優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第三章 猫の余韻と自分の心

第4話 事後的な雰囲気

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 間もなくして下の階から物音がした。

 その音で在琉は意識が戻る。――いつの間にか眠っていた。隣に眠る織理は少し寝苦しそうだ、そこでふと『せめて拭いてあげないと気分悪いか。あんだけ舐めたんだし』と思い至る。
 濡れタオルでも持ってこよう、織理を起こさない様に静かに起き上がる。

 トントンと刻みよく一階へ降りていくと、玄関には弦がいた。買い物帰りなのか手には袋が握られている。

「お、在琉だ。ただいま~、てか猫耳生えてるけど」
「知ってる。おかえりなさい」

 時間差で攪真も在琉も猫耳か、と弦は絵面の微妙さに苦笑する。それでも織理の時の様な精神への侵食が見られない事に、弦はこれを放っておく事にしている。これほど軽度ならおそらく明日には治っているだろう。

「織理は?」
「寝てる」
「そうなの、晩御飯買ってきたのに……ま、後であげるか」

 袋を持ち直し弦はそのまま在琉の横をすり抜ける。その時ふと、どことなく不快なタンパク質の変容した様な匂いが鼻につく。

「……在琉、織理となんかした? あの、……言いたくないけど情事の匂いがする」

 遠回しに性の匂いが強いと弦は伝えた。これが攪真ならまぁ健全な男だし、だったのだが在琉となると話は別だ。なんせこの男にそういった欲は備わっていないことを弦は知っている。そして万に一つでもするとしたら織理しかいない。

 最近の在琉は幾らか丸くなったとは言え、元が割とサディスト気味だ。ピアスを開けたり首輪をつけたりとそのSMじみた行動を知ってる弦としては、織理が普通に抱かれたのか否かが割と不安だった。

 しかし在琉はその質問に疑問を返す。

「情事は多分してないと思いますけど……」

 彼の中での情事とは生殖行為のことだった。つまり種を遺す行為、故に今回は合致していない。
 弦はそのズレをなんとなく感じ取った。そもそも好意と嫌悪の境界すらブレている男に真っ当な感覚があると、弦は考えていなかったので。

「そう? 織理にピアス開けたりしてない? 首締めとか拘束とかも大丈夫?」
「弦さん、あなたオレの事割と信用してませんね」
「しないよ。前科者だもん」

 そこにギスギスした空気はなくお互いただ事実を言っているだけだった。ともかく物理的に酷いことをされてないなら良いか、と弦は着地する。わざわざ行為の内容を聞くのは野暮だろう。同居人に悟られる事の気まずさ位は想像が付く。

「もし性行為とかしたならケアしてあげてね。拭くのもそうだけど、水分とか結構抜けるから」

 弦はとりあえず知識のなさそうな在琉へ助言する。

「あんたはオレの母親か何かのつもりなんです? ……でもわかりました。水持っていきます」
「やっぱなんかしてんじゃねぇかよこいつ」



 ――――



「織さん、水飲める?」
「ん、……在琉……? ありがと……」

 微睡んでいた織理は在琉の声に起きた。差し出されたペットボトルの水を飲めば頭がスッとする。外を見ればもう夜になっていた。

 ――シャワー浴びたいからって少し休むつもりだったのに。眠る前の考えが過った時、いつの間にか体の不快感もなくなっていることに気がついた。

「在琉、もしかして拭いてくれた……?」

 在琉がそんなことしてくれるなんて、と割と酷い事を思いつつ問えば彼は頷いた。

「まぁ。なんか寝苦しそうだったので。それに弦さんからも言われて」
「え、……弦さんこれ見たの……?」

 織理の顔が一瞬にして青くなる。こんな醜態見られていたなら恥ずかしい。

「見てない。ただなんか匂いがするって、織さんの事心配してた」

 結局織理は青ざめた。――どう考えても自分の吐精した匂いが残ってたからではないか? だって在琉は一切そんなことないのだから。これは何処かで弦には隠しておきたかったと願う、後ろめたさからくる羞恥だ。

 そして何より、胸だけで何度も吐精している事実は割と性に疎くても問題があることがわかる。熱に浮かされた頭で随分在琉に強請ってしまったのがまた織理を辱める。

 あれほど乱れた自分にも失望がありつつ、それを裸すら見せていない(と織理は思っている)弦に知られたことへの恐怖。何処かであの人にだけは淫らで卑しい自分を知られたくなかった。
 そうして顔色の変わる織理を在琉はじっと見ていた。

「別に織さんのことをなんとも思わないと思いますけどね、あの人。気味悪いくらいに落ち着いてて、ただ織さんを心配してるだけと言うか……」
「弦さん……」

 在琉の言葉に無意識に安心する。少なくとも在琉の前で弦はいつも通りだったと言うことだ。織理を嫌った様子もなかったと言うことで。

 ――やっぱりあの人は優しい、と言うか一つ上の先輩なのにどうしてここまで自分と違うのだろう。

「で、体の調子は? なんか、結構変な悲鳴あげてたから痛いとことか……」
「あ、あれは……ただ気持ちよかっただけで、悲鳴では無いというか……」

 変なところで気遣ってくれる在琉に羞恥と共に笑いが溢れる。

「……ところで在琉は苦しく無いの? あの、俺の要求だけ聞いてたような、気がするんだけど……」
「顎が疲れたくらい? 別にあの程度で苦しくなることなんてないけど」

 織理は微妙な顔をする。そうじゃなくて、と言いたいが言って良いものか。一度も在琉が精を吐き出していないことに色々な不安がある。与えてもらっただけで在琉は気持ちよくなかったのでは、とかそんなに自分に対して興奮はしないのだろうか、とか。別に興奮して欲しいわけでも無いけれど自分だけが在琉を求めているのは何となく寂しい。

 そこまで考えて織理は首を振る。自分がこうやって人に熱を求めている事実が恐ろしくなってきたからだ。
 ――この家に来てからどんどん自分は強欲になっている。前はあんなに人と関わりたくなかったのに今は好かれたくて求められたくて仕方がない。その変化に気がついてしまうと自分が変なものになったような気がして恐ろしくなる。

「織さん……?」

 在琉の心配そうな顔、前の在琉ならありえない表情。自分の中でうまく整理できない。

「少し……外で空気吸ってきて良い? 少し、疲れたのかも」
「どうぞ、織さんの体のことはわからないから勝手にして」

 これは突き放しではなく本当のことを、彼なりに優しく言ってるだけだ。織理は言葉に甘えて外に出る。

 何か不安なときは弦か匠に相談したくなる。ただ、一度もそういったことをしていない弦に、事細かに流れを言いたくはない気がして、織理は匠の元に向かった。
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