優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第三章 猫の余韻と自分の心

第6話 それぞれの求めるもの

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 攪真の言葉を聞いた後、織理の中には確かめたいことが出来た。弦のことだ。
 弦の部屋の扉を叩く。中から気怠げな返事が返ってきて、織理は中へ入った。大きなベッドに横になりながらゲームをしていたらしい彼は、手を止めて織理に顔を向ける。

「あれ、織理だ。どうかしたの、部屋に来るの久々だね」
「急にごめんなさい……聞きたいことがあって」
「謝ることじゃないよ。聞きたいことって?」

 弦は穏やかに返す。こうして見ていると別にこの人が自分に対して攪真よりも重い愛を持っているようには感じない。どこまでも呼吸しやすいいつもの弦だ。

 織理は思い切って口を開いた。

「弦さんって……俺のこと閉じ込めたいとか、思いますか?」
「んー? 唐突だねぇ。そんなことを言ったのは誰? 攪真でしょ」

 何でわかったんだろう。織理が目を見開くと弦は笑った。

「やっぱり。アイツ、自分のことまともだと思ってるんだろうけど、織理を閉じ込めたがってるのアイツだよ。それを俺に転換してるだけ。俺は織理が望まなければ閉じ込めないよ、だって俺が家にずっといられないし」

 そういうものなのだろうか。織理は頭を傾げる、でも確かに執着が目に見えて強いのは攪真の方だ。すぐに能力を無意識に発動しているあたり本当に。

 でもそうなると結局弦は自分に何も求めていないということになってしまう、それは嫌だった。

「弦さんは、俺にどんなことしたいとかあるんですか……?」

 告白はされた、でもその時に何も求められてはいない。ただそばにいて欲しい、それだけだった。だから息がしやすくて、けれど何かを明確に返せない。傲慢だと言われても良い、自分は弦さんにも何かを返したい。それが織理の今の思いだった。

 しかし弦は少し困ったように笑った。

「何だろうね。織理が欲しいんだけど、手を出す勇気がないんだよね」

「え?」

「俺結構奥手だったのかも~……、ダメなんだよ。織理を抱きたいって思うのに手を出したくなくて、でも織理に求められたら与えたくて、今自分のしたいことわからなくなってる」

 本当に悩んでいるかのような声に織理は驚く。全て本心に聞こえる。――弦さんでもそんなことあるんだ……。織理はこの底知れない先輩の弱さを垣間見た気がした。自分のしたいことがわからない、と言う部分に関してだけ言えば織理にも理解できるところはある。自分だって弦に何をしたいのか、言葉にできない。

「自分で満足できちゃうから、いざ人に求めようと思うとすごく難しい。だから俺も織理によくいうように頭で考えないで気持ちに従うことにはしてるんだけど……」
「弦さんの気持ち的には……?」
「ふふ、織理から言われるの面白い。じゃあさ、一緒に写真撮ってくれる?」

 予想の斜め下から来たお願いに、逆に戸惑う。そんなことなら幾らでも、織理が頷くと弦は織理の肩を抱く。そして自分のスマホを向けてインカメラにした。

「じゃあカメラの方見て、撮るよ」

 パシャ、とシャッター音が鳴った。初めてこうやって写真を撮ったからか妙な恥ずかしさを感じる。

「うん……いい感じ」

 弦はスマホを見て笑う、それが何とも幸せそうで織理は不思議だった。こんな事でこの人は満足できるのだと。
 攪真とも在琉ともまた違った織理へのお願い。これを見ると確かに在琉は在琉で意外と満足しているのではと思う気持ちも分かる。案外人に求めるものはそれぞれなのかもしれない、少し自分が求めすぎている気もするけれど。

「弦さんって、何でそんなに俺にしてくれるんですか」

「好きだからかな。俺の夢、前語ったっけ、織理となんて事ない日常を過ごして、ゲームして、休日にはゴロゴロするの。ただそばに居るだけで満たされる、そんな夢をずっと見てる」

 弦の夢は夢と呼ぶにはあまりにも素朴で、でも確かに与えるとなると難しい夢だ。織理はそれに対してどう答えて良いかわからなかった。

 まだ体を求められたほうが何倍も簡単だったのに。


 ――――


 難しい。自分なりに何かを返したかったのに思った以上に一筋縄ではなかった。攪真はとてもわかりやすいのに、他二人が潜在的に求めてるものはわからないまま。

 ――キスとか、セックスだったら俺でも答えられたのに。その考え方が淫売のそれに感じて織理は嫌だったが、本心はやはりそう思ってしまう。

 攪真との初体験を済ましてしまった織理には、体を重ねることへのハードルが下がっていた。恥ずかしいし思い出したくは無いが、けれど味わった感覚は心地よかった。
 リビングのソファで膝を抱えて考え続ける。こんなにも返したいのに、気持ちが空回る。それとも本当にこのまま過ごしていれば良いのだろうか? 攪真の様に求めてくるまで、ただずっと。

「織さん、何か悩んでます?」

 背もたれ越しに在琉が織理をのぞきこんだ。ただ世間話の様に淡々と。

「在琉……」

 最初に会った時に比べて。在琉の雰囲気は本当に柔らかくなった。それは織理でも分かる。この様に嫌味なく声をかけてくるなんて本来あり得ないことだった。

「? どうしたんですか本当に。オレがわざわざ話聞いてあげるって言ってるのに。もしかして何に悩んでるかもわからないとか?」
「いつもの在琉だ」

 気のせいだったかも。何となく嫌味っぽいのが在琉、いっそ変わりなくて安心するくらいに。ただ変わらないからこそ気楽にもなる。在琉のことは織理も多少雑に扱える。元々嫌いあっていたのもあって、恐怖以外での遠慮が浮かばないから。

「在琉はオレに何かして欲しいことない? なんでもいいよ」
「今日は特にない」
「いや今日だけじゃなくて……その、」

 口にしかけて辞めた言葉に在琉が首を傾げる。たまに見せるその仕草がどこか幼く見えて、織理はそれをつい可愛いと思ってしまう。

「……やっぱり在琉って可愛い」
「また言ってる。オレのどこが織さんみたいなの?」

 在琉の中では依然として『可愛い』は織理から使い方を教わり、織理のようなか弱い玩具を指す。やっぱり納得がいかなかった。
 織理は織理で在琉の言葉に目を丸くする。在琉の中で可愛いの定義、俺なんだ、と。それなら確かに一緒にされたくないだろう、合点が言って織理は謝る。

「ごめん……そういうつもりじゃなくて……」

 織理は少し泣きたくなった。向こうの勘違いとはいえ、人に対して自分のような何も出来ない価値のないもの呼ばわりしたのだから。

「……いやそこまで泣きそうにならなくても」

 在琉は織理の頬を撫でる。その手つきは優しく、やっぱりあの在琉がここまで自分に優しくなったのは人生の中でも上位の驚きだった。

 撫でていた手をそのまま自身の胸に戻して、在琉はぽつぽつと話出す。

「織さんのこと、多分オレは好き。でも、して欲しいことはないよ。オレやっぱり、主導権はずっと握ってたい。織さんは何も出来ないまま、オレの庇護下にいて欲しい。何もしないで、そうじゃないと……少し不安になるから」

 どこか不安気に話す在琉に織理は心臓が押し潰されそうな気持ちになった。何故かはわからない。

「在琉だけが辛くならない? それ……」

「……色々考えてみたけど、オレは物しか好きじゃない。求められるのが嫌。オレの愛……? それだけ受け取ってオレが求めたら抱きしめて。それが、オレのして欲しいこと」

 それは、織理からしてみたら最高の条件ではあった。そもそも人から判断を委ねられるのは苦手だし、求められることも得意じゃない。だから、だからこの同棲が始まった時ですら在琉の『織理に選択肢を与えない』振る舞いは楽で、あんなに痛くてもそれでも良いと思えてしまったのだ。
 けれど、この泣きそうな彼の言葉はその安心を蝕む程度に何かを訴えかけてくる。

「……在琉が、それで良いなら。嫌になったら言って」

 織理にはこれ以上踏み込む事ができなかった。だから今はそのまま受け入れる。提案されている事自体は自分にとって最も都合の良い事なのだから否定する余地もない。
 在琉はその返しに安心したように笑った。

「はは、多分嫌になった時は飽きた時だけ。思うんだよ、織さん……オレ本当に欠陥品なんだって、アイツらみたいな感覚が育ってない。認めたくなかったけど、オレが道具なんだよ。だから道具に何かをしようって思わないで、施されるのは刻印だけで良いから」
「在琉……」

 でも、それが泣きそうに見えたから織理は結局在琉を抱きしめた。在琉も織理を拒むことはなかった。
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