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第一章 ハーレムとは
第2話 突撃!隣の匠くん
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「もう無理……分からないよ……」
教室に戻った織理の前に、匠が静かにアイスカフェラテを差し出す。
「織理お疲れ様。……やっぱり辛い?」
匠の声は普段より穏やかで、織理を労っているのが感じ取れた。
織理は目を伏せたまま、カフェラテを両手で包み込んで呟く。
「気持ちがわからないの、何で好かれてるのかも、全部」
漠然とした疑問。嫌われる経験はあっても人に好かれる経験なんて本当になかった。だから何もわからない。
「まぁ確かに織理が好かれる理由わからんわな。強いて言えば……顔?」
「顔? 気持ち悪いって言われるのに?」
織理が即座に返す声には、皮肉でも自己卑下でもない、ただ率直な疑問があった。
「織理の顔は割と可愛いと思うけど……なんか、ちょっとお人形さんみたいな感じで」
「……匠は俺の顔好き?」
言った瞬間、自分でもなぜこんなことを聞いたのかわからなくなった。けれど、問いはすでに口を出てしまっていた。
匠は一瞬絶句し、慌てたように言葉を被せる。
「やめて、俺をハーレムに巻き込まないで!! 殺されちゃうから!!」
その慌てぶりが逆に滑稽で、織理の口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「匠だったら、俺も楽なのに……」
ぽつりと漏らした言葉は、冗談のようでいて本音に近かった。
匠は小声で「可愛い……」と呟いたあと、すぐに顔をしかめて言い直す。
「いやマジでやめて。オレ、オマエ、トモダチ」
「はは、巻き込まれてお前も大変な目に遭えばいいよ」
そう笑った織理に、匠は芝居がかった声で応じる。
「悪い織理だ!! このやろー!」
その場の空気が一気に緩む。馬鹿みたいに笑って、ふざけ合って、冗談を言い合う。いつもの光景。けれど今の織理には、その普通が何よりも救いだった。
好かれる理由なんてわからない。でも、こうして自分を知ってくれている存在がいることがひとつの救いだった。
しばらくふざけあったあと、ふと匠が真面目な顔になる。
「……でも本当にどうにかしたいならさ、いっそ相手に聞いてみたら? 俺のどこが好きなの、俺と何をしたいのって」
織理は視線を泳がせ、首を横に振る。
「そんなの、聞けない……だって、好きなところなんて、認められない気がするから……」
その言葉には、自己否定と恐怖が混ざっていた。自分に価値を見出すこと自体が、織理にとっては何より難しい。人の言葉が信用できない。
匠は深く息を吐き、わずかに笑った。
「認めなくていいんだよ。ただそうなんだなぁって事にして納得できなければしなければいい。だって織理の自己認識と絶対違うし」
「……聞く意味あるのそれ」
「あるよ! あ、コイツ俺に夢とか空想被せてんな、とかさ。あるじゃん。その空想に寄り添えないなってなればお別れした方がお互い楽だし」
「……でも、無理。そんなの聞きたくない……」
織理は膝の上で手を握りしめる。アイスカフェラテの水滴が、机の上に小さな輪を作っていた。
「織理……」
匠が短く名前を呼び、急に椅子を引いて立ち上がった。
「仕方ねぇな。俺が一肌脱いでやりますか!」
「何する気、」
「俺が聞いてくる」
「え、っと、……え?」
織理は呆然と匠を見上げる。匠は親指で自分の胸をドンと叩いた。
「お前の代わりに惚気を聞いてきてやるって言ってんの。感謝しろよー」
匠は冗談めかした調子を崩さずに笑ったが、その瞳の奥は、どこまでも真っ直ぐだった。織理のために何ができるか、ずっと考えていた答えが、今ここにあった。
――――
「おい、擾繰。お前さ、織理の何が好きなん」
唐突な質問に攪真の顔は呆気に取られる。
「は……、? お前、なに言うとんの」
「答えられない、でOK? じゃあ終わり。お疲れー」
「なん、待てや! 唐突すぎるやろ」
あまりにも早い終わり宣言に、整理できていない頭で攪真は引き止める。
「織理にウザ絡みしてる奴らに調査してんの。で、咄嗟に答えられなかったからお前はダメ。これが俺じゃなくて織理だったら、『あ、やっぱり俺のことなんて……』でフラグ折れてたよ。だから終わり」
「お前織理のなんや。仲いいのはしっとったけどそこまで口出しする気か」
しかし匠はすでに踵を返していた。
「おい! 織理に伝えとけ! 俺はお前のギャップにやられたんやって。強いくせに脆いお前を守りたくなったんやって!」
――――
「弦先輩は織理の何が好きなんですか」
弦は「また唐突だね」と笑いながらも、視線を少し遠くに向けた。
「……そうだね全部、だとチープだよね。自信なさげな仕草、そして俺の手で喜んでくれる姿が可愛い。もっと色々したい、って思っちゃったんだ」
匠は内心「うげっ」と思いつつも顔には出さずに頷いた。なんか重い。しかし、それだけ本気だという事なのか。
「織理に伝えておいて」
弦は穏やかな声で続ける。
「俺は別にお前の一番になりたい訳ではないんだよ。織理が疲れた時に会いたいって思ってくれるような、ただの避難場所になりたかった。って」
「伝えはするんですけど、割とちょっと重く無いですか先輩」
「仕方ないじゃん。好きになっちゃったんだから」
――――
三人目、在琉。教室の片隅、何か本を読み耽る彼は匠の声に反応すらしなかった。
「お前は織理のなにが好きなの」
「あー、えっと誰だっけお前。あとオレ織さんのこと嫌いだから」
「お前と俺、同じクラスだろうが……!! え? なに無自覚系?」
「いや無自覚とかじゃなくて、本当に好きでは無いって。織さんにも伝えたつもりなんだけど。本当に理解力ねぇなあの人」
「じゃあ論外ってことでいいのか。選択肢二つに絞れるなら良かったね」
「は? いや織さんが誰かのものになるのは許さないけど。甚振り難くなるじゃん」
「やっぱり選択肢から外すわ。ダメだよお前……」
「じゃあ何? 良いところ言えってこと? オレより弱くて、何も出来なくて、オレに何かされても出来る抵抗もない。無力で無害な可愛い織さんが好きだよ。みたいに言えってことだろ。好きではないけど」
「面倒くせぇなこいつ……」
教室に戻った織理の前に、匠が静かにアイスカフェラテを差し出す。
「織理お疲れ様。……やっぱり辛い?」
匠の声は普段より穏やかで、織理を労っているのが感じ取れた。
織理は目を伏せたまま、カフェラテを両手で包み込んで呟く。
「気持ちがわからないの、何で好かれてるのかも、全部」
漠然とした疑問。嫌われる経験はあっても人に好かれる経験なんて本当になかった。だから何もわからない。
「まぁ確かに織理が好かれる理由わからんわな。強いて言えば……顔?」
「顔? 気持ち悪いって言われるのに?」
織理が即座に返す声には、皮肉でも自己卑下でもない、ただ率直な疑問があった。
「織理の顔は割と可愛いと思うけど……なんか、ちょっとお人形さんみたいな感じで」
「……匠は俺の顔好き?」
言った瞬間、自分でもなぜこんなことを聞いたのかわからなくなった。けれど、問いはすでに口を出てしまっていた。
匠は一瞬絶句し、慌てたように言葉を被せる。
「やめて、俺をハーレムに巻き込まないで!! 殺されちゃうから!!」
その慌てぶりが逆に滑稽で、織理の口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「匠だったら、俺も楽なのに……」
ぽつりと漏らした言葉は、冗談のようでいて本音に近かった。
匠は小声で「可愛い……」と呟いたあと、すぐに顔をしかめて言い直す。
「いやマジでやめて。オレ、オマエ、トモダチ」
「はは、巻き込まれてお前も大変な目に遭えばいいよ」
そう笑った織理に、匠は芝居がかった声で応じる。
「悪い織理だ!! このやろー!」
その場の空気が一気に緩む。馬鹿みたいに笑って、ふざけ合って、冗談を言い合う。いつもの光景。けれど今の織理には、その普通が何よりも救いだった。
好かれる理由なんてわからない。でも、こうして自分を知ってくれている存在がいることがひとつの救いだった。
しばらくふざけあったあと、ふと匠が真面目な顔になる。
「……でも本当にどうにかしたいならさ、いっそ相手に聞いてみたら? 俺のどこが好きなの、俺と何をしたいのって」
織理は視線を泳がせ、首を横に振る。
「そんなの、聞けない……だって、好きなところなんて、認められない気がするから……」
その言葉には、自己否定と恐怖が混ざっていた。自分に価値を見出すこと自体が、織理にとっては何より難しい。人の言葉が信用できない。
匠は深く息を吐き、わずかに笑った。
「認めなくていいんだよ。ただそうなんだなぁって事にして納得できなければしなければいい。だって織理の自己認識と絶対違うし」
「……聞く意味あるのそれ」
「あるよ! あ、コイツ俺に夢とか空想被せてんな、とかさ。あるじゃん。その空想に寄り添えないなってなればお別れした方がお互い楽だし」
「……でも、無理。そんなの聞きたくない……」
織理は膝の上で手を握りしめる。アイスカフェラテの水滴が、机の上に小さな輪を作っていた。
「織理……」
匠が短く名前を呼び、急に椅子を引いて立ち上がった。
「仕方ねぇな。俺が一肌脱いでやりますか!」
「何する気、」
「俺が聞いてくる」
「え、っと、……え?」
織理は呆然と匠を見上げる。匠は親指で自分の胸をドンと叩いた。
「お前の代わりに惚気を聞いてきてやるって言ってんの。感謝しろよー」
匠は冗談めかした調子を崩さずに笑ったが、その瞳の奥は、どこまでも真っ直ぐだった。織理のために何ができるか、ずっと考えていた答えが、今ここにあった。
――――
「おい、擾繰。お前さ、織理の何が好きなん」
唐突な質問に攪真の顔は呆気に取られる。
「は……、? お前、なに言うとんの」
「答えられない、でOK? じゃあ終わり。お疲れー」
「なん、待てや! 唐突すぎるやろ」
あまりにも早い終わり宣言に、整理できていない頭で攪真は引き止める。
「織理にウザ絡みしてる奴らに調査してんの。で、咄嗟に答えられなかったからお前はダメ。これが俺じゃなくて織理だったら、『あ、やっぱり俺のことなんて……』でフラグ折れてたよ。だから終わり」
「お前織理のなんや。仲いいのはしっとったけどそこまで口出しする気か」
しかし匠はすでに踵を返していた。
「おい! 織理に伝えとけ! 俺はお前のギャップにやられたんやって。強いくせに脆いお前を守りたくなったんやって!」
――――
「弦先輩は織理の何が好きなんですか」
弦は「また唐突だね」と笑いながらも、視線を少し遠くに向けた。
「……そうだね全部、だとチープだよね。自信なさげな仕草、そして俺の手で喜んでくれる姿が可愛い。もっと色々したい、って思っちゃったんだ」
匠は内心「うげっ」と思いつつも顔には出さずに頷いた。なんか重い。しかし、それだけ本気だという事なのか。
「織理に伝えておいて」
弦は穏やかな声で続ける。
「俺は別にお前の一番になりたい訳ではないんだよ。織理が疲れた時に会いたいって思ってくれるような、ただの避難場所になりたかった。って」
「伝えはするんですけど、割とちょっと重く無いですか先輩」
「仕方ないじゃん。好きになっちゃったんだから」
――――
三人目、在琉。教室の片隅、何か本を読み耽る彼は匠の声に反応すらしなかった。
「お前は織理のなにが好きなの」
「あー、えっと誰だっけお前。あとオレ織さんのこと嫌いだから」
「お前と俺、同じクラスだろうが……!! え? なに無自覚系?」
「いや無自覚とかじゃなくて、本当に好きでは無いって。織さんにも伝えたつもりなんだけど。本当に理解力ねぇなあの人」
「じゃあ論外ってことでいいのか。選択肢二つに絞れるなら良かったね」
「は? いや織さんが誰かのものになるのは許さないけど。甚振り難くなるじゃん」
「やっぱり選択肢から外すわ。ダメだよお前……」
「じゃあ何? 良いところ言えってこと? オレより弱くて、何も出来なくて、オレに何かされても出来る抵抗もない。無力で無害な可愛い織さんが好きだよ。みたいに言えってことだろ。好きではないけど」
「面倒くせぇなこいつ……」
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