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第四章 王道をなぞれ!な学園編
第2話 変化する日常とそれに付随する王道的展開
しおりを挟む夏休み明けの久々の学校。とは言え何かが変わるわけでもない。どこか賑わう教室で、織理はいつも通り自分の席でぼんやりと時間を過ごす。
――変なの。外に出てしまうと、何となく全てが夢だったのではないかと思う気持ちすら湧く。常に人が一緒にいた生活を続けていたせいか、少しだけ寂しいような感覚が僅かにある。自分には無縁だと思っていた感覚、早く帰りたい。帰ってゆっくりしたい。
織理はそうして外を見る。明るい日差しは、閉じこもっている自分の心とは正反対に見えた。
寂しさを紛らわすように周囲へと耳を向ける。学友への再会に盛り上がっているようだった。織理はこれに当てはまらない。唯一の友人である匠は休み中でも割と会っていたし、在琉と攪真は家でいつも会っている。弦はそもそも学年が違うので話しかけることができない。それ以外に彼の交友関係はない、悲しいとも思わなかった。
「攪真くん~! 会えて嬉しい~!! ねぇ、久々に結菜とデートしよー!」
ふと知り合いを呼ぶ声が耳に入る。デート、そういえば攪真はモテるんだっけ。興味を持つ前に同棲に連れ込まれた織理は、今更ながらそんなこと思った。なんとなくそちらに目線を向けると、攪真の側には薄紫色の髪の女の子がいた。クラスメイトの名前も顔もまともに覚えていない織理は、彼女に特に感情がない。
言い寄られた攪真はニコニコと人好きな笑みを浮かべつつも、やんわりと断る。
「ん~、いや今はちょっとダメなんよ。そう言ってもらえて嬉しいわ」
「え~なんで? 結菜こんなに攪真くんのこと好きなのに~」
ぶー、と頬を膨らませる彼女は一般的にあざといとされる仕草で拗ねる。
――好き。改めて言葉に聞くと不思議だ。攪真にはこんなに好いてくれる子がいるのに、なんで自分と同棲してるんだろう。結菜とのやりとりを見ているとそんなことを思う。
織理の頭に嫉妬なんて物は浮かばなかった。ただ純粋に不思議。男の自分から見ても顔の整っている攪真は、言い方は悪いが選び放題だっただろうに。けれどそれを言ったら弦だってモテる男のはず。何故自分なんかと? 今更すぎる疑問が湧く。
織理が内心首を傾げていると話はヒートアップしていく。
「もしかして本命の子が出来ちゃったの? 結菜のこと遊びで終わらせるの?」
語弊がありそうな言葉に攪真はたじろぐ。彼の名誉のために言うと健全なデートまでしか受けていない。1回だけカフェと買い物に行っただけだ。
「あ、いや……そうなんやけど、そうやのうて……」
「え?」
結菜の声が一段低くなった。攪真はしまったとでも言うかの様に顔が強張る。彼は咄嗟の言い訳が何より下手だった。と言うか言い訳ですらない、殆ど自白だ。
「え~、結菜その子気になる!」
あくまで明るく言う結菜だったが、攪真も流石に馬鹿ではない。自惚だとしても嫉妬で行動に移される気がした攪真は織理の名前を上げることはなかった。それにどこまで意味があるかは別の話だが。
――これがヨルハの言ってた懸念か? いや今のは俺がミスったんやけど。
織理と付き合う前は考えたこともなかった。ただ自分をちやほやしてくれる人間に心地よさを覚えて良い顔して、それだけで良かったはずなのに。今はその過去が足を引っ張ろうとしてきているように感じる。いやまさかこんな風になるとは思っていなかったのだ。本当に。寧ろ今までどのように付き合っていたのかすら思い出せないくらいだった。
攪真は織理の方を見ない様にした。下手に結菜に勘繰られ、牙が向いてしまっては困る。尤も織理はすでに自分の世界に潜ってしまい攪真の方など微塵も見ていなかった。
救済かの如くチャイムが鳴る。結菜は納得しない様子で席に戻っていき、無意識に攪真は息を吐いた。どうしたものかと授業中、攪真はただ今後の振る舞いを考えていた。
――――
「織さん、ご飯行こ。此処居心地悪すぎ」
昼休み、在琉は織理に話しかけた。席の周囲の人間が少し驚いた様に振り向く、なぜなら在琉の口調が以前と全然違うからだ。『もっと嫌味な人物ではなかったか?』『そもそも人に関わらない奴だったはずでは』周りからしたら在琉の変化はその様な感覚を伴う。ましてその相手が織理だ、織理は織理でクラスから浮いている存在だったし、在琉に嫌がらせされているのを何人も目撃していた。目撃していようが誰も止めないあたりに、織理のクラスでの立ち位置がよくわかる。
「うん……いいよ、お昼行こっか」
だからこうして織理が在琉に従ったこと自体が異変だった。何かあったのか、と人々の興味を引くには十分な程に。
教室を出た二人はそのまま校舎裏へ向かう。屋上なんかには行かない、あそこは多くの生徒で賑わうエリアだ。
向かう途中の階段、ふと在琉は口を開いた。
「……ここ、織さんに初めて絡んだところ。覚えてる?」
織理は少し考えて首を縦に振る。経緯は忘れたが何かで他生徒と喧嘩になり殴られた後、此処で在琉とすれ違った。その時に、思わず能力を使ってしまったんだっけ。そしてそれが全く効かなかったことに恐怖したのを覚えている。
「あの時の恐怖した織さんの顔今でもはっきり覚えてる。多分あれ、可愛かったんだなって今ならわかるよ」
穏やかな顔で懐かしむように在琉は言う。
「……在琉ってなんか、俺の表情見るのが好きなの?」
「そうかもね。俺の手で表情をコロコロ変える織さんが面白いし……可愛いと思ったのかも」
織理は若干複雑だった。そんな理由であの半年間、若干の不快さを感じながら生活していたのかと。しかもあの頃は事あるごとに『嫌い』と言われ続けていた。同棲が始まるのが考えられないくらいに仲良くはなかった。手を出されることはなくても、そうされるのではと思う程度には脅威だった。
「……嫌いって言われるの嬉しくなかった」
「だって嫌いだったんだよ。でもそれだけ織さんから目が離せなかった」
照れたような、小さく笑う在琉に織理は胸を押される様だった。――やっぱり在琉、少し可愛い。
「……まぁ俺も玩具扱いされるの、すごい気が楽だったし」
「やっぱり織さんってマゾっ気ありるよね。言ってて恥ずかしくない? 自分が道具扱いされて喜ぶ変態だって暴露してるけど」
「でもだから在琉は俺が好きなんでしょ。よくわからないけど」
嫌いと明言しながら近づいてくるのは在琉だけだった。そのくせ暴力だけは振らなかったのだからかつての織理からすれば意味がわからない相手だったのは事実で。
勿論在琉本人もその頃は嫌いな相手をいじめてると言う体だったのだから、匠や弦の助力がなければ此処まで軟化することも無かっただろう。
在琉は徐に織理の耳たぶを引っ張る。そこには一番初めに開けた金のピアスが輝いている。
「織さんって律儀だよね、ずっとピアスつけてくれてる」
在琉が僅かに微笑んだ。織理は少し照れた様に下を向く。
「……なんとなく、気分が良くて。在琉の、痕跡って言うか……」
痛かったけれど物証として与えられた所有印。最初は在琉への恐怖で付けたままだったがいつのまにか馴染んでしまった。
「えへ……織さん可愛い。舌のピアスも抜かないでくれてる、前に胸にもあったもんね? 本当被虐趣味があるみたいで可愛い」
織理は何も言い返せなかった。蕩けるような甘い在琉の声にただただ羞恥を掻き立てられるだけ。実際下腹部以外のピアスは取ってない、取るのは洗う時くらいで飾られたままだ。それは馴染んでしまって気にならなくなったとも言えるし、人に支配されている感覚が僅かに心地いいからとも言えた。後者を織理は認めたくないが、やはり束縛されているのは呼吸がしやすい。
「……在琉、早くご飯食べに行こ。休み時間終わっちゃう」
誤魔化す様に織理は先を促した。在琉はそれ以上追及せず、いつも通りの顔で頷く。僅かに火照る体を誤魔化しながら織理は校舎裏へ向かった。
――――
『好きです! 私と付き合ってください!!』
後者裏に向かった織理と在琉の耳に聞こえたのはそんな女の子の声だった。
流石に織理は足を止める、このまま校舎裏へ向かってはいけない。在琉の袖を引いて引き留めた。
「チッ、タイミング悪い奴……人が昼飯食べようとしてるのに」
「在琉……他のところで食べよ?」
悪態をつく在琉を宥めつつ、小声でやり取りしながら踵を返した。だがその告白された相手であろう男の声は、何より知った声だった。
『ごめんなぁ、俺好きな人おって……気持ちは嬉しいんやけど答えられへんのや』
――攪真だ。在琉と織理の間に衝撃が走る。別に彼が告白されたことに衝撃を受けているわけではない……とは言えない。あの男本当にモテるのか、と在琉は驚いたし織理は織理で同居人の新たな一面を知り気まずさを感じる。朝もそうだがこんなに女の子に好かれているとは。
『好きな人って……誰ですか? 私諦めきれなくて』
このやり取り、さっき似た様なの聞いたな、織理は朝方の攪真と女の子のやり取りを思い出す。
『いや……それは言えへんわ……』
『……もしかして、脳繍さんですか』
え、なんでそこで俺の名前出てくるの? 織理の口の端が引き攣る。
『いや、その……ちゃうねん、あいつは弟みたいなもんで』
在琉は織理の腕を掴んで静かにその場を後にした。なんとなく面倒くさそうな気配を感じたのだ。あいつらもっと人気のないところでやれよ、聞こえてんだよ、と悪態を吐きたかったが今は堪える。
程なくして階段の踊り場まで戻った二人は漸く口を開いた。
「攪真あいつ誤魔化すの下手すぎません? あれほとんど白状してたよね」
在琉のあきれた口調に織理も頷く。つい変な顔をしてしまったがやっと息が吐ける。攪真が自分のことを好きな人として認めた、とか弟扱いされてる、とかは割と織理にとってどうでも良かった。普段からあれだけ好き好き言われてるのだから、今更恥ずかしいも何もない。
ただ別の意味で恥ずかしさはあった。何がと言えば攪真の誤魔化しの下手さにだ。これがいわゆる共感性羞恥、織理も在琉もその言葉を初めて実感した。
「……ちょっと今日は攪真の顔見れないかも」
「わかる。絶対見た瞬間笑う。本当情けないんだもん」
二人は一緒に小さく笑って、階段に腰掛ける。――攪真ってもう少し頼れるイメージだったのにな。やっぱり同級生なのだ、情けない一面が面白くてつい笑ってしまう。
二人は持ってきていた惣菜パンを取り出し、少し遅くなったお昼ご飯を漸く食べ始めることにした。お弁当を作る気にならなかったから登校前に買ってきたのだ。
織理はクロワッサンの先をちぎりながら、在琉の持っているパンに目を向ける。
「在琉のそれ、何?」
何か赤いパンが見える。
「これ? これは麻婆豆腐パン」
少し鼻につく鋭い香りと赤くとろみのあるソース、不味くはなさそうだけど自分では買わないだろう。ただ、在琉はその問いを『少し食べたい』の意味だと解釈したらしい、織理に端っこを向ける。
「食べていいよ。織さん辛くて泣いちゃうかも」
「泣かないよこんなので……」
ただ差し出されたから噛み付く。辛くはない、どちらかと言えば甘みがある。ただ美味しいかと言われると微妙だった。
織理は眉を寄せて微妙な顔をした。それを在琉は笑う。
「織さん顔面白い。その変な顔いいね」
――これ美味しくない、と切り返そうかとも思ったが辞めた。自分の味覚が正しいとも思っていなかったし、在琉に余計なことを言うのも怖い。人の味覚を否定するほどの自信はない。
一応お返しの体でクロワッサンを差し出したが在琉はそれを拒否した。甘いのは好きじゃないらしい。
なんとなくそのまま口直しをしつつ織理は踊り場から見える空に目を向けた。
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