優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第四章 王道をなぞれ!な学園編

第10話 どうせ全部夢だから

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「あ、目が覚めた。おはよう攪真、気分は?」
「……なんで俺は弦先輩の膝で寝とるんや」

 目が覚めた攪真の目に映ったのは上から覗き込む弦の姿だった。視覚的に膝枕されているのがわかる。攪真は起きあがろうとした、がまた体制を崩した。うまく体に力が入らない、と言うか視界が揺れる。

「大人しくしてなよ。能力暴発させたらしいから」

 ぽんぽんと攪真の頭を撫でながら、弦はまた頭を膝に押し戻す。何で膝枕されてるのか不思議だが気になることはそれよりも。

「……織理は?」
「そのうち帰ってくるって。攪真の彼女を保健室に運んだら帰る、って言ってた」

 じゃあ俺はどうやって帰ってきたん。と攪真は考えてすぐ答えが出た、織理の洗脳で運ばれたのかと。そして織理は俺の方には着いてきてくれなかったんだ。

 その考えを読んだのか弦は苦笑する。

「いや、普通に考えて身内が赤の他人に害を与えてるんだからそっち優先するでしょ……攪真そろそろいい加減にしてね」

 額を指で突つかれた。痛くはないが鬱陶しい。
 しかしそれもそうか、と攪真はぼんやり天井を見る。何をしたかはしっかり覚えていないが、あの場に織理と結菜がいた、だからきっと巻き込んだのだ。本当は、織理だけを壊したかったのに。

「攪真わかりやすいね~、そんなに織理を自分のものにしたかった? 壊して人形にして、それで愛でようって?」
「……別にええやろ、思うくらい」

 言葉にして突きつけられると自分の浅ましさを見せられるようだった。

「それでよく人のこと『執着心の塊』扱いできたね。キッモいなぁ」

 弦の珍しい暴言に攪真はバツが悪くなり目を逸らす。――やっぱりこの人は苦手だ、全部見透かしたように言い当てるのにそれだけで。だから織理に信頼されて、織理の気持ちを独占して、そのくせ「自分はそこにいるだけ」と言うスタンスを崩さなくて……気に入らない。同じ熱量で求めてくれたならまだ良かったのに、何もせずに全部を奪っていく。

 その心が漏れ出すかのように、歪む。僅かに走る痛みに弦は顔を顰めた。

「っ、と……攪真、能力でどうにかしようとするの辞めなよ。俺織理みたいに耐性ないから本当に」
「……いっそ壊れてしもうたらええやん。アンタが一番邪魔やわ」

 そう、いなければいいのに。ずっと邪魔だった。一つしか変わらないくせに大人面するこの男が。能力だって弱いくせに。俺の方が織理に近いのに。

「何? 俺を壊してそのまま捨てるってこと? 酷いね攪真、そんなに嫌いだったんだ」
「わかっとるくせに……!! お前が織理に気に入られすぎとるのがうざいんや、今更、……」
「……じゃあ壊せば? それで織理がお前だけを見てくれたらいいね」

 ガッ、と攪真の頭を掴み弦は目を合わせた。黒檀の目がじっと見ているのに耐えられなくて攪真は身じろぐ。しかし弦は手の力を緩めなかった。

「『早く、壊して見せなよ』織理が欲しいならさぁ!」

 このまま殺されるのでは、そう思うほどに弦の顔は何一つ笑っていなかった。普段怒らない人の怒りを見たような、恐怖がある。

「弦さん、もういいよ」

 それを止めたのは織理の声だ。静かに扉を開けて帰ってきていたらしい。弦は攪真から手を離し織理に向き直る。

「おかえり、織理。大丈夫そう?」
「うん。全部預けてきた……攪真は何してるの?」

 それは質問ではなく確認のように聞こえた。ただじっと見ている織理の顔を見ることができない。
 攪真は一歩後ろに下がり行き場の無い手で服の裾を握る。

「織理……これは、その」
「攪真……俺のこと、巻き込まないで。別に家に帰れば会える、それでいいと思うんだけど……外で誰と何しようと、俺気にしないよ」

 言葉を待たずに告げられた言葉は死刑宣告のようだった。気にしてくれない、嫉妬もしてくれない。織理のものだと言ってくれない。

「し、きり……それは、そんなに俺は信用がないん……?」
「あるわけないじゃん。人のこと巻き込んで挙句に能力で脳をかき混ぜて、今だって弦さんのこと壊そうとしたでしょ」
「ちが、違う……」

 違う。弦がそう迫っただけで壊そうなんてしてない。いや、自分でもわかってる。全部嘘だ、本音を言えないのも弦に嫉妬しているのも在琉のように愛されたかったのも全部。口には出せなかっただけで、誤魔化してしまっただけで。
 織理の冷たい目が全てを見透かしているようだった。

「好きって言われて嬉しかった。でも今の攪真……嫌い」



 ガバ、と攪真は上体を起こした。手をつき、布の感触に安堵する。弦の膝の上じゃない,布地のソファに寝ていた様だ。

「っは、はぁ、はぁ……ゆ、め? どこから?」

 本当に夢? その割には記憶もしっかりしている、何よりあんなに感触があったのに。でも夢であって欲しい。

 周りを見ればなんとなく見たことがある、気がする。ウッドベースの少し、暗い印象の部屋。壁にかけられた何かの毛皮、その横で僅かにともるオレンジ色の光が温かい。

 とんとん、と床を踏む音が聞こえた。

「はぁい、攪真お目覚め? アンタが怪しいから引き取ってきてあげたわ」
「ヨルハ……」

 ――そうだヨルハの家だ。中学生くらいまでは何度か来たことがある。
 ヨルハは攪真の焦燥とした顔に笑いながら反復した。

「はいヨルハ。なんかうなされてたけど見たい夢は見れなかった?」
「最悪の夢やった……」

 何一つ良いところなんてない。織理に嫌われるのも弦に怒られるのも。

「でもそれがアンタの欲望のはずなんだけど」

 淡々と言うヨルハに攪真は視線を向ける。そしてふと思い出した、この幼馴染の能力を。

「……ヨルハの仕業なんか? なんで」
「アンタ幼馴染の能力も覚えてないの?」

 呆れた、とばかりの視線を向けてくる彼女に攪真は俯く。自分でもなんで思い当たらなかったのかと問いたくなる。

 ヨルハの能力は少し複雑だ。能力名は【ナイトウィッシュ】、『夢を通して願いを知り、それを一時的に具現化する能力』ただし所詮は幻想、ただの一時的な逃避に過ぎない能力。夢だけれど感触があるのがヨルハの夢の特徴だった。

 彼女がそれを使ったのはあくまでも攪真の軌道を修正するためだ。あまりにも坩堝にハマる幼馴染の本当の欲を見定め、それを本人に直視させるために。

「悪趣味やな……、あんなん、嬉しくない」
「でも良いじゃない。夢の中で最悪の選択のシミュレーションはできたでしょ。アンタがメンヘラの面倒臭い男なのは知ってたけど、ここまで拗らせてるとは思ってなかったわ」

 ――メンヘラ、ヨルハは度々攪真をそう言い表す。彼本人としては、それを否定したかったがヨルハに口で勝てないことを知っているので諦めている。それに客観的に見てそう見えることがあるとも思っていた。ただ完全には認める気がなかったが。

「公言すればよかったのに、脳繍さんは自分のものだって。私は確かに気をつけろとは言った。でも勘付かれたなら認めた方が遥かにマシだったと思うけど」
「んなこと、わかっとるわ……」

 わかっているけど、それを公表してしまったら自分の立場がどう変わるのかが分からなかった。
 攪真は手を握りしめる。爪を立ててやり場のない感情を自分にぶつける。その手をヨルハは重ねて、開いた。

「攪真は昔から人に好かれたがる傾向があったものね、まさかそれが恋人を作っても直らないとは思ってなかったけど」
「別やろ、大衆にチヤホヤされるのと恋人に甘えられるのは」
「承認欲求なのかと思ってたけど、筋金入りなのね~。脳繍さんが嫉妬しない人でよかったわね」

 ヨルハは呆れた様な、けれど突き放しはしない態度で茶化す。
 攪真は決して愛情を受けずに育ったわけではない。織理の様に孤児だったわけでも、在琉の様に親から道具扱いされて来たわけでもない。だからこそ、なのかもしれない。あまりにも平凡な家族、努力家な性格、そしてある程度までは実を結ぶ才能……もっと上を目指したくなるのは現状に満たされていたからだ。

 けれど望んだ瞬間から満たされなくなっていく。そうして坩堝に落ちていったのが今の攪真だ。ただ、織理が現れるまではそう言うキャラで通せた。女の子の好意は受け取って、一線は超えないデートをして、言い方は悪いが自分の信者を作る。平等だから平和だった。それでうまくいっていたのだ、誰にも責められることはなかった。

 けれど今は違う、1番欲しいのは織理で、でも織理の1番は自分でもなくて。人を転がす力は弦の方が遥かに優れていて、織理に取り入る力は在琉に劣る。

 結菜を拒めなかったのはどこかで期待してたのだ、織理が嫉妬してくれることを。自分を特別だと思ってくれている事を。

「……嫉妬、なんでしてくれへんのやろ」
「うわ、面倒臭い男……それだけ信用されてるとかそう思えないわけ?」

 信用、確かにそう受け取る事もできるだろうか。いや、もっと目に見える形で愛を証明されたかった。自分ばかりが織理を好きで、求めていて。もっと織理には……堕ちて欲しかった。俺のために結菜とぶつかって欲しかった。もしくは俺に縋って欲しかったのに。

 ヨルハは静かに攪真から離れる。この幼馴染はどうしようもない、拗らせすぎている。

「私やっぱアンタが脳繍さんと付き合うの良くない気がするわ。聞いてる限り内向的で自分嫌いな子にその重い感情乗せてくわけ? 俺のせいで攪真が悩んでる、俺のせいで……みたいにならない?」

 攪真は黙った。ちょっとそれはそれで依存めいてて可愛いかもしれないと思ってしまった。

「おいなんとか言えよ攪真。まさかアンタこれもいいかもとか思ってんじゃないでしょうね」
「……思っとらんよ」

 ヨルハは攪真のどうにもならなさに閉口した。これは、一度何か荒療治した方がいいのだろうか。ヨルハは自分の面倒見の良さに頭を抱えつつ、次の手を打つ事を決めた。
 
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