優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第五章 外からくる現実

第5話 それはそれとして世界は止まらない

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 翌日、織理たちの登校を見送った攪真は重い頭を抱えて掃除をしていた。

 ――頭が痛い。昨日泣きすぎたせいだ。弦が少しでも動ける様になってよかったのに、それを成したのが織理である事に名状し難い感情が湧いてくる。

 言語化するには理解しきれない感情、攪真はそれが嫉妬に近い感覚だと思った。何も出来ない無力感、自分より優れた力を持つ織理への羨望、弦のためなら能力を躊躇わずに使う事への嫉妬。言葉にしたらあまりにも情けない心情を彼は噛み砕くことができなかった。

 そんな気持ちを落ち着けるべく、攪真は掃除を始めたのだ。リビングの大窓を開け、外の空気を入れる。それだけで少し気分が流れる様な感覚があった。

「弦さんも、落ち着いとるし……ええ機会やろ」

 独り言を溢したのは自分を納得させるためだ。ずっとそばに居て不自由を減らしたいと願うが、彼のそばに居てばかりでも何も好転させることができない。所詮、掻き乱すだけの能力。後始末のつけられない能力……。

 頭を振って、掃除に戻る。まずは棚の上から拭いていこうか。織理も掃除はたまにしてくれるが彼は身長が小さい。こういった高いところは目にも入らないのだろう。ちなみに在琉は自分の身の回りだけ綺麗にする人種だった。ゆえにキッチン周りは割と綺麗に保たれている。

 要らない端切れを濡らして拭いていく。まだ過ごし始めて半年経たない家だが、少しは埃が積もっていた。
 見える形で成果が出るのは楽しい。だから攪真は割と掃除が嫌いではなかった。毎日行う清掃の時間はやりがいがなかったが、家となると別だ。

 そんな風に辺りを拭いていると外からカタン、とポストに投函された音が聞こえた。攪真は掃除を止め、一度手を洗う。そして確認しに外に出た。
 玄関先のアイボリー色のポスト。取り出し口を開くと一通だけ封筒が入っていた。

「……これは……手紙か? ……弦さん宛?」

 珍しく届いた郵便物は可愛らしい封筒に入った手紙だった。『戯黒 弦 様』と宛名は書かれていた。裏面には何も書いていない。まぁいいか、攪真はあまり気にせずそのまま弦に手渡すことにした。
 2階に上がり、彼の部屋に入れば読書をしている姿が目に入る。

「弦、なんか届いとったけど」 

 攪真が声をかけると弦は視線を上げた。 

「ん? ありがとう……誰から?」
「送り主の名前がないんよ」

 その瞬間、弦の顔が一瞬こわばった。そしてどこか戸惑うような、怖がるようなそぶりを見せる。――この人、こんな顔するんか。壊した時ですらこんな顔しなかったのに、一体これはなんなんだろう。

「……捨てときましょうか? なんかあるなら」
「いや……大丈夫、だと思うんだけど……攪真、開けてみて。ゆっくり、怪我しないように」

 紙で手を切らないようにってことか? 攪真はそう思いながら封を切る。中の手紙を引き抜くと、カラン、と何か落ちる音がした。

「え、」

 鈍い銀色の破片。落ちたのはカッターの刃先だった。何でこんなものが、攪真は唾を飲んで折られていた手紙を開く。そして引き攣った声を上げた。

「なん、何やこれ」

 『愛してる ずっと好きだよ 何であんな男なの 私の方がずっとあなたを好きだった』『好き』『好き』『好き』『好き』『好き』『好き』『ずっと待ってた』『好き』『好き』『好き』……一面に書かれた文字は次第に崩れて殴り書きのように見える。思わず手を離さなかった自分を褒めたいほどに、衝撃的な物。

 ――これをこの人に見せるのか? 捨てたほうがいいよな。そう判断しつつ、本人の方をチラリと仰ぐ。

「……捨てていいよ。内容、分かるから」

 どこか顔色が悪く見えるのは攪真の錯覚か。自分が恐怖しているからそう思っただけなのかもしれない。

「なんで、……だって……あの時」

 言い淀んで弦は攪真を見た。その目は揺らいでいる。

「攪真……お願いがあるんだけど……」
「……なんや」
「……織理から離れないようにして。家にいる俺じゃない、危ないのは、……織理と君たちだ」

 は、と攪真の息が詰まる。いや確かにこの手紙の圧は何か起こってもおかしくない。けれど、これだけでそこまでいうほどの何かがあるのか、と。
 そんな攪真の疑問を先回りするように弦は付け足す。

「織理たちが帰ってきたら話す。あぁ、……忘れてたんだよ本当に、ごめん……」
「……ストーカーやったりします? それでしたら俺どうにかできますけど」

 主に能力で。相手が能力者であれば少し手こずるかもしれないが、そうだとしても在琉のように無効化されない限り不可能ではない。
 弦にも使ったように攪乱させて、記憶も体も壊そうと思えば壊せる、最も重くなれば代償は免れないが。
 そう伝えれば弦の目は僅かに潤んだ様に攪真を見つめた。

「……ふふ、いいなぁ攪真……それ、俺も欲しかった。そうすればきっと終わってたのにね」

 ――この人から焦がれられる事があるんだ、攪真はその事実に驚いた。その声がどこか泣きそうに聞こえたので、彼は弦の肩に腕を回して抱きしめる。弦もそのまま体を委ねた。

「……ありがと、攪真。少しだけこのままでいて……」
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