優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第五章 外からくる現実

第6話 有名税

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 夕方、帰宅した織理達は攪真に呼ばれて、弦の部屋に集まっていた。小さなローテーブルには問題の手紙が置かれている。
 弦が申し訳なさそうに、ベッドの上からそれを見下ろしていた。

「ごめんね、帰ってきたばかりで。話しておかないといけない事があって」

 織理は目の前の手紙をじっと見ていた。狂気を演出するかの様な同じ赤文字の羅列。よくもここまで同じ言葉を書き連ねられるな、とその執念に感心を覚える。
 そんな織理の様子を気にせず、弦は話し始めた。

「俺さ、配信者やってて。ネットで少し有名……なのかな。多分」

 少し目線が泳いでるのは恥ずかしいからなのか。自分で自分を有名と評するのは、彼でも抵抗がある。フォロワー数で自分の知名度は視認できているために否定はしないが、自慢する気にはならない。

「多分やなくて有名やろ」

 攪真のツッコミに織理は彼の顔を見た。

 ――え、攪真も知ってるんだ。驚きだった。もしかしてSNSってみんなやってるものなの? 以前なら気にしなかった事だが、こうして周りがやっているのに話についていけないのは少し息苦しい。と思ったが、在琉もあまり興味なさそうに頷いていた。仲間がいたので深く悩まずに済みそうだ。

「この手紙、俺の初期のファン……みたいな人からのだと思う。その人、ストーカーっぽくなっちゃってね……俺一度誘拐されたことあるんだ」

「え、」

 今なんて。

「もちろん今ここにいる時点で無事なんだけど、その人は普通に捕まった。で、刑期が終わったんだね。俺はその……いつ出所とか忘れてて……ごめん」

 弦は本当に申し訳なさそうに謝った。その前後があまりにも衝撃的すぎて織理も攪真も何も言えなかった。刑期満了を忘れていた、その部分への謝罪以外に弦の感情はこもっていなかった。ただの事実の羅列。

 ――そんな軽い思い出話の様に伝えるような内容じゃない。織理と攪真の内心は似た様な物だった。だと言うのに事な事な為に掛ける言葉が出てこない。

 少しの沈黙。それを破ったのは在琉だった。

「……法如きじゃ再発なんて防止しようがない。で、どうしたいわけ、弦さんは」

 返す彼の声も淡々としていた。言葉とは裏腹にどこか揺らぐ目。なぜそんな目をしているのか、隣にいた織理は小さく仰ぎ見る。

「俺はしばらく家から出れないからいいんだけど……君たちが変な被害に会うのが嫌で。だから、出来ることなら3人で動いて欲しい……かな。特に在琉、君は防衛する能力がないから」

「は、? 織さんじゃなくて俺? 心配するところそこ?」

 在琉は引き攣った口を隠すことなく嘲笑する。自分が弱いと、織理を最も大切にしているはずの弦からそう言われたことがあまりにも衝撃で。

「事実だよ。織理と攪真は……今伝えたことで警戒できるでしょ、最悪逃げれる。けれど在琉は……」

 普段の織理があまりにも弱々しく見えるから勘違いしたくなるが、彼の能力はこの家の誰より強い。攪真だって織理に劣るとはいえ、人を行動不能にできるのだ。油断さえしなければこの2人は、弦が心配するには烏滸がましいほどに力がある。だが在琉は違う。

「……まぁそうですね。そいつらは俺にとっては無力でも、世間的には凶器でしたね。じゃー、そうですね、はい。俺はしばらく織さんか攪真と行動しますよ、弱いので」

 少し不貞腐れたような声だが、在琉だって馬鹿じゃ無い。本当に自分が対人戦に置いて何一つ有効打を持たない自覚はある。彼の能力はあくまでも【瞬間記憶ザイオン】、織理と攪真に対しては無敵だったが、それは脳への干渉を阻害する故に無力化しているだけであり、その他の能力を無効化するわけでは無い。

 ただ在琉は不満があった。

「でもそれアンタもでしょ、家なら大丈夫って本気で思ってます? 家まで来られてるのに」

 在琉はテーブルに置かれた封筒を手に取り、その宛名側を見せつけた。その封筒には一つ欠けたものがある。攪真は普通にスルーしていたが、切手が貼られていないのだ。

 ごくり、と誰かの喉が鳴る。門前まで来られている事実は緊迫感を与えるに充分な物だった。

「鍵こじ開けられて拐われました……なんて、悲劇のお姫様ごっこしたいなら止めないけど。どっちか家置いとけば? なぁ穀潰し」

 穀潰し、と言いながら目線を向けられたのは攪真だった。

「誰が穀潰しや!!」

 思わずツッコミを入れ、しかし在琉の提案自体は否定する気にもならない。実際、弦の能力を受けた者からすると彼の能力は弱い。弦本人も度々言っていたが、受けたのは先日……彼を壊した日が初めてだった。だからこそ分かる。

 弦の能力【扇動アンチヒーロー】、それもまた自衛に不向きな能力だった。あまりにもこの男が能力を使わないせいで印象すらないが、その効果はほんの少し言葉に意識を向けるだけのもの。「今日もいい天気だね」と言えば、「今日はいい天気だなぁ」と思考が誘導されるだけ。織理のように洗脳するわけでも、攪真のように混乱を招く事も出来ない。

「俺は一人でも平気。だから攪真は学校サボって家にいれば」

 在琉の提案に織理も賛同する。何かあったらまた後悔しそうだった。何よりどうせ今も罪滅ぼしだかなんだか知らないが、家にいるんだから何も変わらない。

 そのどこか突き放した様な言い方に攪真は眉を下げる。なんとなく怒られている様な気分だった。

「何であんたら当たりが強いんや……? 織理やっぱり怒っとる?」
「別に怒ってない。ただ……俺が側に居たいのにって、思って……」

 バツが悪そうにしながらも照れを交えた織理に、攪真は内心で泣いた。僅かにあった、あの日々で嫉妬してくれてたのでは? という希望は潰えた。悲しいというしか無い。

「織理……ありがとう。君からそう思ってもらえるの、凄く……嬉しい」

 弦は本当に嬉しそうに微笑んだ。花が咲くとはこのことかと思うほどに、明らかに。織理はその視線に照れた、他の視線がなければ抱きつきたかったくらいだ。

 それを見て隣で在琉が眉を寄せた。

「イチャつくのは後にしてもらっていいですか? 織さん、弦さんのことばっかり。……ねぇ、オレもおまえのこと好きなの忘れてる?」

 袖を掴みながら覗き込む。自覚ない嫉妬につい織理の心はざわついた。――在琉が、嫉妬みたいなこと言ってる。可愛い。いや、また彼を蔑ろにしてしまった。

「在琉……ごめん……在琉のことも好き、だから守ってあげる」

 在琉のことも大切なのに。織理は少しはにかんで在琉に手を伸ばした。抵抗なく、その手は彼の頬に触れる。

「腹立つな、コイツに護られるの。別に織さんみたいに能力に頼らなくても戦えますけど」
「何なの在琉。俺はなんて返事したらよかったの?」

 在琉の反抗に今度は織理が拗ねたように眉を寄せた。完全な善意なのに、やるせ無いものだ。それでも添えられた手を振り払うことはない。織理は彼の心情が察せなかった。

「あんたらもイチャイチャしとるやんけ……」
「仲良くていいじゃない」

 攪真の嫉妬のような諦観に弦は笑う。そして弦は攪真の耳元に口を近づけた。

「……攪真、俺のこと護って……、俺には攪真しかいない、から……」

 囁くように言った弦の顔を攪真は思わず見た。――まただ、またこの人は織理の真似して俺を揶揄っている。織理が絶対言わないのに、声のトーンだけで再現してくる!! その顔をくすくす笑う弦に一気に羞恥で顔が赤くなっていく。

「あー!! 弦、ほんまやめてそれ! 頭おかしくなる!」
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