馬に乗れるようにした方がいいかしら……)
そんなことを考えながら、リュシアーナは船着場へ向かう。
館の地下にいては状況がわからない。そのため、リュシアーナは、海からリーリエン港の様子を伺い、作戦の成否を見守ることにしたのだ。
誰もが息を潜めて、静かな港街を駆け抜ける。薄暮の港街の静けさは、まさに嵐の前のそれだ。
リュシアーナは、船着場に到着して、組合長のハインリヒと合流した。
ハインリヒは、海岸線に沿って出港した船を見送ったところだった。ワームの卵を乗せた船が予定通りに出港したのだ。
船着場には数人の男たちが残るのみだった。
「わたくしたちも船に乗せてください。海から状況を把握します」
「おう。船は用意してある」
ハインリヒが中型の船を指差した。すでに帆が張られていて、いつでも出られるようだ。
船着場に残っていた組合員や私兵たちと共にリュシアーナは船に乗り込む。すぐに船が港を出て、沖へと進んでいった。
日は沈んだものの、まだ空は明るい。
「来たか……」
ハインリヒが呟いた。リーリエン港を見ると、ワームの大群が港街を覆い始めている。
渡された双眼鏡で見ると、ワームは無闇矢鱈と民家を襲うわけではなく、何かを探すかのように彷徨っていた。そして、その一部は、海岸線を南下する卵を載せた船を追っていく。
その時、ワームの大群の奥で、火が上がった。街道付近の雑木林のあたりだ。
(あの場所は……第二騎士と第三騎士が向かった場所ね)
エヴァリストは、この港街を守ることに決めたようだ。第二騎士の説得が効いたのだろう。彼がこんなにも協力してくれるとは思わなかった。
しかし、依然としてワームの群れの相当数が、港街に留まり続けている。
判別がつきにくいが、街道の雑木林に一割、海岸線の船に二割といったところだろうか。未だ七割が港街の上空に屯している。
「灯台はなにやってんだ」
残り一つの分散先、カウス港方面の灯台を見た。しかし、まだ火がつく気配はない。
(何か問題があったのかしら……)
空は薄暗くなってきてはいるが、まだ灯りを必要とする暗さではない。火がよく映えるようにタイミングを図っているのだろうか。
「少し待ちましょう」
空は徐々に、徐々にと、暗くなってくる。しかし、灯台の火はまだつかない。
リュシアーナはまんじりともせずに待つ。
南の海岸線に集まったワームの様子が変わった。より密集し始めたのだ。暗くなってきて見えづらいが、共食いを始めたようだ。
卵を載せた船は沖へと逃れている。
(一つは成功した。でも、まだ七割が街にいるわ……)
街を覆うワームの群れは、その層が少し薄くなったような気がする程度だ。
そして、雑木林の火はここからでは見えなくなっていた。消えてしまったのかもしれない。
「……灯台の方に船を寄せられますか?」
リュシアーナがハインリヒに言うと、彼はすぐに船首を灯台に向け始めた。
少しすると、リュシアーナのいる船に一つの船が併走する。帆には、グリフォンが描かれていた。わかりやすい。
そして、動いている船に渡り板がかけられて、男がその船から乗り移ってくる。
「おーい、お嬢さん、灯台はどうした?」
乗り移ってきたのは、メルデンだった。
「わかりません。今から状況を見に行きます」
「そうか。あとここよりもさらに沖の方に船が停まっているのが見えた。監視している奴がいるぞ」
メルデンの言葉にリュシアーナはぐっと奥歯を噛んだ。港街にいる住民をなんだと思っているのだ。
「これを仕組んだ首謀者の手先でしょう。ハインリヒさん、武装できますか?」
「ただの商船だぞ。武器は持ってねぇ」
リュシアーナは考え込む。
沖にいる船は、カトリン侯爵が手配したものだろう。リーリエン港が魔物に破壊されるのを確認しにきたのだ。
この商船が指揮をとっていることに気づいたら、襲ってくる可能性がある。もしくは、卵を載せた船を乗っ取って、港街に戻らせるつもりか。
(どうすれば……)
灯台を見にいくか、卵を載せた船と共に監視の目が届かないところまで逃げるか。
「なぁ、ちょっと目をつぶってくれるって約束してくれないか」
その時、メルデンがリュシアーナにそう言った。そして、彼がピィッ!と指笛を吹く。
すると、ばさばさと羽音がしたと同時に上空から、大きな魔物が降りてきた。
大鷹の頭と翼に獅子の体を持つ魔物、グリフォンがそこにいたのだ。グリフォンには、鞍と手綱が取り付けられていて、明らかに飼われている。
――シャフラン王国は、魔物を操る術を持つ。
(グリフォンまで与えられていたのね)
メルデンはただのシャフラン王国の工作員ではなさそうだ。もっと位が高い。
「勿論、口外しません。ワームの卵を載せた船には全速力でこの海域から退避するよう伝えていただけますか。あなた方の船は、灯台の様子を見に行ってほしいのです」
これで二箇所に指示を出すことができる。
「お嬢さんは?」
「沖にいる船と交渉します。第一皇子妃であれば可能でしょう」
カトリン侯爵の手の者ならば、第一皇子妃が乗っていると知れば、躊躇うはずだ。動きを止められる。
「……グリフォンの騎手は俺含め二人いる。お嬢さんは俺の船に乗りな。手だれが多いし、いざとなったら逃がしてやる」
「ありがとうございます。では、ハインリヒさん、このまま灯台へお願いします」
「わかった。こっちは任せとけ」
ハインリヒが力強く言った。リュシアーナは、にこりと微笑み返す。
「あなたも灯台に向かってください。あと、剣をお借りしますわね?」
そして、リュシアーナは有無を言わさず、ついてきていた白狼の騎士から剣を奪った。驚いた彼がリュシアーナに触れるのを躊躇っている間に剣を外して、両手で抱える。
そして、メルデンの元に向かった。
「ちょっと我慢しろよ」
そう言ったメルデンは、リュシアーナを横抱きにした。たくましい腕に抱え上げられ、両手が塞がっているリュシアーナはただ身を固くするしかない。
そして、彼の商船へと乗り移る。後ろをグリフォンが付いてきた。
「カシス! 南の船に逃げるよう伝えてきてくれ!」
「おう!」
商人の一人が返事をすると、甲板にいたもう一体のグリフォンが空を駆け上がっていく。
リュシアーナは、船に降ろされて、ふうっと息を吐いた。
グリフォン商会の船は、沖へと進んでいく。空が暗くなってきた。周囲を見渡すにも、明かりがないと厳しくなってくる。
メルデンの言う通り、沖には一回り大きい船が停まっていた。船首はリーリエン港に向いている。
「船に乗り込みます。わたくしをグリフォンに乗せていただくことはできますか?」
リュシアーナはメルデンに問う。
「正気か? 戦闘になったらどうする」
「本当にカトリン侯爵の手の者であれば、わたくしには手が出せないでしょう」
「わかった……。あんた、肝が据わってんな」
リュシアーナは、メルデンのグリフォンに乗せてもらう。馬よりも幅が広く不思議な乗り心地だった。
「捕まってろ」
メルデンが背後に座り、手綱を持つと、リュシアーナは彼の腕の中に囲われたような形になる。リュシアーナは鞍を掴んだ。
ふわりと浮遊感がリュシアーナを襲う。グリフォンは力強く羽ばたいて、空を飛ぶ。
(…………っ!)
初めて空を飛んだ……。リュシアーナは感じる風に悲鳴を上げたいほどの恐怖を感じていたが、使命感でねじ伏せる。
グリフォンは勢いよく降下して、不審船の甲板に降り立つ。
「何者だっ!?」
明かりを消して近づいていたので、この船にいた者たちは、突如現れたグリフォンとリュシアーナたちに驚いた声をあげる。
リュシアーナは、震える足をドレスの裾で隠して、甲板に降り立った。カンテラの明かりが向けられる。
「――わたくしは、リュシアーナ・ボナート・ファリーナ。ファリーナ帝国の第一皇子妃ですわ」
明かりに照らされたリュシアーナは名乗りをあげて、にこりと微笑んだ。
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