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第二章 猫耳事変
第5話 ヘタクソな言い訳
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翌朝、織理はいつもより早く目が覚めた。朝の四時だ。
「にゃ……」
鳴きかけて口を閉じる。まだ弦は眠っている、起こすのは良くない。しかし目が冴えてしまった織理はそのままこっそりと部屋を出た。水でも飲みに行きたい。
水道を捻ると水が流れる。そんな当たり前の景色が妙にソワソワする。――舌を出して直接舐めたい気がする。織理はほんの少し首を振ってコップに水を汲む。コップ……コップで飲むのは変な感じだ。
織理はその感覚に少し嫌な予感がした。食べる時ですら手から貰っていたが、まさか、悪化しているのでは。このまま猫化が進行して本物の猫になったらどうしよう、そう恐怖を抱くと同時に『それはそれで楽かもしれない』とも思う。
――だって、少なくとも弦が可愛がってくれる。撫でられる心地よさを覚えてしまうと、もっともっとと強請りたくなる。それは恥ずかしい行いだと分かるのに、心の奥でその欲求が抑えられなかった。暖かくて、安心して、何より庇護される。初めての感覚にずっと浸かっていたくて仕方がなかった。
「……でも、攪真と在琉は」
あの二人は自分を嫌がっていた。なんだかんだで攪真は散々織理を愛してるだの抱きたいだのと言っておいて、この状況になったら消えるのだからやっぱり信用ならない。
在琉に関してはなんとも言えなかった。彼が自分を恐れるなんてあり得ないことだ、と織理は考えているので素直に猫自体が嫌いか結局愛してるとやらも嘘だったのかの二つだろう。
それを考えると少し気分が落ち込む。漸く四人での暮らしに慣れてきたところでのあの態度は、寂しさと、また捨てられるのだろうという諦観を掻き立てる。
ただ、弦に依存しきるのも怖い。あの人だって自分を嫌になる日が来るかもしれない、その予防線だけは張っておかないと自分は壊れてしまう。
コップを手に持ったままリビングへ、織理は定位置の様にソファに座る。二度寝する気にはならなかった。むしろ、構って欲しい気持ちが燻っている。
「うぅ……! にゃぁ、!」
やり場のない欲求を鳴き声で発散する。本当に嫌だった。自分一人で満足できない状況が。それを自制できなくなっている現状が。
外にでも行こうか、けれどこの見た目と言葉の出せない状況で行くのは不安しかない。
考えていると2階から物音がした。誰か起きたのかもしれない、織理の耳はピンと立つ。トントンと階段を降りる音がして、そちらに目を向けた。
「お、織理早いなぁ。おはようさん」
「にゃぁ」
攪真だ、普段と同じ様に笑っている。織理は少しだけ安心した、憎悪でも向けられようものなら流石に辛かったから。
「目、覚めちゃって……」
「猫は朝方活動的になるからなぁ……やっぱりその辺も猫によってんねや」
昨日逃げたのはなんだったのかと思うほど攪真の様子が普通であることに織理は首を傾げる。嫌われたわけではないのだろうか。
「……朝、何もできない」
流石の織理も寝ている人を起こすほど、猫に染まってはいない。心地よさそうに寝ている弦を叩き起こすなど尚更だ。
「うーん、……玩具とか振ってみるか?」
攪真は自身の髪を縛っているマゼンタのリボンを指にかける。そしてそれをゆらゆらと動かしてみた。
別に攪真も猫扱いに目覚めたわけではない。ただ猫の機嫌を取ろうと思えば浮かぶのはおやつか玩具だ。織理が猫に引っ張られて早起きしているなら、暇つぶしもそちらに寄せただけのこと。
しかし玩具とは、織理は怪訝な目を向ける。もうそんな歳でもないのに、に近い感覚だろうか。
「どや? なんか目で追いたく……なっとるみたいやな」
髪の根元で揺れるリボン、確かに飛びかかりたくなる。織理はそこに手を伸ばした。
ソファから身を乗り出した織理を攪真が支える。そのまま織理はリボンに触れた。だが触れると別に面白くはなかった。あんなに魅力的に見えたのに、不思議だ。
織理はまた首を傾げる。
「猫は動くもん好きやからなぁ。羽とかぬいぐるみ以外は、そのまま放置されることも多いけどな」
とはいえ織理のサイズでぬいぐるみなど用意してもあまり意味はないだろう。と言うか二足歩行の人間にぬいぐるみを抱きながら蹴るなどと言う芸当は難しい。
「とりあえず紐でも結んでみよか、少しは気がまぎれるかもしれんし」
正直それでいいとは攪真も思ってないが、全てが手探りだ。とは言え紐、紐なんて持ってない。
こりゃホームセンター行ってくるかなぁ、などと攪真が口にしていると織理がふと口を開いた。
「……攪真、撫でてくれないの?」
その言葉に攪真はギクリとした。意図的にそうしなかった。――わざと玩具の話をしてみたのに! そう攪真は選んだのだ、撫でないことを。
昨晩で痛感した、夜だってムラムラして眠れなかった。自分には弦の様に理性で避けることも、在琉の様に物理的に避けることもできない。と慣ればできることは限られてくる、そもそもその雰囲気にならないことだ。
「あー、その……今日は撫でたくない気分で……」
なんだその言い訳、自分で言っておきながら酷いものだと自嘲する。しかしそう言われて追求できる織理ではない。どこか腑に落ちないが、そう……と触れないことにした。少しだけ気まずい雰囲気が流れる。
織理はなんとなく居心地が悪くて2階に上がることにした。結局弦に求める事にしたのだった。
「にゃ……」
鳴きかけて口を閉じる。まだ弦は眠っている、起こすのは良くない。しかし目が冴えてしまった織理はそのままこっそりと部屋を出た。水でも飲みに行きたい。
水道を捻ると水が流れる。そんな当たり前の景色が妙にソワソワする。――舌を出して直接舐めたい気がする。織理はほんの少し首を振ってコップに水を汲む。コップ……コップで飲むのは変な感じだ。
織理はその感覚に少し嫌な予感がした。食べる時ですら手から貰っていたが、まさか、悪化しているのでは。このまま猫化が進行して本物の猫になったらどうしよう、そう恐怖を抱くと同時に『それはそれで楽かもしれない』とも思う。
――だって、少なくとも弦が可愛がってくれる。撫でられる心地よさを覚えてしまうと、もっともっとと強請りたくなる。それは恥ずかしい行いだと分かるのに、心の奥でその欲求が抑えられなかった。暖かくて、安心して、何より庇護される。初めての感覚にずっと浸かっていたくて仕方がなかった。
「……でも、攪真と在琉は」
あの二人は自分を嫌がっていた。なんだかんだで攪真は散々織理を愛してるだの抱きたいだのと言っておいて、この状況になったら消えるのだからやっぱり信用ならない。
在琉に関してはなんとも言えなかった。彼が自分を恐れるなんてあり得ないことだ、と織理は考えているので素直に猫自体が嫌いか結局愛してるとやらも嘘だったのかの二つだろう。
それを考えると少し気分が落ち込む。漸く四人での暮らしに慣れてきたところでのあの態度は、寂しさと、また捨てられるのだろうという諦観を掻き立てる。
ただ、弦に依存しきるのも怖い。あの人だって自分を嫌になる日が来るかもしれない、その予防線だけは張っておかないと自分は壊れてしまう。
コップを手に持ったままリビングへ、織理は定位置の様にソファに座る。二度寝する気にはならなかった。むしろ、構って欲しい気持ちが燻っている。
「うぅ……! にゃぁ、!」
やり場のない欲求を鳴き声で発散する。本当に嫌だった。自分一人で満足できない状況が。それを自制できなくなっている現状が。
外にでも行こうか、けれどこの見た目と言葉の出せない状況で行くのは不安しかない。
考えていると2階から物音がした。誰か起きたのかもしれない、織理の耳はピンと立つ。トントンと階段を降りる音がして、そちらに目を向けた。
「お、織理早いなぁ。おはようさん」
「にゃぁ」
攪真だ、普段と同じ様に笑っている。織理は少しだけ安心した、憎悪でも向けられようものなら流石に辛かったから。
「目、覚めちゃって……」
「猫は朝方活動的になるからなぁ……やっぱりその辺も猫によってんねや」
昨日逃げたのはなんだったのかと思うほど攪真の様子が普通であることに織理は首を傾げる。嫌われたわけではないのだろうか。
「……朝、何もできない」
流石の織理も寝ている人を起こすほど、猫に染まってはいない。心地よさそうに寝ている弦を叩き起こすなど尚更だ。
「うーん、……玩具とか振ってみるか?」
攪真は自身の髪を縛っているマゼンタのリボンを指にかける。そしてそれをゆらゆらと動かしてみた。
別に攪真も猫扱いに目覚めたわけではない。ただ猫の機嫌を取ろうと思えば浮かぶのはおやつか玩具だ。織理が猫に引っ張られて早起きしているなら、暇つぶしもそちらに寄せただけのこと。
しかし玩具とは、織理は怪訝な目を向ける。もうそんな歳でもないのに、に近い感覚だろうか。
「どや? なんか目で追いたく……なっとるみたいやな」
髪の根元で揺れるリボン、確かに飛びかかりたくなる。織理はそこに手を伸ばした。
ソファから身を乗り出した織理を攪真が支える。そのまま織理はリボンに触れた。だが触れると別に面白くはなかった。あんなに魅力的に見えたのに、不思議だ。
織理はまた首を傾げる。
「猫は動くもん好きやからなぁ。羽とかぬいぐるみ以外は、そのまま放置されることも多いけどな」
とはいえ織理のサイズでぬいぐるみなど用意してもあまり意味はないだろう。と言うか二足歩行の人間にぬいぐるみを抱きながら蹴るなどと言う芸当は難しい。
「とりあえず紐でも結んでみよか、少しは気がまぎれるかもしれんし」
正直それでいいとは攪真も思ってないが、全てが手探りだ。とは言え紐、紐なんて持ってない。
こりゃホームセンター行ってくるかなぁ、などと攪真が口にしていると織理がふと口を開いた。
「……攪真、撫でてくれないの?」
その言葉に攪真はギクリとした。意図的にそうしなかった。――わざと玩具の話をしてみたのに! そう攪真は選んだのだ、撫でないことを。
昨晩で痛感した、夜だってムラムラして眠れなかった。自分には弦の様に理性で避けることも、在琉の様に物理的に避けることもできない。と慣ればできることは限られてくる、そもそもその雰囲気にならないことだ。
「あー、その……今日は撫でたくない気分で……」
なんだその言い訳、自分で言っておきながら酷いものだと自嘲する。しかしそう言われて追求できる織理ではない。どこか腑に落ちないが、そう……と触れないことにした。少しだけ気まずい雰囲気が流れる。
織理はなんとなく居心地が悪くて2階に上がることにした。結局弦に求める事にしたのだった。
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