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【3‐1】ステップアップ
凍える愛の行方
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沙蘭からフィリップスへの夜行便は大きな船だった。フィラノスから沙蘭だと数時間で済むものだが、今回は大海を渡らなくてはいけない。陸路で行っても時間は変わらないが、貿易都市で休んでしまうとゆっくりと長居をしてしまう。時間もお金ももったいない。
長距離運行なので、休める部屋があるタイプだ。
ローズは船の構造に目を輝かせている。パンフレットを持って眺めていた。日が沈むまで、自由時間を過ごす。
やがて日は沈み、食事を囲むことになった。部屋に集合する。
全員そろってできる話もある。
ジェフリーは船のチケットを購入した竜次に気になることを言う。
「別にもう慣れたけど、大家族の部屋って何だよ」
白く落ち着いた壁。高めの天井。大きなテーブル。両壁にベッドが四つずつ。真ん中はカーテンで仕切れるものだ。病院にありそうな構造だが最低限のプライベートしか守られない。
このタイプの部屋ならば、子ども連れや大家族で旅行には助かるかもしれない。
竜次もこの部屋の構造は予想外だったようだ。
「安い部屋でいいとは言ったのですが、いくつも部屋を取るよりはコスパがいいのかも? まぁ、あと何回こんなことがあるかわかりませんし、これはこれで楽しみましょうよ」
竜次も苦笑いだ。だが、面白い構造をしているのは皆も思っていた。
「ワタシが造る船もこういうのにしますカ?」
「せめて男女別にしようよ」
「夫婦部屋があったら面白いかもデスネ」
「ローズぅ……やめなよ、そういうのぉ」
悪巧みをするようににやりとしているローズ。コーディが手慣れた指摘を入れるのももうお馴染みだ。
助六の詰め合わせと、ちゃんちゃん焼きを広げる。鮭が解れて旨み油の甘い匂いが部屋いっぱいに充満する。広い部屋ではあるが、こんなものはあっという間だ。夕暮れ前にちらし寿司を食べたのに、胃袋を刺激される。
小皿に取って食事の時間を楽しむ。
人一倍食事を楽しむのはミティア。
「んんふぅ、おいなりさんの中……たけのこのご飯だ!」
一口で頬張っている割に、入っているいなり寿司の中身を当てた。そんな才能があるなんて意外だ。多分何も役に立たないが。
使い魔たちにしっかりとご飯をせびられた。
「ちょーだいのぉん!」
「ボクもちゃんちゃん焼き、食べたい!」
取り分け、小骨など抜いて与えると美味しそうに食べている。今度いつ、こんな上質な魚が食べられるかわからないからこそ堪能しているようだ。
大きくはないが部屋にはシャワー室もあって洗濯乾燥機もある。旅に助かる設備だ。
驚いたのはこれだけではない。極めつけは部屋着。人数分のジャージだ。これは斬新で経験がない。
「これから運動会でもするみたいですねぇ」
「言おうと思ったけど兄貴が言った方が適任だな……」
食事の次は着替えに関して話に花を咲かせる。竜次が言うと、何でもアダルトに聞こえて仕方がない。
このやり取りは、思わぬ方へ飛び火した。
「えんじ色のジャージとかロマンを感じませんか? ねぇ、サキ君!」
「えっ!? ぼ、僕はこういうのにはあまり興味がないと言うか、性癖には響かないです」
「がーん……サキ君ってそういう趣味はないのですか。義兄さんは悲しいです」
お酒でも入っているのかと疑うような絡み方だ。サキにその縁はないし、聖人君子のキャラクターにそこまでの邪な思いはない。
これでサキは終わらない。竜次の悪絡みに気を悪くしたようだ。
「失礼を承知で言うと、話の振り方に悪意があると言うか。先生は、僕をその道に引き込もうとしていません?」
「ぶっ……」
サキのあまりに攻める言動に、ジェフリーが噴き出し笑いをしている。何も口に含んでいなくて幸いだ。
キッドが憤慨している。
「竜次さん、サイテー! 別の、着ようかしら」
「えぇっ、そんなぁ! じゃあ、クレアは私たちにどんな格好をしてもらいたいですか?」
キッドは幻滅していた。軽蔑の眼差しが痺れてたまらない。だが、格好についての話になると、ころりと表情を変えた。
「んー……そうねぇ。あんまりおしゃれはわからないけど。こう、ぴっしりしたのかな?」
おしゃれはわからないとキッドは言うが、わからないなりに理解や興味を抱いている。
コーディが同調を示した。
「あ、わかるー、お兄ちゃん先生、顔はいいからスーツとかかっこいい服が似合いそう」
確かに黙っていれば顔はいい。性格は、完璧を演じる、どうしようもないポンコツなのだが。
ビジュアルを褒められるのにはあまり慣れていないのか、竜次は小難しい表情でジェフリーに助けを求めている。自分で服装の話題を振っておきながら、何とも言えない転換だ。
「自分で振っておいて……」
「だって、よくわからないので。執事でもやればいいのでしょうか?」
「礼装か……」
旅の道中、畏まった格好をしていない。縁がないのでする機会もなかった。
機会があれば、皆でそういう格好でもして写真を撮るのも悪くないだろう。機会があればの話だが。
行き先はフィリップスだ。ミティアは先のことを考えていた。
「フィリップスって久しぶりですよね。またローズさんのお家にお世話になるのなら、お掃除から入らないと」
ミティアはローズの家に、日持ちのするお菓子やらお茶を持ち込み、棚にこっそりとしまってある。もしかしたら、トランスポーターキューブが混ざっていたことはいまだに知らない。その話はまたの機会になりそうだ。話は進む。
ローズの家が拠点となるのは、ローズ自身も賛成のようだ。
「ま、ぼろい家ですが、宿代はかからないのでネ。家事ができますのでジェフ君、適宜よろしくデス」
「えっ、また俺が料理をするのか!?」
「この中で料理がうまいのは、ネェ?」
ローズは半ば強引に、ジェフリーに調理担当を指名した。
ジェフリーは悩まし気にしながら、皆の視線を確認した。
ミティアは、基礎はできてもアレンジを加えてしまうため、おいしいものは作れない。なぜケチャップ味の焼きそばにしてしまったのかという前科がある。
キッドは料理の腕は知らないが、多少なり作れるらしい。ただ、性格からイノシシの丸焼きなど持って来そうだ。
竜次は何もできないので触れないことにしている。
サキはアイラの弟子だったのだから、掃除や整理整頓はできる。出会った当初はやせ細っていた。食べることにはあまり執着がなさそうだ。料理ができるのかは謎である。
コーディはこの身長で台所に立つのは難しいかもしれない。やらせてみてもいいが。ローズは料理よりも優先することがあるだろう。
何となく自分に調理担当を任せたい意図がわかってしまった。ジェフリーは違う懸念もあることに頭を悩ませた。
「まぁ、この人数で外食代もばかにならないからな。確かに作った方がいいかもしれない。もし作るなら、何が食いたいのか、聞いて行くからな?」
食事の片付けをしながらゴミをまとめ、シャワー室を回そうとする。それまではゆっくりとした時間を楽しんだ。
サキは珍しくローズと話し込んでいる。小さい機材を広げて薬品の調合をしている。火は起こしていないが、これで魔力媒体を作っているようだ。魔石と何が違うのか、効果にどれほどの差があるのかなどかなり専門的な話だ。
えんじ色のジャージを持って渋りながらシャワー室に消えたキッドを見て、コーディが竜次に声をかける。
「キッドお姉ちゃんが先に入ってるから、チェスやろうよ」
火が点いたのか、持ち運び用のチェス盤と駒を買ったようだ。トランクから取り出して広げていた。また熱い戦いでも見れるのかと思った。
ジェフリーはミティアに呼び出される。
「もしよかったら、デッキに行かない?」
「少し歩くか。最近うまいもの食ってばかりだしな」
あるときは減量中、最近に関してはリハビリと、ジェフリーは体を慣らすことが多い。昼間の稽古でかなりの調子が取り戻せた。手応えがあった。
ジェフリーにとっていい誘いだったので、ミティアと部屋を出た。チェスの駒を持った竜次が出て行く二人をにやにやと見ていたが、これはいつものことなので気にしない。
狭い客室通路を通った際、きちんと閉めていない客室から話声や夜の営みが聞こえて来てしまい、気まずくなった。自分たちだけが船の利用者ではないのだから、色んな人がいるだろう。ミティアはこれが気になるのか、縮こまってジャケットを摘まんでいた。ジェフリーは離せとも言えず、何となくそのまま通路を抜けて軽食の売っている自販機も階段も通過した。
客室の確保のせいか、通路は狭い。やっと開けた場所に出た。
デッキへの重圧感のある扉の前で隙間風に身震いした。やけに冷たい風だ。
「寒いんじゃないか?」
「……」
冬の足音も聞こえて来た。ミティアは羽織るものを持っていない。このまま外に出たら寒そうだ。
「ぐるっと一周して戻ろう。さすがに寒いだろ」
ジェフリーなりに気を遣っているつもりだった。ミティアは服を摘まんだまま足を止めている。顔が少し赤いし、相変わらず縮こまっている。
「大事な話がしたいの。ダメ?」
「そんなことだろうとは思っていた。何だ? どうしても今がいいのか?」
ミティアの手はやけに力強い。表情はいつもと違う。怯えているようにも思えるが、自分で振り払おうと奮い立たせているようにも見える。
ジェフリーはミティアの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
ミティアはゆっくりと息を吸い、唇を一度、きゅっと噛んだ。そして声を震わせながら言う。
「フィラノスで兄さんの幻を見て、自分の『怖いもの』をちゃんと話しておかなきゃって思ったの。やっと気持ちの整理ができて、それから話す勇気が出たの。ジェフリーが、将来について考えてるって言っていたから」
ミティアの声質がいつもと違う。精神的に追い詰められている表情だ。溜め込むのも、我慢をするのも彼女の悪い癖だが、爆発する前に吐かせてしまった方がいいだろう。問題はその場所だ。
ジェフリーはミティアの手を握った。まずは勇み足を緩めてやりたい。
「これだけ寒かったらデッキは人が居ないだろうけど、別の所にしよう」
「そ、そうだね」
縋るように握り返してくる手が小刻みに震えている。何かを恐れているようだ。
デッキを離れ、人の少ない場所を探す。船の中では難しいかもしれないと思った。だが、すでに夜は深くなっている。売店も閉まっているし、さほど出歩いている人はいない。
大窓の展望スペースには誰もいない。ここなら話をしても大丈夫そうだ。
ガラス越しに綺麗な景色が見える。気落ちしかけていたミティアが明るい表情を取り戻した。できたらずっと明るい表情のままでいてもらいたい。
「わぁ、綺麗なんだね。もっと真っ暗で何も見えないものかと思ってた」
ミティアは食い入るように見て、おでこまでくっつけている。遠くに街の明かりが見えるが方向からして沙蘭かフィラノスだと思われる。星も見え、月は首が痛くなりそうな高い位置にあった。月明かりが水面をぼんやりと照らすのがまた綺麗だ。
「少しは落ち着いたか?」
「あ、うん……ごめんね。無理に付き合ってもらって」
まただ。この儚い笑顔を見るのがつらい。どうやったらこの笑顔から儚さを失くせるだろうか。どうやったらずっと心の底から笑ってくれるだろうか。ジェフリーは何とかしたくてもどうにもできない、もどかしさを抱いていた。
ミティアは景色を背後に、向き直ってジェフリーの両手を握った。
「悲しい顔しないで。悲しいのは、これから消えるから」
まだ少し震えている。暖かいのに凍えそうな手が震えを抑えようと必死に握っている。
一度俯き、目を瞑って大きく深呼吸をする。のちに顔を上げた。
「わたしね、ずっと怖くて言えなかったことがあるの。ずっと言おう言おうって思ってはいたの。だけど、ジェフリーはショックを受けるかなって……なかなか気持ちの整理ができなくて」
ミティアはゆっくりと首を振る。
ジェフリーは黙ってミティアの言葉を受け止めるしかなかった。
「見ないようにしていても気になって、さっきだってそういうの耳にした」
ミティアの頬を涙が伝った。
「わたしはジェフリーが思っているような人じゃない。体は汚れ、普通の女の子としては程遠い存在なの」
絞り出すような言葉。込み上げる涙を抑えようとするも、肩を震わせ、歯を食いしばっても咽び泣いている。
「ごめんなさい……ごめん、ね……」
握っていた手が解かれた。その手は自身の腕を抱え込んだ。
「わたし、ずっと兄さんに……」
ジェフリーはミティアの頭をそっと撫でる。
「ミティアはすごいな」
「えっ?」
ミティアの涙がぱたりと止まった。嫌われてしまうのではないかという、恐怖と戦っていた震えも止まった。緑色の澄んだ瞳が見上げる。
「言う勇気ってすごくいると思う」
「嫌いに、ならないの? こんなわらたしでも、いいの?」
「嫌いになる理由がない。むしろ、もっと好きになった。でも、そうだな……」
ジェフリーはどうしても言いたくて仕方ないことがあった。
「俺を信じてほしい。まだまだ頼りないけど、さ」
ミティアは意外に思った。どうして自分を責めないのだろうと疑問に思っていた。
「な、何とも思わないの? わたしを怒らないの?」
今度は不安な顔をしている。何も思わない方がおかしいと、ジェフリーを疑っているのだ。
ジェフリーは小さく首を振った。
「立場の弱い人を弄ぶのは許せないと思った。ミティアはずっと兄貴から逃げられなかったんじゃないのか?」
ミティアは『どうしてわかったの?』とでも言いたそうな顔をしている。
ジェフリーは魔導士狩りで許嫁を目の前で強姦された。目を背けた事実。見ないようにした。聞かないようにした。だが、いつかは向き合わねばならない。長いこと自分の中でタブー視していた。それでも、そういった行為は許せないと思っている。ミティアに対し怒り責めるなんてもってのほかだ。
「望まないことをされるってつらいよな。嫌だよな。苦しいよな……」
ミティアは許嫁を暴漢に襲われて失ったジェフリーの過去を思い出した。どうしてもっと早く言わなかったのだろうと、後悔した。
ジェフリーはミティアの気持ちに寄り添うように言う。
「ミティアは優しすぎる。そんな兄貴でも、親友のキッドとの板挟みでずっと葛藤していたんだと俺は思う。フィラノスで生存していた兄貴に遭遇して、忌まわしい行為を掘り起こされてしまわないか。また昔みたいに戻ってしまうのかって、怖かっただろう。俺に暴露されたくなかった。そういうことだったんじゃないのか?」
言いたいことが全部言われてしまった。ここまで完璧だと、ミティアも笑ってしまう。綻んだ笑顔は儚さを感じない。
「ま、まいったなぁ……」
ミティアは両目を擦ってとびっきりの笑顔を見せた。
「こんなにかっこいい人を好きになれてよかった」
ミティアが言う『かっこいい』とは、顔ではない。心を指している。
「目、逸らさなくなったね」
ミティアがじっと見上げて来るのに、恥ずかしくなくなっていた。ジェフリーはハッとする。意識すると目を逸らしたくなるが、好きな人の笑顔をいくらでも見ていたい思いが強かった。
「俺、しっかりするから」
「ジェフリーが? わたし、やっぱり何かいけなかった?」
「や、言ってくれて助かった。いよいよ強い緊張感を持たないと」
ジェフリーが言う『しっかり』とは、将来についてだ。いつまでも浪費癖があるままではいけないし、自分の足で立つことも考えないといけない。
カリカリと頬を掻く。いよいよ自分のケツを自分で叩くことになって、フィリップスでは職探しも視野に入れるつもりだ。
考え込むジェフリーにミティアが一方的に抱き着いた。そのまま顔を埋める。
「あ、おい……」
「今度、いつこうやってできるかわからないもん。充電しなきゃ」
今を噛み締めるような発言だ。今くらいはこうしてもいいだろう。ジェフリーもこの思いを忘れないと心に誓った。
何があっても、どんなミティアだろうと、絶対に自分が守ってみせる。
またお互い、心の距離が近くなった気がした。
「ほーら、あんたもさっさと汗流しなさい。一番動いたんでしょ!?」
キッドに催促された。
催促を受けたのはサキ。シャワー室の順番が回って来たのだが、コーディとチェスの勝負をしている。いつの間にかルールを覚えて対等にやり合っていた。
「チェック!」
「あっ、避けてたのにいぃぃっ!!」
長期戦を追い詰めたのはサキだった。切迫した空気の中、やっと着いた決着にお互いがため息をついた。
「ふう、実戦は初めてでした。ルールと駒の動かし方だけは頭に入れておいたのですけれど」
「魔法だけじゃなくて、こういうのも強いんだね」
「うーん、ビギナーズラックかな」
勝負はついたが、サキは納得していない様子だった。もう一戦やりたいが、そろそろ汗を流して休息へ移行する。
サキは部屋着を手にしてシャワー室へ消えた。小難しく考えていたのが、チェスの戦略で今は頭がいっぱいのようだ。
コーディがチェスの駒を回収して顔を上げる。
「お兄ちゃん先生一緒にや……?」
やらない? と声をかけたかったのだが、竜次はにやにやと何か言いたそうな笑みを浮かべているのが目に入った。コーディはチェス盤を閉まった。
竜次のいやらしい攻撃が始まった。
「サキ君とのチェス、ずいぶんと楽しそうでしたね。あんなに楽しそうなコーディちゃんは、見たことがないかもしれません」
コーディは言われると思ったので嫌な顔をしている。いつもの落ち着きに戻しながら息をついた。竜次に指摘されるなんて苦痛だった。そう言えば、『脈ナシ』なんて暴言まがいなことを吐いて悩ませたかもしれない。そのツケが回って来たのかと思えば何も不思議ではないと自身に言い聞かせる。
触れられたくないが、同室の時点でそれは無理だ。コーディは黙っていた。
キッドはサキには恋愛に興味があるのかを疑問に思った。
「あの子、そう言うの興味あるのかしら?」
ローズまでコーディをからかった。。
「コーディもお年頃ではありますヨ? ネェ?」
ここまでコーディは無言を貫いた。何を言い返そうかと考えていると、圭馬が憤慨しながら代弁した。
「種族を越えるのはつらいと思うよ! だからあんま触れないであげなよ」
珍しく圭馬が味方だ。道場では『ホの字?』とからかっていたようにも思えたが、そこは長寿としてある程度の気持ちを汲み取っている。
「それにしても、バカップルおっそいね」
圭馬は話題を逸らした。彼の指すバカップルとは、ミティアとジェフリーを指す。圭馬はさらに言う。
「キッドお姉ちゃんはもう怒ったり止めに入ったりしないんだね。前だったら、出て行って引きずり戻す勢いだったじゃん? 自分のことで精一杯にでもなった?」
久しぶりに人に対して挑発するような言動だ。可愛らしいウサギの姿でこんな発言をするのだから、本来の圭馬はこんなもののはず。
「も、もうミティアも大人なんだし。それに、そろそろあいつに任せないといけないと思って……」
キッドはぶつぶつと小声だ。素直になれないのが彼女の特徴だが、どうやらジェフリーを認めている。竜次も同調した。
「私からもジェフにしっかりしなさいって、言っておきました。これから色々考える時間もあるでしょうからね。今までは健全な関係をと監視するように注意なんてしていましたが、もうこれからは必要ないでしょう。そんな私は、自分の身の振りを考えていますけどね?」
竜次は決して悪い印象を抱かないスマイルで言い、さりげなく自分の主張もしている。
竜次の言葉に反応したのは圭馬だ。
「……かーっ、惚気てくれるねぇ、お兄ちゃん先生? 守るものができるとマジになっちゃうの、人間臭くていいなぁ」
視点は人間的ではないが、圭馬なりの客観的な意見は煽りにも励ましにもなるのが不思議なところ。耳をパタパタと上下させ、誤魔化すように毛繕いをしている。
そう時間が経たないうちに、ミティアとジェフリーが部屋に戻った。何か話でもしたのだろう。二人の表情は明るい。誰もからかいはしなかったが、ある程度の察しはつく。きっといい話をしたのだ。
それぞれの正義、それぞれのプライド、それぞれの愛情を胸に夜はさらに深まる。
長距離運行なので、休める部屋があるタイプだ。
ローズは船の構造に目を輝かせている。パンフレットを持って眺めていた。日が沈むまで、自由時間を過ごす。
やがて日は沈み、食事を囲むことになった。部屋に集合する。
全員そろってできる話もある。
ジェフリーは船のチケットを購入した竜次に気になることを言う。
「別にもう慣れたけど、大家族の部屋って何だよ」
白く落ち着いた壁。高めの天井。大きなテーブル。両壁にベッドが四つずつ。真ん中はカーテンで仕切れるものだ。病院にありそうな構造だが最低限のプライベートしか守られない。
このタイプの部屋ならば、子ども連れや大家族で旅行には助かるかもしれない。
竜次もこの部屋の構造は予想外だったようだ。
「安い部屋でいいとは言ったのですが、いくつも部屋を取るよりはコスパがいいのかも? まぁ、あと何回こんなことがあるかわかりませんし、これはこれで楽しみましょうよ」
竜次も苦笑いだ。だが、面白い構造をしているのは皆も思っていた。
「ワタシが造る船もこういうのにしますカ?」
「せめて男女別にしようよ」
「夫婦部屋があったら面白いかもデスネ」
「ローズぅ……やめなよ、そういうのぉ」
悪巧みをするようににやりとしているローズ。コーディが手慣れた指摘を入れるのももうお馴染みだ。
助六の詰め合わせと、ちゃんちゃん焼きを広げる。鮭が解れて旨み油の甘い匂いが部屋いっぱいに充満する。広い部屋ではあるが、こんなものはあっという間だ。夕暮れ前にちらし寿司を食べたのに、胃袋を刺激される。
小皿に取って食事の時間を楽しむ。
人一倍食事を楽しむのはミティア。
「んんふぅ、おいなりさんの中……たけのこのご飯だ!」
一口で頬張っている割に、入っているいなり寿司の中身を当てた。そんな才能があるなんて意外だ。多分何も役に立たないが。
使い魔たちにしっかりとご飯をせびられた。
「ちょーだいのぉん!」
「ボクもちゃんちゃん焼き、食べたい!」
取り分け、小骨など抜いて与えると美味しそうに食べている。今度いつ、こんな上質な魚が食べられるかわからないからこそ堪能しているようだ。
大きくはないが部屋にはシャワー室もあって洗濯乾燥機もある。旅に助かる設備だ。
驚いたのはこれだけではない。極めつけは部屋着。人数分のジャージだ。これは斬新で経験がない。
「これから運動会でもするみたいですねぇ」
「言おうと思ったけど兄貴が言った方が適任だな……」
食事の次は着替えに関して話に花を咲かせる。竜次が言うと、何でもアダルトに聞こえて仕方がない。
このやり取りは、思わぬ方へ飛び火した。
「えんじ色のジャージとかロマンを感じませんか? ねぇ、サキ君!」
「えっ!? ぼ、僕はこういうのにはあまり興味がないと言うか、性癖には響かないです」
「がーん……サキ君ってそういう趣味はないのですか。義兄さんは悲しいです」
お酒でも入っているのかと疑うような絡み方だ。サキにその縁はないし、聖人君子のキャラクターにそこまでの邪な思いはない。
これでサキは終わらない。竜次の悪絡みに気を悪くしたようだ。
「失礼を承知で言うと、話の振り方に悪意があると言うか。先生は、僕をその道に引き込もうとしていません?」
「ぶっ……」
サキのあまりに攻める言動に、ジェフリーが噴き出し笑いをしている。何も口に含んでいなくて幸いだ。
キッドが憤慨している。
「竜次さん、サイテー! 別の、着ようかしら」
「えぇっ、そんなぁ! じゃあ、クレアは私たちにどんな格好をしてもらいたいですか?」
キッドは幻滅していた。軽蔑の眼差しが痺れてたまらない。だが、格好についての話になると、ころりと表情を変えた。
「んー……そうねぇ。あんまりおしゃれはわからないけど。こう、ぴっしりしたのかな?」
おしゃれはわからないとキッドは言うが、わからないなりに理解や興味を抱いている。
コーディが同調を示した。
「あ、わかるー、お兄ちゃん先生、顔はいいからスーツとかかっこいい服が似合いそう」
確かに黙っていれば顔はいい。性格は、完璧を演じる、どうしようもないポンコツなのだが。
ビジュアルを褒められるのにはあまり慣れていないのか、竜次は小難しい表情でジェフリーに助けを求めている。自分で服装の話題を振っておきながら、何とも言えない転換だ。
「自分で振っておいて……」
「だって、よくわからないので。執事でもやればいいのでしょうか?」
「礼装か……」
旅の道中、畏まった格好をしていない。縁がないのでする機会もなかった。
機会があれば、皆でそういう格好でもして写真を撮るのも悪くないだろう。機会があればの話だが。
行き先はフィリップスだ。ミティアは先のことを考えていた。
「フィリップスって久しぶりですよね。またローズさんのお家にお世話になるのなら、お掃除から入らないと」
ミティアはローズの家に、日持ちのするお菓子やらお茶を持ち込み、棚にこっそりとしまってある。もしかしたら、トランスポーターキューブが混ざっていたことはいまだに知らない。その話はまたの機会になりそうだ。話は進む。
ローズの家が拠点となるのは、ローズ自身も賛成のようだ。
「ま、ぼろい家ですが、宿代はかからないのでネ。家事ができますのでジェフ君、適宜よろしくデス」
「えっ、また俺が料理をするのか!?」
「この中で料理がうまいのは、ネェ?」
ローズは半ば強引に、ジェフリーに調理担当を指名した。
ジェフリーは悩まし気にしながら、皆の視線を確認した。
ミティアは、基礎はできてもアレンジを加えてしまうため、おいしいものは作れない。なぜケチャップ味の焼きそばにしてしまったのかという前科がある。
キッドは料理の腕は知らないが、多少なり作れるらしい。ただ、性格からイノシシの丸焼きなど持って来そうだ。
竜次は何もできないので触れないことにしている。
サキはアイラの弟子だったのだから、掃除や整理整頓はできる。出会った当初はやせ細っていた。食べることにはあまり執着がなさそうだ。料理ができるのかは謎である。
コーディはこの身長で台所に立つのは難しいかもしれない。やらせてみてもいいが。ローズは料理よりも優先することがあるだろう。
何となく自分に調理担当を任せたい意図がわかってしまった。ジェフリーは違う懸念もあることに頭を悩ませた。
「まぁ、この人数で外食代もばかにならないからな。確かに作った方がいいかもしれない。もし作るなら、何が食いたいのか、聞いて行くからな?」
食事の片付けをしながらゴミをまとめ、シャワー室を回そうとする。それまではゆっくりとした時間を楽しんだ。
サキは珍しくローズと話し込んでいる。小さい機材を広げて薬品の調合をしている。火は起こしていないが、これで魔力媒体を作っているようだ。魔石と何が違うのか、効果にどれほどの差があるのかなどかなり専門的な話だ。
えんじ色のジャージを持って渋りながらシャワー室に消えたキッドを見て、コーディが竜次に声をかける。
「キッドお姉ちゃんが先に入ってるから、チェスやろうよ」
火が点いたのか、持ち運び用のチェス盤と駒を買ったようだ。トランクから取り出して広げていた。また熱い戦いでも見れるのかと思った。
ジェフリーはミティアに呼び出される。
「もしよかったら、デッキに行かない?」
「少し歩くか。最近うまいもの食ってばかりだしな」
あるときは減量中、最近に関してはリハビリと、ジェフリーは体を慣らすことが多い。昼間の稽古でかなりの調子が取り戻せた。手応えがあった。
ジェフリーにとっていい誘いだったので、ミティアと部屋を出た。チェスの駒を持った竜次が出て行く二人をにやにやと見ていたが、これはいつものことなので気にしない。
狭い客室通路を通った際、きちんと閉めていない客室から話声や夜の営みが聞こえて来てしまい、気まずくなった。自分たちだけが船の利用者ではないのだから、色んな人がいるだろう。ミティアはこれが気になるのか、縮こまってジャケットを摘まんでいた。ジェフリーは離せとも言えず、何となくそのまま通路を抜けて軽食の売っている自販機も階段も通過した。
客室の確保のせいか、通路は狭い。やっと開けた場所に出た。
デッキへの重圧感のある扉の前で隙間風に身震いした。やけに冷たい風だ。
「寒いんじゃないか?」
「……」
冬の足音も聞こえて来た。ミティアは羽織るものを持っていない。このまま外に出たら寒そうだ。
「ぐるっと一周して戻ろう。さすがに寒いだろ」
ジェフリーなりに気を遣っているつもりだった。ミティアは服を摘まんだまま足を止めている。顔が少し赤いし、相変わらず縮こまっている。
「大事な話がしたいの。ダメ?」
「そんなことだろうとは思っていた。何だ? どうしても今がいいのか?」
ミティアの手はやけに力強い。表情はいつもと違う。怯えているようにも思えるが、自分で振り払おうと奮い立たせているようにも見える。
ジェフリーはミティアの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
ミティアはゆっくりと息を吸い、唇を一度、きゅっと噛んだ。そして声を震わせながら言う。
「フィラノスで兄さんの幻を見て、自分の『怖いもの』をちゃんと話しておかなきゃって思ったの。やっと気持ちの整理ができて、それから話す勇気が出たの。ジェフリーが、将来について考えてるって言っていたから」
ミティアの声質がいつもと違う。精神的に追い詰められている表情だ。溜め込むのも、我慢をするのも彼女の悪い癖だが、爆発する前に吐かせてしまった方がいいだろう。問題はその場所だ。
ジェフリーはミティアの手を握った。まずは勇み足を緩めてやりたい。
「これだけ寒かったらデッキは人が居ないだろうけど、別の所にしよう」
「そ、そうだね」
縋るように握り返してくる手が小刻みに震えている。何かを恐れているようだ。
デッキを離れ、人の少ない場所を探す。船の中では難しいかもしれないと思った。だが、すでに夜は深くなっている。売店も閉まっているし、さほど出歩いている人はいない。
大窓の展望スペースには誰もいない。ここなら話をしても大丈夫そうだ。
ガラス越しに綺麗な景色が見える。気落ちしかけていたミティアが明るい表情を取り戻した。できたらずっと明るい表情のままでいてもらいたい。
「わぁ、綺麗なんだね。もっと真っ暗で何も見えないものかと思ってた」
ミティアは食い入るように見て、おでこまでくっつけている。遠くに街の明かりが見えるが方向からして沙蘭かフィラノスだと思われる。星も見え、月は首が痛くなりそうな高い位置にあった。月明かりが水面をぼんやりと照らすのがまた綺麗だ。
「少しは落ち着いたか?」
「あ、うん……ごめんね。無理に付き合ってもらって」
まただ。この儚い笑顔を見るのがつらい。どうやったらこの笑顔から儚さを失くせるだろうか。どうやったらずっと心の底から笑ってくれるだろうか。ジェフリーは何とかしたくてもどうにもできない、もどかしさを抱いていた。
ミティアは景色を背後に、向き直ってジェフリーの両手を握った。
「悲しい顔しないで。悲しいのは、これから消えるから」
まだ少し震えている。暖かいのに凍えそうな手が震えを抑えようと必死に握っている。
一度俯き、目を瞑って大きく深呼吸をする。のちに顔を上げた。
「わたしね、ずっと怖くて言えなかったことがあるの。ずっと言おう言おうって思ってはいたの。だけど、ジェフリーはショックを受けるかなって……なかなか気持ちの整理ができなくて」
ミティアはゆっくりと首を振る。
ジェフリーは黙ってミティアの言葉を受け止めるしかなかった。
「見ないようにしていても気になって、さっきだってそういうの耳にした」
ミティアの頬を涙が伝った。
「わたしはジェフリーが思っているような人じゃない。体は汚れ、普通の女の子としては程遠い存在なの」
絞り出すような言葉。込み上げる涙を抑えようとするも、肩を震わせ、歯を食いしばっても咽び泣いている。
「ごめんなさい……ごめん、ね……」
握っていた手が解かれた。その手は自身の腕を抱え込んだ。
「わたし、ずっと兄さんに……」
ジェフリーはミティアの頭をそっと撫でる。
「ミティアはすごいな」
「えっ?」
ミティアの涙がぱたりと止まった。嫌われてしまうのではないかという、恐怖と戦っていた震えも止まった。緑色の澄んだ瞳が見上げる。
「言う勇気ってすごくいると思う」
「嫌いに、ならないの? こんなわらたしでも、いいの?」
「嫌いになる理由がない。むしろ、もっと好きになった。でも、そうだな……」
ジェフリーはどうしても言いたくて仕方ないことがあった。
「俺を信じてほしい。まだまだ頼りないけど、さ」
ミティアは意外に思った。どうして自分を責めないのだろうと疑問に思っていた。
「な、何とも思わないの? わたしを怒らないの?」
今度は不安な顔をしている。何も思わない方がおかしいと、ジェフリーを疑っているのだ。
ジェフリーは小さく首を振った。
「立場の弱い人を弄ぶのは許せないと思った。ミティアはずっと兄貴から逃げられなかったんじゃないのか?」
ミティアは『どうしてわかったの?』とでも言いたそうな顔をしている。
ジェフリーは魔導士狩りで許嫁を目の前で強姦された。目を背けた事実。見ないようにした。聞かないようにした。だが、いつかは向き合わねばならない。長いこと自分の中でタブー視していた。それでも、そういった行為は許せないと思っている。ミティアに対し怒り責めるなんてもってのほかだ。
「望まないことをされるってつらいよな。嫌だよな。苦しいよな……」
ミティアは許嫁を暴漢に襲われて失ったジェフリーの過去を思い出した。どうしてもっと早く言わなかったのだろうと、後悔した。
ジェフリーはミティアの気持ちに寄り添うように言う。
「ミティアは優しすぎる。そんな兄貴でも、親友のキッドとの板挟みでずっと葛藤していたんだと俺は思う。フィラノスで生存していた兄貴に遭遇して、忌まわしい行為を掘り起こされてしまわないか。また昔みたいに戻ってしまうのかって、怖かっただろう。俺に暴露されたくなかった。そういうことだったんじゃないのか?」
言いたいことが全部言われてしまった。ここまで完璧だと、ミティアも笑ってしまう。綻んだ笑顔は儚さを感じない。
「ま、まいったなぁ……」
ミティアは両目を擦ってとびっきりの笑顔を見せた。
「こんなにかっこいい人を好きになれてよかった」
ミティアが言う『かっこいい』とは、顔ではない。心を指している。
「目、逸らさなくなったね」
ミティアがじっと見上げて来るのに、恥ずかしくなくなっていた。ジェフリーはハッとする。意識すると目を逸らしたくなるが、好きな人の笑顔をいくらでも見ていたい思いが強かった。
「俺、しっかりするから」
「ジェフリーが? わたし、やっぱり何かいけなかった?」
「や、言ってくれて助かった。いよいよ強い緊張感を持たないと」
ジェフリーが言う『しっかり』とは、将来についてだ。いつまでも浪費癖があるままではいけないし、自分の足で立つことも考えないといけない。
カリカリと頬を掻く。いよいよ自分のケツを自分で叩くことになって、フィリップスでは職探しも視野に入れるつもりだ。
考え込むジェフリーにミティアが一方的に抱き着いた。そのまま顔を埋める。
「あ、おい……」
「今度、いつこうやってできるかわからないもん。充電しなきゃ」
今を噛み締めるような発言だ。今くらいはこうしてもいいだろう。ジェフリーもこの思いを忘れないと心に誓った。
何があっても、どんなミティアだろうと、絶対に自分が守ってみせる。
またお互い、心の距離が近くなった気がした。
「ほーら、あんたもさっさと汗流しなさい。一番動いたんでしょ!?」
キッドに催促された。
催促を受けたのはサキ。シャワー室の順番が回って来たのだが、コーディとチェスの勝負をしている。いつの間にかルールを覚えて対等にやり合っていた。
「チェック!」
「あっ、避けてたのにいぃぃっ!!」
長期戦を追い詰めたのはサキだった。切迫した空気の中、やっと着いた決着にお互いがため息をついた。
「ふう、実戦は初めてでした。ルールと駒の動かし方だけは頭に入れておいたのですけれど」
「魔法だけじゃなくて、こういうのも強いんだね」
「うーん、ビギナーズラックかな」
勝負はついたが、サキは納得していない様子だった。もう一戦やりたいが、そろそろ汗を流して休息へ移行する。
サキは部屋着を手にしてシャワー室へ消えた。小難しく考えていたのが、チェスの戦略で今は頭がいっぱいのようだ。
コーディがチェスの駒を回収して顔を上げる。
「お兄ちゃん先生一緒にや……?」
やらない? と声をかけたかったのだが、竜次はにやにやと何か言いたそうな笑みを浮かべているのが目に入った。コーディはチェス盤を閉まった。
竜次のいやらしい攻撃が始まった。
「サキ君とのチェス、ずいぶんと楽しそうでしたね。あんなに楽しそうなコーディちゃんは、見たことがないかもしれません」
コーディは言われると思ったので嫌な顔をしている。いつもの落ち着きに戻しながら息をついた。竜次に指摘されるなんて苦痛だった。そう言えば、『脈ナシ』なんて暴言まがいなことを吐いて悩ませたかもしれない。そのツケが回って来たのかと思えば何も不思議ではないと自身に言い聞かせる。
触れられたくないが、同室の時点でそれは無理だ。コーディは黙っていた。
キッドはサキには恋愛に興味があるのかを疑問に思った。
「あの子、そう言うの興味あるのかしら?」
ローズまでコーディをからかった。。
「コーディもお年頃ではありますヨ? ネェ?」
ここまでコーディは無言を貫いた。何を言い返そうかと考えていると、圭馬が憤慨しながら代弁した。
「種族を越えるのはつらいと思うよ! だからあんま触れないであげなよ」
珍しく圭馬が味方だ。道場では『ホの字?』とからかっていたようにも思えたが、そこは長寿としてある程度の気持ちを汲み取っている。
「それにしても、バカップルおっそいね」
圭馬は話題を逸らした。彼の指すバカップルとは、ミティアとジェフリーを指す。圭馬はさらに言う。
「キッドお姉ちゃんはもう怒ったり止めに入ったりしないんだね。前だったら、出て行って引きずり戻す勢いだったじゃん? 自分のことで精一杯にでもなった?」
久しぶりに人に対して挑発するような言動だ。可愛らしいウサギの姿でこんな発言をするのだから、本来の圭馬はこんなもののはず。
「も、もうミティアも大人なんだし。それに、そろそろあいつに任せないといけないと思って……」
キッドはぶつぶつと小声だ。素直になれないのが彼女の特徴だが、どうやらジェフリーを認めている。竜次も同調した。
「私からもジェフにしっかりしなさいって、言っておきました。これから色々考える時間もあるでしょうからね。今までは健全な関係をと監視するように注意なんてしていましたが、もうこれからは必要ないでしょう。そんな私は、自分の身の振りを考えていますけどね?」
竜次は決して悪い印象を抱かないスマイルで言い、さりげなく自分の主張もしている。
竜次の言葉に反応したのは圭馬だ。
「……かーっ、惚気てくれるねぇ、お兄ちゃん先生? 守るものができるとマジになっちゃうの、人間臭くていいなぁ」
視点は人間的ではないが、圭馬なりの客観的な意見は煽りにも励ましにもなるのが不思議なところ。耳をパタパタと上下させ、誤魔化すように毛繕いをしている。
そう時間が経たないうちに、ミティアとジェフリーが部屋に戻った。何か話でもしたのだろう。二人の表情は明るい。誰もからかいはしなかったが、ある程度の察しはつく。きっといい話をしたのだ。
それぞれの正義、それぞれのプライド、それぞれの愛情を胸に夜はさらに深まる。
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