優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第一章 ハーレムとは

第11話 弦の答え

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 ――織理をちゃんと求めろ。
 その言葉は深く胸を抉った。求めている、こんなにも織理が好きなのに。ただ、自分だけで織理の世界を閉ざしてしまうことが怖かった。
 織理はもっと人から愛されるべき人間だ、愛され方を知るべき人間だ、と弦は思う。彼の中にある織理に対する愛は、情欲と庇護欲の二つを兼ねていた。
 尤も庇護などと偉そうな事を言う自分には嘲笑しか浮かばなかったが。

 ――織理を求める、つまり自分を本命にして欲しいと伝える。本当にそれでいいのだろうか。
 弦は何も付けていないモニターの前でただ思考する。織理はきっと全員が「俺を選べ」と言えば一人も選べなくなる。選べない彼のいく末は自分たちの前から消える事だろう。それは弦にとって避けたい現実だった。同棲を始める前から、織理の逃げ癖は分かっていた。洗脳と言う能力を持つ以上、本気で拒絶されれば痕跡もなく記憶にも残らず消えるだろう。
 だから弦は選択させないために『三番目でもいいから』と言ったのだ。それは本心であるし、精一杯の譲歩でもある。1番になる意味がわからないし、織理を求めるが故に争うのもまた彼を傷つけるだろう。

「はぁ、だっさい。年下に説教されちゃった」

 一人、部屋で呟く。――あの子はすごい、織理に彼のような親友がいて本当に良かった。でも願わくば俺はあれになりたかった。辛い時に頼られて、たわいもない話で笑って。
 だが情欲を覚えてしまった時点でその資格も無くなった。
 織理を抱きしめたくて、恋人にしたくなってしまった。ずっと俺のものにしたくて、本当は二人で誰も知らない土地へ飛びたいくらいに。

 それをはじめに伝えられたら違ったのかな。弦はそんな事を考えたが、これを選択したくなかった。本能的な欲求、そんなものに絆されて織理の選択を奪いたくなかった。
 こう考えるほどに自分の中には二つの欲望がある。だからどっちつかずなんだ、自嘲して顔を手で覆う。天井をそのままぼーっと見ながらただ頭を整理する。自分の在り方について。
 手元のスマホで織理へメッセージを送る。ただ……いつ帰ってくるのか、と伝えたいことがあるとだけ。――これだって怖いだろうな、怒られるかのように思うかもしれない。でも行動しなければ織理が苦しみ続けるだけだと、そう言い聞かせて。

 織理が帰宅したのはその1時間後だった。

 ――「話したいことがある」、その言葉ほど怖いものはない。嫌われたのか、怒られるのか、弦に限ってそんなことはないと思いつつも織理は重い足取りで弦の部屋を叩く。

「帰りました、弦……さん?」
「おかえり、織理……ごめんね、呼び出しちゃって」

 弦は織理を部屋に上げた。ソファへ座るように促して、扉を閉めた。

「織理……俺今から自分勝手な事を言うけど、嫌だったら逃げてね」

 その声色は優しく、織理はきょとんとした顔をする。――その顔も可愛い。そんな考えを飲み込み、一呼吸おいて口を開く。

「……俺は織理の一番になりたい。お前が欲しいものも全部あげる、織理が何も分からなくなるなら……全部俺が指示したっていい。だから、俺と付き合ってください」

 ――格好の良い告白の言葉なんて浮かばなかった。だからこれは全部本心、でもその本心は今までだって見せてきたつもり。けれど、こうしてあらためて言葉にしなければならなかった。

「お、れなんかで良ければ……? でも、攪真と在琉は……?」
「他の男の名前なんて出すなよ……なんて言わないけど、そうだねぇ、織理があいつらを好きなら断ってくれていいんだよ。もしくは……3人に可愛がられる覚悟があるなら続けるけど」

 そう言ってしまえば織理は俯く。彼は選べない、けれど本心はどこかにあるはずだ。
 ――別にこのまま織理を共有し続けたって良い。俺は最初からそれを望んでたんだから。ただ織理が耐えられないと言うならばどれか一つを選ぶか、全てを断って逃げるかしかない。断った時だけは罪悪感に苛まされるだろうが、自分の決断で断ったとなればいずれは気持ちの整理もつくだろう。
 だからこれは賭けだ。

「弦さんの事、俺も……好きです。歩調を、合わせてくれて……面倒見てもらって……でも、ひとり、だけ選ぶのは……俺、どうしたら……」
「……泣かないでよ織理。好きって言ってくれてありがとう。良いんだよ、俺を切り捨てても。別にたいしたことできてないし」
「そんな事ない!! そんな事……ない、です……弦さんと離れるのは……嫌……」
「織理……」

 織理は本当に悩んでいるのだろう。その底にあるのは申し訳ないと言う罪悪感だろうけど。どうせ、何も返せてないのに……そのあたりだろうか。多少の好意はあるだろうけど、他を捨てるほどではない。正直な子だと思う。

「織理って以外と傲慢だよね」
「ご、傲慢?」
「人のことを考えすぎるのは美徳だけど、全てに返さなきゃって考え方……それって返せると思ってるから思うんだろ? 今このタイミングが一番けりをつけるのに最適なのに、そこでも迷ってる。傲慢なのにチャンスをモノにできないから自尊心は満たされない」

 少しひどいことを言っている自覚はある。けれど発破を掛けるにはこれくらい言わないと彼は分からない。このまま壊れるくらいなら嫌われたって良いから選ばせなければいけない。

「……弦さんは、そうやって俺を人にしようとしてくる。きっと俺は変わらない、ずっと悩んで貴方に何も返せない……」
「別に勝手にしてるから返す必要ないけどね。だから最初に言った。都合のいい男にしてくれて構わないって、あれ本心だから。使い捨てていいよ、それで俺は幸せな時間を買うんだから」

 織理のそばへと体を寄せる。そしてそのまま抱きしめた。

「嫌なら突き放して。そばに置いとくならこのまま少し抱きしめさせて」
「弦さん……本当に、いいんですか……? 俺は、貴方を……幸せには」

「やっぱり傲慢だね。勝手に幸せになるから何も気にしちゃダメだよ。あの二人はともかくとして、俺は好きな人のために献身する自分に酔えるから」
「ふ、ふふ……何ですかそれ……まだうまく整理できないけど……弦さんの好きにしてください。きっと俺もそれが居心地いい、から」

 唇に何か当たる、それが織理からのキスだと気がつくのに少し時間がかかった。この子が?

「前に言ってた……やりたいようにしていいって……だから……」
「嬉しいよ、織理……じゃあ俺からもね」

 弦は彼を引き寄せ、唇を重ねる。拙いけれど確かなもの、互いに離れるのが惜しくてそこからしばらく重なり続けた。
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