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第五章 外からくる現実
第4話 役目
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ソファに寝転がり、本を捲る。2階が何やら騒がしいがこれと言って関係がないので在琉はただ読書を始めていた。
翻訳されていない洋書をそのまま咀嚼する。
一度読めば全部頭に残ってしまうそれらは読み返す楽しみもなく、読んでは売りに出しまた買って読むの繰り返しだ。
彼はこの家で今一番気楽に過ごしていると自覚している。むしろ他の奴らが何か拗らせているのを若干楽しんでいる節もある。織理が色んな表情を見せるから、それが面白くて。
とんとん、と階段を降りる音が聞こえた。足音的に織理だろう。在琉はリビングの出入り口に視線を向ける。
「在琉……!」
織理のどこか嬉しそうな顔に、在琉は本を閉じた。とはいえ内容は察せられる。なんせいまの今まで2階の、弦の部屋へと行っていた事は聞こえていた。
「どうしたの、織さん。嬉しそうだね」
「弦さんが、少しだけ動ける様になった。あのね、……結局、操っちゃった」
喜ぶ報告と共に自分を恥じるかの様な言葉。
「へぇ、昨日はそんな風にしたくないって言ってたのに。意志が弱いね」
「うん……俺もそう思う。でも、寂しくて」
在琉の嫌味に取れる発言をそのまま肯定する。
「織さんって、そんなに弦さんじゃなきゃダメなの? オレがそばにいるのに寂しいんだ?」
まるで嫉妬の様な言葉に織理は目を見開いた。この男がこんな風に思う事に驚く。そして自分の発言の無神経さに顔を曇らせた。――確かに、まるで在琉を軽視してるみたいだ。
「……いや別に寂しいなら寂しいで良いですけど。オレも、……」
「在琉……」
織理は彼に手を伸ばした。そっと肩に触れ、そのまま抱き付く。お風呂上がりなのか、暖かな体にほのかに石鹸の香りがする。
「……抱きしめてくれるのは嬉しいけど、別に寂しいわけじゃないよ」
耳元で聞こえた言葉に織理はフリーズした。思い違いも甚だしい、一気に顔が赤く染まる。謝りつつ離れようとしたところを在琉が腕を回して引き留めた。
「オレは織さんが誰とくっつこうがどうでもいい。オレを拒絶しないでいてくれるなら、誰でも」
――なにそれ。淡々と告げられた言葉は強がりでも何ともなく本心にしか聞こえなかった。最初の頃、あれほど熾烈に支配してきた彼にしては余りにも細やかな条件に聞こえて奇妙な不安が湧く。在琉はもしかしてもう自分の事を攪真達の様な熱では求めていないのでは無いか。
気安く気楽な関係だ、支配し支配され軽口を叩ける人。何かあるとなんだかんだで口を挟んで助け舟を出してくれる。少し言葉が悪いが自分を大切にしてくれていると、勝手に甘えていた。その事実に織理は体の芯が冷えていく様だった。
「……ごめん、ね。在琉……俺、助けてもらってばかりで」
結菜に詰められた時だって身を挺して彼氏役を引き受けたのは彼だ。熱を返さなくても存在する彼に勝手に安心していた気がする。
「助けて無いですけど。オレ、悪いけど織さんが思うより何も嫌だと思ってない。ただ、役目が無いから今不安になっただけ」
「役目?」
この返しがあるから在琉のことを軽視してしまうのだ。織理は人の感情を慮る程の情緒が無い。頑張って想像はするが、言葉に出された方を信じてしまう。
弦はほぼ全ての事を言葉にしてくれるから織理は受動的になるだけで成立するが、攪真はその逆である事を最近嫌というほど実感したばかり。
そして在琉は、正直言葉の裏の真意が本当にわからなかった。決して感情が見えないわけでも無いのに、言葉と感情が乖離している様な……違和感をたまに感じる。言葉にされているのにそれを素直に受け止めていいのか疑問が残る時がある。織理にとって彼らはそういう認識だった。
――ただ考えても仕方ない。自分と彼は別の個体、わからないものはわからない。
「なんか織さんのためにしたいのかも。今は何もできないからつまんない」
在琉は少し考える素振りを見せながらそう言った。意外と分かりやすい理由で、織理は安心した。と同時に何を頼んでもいいのかを悩む。
「在琉は何がしたいの?」
「わかんない。漠然とただ、暇」
在琉は今回殆ど外野だ。攪真を揶揄いはしたものの、それ以上は何も。弦の介抱をするにも攪真ほどの罪悪感もなく、かと言って心ここに在らずな織理を虐める気にもならない。面白い事に彼はこの生活を通してだいぶ安定していた。自分の立ち位置が見えてきたとも言うのか、他2人に左右されない独自の立場にいる彼は自由だった。
「……織さん、何かして欲しいことない? 今なら何でもいいよ」
何でそんな事を言うのか織理にはわからなかった。そして言ってる本人もそんなによくわかってない。だが彼の自覚しない本心を言ってしまえば、これは疎外感から来る物だった。寂しいとは違う、自分が不要になっていく感覚が彼を少しだけ焦らせる。
「して欲しい、こと……」
何をして欲しいだろう。織理は少し考えた。相談にも乗ってもらっている、生活だってお互いに程々の距離で出来ている。
「……求める前に在琉はしてくれてると思う、から何も……」
「そう……」
少し気まずい、在琉とまでそうなるのは嫌なのに。織理はうまく顔を上げられなかった。だが思ったより在琉は何とも無い。
「まぁいいや。無いなら。織さんが寂しいなら慰めてあげようかと思ったけど、タイミング無くしたし」
そう言って在琉は普段通りの口調で体を離す。――もしかして甘えて欲しかったのかな。今になって織理はそんな事を思った。
「在琉……! だったら、一緒に」
「いや、態々はいらない。弦さんが治った頃に、気が向いたら聞く」
そのまま部屋に帰ってしまった在琉に、織理は罪悪感を抱いた。珍しい好意を無碍にしてしまった気がして仕方ない。だが実際、今は気持ちの余裕がないのも事実で。
自分の調子を戻すためにも、早く事態を好転させたいと強く願った。
翻訳されていない洋書をそのまま咀嚼する。
一度読めば全部頭に残ってしまうそれらは読み返す楽しみもなく、読んでは売りに出しまた買って読むの繰り返しだ。
彼はこの家で今一番気楽に過ごしていると自覚している。むしろ他の奴らが何か拗らせているのを若干楽しんでいる節もある。織理が色んな表情を見せるから、それが面白くて。
とんとん、と階段を降りる音が聞こえた。足音的に織理だろう。在琉はリビングの出入り口に視線を向ける。
「在琉……!」
織理のどこか嬉しそうな顔に、在琉は本を閉じた。とはいえ内容は察せられる。なんせいまの今まで2階の、弦の部屋へと行っていた事は聞こえていた。
「どうしたの、織さん。嬉しそうだね」
「弦さんが、少しだけ動ける様になった。あのね、……結局、操っちゃった」
喜ぶ報告と共に自分を恥じるかの様な言葉。
「へぇ、昨日はそんな風にしたくないって言ってたのに。意志が弱いね」
「うん……俺もそう思う。でも、寂しくて」
在琉の嫌味に取れる発言をそのまま肯定する。
「織さんって、そんなに弦さんじゃなきゃダメなの? オレがそばにいるのに寂しいんだ?」
まるで嫉妬の様な言葉に織理は目を見開いた。この男がこんな風に思う事に驚く。そして自分の発言の無神経さに顔を曇らせた。――確かに、まるで在琉を軽視してるみたいだ。
「……いや別に寂しいなら寂しいで良いですけど。オレも、……」
「在琉……」
織理は彼に手を伸ばした。そっと肩に触れ、そのまま抱き付く。お風呂上がりなのか、暖かな体にほのかに石鹸の香りがする。
「……抱きしめてくれるのは嬉しいけど、別に寂しいわけじゃないよ」
耳元で聞こえた言葉に織理はフリーズした。思い違いも甚だしい、一気に顔が赤く染まる。謝りつつ離れようとしたところを在琉が腕を回して引き留めた。
「オレは織さんが誰とくっつこうがどうでもいい。オレを拒絶しないでいてくれるなら、誰でも」
――なにそれ。淡々と告げられた言葉は強がりでも何ともなく本心にしか聞こえなかった。最初の頃、あれほど熾烈に支配してきた彼にしては余りにも細やかな条件に聞こえて奇妙な不安が湧く。在琉はもしかしてもう自分の事を攪真達の様な熱では求めていないのでは無いか。
気安く気楽な関係だ、支配し支配され軽口を叩ける人。何かあるとなんだかんだで口を挟んで助け舟を出してくれる。少し言葉が悪いが自分を大切にしてくれていると、勝手に甘えていた。その事実に織理は体の芯が冷えていく様だった。
「……ごめん、ね。在琉……俺、助けてもらってばかりで」
結菜に詰められた時だって身を挺して彼氏役を引き受けたのは彼だ。熱を返さなくても存在する彼に勝手に安心していた気がする。
「助けて無いですけど。オレ、悪いけど織さんが思うより何も嫌だと思ってない。ただ、役目が無いから今不安になっただけ」
「役目?」
この返しがあるから在琉のことを軽視してしまうのだ。織理は人の感情を慮る程の情緒が無い。頑張って想像はするが、言葉に出された方を信じてしまう。
弦はほぼ全ての事を言葉にしてくれるから織理は受動的になるだけで成立するが、攪真はその逆である事を最近嫌というほど実感したばかり。
そして在琉は、正直言葉の裏の真意が本当にわからなかった。決して感情が見えないわけでも無いのに、言葉と感情が乖離している様な……違和感をたまに感じる。言葉にされているのにそれを素直に受け止めていいのか疑問が残る時がある。織理にとって彼らはそういう認識だった。
――ただ考えても仕方ない。自分と彼は別の個体、わからないものはわからない。
「なんか織さんのためにしたいのかも。今は何もできないからつまんない」
在琉は少し考える素振りを見せながらそう言った。意外と分かりやすい理由で、織理は安心した。と同時に何を頼んでもいいのかを悩む。
「在琉は何がしたいの?」
「わかんない。漠然とただ、暇」
在琉は今回殆ど外野だ。攪真を揶揄いはしたものの、それ以上は何も。弦の介抱をするにも攪真ほどの罪悪感もなく、かと言って心ここに在らずな織理を虐める気にもならない。面白い事に彼はこの生活を通してだいぶ安定していた。自分の立ち位置が見えてきたとも言うのか、他2人に左右されない独自の立場にいる彼は自由だった。
「……織さん、何かして欲しいことない? 今なら何でもいいよ」
何でそんな事を言うのか織理にはわからなかった。そして言ってる本人もそんなによくわかってない。だが彼の自覚しない本心を言ってしまえば、これは疎外感から来る物だった。寂しいとは違う、自分が不要になっていく感覚が彼を少しだけ焦らせる。
「して欲しい、こと……」
何をして欲しいだろう。織理は少し考えた。相談にも乗ってもらっている、生活だってお互いに程々の距離で出来ている。
「……求める前に在琉はしてくれてると思う、から何も……」
「そう……」
少し気まずい、在琉とまでそうなるのは嫌なのに。織理はうまく顔を上げられなかった。だが思ったより在琉は何とも無い。
「まぁいいや。無いなら。織さんが寂しいなら慰めてあげようかと思ったけど、タイミング無くしたし」
そう言って在琉は普段通りの口調で体を離す。――もしかして甘えて欲しかったのかな。今になって織理はそんな事を思った。
「在琉……! だったら、一緒に」
「いや、態々はいらない。弦さんが治った頃に、気が向いたら聞く」
そのまま部屋に帰ってしまった在琉に、織理は罪悪感を抱いた。珍しい好意を無碍にしてしまった気がして仕方ない。だが実際、今は気持ちの余裕がないのも事実で。
自分の調子を戻すためにも、早く事態を好転させたいと強く願った。
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