優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第五章 外からくる現実

第10話 能力の可能性

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 朝、昨日と同じように在琉と織理を見送り、攪真は弦の部屋に向かう。
 弦の朝は遅い。学校に行かなくていいからというのもあるが、未だに後遺症の関係で体力を使っているのもあるのだろう。

 昨晩も織理からの洗脳で感覚自体は取り戻しかけているようだが、それが尚更疲れにつながっているようだった。

 部屋に入り、ベッドの横に立つ。手足があまり動かない関係で彼の寝相は乱れようがなく。ただやはり寝返りが打てないのは苦しいらしく、たまに眉間に皺がよる。そんな時は攪真が手伝って体を動かすのだ。

 今は静かに眠る姿に、声をかけるのも躊躇われる。しかし下手に体内時計をずらすと復帰した時に辛くなるだろう。だから一応朝は起こすのだ。

「おはようさん、弦。ええ時間ですよ」

 肩を軽く揺する。すると僅かにビク、と動いた。

「ん、……起きてる、……」

 そう言いながらも弦の目は閉じたまま。――ほんまこの人寝起き悪いわ。攪真はもう一度体を揺らした。そして漸く薄ら目が開いた。

「おはよ……、かくま……」
「めっちゃ眠そうやなぁ……」
「もっと、寝かせて……お願い……」

 モゾモゾと、僅かに毛布を掴んで引き寄せようとする仕草。手に力が入らないのだろうそれを、攪真はまた首上まで掛け直した。
 ――仕方ないか、まだ寝させよう。朝飯が冷めるとか、皿が片付かないとかはとりあえず無視して攪真はそう判断した。なんせこの状態になっている大元の原因が自分だ、弦に強く出られない。それに寝ている時は素直だ、苦しみを隠さないし、普段大人ぶってるこの人が年相応か少し幼く見える。
 攪真はベッドの縁に腰掛けて、弦の手に触れた。身体が不自由な彼の手はひんやりと冷たく、そっと握り返されることもない。

「……あったかい……もっと……」

 弦はふふ、と笑みをこぼして毛布に顔を埋めた。気持ちよさそうなその顔に、攪真は一瞬だけ目を逸らす。少し、変な気分になりそうだった。これが織理だったら今すぐにでも布団に潜り込んだのに。虚しい感想を覚えつつ、その手を両手で挟む。

 ――俺も眠くなってくるな。弦が回復し始めたから付きっきりで介抱しなくても大丈夫になっているし。心配事が段々と減っていく。今1番の不安はストーカーに関してだけだ。昨日織理達に接触してきたという女、簡単に無力化されたということは能力者でも無いのだろうか。手札のわからない相手というものはどうにも恐ろしく感じる。

 せめて弦だけは守らなくては。名誉挽回するには、もうそれしかない。織理から頼ってもらえたのだ。それが弦のためであろうと、喜んでもらえるならどうにでも。
 それに、自分も弦がただ攫われてしまうのは見過ごしたくない。恋敵とはいえこの人は自分に優しくしてくれる。全部を受け止めようとしてくれる、欲しい言葉をくれる……これが依存だと分かっている。だけど、他に逃げ場がない。織理を諦めきれないままの自分には、弦の優しさが唯一の呼吸口だった。本当は、この人の手を借りる資格すらない。けれど、彼を介抱することでしか織理の中に自分の立場なんてない気がする。
 何より今、せめて誰かの力になるなら、それで少しは自分を許せる気がした。結局自分のため、最低な考えに自嘲するしかない。

「ごめんな……弦さん」

 ――許してくれなくて良いから、俺の為にそのままで居て欲しい。言葉にしない本音が醜悪で、直視したくなくて。誤魔化すように彼の髪を掬って、撫でる。

 そうして暫くゆっくりしていると、コツコツとコンクリートを歩く音が聞こえた。窓の外、つまり敷地内。――例の女か? 窓から覗いても玄関は死角になっていて見えない。攪真は唾を飲み込み、立ち上がる。

「ちょっと見に行ってきます」
「気をつけてね~……」

 眠たげな弦の声を背景に攪真は部屋から出た。なるべく足音を立てないように、開けた瞬間に能力を使えるように深呼吸しながら階段を降りる。
 玄関横に置いてあるスパナを静かに手に取り、意を決して玄関の扉を開けた。

「……誰も、おらん?」

 ゆっくりと扉を開き切り、外に出る。辺りを見回しても誰も居ない。絶対にあれは足音だったのに。
 ふと地面に目を向けると、白い封筒が落ちていた。宛名はない、けれど明らかにこの家に対して向けられた手紙だ。これまでと違いどこにでも売っているような白い封筒。それはそれで不気味に見えた。攪真は雑に頭を破り、中を取り出す。白い紙を三つ折りにしただけのものが入っていた。

「……迎えにいくよ?」

 ただ一言そう書かれていた。思わず顔を上げて、周りを見渡す。やはり人影はない。攪真はゆっくりと下がりながら扉を開けて入り、すぐに閉めた。そして鍵をかける。滲み出てくる冷や汗を誤魔化しながらもう一度手紙に目を向けた。

 手紙の便箋はいつもと違った。シンプルな白い紙、パソコンで打たれた無機質な文字。これまでの人物と同一なのかも分からない。

 とにかく弦の元に行こう、攪真はそう思って玄関を上がろうとした。その時、外からまたガタンと音が聞こえた。躊躇いつつもその音の出所を確認しに行くことにした。手紙を置き、扉のチェーンをかけたままに開ける。

 だが何も居ない。物もない。どこか破損でもさせられたのか? と扉を開けて外に一度出る。塀の外まで歩いて確認したが、パッとわかる変化はなかった。攪真の中に嫌な考えが浮かんできた。
 ――これ、もしかしてワザとか? 俺を外に誘い出すための……。そこまで考えて攪真は弦の元に急いだ。嫌な予感に心臓がドクドクとなる。バタバタと階段を上がって、彼の部屋の扉を開けた。

「弦!!……っ? え?」

 部屋には誰も居なかった。それだけで攪真の頭の中は真っ白になる、全てが理解できなかった。
 窓は開いてない、鍵が閉まっている。自分が玄関から入ってきたのだから侵入経路なんて他にない。外にも人はいなかったはず。誰も家に入ってないのになんで? 攫われた? あの短時間で? 物音ひとつなく? どうやって? ――また俺は何もできなかった?

「ゆづる、? なぁ! 何処におるん……?」

 ――どうしよう、だってあの人はまだ足が動かない。手だって、力が入らないのに。今連れ去られてもあの人に抵抗できる体がない。
 景色が歪む、足元が崩れていくようだ。それに気がついて息を吐いた。落ち着かなくては、落ち着きたいのに。

「何かないんか、手がかりとか……」

 部屋を見渡す。最後に弦がいた場所、ベッドの上に手を這わせる。ほのかにあたたかい、もがいた形跡もない。つまり一瞬の話だったのではないか。相手が瞬間移動の能力者だったと言うこと? でもそんな貴重な力を、こんな短時間で正確に行使できるのか? いくらでも考えようはある、そうしながら辺りをよく見てみると、ベッドの横には十字架のピアスが転がっていた。――確か、織理とお揃いの奴。それがこんな無造作に。

「……すまん、弦先輩。俺にはなんもわからん……」

 もしかしたら何かの手掛かりなのかもしれない、けれどそれを読み解く力が自分にはない。
 ただ、このピアスを握って行くべきところがある。攪真は急いで飛び出す準備を始めた。



 ――――



 攪真は携帯を取り出して電話をかけた。3コール目に取られたそれに攪真は思わず声を張り上げる。

「カトル!」
「わぁ、お久しぶりですね、攪真さん」

 電話越しの彼は落ち着いた様子で返した。
 攪真が電話をかけた相手は同じクラスの揺間カトル。【ペンデュラム】と言う能力を持つ男。もう暫く登校してない攪真を彼は多少心配しつつ、しかし攪真の気迫に余計なことは言わなかった。

「今どこおる? 教室か? 急ぎの頼みが」
「教室にはいないです。外出てるので、……そっち向かいましょうか? 急いでるなら」

 カトルは攪真の様子にただ事ではないと感じたらしい。その能力故に探し物を頼まれやすい彼は、声のトーンや勢いで大体の緊急度を測れた。今だって彼は能力故に駆り出されていたところだった。

「頼む、俺もそっちに向かうから途中で落ち合わせて欲しい!」
「はい~向かいますね」

 ほぼ一方的な頼みにすら、嫌とは言わない彼に強く感謝した。切れた通話に携帯をポケットにしまい、攪真は車庫へと急ぐ。シャッターを開けて自身のバイクのハンドルを握り車庫から出した。
 財布と携帯、後これさえあればとりあえずはどうにかなるはず。攪真は一瞬だけ深呼吸して手持ちの確認をした。そして家の鍵を閉め、ヘルメットを被りバイクに跨る。
 
 カトルと行き会えたのはそこから10分ほど走った所。手を振りながらカトルは攪真を止める。
 すぐさまバイクを降りてヘルメットを脱いだ。

「すまん、ほんま感謝しとるわ」
「いーえ、ちょうどお仕事でしたのでー」

 カトルは間延びした語尾でゆったりと言う。良くも悪くも能力を仕事に使っている人間はこの手のことに慌てない。だからこそ攪真も少しだけ息継ぎが出来そうだった。
 攪真はジャケットのジッパーを下げた。中にしまっていたのは例の残されていたピアス。それをカトルに差し出した。

「これ! 手掛かりにして人探しして欲しい! 頼む」

 カトルは丁寧にそのピアスを受け取り手に乗せる。

「急ぎますね、ちょっとお待ちを」

 彼の能力は言ってしまえばダウジングだった。人でも物でも、存在するならば探すことができる。勿論距離が伸びるほどに時間も精度も悪くなっていくが、それを補うのが物証だった。残留思念と言うのだろうか、全くの無の状態から人を探すよりは、本人とより近くで過ごしてきた物があった方が思念を辿りやすい。
 だから攪真はこのピアスの使い道はこれしかないだろうと考えたのだ。

「恩に着るで、カトル……」

 カトルは自身の耳朶に飾られていた振り子のピアスを外して指に括る。くるくる、指を僅かに動かして揺らす。次第にそれは円を描くように勝手に周りだし、空中に何かを描き出す。攪真にはよくわからないが、隣でカトルはうんうんと頷いている。

「都市内の高級住宅街の一軒みたいですね。住所書き出します」

 カトルはポケットからメモ帳を取り出し、サラサラと書いて行く。あまりにも人から頼まれすぎて彼は常に紙を持ち歩いている、慣れたものだった。
 ――便利なものだ、ダウジングのくせにその場で全て見えるのだから。心底クラスメイトにこいつがいて良かったと攪真は思う。瞬間火力のない能力者が集められるB組は、その実何かあった時に頼れる者が多い。破壊者ばかりのA組とは違うのだ。
 書き終わったらしいカトルはメモをちぎり、攪真に手渡す。急いで書いた割には綺麗な文字と、目印の書かれた地図。

「お気をつけて」
「ありがとな、カトル。後でなんか奢るわ」
「はーい、焼肉奢ってくださいね~」

 攪真は礼だけ言って早々にバイクに跨った。住所を見ればバイクで3時間の距離。少し長い。だがどんなに急いでも距離だけは変わらない。ひたすらに耐えてくれと願うばかりだった。
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