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【3‐2】騒動
巡る・廻る
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一行はフィリップスのローズの宅に拠点をかまえていた。フィリップスでの情報収集と、活動資金集めが主な目的だ。その過程で、個々で仕事を請け負い、効率化を図っていた。だが、問題も起こる。それは些細なことから大きなことまで。
大きな問題にぶつかったのはサキだった。自分の力だけではどうにもできなかったが、その相談を竜次にした。その帰りだ。
サキと竜次は拠点に帰還した。
静かな空気、火の入った温かい暖炉、お風呂の石鹸の匂いが心を落ち着かせてくれる。
ローズを除く女性陣は眠りについていた。遅くなってしまったことがうかがえる。
ハーターが湯気の立ったカップを二つ差し出した。
「お帰り、二人ともココアでもどうぞ。ちょっと甘いかもしれないけど」
サキも竜次もありがたくいただく。ハーターは急いで淹れたのか、ミルクが混ざりきっていない。だが、温かさがありがたいものだった。
物音を聞いたのか、ジェフリーが地下から上がって来た。
「遅かったな。サキはさっきよりずっと明るい顔してるし、よかったな」
「ジェフリーさんにも心配かけちゃったみたいですね。すみません」
「悪いことをしていないんだから、謝るなよ」
竜次が兄のように接するのなら、ジェフリーは年の離れた友だちのように接する。
悩みを抱え込むのはよくないと、サキも反省しているようだ。
少しでも持ち直してくれたのならよかったとジェフリーは安心した。
竜次がサキを気遣う。
「さっ、サキ君。明日があるんですから、先にお風呂に入ってしまいなさいな。お疲れでしょう?」
「はぁい」
竜次に促され、サキはココアを一気に飲み干してカップを台所へ下げた。タオルを持ってお風呂場へ行く。水の流れる音と、ゴトゴトと音が漏れて来る。
竜次は服装を崩しながら質問をする。
「ジェフは何をしていたのですか?」
「練習。魔法の……」
ジェフリーの足元から使い魔が顔を見せた。圭馬とショコラが、揃って少し眠そうにしながら見上げている。
「聞いてよ、お兄ちゃん先生。ジェフリーお兄ちゃんったら、守りの魔法の練習したいだなんて熱心だよね」
「ほんとなのぉん」
圭馬が具体的な練習内容を話した。ショコラが相槌を打っている。
竜次は眉を崩し、考え込んだ。
「守りの魔法ですか?」
竜次は『どうしてそんなものを』と言いかけて、ジェフリーが怪我をしたのを思い出した。意識することは大切だが、こうも早く手を付けようとは殊勝な心掛けだ。
ショコラがジェフリーのズボンをカリカリと掻く。
「やればできるのですからぁ、ちゃんと魔法学校に通えばよかったのですのにぃ」
「ばあさん、何度も言うけど俺はソッチが専門じゃないんだってば」
このやりとりも見慣れてしまったが、ショコラはどうも呑み込みのいいジェフリーを気に入っている。
「それで、サキは大丈夫だったのか?」
奥からの水の音を聞きながら、ジェフリーが竜次に訊ねる。
「だいぶ落ち込んでいましたけど、持ち直せたようです。まだ安全とは言えません。ちょっと心の病が見え隠れしていますので」
「俺には力になれない。だから、兄貴が力になってくれると助かる」
「えぇ、もちろんです。なので、明日はサキ君と同行します。あぁ、ちゃんとそれなりの変装はしますよ。こういうのじゃなくてね?」
伊達眼鏡とベレーを外す。ベレーはともかく、眼鏡はあってもいいかもしれないが。
竜次はもっと重大な注意を促す。
「さっき、街外れでルシフという魔法使いさんに会いました。妹さんをさらわれてしまったみたいでしたが、そのさらった人がルッシェナ・エミルト・セミリシアと言っていました。あの人は天空都市ではなく、地上にいるようです」
ローズも手を止めて顔を上げた。
ハーターも眉間にシワを寄せている。
「おっと、不穏な流れだね。彼が出しゃばって来たか」
「ルー、何をしようというのデス?!」
「それはぼくも気になるね。だって、彼は大ボスみたいなものでしょ?」
ハーターもある程度の話は通じる。この反応でわかったのは、敵として見ている。ジェフリーも竜次も安心した。
竜次が一番注意しなくてはならない点を話した。
「わかっていると思いますが、今は決して一人にならないようにしてください。ミティアさんも社会勉強を我慢してもらわないといけませんね」
せっかくミティアも仕事を楽しみにしていたのに、ここでいったんは遮るようになってしまう。だが、彼女に何かあっては困る。
ミティアを誰と同行させるべきか、ジェフリーは頭を悩ませる。
「ここでハーター先生たちと留守番か、俺たちと一緒に行動させるかってところか」
竜次もその考えのようだ。同調する。
「そうですね。お城で連れ歩くには立ち振る舞いが不安です。何か興味を抱いて離脱しては困りますし、万が一誘拐などされてしまったら……」
竜次の悪い癖が出た。過保護すぎる心配性だ。しかも自分たちが一緒では分が悪いと思っていた。城では何かあったときに自由が利きにくい。
ジェフリーはそれを考慮したうえで決断した。
「わかった。コッチで面倒見よう」
どっちも不安だが、目が行き届くところにいるかいないかで意識は違う。ミティアを放置しておくにはあまりにも危険な状況だ。
ハーターはローズと顔を見合わせる。
「お留守番していても、ローズとぼくではちょっと不安だね。小細工が効くような戦い方は苦手でね。彼は確か、銃を持っているんだろう?」
「そう言えばソデス」
ルッシェナはマスケットを持っていた。遠距離攻撃は分が悪い。それに、ルッシェナは剣も持っていて多少の魔法も使える。兼ね備えが周到過ぎて応戦に困るくらいだ。他にどんな手を持っているのかもわかっていない。
ハーターは個人的に悩ましい思いがあった。
「ぼくはできたら彼と戦いたくないね。何せぼくはあの人にも剣を教えたことがあるんだ。個人的な事情で申し訳ないけど、教え子と真剣を交えるのは勘弁願いたい」
「オニーチャン……」
さぞ心苦しい立場だろう。教師だった経験がここで闘志にブレーキを掛けた。
まとまりが悪い。だが、そこを竜次がまとめた。
「湿っぽくなってすみません。しばらくは注意してください」
ミティアに限ったことではない。全員が意識をしなくてはならない。
圭馬が気になったことを質問した。その質問の相手は竜次だ。
「ねぇ、お兄ちゃん先生」
竜次は剣やカバンを外してくつろぎ直す。圭馬に向き直り首を傾げた。
「ルシフ兄ちゃんに会ったんだよね。妹のミエーナちゃんがさらわれたのに、助けを求めて来なかったの? どうして?」
圭馬が竜次をじっと見上げる。冗談を言っている訳ではないが、そこのメリハリはきちんとしているので問題ない。竜次は自分の考えを述べた。
「妹を犠牲にしても、目的を優先していると私は見ています。ギルドに依頼を出していましたものね」
「そりゃそうだけど。ストイックだなぁ、相変わらず」
「こちらを離れて彼に協力しますか?」
圭馬がやけに気にしているので、竜次から提案をした。圭馬は首を振る。
「いや? ボクは辞めておくよ。魔力供給を受けないと姿も維持できないんだから、ルシフ兄ちゃんに就いたところで荷物にしかならない。昔とは勝手が違うんだもの。それに、今はキミたちに就いていた方が楽しそうだからね」
圭馬は今の自分が足を引っ張ると自覚していた。ゆえに、一行を抜けるつもりはないらしい。半分くらいはその理由。圭馬は人情に厚い。この一行を気に入っていると話していたのだから、終末まで付き合うつもりだ。
竜次はさらにルシフから聞いた気になることを話した。
「他にも目的があるみたいでした。時間干渉者を探していると……」
「それはボクにはわからないなぁ。そもそもルシフ兄ちゃんが時間干渉者だし。今はとりあえず頭の片隅に置いておくしかないんじゃない? それどころじゃないし?」
圭馬は現実を見据えていた。それはジェフリーも同じだった。
「今は、かまってる暇がないだろ。こっちも警戒しながら金稼ぎだ」
ジェフリーの言っていることは真っ当だ。目的から脱線してはいけない。
「他に神経を使いながら金を稼ぐ。ギルドの人は大変なんだな。何も俺たちに限ったことじゃない。家族を持つ人、誰かのために食い扶持を稼がないといけない人。いろんな条件を持った人がいると思う」
ジェフリーはしおらしくなり、気を落とした。ジェフリーらしくない一面だ。自分が死の淵に立ち、後悔のないように生きると改心した。だが、実際は難しい。それを言っているようだ。もしかしたら、ケーシスを気遣っているのかもしれない。
注意をしよう。一人にならないようにしよう。それで終わるかと思っていた話が熱を帯びる。
ギルドの話になり、ハーターが反応した。
「ギルドにしても、世界の情勢にしても、どうも落ち着かないねぇ。お陰でぼくも食い扶持には困らないよ」
ハーターの窶れた顔と解れた髪、それに無精髭もまだまだ整わない。どれくらい、苦労が絶えない生活をしていたのだろうか。
「もしかして、ケーシスさん、何かしようとしてたりしないだろうなぁ。ぼくはあの人が苦手なんだよ。お二人には悪いけどね」
ハーターがこの頃合いでケーシスについて触れるのは鋭い。ケーシスの子どもである竜次とジェフリーを前に、正直な気持ちを言った。立場を考えれば当然かもしれない。
竜次は苦笑した。
「いえ、お気持ちはわかります。ローズさんを考えたら当然です。むしろ、私たちもあまりよくは思われてなかったりするのかと」
「いやいや、ご兄弟じゃないよ。ケーシスさんはまた別でしょう。確かに言葉は悪いけど、あの人の不貞行為にいい気はしないよ。でも、あの人には凄腕の側近がいるからね。認めたくはないけど、仕事の腕は確かだ。ケーシスさん自身も強いから、どちらかと言うと、仕事でかち合いたくない方が大きい」
意外にも人として嫌っているわけではなかった。板挟みにされているローズは、自身の立場を気まずく思っているのかやけにおとなしい。ハーターは一体どれくらい仕事で戦っているのだろうか。
がらりと戸の音がした。頭にタオルを被せ、急ぎ足でサキが上がって来た。
「あ、お風呂いただきました。ありがとうございます」
ふわふわの髪の毛もお風呂でボリュームダウンしている。キッドもこんな髪質だったのを思い出させる一面だ。
ちょうど話の切れ目だったので、竜次が入れ替わりでサキに席を譲った。
「落ち着いたら、早めに休みなさい?」
「はーい。髪の毛を乾かしたら寝ます」
入れ替わりに一言交わすと、竜次が奥へ消えた。
もぞもぞと首の後ろにタオルを回しながら、サキがジェフリーの視線に気が付く。
「どうしました?」
「なぁ、サキはこの仕事したくないんじゃないのか?」
「何を根拠にそんなことを?」
あまりの言われに、サキは手を止めて強がりを見せる。
「僕だって、誰かの役に立ちたいんです。いつまでも遊んでいられない。そりゃあ、まだまだ勉強とか青春とか、したいですよ?」
声が大きくなりそうだ。ハーターが間に入った。
「まぁまぁ、喧嘩をするようなことじゃないだろう?」
物事がうまくいかない。サキは気が立ってしまった。ハーターが間に入ることで亀裂を回避できた。
もう夜も遅い。できれば、心を落ち着かせてから眠りにつきたいものだ。
ハーターはジェフリーにも落ち着かせるように持たせる。
「切込み包丁くん、彼には剣神先生が付いているんだ。ここは大魔導士君にも可能性を持たせてあげよう。何事も挑戦は大切だよ」
「先生が言うなら、そうだな」
何かと反抗的なジェフリーが、あっさりとハーターの言うことを聞き入れる。圭馬もショコラもその様子を珍しく思った。
どうも、ハーターは相手に向き合う姿勢が強い。今のところ、それはいい方向へ作用している。人によっては余計なお世話かもしれないが、適度な距離感で助言をしてくれるのはありがたいことだ。
ハーターはサキにさらなる助言をする。
「いいかい、大魔導士君? いつも全力だと、そんなものは長続きしない。ほどほどに手を抜けるときは適度なサボり方をするんだ。たまにお菓子を食べたくなるのと同じでかまわない。君は少々真面目過ぎるみたいだからね」
「真面目、過ぎる?」
サキは髪の雫を拭いながら首を傾げる。その足元では圭馬が見上げていた。
「ハーちゃん、まだ会って丸一日くらいだよ。この子のこと、よくわかってるね」
「なぁに、人を観察するのは得意さ。その子がどんな子なのか、よく知った上で正しい道に導いてあげることが教師として、生徒たちの模範になる心得だからね。って、元・教師か」
「どうして先生を辞めちゃったの?」
圭馬の質問にはローズも興味があった。一同注目する中、ハーターがポケットから剣をあしらったデザインの銀のプレートを取り出した。ドックタグのようにも見える。
「剣術の教師として、それなりの功績が認められたってことさ。魔導士の懐中時計と同等の効果があると言えばいいかもしれないね。これだけ言えば、察しのいい君たちなら、もうわかっただろう?」
魔導士の懐中時計と同等。つまりは、大図書館に出入り可能な権限だ。一部の教師やそれなりの権限を持つ者、国の関係者などが大図書館の利用権利を得るのだ。魔導士に至っては、主にフィラノスしか利用しないが。
聞いたサキは眉をひそめた。
「何を、読んで気になったのですか? 普通なら、触れないようになっているので、この世界の難しいことは興味を抱かないはずです」
ハーターのきっかけが知りたいだけだった。彼はにっこりと笑う。
「サージェント・イーグルサントの著書だよ。種族を越えた愛を唄い、愛を嘆いた話なんだ。始祖のドラグニーはほとんど存在しない、だから貴重な話だった。ぼくはそこから種族戦争に興味を持ち、フィラノスで大魔導士君の卒業論文にも目を通したよ?」
思わぬつながりだ。サキの卒業論文を目にしたという。もちろんサキは驚いた。
「えっ、僕の卒業論文を?」
意外なつながりにサキは身震いした。
これにはジェフリーも顔をしかめる。
「どこまで偶然なんだ?」
「導かれているのかね。ぼくたち、こうしているのも不気味なくらいだよ」
「先生まで?」
皆が何かのきっかけを持ち、何かしらのつながりを持っている。まったくの他人ではない。
「まぁ、ぼくはポジティブな思考だから、こういうわくわくすることは久しぶりで、探究心をくすぐられるよ。運命でも必然でも何でもいい。毒なら皿まで食べるまでだ」
ハーターはローズと同じくアリューン神族の混血だ。兄妹なのだからそれは同じ。
「先生は一つの通過点であって、終着点ではないと思った。ただそれだけだよ」
一行と関わり、同等の立場で話すようになってまだ一日。それなのに、こんなに共通点があるなんて不気味だ。何の巡り合わせなのかはわからないにしろ、ハーターはこの機会を楽しんでいるように思えた。
「まるで世界から生きる気力が失われていくような感じがするね」
「ハーちゃんは視野が広いね。どうしてもっと早く巡り合えなかったんだろう? なんちゃって?」
圭馬が耳をパタパタとさせながら見上げている。こういうときは機嫌がいい。個人的に気に入っているようだ。
「そうだ、女の子たちには言ったが、予算の下方修正ができたよ。ローズの設計図が完成したら調達に入るつもりだ。さっきの話だと、さっさとした方がいいみたいだからね」
散々修正の書き込みがされた内訳はともかくとして、一千万リースと少しとなっていた。だいぶ現実的な数字だ。
「資材によってはもう少し予算を抑え込めるかもしれない、とだけ」
具体的なことは省き、提示だけにしておいた。
話したいことが落ち着き、何となく片付けに入る。ハーターは机に手を置き、ローズに言う。
「さぁ、ローズも寝る支度をしなさい。何日も寝ないのはお肌によくないぞ」
「も少しなのにぐぬぬ、デス……」
ハーターに作業を片付けられてしまった。仕方なくローズも渋りながら寝る支度に入る。製図の束は見るだけで頭が痛くなりそうだ。どんな物を造ろうとしているのだろうか、また話をする楽しみが増えた。。
竜次を待たずしてだが、彼は長い髪の毛の手入れに時間が掛かる。就寝に入ることにした。
怒涛の一日が始まろうとは思いもせず。
早朝に目覚めたサキ。だが、竜次の布団は空っぽだ。
「ふぁ……」
早く起きたつもりだったのに、もっと早く起きて身支度までも整えていた者が居た。驚いた。あんなに寝起きの悪い竜次が何をしているのだろうか。
ホットサンドのいい匂いがする。ハムとチーズのとろける匂いが、寝起きの胃袋を刺激した。
「先生、朝、早いの苦手だったような?」
サキはまだ眠そうなショコラと圭馬を抱きかかえながら、整わない髪の毛で一階に降りる。竜次がホットサンドを食べながら笑顔で朝の挨拶をする。
「おや、ちゃんと起きれましたね。おはようございます」
「お、おはようございます?」
「はい、サキ君のぶんです。顔を洗って食べなさいな?」
「えっ、僕の?」
小皿にハムとレタスが別で盛り付けられている。使い魔のご飯だ。サキは竜次がここまでするのかと思った。だが、台所から声がした。
「あら、おはよう。さっさと顔洗って来なさい」
「ね、姉さん!?」
ホットサンドも気の利いた支度もキッドのお陰だった。サキはそれを知って、安心した。竜次がここまでできるようになったなんて、世界が滅ぶレベルだ。
サキは手早く顔を洗って髪型を整えた。服装を整え、ループタイもきゅっと締める。椅子に座ろうとして、質問をした。
「どうしたの、姉さん」
「どうって、朝早いだろうなって。居候しているんだから、ちょっとでもみんなの負担を減らさないと。終わったら洗濯するから、洗ってほしいもの出しなさい」
「あ、うん。ありがとう。これ、いただきます」
前にもキッドは服のほつれを直してくれたり、衣服をたたんでくれたりと見えないところで助けてくれていた。サキが席に着くと、キッドは立ち上がった。
「あんたはコーヒーって感じじゃないっけ。ミルク?」
「あ、朝はブラックがいい」
「竜次さんにもおかわりを淹れるわね」
ぱたぱたと台所に消えていくキッド。
竜次はそれを見ながら、朝からデレデレに惚気ている。
サキはこの空気を邪魔してしまったのではないかと、罪悪感を抱いた。だがそれも一瞬。空腹に耐えられず、ホットサンドを暖かいうちにいただく。カリッとパンの音が鳴った。中から野菜とハム、チーズの香りがする。
「なんか、新婚さんみたいだね」
余計なことを言うのはいつも圭馬だ。レタスを口に運びながら、竜次を見上げる。
「いやぁ、毎朝こうしていただけるのでしたら、いくらでも頑張れちゃいますね」
何か変な物でも食べたのかと疑ってしまう。なぜなら竜次は寝起きが悪く、毎朝男子部屋では恐怖と隣り合わせだったからだ。
サキも気になって竜次に言う。
「先生って、姉さんと?」
「正式に言った方がいいですか?」
「あ、いえ、そんな」
「あぁ、そうだ。サキ君は私を義兄さんって呼びますか?」
「ぶっ、ふぐっ!! けほけほっ……」
サキは突然の振りに噎せ返してしまった。至極当然と言えばそうかもしれない。あまりにも不意打ちだったので咳き込んでしまった。
コーヒーのおかわりを持って来たキッドはチクリと言う。
「竜次さん、朝からこの子、いじめないでよ」
「いじめてないのに」
竜次は不満そうだ。
「むぅ……」
コーヒーをいただきながら、口を尖らせる竜次。ほどほどにして席を立った。何を始めるのかと思ったら、昨日持っていた紙袋を取り出し、着替え始めた。別の袋も持っている。ここは王都フィリップスなのだから、時間を問わず、何かしらの用意ができたのかもしれない。
竜次はキッドを手招きする。
「手伝ってもらえますか?」
「もぉ、しょうがないなぁ」
サキたちが食事をする前で、二人は微笑ましいやり取りをしている。竜次が服のタグを切った。ピシッとしたシャツにスーツだ。プラスチックのハンガーに綺麗な紺色のスーツが下がっている。袋から取り出し、キッドが息を飲んだ。
「ど、どうしたのこれ」
「船でクレアがコーディちゃんと言っていたじゃないですか。ちょっとしたおしゃれ意識です。昨日たまたま気が向いて買ったものでしたけど、今回はいい機会だと思いましてね」
竜次は斜めにストライプの赤いネクタイを取り出した。桜の刺繍が入っている事から、これは沙蘭に友好的なフィリップスらしさがうかがえる。
「おっと、さっき急いで買って来た、寒くない肌着を着てからですね」
一度外出していたようだ。竜次は防寒対策をしっかりとして、着込むつもりだ。ある程度整った段階で、竜次は姿見をじっと見つめながら、首を傾げている。
「ふーむ、腰に刀を下げたらおかしいかなぁ」
せっかくの着こなしが崩れてしまうのではないか。竜次は悩ましく思っていた。その竜次に助言をしたのは圭馬だった。
「い、いや、そういうセキュリティポリスがいるから平気じゃない?」
あまりの変貌にサキもキッドも言葉を失っていた。代わりに圭馬が付き添って色々と整えているが、圭馬も半分は驚いている様子だ。
竜次はスーツの前ボタンを閉めようとして、とあることに気が付いた。
「あとは、胸元が寂しいかな。ブローチとか、ピンバッチとか持っていないんですよね」
ブローチと聞いて、サキがハッとした。前に赤いローブと帽子を身に着けていたときの羽根ブローチを差し出した。箱に入ってよく磨かれてある。
「これでよければ、どうぞ。僕に協力してくれるので、これくらいは」
「服を変えても大切にしているくらいなのではないですか? お借りしてもいいのでしょうか?」
「それ、お師匠様にいただいたものなのです。学生時代に着けてたからあげるって。女性ものらしいのですが」
頷きながら話すサキに対し、なぜかキッドが顔をしかめる。彼女にもよく似た羽根ブローチを持っている。意識したことがなかった。妙なつながりだ。
ブローチを左の襟に着け、竜次はご機嫌な様子だ。
「おぉ、賢く見えるかもしれない。なんて、ふふっ」
少し大きいが、無いよりはずっと品があっていい。きちんとした変装がみるみるできあがっていく。
竜次前髪を気にしていた。
「さて、髪はどうしようかな」
悩ましいものだ。いくら服装が整っていても、髪型が決まらない。圭馬がちゃっかりとヘアワックスを持って来た。おそらくローズのヘアワックスだ。しかもハードタイプと書いてある。
「三つ編みっ!!」
「えぇっ!! 癖がつくから嫌いなんですけど。どうせなら、前髪もこうぴしっとさせたいというか、何というか、自分ではなかなかできないものでして」
もたつく竜次をそっと支えたのはキッド。圭馬が持っていたワックスを受け取る。
「じっとしていて。あたしがやりますよ」
「うれしいような、うれしくないような」
前髪をセットする竜次の背後にキッドが立つ。ジェフリーが竜次を怒らせるなら、寝ているときに三つ編みにするといいなんて言っていたが、キッドが施行している。
キッドは慣れた手つきで指を通してきつめに編んでいく。ショコラがどこからか赤いスカーフを持って来た。キッドの足元にすり寄っている。自由な使い魔たちだ。怒られはしないだろうが、勝手に家のものを使っている。
キッドはヘアゴムで縛ってからスカーフを絡ませてリボンにした。
紺色のスーツに金髪がよく映える。恵まれた容姿は手をかければ、もっと化けることがこれで判明した。
キッドは小さく唸った。
「竜次さん、見違えるほどかっこいいわね」
「クレアにそう言われるとうれしいですねぇ」
抱き着きそうな竜次をキッドが覚めた眼差しで突き放す。少し照れているようだが、朝からイチャコラするわけにもいかない。
いい空気だったが、圭馬が止めに入る。
「ちょっと待った。お兄ちゃん先生、その格好でいいの!?」
あまりにも整った格好で出歩くのは逆に怪しいと見たようだ。
「伊達眼鏡があった方が胡散臭くていいよ」
あえて完璧を崩す。ショコラも同調した。
「わしもそう思うなぁん。完璧な格好はかえって怪しまれるかもしれないのぉん」
いろいろと整えていたら窓から明るい日の光が差し込む。圭馬がそれに気が付いた。
「っと、こんな時間じゃないか。街が動き出す前にお城に行っちゃおう。人が少ない方が凝った話もしやすいはずだよ」
圭馬に急かされ、サキがコーヒーをぐいっとひと飲みする。竜次は伊達眼鏡を掛け、腰に剣を下げた。まるで執事とお坊ちゃんのような組み合わせだ。
身支度も整ったところで、二人が玄関を出て行く。その様子をキッドは見送った。
「コッチは任せて。ミティアにも言っておくから。行ってらっしゃい」
サキと竜次は街を歩き出す。変にかっこいいので逆に目立つかもしれないが、王都だから多少は溶け込めるだろう。
慣れない服装に軽い武装。竜次は歩いていても落ち着かなかった。
「何もないといいのですけれど。銃とカバンも持っていませんからね」
サキも歩きながら頷いた。
「僕もそれだけは避けたいです。それに、あまり一般の人を巻き込みたくないというか、平和にお仕事を片付けたいのが本音です」
人の少ない街中を抜け、城に辿り着いた。
庭師が忙しそうに花壇に水をやっている横を通過した。城の門番に話をつけて中に入った。昨日と違い、見慣れないスーツの男を連れていると不審がられたが、兄ですと言って誤魔化した。半分あっている気もするが、現状で多くを触れてはいけない気がする。
触れないでおいたのに、圭馬がサキに余計なことを言う。
「このまま順風満帆に行けば、ホントに義兄ちゃんになるかもしれないけどね」
「圭馬さん、集中したいのでその話はまた今度にしてください」
「ちっともうれしそうじゃないね」
今日は早い時間とあってか、案内すら付かない粗末な扱いだ。サキが道と場所は覚えてるのでよかった。だが、気がかりなこともある。竜次が城ですれ違うメイドや貴族から熱い視線を受けている。
「おかしいなぁ、そんなに変な格好ではないはずなのですが」
黄色い声も聞こえて来るが、本人に自覚はない。中身はともかく、それなりに整った容姿であるのをそろそろ自覚してもらいたい。サキは一緒に歩いていて恥ずかしかった。
しばらくして、異変を察知した。
「ん? サキ君、何か焦げ臭くありませんか?」
「空気が煙たいですね」
城内の廊下を白い煙が漂う。サキが嫌な予感を口にした。
「この先、レナードさんのお部屋だったはずです!」
「まさか!!」
自然と足早になるサキ。竜次もあとを追う。二人の眼前を、一人のメイドが慌てて走り抜けた。だが、それよりも大変なことが起きていた。部屋の前に積まれていたダンボールから火が上がっている。
咄嗟に動いたのはサキだ。
「僕が消します。先生は換気を!!」
「了解ですよ。っと……」
竜次はスーツの前ボタンを外し、方向転換する。前を閉めていては腕が動きにくい。曲がり角の先に立ち話をしていたメイドたちがいた。すぐに訊ねた。
「換気窓はどちらですか? すぐに開けてください」
メイドたちは着飾ったイケメンに言われ、頬を赤らめながら散って窓を開けて行った。すんなりと言うことを聞いてくれたことに違和感もあったが、ひとまず安心だ。
「ありがとうございます!」
竜次はにっこりとお礼を言って天井の空気の流れを見る。これ以上、騒ぎが大きくはならないだろう。だが、サキの行動次第だ。
サキは奮起していた。魔法の腕には自信がある。そう、ただ魔法を放つのであればの話だ。
「まずは広がらないように湿気を撒くんだ!!」
圭馬のアシストによってアクアゾーンが展開される。一般的な応用は難しいが、水の属性魔法の効力が上がるサポート魔法だ。魔力が満ちる。
「放つ恵み……」
サキが魔法を放とうとすると、圭馬が注意をする。
「加減をしないと、城が海になるよ!!」
「うっ、す、スプラッシュ」
大きな魔法を放つ詠唱をキャンセルし、すぐに無詠唱魔法に切り替える。杖を媒体にするまでもなく指先でわずかに水を弾いたが、効力が上がる魔法のせいで大きな水しぶきが上がった。外で放つには全力でもかまわないが、こういった加減をしなくてはならない場面はまだまだ苦手だ。
鎮火は成功したが、やや水浸しだ。まだまだ精進が足りない。サキは軽く肩を落とした。だが、まずは何とかできたことに重点を置く。
曲がり角から竜次が舞い戻る。状況を見て彼もまた、安堵の息をついた。
「大丈夫だったみたいですね。大事にならなくてよかった」
竜次の横から、ダルマのような男性が姿を見せた。頭の毛は薄く、ブロンド交じりの金髪が、剣山でも乗っているように固まっていた。
「今の騒ぎは何だね?!」
ダルマと例えたが、かなりの太っちょで、身長はサキとさほど変わらないくらいだ。葉巻を吸っている。その葉巻を持った指には金の指輪が見えた。ベロア調の光沢をもった派手な真っ赤のスーツを着ている。ニタニタといかにもという風格だ。
竜次は誰なのかを知っていたが、知らない振りをしていた。
男性は竜次に言葉で噛みついた。
「そこのお前、頭が高いぞ」
「おや、失礼いたしました」
竜次は嫌な顔一つせず、ぺこりと一礼する。あまりに素直に応じるので、男性は機嫌を損ねたのか、舌打ちをした。竜次はこれを笑顔で流した。
男性が次に言葉で噛みつこうとしたのはサキだ。
「貴様がレナードの家庭教師か、生意気そうなガキだな」
サキはびくりと反応した。貴族に絡まれるのに慣れていない。竜次はすかさず歌唄に入る。
「申し訳ございません。わたくしの弟なのです。無礼をお許しくださいませ」
「ふんっ。さっさと出て行かないからこのようなボヤを起こすのだ。いい気なものだな、品のいい男など付けおって」
サキに毒牙が及ぶ前に竜次が遮った。こういう礼儀や作法はよく慣れている。さすが王様候補であっただけはある。
「恐れ入ります。貴殿があの名高きマイテ様ですか?」
「ほぉ、わしの名前を知っておるのか?」
「当然でございます。お会い出来て光栄の至り、どうかこの場の粗相をお許しください」
物腰柔らかな対応と笑顔、悪い気はしないようだ。男性の名前はマイテ。彼は一瞬葉巻を落としそうになって持ち直した。気をよくしたのか、竜次に手を差し出す。
「どうせ金で雇われているのだろうが、まあいいだろう。あのジジイをさっさと追い出す手伝いなのだからな。早く仕事をしたまえ」
「お気遣い、ありがとうございます」
竜次の手に渡されたのは金貨五枚だ。マイテは気をよくしたまま去った。葉巻の煙たさが地味にスーツに染みついてじわじわと嫌な気分になる。
まさか貴族に絡まれるとは思いもしなかった。やり過ごせたことにより、竜次はほっと息をつく。
「あぁ、びっくりした」
冷静な対応ではあったが、緊張はしたようだ。部外者がいなくなり、圭馬がサキのカバンから顔を覗かせた。
「お兄ちゃん先生すごいね」
「作り笑顔は奥歯が痛くなりますねぇ」
「さすが、貴族慣れしているね」
「勉強しましたから」
竜次は圭馬に褒められたが、うれしくなさそうだ。身に着けた知識と礼儀作法が変な所で役に立った。ただそれだけだと謙遜する。
サキも竜次がいて助かったと思っていた。
「僕一人だったらとっくに摘み出されていたかも」
「どうにかやり過ごせましたけど、早々によくは思われていませんでしたね」
よく思われていなかったのは間違いない。ギルドの件を知っている様子だった。
「火をつけたの、あの人の関係者なんじゃ?」
「サキ君、気持ちはわかりますが、犯人探しをしに来たわけではありませんからね? 目的を見失っては困ります。それに、むやみに人を疑うのはよくありませんよ?」
こういうところは余裕を見せる竜次。手の中の金貨がぶつかる。
圭馬は気になっているようだ。
「さっきの人から何をもらったの?」
「王室金貨ですね。私を気に入ったチップか、深く関わるなというお金でしょう。こんな汚れたお金、さっさと換金して手元から失くしてしまいたいです。手元にあるのはむず痒くて仕方ありませんからね」
「王室金貨って、純金だったら一枚で十万リースくらい?」
「昔と違って純金か、わからないですけどね。それはそうと、片付けと言うか、お掃除から入りましょうか。一部水浸しになっちゃってますし」
竜次は掃除用具を借りに行こうと周辺を見渡す。すると、壁の影からメイドが何人も覗いていることに気が付いた。
「もしかして私、目立ってるのかな? もし、そこの方、モップをお借り……」
竜次がメイドに声を掛けると、計ったかのようにモップを持ったメイドが何人もサキのもとに寄って行く。その数は十人ほど。どこから出て来たのかと疑ってしまう。そろそろ気が付く頃だと思ったが、竜次はここで天然を発動した。
「サキ君の話とは違って、働き者のいいメイドさんたちではないですか。どういうことなのでしょう?」
竜次は首を傾げながら、せっせと働くメイドたちを呆然と見ている。
サキもさすがに驚いているようだ。
「えぇっと、どうしよう?」
サキのカバンから圭馬が顔を出し、小声で言う。
「これさ、お兄ちゃん先生がかっこいいせいでしょ」
サキの心境がどんどん複雑になる。要所で手を借りようとしていた程度なのに、これでは甘えっぱなしになる。竜次本人にそんな自覚はないかもしれないが。
あっという間に水に浸った絨毯や床が綺麗になり、メイドたちは肩を並べて竜次に向き合っている。
「何だかお世話になってしまいました。お城のメイドさんなのに、ありがとうございます。何もお礼ができなくて申し訳ないのですが」
竜次の営業スマイルが続く。口にはしないが、段々笑顔がしんどく見えて来た。
何もできないといいながら、握手を交わしている。その横のサキには一目もない。
「わ、そこでなにをしているの!! またじぃやをいじめにきたの⁉」
ピンクのドレスを身に纏った女の子、ルミナスがレナードと登場した。丁度角を曲がってきたところだが、ルミナスがフランソワを手にしながら走って来た。
二人の姿を見た瞬間、今までへこへこと首を垂れていたメイドたちがいっせいに持ち場へ散った。ここまでわかりやすいものも驚かされる。
ルミナスは竜次の足元で腰に手を当てて怒っている。
「あなたもわるものでしょ!」
ルミナスが竜次に噛み付かんとする勢いで怒鳴った。だが、大きな瞳はもっと見開かれ、見透かした。
「あれ? あなた、りゅーちゃん?」
「ぎくっ」
竜次は大人相手では何ともないのに、子ども相手ではあっさりとガードを崩した。見事なボロの出し方をレナードも見逃さない。
「沙蘭の竜次様ではございませんか?」
「ひ、人違いです、人違い!! あはは……」
誤魔化し笑いをするが、わかる人にはあっさりと見破られてしまった。これにはさすがのサキも焦る。
「先生、諦めましょう」
「し、しかし、ここまで来て諦めるとは」
「もう、いいんです。やっぱり僕には無理でした」
一人で気を落としながら頷いているサキ。だが、竜次はまだ納得していない。
葬式ムードになり掛けたが、レナードは話を持ち寄った。
「あの、そういうことでしたら、ご相談がございます」
話の風向きが変わりそうだ。
レナードはルミナスを抱え、頭を下げた。
「どうか、どうか、沙蘭でお嬢様をお引き受けいただくことは叶いませんか?」
「えっ? 沙蘭ですか!?」
「叶うのでしたら、わたくしはこの城を去ります。そしてやり残した大魔導士昇格試験を受けたいと思います」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
だらだらと煮え切らない昨日と違い、話が急展開を見せる。サキは黙って話を聞いていた。
竜次はルミナスを見ながら訊ねた。
「レナードさん? 一体どういうことなのですか?」
聞かずにはいられない。どうせ竜次の身はもう見破られているのだから、この流れについて考えを訪ねておきたい。
レナードは憐れむように目を伏せ、首を振った。
「お嬢様がここで自信を磨くことは到底できる環境ではございません。だからと言ってこの年寄りだけに面倒を見るのは難しいこと、安心して任せられる者はおりません」
「あ……」
沙蘭には安心して過ごせる環境がある。権力争いもなく、貴族による圧力もない。
話の流れが変わり、サキはやっと発言した。
「あの、余計なことを言うかもしれませんが、レナードさんのお子さんやお孫さんは、沙蘭が邪神龍に襲われたときに亡くなっています。先生、僕からお願いなんておかしいですが、その……」
昨晩、ケーシスから聞きかじったことを引き出した。関わるな、発言権はないと知りながら、どうしても踏み込んでしまった。サキは怒られることを覚悟した。
竜次は眉間にシワを作り、顎に手を添える。
「そう……ですか。あれも、犠牲者が出ましたものね」
スーツ姿でこんな顔をされるとドキッとしてしまう。ものは考えようだ。竜次も手を貸したいと思っていた。だが、このままではことが大きくなってしまい、沙蘭を巻き込む事態になりそうだ。それに、竜次には気になることがある。
「ですが、その女の子には王位があるのでは?」
ルミナスだけをここから連れ出してもいいのだろうか。サキは踏み込み過ぎた質問をした。
「先生、レナードさんも、この子の親や他の王族さんって?」
「サキ君、王族や貴族が人間の中で、最も汚い存在であることを忘れてはいけませんよ」
竜次のこの顔で真剣なことを言うと、誰もがぞくりとするだろう。何のための注意なのか、竜次はきちんと説明をした。
「心当たり、ありますでしょう? 特に王族や貴族は、自分に不利益な人間をありとあらゆる手段を使って圧力をかけて追い出し、ひどいときは抹殺します。毒殺、暗殺、事故に見立てて殺す……なんてのもね」
心当たりがあるなんてものじゃない。サキはそこに近しい場所にずっと身を置いていたのだ。知っている。『拾った親』がそうだったからだ。フィラノスでわかっていながら見ないようにした。同じことをさせられそうにもなった。嫌だと拒絶したら、ひどく虐待された。体も心もまだ癒えていない。
サキは腕を抱え込み、深く頷いた。それを見た竜次は安心した。
「サキ君がその道に堕ちなくてよかったと、私は思います。そうしたら大魔導士なんてなれていません。それに、もしかしたら敵対していたかもしれませんからね」
竜次は笑ってサキの肩をポンと叩いた。いったん外れた話を戻すため、竜次はレナードに向き直った。
「沙蘭復興に尽力してくださったのも、その件があるのですね。気が付かなくて申し訳ありませんでした。私に見舞う権利もないでしょうけれど」
「いえ、もったいないお言葉でございます」
「私に王権はありません。一般人に成り下がった私が言って聞いてくれるかわかりませんが、妹に文を出してみましょう。できるだけ早くとは伝えますが、それまで耐えられますか?」
「い、今、何と!?」
「その子にここを抜け出して、沙蘭で立派なレディーになってから、この国に舞い戻る気があったら。ですね?」
あくまでも、ルミナスの意思を尊重したいと竜次は添えた。こういうところは気が利く。自分でホイホイと勝手に進めない面はサキも見習いたいと思った。
レナードがこの幼い女の子、ルミナスに言い聞かせる。ただ、表向きはいい反応でも、彼女はこれだけはずっと気になって仕方がないらしい。
「じぃやはいっしょじゃないの?」
両親もいないこの子が唯一信頼しているのはレナードだ。ルミナスだけで城を出るのは危険すぎる。あのマイテや他の貴族の毒牙にかからないか、心配になった。竜次が案を出そうと悩むにも、引っかかるのは家庭教師の案件だ。
話が詰まったこのときに、天井から聞き覚えのある声がした。
「やぁーーーーっと俺の出番が来たか」
誰もいないのをいいことに、窓を開けるためだけの二階手すりに腰掛けていた。逆光でシルエットしか見えない。だが、徐々に見えてきたのは、金髪で四角い眼鏡を掛けた男性だ。白いシャツにストライプの柄をした緑のネクタイ。
サキが声を上げた。
「あ、先生のお父さん?」
「よっ、大魔導士先生」
ケーシスだ。ガラの悪い若者のように振る舞うその様子は、とても大人とは思えない。
竜次も声を上げるが、どちらかというと怒っている。
「お父様!! 何て所に!? 許可もなく、不法侵入ですよ?」
「あぁ!?」
ケーシスは喉を鳴らす。城の天井は高いのだが、二階は大した高さではなさそうだ。判断したケーシスは飛び降りた。着地は成功したのだが、前のめりになって無理矢理立ち上がる。誤魔化しているようにも見えた。
サキの背後から声がした。
「ぱ、パワフルなお父ちゃんだよね」
「圭馬さん、しーっ!!」
ルミナスの前で変なことを起こしたくない。サキは圭馬をカバンに押し込んだ。
ケーシスはこの場にいる面々を見て小さく唸った。
竜次が憤慨している。
「お父様、悪役みたいな登場しなくてもいいじゃないですか!! と、言うか、私に気付いていて、無視ですか!? 私です、私!!」
竜次は自分に何も言葉がないことに憤慨していた。これでは面倒な人間だ。眉間にシワを寄せると竜次もケーシスに似ている。
ケーシスはまず竜次の額を小突いた。デコピンでもするような軽いものだが、どちらかと言うと、言葉のショックが大きいものだった。
「前髪はオールバックにしとけ。三十点だ」
「は、はい!?」
「それと、悪役じゃなくて、正義の味方って言っておけ。嘘でもいいからとりあえず親父を褒めろ」
「いきなりあらわれて意味がわからないんですが!」
父親の剣幕にはさすがの竜次もたじろぐ。
キレのある指摘は、この父親あっての竜次だとサキは思った。あえて言わないが、似ている部分が多い。それは何度か会って、少ないながらも言葉を交わして得た情報だ。今はケーシスが何をするのかが気になる。サキは黙ってやり取りを見ていた。
ケーシスはもちろん目的があってここに来た。
「レナード、久しいな」
「ケーシス様?」
「悪いがいったんこの国には傾いてもらうぞ。一回はヘボい王様で国民にも目ェ覚ましてもらわねぇとわからねぇからな」
竜次が作ったいい流れをぶち壊した。もう少し言い方があるかもしれないが、ケーシスにそんな心遣いができるとは思えない。と、誰もがそう思った。だが、思わぬ方へ話が転ぶ。
「二人まとめていったん沙蘭の傘下になれ。名前を捨てたいのなら追加で面倒見てやるぞ?」
一同は唖然とした。ケーシスは腕を組んで偉そうに鼻で笑う。まるで、ふんぞり返っている王様のような態度だ。
あまりに勝手な話の進め方に、竜次は戸惑いながら確認を取る。
「あ、あの、お父様、何を? それなら私が先ほどどうしようかと考えていたのですが」
「心配するな。俺の権力でどうにかする。姫子になら直筆で文を書いて送ってやったぞ。一年分の毛染めと一緒にな!」
「えええええええええ……」
ケーシスの方が、先に根回しが完了していた。竜次が頑張って築いたものが、根こそぎ持っていかれてしまった。これにはがっくりと肩を落とす。
「わ、私、何のために……」
「慎重かつ保守的なのもかまわねぇけど、ハッキリさせるときはビシッと決めろ。中途半端だからいつまでもいい女が付かないんだ。どうせ国を担うなんて、まだわかんねぇお姫様なんだから、まるごとエスコートしてやるのが筋ってモンだろ」
ボロクソな言われようだ。心当たりがあるようでないようなことを交えられ、竜次の立場がどんどんなくなっていく。言い返してやりたい。あまりにも無茶苦茶だ。
「か、彼女ならいるもん」
唯一、竜次が言い返せたのはこの程度。
この話のまとまりようにはサキも安心した。レナードもルミナスもこれ以上苦しまないでいられるのなら安心だ。
レナードはケーシスに深々と頭を下げた。
「ケーシス様、このご恩、いかがしてお返しすれば」
「いや、そんなモンいらねぇよ。でもそうだな、せっかく沙蘭に身を置くのなら、負担も少なく、細々と働かせてやるぞ。城主にはいい側近が二人いるんだ。よかったらそいつらの教育、執政の裏方をしてやってくれ。もちろん給料は出るぞ」
レナードはあまりの待遇に感涙して目頭を押さえている。それを見たルミナスは子どもならではの視点で話す。
「じぃや? どうしたの? かなしいの?」
ケーシスがレナードを泣かせた。ルミナスはケーシスを悪者ではないかと疑った。
「おじちゃん?」
「嬢ちゃん、いい女になって国を引っ張れるようになれよ」
「おじちゃん、わるいひと?」
「家族には悪い人だ。それは間違いねぇ。でも、爺さんとは古い知り合いだ。これからも爺さんを大切にしてやれよ?」
ルミナスがケーシスをあまりに疑うものだから、板チョコを差し出した。
「や! しらないひとからものをもらっちゃダメっていわれてるの!」
「疑うことを知っているのはいいことだ。でも、こいつは爺さんと友だちのウサギさんと一緒に食うといい。甘いものは一瞬だけでも幸せな気分にしてくれる」
ケーシスはルミナスの頭を撫でる。立って竜次とサキに向き合った。
「予定が狂ったのは、養子にしようとしてたことくらいか。でも、名前を背負ったら沙蘭の人間になっちまうからこれくらいでいいな」
竜次はまだ納得していない様子だ。
「お父様、やることが横暴ではありませんか? 荒っぽいし、無茶苦茶だし」
ケーシスに対しため息をつく竜次。格好がつかない。
そう。無茶苦茶だが、煮え切らない状況から抜け出す方法を提案していた。実際、裏から手を回さないと整わないことを、すんなりと通す。
サキにはかっこいい父親だと見えた。
「でも、やっていることはかっこいいと思います。僕は何もできなかったし」
自分は蚊帳の外、サキは遠回しにそう言っているようだった。だが、ケーシスは放っておかない。
「はぁ? 何を言っているんだ、大魔導士先生。これからが本番だ。俺は環境を整えただけだ。まだ前戯しかしてねぇっつーの」
「…………」
真面目なことを言っているつもりが、まともに話そうとするとどうも常識を崩される。
変な言い回しは教育によろしくない。竜次は注意をした。
「ちょっと、お父様!! サキ君に変なことを吹き込まないでください!!」
「おー、怖ぇセキュリティポリスだ」
ふざけ冗談に調子を狂わされそうだ。ケーシスは自分に向けられた色物を見るような視線を振り払うようにそっぽを向いた。
「お前たちはこの段ボールを外に運べ。壱子が荷車を用意してくれた。船着き場まで引っ張って行け。積み荷と一緒に嬢ちゃんは沙蘭だ。あとは爺さんがやりたいことが叶うようにしっかりやれよ」
「え、お父様は?」
「沙蘭に帰る。この嬢ちゃん連れてな」
「えええっ!?」
「代わりに壱子をこの街に滞在させておく。いい里帰りだろ?」
話しただけなのに眩暈がするように額を押さえている竜次。ケーシスは本当に無茶苦茶だ。この街に来て、大きなことをするつもりだったのも、この件なのか。
沙蘭の者は国がひっくり返るくらい驚くだろう。いや、この流れからすると決して悪いことではない。だが、あまりにも急で本当に驚かされる。
ケーシスはルミナスに目を向けた。
「まずは、俺に懐いてもらわねぇと」
「お嬢様、この方は爺の信頼する方なのです。お友だちになられてはいかがでしょうか?」
レナードに背中を押され、ルミナスはケーシスのズボンの裾をつかむ。
「じぃやといっしょがいい。でも、じぃやがいうのなら……」
「身内思いなのはいいことだ。ま、仲良くしようや。爺さんも自分に満足したらずっと一緒にいてくれるぞ」
「ほんとう?」
「そのためには、まず嬢ちゃんが頑張れ。ちょっとなら、我慢できるよな?」
「うん!! がんばる!」
ケーシスは子どもの扱いに慣れていた。サテラもそうだが、幼い子には優しい。こんなにガラが悪く、少し乱暴で無茶苦茶も多々あるが。
ケーシスはしゃがんでルミナスを手招きした。
「ま、そういうわけだ。今度こそ静かに暮らせるといいな」
ルミナスはドレスを着ている。それにも限らず、ケーシスは肩車をして気をよくさせた。はしゃぐ姿を見るのが複雑だ。少なくとも、竜次はこんなことしてもらった記憶がない。
「あとは任せた。そーら、行くぞ!」
「きゃあ、おじさんすごーい」
自分の父親がまるでバグのような存在だ。こんなにはしゃいで、いい行いをしようとしているのに、なぜもっと自分の子どもと向き合ってくれなかったのだろう。竜次はジェフリーが拗ねていた理由が少しだけわかったように思えた。
城で振る舞うには少し下品だが、どうせケーシスは外に出てしまうだろう。レナードは深々と頭を下げ、どこからか逃亡するように去っていくケーシスを見送った。
これで、レナードの抱えているものが軽くなった。そして、この積まれた荷物を運び出せば、もっと軽くなるだろう。
竜次は軽く誤った。
「ホント、すみません。お父様は台風みたいな方で迷惑をお掛けします」
この背中の縮んだレナードはただの老人も同然だ。孫か、ひ孫か、愛でるような何でもない一人の老人にしか見えない。
嵐が去り、呆然としがちだ。だが本質を見失ってはならない。竜次がはっとする。
「えっと、運び出せばいいんでしたっけ。勝手にやって城の者に怒られないでしょうか? あ、でも行き先は決まっていますからね」
自分で言って自分で納得する竜次。独り言になってしまったが、やることが決まると、箱に手を掛けた。まだぼうっとしているサキに声をかける。
「サキ君?」
サキは呆然としているわけではなさそうだ。また思い詰めた表情をしている。
「先生、先に始めていてください。僕、あの人に言わないといけないことがあるんです!!」
「あ、ちょっとサキ君!?」
サキが顔を上げたと思ったら、ケーシスが去って行った道を辿った。竜次は追おうにもレナードを一人にするわけにもいかず、不満に口を尖らせた。
サキは場内を走り抜けた。幸いにも、まだ城の敷地内にいたところを捕まえた。ケーシスは中庭の花壇で、ルミナスとコミュニケーションを取っていた。
「お願いです。ま、待ってくださいっ!!」
サキも旅で運動にも慣れて来たが、ケーシスの身体能力は異常に高い。子どもを肩に乗せていながら、軽快に走るさまを追い駆けるのは大変だった。
ケーシスは『お願い』と言われると弱い。どんな人にでも一瞬はその言葉で情けを掛ける。振り返って、追い駆けてきた人物に鼻で笑う。
「竜次に呼び止められるのかと思ったが、お前さんか、大魔導士先生」
「あ、あの!!」
サキは息を整えた調子で言い詰まってしまいそうだった。だが、かぶりを振って背筋を伸ばした。
「ミティアさんが持っていたあなたの懐中時計、僕のお師匠様のものと同じ年号だった。お師匠様は、僕の本当のお母さんと親友だった。たぶんですが、僕のお父さんも知っていたはず。ローズさんから預かったお父さんの手帳。あれはアドバイスがいっぱい載っていて、参考になりました。あなたがくれたものですよね?」
これが言いたかったわけではない。サキは頭を下げて言った。
「ありがとうございました!! 僕を導いてくれて……」
吹き抜ける風がどうにも物悲しい。直接言わず、誰だったのかも言わず、隠れてだったが、ずっと応援してくれていた。素直にお礼が言いたいだけだった。
ケーシスは口角を上げ、鼻で笑った。
「察しのいいガキだな。俺のところで面倒を見ていたら、また違った人生だっただろうけど。アイラは死んでもどうとも思わないくらいには大ッ嫌いなライバルだが、腕は確かだ。あいつのもとで育った結果、軌道に乗れてよかったじゃねぇか」
ケーシスは否定しない。何も間違っていないからだ。
「お前はリズそっくりなんだ。もう少し陽気に砕けてくれると生き写しなんだけどな」
「ケーシスさん……」
サキはケーシスを名で呼んだ。呼んだだけなのに、ずっと近い存在に思えた。
ケーシスはサキの視線が気になった。自分とは親しくなってはいけない。その思いが、サキを突き放した。
「おっと、あの姉ちゃんと同じ目はやめておけ。お前さんならこの世界の『向こう側』に辿り着けるかもしれない。あの野郎がしようとしていることも解決できるだけの力があると俺は思う。俺はその戦場に立てないかもしれないから言っておくが、自分が築いて来たものを信じて進め」
意味深な言葉だが、激励をくれているのは把握できた。この人は他に何を知っているのだろうか。こんなにも自分の両親に近い場所にいたのだから、もっと話を聞きたい思いがサキにはあった。
ケーシスはあえてサキと距離を置こうとしていた。避けているわけではない。ただ、告げるのはいまではないと判断した。
「また会えるといいな」
「はいっ!!」
ケーシスはルミナスに急かされ、手を振って歯を見せて笑った。この笑い方がジェフリーに似ていて和む。サキはこれ以上追わず、ケーシスとルミナスを見送った。
この世界は広いようで狭く、どこかで誰かとつながっている。
偶然なんかじゃない。何かに導かれて、強い力が働いているに違いない。
サキはケーシスと別れ、足を戻していた。
圭馬がカバンの中に身を潜めたまま、ぽつりと呟いた。
「『向こう側』っておとぎ話じゃないっけ……」
大きな問題にぶつかったのはサキだった。自分の力だけではどうにもできなかったが、その相談を竜次にした。その帰りだ。
サキと竜次は拠点に帰還した。
静かな空気、火の入った温かい暖炉、お風呂の石鹸の匂いが心を落ち着かせてくれる。
ローズを除く女性陣は眠りについていた。遅くなってしまったことがうかがえる。
ハーターが湯気の立ったカップを二つ差し出した。
「お帰り、二人ともココアでもどうぞ。ちょっと甘いかもしれないけど」
サキも竜次もありがたくいただく。ハーターは急いで淹れたのか、ミルクが混ざりきっていない。だが、温かさがありがたいものだった。
物音を聞いたのか、ジェフリーが地下から上がって来た。
「遅かったな。サキはさっきよりずっと明るい顔してるし、よかったな」
「ジェフリーさんにも心配かけちゃったみたいですね。すみません」
「悪いことをしていないんだから、謝るなよ」
竜次が兄のように接するのなら、ジェフリーは年の離れた友だちのように接する。
悩みを抱え込むのはよくないと、サキも反省しているようだ。
少しでも持ち直してくれたのならよかったとジェフリーは安心した。
竜次がサキを気遣う。
「さっ、サキ君。明日があるんですから、先にお風呂に入ってしまいなさいな。お疲れでしょう?」
「はぁい」
竜次に促され、サキはココアを一気に飲み干してカップを台所へ下げた。タオルを持ってお風呂場へ行く。水の流れる音と、ゴトゴトと音が漏れて来る。
竜次は服装を崩しながら質問をする。
「ジェフは何をしていたのですか?」
「練習。魔法の……」
ジェフリーの足元から使い魔が顔を見せた。圭馬とショコラが、揃って少し眠そうにしながら見上げている。
「聞いてよ、お兄ちゃん先生。ジェフリーお兄ちゃんったら、守りの魔法の練習したいだなんて熱心だよね」
「ほんとなのぉん」
圭馬が具体的な練習内容を話した。ショコラが相槌を打っている。
竜次は眉を崩し、考え込んだ。
「守りの魔法ですか?」
竜次は『どうしてそんなものを』と言いかけて、ジェフリーが怪我をしたのを思い出した。意識することは大切だが、こうも早く手を付けようとは殊勝な心掛けだ。
ショコラがジェフリーのズボンをカリカリと掻く。
「やればできるのですからぁ、ちゃんと魔法学校に通えばよかったのですのにぃ」
「ばあさん、何度も言うけど俺はソッチが専門じゃないんだってば」
このやりとりも見慣れてしまったが、ショコラはどうも呑み込みのいいジェフリーを気に入っている。
「それで、サキは大丈夫だったのか?」
奥からの水の音を聞きながら、ジェフリーが竜次に訊ねる。
「だいぶ落ち込んでいましたけど、持ち直せたようです。まだ安全とは言えません。ちょっと心の病が見え隠れしていますので」
「俺には力になれない。だから、兄貴が力になってくれると助かる」
「えぇ、もちろんです。なので、明日はサキ君と同行します。あぁ、ちゃんとそれなりの変装はしますよ。こういうのじゃなくてね?」
伊達眼鏡とベレーを外す。ベレーはともかく、眼鏡はあってもいいかもしれないが。
竜次はもっと重大な注意を促す。
「さっき、街外れでルシフという魔法使いさんに会いました。妹さんをさらわれてしまったみたいでしたが、そのさらった人がルッシェナ・エミルト・セミリシアと言っていました。あの人は天空都市ではなく、地上にいるようです」
ローズも手を止めて顔を上げた。
ハーターも眉間にシワを寄せている。
「おっと、不穏な流れだね。彼が出しゃばって来たか」
「ルー、何をしようというのデス?!」
「それはぼくも気になるね。だって、彼は大ボスみたいなものでしょ?」
ハーターもある程度の話は通じる。この反応でわかったのは、敵として見ている。ジェフリーも竜次も安心した。
竜次が一番注意しなくてはならない点を話した。
「わかっていると思いますが、今は決して一人にならないようにしてください。ミティアさんも社会勉強を我慢してもらわないといけませんね」
せっかくミティアも仕事を楽しみにしていたのに、ここでいったんは遮るようになってしまう。だが、彼女に何かあっては困る。
ミティアを誰と同行させるべきか、ジェフリーは頭を悩ませる。
「ここでハーター先生たちと留守番か、俺たちと一緒に行動させるかってところか」
竜次もその考えのようだ。同調する。
「そうですね。お城で連れ歩くには立ち振る舞いが不安です。何か興味を抱いて離脱しては困りますし、万が一誘拐などされてしまったら……」
竜次の悪い癖が出た。過保護すぎる心配性だ。しかも自分たちが一緒では分が悪いと思っていた。城では何かあったときに自由が利きにくい。
ジェフリーはそれを考慮したうえで決断した。
「わかった。コッチで面倒見よう」
どっちも不安だが、目が行き届くところにいるかいないかで意識は違う。ミティアを放置しておくにはあまりにも危険な状況だ。
ハーターはローズと顔を見合わせる。
「お留守番していても、ローズとぼくではちょっと不安だね。小細工が効くような戦い方は苦手でね。彼は確か、銃を持っているんだろう?」
「そう言えばソデス」
ルッシェナはマスケットを持っていた。遠距離攻撃は分が悪い。それに、ルッシェナは剣も持っていて多少の魔法も使える。兼ね備えが周到過ぎて応戦に困るくらいだ。他にどんな手を持っているのかもわかっていない。
ハーターは個人的に悩ましい思いがあった。
「ぼくはできたら彼と戦いたくないね。何せぼくはあの人にも剣を教えたことがあるんだ。個人的な事情で申し訳ないけど、教え子と真剣を交えるのは勘弁願いたい」
「オニーチャン……」
さぞ心苦しい立場だろう。教師だった経験がここで闘志にブレーキを掛けた。
まとまりが悪い。だが、そこを竜次がまとめた。
「湿っぽくなってすみません。しばらくは注意してください」
ミティアに限ったことではない。全員が意識をしなくてはならない。
圭馬が気になったことを質問した。その質問の相手は竜次だ。
「ねぇ、お兄ちゃん先生」
竜次は剣やカバンを外してくつろぎ直す。圭馬に向き直り首を傾げた。
「ルシフ兄ちゃんに会ったんだよね。妹のミエーナちゃんがさらわれたのに、助けを求めて来なかったの? どうして?」
圭馬が竜次をじっと見上げる。冗談を言っている訳ではないが、そこのメリハリはきちんとしているので問題ない。竜次は自分の考えを述べた。
「妹を犠牲にしても、目的を優先していると私は見ています。ギルドに依頼を出していましたものね」
「そりゃそうだけど。ストイックだなぁ、相変わらず」
「こちらを離れて彼に協力しますか?」
圭馬がやけに気にしているので、竜次から提案をした。圭馬は首を振る。
「いや? ボクは辞めておくよ。魔力供給を受けないと姿も維持できないんだから、ルシフ兄ちゃんに就いたところで荷物にしかならない。昔とは勝手が違うんだもの。それに、今はキミたちに就いていた方が楽しそうだからね」
圭馬は今の自分が足を引っ張ると自覚していた。ゆえに、一行を抜けるつもりはないらしい。半分くらいはその理由。圭馬は人情に厚い。この一行を気に入っていると話していたのだから、終末まで付き合うつもりだ。
竜次はさらにルシフから聞いた気になることを話した。
「他にも目的があるみたいでした。時間干渉者を探していると……」
「それはボクにはわからないなぁ。そもそもルシフ兄ちゃんが時間干渉者だし。今はとりあえず頭の片隅に置いておくしかないんじゃない? それどころじゃないし?」
圭馬は現実を見据えていた。それはジェフリーも同じだった。
「今は、かまってる暇がないだろ。こっちも警戒しながら金稼ぎだ」
ジェフリーの言っていることは真っ当だ。目的から脱線してはいけない。
「他に神経を使いながら金を稼ぐ。ギルドの人は大変なんだな。何も俺たちに限ったことじゃない。家族を持つ人、誰かのために食い扶持を稼がないといけない人。いろんな条件を持った人がいると思う」
ジェフリーはしおらしくなり、気を落とした。ジェフリーらしくない一面だ。自分が死の淵に立ち、後悔のないように生きると改心した。だが、実際は難しい。それを言っているようだ。もしかしたら、ケーシスを気遣っているのかもしれない。
注意をしよう。一人にならないようにしよう。それで終わるかと思っていた話が熱を帯びる。
ギルドの話になり、ハーターが反応した。
「ギルドにしても、世界の情勢にしても、どうも落ち着かないねぇ。お陰でぼくも食い扶持には困らないよ」
ハーターの窶れた顔と解れた髪、それに無精髭もまだまだ整わない。どれくらい、苦労が絶えない生活をしていたのだろうか。
「もしかして、ケーシスさん、何かしようとしてたりしないだろうなぁ。ぼくはあの人が苦手なんだよ。お二人には悪いけどね」
ハーターがこの頃合いでケーシスについて触れるのは鋭い。ケーシスの子どもである竜次とジェフリーを前に、正直な気持ちを言った。立場を考えれば当然かもしれない。
竜次は苦笑した。
「いえ、お気持ちはわかります。ローズさんを考えたら当然です。むしろ、私たちもあまりよくは思われてなかったりするのかと」
「いやいや、ご兄弟じゃないよ。ケーシスさんはまた別でしょう。確かに言葉は悪いけど、あの人の不貞行為にいい気はしないよ。でも、あの人には凄腕の側近がいるからね。認めたくはないけど、仕事の腕は確かだ。ケーシスさん自身も強いから、どちらかと言うと、仕事でかち合いたくない方が大きい」
意外にも人として嫌っているわけではなかった。板挟みにされているローズは、自身の立場を気まずく思っているのかやけにおとなしい。ハーターは一体どれくらい仕事で戦っているのだろうか。
がらりと戸の音がした。頭にタオルを被せ、急ぎ足でサキが上がって来た。
「あ、お風呂いただきました。ありがとうございます」
ふわふわの髪の毛もお風呂でボリュームダウンしている。キッドもこんな髪質だったのを思い出させる一面だ。
ちょうど話の切れ目だったので、竜次が入れ替わりでサキに席を譲った。
「落ち着いたら、早めに休みなさい?」
「はーい。髪の毛を乾かしたら寝ます」
入れ替わりに一言交わすと、竜次が奥へ消えた。
もぞもぞと首の後ろにタオルを回しながら、サキがジェフリーの視線に気が付く。
「どうしました?」
「なぁ、サキはこの仕事したくないんじゃないのか?」
「何を根拠にそんなことを?」
あまりの言われに、サキは手を止めて強がりを見せる。
「僕だって、誰かの役に立ちたいんです。いつまでも遊んでいられない。そりゃあ、まだまだ勉強とか青春とか、したいですよ?」
声が大きくなりそうだ。ハーターが間に入った。
「まぁまぁ、喧嘩をするようなことじゃないだろう?」
物事がうまくいかない。サキは気が立ってしまった。ハーターが間に入ることで亀裂を回避できた。
もう夜も遅い。できれば、心を落ち着かせてから眠りにつきたいものだ。
ハーターはジェフリーにも落ち着かせるように持たせる。
「切込み包丁くん、彼には剣神先生が付いているんだ。ここは大魔導士君にも可能性を持たせてあげよう。何事も挑戦は大切だよ」
「先生が言うなら、そうだな」
何かと反抗的なジェフリーが、あっさりとハーターの言うことを聞き入れる。圭馬もショコラもその様子を珍しく思った。
どうも、ハーターは相手に向き合う姿勢が強い。今のところ、それはいい方向へ作用している。人によっては余計なお世話かもしれないが、適度な距離感で助言をしてくれるのはありがたいことだ。
ハーターはサキにさらなる助言をする。
「いいかい、大魔導士君? いつも全力だと、そんなものは長続きしない。ほどほどに手を抜けるときは適度なサボり方をするんだ。たまにお菓子を食べたくなるのと同じでかまわない。君は少々真面目過ぎるみたいだからね」
「真面目、過ぎる?」
サキは髪の雫を拭いながら首を傾げる。その足元では圭馬が見上げていた。
「ハーちゃん、まだ会って丸一日くらいだよ。この子のこと、よくわかってるね」
「なぁに、人を観察するのは得意さ。その子がどんな子なのか、よく知った上で正しい道に導いてあげることが教師として、生徒たちの模範になる心得だからね。って、元・教師か」
「どうして先生を辞めちゃったの?」
圭馬の質問にはローズも興味があった。一同注目する中、ハーターがポケットから剣をあしらったデザインの銀のプレートを取り出した。ドックタグのようにも見える。
「剣術の教師として、それなりの功績が認められたってことさ。魔導士の懐中時計と同等の効果があると言えばいいかもしれないね。これだけ言えば、察しのいい君たちなら、もうわかっただろう?」
魔導士の懐中時計と同等。つまりは、大図書館に出入り可能な権限だ。一部の教師やそれなりの権限を持つ者、国の関係者などが大図書館の利用権利を得るのだ。魔導士に至っては、主にフィラノスしか利用しないが。
聞いたサキは眉をひそめた。
「何を、読んで気になったのですか? 普通なら、触れないようになっているので、この世界の難しいことは興味を抱かないはずです」
ハーターのきっかけが知りたいだけだった。彼はにっこりと笑う。
「サージェント・イーグルサントの著書だよ。種族を越えた愛を唄い、愛を嘆いた話なんだ。始祖のドラグニーはほとんど存在しない、だから貴重な話だった。ぼくはそこから種族戦争に興味を持ち、フィラノスで大魔導士君の卒業論文にも目を通したよ?」
思わぬつながりだ。サキの卒業論文を目にしたという。もちろんサキは驚いた。
「えっ、僕の卒業論文を?」
意外なつながりにサキは身震いした。
これにはジェフリーも顔をしかめる。
「どこまで偶然なんだ?」
「導かれているのかね。ぼくたち、こうしているのも不気味なくらいだよ」
「先生まで?」
皆が何かのきっかけを持ち、何かしらのつながりを持っている。まったくの他人ではない。
「まぁ、ぼくはポジティブな思考だから、こういうわくわくすることは久しぶりで、探究心をくすぐられるよ。運命でも必然でも何でもいい。毒なら皿まで食べるまでだ」
ハーターはローズと同じくアリューン神族の混血だ。兄妹なのだからそれは同じ。
「先生は一つの通過点であって、終着点ではないと思った。ただそれだけだよ」
一行と関わり、同等の立場で話すようになってまだ一日。それなのに、こんなに共通点があるなんて不気味だ。何の巡り合わせなのかはわからないにしろ、ハーターはこの機会を楽しんでいるように思えた。
「まるで世界から生きる気力が失われていくような感じがするね」
「ハーちゃんは視野が広いね。どうしてもっと早く巡り合えなかったんだろう? なんちゃって?」
圭馬が耳をパタパタとさせながら見上げている。こういうときは機嫌がいい。個人的に気に入っているようだ。
「そうだ、女の子たちには言ったが、予算の下方修正ができたよ。ローズの設計図が完成したら調達に入るつもりだ。さっきの話だと、さっさとした方がいいみたいだからね」
散々修正の書き込みがされた内訳はともかくとして、一千万リースと少しとなっていた。だいぶ現実的な数字だ。
「資材によってはもう少し予算を抑え込めるかもしれない、とだけ」
具体的なことは省き、提示だけにしておいた。
話したいことが落ち着き、何となく片付けに入る。ハーターは机に手を置き、ローズに言う。
「さぁ、ローズも寝る支度をしなさい。何日も寝ないのはお肌によくないぞ」
「も少しなのにぐぬぬ、デス……」
ハーターに作業を片付けられてしまった。仕方なくローズも渋りながら寝る支度に入る。製図の束は見るだけで頭が痛くなりそうだ。どんな物を造ろうとしているのだろうか、また話をする楽しみが増えた。。
竜次を待たずしてだが、彼は長い髪の毛の手入れに時間が掛かる。就寝に入ることにした。
怒涛の一日が始まろうとは思いもせず。
早朝に目覚めたサキ。だが、竜次の布団は空っぽだ。
「ふぁ……」
早く起きたつもりだったのに、もっと早く起きて身支度までも整えていた者が居た。驚いた。あんなに寝起きの悪い竜次が何をしているのだろうか。
ホットサンドのいい匂いがする。ハムとチーズのとろける匂いが、寝起きの胃袋を刺激した。
「先生、朝、早いの苦手だったような?」
サキはまだ眠そうなショコラと圭馬を抱きかかえながら、整わない髪の毛で一階に降りる。竜次がホットサンドを食べながら笑顔で朝の挨拶をする。
「おや、ちゃんと起きれましたね。おはようございます」
「お、おはようございます?」
「はい、サキ君のぶんです。顔を洗って食べなさいな?」
「えっ、僕の?」
小皿にハムとレタスが別で盛り付けられている。使い魔のご飯だ。サキは竜次がここまでするのかと思った。だが、台所から声がした。
「あら、おはよう。さっさと顔洗って来なさい」
「ね、姉さん!?」
ホットサンドも気の利いた支度もキッドのお陰だった。サキはそれを知って、安心した。竜次がここまでできるようになったなんて、世界が滅ぶレベルだ。
サキは手早く顔を洗って髪型を整えた。服装を整え、ループタイもきゅっと締める。椅子に座ろうとして、質問をした。
「どうしたの、姉さん」
「どうって、朝早いだろうなって。居候しているんだから、ちょっとでもみんなの負担を減らさないと。終わったら洗濯するから、洗ってほしいもの出しなさい」
「あ、うん。ありがとう。これ、いただきます」
前にもキッドは服のほつれを直してくれたり、衣服をたたんでくれたりと見えないところで助けてくれていた。サキが席に着くと、キッドは立ち上がった。
「あんたはコーヒーって感じじゃないっけ。ミルク?」
「あ、朝はブラックがいい」
「竜次さんにもおかわりを淹れるわね」
ぱたぱたと台所に消えていくキッド。
竜次はそれを見ながら、朝からデレデレに惚気ている。
サキはこの空気を邪魔してしまったのではないかと、罪悪感を抱いた。だがそれも一瞬。空腹に耐えられず、ホットサンドを暖かいうちにいただく。カリッとパンの音が鳴った。中から野菜とハム、チーズの香りがする。
「なんか、新婚さんみたいだね」
余計なことを言うのはいつも圭馬だ。レタスを口に運びながら、竜次を見上げる。
「いやぁ、毎朝こうしていただけるのでしたら、いくらでも頑張れちゃいますね」
何か変な物でも食べたのかと疑ってしまう。なぜなら竜次は寝起きが悪く、毎朝男子部屋では恐怖と隣り合わせだったからだ。
サキも気になって竜次に言う。
「先生って、姉さんと?」
「正式に言った方がいいですか?」
「あ、いえ、そんな」
「あぁ、そうだ。サキ君は私を義兄さんって呼びますか?」
「ぶっ、ふぐっ!! けほけほっ……」
サキは突然の振りに噎せ返してしまった。至極当然と言えばそうかもしれない。あまりにも不意打ちだったので咳き込んでしまった。
コーヒーのおかわりを持って来たキッドはチクリと言う。
「竜次さん、朝からこの子、いじめないでよ」
「いじめてないのに」
竜次は不満そうだ。
「むぅ……」
コーヒーをいただきながら、口を尖らせる竜次。ほどほどにして席を立った。何を始めるのかと思ったら、昨日持っていた紙袋を取り出し、着替え始めた。別の袋も持っている。ここは王都フィリップスなのだから、時間を問わず、何かしらの用意ができたのかもしれない。
竜次はキッドを手招きする。
「手伝ってもらえますか?」
「もぉ、しょうがないなぁ」
サキたちが食事をする前で、二人は微笑ましいやり取りをしている。竜次が服のタグを切った。ピシッとしたシャツにスーツだ。プラスチックのハンガーに綺麗な紺色のスーツが下がっている。袋から取り出し、キッドが息を飲んだ。
「ど、どうしたのこれ」
「船でクレアがコーディちゃんと言っていたじゃないですか。ちょっとしたおしゃれ意識です。昨日たまたま気が向いて買ったものでしたけど、今回はいい機会だと思いましてね」
竜次は斜めにストライプの赤いネクタイを取り出した。桜の刺繍が入っている事から、これは沙蘭に友好的なフィリップスらしさがうかがえる。
「おっと、さっき急いで買って来た、寒くない肌着を着てからですね」
一度外出していたようだ。竜次は防寒対策をしっかりとして、着込むつもりだ。ある程度整った段階で、竜次は姿見をじっと見つめながら、首を傾げている。
「ふーむ、腰に刀を下げたらおかしいかなぁ」
せっかくの着こなしが崩れてしまうのではないか。竜次は悩ましく思っていた。その竜次に助言をしたのは圭馬だった。
「い、いや、そういうセキュリティポリスがいるから平気じゃない?」
あまりの変貌にサキもキッドも言葉を失っていた。代わりに圭馬が付き添って色々と整えているが、圭馬も半分は驚いている様子だ。
竜次はスーツの前ボタンを閉めようとして、とあることに気が付いた。
「あとは、胸元が寂しいかな。ブローチとか、ピンバッチとか持っていないんですよね」
ブローチと聞いて、サキがハッとした。前に赤いローブと帽子を身に着けていたときの羽根ブローチを差し出した。箱に入ってよく磨かれてある。
「これでよければ、どうぞ。僕に協力してくれるので、これくらいは」
「服を変えても大切にしているくらいなのではないですか? お借りしてもいいのでしょうか?」
「それ、お師匠様にいただいたものなのです。学生時代に着けてたからあげるって。女性ものらしいのですが」
頷きながら話すサキに対し、なぜかキッドが顔をしかめる。彼女にもよく似た羽根ブローチを持っている。意識したことがなかった。妙なつながりだ。
ブローチを左の襟に着け、竜次はご機嫌な様子だ。
「おぉ、賢く見えるかもしれない。なんて、ふふっ」
少し大きいが、無いよりはずっと品があっていい。きちんとした変装がみるみるできあがっていく。
竜次前髪を気にしていた。
「さて、髪はどうしようかな」
悩ましいものだ。いくら服装が整っていても、髪型が決まらない。圭馬がちゃっかりとヘアワックスを持って来た。おそらくローズのヘアワックスだ。しかもハードタイプと書いてある。
「三つ編みっ!!」
「えぇっ!! 癖がつくから嫌いなんですけど。どうせなら、前髪もこうぴしっとさせたいというか、何というか、自分ではなかなかできないものでして」
もたつく竜次をそっと支えたのはキッド。圭馬が持っていたワックスを受け取る。
「じっとしていて。あたしがやりますよ」
「うれしいような、うれしくないような」
前髪をセットする竜次の背後にキッドが立つ。ジェフリーが竜次を怒らせるなら、寝ているときに三つ編みにするといいなんて言っていたが、キッドが施行している。
キッドは慣れた手つきで指を通してきつめに編んでいく。ショコラがどこからか赤いスカーフを持って来た。キッドの足元にすり寄っている。自由な使い魔たちだ。怒られはしないだろうが、勝手に家のものを使っている。
キッドはヘアゴムで縛ってからスカーフを絡ませてリボンにした。
紺色のスーツに金髪がよく映える。恵まれた容姿は手をかければ、もっと化けることがこれで判明した。
キッドは小さく唸った。
「竜次さん、見違えるほどかっこいいわね」
「クレアにそう言われるとうれしいですねぇ」
抱き着きそうな竜次をキッドが覚めた眼差しで突き放す。少し照れているようだが、朝からイチャコラするわけにもいかない。
いい空気だったが、圭馬が止めに入る。
「ちょっと待った。お兄ちゃん先生、その格好でいいの!?」
あまりにも整った格好で出歩くのは逆に怪しいと見たようだ。
「伊達眼鏡があった方が胡散臭くていいよ」
あえて完璧を崩す。ショコラも同調した。
「わしもそう思うなぁん。完璧な格好はかえって怪しまれるかもしれないのぉん」
いろいろと整えていたら窓から明るい日の光が差し込む。圭馬がそれに気が付いた。
「っと、こんな時間じゃないか。街が動き出す前にお城に行っちゃおう。人が少ない方が凝った話もしやすいはずだよ」
圭馬に急かされ、サキがコーヒーをぐいっとひと飲みする。竜次は伊達眼鏡を掛け、腰に剣を下げた。まるで執事とお坊ちゃんのような組み合わせだ。
身支度も整ったところで、二人が玄関を出て行く。その様子をキッドは見送った。
「コッチは任せて。ミティアにも言っておくから。行ってらっしゃい」
サキと竜次は街を歩き出す。変にかっこいいので逆に目立つかもしれないが、王都だから多少は溶け込めるだろう。
慣れない服装に軽い武装。竜次は歩いていても落ち着かなかった。
「何もないといいのですけれど。銃とカバンも持っていませんからね」
サキも歩きながら頷いた。
「僕もそれだけは避けたいです。それに、あまり一般の人を巻き込みたくないというか、平和にお仕事を片付けたいのが本音です」
人の少ない街中を抜け、城に辿り着いた。
庭師が忙しそうに花壇に水をやっている横を通過した。城の門番に話をつけて中に入った。昨日と違い、見慣れないスーツの男を連れていると不審がられたが、兄ですと言って誤魔化した。半分あっている気もするが、現状で多くを触れてはいけない気がする。
触れないでおいたのに、圭馬がサキに余計なことを言う。
「このまま順風満帆に行けば、ホントに義兄ちゃんになるかもしれないけどね」
「圭馬さん、集中したいのでその話はまた今度にしてください」
「ちっともうれしそうじゃないね」
今日は早い時間とあってか、案内すら付かない粗末な扱いだ。サキが道と場所は覚えてるのでよかった。だが、気がかりなこともある。竜次が城ですれ違うメイドや貴族から熱い視線を受けている。
「おかしいなぁ、そんなに変な格好ではないはずなのですが」
黄色い声も聞こえて来るが、本人に自覚はない。中身はともかく、それなりに整った容姿であるのをそろそろ自覚してもらいたい。サキは一緒に歩いていて恥ずかしかった。
しばらくして、異変を察知した。
「ん? サキ君、何か焦げ臭くありませんか?」
「空気が煙たいですね」
城内の廊下を白い煙が漂う。サキが嫌な予感を口にした。
「この先、レナードさんのお部屋だったはずです!」
「まさか!!」
自然と足早になるサキ。竜次もあとを追う。二人の眼前を、一人のメイドが慌てて走り抜けた。だが、それよりも大変なことが起きていた。部屋の前に積まれていたダンボールから火が上がっている。
咄嗟に動いたのはサキだ。
「僕が消します。先生は換気を!!」
「了解ですよ。っと……」
竜次はスーツの前ボタンを外し、方向転換する。前を閉めていては腕が動きにくい。曲がり角の先に立ち話をしていたメイドたちがいた。すぐに訊ねた。
「換気窓はどちらですか? すぐに開けてください」
メイドたちは着飾ったイケメンに言われ、頬を赤らめながら散って窓を開けて行った。すんなりと言うことを聞いてくれたことに違和感もあったが、ひとまず安心だ。
「ありがとうございます!」
竜次はにっこりとお礼を言って天井の空気の流れを見る。これ以上、騒ぎが大きくはならないだろう。だが、サキの行動次第だ。
サキは奮起していた。魔法の腕には自信がある。そう、ただ魔法を放つのであればの話だ。
「まずは広がらないように湿気を撒くんだ!!」
圭馬のアシストによってアクアゾーンが展開される。一般的な応用は難しいが、水の属性魔法の効力が上がるサポート魔法だ。魔力が満ちる。
「放つ恵み……」
サキが魔法を放とうとすると、圭馬が注意をする。
「加減をしないと、城が海になるよ!!」
「うっ、す、スプラッシュ」
大きな魔法を放つ詠唱をキャンセルし、すぐに無詠唱魔法に切り替える。杖を媒体にするまでもなく指先でわずかに水を弾いたが、効力が上がる魔法のせいで大きな水しぶきが上がった。外で放つには全力でもかまわないが、こういった加減をしなくてはならない場面はまだまだ苦手だ。
鎮火は成功したが、やや水浸しだ。まだまだ精進が足りない。サキは軽く肩を落とした。だが、まずは何とかできたことに重点を置く。
曲がり角から竜次が舞い戻る。状況を見て彼もまた、安堵の息をついた。
「大丈夫だったみたいですね。大事にならなくてよかった」
竜次の横から、ダルマのような男性が姿を見せた。頭の毛は薄く、ブロンド交じりの金髪が、剣山でも乗っているように固まっていた。
「今の騒ぎは何だね?!」
ダルマと例えたが、かなりの太っちょで、身長はサキとさほど変わらないくらいだ。葉巻を吸っている。その葉巻を持った指には金の指輪が見えた。ベロア調の光沢をもった派手な真っ赤のスーツを着ている。ニタニタといかにもという風格だ。
竜次は誰なのかを知っていたが、知らない振りをしていた。
男性は竜次に言葉で噛みついた。
「そこのお前、頭が高いぞ」
「おや、失礼いたしました」
竜次は嫌な顔一つせず、ぺこりと一礼する。あまりに素直に応じるので、男性は機嫌を損ねたのか、舌打ちをした。竜次はこれを笑顔で流した。
男性が次に言葉で噛みつこうとしたのはサキだ。
「貴様がレナードの家庭教師か、生意気そうなガキだな」
サキはびくりと反応した。貴族に絡まれるのに慣れていない。竜次はすかさず歌唄に入る。
「申し訳ございません。わたくしの弟なのです。無礼をお許しくださいませ」
「ふんっ。さっさと出て行かないからこのようなボヤを起こすのだ。いい気なものだな、品のいい男など付けおって」
サキに毒牙が及ぶ前に竜次が遮った。こういう礼儀や作法はよく慣れている。さすが王様候補であっただけはある。
「恐れ入ります。貴殿があの名高きマイテ様ですか?」
「ほぉ、わしの名前を知っておるのか?」
「当然でございます。お会い出来て光栄の至り、どうかこの場の粗相をお許しください」
物腰柔らかな対応と笑顔、悪い気はしないようだ。男性の名前はマイテ。彼は一瞬葉巻を落としそうになって持ち直した。気をよくしたのか、竜次に手を差し出す。
「どうせ金で雇われているのだろうが、まあいいだろう。あのジジイをさっさと追い出す手伝いなのだからな。早く仕事をしたまえ」
「お気遣い、ありがとうございます」
竜次の手に渡されたのは金貨五枚だ。マイテは気をよくしたまま去った。葉巻の煙たさが地味にスーツに染みついてじわじわと嫌な気分になる。
まさか貴族に絡まれるとは思いもしなかった。やり過ごせたことにより、竜次はほっと息をつく。
「あぁ、びっくりした」
冷静な対応ではあったが、緊張はしたようだ。部外者がいなくなり、圭馬がサキのカバンから顔を覗かせた。
「お兄ちゃん先生すごいね」
「作り笑顔は奥歯が痛くなりますねぇ」
「さすが、貴族慣れしているね」
「勉強しましたから」
竜次は圭馬に褒められたが、うれしくなさそうだ。身に着けた知識と礼儀作法が変な所で役に立った。ただそれだけだと謙遜する。
サキも竜次がいて助かったと思っていた。
「僕一人だったらとっくに摘み出されていたかも」
「どうにかやり過ごせましたけど、早々によくは思われていませんでしたね」
よく思われていなかったのは間違いない。ギルドの件を知っている様子だった。
「火をつけたの、あの人の関係者なんじゃ?」
「サキ君、気持ちはわかりますが、犯人探しをしに来たわけではありませんからね? 目的を見失っては困ります。それに、むやみに人を疑うのはよくありませんよ?」
こういうところは余裕を見せる竜次。手の中の金貨がぶつかる。
圭馬は気になっているようだ。
「さっきの人から何をもらったの?」
「王室金貨ですね。私を気に入ったチップか、深く関わるなというお金でしょう。こんな汚れたお金、さっさと換金して手元から失くしてしまいたいです。手元にあるのはむず痒くて仕方ありませんからね」
「王室金貨って、純金だったら一枚で十万リースくらい?」
「昔と違って純金か、わからないですけどね。それはそうと、片付けと言うか、お掃除から入りましょうか。一部水浸しになっちゃってますし」
竜次は掃除用具を借りに行こうと周辺を見渡す。すると、壁の影からメイドが何人も覗いていることに気が付いた。
「もしかして私、目立ってるのかな? もし、そこの方、モップをお借り……」
竜次がメイドに声を掛けると、計ったかのようにモップを持ったメイドが何人もサキのもとに寄って行く。その数は十人ほど。どこから出て来たのかと疑ってしまう。そろそろ気が付く頃だと思ったが、竜次はここで天然を発動した。
「サキ君の話とは違って、働き者のいいメイドさんたちではないですか。どういうことなのでしょう?」
竜次は首を傾げながら、せっせと働くメイドたちを呆然と見ている。
サキもさすがに驚いているようだ。
「えぇっと、どうしよう?」
サキのカバンから圭馬が顔を出し、小声で言う。
「これさ、お兄ちゃん先生がかっこいいせいでしょ」
サキの心境がどんどん複雑になる。要所で手を借りようとしていた程度なのに、これでは甘えっぱなしになる。竜次本人にそんな自覚はないかもしれないが。
あっという間に水に浸った絨毯や床が綺麗になり、メイドたちは肩を並べて竜次に向き合っている。
「何だかお世話になってしまいました。お城のメイドさんなのに、ありがとうございます。何もお礼ができなくて申し訳ないのですが」
竜次の営業スマイルが続く。口にはしないが、段々笑顔がしんどく見えて来た。
何もできないといいながら、握手を交わしている。その横のサキには一目もない。
「わ、そこでなにをしているの!! またじぃやをいじめにきたの⁉」
ピンクのドレスを身に纏った女の子、ルミナスがレナードと登場した。丁度角を曲がってきたところだが、ルミナスがフランソワを手にしながら走って来た。
二人の姿を見た瞬間、今までへこへこと首を垂れていたメイドたちがいっせいに持ち場へ散った。ここまでわかりやすいものも驚かされる。
ルミナスは竜次の足元で腰に手を当てて怒っている。
「あなたもわるものでしょ!」
ルミナスが竜次に噛み付かんとする勢いで怒鳴った。だが、大きな瞳はもっと見開かれ、見透かした。
「あれ? あなた、りゅーちゃん?」
「ぎくっ」
竜次は大人相手では何ともないのに、子ども相手ではあっさりとガードを崩した。見事なボロの出し方をレナードも見逃さない。
「沙蘭の竜次様ではございませんか?」
「ひ、人違いです、人違い!! あはは……」
誤魔化し笑いをするが、わかる人にはあっさりと見破られてしまった。これにはさすがのサキも焦る。
「先生、諦めましょう」
「し、しかし、ここまで来て諦めるとは」
「もう、いいんです。やっぱり僕には無理でした」
一人で気を落としながら頷いているサキ。だが、竜次はまだ納得していない。
葬式ムードになり掛けたが、レナードは話を持ち寄った。
「あの、そういうことでしたら、ご相談がございます」
話の風向きが変わりそうだ。
レナードはルミナスを抱え、頭を下げた。
「どうか、どうか、沙蘭でお嬢様をお引き受けいただくことは叶いませんか?」
「えっ? 沙蘭ですか!?」
「叶うのでしたら、わたくしはこの城を去ります。そしてやり残した大魔導士昇格試験を受けたいと思います」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
だらだらと煮え切らない昨日と違い、話が急展開を見せる。サキは黙って話を聞いていた。
竜次はルミナスを見ながら訊ねた。
「レナードさん? 一体どういうことなのですか?」
聞かずにはいられない。どうせ竜次の身はもう見破られているのだから、この流れについて考えを訪ねておきたい。
レナードは憐れむように目を伏せ、首を振った。
「お嬢様がここで自信を磨くことは到底できる環境ではございません。だからと言ってこの年寄りだけに面倒を見るのは難しいこと、安心して任せられる者はおりません」
「あ……」
沙蘭には安心して過ごせる環境がある。権力争いもなく、貴族による圧力もない。
話の流れが変わり、サキはやっと発言した。
「あの、余計なことを言うかもしれませんが、レナードさんのお子さんやお孫さんは、沙蘭が邪神龍に襲われたときに亡くなっています。先生、僕からお願いなんておかしいですが、その……」
昨晩、ケーシスから聞きかじったことを引き出した。関わるな、発言権はないと知りながら、どうしても踏み込んでしまった。サキは怒られることを覚悟した。
竜次は眉間にシワを作り、顎に手を添える。
「そう……ですか。あれも、犠牲者が出ましたものね」
スーツ姿でこんな顔をされるとドキッとしてしまう。ものは考えようだ。竜次も手を貸したいと思っていた。だが、このままではことが大きくなってしまい、沙蘭を巻き込む事態になりそうだ。それに、竜次には気になることがある。
「ですが、その女の子には王位があるのでは?」
ルミナスだけをここから連れ出してもいいのだろうか。サキは踏み込み過ぎた質問をした。
「先生、レナードさんも、この子の親や他の王族さんって?」
「サキ君、王族や貴族が人間の中で、最も汚い存在であることを忘れてはいけませんよ」
竜次のこの顔で真剣なことを言うと、誰もがぞくりとするだろう。何のための注意なのか、竜次はきちんと説明をした。
「心当たり、ありますでしょう? 特に王族や貴族は、自分に不利益な人間をありとあらゆる手段を使って圧力をかけて追い出し、ひどいときは抹殺します。毒殺、暗殺、事故に見立てて殺す……なんてのもね」
心当たりがあるなんてものじゃない。サキはそこに近しい場所にずっと身を置いていたのだ。知っている。『拾った親』がそうだったからだ。フィラノスでわかっていながら見ないようにした。同じことをさせられそうにもなった。嫌だと拒絶したら、ひどく虐待された。体も心もまだ癒えていない。
サキは腕を抱え込み、深く頷いた。それを見た竜次は安心した。
「サキ君がその道に堕ちなくてよかったと、私は思います。そうしたら大魔導士なんてなれていません。それに、もしかしたら敵対していたかもしれませんからね」
竜次は笑ってサキの肩をポンと叩いた。いったん外れた話を戻すため、竜次はレナードに向き直った。
「沙蘭復興に尽力してくださったのも、その件があるのですね。気が付かなくて申し訳ありませんでした。私に見舞う権利もないでしょうけれど」
「いえ、もったいないお言葉でございます」
「私に王権はありません。一般人に成り下がった私が言って聞いてくれるかわかりませんが、妹に文を出してみましょう。できるだけ早くとは伝えますが、それまで耐えられますか?」
「い、今、何と!?」
「その子にここを抜け出して、沙蘭で立派なレディーになってから、この国に舞い戻る気があったら。ですね?」
あくまでも、ルミナスの意思を尊重したいと竜次は添えた。こういうところは気が利く。自分でホイホイと勝手に進めない面はサキも見習いたいと思った。
レナードがこの幼い女の子、ルミナスに言い聞かせる。ただ、表向きはいい反応でも、彼女はこれだけはずっと気になって仕方がないらしい。
「じぃやはいっしょじゃないの?」
両親もいないこの子が唯一信頼しているのはレナードだ。ルミナスだけで城を出るのは危険すぎる。あのマイテや他の貴族の毒牙にかからないか、心配になった。竜次が案を出そうと悩むにも、引っかかるのは家庭教師の案件だ。
話が詰まったこのときに、天井から聞き覚えのある声がした。
「やぁーーーーっと俺の出番が来たか」
誰もいないのをいいことに、窓を開けるためだけの二階手すりに腰掛けていた。逆光でシルエットしか見えない。だが、徐々に見えてきたのは、金髪で四角い眼鏡を掛けた男性だ。白いシャツにストライプの柄をした緑のネクタイ。
サキが声を上げた。
「あ、先生のお父さん?」
「よっ、大魔導士先生」
ケーシスだ。ガラの悪い若者のように振る舞うその様子は、とても大人とは思えない。
竜次も声を上げるが、どちらかというと怒っている。
「お父様!! 何て所に!? 許可もなく、不法侵入ですよ?」
「あぁ!?」
ケーシスは喉を鳴らす。城の天井は高いのだが、二階は大した高さではなさそうだ。判断したケーシスは飛び降りた。着地は成功したのだが、前のめりになって無理矢理立ち上がる。誤魔化しているようにも見えた。
サキの背後から声がした。
「ぱ、パワフルなお父ちゃんだよね」
「圭馬さん、しーっ!!」
ルミナスの前で変なことを起こしたくない。サキは圭馬をカバンに押し込んだ。
ケーシスはこの場にいる面々を見て小さく唸った。
竜次が憤慨している。
「お父様、悪役みたいな登場しなくてもいいじゃないですか!! と、言うか、私に気付いていて、無視ですか!? 私です、私!!」
竜次は自分に何も言葉がないことに憤慨していた。これでは面倒な人間だ。眉間にシワを寄せると竜次もケーシスに似ている。
ケーシスはまず竜次の額を小突いた。デコピンでもするような軽いものだが、どちらかと言うと、言葉のショックが大きいものだった。
「前髪はオールバックにしとけ。三十点だ」
「は、はい!?」
「それと、悪役じゃなくて、正義の味方って言っておけ。嘘でもいいからとりあえず親父を褒めろ」
「いきなりあらわれて意味がわからないんですが!」
父親の剣幕にはさすがの竜次もたじろぐ。
キレのある指摘は、この父親あっての竜次だとサキは思った。あえて言わないが、似ている部分が多い。それは何度か会って、少ないながらも言葉を交わして得た情報だ。今はケーシスが何をするのかが気になる。サキは黙ってやり取りを見ていた。
ケーシスはもちろん目的があってここに来た。
「レナード、久しいな」
「ケーシス様?」
「悪いがいったんこの国には傾いてもらうぞ。一回はヘボい王様で国民にも目ェ覚ましてもらわねぇとわからねぇからな」
竜次が作ったいい流れをぶち壊した。もう少し言い方があるかもしれないが、ケーシスにそんな心遣いができるとは思えない。と、誰もがそう思った。だが、思わぬ方へ話が転ぶ。
「二人まとめていったん沙蘭の傘下になれ。名前を捨てたいのなら追加で面倒見てやるぞ?」
一同は唖然とした。ケーシスは腕を組んで偉そうに鼻で笑う。まるで、ふんぞり返っている王様のような態度だ。
あまりに勝手な話の進め方に、竜次は戸惑いながら確認を取る。
「あ、あの、お父様、何を? それなら私が先ほどどうしようかと考えていたのですが」
「心配するな。俺の権力でどうにかする。姫子になら直筆で文を書いて送ってやったぞ。一年分の毛染めと一緒にな!」
「えええええええええ……」
ケーシスの方が、先に根回しが完了していた。竜次が頑張って築いたものが、根こそぎ持っていかれてしまった。これにはがっくりと肩を落とす。
「わ、私、何のために……」
「慎重かつ保守的なのもかまわねぇけど、ハッキリさせるときはビシッと決めろ。中途半端だからいつまでもいい女が付かないんだ。どうせ国を担うなんて、まだわかんねぇお姫様なんだから、まるごとエスコートしてやるのが筋ってモンだろ」
ボロクソな言われようだ。心当たりがあるようでないようなことを交えられ、竜次の立場がどんどんなくなっていく。言い返してやりたい。あまりにも無茶苦茶だ。
「か、彼女ならいるもん」
唯一、竜次が言い返せたのはこの程度。
この話のまとまりようにはサキも安心した。レナードもルミナスもこれ以上苦しまないでいられるのなら安心だ。
レナードはケーシスに深々と頭を下げた。
「ケーシス様、このご恩、いかがしてお返しすれば」
「いや、そんなモンいらねぇよ。でもそうだな、せっかく沙蘭に身を置くのなら、負担も少なく、細々と働かせてやるぞ。城主にはいい側近が二人いるんだ。よかったらそいつらの教育、執政の裏方をしてやってくれ。もちろん給料は出るぞ」
レナードはあまりの待遇に感涙して目頭を押さえている。それを見たルミナスは子どもならではの視点で話す。
「じぃや? どうしたの? かなしいの?」
ケーシスがレナードを泣かせた。ルミナスはケーシスを悪者ではないかと疑った。
「おじちゃん?」
「嬢ちゃん、いい女になって国を引っ張れるようになれよ」
「おじちゃん、わるいひと?」
「家族には悪い人だ。それは間違いねぇ。でも、爺さんとは古い知り合いだ。これからも爺さんを大切にしてやれよ?」
ルミナスがケーシスをあまりに疑うものだから、板チョコを差し出した。
「や! しらないひとからものをもらっちゃダメっていわれてるの!」
「疑うことを知っているのはいいことだ。でも、こいつは爺さんと友だちのウサギさんと一緒に食うといい。甘いものは一瞬だけでも幸せな気分にしてくれる」
ケーシスはルミナスの頭を撫でる。立って竜次とサキに向き合った。
「予定が狂ったのは、養子にしようとしてたことくらいか。でも、名前を背負ったら沙蘭の人間になっちまうからこれくらいでいいな」
竜次はまだ納得していない様子だ。
「お父様、やることが横暴ではありませんか? 荒っぽいし、無茶苦茶だし」
ケーシスに対しため息をつく竜次。格好がつかない。
そう。無茶苦茶だが、煮え切らない状況から抜け出す方法を提案していた。実際、裏から手を回さないと整わないことを、すんなりと通す。
サキにはかっこいい父親だと見えた。
「でも、やっていることはかっこいいと思います。僕は何もできなかったし」
自分は蚊帳の外、サキは遠回しにそう言っているようだった。だが、ケーシスは放っておかない。
「はぁ? 何を言っているんだ、大魔導士先生。これからが本番だ。俺は環境を整えただけだ。まだ前戯しかしてねぇっつーの」
「…………」
真面目なことを言っているつもりが、まともに話そうとするとどうも常識を崩される。
変な言い回しは教育によろしくない。竜次は注意をした。
「ちょっと、お父様!! サキ君に変なことを吹き込まないでください!!」
「おー、怖ぇセキュリティポリスだ」
ふざけ冗談に調子を狂わされそうだ。ケーシスは自分に向けられた色物を見るような視線を振り払うようにそっぽを向いた。
「お前たちはこの段ボールを外に運べ。壱子が荷車を用意してくれた。船着き場まで引っ張って行け。積み荷と一緒に嬢ちゃんは沙蘭だ。あとは爺さんがやりたいことが叶うようにしっかりやれよ」
「え、お父様は?」
「沙蘭に帰る。この嬢ちゃん連れてな」
「えええっ!?」
「代わりに壱子をこの街に滞在させておく。いい里帰りだろ?」
話しただけなのに眩暈がするように額を押さえている竜次。ケーシスは本当に無茶苦茶だ。この街に来て、大きなことをするつもりだったのも、この件なのか。
沙蘭の者は国がひっくり返るくらい驚くだろう。いや、この流れからすると決して悪いことではない。だが、あまりにも急で本当に驚かされる。
ケーシスはルミナスに目を向けた。
「まずは、俺に懐いてもらわねぇと」
「お嬢様、この方は爺の信頼する方なのです。お友だちになられてはいかがでしょうか?」
レナードに背中を押され、ルミナスはケーシスのズボンの裾をつかむ。
「じぃやといっしょがいい。でも、じぃやがいうのなら……」
「身内思いなのはいいことだ。ま、仲良くしようや。爺さんも自分に満足したらずっと一緒にいてくれるぞ」
「ほんとう?」
「そのためには、まず嬢ちゃんが頑張れ。ちょっとなら、我慢できるよな?」
「うん!! がんばる!」
ケーシスは子どもの扱いに慣れていた。サテラもそうだが、幼い子には優しい。こんなにガラが悪く、少し乱暴で無茶苦茶も多々あるが。
ケーシスはしゃがんでルミナスを手招きした。
「ま、そういうわけだ。今度こそ静かに暮らせるといいな」
ルミナスはドレスを着ている。それにも限らず、ケーシスは肩車をして気をよくさせた。はしゃぐ姿を見るのが複雑だ。少なくとも、竜次はこんなことしてもらった記憶がない。
「あとは任せた。そーら、行くぞ!」
「きゃあ、おじさんすごーい」
自分の父親がまるでバグのような存在だ。こんなにはしゃいで、いい行いをしようとしているのに、なぜもっと自分の子どもと向き合ってくれなかったのだろう。竜次はジェフリーが拗ねていた理由が少しだけわかったように思えた。
城で振る舞うには少し下品だが、どうせケーシスは外に出てしまうだろう。レナードは深々と頭を下げ、どこからか逃亡するように去っていくケーシスを見送った。
これで、レナードの抱えているものが軽くなった。そして、この積まれた荷物を運び出せば、もっと軽くなるだろう。
竜次は軽く誤った。
「ホント、すみません。お父様は台風みたいな方で迷惑をお掛けします」
この背中の縮んだレナードはただの老人も同然だ。孫か、ひ孫か、愛でるような何でもない一人の老人にしか見えない。
嵐が去り、呆然としがちだ。だが本質を見失ってはならない。竜次がはっとする。
「えっと、運び出せばいいんでしたっけ。勝手にやって城の者に怒られないでしょうか? あ、でも行き先は決まっていますからね」
自分で言って自分で納得する竜次。独り言になってしまったが、やることが決まると、箱に手を掛けた。まだぼうっとしているサキに声をかける。
「サキ君?」
サキは呆然としているわけではなさそうだ。また思い詰めた表情をしている。
「先生、先に始めていてください。僕、あの人に言わないといけないことがあるんです!!」
「あ、ちょっとサキ君!?」
サキが顔を上げたと思ったら、ケーシスが去って行った道を辿った。竜次は追おうにもレナードを一人にするわけにもいかず、不満に口を尖らせた。
サキは場内を走り抜けた。幸いにも、まだ城の敷地内にいたところを捕まえた。ケーシスは中庭の花壇で、ルミナスとコミュニケーションを取っていた。
「お願いです。ま、待ってくださいっ!!」
サキも旅で運動にも慣れて来たが、ケーシスの身体能力は異常に高い。子どもを肩に乗せていながら、軽快に走るさまを追い駆けるのは大変だった。
ケーシスは『お願い』と言われると弱い。どんな人にでも一瞬はその言葉で情けを掛ける。振り返って、追い駆けてきた人物に鼻で笑う。
「竜次に呼び止められるのかと思ったが、お前さんか、大魔導士先生」
「あ、あの!!」
サキは息を整えた調子で言い詰まってしまいそうだった。だが、かぶりを振って背筋を伸ばした。
「ミティアさんが持っていたあなたの懐中時計、僕のお師匠様のものと同じ年号だった。お師匠様は、僕の本当のお母さんと親友だった。たぶんですが、僕のお父さんも知っていたはず。ローズさんから預かったお父さんの手帳。あれはアドバイスがいっぱい載っていて、参考になりました。あなたがくれたものですよね?」
これが言いたかったわけではない。サキは頭を下げて言った。
「ありがとうございました!! 僕を導いてくれて……」
吹き抜ける風がどうにも物悲しい。直接言わず、誰だったのかも言わず、隠れてだったが、ずっと応援してくれていた。素直にお礼が言いたいだけだった。
ケーシスは口角を上げ、鼻で笑った。
「察しのいいガキだな。俺のところで面倒を見ていたら、また違った人生だっただろうけど。アイラは死んでもどうとも思わないくらいには大ッ嫌いなライバルだが、腕は確かだ。あいつのもとで育った結果、軌道に乗れてよかったじゃねぇか」
ケーシスは否定しない。何も間違っていないからだ。
「お前はリズそっくりなんだ。もう少し陽気に砕けてくれると生き写しなんだけどな」
「ケーシスさん……」
サキはケーシスを名で呼んだ。呼んだだけなのに、ずっと近い存在に思えた。
ケーシスはサキの視線が気になった。自分とは親しくなってはいけない。その思いが、サキを突き放した。
「おっと、あの姉ちゃんと同じ目はやめておけ。お前さんならこの世界の『向こう側』に辿り着けるかもしれない。あの野郎がしようとしていることも解決できるだけの力があると俺は思う。俺はその戦場に立てないかもしれないから言っておくが、自分が築いて来たものを信じて進め」
意味深な言葉だが、激励をくれているのは把握できた。この人は他に何を知っているのだろうか。こんなにも自分の両親に近い場所にいたのだから、もっと話を聞きたい思いがサキにはあった。
ケーシスはあえてサキと距離を置こうとしていた。避けているわけではない。ただ、告げるのはいまではないと判断した。
「また会えるといいな」
「はいっ!!」
ケーシスはルミナスに急かされ、手を振って歯を見せて笑った。この笑い方がジェフリーに似ていて和む。サキはこれ以上追わず、ケーシスとルミナスを見送った。
この世界は広いようで狭く、どこかで誰かとつながっている。
偶然なんかじゃない。何かに導かれて、強い力が働いているに違いない。
サキはケーシスと別れ、足を戻していた。
圭馬がカバンの中に身を潜めたまま、ぽつりと呟いた。
「『向こう側』っておとぎ話じゃないっけ……」
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