優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第五章 外からくる現実

第8話 掘り起こせ

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 普段と変わらないクラスの様子がある意味安心できる。今日は結菜も話しかけてこない。
 織理に話しかける人間というのは親友の匠か、在琉くらいなものだ。在琉が恋人宣言した後すら、結局織理たちに話しかけてくる物好きもいなかった。それだけ彼らがクラスに馴染んでいない証拠だ。それを嫌だと感じたこともないし、むしろ人の相手をしなくて済むのはありがたい事なのだが。

 昼休みの開始を告げるチャイムと共に、織理は席を立つ。そして匠の元へと近づいた。

「匠、お昼一緒にいい?」
「いいよー、どこで食う?」

 匠は笑って返す。手元には焼きそばパンとサラダチキン。それらを持って彼も席を立ち上がる。
 織理はふと、在琉の方に目線を向けた。

「在琉も誘うん?」
「誘っていい?」
「どうぞどうぞ、織理がいいなら俺は気にしないよ」

 匠の言葉に笑みを返して織理は在琉に近寄った。そしてその腕を掴む。

「なに、織さん。俺は別に……」
「匠に弦さんのこと聞くの。だから来て」

 2人で勝手にやってろよ、そう言いたい在琉だったが手を振り解いてまで拒否することはなかった。そのまま連れ立ち教室を出る。

 向かったのはいつものように階段の踊り場。階段を椅子がわりに腰掛ける。在琉も少し離れた位置に座った。彼は会話に参加する気がなかった。

「で、何が聞きたいの?」

 匠はパンに齧り付きながら話を促す。別に彼には何も言ってなかったが、何かを察されていた。流石匠、以心伝心。織理はこの親友を心から有難く思う。

 さて織理が聞きたいのは当然昨晩弦から聞いた話についてだ。配信者としての彼を知らない織理だが、匠は知っているはずだと思っていた。なんせ弦のアカウントを知っているのだから。

「弦さんの……初期の頃? ってどんなのだったの」

 その斜め上からの質問に一瞬、匠は驚いた。てっきり先日の恋人騒動の話かと思っていた。ちなみに織理はもうそこを気にする余裕がないため、その話題は頭の隅に追いやられている。

「初期は俺も見たことない。弦先輩が中学一年の頃に始めたらしくて、その頃は雑談とゲーム配信が多かったらしいよ。流石にアーカイブも残ってないけど……」

 そんな早くからやってるんだ、と織理は驚く。携帯すら最近持った織理には考えられない世界だ。中学生の頃の弦さんってどんな感じだったんだろう、自分より年下だった時の彼を思うと少し心がくすぐられる。

 織理が考えているため、在琉が口を挟んだ。

「誘拐されたって聞いたんだけど」

 その言葉に織理も現実に戻る。匠も少し顔を顰めた。

「あー……あったらしいね。ファンの女に誘拐されて、1週間後に解放されたらしい。なんでも『彼は私が居なきゃダメなんだ』『彼は私を分かってくれる、一緒にいるべきだ』みたいなことを言って女は捕まったらしい」

 匠は全てまとめ記事で知ったことだと伝える。彼としてはまぁショタコンのファンがガチ恋して誘拐までするという何一つ救えない事件に見えていた。捕まった時のコメントすらただただ気持ち悪いだけのそれに、女に同情するものはいなかった。勿論、よく知りもしない外野は弦の方を叩く者も居たが、その声は次第に風化していった。

 故にファン達もここは触れない。普通に犯罪が犯罪すぎて笑い話にできないからだ。

「本人に聞いた方が良くない? 多分、あの人は普通に教えてくれると思うよ。だって、当時すらあの人冷静に報告してたっていうし」

 在琉と織理は顔を見合わせた。あまりにも想像が容易すぎる。匠もこれ以上何も知らないのだから言えることがない。

「……あの人もしかして狂人か?」

 在琉の今更な評価に織理も匠も否定はしなかった。



 ――――
 


 放課後になり、織理と在琉は帰路についていた。今日の食事当番は一応攪真になっているので寄るところもない。

 まだまだ日の長い夕方は明るく、そして少し暑い。

「ねぇ、在琉……弦さんに、聞いていいと思う?」

 過去のことをどこまで聞いてもいいのか、織理は判断がつかなかった。自分は過去を聞かれて語れるものがない。積極的に語るような生い立ちでもなく、面白さもない。

「良いんじゃないの。昨日の口ぶりからすると本人はほとんど気にしてない気がしますし。織さんが思うほど、あの人の過去は御涙頂戴ではなさそう」

 ある意味で在琉は弦の意向を割と理解できていた。織理や攪真が何か重く受け止めがちだが、明らかに本人が気にしていないのだ。非情という勿れ、他人に共感しない在琉だからこそ深読みせずに受け取れる。

「……在琉は過去とか聞かれて答えられる人なの?」
「まぁ。ある程度は。生憎能力のおかげで物覚えがいいので聞かれたら答えられる。気が向けばね。オレに興味あるの?」

 不敵な笑みを浮かべる在琉は織理の目を覗き込む。空のような目、踏み込みたくなるような吸い込まれそうになる視線に顔を逸らす。

「……あるよ。あるけど……俺は同じようには答えられないから聞かない」

 なんて事のない平凡な人生、けれど口にした時にどこを掻い摘んでも面白くない。織理にとって過去は当然の事の積み重ね、周りと違うのは自分が孤児に近い事くらいだろう。

「オレも過去には興味ない。干渉の余地がないし」

 織理から視線を外し、また前に向く彼はつまらなそうに見えた。
 ――そうは言ったけど、在琉って同棲するまでどうに生きていたんだろう。織理の中に疑問が湧く。どこか人らしさが薄くみえる彼が、日常生活を送る姿を想像できなかった。さらに言えば子供の頃すらイメージが湧かない。最初からこんな人を甚振り笑う人間だったんだろうか。攪真や弦は自分とは違う、人間だからある程度想像ができるのだが。

「在琉の……子供の頃、可愛かったんだろうな。今こんなに可愛いんだから」
「何気持ち悪いこと言ってんのお前。織さんってよくオレを可愛いって言えますね。認知のズレ?」

 可愛い、その言葉があまり嬉しくないのは事実だが在琉も諦めていた。恐らく織理にとっての嬉しい言葉なのだろう。
 織理もこれは認識していないが、自分に好感を持って言われた初めての言葉が、弦からの「可愛い」なのだ。格好いいとか美しいなんて言葉は貰ったことがない。侮蔑ばかりの人生の中に初めて差したのがその言葉なのだから、彼が多用するのも仕方ないことだった。

「……いつか、2人で夜通し語り合います? 自分の過去について」

 冗談で返した言葉に織理は小さく頷いた。思えば過去話なんてしたことがない。もしそれが叶うなら、それだけ踏み込んだ関係になれたようで嬉しい、気がする。

 照れくさい気持ちを抑えるように織理は俯いた。どちらともなく手を合わせて、そのまま帰り道を行く。

 そんなほわほわした気持ちを落ち着けたのは、在琉の一言だった。

「……誰かいるな」

 見れば前方に誰かが立っていた。それだけならば気にしなかったが、第六感が違和感に騒つく。少し華美なフリル付きの黒い服、ゴシック調と言うのだろうか。手に持つのはフリルのあしらわれた傘。この町ではたまにいる感じの女の人。
 その女性は少し厚めのブーツを鳴らしてこちらに近づいてきた。

 在琉は警戒を露わにし織理を背に庇う、のを織理が止めて前に出た。在琉の警戒を引き継ぐように、織理もじっと相手の目を見る。いつでも洗脳できるように。流石に正当防衛以外で一般人かも知らない人間に能力は使えない。

 女はすぐ近くまで来ると漸く足を止めて、下手くそな笑みを浮かべた。

「警戒しないでください……ただ見に来ただけなんです」

 そう言うと彼女はぺこ、とお辞儀した。声は落ち着いている。笑みが下手なのは織理も同じなのでそこに対しては何も言えないが、なんとも怪しい。

「最近引っ越してきて、なので散歩してて」

 目を逸らし遠景を見る彼女に、返せる言葉は思いつかない。ただ視線を外されたことでやりにくくなった。

「悪いけどオレたち急いでるから」

 在琉はそう言って女のそばを過ぎようとした。織理も目は逸らさずに横を通り過ぎようとした。

 その時、不意に両手が伸ばされた。在琉は思わずそれを手で跳ね除け、織理も同じようにする。やっぱり何かする気なのか、もう一度織理は構えをとった。

「あの人の、大切な人達……」

 女はその手をさすりながらボソボソと話す。声は自信がなさそうであり、何より聞き取りにくい。ただ、流石にこの流れならわかる。

「……お前が手紙送ってきた人?」
「手紙? ……見てもらえたんですか?」

 織理の問いに女は嬉しそうに口を歪めた。――質問、間違えたかな。恐らく例の誘拐犯だろう女を喜ばせてしまったことに、織理は顔を顰める。
 一方、在琉はその様子に、盗撮の可能性はなさそうだと感じていた。行動が筒抜けていないならただ出入りだけで自分を標的に選んだのだろう。能力者なのか否かはここでは判断つかない。
 もし、仮に能力者としてこの女の能力が透視や監視では無いのなら、一つ懸念がある。

「アンタ一人? まだ居るよね、同志が。接触して何する気? 弦が好きなら本人に行けよ」

 これは確信だった。あのように遠回しに怖がらせる一方で、わざわざこちらに姿を見せたことが何か引っかかる。考え無しにしては、あのボルトの存在が自身の事を知っているとしか思えなかった。つまり全くの一般人と考えるには無理がある。

 在琉は呆れたような視線を向けて煽るが、女は彼に視線を向けることはなかった。

「だって弦くん、外出てきてくれないんだもの……触れなきゃ、意味ないのに」

 爪をガジガジと噛みながら女は答える。綺麗に塗られた黒色のネイルがボロボロになっていく。
 ――なんか、母だった人もこんなだったな。織理はその姿に既視感を抱いた。こう言う、手に入らないものに執着してヒステリーを起こす人。こう言う奴は洗脳しやすいから助かるが、他人を害することに抵抗がないのも事実で。

「で、俺たちの前に出てきた目的は?」
「……1番弱いのが、ソレだって。だから、人質にし」

 在琉を指差し、素直なまでに告白した女に遠慮はいらない。明確な害意に織理は女の意識を一瞬で落とした。目線が合っていないため、継続使用はできないがこの程度なら問題がない。

「在琉、帰ろう。急いで」
「あぁ……」

 何か考え込むような在琉の手を引く。一瞬の記憶を飛ばしたのだ、恐らく目覚めてもすぐ追ってくることはないだろう。けれど走って、彼らは自宅へと急いだ。
 
 
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