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第二章 猫耳事変
第1話 猫耳
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その日、彼らには衝撃が走った。
「し、しきり? なんやその、耳?」
「にゃ、ぁ」
猫のような声で返したのは、頭から猫の耳のようなものが生えている織理だった。出かけてくると言ったのは午前中の事で、今は夕方。この短時間に何があったのか、と攪真は聞きたい事は色々あった。
「見た目だけなんか? 何か他に妙なところとか……」
「にゃ、ぃ……と、おも、う……」
織理の声はいつも以上に小さい、と言うより言葉に混じる鳴き声を抑えるために喉を締めている様だった。
――人を獣化させる能力、それ自体はいる事はいるんだよな……だから、織理のこれも数日しないうちに治りはするだろうけど。
ここが異能力のありふれた世界であるからこそ、この程度であればあり得なくもないと処理はできる。そしてその持続時間だって精々3日がいいところだ。永遠に、などと成れば代償が計り知れない。
ただ、それはそれとして、話しにくそうな織理を心配する気持ちもある。
攪真は織理に手を伸ばした。
「とりあえず、一回みせてもろてもええか? 変な話やけど、こう、引っ張ったら取れたりとか……」
「や!!」
織理はとてとてと攪真の横を過ぎ去っていった。
――あの様な返事をする性格だったか? と攪真の疑念はさらに深まる。とはいえ確かに動く耳を引っ張られるなんて言われたら逃げたくもなるか、と少し反省した。
――――
少し時間が経てば弦と在琉が帰宅する。リビングのソファで丸くなって眠る織理のそばには攪真の姿。
またこいつらリビングでいちゃついてんのか? 弦が苦笑いを溢し二人に近づき、そして絶句した。
「か、かわ……かわいい……」
丸くなる織理の頭には髪の毛と同じ色の猫耳。たまにピク、と動く様は本物の様だ。尻尾はしなやかに長く、足の間に収まっている。
断然猫派の弦は声を抑えつつも感極まっていた。前々から可愛い可愛いと言ってはいたがこれは兵器だ、よしよししたい、ツナ缶あげたい!! 彼は所謂猫の奴隷系に近いタイプの人間だった。
その弦の言葉を受けて在琉も覗き込む。
「なにが、って……は? 織、さん? え?」
こちらは完全に処理が追いつかない。いくら能力のある世界といえど知らぬ間に同居人が猫耳を生やしていたら思考も止まると言うものだ。
「静かにしてな……、今寝ついたところやから」
攪真が口に指を当て、静かにとポーズをとる。とはいえ聞きたいこともあるが。
「織さん~起きろ起きろー」
「何しとんの在琉」
言った側から在琉は織理の耳の付け根あたりを手で往復する。いくら態度が軟化しても在琉は在琉、織理に嫌がらせしたくなる感情は消えない。いやむしろこれも彼の自覚ない、猫への興味だった。その証拠に撫でる手はいつもより全然優しく、毛に逆らうこともない。
「ん、ぅ……にゃ……」
すり、とその手に頭が押しつけられる。在琉は止まった。キャパシティオーバーで。半分眠ったまま、ただ心地よかったから頭を擦り付けた。誰が見てもそうとしか思えない。
そんな在琉を置いて弦と攪真は話す。
「……どうしよう、織理のこと猫可愛がりしたい」
わなわなと震える弦は普段の様子とはだいぶ違った。腕を抑えるようにもう片腕で手首を掴む。その様子に攪真が小さく笑った。
「俺も正直耐えられへん。けど、まだ少し慣れへんみたいでさっきまでは気が立っとったみたいやで」
それはそうだろう。いきなりこんな事になって、はいそうですかと済ませるほうが珍しい。いくら織理が大人しく消極的とはいえ、やり場のない感情の一つや二つ覚えるだろう。
「夕飯とか普通に食べられるのかな……ちょっと買い出し行ってくるね」
弦は帰ってきたばかりながらまた外に出ていった。求めるのは刺身か寿司、もしくは焼き魚用の開き。その行動力の速さには毎回驚くものがある。
そんな最中、織理は僅かに身動いだ。
「に、ぁ……、ざ、いる?」
「あ、起きた」
在琉の手は依然として耳の辺りをもちゃもちゃしていた。
「ん、ん……もっと、……そこ、なでて……」
とろんとした目で続きを乞う織理に、在琉はやっぱり脳が理解を拒みかけた。
「あ……は? 本当に畜生と同じ感じなんだ。首輪つけてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「な、可愛いやろ。俺もちょっと首輪はつけたくなったわ」
在琉の言葉に攪真も共鳴する。こればかりは仕方がない事だった。あまりにも織理が猫の様で、似合うだろうと考えてしまうのは自然なことだと攪真は思う。
小動物を可愛がりたい気持ちと純粋に甘えられて嬉しい気持ちと、在琉に関してはそこにさらに小動物に嫌がらせしたい気持ちとで、ごちゃごちゃになる頭の中は混乱を極めていた。
「在琉、猫飼った事あるん? 猫はな、この尻尾の付け根とかも喜ぶ奴が多いんや」
織理の尾骶骨部分を軽く指でなぞる。尻尾が立ち上がり、僅かに足先が伸びる。
「……なんか、すごく変な気持ちになるんだけど。殺したい、に近い気持ちと言うか」
「それは、多分織理のエロさにやられてるだけちゃうか……? 殺さんといてな」
在琉の物騒なセリフに攪真は冷静に返す。少しズレた感覚を持つ在琉のことだ、その殺意のような気持ちも愛か何かだろう。攪真は当てをつける。
在琉は攪真の言う様に尾骶骨を撫でる。びくん、と僅かに跳ねる体に、やはり変な気持ちになる。それがエロいと言う意味なのかは在琉にはわからない。
「ぁ、ん……そこ、……す、き……」
「……攪真、オレ今日はダメかも。織さん素直すぎて、なんか……なんかわからない」
在琉は手を離しリビングから離れていく。少し物足りなそうな織理を、今度は攪真が只管撫でた。
「アイツ可哀想やな……マジで可愛いとかエロいって感想が出てこうへんのか……」
何言ってんだこいつ、と僅かに残る正気で織理は思いつつも、そのまま撫でられるのを受け入れた。
「にゃ……ん、」
すりすりと攪真の太腿に頬を擦り付けながらただ寝転がる。尻尾が無意識にぱたんと揺れて、喉も鳴る。夢見心地とはこの事だろう、そんな風に。
「……そのうち俺も耐えられへん様になるわ」
攪真のぼやきを聞くものは誰も居なかった。
「し、しきり? なんやその、耳?」
「にゃ、ぁ」
猫のような声で返したのは、頭から猫の耳のようなものが生えている織理だった。出かけてくると言ったのは午前中の事で、今は夕方。この短時間に何があったのか、と攪真は聞きたい事は色々あった。
「見た目だけなんか? 何か他に妙なところとか……」
「にゃ、ぃ……と、おも、う……」
織理の声はいつも以上に小さい、と言うより言葉に混じる鳴き声を抑えるために喉を締めている様だった。
――人を獣化させる能力、それ自体はいる事はいるんだよな……だから、織理のこれも数日しないうちに治りはするだろうけど。
ここが異能力のありふれた世界であるからこそ、この程度であればあり得なくもないと処理はできる。そしてその持続時間だって精々3日がいいところだ。永遠に、などと成れば代償が計り知れない。
ただ、それはそれとして、話しにくそうな織理を心配する気持ちもある。
攪真は織理に手を伸ばした。
「とりあえず、一回みせてもろてもええか? 変な話やけど、こう、引っ張ったら取れたりとか……」
「や!!」
織理はとてとてと攪真の横を過ぎ去っていった。
――あの様な返事をする性格だったか? と攪真の疑念はさらに深まる。とはいえ確かに動く耳を引っ張られるなんて言われたら逃げたくもなるか、と少し反省した。
――――
少し時間が経てば弦と在琉が帰宅する。リビングのソファで丸くなって眠る織理のそばには攪真の姿。
またこいつらリビングでいちゃついてんのか? 弦が苦笑いを溢し二人に近づき、そして絶句した。
「か、かわ……かわいい……」
丸くなる織理の頭には髪の毛と同じ色の猫耳。たまにピク、と動く様は本物の様だ。尻尾はしなやかに長く、足の間に収まっている。
断然猫派の弦は声を抑えつつも感極まっていた。前々から可愛い可愛いと言ってはいたがこれは兵器だ、よしよししたい、ツナ缶あげたい!! 彼は所謂猫の奴隷系に近いタイプの人間だった。
その弦の言葉を受けて在琉も覗き込む。
「なにが、って……は? 織、さん? え?」
こちらは完全に処理が追いつかない。いくら能力のある世界といえど知らぬ間に同居人が猫耳を生やしていたら思考も止まると言うものだ。
「静かにしてな……、今寝ついたところやから」
攪真が口に指を当て、静かにとポーズをとる。とはいえ聞きたいこともあるが。
「織さん~起きろ起きろー」
「何しとんの在琉」
言った側から在琉は織理の耳の付け根あたりを手で往復する。いくら態度が軟化しても在琉は在琉、織理に嫌がらせしたくなる感情は消えない。いやむしろこれも彼の自覚ない、猫への興味だった。その証拠に撫でる手はいつもより全然優しく、毛に逆らうこともない。
「ん、ぅ……にゃ……」
すり、とその手に頭が押しつけられる。在琉は止まった。キャパシティオーバーで。半分眠ったまま、ただ心地よかったから頭を擦り付けた。誰が見てもそうとしか思えない。
そんな在琉を置いて弦と攪真は話す。
「……どうしよう、織理のこと猫可愛がりしたい」
わなわなと震える弦は普段の様子とはだいぶ違った。腕を抑えるようにもう片腕で手首を掴む。その様子に攪真が小さく笑った。
「俺も正直耐えられへん。けど、まだ少し慣れへんみたいでさっきまでは気が立っとったみたいやで」
それはそうだろう。いきなりこんな事になって、はいそうですかと済ませるほうが珍しい。いくら織理が大人しく消極的とはいえ、やり場のない感情の一つや二つ覚えるだろう。
「夕飯とか普通に食べられるのかな……ちょっと買い出し行ってくるね」
弦は帰ってきたばかりながらまた外に出ていった。求めるのは刺身か寿司、もしくは焼き魚用の開き。その行動力の速さには毎回驚くものがある。
そんな最中、織理は僅かに身動いだ。
「に、ぁ……、ざ、いる?」
「あ、起きた」
在琉の手は依然として耳の辺りをもちゃもちゃしていた。
「ん、ん……もっと、……そこ、なでて……」
とろんとした目で続きを乞う織理に、在琉はやっぱり脳が理解を拒みかけた。
「あ……は? 本当に畜生と同じ感じなんだ。首輪つけてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「な、可愛いやろ。俺もちょっと首輪はつけたくなったわ」
在琉の言葉に攪真も共鳴する。こればかりは仕方がない事だった。あまりにも織理が猫の様で、似合うだろうと考えてしまうのは自然なことだと攪真は思う。
小動物を可愛がりたい気持ちと純粋に甘えられて嬉しい気持ちと、在琉に関してはそこにさらに小動物に嫌がらせしたい気持ちとで、ごちゃごちゃになる頭の中は混乱を極めていた。
「在琉、猫飼った事あるん? 猫はな、この尻尾の付け根とかも喜ぶ奴が多いんや」
織理の尾骶骨部分を軽く指でなぞる。尻尾が立ち上がり、僅かに足先が伸びる。
「……なんか、すごく変な気持ちになるんだけど。殺したい、に近い気持ちと言うか」
「それは、多分織理のエロさにやられてるだけちゃうか……? 殺さんといてな」
在琉の物騒なセリフに攪真は冷静に返す。少しズレた感覚を持つ在琉のことだ、その殺意のような気持ちも愛か何かだろう。攪真は当てをつける。
在琉は攪真の言う様に尾骶骨を撫でる。びくん、と僅かに跳ねる体に、やはり変な気持ちになる。それがエロいと言う意味なのかは在琉にはわからない。
「ぁ、ん……そこ、……す、き……」
「……攪真、オレ今日はダメかも。織さん素直すぎて、なんか……なんかわからない」
在琉は手を離しリビングから離れていく。少し物足りなそうな織理を、今度は攪真が只管撫でた。
「アイツ可哀想やな……マジで可愛いとかエロいって感想が出てこうへんのか……」
何言ってんだこいつ、と僅かに残る正気で織理は思いつつも、そのまま撫でられるのを受け入れた。
「にゃ……ん、」
すりすりと攪真の太腿に頬を擦り付けながらただ寝転がる。尻尾が無意識にぱたんと揺れて、喉も鳴る。夢見心地とはこの事だろう、そんな風に。
「……そのうち俺も耐えられへん様になるわ」
攪真のぼやきを聞くものは誰も居なかった。
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