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【3‐2】騒動
偶然と必然の策略
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いきなりだが焦げ臭い。
三階の男性陣が揃って起床する。窓を開けないと空気が抜けないため、窓際のサキが窓を全開にした。窓が白い、結露している。勢いよくスライドさせたため、雫が散った。
まだ寝起きでぼんやりとする。ジェフリーが体を起こす。
「何だ? 博士がまた何かを作ってるのか?」
酷い寝癖だがかまっていられない。ジェフリーは手すりから下を覗き込んでため息をついた。
「わあああ……ど、どうしよう」
一階の台所からミティアの声がした。飛び降りたい勢いだが、さすがにこのままは危ない。足早に降りて駆け付けると、握っているフライパンの上で半分以上真っ黒になったパンが見えた。脇には数枚成功したと思われるフレンチトーストが見える。
ジェフリーは目をこすりながら苦笑した。
「いい目覚ましだな」
「ジェフリー。お、おはよ」
「火を消せ。換気扇を付けろ」
寝起きで機嫌が悪い。だが、まずは指示を出して環境を整わせる。その間にジェフリーは軽く顔を洗った。そして台所に戻ると、火を消して換気扇を付けた状態でミティアが申し訳なさそうに縮こまっていた。
ジェフリーは腕を組み、ミティアに向き合った。
「努力は認める」
「ほ、本当?」
「昨日のキッドみたいに朝から気を利かせようとしたのも認める」
「う、うん」
怒ろうにも、寝起きで目が覚めずに気だるくなってしまう。ミティアの努力は認めたい。だが、背伸びをしなくてもいいとも思う。
「火事にだけはするな」
「はぁい」
食べられるものを作れとか、無理をするなとか、言いたいことはあった。やらなくなってしまうのもどうかと軽く注意だけにした。ジェフリーはミティアが危ないことだけはしなければいいと思っていた。
「あとはやっておくから。スープもあっためていいかもな」
「わ、わかった」
適当に指示を出し、ジェフリーは調理を代わった。
「もう、二人でお店をやればいいのに……」
上から賑やかな台所を見て、寝起きが不機嫌な竜次がぼやいた。そのうしろをサキが通過しようとする。とばっちりを受けないように、そっと。
「サキ君?」
「ひっ!!」
竜次はくるりと先に振り返り、サキに抱き着いた。今日は寝起きが悪いどころではない。サキはそのまま押し倒された。最近は少しマシになったと思っていたのに、またぶり返しが始まってしまった。フローリングの床でサキが抱き枕にされている。
「た、たすけ……」
いつもの不機嫌ではなく、なぜか度を越していけない世界へベクトルが向いている。
そして竜次はそのまま眠りこけてしまった。
騒がしくなり、自然とハーターも使い魔たちも起き上がった。
白髪交じりの髪をかきながら、ハーターが言う。
「おぉ、これがボーイズラブってヤツか」
絶対に違う。とは思いつつ、ハーターは寝起きで冗談とも言い難いことを言った。
こういったことに反応するのは決まって圭馬だ。耳を立て、尻尾をパタパタとさせ、興奮している様子だ。
「えっ、何、お兄ちゃん先生ってそういう趣味あったんだ。ふーん、人間って奥が深いね。まぁそういう世界もあるか」
「長く生きていても、まだまだ分からないことがいっぱいだ。うむ」
感心するハーターと、この賑やかさに慣れてしまった圭馬が二人のじゃれ合いを眺めて楽しんでいる。
どさくさに紛れてショコラも茶番を楽しんでいた。
「わしはボーイズラブ好きじゃがのぉん……?」
見慣れた光景だ。男性陣にとって、朝の試練かもしれない。
元気よく朝ご飯の時間。皆の前には比較的食べられるものが並べられた。
ジェフリーは気を遣って、黒々としたものが皿に盛ってある。一枚二枚かと思っていたが、実は何枚も焦がしていたらしい。
まさか自分のように朝食を作ろうとしていたとは。キッドは意外に思っていた。
「味付けは悪くないじゃない。頑張んなさい、ミティア」
「キッドみたいにおいしいもの作りたいよぉ」
「あたしも料理はそんなに得意じゃないわ。イノシシとか鶏の丸焼きならいくらでもできるけど」
キッドは身体能力や戦う技術だけではなく、料理まで逞しかった。一度くらいはそういう料理を食べてみたいと思うが、これからその機会に恵まれるだろうか。
普段ならおいしく食べるはずのミティアは、遠慮をしながら食べている。ジェフリーのお皿と交互に見て気まずそうだ。
「ご、ごめんね。おいしくないでしょ?」
そんなミティアの視線におかまいなく、ジェフリーは口の周りを黒くしながら口に運んではコーヒーで流し込んでいる。
今日は席のスペースを設けてコーディも同席した。仲間外れになるのが嫌らしく、皆と距離を置いてだがお誕生日席で参加している。
「はちみつちょうだい」
コーディにはちみつのボトルを渡すサキ。
「もう普通ですね。インフルエンザってもっとしんどくなりませんでした?」
次の日くらいまではだるさが残る気がしたが、コーディにそんな様子はない。
「昨日注射ガマンしましたものネ? あれは超、効くデスヨ」
「お、思い出したらおいしくなくなるからやめて」
コーディは注射をおいしくなくなると表現した。注射が痛かったと考えていいだろう。皆が大きな仕事に行く前なのだから、できるだけ明るく振る舞いたい。
食べ終わって片付けと身支度を整える。
ローズはコーディに対し、淡々と説明をしていく。
「薬は食後に飲むデス。あと、飲む点滴は冷蔵庫に作っておきましたデス。お好みでちょっとレモン汁入れてもおいしいと思うデスヨ」
「わかった」
「ほいでは、サキ君と仲良くしてくださいネ」
「それは余計だから」
余計なことを言われ、コーディは機嫌を損ねた。だが、すぐに持ち直す。
「絶対に帰って来てよ」
「大袈裟デスネ」
「うぅっ、でも、一緒に行きたかった」
「何か変なのあったらメモなり写真なりやっておくので安心するデス」
何とかしてコーディを宥めた。少しでも安心させねばと、ローズもにこにことしている。内心は怖くて仕方ないが。
見送ってからサキが玄関を片付け、軽く掃除する。人を招くなら、最低限見られるようにはしておかないと。
テーブルを拭き、コーディに換気をお願いして、サキはレナードを迎えに行った。
よく晴れて気持ちのいい風が吹いている。風に枯葉が舞う。整った街並み、晴れた空、抜ける風、遠くでカモメが鳴いている。この平和な風景から混沌へ導く存在があらわれるとは思いにくい。
メモに記された裏道を行く。メモは丁寧な文字で書かれ、読みやすかった。迷うことなく無事に辿り着けた。レナードの家に赴くと、古びた木造の家だった。カーテンも下がっていないほとんど空き家のような外見をしている。
人の気配はする。サキは扉をノックした。
「レナードさん、おはようございますー!」
ノックをすると、すぐに扉が開かれた。レナードは待っていたと言わんばかりに、身支度は完璧に整っている。中へ入ったが、殺風景で生活感はない。一人用のテーブル、椅子も一つしかない。
サキがあまりにキョロキョロと見るので、レナードは恐縮そうにしている。
「執務でこの家にはあまりいなかったものでして」
「あっ、いえ。そっか。お引っ越しの準備は、ここもですよね」
「妻はもうずいぶんと昔に出て行ってしまったので、ここを引き払うのもそう苦労はなくて助かったのですが」
サキは殺風景と思ってしまったのは悪いと思った。大きなカバンが見える。ちょっとした荷物だが、これだけで引っ越しがまとまってしまうのもいかがなものだろうか。
レナードはサキへ向き直り、予定を話した。
「今夜の定期便でいったん沙蘭へ向かいます。ご挨拶だけして、それから試験を受けにフィラノスへ向かおうかと思います。短い間ですが、本日はよろしくお願いいたします」
気にするものがなくなって落ち着いたのか、優しいお爺さんの笑顔だ。
勉強をする流れだ。ここで圭馬がカバンから顔を出す。
「ねぇねぇ、勉強ならボクたちの拠点においでよ。電気、割れちゃってるし。せっかく片付けちゃったんだから、また荷物を広げるのは手間でしょお?」
圭馬の提案にサキも深く頷き、同調した。
「そうですよ。お荷物持ちますので是非とも来てください」
圭馬に見慣れてしまったのか、レナードが驚く様子は一切ない。違和感もなく接している。
「ちょうど面倒見ないといけない子がいるんだ。それに、いい環境で勉強した方がいいでしょ? ボクもそうした方がいいと思うんだ」
サキから話そうと思ったが、圭馬が勝手に話を進めてくれたので助かった。椅子もテーブルも備え付けなのだろう。足りないので確かに環境はよくない。
言われてレナードは深く頷いた。
「どこか喫茶店でもと思っておりましたので、そのような理由でしたら是非とも。ですが、よろしいのでしょうか? お邪魔にならなければいいのですが」
「あぁ~、何てことぁないよ。おじいちゃんも知ってる子だから、大丈夫大丈夫」
我が物顔でずかずかと話に入って来る圭馬。遠慮がない。一応の断りは入れてあるが、ローズの家だ。
サキは指摘しようかと思ったが、長話も悪いと判断した。レナードのカバンを持って先導する。
レナードが言うには、このまま家を引き払うので、未練はないようだ。年を取ってから新しいものにチャレンジし、新しい環境に身を置くのはどんな気分なのだろうか。サキは若さゆえに、その気持ちが微塵もわからなかった。
一方、サキとコーディ以外はギルドへ足を運んでいた。
ギルドの中では壱子が待っていた。今日は変装をしていないので、彼女もそれなりの覚悟を持っているようだ。
「お坊ちゃんたち、今日は一日よろしくお願いいたします。って、おや?」
ハーターの存在に気が付いた。前に出て、二人で話し込む。
「やぁ、工作員さん。ぼくも知るべきだと思って同行する」
「これはお仕事なので、個人的ないがみ合いはよしましょうか」
「賛成だ。ぼくはハーター・ラシューブライン。知っているね?」
「壱子です。お好きに呼んでかまいません、センセ」
口角を上げ、怪しく笑う壱子。仕事上でライバルのようないがみ合いをしていると言っていたが、そんなにひどくは見えない。
お互いいい大人なのだから、見える場所ではやり合わない。仕事なのだからと割り切る。そして、密かに相手の動向をうかがうまではお互い読み合っているだろう。
ジェフリーは壱子に確認を取った。
「先生以外の仲間は知っているよな?」
「もちろんですよ。ジェフリー坊ちゃん」
「危険な仕事なのか?」
ジェフリーの質問に、壱子は渋い顔をしている。
「さぁ、危険な薬品や、実験動物は残っているかもしれません。もっとも、それらを地上に出さないために向かうのですけれどね。一般の人が入ったり、荒らしたりしないようにしなくては」
「作戦を聞いていいか?」
「向かいながら話しましょう。皆様の準備はよろしいですか?」
今度は壱子から確認を入れる。心の準備が整ったところで、一行はギルドを出て、街を抜ける。
海辺に向かいながら、作戦を話した。
壱子がギルドで請けた内容を説明する。
「まず、主な目的は、中枢にあるマザーの電源を落とします」
ハーターが深く頷いて反応した。種の研究所は触り程度にしか知らない。
「なるほど、確かに電気が活きていると、いつまでもその研究所が活動して厄介だね」
「センセ、生き物は電気の他にも空気も大切ですから、塞ぎながら脱出しなくてはなりません。さすがに細菌兵器はないと思いますが。ケーシス様が以前偵察にうかがって邪神龍の繭を見付けたと言っていたので」
ハーターと壱子が話している内容には一部心当たりもあった。追っているものが小さい。もっと違う敵がいると皆をおびき寄せ、ケーシスは悪人のようなことをしながら告げた。そして中途半端に逃げた。
壱子は首を傾げる。
「破壊はしたと言っていましたが、中枢ではなかったかもしれない、と。本当にケーシス様は詰めが甘いので困ってしまいます」
壱子がこう言うと引っかかる点がある。ハーターがその気になる点を指摘した。
「あれ、それじゃあ、あの依頼ってケーシスさんが出したのかい?」
自然な流れでケーシスの名を口にした。だが、壱子は首を横に振った。
「とんでもない。我々が出すと思いますか? あの依頼は宛名がありませんでしたでしょう? ギルドの方、もしくは、この種の研究所の関係者がまずいと思ったのではないのでしょうか?」
ジェフリーは耳を傾けつつ、仲間の様子をうかがっていた。特に緊張している者はいない。体調が悪い者もいないようだ。話は聞いているだけだったが、依頼が出るほどならば、何かつながるものでもあったのだろうかと疑いたくもなる。こういうときに頭のキレる大魔導士がいたら、何か知恵を絞って考えてくれるかもしれない。だが、今日は一緒ではない。
種の研究所がどんな場所だったのか、竜次は思い起こして独り言をぶつぶつと言う。
「真っ白で方向感覚が狂ってしまう場所なのですよね。何か目印になる物を持って来ればよかった」
よくある話だが、自分の通った道に印を置く。その手段を考えていなかったことを悔いた。目印の話になり、ショコラが竜次のカバンからひょっこりと顔を出した。
「方向感覚が狂ってしまうような場所なのかのぉん?」
「えぇ、同じような景色が続いています」
「ほぅ。なら、わしの出番かのぉ」
ショコラは傍にいたジェフリーに声をかけた。
「ジェフリーさぁん」
「どうした、ばあさん?」
「魔力サーチの魔法は知っておるかの?」
「フィラノスの大図書館で見たことがあるけど、魔力による仕掛けや魔力を帯びた奴をあぶり出して目印にする魔法だったよな。悪いが、直近で教えてもらった魔法くらいしか頭に入ってないぞ。あいつみたいにスペックのいい人間じゃないもんでな」
やはりサキが同行していないのが気になる。どうしても気にしてしまう。それだけサキを頼りにしていた。ジェフリーはできるだけ考えないように意識をしていた。
「のぉん、魔力の足跡を残す魔法なのぉ。必要になったら言うがよかろう。簡単だから失敗せんよぉ」
ショコラはジェフリーに対し、無理強いをしなかった。魔法に関しては、本人のセンスや潜在能力にも左右されるが、基本は本人のやる気がどう出るかである。
人間がメモもしないまま暗記でお使いするのが難しいのと一緒だ。長ったらしい呪文や魔法のイメージを頭の中に二百以上入れているサキは、間違いなく高スペックだ。いや、頭がいいなんてものでは済まされない。いい意味でおかしい。
後方でキッドとミティアが寄り添うように会話を交わしている。
「行って気持ちのいいものじゃないわ。具合が悪くなったらすぐ言いなさいね」
「わ、わかってる。足手まといにはなりたくないもん」
キッドがミティアに無理をさせないように気遣った。彼女が一緒に就くのなら任せてもいいが、キッドは単独の方が強さを発揮する。目もいいし、人が戦いやすいように立ち回りをする。
仲間のよう数をうかがっていたジェフリーは、黙っていたローズを気にしていた。
「博士も無理はしなくていいからな?」
「そうしたいケド、種の研究所はワタシの罪デス。それに、サキ君がいないならなおさらワタシがサポートに回らないとデス」
ジェフリーがローズを気遣うも、違う気遣いで返された。確かに何か大きな戦いでもあるのなら、サキがいないのは不安要素が多々ある。サキがどれだけ頼りになっていたのかを知る機会がないことを祈るばかりだ。
フィリップスの街外れ、海岸に到着した。小高くなっている丘の下にひっそりと洞窟がある。これは知らないと気がつけない。
海原を見渡せる景色を、一瞬でも堪能できると思った。だが、高所恐怖症のキッドが悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ、わ、忘れてたわ! た、高い!!」
高所恐怖症という弱点。だが、誰も笑わない。笑う暇もなく、もう一人、恐怖症を抱える竜次も震え上がった。
「わ、わ、わ、海が近いッ!! 落ちたくない! 落ちたくないッ!!」
高所恐怖症のキッドと、水恐怖症の竜次が震えている。もっと怖いものが待ち受けているかもしれないのに、これでは気が抜けてしまう。
これを見た壱子が妄想大気圏に突入した。
「恐怖症カップル? 新しい属性ですね」
壱子は深く頷き、にんまりと堪能している様子だ。壱子を見てハーターが同調する。
「お、キミ、そういうのイケるクチかい?」
意外な接点と言うか、共通の話題と言うか。
「わたくしは自給自足が難しいタイプの人間でして、生きるための『萌え』を自分の中に取り込んでガソリンにしております」
壱子は大真面目に言って、満足するように深く頷いた。彼女はまったくふざけていない。ここにいるほとんどの者がその世界を理解できない。だが、ハーターは一定の理解を示した。
「この真面目な仕事をしていると、何か楽しみがないとやっていけない。週末のイベントでコスプレイヤーを写真に収めるとかね!」
「おやっ?」
ハーターが拳を作って海に向かってにこにことしている。横で壱子が眉を吊り上げた。趣味が掠っている。似た世界に身を置いている者同士、何かに導かれるように共通の話題が発見された。
皆はキッドと竜次をなだめ、崖下まで来た。奥まった横穴、潮の満ち引きで簡単に目立たなくなる場所だ。
竜次とハーターがランタンに火を入れる。二人は前日に探索用の道具を揃えていた。
ミティアがランタンの明かりで何か気が付いたようだ。
「ひぁっ!!」
ミティアはジェフリーにしがみ付いた。彼女の視線は上を向いている。ランタンの明かりのせいで、中途半端に怖く見えた蝙蝠が岩肌に犇めいていた。確かに岩だと油断していたら腰を抜かす。
ジェフリーは腕にしがみつかれ、ランタンが持ちにくそうだ。
「そんなに怖がることはないだろ?」
落ち着いた反応をするジェフリーだが、皆の視線に気付いた。ミティアと密着しているからだろう。
「あー、別に隠しはしないが」
ジェフリーにとって、この状況は気まずいとは思った。ミティアは上目遣いでぎゅっとしている。彼女はなぜ見られているのか、やっと気が付いたようだ。
「ご、ごめん。ちょっと怖かっただけ。もう平気」
もう平気と言いながら密着から解放はする。だが、手は離そうとしない。ミティアの同行を許したのはジェフリーだ。これは仕方がない。
「まぁいいか。足元、気を付けろよ」
「う、うん」
厄介だと払ってもよかったが、ジェフリーはこのまま進むことにした。キッドには睨まれ、竜次にはニヤニヤとされるお決まりの状況。この場にコーディがいたらふーんとでも言いたそうな顔をされ、サキは少し不満そうに思いながら軽く笑うだろう。
嫌と言いそうだが、ミティアは連れて来なくてもよかったかもしれない。ジェフリーは思った。それこそ、コーディの内職でも追加して、一緒にやらせておくべきだったかもしれない。下手な料理でもさせながら、おとなしく待たせておいた方がよかったかもしれない。
ミティアは自分に何を望むだろうか。一緒にいることだろうか。
ぼんやりとこれからのことを考える。何も難しいことを考えず、身の危険もなく、純粋に冒険をしていたら楽しかったかもしれない。今は生きて帰ろうと、そればかり考えて、思えばずいぶんと大きなものを背負っている。
鉄製の大きな扉をこじ開ける。前回よりもかなり錆がひどくなっている。海沿いなのだから潮でやられるだろう。だが、それにしてはあっさり開いた。細かいことをいったん押し退け、一同は緊張を高めた。気を引き締めながら進む。
できれば何も出ないことを祈りながら。
適度に喚起しながら、じゃらじゃらと魔石の詰め合わせを作っていくコーディ。実はまだ一箱も終わっていない。工場や、もっと目のいい職人がやったらいいのに、こういったところはまだまだ効率化されていない。アナログさを感じる。
「はぁ、内職って言っても、これはものすごく面倒臭いものだね。何も間違っていないよ。うん」
コーディは段ボールに書いてある文字を恨めしく思いながら、地味な作業を続けている。下の階ではテーブルに向かってレナードとサキが勉強を広げていた。話し声は聞こえるものの、まだ伝染らないとも限らないので極力距離を取り、あまり接しすぎないようにしているので、コーディは退屈で仕方がない。
とは言え、『そこに誰かいる』という安心感はある。生き生きとした声がむず痒いとは感じるが、あれだけ一人で行動していたのに誰かと一緒に居る事がどれだけありがたいのかを身をもって知った。
サキは魔導書を開き、万年筆で要点を添え書きしている。
「水の魔法や氷の魔法を組み合わせながらですと数が稼げて……」
「ほほぉ、これは手強そうですな」
傾向と対策の話をしている。レナードは長らく魔法からは無縁な生活だったのかと思いきや、戦場には何度か赴いたことがあると言う。他にも、城の調理場の火が点かなかったら魔法で手を貸したなど、武勇伝が面白い。
ちゃっかりとテーブルの上に乗って、メモ書きに目を落とす圭馬。
「綺麗な字を書くねぇ、さすがお城に長くいただけのことはあるなぁ」
感心するのは整った文字だけではなく、まとめられている要点だ。
「この子は一回バテたけど、おじいちゃんなら難なくさらっとクリアしそうだよね」
「あとはどうでございましょう。体力でしょうか。こればかりは年には勝てません」
「日常生活で魔法が使えるくらいにセーブできるんだったら、あの場所で頭真っ白にならなければ大丈夫なんじゃないかな?」
「加減しすぎてカウントされない不具合が多そうですな」
「意外とそんなことないみたいだったけど? ねぇ?」
話し込んでいる中、いきなりサキに話題が振られた。そう言われても、頷くくらいしかできない。圭馬はやけにレナードを気に入っているようだが、何か思惑でもあるのだろうか。
サキは圭馬を気にしつつ、要点をまとめたノートを見て言う。
「筆記は問題ないと思います。と、言うか、僕よりずっといい点数が取れるような気がしますね」
「やっぱり年齢制限があるのは、それなりの体力と知識、あとは大人のヨユウがないといけない示しなんだよ。まぁ、この子は特例中の特例だったんだろうけどね」
「それは……否めないかな」
否定的に言われるのかとサキは思った。これまででサキが思っていたことを圭馬が代弁した。残念だが、すべては間違っていない。
「僕が合格できたのは本当にたまたまです。それ以前に、試験を受けさせてもらえる環境だって、みんなやお師匠様がいたから叶った。自分だけではあぁはいかなかった。悔しいけど、圭馬さんが言っていることは正解だと思う。年齢だけはどうにもできないし、経済的な面では、僕はまだお小遣いをもらっていた人間です」
この告白が恥ずかしい。いくら立派と言われても、年齢も若くて社会的にはまだまだ子どもなのだから。周りに感謝しなくてはいけない。軽くため息をついてお茶を飲もうとすると、カップにお茶がない。
「あっ、お茶淹れます。ってもうお昼か。軽く何か作ろうかな?」
時刻は昼になろうとしている。小腹が空いてしまったが、食事の準備がない状態だ。客人もいるし、残り物を広げるような空気ではない。
サキはカップを持って台所へ立つ。調理器具を見て小さく頷いた。
「キミ、料理できるの!?」
「か、軽いものなら、ね」
サキは袖のボタンを外して腕をまくる。冷蔵庫の中確認した。昨日ジェフリーたちが買って来たようだが、葉野菜が多めだ。チルド室には、切り分けられた海鮮のミックスが見えた。
サキは冷蔵庫からキャベツと冷凍の海鮮を取って抱えた。
「よし、混ぜて焼くだけだし」
あまりやったことはないが、サキも召使いのような雑用の経験はある。アイラに教わった物しか作れないが料理を試みる。
サキはまな板と包丁を洗う。キャベツを前に武者震いを起こした。
「久しぶりだなぁ。えっと、小麦粉と卵と、隠し味にお出汁の粉入れるとおいしくなるんだっけ」
サキはぶつぶつ言いながら、食材を加工して調理をしている。あまりに一生懸命だったので、圭馬も口出しをしなかった。努力は裏切らないというか、いい匂いがする。そして中途半端に作りすぎてしまった。
大皿に十枚ほど。しかも大判だ。
「ねぇ、いい匂いするね。私も食べたい」
昨日ローズが設置した『除菌』と書かれた置物を持ってコーディが下りて来た。いい匂いがするのかは、作っている本人にはあまりわかっていないようだ。
サキは粉に塗れたズボンを払い、手頃なお皿を探す。次いでソースとマヨネーズ、棚にあった鰹節を取り出した。
人数分の準備をしてサキは料理場をあとにする。
「あんまりこういうのは得意じゃないので、おいしいかわかりませんが、よかったらどうぞ。蓋をしたので、中まで火が通っているはずです」
お茶と一緒に出されたのは、大きなお皿にソースとマヨネーズ、鰹節が掛かった今まで見たことのない食べ物だった。ただ、あまり得意ではないと言っていたのは間違いではなく、丸く作ったはずのものが箸を通すと簡単に崩れた。かじりつくパンケーキのようだが、荒く切ったキャベツに海鮮ミックスが混ざっている。
サキが作った食べ物を見て、レナードは目を輝かせ、にこやかに笑う。
「ほほぉ、これはキャベツ焼きですね。アリューン神族が好んだと言われております」
レナードはこの料理が何なのかを知っているようだ。これには圭馬も驚く。
「えぇ、そうなの? おじいちゃん、何でも知ってるね」
レナードは国の仕事をしていたのだから、こういったことも知っていておかしくはない。
それよりもサキが気になったのは、お茶も飲まず、何も言わないままコーディが一心不乱に食べている。
あまりにも気になったのでサキは声をかけた。
「あ、えっと、どうかな? ジェフリーさんほどうまくはないと思うんだけど」
コーディは口の周りにソースを付けながら、顔を上げる。
「おかわりある? 最初は見慣れない料理だから何だろうと思ったけど、おいしいね」
口に含んでいるキャベツをバリバリとさせながら、最後の一かけらを箸で摘まんで残ったソースを綺麗にしてから皿を差し出した。
「あ、自分で取った方がいっか。まだ菌持ってるかもだし」
「う、うん、まだ奥にあるよ。おいしいならよかった」
お皿を持ってコーディが奥へ消えた。おかわりを要求して来たのがもう一人、いや一匹居た。フサフサの尻尾をぶんぶんと振っている。
「ボクもおかわりほしい」
「えぇっ!?」
席に着いて自分も食べようとするも、立ち上がって驚く。圭馬の皿が空になっている。
「ん? おいしいよ? 見た目悪いけど。一枚が軽いからペロッといけちゃう。おやつみたいだね、これ」
たくさん作ったのだが、思いのほか好評だ。サキは圭馬のおかわりを取って席に座った。やっと自分も食べる。もう少し細かく刻んでもおいしいかもしれないが、これくらいが好みなのでザクザク感を味わっている。
「うん。もうちょっと海鮮が多くてもよかったかもしれないなぁ」
自分で作ったものの評価を自分でする。少々納得はしていないがおいしい。
レナードは絶賛していた。
「簡単な物でも作れるのはいいことですよ。男性は大人になっても料理をしない人が多いのですので。もちろんわたくしもそうでございます」
お爺さんと孫みたいな感覚だ。ほのぼのとした食事の時間。コーディは気を遣って食事を終えると、テーブルから離れて階段でローズから預かった飲み薬と飲む点滴をぐい飲みする。表情からしておいしくはないようだ。薬を飲むときだけは勢いがよかった。
以降は退屈そうに魔石の仕分けをしていた。なぜか階段で。話し相手になってあげられないのがつらいところだが、こればかりはコーディにも悪い。サキは気を遣っていたが、何もできなかった。
その頃、種の研究所へ侵入したジェフリーたちは、視界の悪さに困っていた。
白いどころではなく施設全体が薄暗い。方向感覚が狂って、どっちを向いているのかわからなくなってしまった。
ジェフリーは仕方なくショコラに魔法を教わる。簡単な魔法とは言っていたが、その通り、失敗はしなかった。その代わりにジェフリーの魔力がジリジリと減っていくらしい。どちらにしても、長居をしていい場所ではない。
用が済んだら、早く脱したいところだ。
『ガッシャンッ!!』
大きな金属の音がした。先頭を行くハーターがランタンを向ける。明かりが届かない場所に気配を感じた。
隣の壱子が腰から鋏を引き抜いて警戒する。
「おや、お客様ですか?」
耳を澄ませるハーター。ランタンの光が揺れる。
「そういう感じじゃないみたいだね」
刃を開き、首を傾げる壱子。その表情は少し楽しそうだ。
ハーターが懐刀を抜こうとするもまずいものに気が付いた。
「まずいぞ!! 大量のネズミだっ!!」
黒々とした影だ。大量の生き物の群れにハーターが逃げ腰になる。
物量で攻め込まれるのであれば自分が優位だ。そう思ったのは竜次。
「私に任せてくださいなっ!! いきなり大活躍しちゃいますよ!!」
一蹴するのは得意だ。竜次は前に出て、柄に手を添えながら腰を低く構える。カバンの中のショコラがミティアにも戦略を振った。
「赤いお姉さん、このお兄さんが削ったところを焼くといいのぉ!!」
「は、はいっ!! わかりました!!」
赤いお姉さんと呼ばれ、一瞬戸惑った。そのミティアは背筋を伸ばす。
「先生、わたしが援護しますっ!」
竜次が一閃する。少しうしろでミティアが赤い魔石を弾いた。
「放つ炎、紅蓮のごとく、イフリートランス!!」
尾を引く炎の槍が走り抜ける。一蹴し、前衛で団子になったネズミの山がまとまって貫かれる。的が大きくまとまっている方が当たりやすい。生き物の焼ける臭いに腐敗臭も感じる。ただのネズミで済めばいいのだが。
ミティアの魔法による、燻ぶる火に白い床や天井が照らされた。ほんのりと明るくなった。無事に蹴散らせたようだが、ひとまずその確認が取れた。
ネズミはもういないようだ。だが、他に何かいないかハーターがランタンを上下させ、通路の先に目を凝らす。
「まだ動物が生きているなんて、驚いたよ。もういないみたいだね」
封鎖された研究所に、生き物の残党がいるとは意外だ。まだ生きていられる環境という確信が持てた。つまり、完全に封鎖しないと、外部に有害なものが漏れ出す可能性がある。ネズミも例外ではない。
大活躍をしたと思われる竜次は深くため息をついた。
「ネズミは繁殖力があるので、ちょっといるだけでもこの山になってしまいます。とは言え、ここで増えてしまっては怖いですね。どんな病気を持っているかわかりません。一匹たりとも外に出てほしくないですね」
抜いた剣をしまおうとしない竜次。得体の知れない生き物を切り伏せてしまったのだから、何となくそのまま鞘に収めるのが怖かった。仕方なく持って歩く。
竜次は不満そうだが、出番がなかったジェフリーはもっと不満そうだった。
ジェフリーは後方でキッドやローズに気を配っていた。後方で警戒に参加しているキッドはともかく、何も喋らないローズの様子が気になっていた。
危機は去ったのだから、次の警戒を想定する。
「風邪で頭がぼんやりとしていたから記憶が定かじゃないが、犬がいなかったか?」
「そう言えば、ジェフとここに連れて来られたとき、腐敗したまま動く犬がいましたね」
「気持ちが悪かったな、色んなものを垂れ流して。って、ミティア、キッドも吐きそうになってるし、大丈夫か!?」
ジェフリーは『色んなものを』とぼかしたが、腐敗していたのなら想像はつく。ネズミよりももっとグロテスクに思える。
兄弟の会話でローズが腕を組み、首を傾げている。ずっと黙っていたが、やっと声を発した。
「それって、どこか、覚えてマス?」
質問に対し、兄妹が顔を見合わせる。何かに気が付いたようだ。
竜次は軽く手を叩く。
「そうか。その近くに……」
「まだ通路らしきところはあるな。おばさんが這って来たのって確か」
「そうだ!! 大きなダクトがあったはずっ!!」
ジェフリーと竜次の二人で納得しているので、皆が話から置いて行かれている。
「そう言えば兄貴がその犬を斬ったときに派手に壁を」
「あぁっ!! そうだった。それを見付ければ!!」
ヒントが続々と出て来るので、竜次が興奮している。挙句の果てに、年甲斐もなくジェフリーを抱擁してしまった。
「ちょっ、よせ……」
「ジェフったら、よく覚えていましたね。ホント、偉いですっ!!」
刀を持ったままの竜次に抱き締められている。そしてジェフリーはベタ褒めされている。この異様な光景に一同引き気味だ。
キッドは嫉妬とも思える拗ね方を見せた。
「竜次さん、お兄さんの度を越してない?」
兄弟では意味合いが違って来るかもしれないと、思った。だが、その隙に妄想は発展していた。壱子がだらしない表情を浮かべている。
「いやぁ、いいですねぇ。妄想が捗ります」
こんなに緊張感がなくて大丈夫なのだろうか。場所が場所なだけに、もっと警戒をしながら進んだ方がいいとは思うが。
一同はジェフリーと竜次が言っていた場所を探しに彷徨った。ネズミの他に何か出て来るかと思ったが今のところ大丈夫だ。
そう、油断しているときに限って何かあらわれる。それはとてつもない轟音だ。
『ガァァァァァァァァ!!』
厳密には音ではない。耳を疑うような猛獣の雄叫びだ。寒気と恐怖が背中に走る。
「嫌な鳴き声じゃ」
ショコラは耳をピンと立て、目をギロリとさせる。いつもお惚け猫なのに、変な所で本性が出る。
ハーターはごくりと生唾を飲み込む。
「この先の大きな部屋からみたいだね」
ランタンの明かりで見えたが、誰かが通った痕跡がある。
ジェフリーが辺りを見渡す。すると、竜次がランタンの明かりを向ける。照らされた場所に、黒ずんだ足跡が点々と見える。
「私たちの足跡でしょうか? ってことは、この先は最後の邪神龍がいたところ?」
「これがよくできたファンタジーなら、あの雄叫びは中ボスってところか?」
「中ボス、で済めばいいですね」
高まる緊張、警戒をしながら一斉に踏み込んだが、部屋が真っ暗だ。今までが薄暗かったが、暗闇でも目が冴えない。
ランタンの明かりだけでは心許ない。ジェフリーは追加で明かりを掲げようとする。
「フェアリーライト!」
乏しいが明かりを放った。はずだった。ジェフリーはただ、独り言を言っただけになってしまった。指先から光が生まれない。
「あ、あれ?」
ジェフリーの隣にいたミティアは心配をする。
「ジェフリー、大丈夫? わたしがやるね」
ミティアなりにフォローしようと同じ詠唱をする。が、彼女も異変に気が付いた。
「えっ?」
魔法が放てない。原因はわからない。今は、限られた視界で手探りの状態で進まないといけないようだ。
何やら鼻を刺激する臭気を感じた。『何か』がいる。それだけ把握が難しい。
暗闇で微かに感じる気配だけが頼りだ。そういった感覚に鋭い人材は限られる。
「いけない、散るんだっ!」
ハーターの合図でいったん散った。疾風が抜ける。激しく揺れるランタンの光が二つ。明かりを頼りにしている者はそれだけしかわからない。
ランタンを持つ一人、竜次は自分の近くにキッドがいることを把握した。
「クレア、見えますか?」
「竜次さん、二匹いるわ!」
「え、えぇっ!?」
「右から来ますよ!」
キッドのアシストで、竜次は剣を構える。ランタンを誰かに託すべきだったかもしれないとこのとき思った。気配を察知したのはキッドだけではない。竜次のカバンの中にいるショコラもだった。
「さっきの声は、理性を失った獅子の鳴き声じゃなぁん」
「獅子って、もしかしてライオンですかっ!?」
カバンの中からショコラが飛び出した。重さで竜次に気を遣っている。ショコラの目も万能ではないが気配は辿れる。援護やサポートならできるはずだと判断した。
だが、戦場と化したこの部屋は変化が目まぐるしい。
壱子の声が響いた。
「竜次坊ちゃん!! そっちに行きましたよっ!!」
「な、何で私ばかりっ!!」
先に右からの気配に斬撃を振った。爪を出したままの獣の腕が竜次の横をズルズルと音を立てて走った。倒れる音、散った液体、放たれた腐敗臭、大きな鳴き声。視界が悪く、持っていたランタンが照らしたのは片目の潰れたもう一匹の獅子だった。つまり、二匹とも竜次に向かっていた。これでは対応が追い付かない。
「アイシクルブラストッ!!」
ローズの声だ。口数の少ない彼女の優れているところ、ノーモーションで魔力に左右されない攻撃魔法が命中した。
ジェフリーもミティアも魔法を放てなかったが、すでに魔力が封じ込められているローズの媒体は魔法としての形を成していた。獅子の顔半分が凍る。もちろん、鈍った好機を見逃さない。
竜次はキッドの手を引く。
「クレア!! ショコラさんもいったん退きましょう!!」
大きく揺れるランタンの光。場が混乱し掛けたそのときにハーターの声がした。
「もっと打つんだローズ!!」
「ガッテンデス、オニーチャン!!」
硝子の割れる音がした。ツンとする臭気が広がる。次にハーターのランタンが放り投げられた。ランタンの予備油を撒いて、ランタンごと燃やし大きく火を起こした。捨て身にも等しい。ローズの氷柱のお陰で炎が反射し、暗くて見えなかった部屋全体が見えるようになった。失ったものは大きいが、もう一つ竜次が持っているランタンがある。
ひとまず視界が開けたことにより状況が把握しやすくなった。
まず声を上げたのはミティアだ。
「ジェフリー、あそこ、あの子!!」
ミティアが指さす二匹の獅子の先に、金髪で赤いリボンのポニーテールの女の子、ミエーナが震え、怯えている。正気のようだ。だが、首にぼんやりとした首輪が見える。
竜次の足元でショコラが答えを示す。
「蹂躙の首輪、じゃのぉ」
「前にミティアさんが圭馬さんに食らった嫌らしい魔法じゃないですかっ!! えっと、操られちゃう魔法ですよね」
「そしてなぜあの子がここにいるのかをよく考えたら、まずいかもしれんのぉん?」
ショコラと竜次の会話に真っ先に反応したのはジェフリーだった。その顔には焦りの色がうかがえる。
ミエーナはこちらの様子をうかがいつつ、震えている。
「ご、ごめんなさい。アタシ、魔法を」
ミエーナの視線はなぜかジェフリーに向いている。そのまま対話する。
「赤い髪の野郎にやられたのか?!」
「そ、そうです」
「一人か!?」
「た、たぶん、そうです。ここに置き去りにされたんだと思います!」
ジェフリーの質問に、ミエーナはジェフリーを見て何度も頷いた。だが、彼女は意図的に目を逸らそうとしている。
「えっと、あの子にかかっている魔法を解くには……あれって術主との力比べだったような?」
ジェフリーは顔をしかめながら考え込む。ショコラはその疑問に答えるわけではなく、違う心配をしていた。
「ジェフリーさぁん、多分なんじゃけど、わしの考えが正しければ、あの子はマジックキャンセラーじゃよ!!」
「はぁっ? ばあさん、何を言っているんだ?!」
魔石を探るジェフリー。ショコラが珍しく声を大にして警戒を煽ぐ。
ジェフリーはミエーナが特殊な能力を持っていることに違和感を覚えた。加えて、ミエーナは赤髪の男性に連れて来られたことに反応していた。
「そうか。あの女の子がいるってことは、俺たちはあの野郎の罠にまんまと引っかかったんだ! 急がないとサキやコーディが危ないッ!!」
ミティアもようやく危機に気が付いた。
「そんなっ!!」
言葉は不安を招き、場は混乱した。何を優先すべきか、目的を見失いつつある。
この状況を仕切ったのはショコラだった。
「のぉん! よぅ聞くのじゃっ!!」
喝でも入れるような激しい口調だ。温厚でマイペースなショコラではない。このショコラの対応にハーターが反応した。
「おぉっと、猫ちゃん、何か手があるならサポートをお願いしようか」
「ハーさんは理性のないライオンを始末しておくれぇっ!!」
司令塔がショコラになった。いや、今はこうする方がいい。場が混乱しすぎている。普段はジェフリーが指示を仰ぐが立場だが、今は焦りから混乱している状況だ。
ショコラはジェフリーにも言う。
「ジェフリーさぁん、マジックキャンセラーはノイズと並ぶ特殊能力じゃよ。おそらくあの子は視界に入った者の魔法を封じることができるのではなかろうかのぉん」
「ばあさん、それじゃ解除魔法も使えないのか?!」
「理屈ではそうじゃなぁ」
「クソッ!」
まどろっこしくて嫌らしい。そして卑怯だ。下手をしたら、ルッシェナは圭馬より鬼畜かもしれない。
ミエーナは自分がマジックキャンセラーであることを把握しているようだ。だから意図的に目を逸らそうとしていたのかもしれない。
ミエーナは得体のしれない猛獣と閉じ込められ、恐怖で助けを求めていた。
「た、たすけて。怖い」
ハーターがミエーナに言う。
「もうこのライオンちゃんはソッチには行かないよ。安心して!!」
「もうヤダ、こんな場所」
ミエーナはボロボロと涙を零す。それをハーターが安心させようとするが、ハーターからしたらこの子は知らない子だ。どんな事情を抱えているのだろうかと気にはなった。
ハーターは顔の半分が凍った獅子に向かう。壱子が援護をするつもりのようだ。
「センセ、丸腰ですか?」
「まさかっ」
ハーターが帯の内側から得物を鞘から抜く。
「ぼくそんなに強くないからね」
「ご冗談を」
切り抜けるには少々大きい。動物園にいるライオンを目の前にしている感覚だ。その体は所々腐敗している。こんなものと一緒に監禁されていたなら、ミエーナは相当怖い思いをしているはずだ。
「そっちを頼んだ!! 切込み包丁クン!」
いつもの指示を待つ一同。違うのは、コーディとサキが不在なくらいだ。ジェフリーは指示に困っていた。そこへキッドが提案を持ちかける。
「あ、あたし、提案してもいい?」
珍しくキッドが前に出た。キッドは遠近両方の攻撃手段があるが、急に作戦を持ちかけるとなるといつもの彼女らしくない。街に残っている二人を、サキの身を案じているのだろう。ジェフリーは黙って頷いた。
「あたしとミティアは足が速いから、あの女の子を押さえつけて視界を奪うの。そうしたら、解除の魔法がかかってくれるんじゃない?」
キッドの提案に、ミティアは深く頷いた。
「あっ、わたし、大きいハンカチ持ってる!!」
ミティアはポーチから折りたたまれたハンカチを取り出した。目隠しをすれば、魔法は使えるようになる。その考えは合っているらしく、ショコラはいつもの惚けた表情だ。
作戦が組み上がる。竜次とローズも参加した。
「ということは、私とローズさんで、絶賛負傷中の大きなライオンをたたみ込めばいいというわけでしょうか」
「はー、ちょっと強い媒体を投げるときが来たデスネ」
竜次とローズの視線の先に、左の前足を切り落とされて身を引き摺りもがくもう一匹。
さほど苦戦を強いられるとは思えないが、何を仕掛けて来るかわからないし、まだ立とうとしている。それよりも急いだ方がよさそうだ。
ジェフリーは息を飲んだ。高まる緊張。一斉に作戦開始だ。
「賭けてみるか」
「わしは信じておるのぉ。集中すればあの子以上の魔力が出るに違いないからなぁ」
「ばあさんは俺を随分高く買ってくれるな」
「そりゃあ、わしを粗雑に扱わないからのぉ?」
きっとそれだけではない。ジェフリーは肩に飛び乗ったショコラを軽く撫でた。
「キッド! ミティア! 二人は先に行けっ!!」
ジェフリーの声でキッドとミティアは駆け出した。
「行くわよ、ミティア!!」
「うんっ!」
この二人は足が速い。ジェフリーは二人を追う。
動く者に対し二匹の獅子が過敏に反応する。ネコ科は動くモノに反応する習性があるが、ここまでわかりやすく反応されると二人も焦る。
キッドとミティアがミエーナに向かう。ミエーナは助けを求めている割には、泣くだけで動けないようだ。蹂躙の首輪のせいなのかもしれない。
壱子がジェフリーを急かす。
「坊ちゃん、お嬢様たちをエスコートしてください!!」
壱子の血を纏った鋏が不気味に光る。腐敗が進んだ肉はざっくりとは斬れないようだ。竜次が獅子を斬り落とせたのが奇跡かもしれない。彼の剣は名刀でよく手入れされている。加えて剣戟だけは一丁前に鋭い。
その竜次は、引き摺っていた獅子を再起不能にまで切り伏せていた。
「ジェフっ!!」
ゾンビのように這っていたのだから、とどめは簡単だったようだ。ローズが追い打ちをかけ氷漬けにしていた。見事な封じ込めだ。
「ワタシ、こんなに働いてるデス!!」
ローズは白衣を身に付けている。そのせいか、暗闇でも存在がわかりやすい。それはネコ科の獅子にも該当するようだった。それに気付いた竜次がローズに叫んだ。
「ローズさん、もう一匹が来ます!!」
武器の威力が弱い壱子とハーターを抜け、目が欠けたもう一匹がジェフリーたちの方へ走った。こちらの方が素早く、モノを追う気質のようだ。危険を察知したローズは媒体を投げる。だが、投げた媒体が当たらない。当たらなければ、足止めは難しい。
「先生サン!! 銃デスッ!!」
間に合わないと察したローズがポケットに手を突っ込みながら叫んだ。
撃つ行為に抵抗はあるが、今回は的が大きい。竜次は持ち換えてマスケット銃を抜き、構えた。
「当たれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
バンっと大きな音と火薬で火花が散った。
立った煙の向こうで体勢を崩す獅子。その先ではジェフリーが剣を抜いていた。背中を大きく削り勢い弱まった獅子を、両手で構えた剣で喉から裂いた。
「ジェフリーさぁん、もっと深くしないと息絶えてくれないのぉっ!!」
「わかっているが、デカいんだから一発ではそう行かない!」
「悲しい鳴き声はもう聞きたくないんじゃよぉ」
「くっ……」
一撃では仕留められない。体が大きいから、腐敗しているから。対人ではないから。ためらいはなかった。ショコラが言うように、この獅子の鳴き声は悲しいものだ。理性もなく、何かを訴えるわけでもない。
ジェフリーの剣は血管を引き摺り、いくつかの臓物を裂いた。腐敗した肉の臭いに顔を歪ませる。赤黒い血が剣と腕にまとわりついた。服装が黒い長袖で助かったが、かなりの返り血を吸っている。
ジェフリーは肩で息をしながら重い腕を振り下ろした。獅子は息絶えた。もう動かない。だが、変質した肉は痙攣し、割かれた血管からは腐敗した血液が脈を打ちながら流れる。
「きゃあっ!!」
息を突く間もなく、ミティアの悲鳴がした。彼女の剣が跳ね除けられている。体勢を崩し転びそうだ。そろそろ身の丈に合った、きちんとした剣を持った方がいいかもしれない。
何が起きたかというと、ミエーナが首を振りながら鉈を持っている。彼女は武器召喚が使えたはずだ。
ミティアが跳ね除けられたことにより、キッドが割って入った。
「リーチが長い武器ね。お願いだからおとなしくして!!」
「あ、アタシだってこんなことしたくないです!! 助けてほしいのに」
「あなたから話が聞きたい、のっ!!」
キッドが小太刀を手に鉈を伏せようとする。ミエーナが持つものは柄が長く、槍にも近い。キッドは間合いが読めない相手に苦戦する。しかも、怪我をさせたくない思いから、加減をしなくてはならない。難しい状況だ。
キッドの視界に壱子が入る。獅子を逃した挽回のように、ミエーナの動きを封じる。
「失礼いたしますよっ!!」
壱子の足の速さに驚いた。軽く前に出て、鋭い足さばきでミエーナの足を掬う。武器を使わずに、ミエーナを反り返らせた。壱子は手を伸ばし、手刀が鉈を弾いた。
その隙をキッドは見逃さない。
「執事のお姉さんナイス!! 捕まえたっ!!」
「うわわわ……」
「ごめん、暴れないで!!」
キッドが背後からミエーナの両腕を掬い上げ、肩を締める。プロレスでもしているかのような体勢になった。
「ミティア、早くっ!」
キッドはミティアを呼んだ。
「ご、ごめんね、ちょっと真っ暗になるよ!」
ミティアが剣を鞘に収め、大きなハンカチを取り出した。広げてミエーナの目元を覆う。これだけ見たら、こちらが悪いことをしているようにしか見えない。
ミエーナは抵抗をしながら泣いている。ここに来た一行を攻撃するように命令でもかけられていたのだろう。
「怖い、もうやだ」
「我慢して、すぐその魔法解いてくれるから」
「ぐすっ」
ミエーナ視界を奪われ、震えている。怖いに決まっている。だが、視界を奪って正解だった。両手が血まみれのジェフリーが駆け付けたからだ。返り血もジャケットに滲んでいる。ミティアもキッドも一瞬は驚いた。
ジェフリーは返り血のせいで嫌悪感を抱いていた。腐敗臭が気になって仕方ない。
「すまない。ばあさん、魔石を取ってくれないか?」
「のぉん……」
「悪いな」
「集中してくださいのぉ」
戦慄から脱したためか、ショコラが少し温厚に戻った気がする。ショコラはポーチから白い魔石を咥え、ジェフリーの手に置いた。
「あの子は心配じゃが、今は目の前に集中なのぉ」
「わかってる。ありがとう、ばあさん」
ジェフリーは邪念を払うように大きく深呼吸をした。意識を集中させる。以前教えてもらった呪文を唱えた。すると、魔石がほんのり光る。
キッドの読みは当たったようだ。ミエーナに見られていなければ、魔法は使える。
「ディスペル!!」
羽交い絞めにされ、抑え込まれているミエーナの首元からぼんやりと光っていた首輪が消えた。ジェフリーの魔法が成功したことを示した。
「おぉ、ジェフリー坊ちゃん、素晴らしい」
壱子がポンと手を叩く。
遅れて周囲を警戒していた竜次が駆け付けた。
ローズとハーターは距離を置いていたが、思い詰めた表情で話をしている。
「ローズたちは、こんなのと戦っていたのかい? とてもではないが、よく気が狂わないでいられるね」
「オニーチャン、もっとエグイものもあったデス。こんなのは、序の口と言うか」
「情けないけど、恐怖しかない。途中から足が竦んでしまった」
少し腕の立つ元教師が、世の中の情勢に足を踏み入れたが、こんなにも恐ろしいものとは思ってもいなかったとそう言いたいようだ。
「オニーチャンはこんな気が狂ったようなものを創り出すあの人に、まだ剣を向けることはできないデスカ?」
ローズの質問に、ハーターは俯いてゆっくりと首を振った。教え子であるルッシェナと戦いたくはない。そう言った。
「考えを……変えないといけないかもしれないね。ぼくが言っていたことは甘かったのかもしれない。こんなことが許されるはずがない」
思い詰めるのも仕方がない事かもしれない。ローズは励まそうと必死だった。
「これが現実デス。なので、進退はお任せするデス。気持ちがいいものではないのは確かだと、思いますヨ」
「いや、踏み込んでしまったのだから、最後まで見届けるつもりだ。少しずつ慣れて行くよ」
ハーターは動かなくなった二匹の獅子に目を向け、焼き付けるようにしばらく見ながら歩き出した。痛覚を与えても動く、腐った肉や液体を撒き散らしてもまだ立とうとした。これが現実だと自身に言い聞かせていた。
ジェフリーはミティアに指摘を入れた。
「もういいんじゃないか?」
「あっ、そうだ。ごめんね」
ジェフリーに言われるまで、ミティアはずっとハンカチでミエーナを覆っていた。ミエーナの視界が開ける。彼女はジェフリーを見て、再びがくがくと震え出した。近くにいたキッドにしがみ付いている。
ジェフリーは眉間にしわを寄せる。
「俺は何もしないが、もしかして顔がいけないのか」
ジェフリーは人に怖がられることに心当たりがある。自分の顔だ。目つきは悪いし、残念ながらかっこよくはない。
キッドはミエーナを宥めながら指摘をする。
「違うわよ。あんたの手。服も!」
ジェフリーはキッドに言われて自分の手を見る。派手に返り血を浴びているのを思い出した。しかも、腐敗臭がする。血液なのだろうが、カビっぽいような腐ったような変な臭いだ。
見慣れない人は驚くだろう。しかもジェフリーは切れ味の悪い剣で何度も攻撃を重ねた。返り血で怖がられるのは仕方がないが、ジェフリーも気分が悪い。
ミティアが気を遣って、持っていたハンカチを差し出した。
「ジェフリー、拭く?」
「よせ、もったいない」
ジェフリーは首を振って断った。ミティアが差し出したハンカチは、何でもない白いハンカチだ。端にレースがあって血を拭うにはもったいない。
やるせない状態のジェフリーを次に気遣ったのは、竜次だった。
「はい、ジェフ。終わったらよこしなさい。私も刃を拭うので」
竜次はカバンからぼろきれを引っ張り出して来た。着物のお古や手ぬぐいを使って血や埃を拭うのは知っているが、まさかぼろきれをよこされるとは思わなかった。
ジェフリーはハンカチを汚すよりマシだと思って手に取ったが、あっという間に血染めになってしまった。
少し離れて様子をうかがっていたのは壱子。騒ぎがひと段落し、誰も怪我をしていないのを確認しながら言う。
「竜次坊ちゃんは返り血一つ浴びないなんて、さすがでございますね」
壱子が指摘をするように、血まみれのジェフリーと違い、竜次は火薬の煤が腕に着いているがあの剣戟で返り血を浴びていない。返り血を計算した振り方をするらしいが、視界が悪い中でよくそんな計算ができたと思うと、竜次の力量に恐怖を抱くだろう。
ジェフリーは適当に拭って布を竜次に返した。竜次も刃に滴る血を拭っている。ランタンとマスケット銃も持って器用な立ち回りだ。
一行のやり取りを見ながら、ハーターは壱子に声をかけた。
「キミはこういうの驚かないんだね。肝が据わっている」
壱子はいつもの営業スマイルを浮かべた。
「仕事柄、こういう汚いことも慣れております。センセ、ある程度はギルドの情報で存じていたのではありませんか?」
そう言われるとは思っておらず、ハーターは苦笑いをする。
「いや、ぼくは覚悟が足りなかった。さっき、ローズにも言ったんだけど、途中から足が動かなかった。恐ろしくてね」
「センセ、表だけの綺麗な情報だけが真実とは限りませんよ?」
「そのようだね。肝に銘じておくよ」
ハーターは恐怖や震えを抑え込むような深い頷きをした。一方でローズはそんな弱さを見せた兄を軽蔑しない。自分も初めはそんなものだったと、思い返しながら。
皆の気遣いが入り乱れたが、落ち着いた。安全も確認できたことで、本題に入る。
主に、ミエーナから話を聞く。だが、どうしてもミエーナに問い詰めるようになってしまう。
比較的人受けがよさそうな竜次が問う。
「さて、どうしてお嬢さんがここにいるのでしょうか?」
竜次は優しく言ったつもりだった。だが、ミエーナは顔を上げない。キッドの胸に顔を埋めたまま、まだしゃくりあげている。
ミエーナから事情を聞きたいのに、応じてくれない。ジェフリーは苛立ちを見せた。
「あのなぁ、俺たち、急いでるんだけど」
明らかに感情的になりすぎている。ミティアが注意をした。
「ジェフリーダメだよ。そういう乱暴な言い方」
ミティアに悪者扱いされ、ジェフリーは口を尖らせながら下がった。
ローズが転機を利かせた。ポケットから何か細長いものを取り出す。
「お腹、空いてないデス?」
「あっ」
ミエーナがやっと顔を上げた。こんな場所に監禁されていたのだから、お腹は減っているだろう。ローズは封を切って渡した。
「ありがと」
非常食に持っているシリアルバーだ。ミエーナはお腹を空かせていたらしく、持って口に含み始めた。
安心させる処置にミティアが目を輝かせる。
「わぁ、ローズさんさすが!!」
「ミティアが言うと、食べたいに聞こえて仕方ないわね」
少し笑いながらだが、キッドも警戒を解いた。
この開けた部屋、今は静かだが、まだ奥がある。目的はまだ達していない。今はミエーナから話を聞くことが優先だ。
「食べながらでいいから答えてネ?」
ローズが話し掛けると、ミエーナのリボンが結ばれたポニーテールが大きく振り上がってストンと落ちた。わかりやすい返事だ。
「赤っぽい髪の男の人に連れて来られたデス?」
「うん」
「何かされましたかネ?」
「目隠しされて、魔法をかけられて、丸一日くらいここにいました。あの動物と」
ミエーナは特に体の異常を訴えては来なかった。ルッシェナは変態だ。性的な乱暴でもされているのかと思ったが、そういう感じではないのをローズは察した。もしそうだったら、体に触れられるのも嫌がっただろう。男性陣を怖がっただろう。今だって会話を交わしてはくれないはずだ。ひとまずミエーナの安心はしてよさそうだ。
ジェフリーはこの調子になったところで、今度は怖がらせないように聞く。
「何か聞いてないか? その男から」
ミエーナは小さく首を横に振った。ありがたいことに、警戒を解いてくれたようだ。
「私、あなたのお兄さんに会いましたよ」
竜次の言葉に、ミエーナが目を見開いて見上げる。だが、一瞬でその表情は曇った。
「探してはくれない、はず。優先順位が違うから」
ミエーナは何も言わなくても自分の立場をわかっていた。ルシフがどんな人なのかは妹ならわかっているはず。シリアルバーを食べ終え、ミエーナは立ち上がった。
「ごちそうさまでした。ごめんなさい。話せそうです。ここは、どこですか?」
自分たちだけの視点で物事を進めるにはよくない。ミエーナは蚊帳の外の状態だ。そしてもう一つ問題がある。地上組が心配だ。それを含めて、ミエーナを外に連れ出すべきだろう。
ぼんやりと方針が決まりつつある。ミエーナをもう少し落ち着かせたい。
ローズはミエーナと話を続ける。
「ココは種の研究所。もともとは新薬の開発や、今の技術では治せない病気の研究をする施設デス。それは道を逸脱して堕ちてしまった。お嬢さんが見たのは人為的に創られた、それこそ禁忌の技術と、これくらいの触り説明がよさそうデスネ」
中途半端だが、ローズの説明に頷いている。思いの外、素直な子だ。
「ゾンビだったのはわかりました。あんな風にされなかっただけ、よかったと思う」
「ウム。とりあえず、体が何ともなくてよかったデス」
ローズは子どもの扱いにやたらと慣れている。そして、怯えやパニックを起こす人も鎮め方をわかっている。これを竜次は学ぶ。自分に足りないものだと思ったからだ。
ミエーナは一行の表情を順に見て、安心したようだ。悪い人たちではない。この人たちは信用していい。今はこの人たちを頼るしかない。ミエーナの表情は何かを悟ったようだった。
ミエーナの顔色がよくなったところで、ジェフリーはこれからの動きを話し合うことにする。
「俺はここから先に進んで研究所をぶっ潰す班と、この子を連れて街に戻る班と別れた方がいいと思う」
焦る気持ちをここでぶり返させる。手薄になっている地上組、サキとコーディが心配だ。それでもここから先が何もないとは限らない。
ランタンは竜次が持つ一つしかない。もう一つはハーターが持っていたが、先頭の途中で投げてしまった。そのおかげで今は視界が開け、安心して話ができていた。
ここから仲間で別行動をする。その考え自体、誰も反対はしなかった。だが、ここで問題が生じる。誰がどの役割に就くのかだ。
まずはハーターと壱子が申し出た。
「ぼくはこの先にお付き合いするよ。あの小さな作家さんの本がこんなに現実を映すなら、見ないといけない気がする」
「わたくしは依頼を請けた本人です。ジェフリー坊ちゃんは目印があると言っておりましたよね?」
ハーターはこの先を見たいと言い、壱子は依頼を請けた本人でケーシスへ報告するためにも責任を持つようだ。ジェフリーは目印の話題を振られた。つまり、ジェフリーも先へ進む組になる。
ここで竜次が一歩下がった。
「私、戻ります。それがいいと思いました。ジェフ、頑張れますね?」
ランタンを持ったまま、ジェフリーに軽く笑う。竜次はそのままキッドに向き合った。
「あなたはジェフたちの目になって」
「え、竜次さん?」
「この子の付き添いに、ミティアさんを指名したいです。最終的な判断はジェフに委ねます。あなたが決めてください」
この先にまだ何かあるかもしれない。その補助として、キッドに残ってもらいたいと竜次は思っていた。
ジェフリーは考え込む。竜次は判断を委ねると言った。それは、絶大な信頼を意味するものだ。
「確実に安全なんてものはないと思う。だから、兄貴の提案は悪くないと思う」
おおむね、賛成だ。指名を受けたミティアは不安げだった。
「ジェフリー?」
「いつも俺が一緒にいてやれるならいいんだろうけど」
「ううん。わたし、頑張りたい。だから、ジェフリーも頑張って!」
多分どちらに就いていても、さほど変わらない危険度だ。竜次一人に押し付けるには荷が重いし庇い切れないかもしれない。ミティアが一緒なら少なくとも、足を引っ張るまいと強がりを見せるはずだ。
ジェフリーは目を見て驚いた。ミティアは迷いのない真っ直ぐで力強い目をしている。いつから、彼女はこんなに強くなったのだろうか。応援されて、こんなにもうれしくなるなんて。
ジェフリーは私情を撃ち殺すように言う。
「必ず帰る。だから……」
ミティアに向けていったはずだが、どうも竜次には違う意味のように思えたようだ。
「おっと、ジェフ。死亡フラグはよしなさい?」
「俺は死なないッ!」
「はいはい」
竜次は笑って軽くあしらい、ランタンを持ち直した。そして、ミティアとミエーナを見て言う。
「さ、私たちはここを出ましょう」
キッドにも満面の笑みと手を振る。珍しく竜次がリーダーシップを発揮している。頼りない張りぼての竜次は、大切な人を得てしっかりしようとしている。
ミティアはミエーナと手をつないで、竜次の元についた。
心の準備は整ったようだ。竜次はジェフリーに手を添えた。
「壱子様、ハーター先生、ローズさん、クレア。それからショコラさん、この子をお願いします。ジェフ、しっかりやりなさい」
まるで保護者のような見送り方だ。別れ方があまりにも綺麗で、後ろ髪を引かないせい。
離れてミティアの存在がいかに自分の中で大きいか。
これからジェフリーはそれを知る。
三階の男性陣が揃って起床する。窓を開けないと空気が抜けないため、窓際のサキが窓を全開にした。窓が白い、結露している。勢いよくスライドさせたため、雫が散った。
まだ寝起きでぼんやりとする。ジェフリーが体を起こす。
「何だ? 博士がまた何かを作ってるのか?」
酷い寝癖だがかまっていられない。ジェフリーは手すりから下を覗き込んでため息をついた。
「わあああ……ど、どうしよう」
一階の台所からミティアの声がした。飛び降りたい勢いだが、さすがにこのままは危ない。足早に降りて駆け付けると、握っているフライパンの上で半分以上真っ黒になったパンが見えた。脇には数枚成功したと思われるフレンチトーストが見える。
ジェフリーは目をこすりながら苦笑した。
「いい目覚ましだな」
「ジェフリー。お、おはよ」
「火を消せ。換気扇を付けろ」
寝起きで機嫌が悪い。だが、まずは指示を出して環境を整わせる。その間にジェフリーは軽く顔を洗った。そして台所に戻ると、火を消して換気扇を付けた状態でミティアが申し訳なさそうに縮こまっていた。
ジェフリーは腕を組み、ミティアに向き合った。
「努力は認める」
「ほ、本当?」
「昨日のキッドみたいに朝から気を利かせようとしたのも認める」
「う、うん」
怒ろうにも、寝起きで目が覚めずに気だるくなってしまう。ミティアの努力は認めたい。だが、背伸びをしなくてもいいとも思う。
「火事にだけはするな」
「はぁい」
食べられるものを作れとか、無理をするなとか、言いたいことはあった。やらなくなってしまうのもどうかと軽く注意だけにした。ジェフリーはミティアが危ないことだけはしなければいいと思っていた。
「あとはやっておくから。スープもあっためていいかもな」
「わ、わかった」
適当に指示を出し、ジェフリーは調理を代わった。
「もう、二人でお店をやればいいのに……」
上から賑やかな台所を見て、寝起きが不機嫌な竜次がぼやいた。そのうしろをサキが通過しようとする。とばっちりを受けないように、そっと。
「サキ君?」
「ひっ!!」
竜次はくるりと先に振り返り、サキに抱き着いた。今日は寝起きが悪いどころではない。サキはそのまま押し倒された。最近は少しマシになったと思っていたのに、またぶり返しが始まってしまった。フローリングの床でサキが抱き枕にされている。
「た、たすけ……」
いつもの不機嫌ではなく、なぜか度を越していけない世界へベクトルが向いている。
そして竜次はそのまま眠りこけてしまった。
騒がしくなり、自然とハーターも使い魔たちも起き上がった。
白髪交じりの髪をかきながら、ハーターが言う。
「おぉ、これがボーイズラブってヤツか」
絶対に違う。とは思いつつ、ハーターは寝起きで冗談とも言い難いことを言った。
こういったことに反応するのは決まって圭馬だ。耳を立て、尻尾をパタパタとさせ、興奮している様子だ。
「えっ、何、お兄ちゃん先生ってそういう趣味あったんだ。ふーん、人間って奥が深いね。まぁそういう世界もあるか」
「長く生きていても、まだまだ分からないことがいっぱいだ。うむ」
感心するハーターと、この賑やかさに慣れてしまった圭馬が二人のじゃれ合いを眺めて楽しんでいる。
どさくさに紛れてショコラも茶番を楽しんでいた。
「わしはボーイズラブ好きじゃがのぉん……?」
見慣れた光景だ。男性陣にとって、朝の試練かもしれない。
元気よく朝ご飯の時間。皆の前には比較的食べられるものが並べられた。
ジェフリーは気を遣って、黒々としたものが皿に盛ってある。一枚二枚かと思っていたが、実は何枚も焦がしていたらしい。
まさか自分のように朝食を作ろうとしていたとは。キッドは意外に思っていた。
「味付けは悪くないじゃない。頑張んなさい、ミティア」
「キッドみたいにおいしいもの作りたいよぉ」
「あたしも料理はそんなに得意じゃないわ。イノシシとか鶏の丸焼きならいくらでもできるけど」
キッドは身体能力や戦う技術だけではなく、料理まで逞しかった。一度くらいはそういう料理を食べてみたいと思うが、これからその機会に恵まれるだろうか。
普段ならおいしく食べるはずのミティアは、遠慮をしながら食べている。ジェフリーのお皿と交互に見て気まずそうだ。
「ご、ごめんね。おいしくないでしょ?」
そんなミティアの視線におかまいなく、ジェフリーは口の周りを黒くしながら口に運んではコーヒーで流し込んでいる。
今日は席のスペースを設けてコーディも同席した。仲間外れになるのが嫌らしく、皆と距離を置いてだがお誕生日席で参加している。
「はちみつちょうだい」
コーディにはちみつのボトルを渡すサキ。
「もう普通ですね。インフルエンザってもっとしんどくなりませんでした?」
次の日くらいまではだるさが残る気がしたが、コーディにそんな様子はない。
「昨日注射ガマンしましたものネ? あれは超、効くデスヨ」
「お、思い出したらおいしくなくなるからやめて」
コーディは注射をおいしくなくなると表現した。注射が痛かったと考えていいだろう。皆が大きな仕事に行く前なのだから、できるだけ明るく振る舞いたい。
食べ終わって片付けと身支度を整える。
ローズはコーディに対し、淡々と説明をしていく。
「薬は食後に飲むデス。あと、飲む点滴は冷蔵庫に作っておきましたデス。お好みでちょっとレモン汁入れてもおいしいと思うデスヨ」
「わかった」
「ほいでは、サキ君と仲良くしてくださいネ」
「それは余計だから」
余計なことを言われ、コーディは機嫌を損ねた。だが、すぐに持ち直す。
「絶対に帰って来てよ」
「大袈裟デスネ」
「うぅっ、でも、一緒に行きたかった」
「何か変なのあったらメモなり写真なりやっておくので安心するデス」
何とかしてコーディを宥めた。少しでも安心させねばと、ローズもにこにことしている。内心は怖くて仕方ないが。
見送ってからサキが玄関を片付け、軽く掃除する。人を招くなら、最低限見られるようにはしておかないと。
テーブルを拭き、コーディに換気をお願いして、サキはレナードを迎えに行った。
よく晴れて気持ちのいい風が吹いている。風に枯葉が舞う。整った街並み、晴れた空、抜ける風、遠くでカモメが鳴いている。この平和な風景から混沌へ導く存在があらわれるとは思いにくい。
メモに記された裏道を行く。メモは丁寧な文字で書かれ、読みやすかった。迷うことなく無事に辿り着けた。レナードの家に赴くと、古びた木造の家だった。カーテンも下がっていないほとんど空き家のような外見をしている。
人の気配はする。サキは扉をノックした。
「レナードさん、おはようございますー!」
ノックをすると、すぐに扉が開かれた。レナードは待っていたと言わんばかりに、身支度は完璧に整っている。中へ入ったが、殺風景で生活感はない。一人用のテーブル、椅子も一つしかない。
サキがあまりにキョロキョロと見るので、レナードは恐縮そうにしている。
「執務でこの家にはあまりいなかったものでして」
「あっ、いえ。そっか。お引っ越しの準備は、ここもですよね」
「妻はもうずいぶんと昔に出て行ってしまったので、ここを引き払うのもそう苦労はなくて助かったのですが」
サキは殺風景と思ってしまったのは悪いと思った。大きなカバンが見える。ちょっとした荷物だが、これだけで引っ越しがまとまってしまうのもいかがなものだろうか。
レナードはサキへ向き直り、予定を話した。
「今夜の定期便でいったん沙蘭へ向かいます。ご挨拶だけして、それから試験を受けにフィラノスへ向かおうかと思います。短い間ですが、本日はよろしくお願いいたします」
気にするものがなくなって落ち着いたのか、優しいお爺さんの笑顔だ。
勉強をする流れだ。ここで圭馬がカバンから顔を出す。
「ねぇねぇ、勉強ならボクたちの拠点においでよ。電気、割れちゃってるし。せっかく片付けちゃったんだから、また荷物を広げるのは手間でしょお?」
圭馬の提案にサキも深く頷き、同調した。
「そうですよ。お荷物持ちますので是非とも来てください」
圭馬に見慣れてしまったのか、レナードが驚く様子は一切ない。違和感もなく接している。
「ちょうど面倒見ないといけない子がいるんだ。それに、いい環境で勉強した方がいいでしょ? ボクもそうした方がいいと思うんだ」
サキから話そうと思ったが、圭馬が勝手に話を進めてくれたので助かった。椅子もテーブルも備え付けなのだろう。足りないので確かに環境はよくない。
言われてレナードは深く頷いた。
「どこか喫茶店でもと思っておりましたので、そのような理由でしたら是非とも。ですが、よろしいのでしょうか? お邪魔にならなければいいのですが」
「あぁ~、何てことぁないよ。おじいちゃんも知ってる子だから、大丈夫大丈夫」
我が物顔でずかずかと話に入って来る圭馬。遠慮がない。一応の断りは入れてあるが、ローズの家だ。
サキは指摘しようかと思ったが、長話も悪いと判断した。レナードのカバンを持って先導する。
レナードが言うには、このまま家を引き払うので、未練はないようだ。年を取ってから新しいものにチャレンジし、新しい環境に身を置くのはどんな気分なのだろうか。サキは若さゆえに、その気持ちが微塵もわからなかった。
一方、サキとコーディ以外はギルドへ足を運んでいた。
ギルドの中では壱子が待っていた。今日は変装をしていないので、彼女もそれなりの覚悟を持っているようだ。
「お坊ちゃんたち、今日は一日よろしくお願いいたします。って、おや?」
ハーターの存在に気が付いた。前に出て、二人で話し込む。
「やぁ、工作員さん。ぼくも知るべきだと思って同行する」
「これはお仕事なので、個人的ないがみ合いはよしましょうか」
「賛成だ。ぼくはハーター・ラシューブライン。知っているね?」
「壱子です。お好きに呼んでかまいません、センセ」
口角を上げ、怪しく笑う壱子。仕事上でライバルのようないがみ合いをしていると言っていたが、そんなにひどくは見えない。
お互いいい大人なのだから、見える場所ではやり合わない。仕事なのだからと割り切る。そして、密かに相手の動向をうかがうまではお互い読み合っているだろう。
ジェフリーは壱子に確認を取った。
「先生以外の仲間は知っているよな?」
「もちろんですよ。ジェフリー坊ちゃん」
「危険な仕事なのか?」
ジェフリーの質問に、壱子は渋い顔をしている。
「さぁ、危険な薬品や、実験動物は残っているかもしれません。もっとも、それらを地上に出さないために向かうのですけれどね。一般の人が入ったり、荒らしたりしないようにしなくては」
「作戦を聞いていいか?」
「向かいながら話しましょう。皆様の準備はよろしいですか?」
今度は壱子から確認を入れる。心の準備が整ったところで、一行はギルドを出て、街を抜ける。
海辺に向かいながら、作戦を話した。
壱子がギルドで請けた内容を説明する。
「まず、主な目的は、中枢にあるマザーの電源を落とします」
ハーターが深く頷いて反応した。種の研究所は触り程度にしか知らない。
「なるほど、確かに電気が活きていると、いつまでもその研究所が活動して厄介だね」
「センセ、生き物は電気の他にも空気も大切ですから、塞ぎながら脱出しなくてはなりません。さすがに細菌兵器はないと思いますが。ケーシス様が以前偵察にうかがって邪神龍の繭を見付けたと言っていたので」
ハーターと壱子が話している内容には一部心当たりもあった。追っているものが小さい。もっと違う敵がいると皆をおびき寄せ、ケーシスは悪人のようなことをしながら告げた。そして中途半端に逃げた。
壱子は首を傾げる。
「破壊はしたと言っていましたが、中枢ではなかったかもしれない、と。本当にケーシス様は詰めが甘いので困ってしまいます」
壱子がこう言うと引っかかる点がある。ハーターがその気になる点を指摘した。
「あれ、それじゃあ、あの依頼ってケーシスさんが出したのかい?」
自然な流れでケーシスの名を口にした。だが、壱子は首を横に振った。
「とんでもない。我々が出すと思いますか? あの依頼は宛名がありませんでしたでしょう? ギルドの方、もしくは、この種の研究所の関係者がまずいと思ったのではないのでしょうか?」
ジェフリーは耳を傾けつつ、仲間の様子をうかがっていた。特に緊張している者はいない。体調が悪い者もいないようだ。話は聞いているだけだったが、依頼が出るほどならば、何かつながるものでもあったのだろうかと疑いたくもなる。こういうときに頭のキレる大魔導士がいたら、何か知恵を絞って考えてくれるかもしれない。だが、今日は一緒ではない。
種の研究所がどんな場所だったのか、竜次は思い起こして独り言をぶつぶつと言う。
「真っ白で方向感覚が狂ってしまう場所なのですよね。何か目印になる物を持って来ればよかった」
よくある話だが、自分の通った道に印を置く。その手段を考えていなかったことを悔いた。目印の話になり、ショコラが竜次のカバンからひょっこりと顔を出した。
「方向感覚が狂ってしまうような場所なのかのぉん?」
「えぇ、同じような景色が続いています」
「ほぅ。なら、わしの出番かのぉ」
ショコラは傍にいたジェフリーに声をかけた。
「ジェフリーさぁん」
「どうした、ばあさん?」
「魔力サーチの魔法は知っておるかの?」
「フィラノスの大図書館で見たことがあるけど、魔力による仕掛けや魔力を帯びた奴をあぶり出して目印にする魔法だったよな。悪いが、直近で教えてもらった魔法くらいしか頭に入ってないぞ。あいつみたいにスペックのいい人間じゃないもんでな」
やはりサキが同行していないのが気になる。どうしても気にしてしまう。それだけサキを頼りにしていた。ジェフリーはできるだけ考えないように意識をしていた。
「のぉん、魔力の足跡を残す魔法なのぉ。必要になったら言うがよかろう。簡単だから失敗せんよぉ」
ショコラはジェフリーに対し、無理強いをしなかった。魔法に関しては、本人のセンスや潜在能力にも左右されるが、基本は本人のやる気がどう出るかである。
人間がメモもしないまま暗記でお使いするのが難しいのと一緒だ。長ったらしい呪文や魔法のイメージを頭の中に二百以上入れているサキは、間違いなく高スペックだ。いや、頭がいいなんてものでは済まされない。いい意味でおかしい。
後方でキッドとミティアが寄り添うように会話を交わしている。
「行って気持ちのいいものじゃないわ。具合が悪くなったらすぐ言いなさいね」
「わ、わかってる。足手まといにはなりたくないもん」
キッドがミティアに無理をさせないように気遣った。彼女が一緒に就くのなら任せてもいいが、キッドは単独の方が強さを発揮する。目もいいし、人が戦いやすいように立ち回りをする。
仲間のよう数をうかがっていたジェフリーは、黙っていたローズを気にしていた。
「博士も無理はしなくていいからな?」
「そうしたいケド、種の研究所はワタシの罪デス。それに、サキ君がいないならなおさらワタシがサポートに回らないとデス」
ジェフリーがローズを気遣うも、違う気遣いで返された。確かに何か大きな戦いでもあるのなら、サキがいないのは不安要素が多々ある。サキがどれだけ頼りになっていたのかを知る機会がないことを祈るばかりだ。
フィリップスの街外れ、海岸に到着した。小高くなっている丘の下にひっそりと洞窟がある。これは知らないと気がつけない。
海原を見渡せる景色を、一瞬でも堪能できると思った。だが、高所恐怖症のキッドが悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ、わ、忘れてたわ! た、高い!!」
高所恐怖症という弱点。だが、誰も笑わない。笑う暇もなく、もう一人、恐怖症を抱える竜次も震え上がった。
「わ、わ、わ、海が近いッ!! 落ちたくない! 落ちたくないッ!!」
高所恐怖症のキッドと、水恐怖症の竜次が震えている。もっと怖いものが待ち受けているかもしれないのに、これでは気が抜けてしまう。
これを見た壱子が妄想大気圏に突入した。
「恐怖症カップル? 新しい属性ですね」
壱子は深く頷き、にんまりと堪能している様子だ。壱子を見てハーターが同調する。
「お、キミ、そういうのイケるクチかい?」
意外な接点と言うか、共通の話題と言うか。
「わたくしは自給自足が難しいタイプの人間でして、生きるための『萌え』を自分の中に取り込んでガソリンにしております」
壱子は大真面目に言って、満足するように深く頷いた。彼女はまったくふざけていない。ここにいるほとんどの者がその世界を理解できない。だが、ハーターは一定の理解を示した。
「この真面目な仕事をしていると、何か楽しみがないとやっていけない。週末のイベントでコスプレイヤーを写真に収めるとかね!」
「おやっ?」
ハーターが拳を作って海に向かってにこにことしている。横で壱子が眉を吊り上げた。趣味が掠っている。似た世界に身を置いている者同士、何かに導かれるように共通の話題が発見された。
皆はキッドと竜次をなだめ、崖下まで来た。奥まった横穴、潮の満ち引きで簡単に目立たなくなる場所だ。
竜次とハーターがランタンに火を入れる。二人は前日に探索用の道具を揃えていた。
ミティアがランタンの明かりで何か気が付いたようだ。
「ひぁっ!!」
ミティアはジェフリーにしがみ付いた。彼女の視線は上を向いている。ランタンの明かりのせいで、中途半端に怖く見えた蝙蝠が岩肌に犇めいていた。確かに岩だと油断していたら腰を抜かす。
ジェフリーは腕にしがみつかれ、ランタンが持ちにくそうだ。
「そんなに怖がることはないだろ?」
落ち着いた反応をするジェフリーだが、皆の視線に気付いた。ミティアと密着しているからだろう。
「あー、別に隠しはしないが」
ジェフリーにとって、この状況は気まずいとは思った。ミティアは上目遣いでぎゅっとしている。彼女はなぜ見られているのか、やっと気が付いたようだ。
「ご、ごめん。ちょっと怖かっただけ。もう平気」
もう平気と言いながら密着から解放はする。だが、手は離そうとしない。ミティアの同行を許したのはジェフリーだ。これは仕方がない。
「まぁいいか。足元、気を付けろよ」
「う、うん」
厄介だと払ってもよかったが、ジェフリーはこのまま進むことにした。キッドには睨まれ、竜次にはニヤニヤとされるお決まりの状況。この場にコーディがいたらふーんとでも言いたそうな顔をされ、サキは少し不満そうに思いながら軽く笑うだろう。
嫌と言いそうだが、ミティアは連れて来なくてもよかったかもしれない。ジェフリーは思った。それこそ、コーディの内職でも追加して、一緒にやらせておくべきだったかもしれない。下手な料理でもさせながら、おとなしく待たせておいた方がよかったかもしれない。
ミティアは自分に何を望むだろうか。一緒にいることだろうか。
ぼんやりとこれからのことを考える。何も難しいことを考えず、身の危険もなく、純粋に冒険をしていたら楽しかったかもしれない。今は生きて帰ろうと、そればかり考えて、思えばずいぶんと大きなものを背負っている。
鉄製の大きな扉をこじ開ける。前回よりもかなり錆がひどくなっている。海沿いなのだから潮でやられるだろう。だが、それにしてはあっさり開いた。細かいことをいったん押し退け、一同は緊張を高めた。気を引き締めながら進む。
できれば何も出ないことを祈りながら。
適度に喚起しながら、じゃらじゃらと魔石の詰め合わせを作っていくコーディ。実はまだ一箱も終わっていない。工場や、もっと目のいい職人がやったらいいのに、こういったところはまだまだ効率化されていない。アナログさを感じる。
「はぁ、内職って言っても、これはものすごく面倒臭いものだね。何も間違っていないよ。うん」
コーディは段ボールに書いてある文字を恨めしく思いながら、地味な作業を続けている。下の階ではテーブルに向かってレナードとサキが勉強を広げていた。話し声は聞こえるものの、まだ伝染らないとも限らないので極力距離を取り、あまり接しすぎないようにしているので、コーディは退屈で仕方がない。
とは言え、『そこに誰かいる』という安心感はある。生き生きとした声がむず痒いとは感じるが、あれだけ一人で行動していたのに誰かと一緒に居る事がどれだけありがたいのかを身をもって知った。
サキは魔導書を開き、万年筆で要点を添え書きしている。
「水の魔法や氷の魔法を組み合わせながらですと数が稼げて……」
「ほほぉ、これは手強そうですな」
傾向と対策の話をしている。レナードは長らく魔法からは無縁な生活だったのかと思いきや、戦場には何度か赴いたことがあると言う。他にも、城の調理場の火が点かなかったら魔法で手を貸したなど、武勇伝が面白い。
ちゃっかりとテーブルの上に乗って、メモ書きに目を落とす圭馬。
「綺麗な字を書くねぇ、さすがお城に長くいただけのことはあるなぁ」
感心するのは整った文字だけではなく、まとめられている要点だ。
「この子は一回バテたけど、おじいちゃんなら難なくさらっとクリアしそうだよね」
「あとはどうでございましょう。体力でしょうか。こればかりは年には勝てません」
「日常生活で魔法が使えるくらいにセーブできるんだったら、あの場所で頭真っ白にならなければ大丈夫なんじゃないかな?」
「加減しすぎてカウントされない不具合が多そうですな」
「意外とそんなことないみたいだったけど? ねぇ?」
話し込んでいる中、いきなりサキに話題が振られた。そう言われても、頷くくらいしかできない。圭馬はやけにレナードを気に入っているようだが、何か思惑でもあるのだろうか。
サキは圭馬を気にしつつ、要点をまとめたノートを見て言う。
「筆記は問題ないと思います。と、言うか、僕よりずっといい点数が取れるような気がしますね」
「やっぱり年齢制限があるのは、それなりの体力と知識、あとは大人のヨユウがないといけない示しなんだよ。まぁ、この子は特例中の特例だったんだろうけどね」
「それは……否めないかな」
否定的に言われるのかとサキは思った。これまででサキが思っていたことを圭馬が代弁した。残念だが、すべては間違っていない。
「僕が合格できたのは本当にたまたまです。それ以前に、試験を受けさせてもらえる環境だって、みんなやお師匠様がいたから叶った。自分だけではあぁはいかなかった。悔しいけど、圭馬さんが言っていることは正解だと思う。年齢だけはどうにもできないし、経済的な面では、僕はまだお小遣いをもらっていた人間です」
この告白が恥ずかしい。いくら立派と言われても、年齢も若くて社会的にはまだまだ子どもなのだから。周りに感謝しなくてはいけない。軽くため息をついてお茶を飲もうとすると、カップにお茶がない。
「あっ、お茶淹れます。ってもうお昼か。軽く何か作ろうかな?」
時刻は昼になろうとしている。小腹が空いてしまったが、食事の準備がない状態だ。客人もいるし、残り物を広げるような空気ではない。
サキはカップを持って台所へ立つ。調理器具を見て小さく頷いた。
「キミ、料理できるの!?」
「か、軽いものなら、ね」
サキは袖のボタンを外して腕をまくる。冷蔵庫の中確認した。昨日ジェフリーたちが買って来たようだが、葉野菜が多めだ。チルド室には、切り分けられた海鮮のミックスが見えた。
サキは冷蔵庫からキャベツと冷凍の海鮮を取って抱えた。
「よし、混ぜて焼くだけだし」
あまりやったことはないが、サキも召使いのような雑用の経験はある。アイラに教わった物しか作れないが料理を試みる。
サキはまな板と包丁を洗う。キャベツを前に武者震いを起こした。
「久しぶりだなぁ。えっと、小麦粉と卵と、隠し味にお出汁の粉入れるとおいしくなるんだっけ」
サキはぶつぶつ言いながら、食材を加工して調理をしている。あまりに一生懸命だったので、圭馬も口出しをしなかった。努力は裏切らないというか、いい匂いがする。そして中途半端に作りすぎてしまった。
大皿に十枚ほど。しかも大判だ。
「ねぇ、いい匂いするね。私も食べたい」
昨日ローズが設置した『除菌』と書かれた置物を持ってコーディが下りて来た。いい匂いがするのかは、作っている本人にはあまりわかっていないようだ。
サキは粉に塗れたズボンを払い、手頃なお皿を探す。次いでソースとマヨネーズ、棚にあった鰹節を取り出した。
人数分の準備をしてサキは料理場をあとにする。
「あんまりこういうのは得意じゃないので、おいしいかわかりませんが、よかったらどうぞ。蓋をしたので、中まで火が通っているはずです」
お茶と一緒に出されたのは、大きなお皿にソースとマヨネーズ、鰹節が掛かった今まで見たことのない食べ物だった。ただ、あまり得意ではないと言っていたのは間違いではなく、丸く作ったはずのものが箸を通すと簡単に崩れた。かじりつくパンケーキのようだが、荒く切ったキャベツに海鮮ミックスが混ざっている。
サキが作った食べ物を見て、レナードは目を輝かせ、にこやかに笑う。
「ほほぉ、これはキャベツ焼きですね。アリューン神族が好んだと言われております」
レナードはこの料理が何なのかを知っているようだ。これには圭馬も驚く。
「えぇ、そうなの? おじいちゃん、何でも知ってるね」
レナードは国の仕事をしていたのだから、こういったことも知っていておかしくはない。
それよりもサキが気になったのは、お茶も飲まず、何も言わないままコーディが一心不乱に食べている。
あまりにも気になったのでサキは声をかけた。
「あ、えっと、どうかな? ジェフリーさんほどうまくはないと思うんだけど」
コーディは口の周りにソースを付けながら、顔を上げる。
「おかわりある? 最初は見慣れない料理だから何だろうと思ったけど、おいしいね」
口に含んでいるキャベツをバリバリとさせながら、最後の一かけらを箸で摘まんで残ったソースを綺麗にしてから皿を差し出した。
「あ、自分で取った方がいっか。まだ菌持ってるかもだし」
「う、うん、まだ奥にあるよ。おいしいならよかった」
お皿を持ってコーディが奥へ消えた。おかわりを要求して来たのがもう一人、いや一匹居た。フサフサの尻尾をぶんぶんと振っている。
「ボクもおかわりほしい」
「えぇっ!?」
席に着いて自分も食べようとするも、立ち上がって驚く。圭馬の皿が空になっている。
「ん? おいしいよ? 見た目悪いけど。一枚が軽いからペロッといけちゃう。おやつみたいだね、これ」
たくさん作ったのだが、思いのほか好評だ。サキは圭馬のおかわりを取って席に座った。やっと自分も食べる。もう少し細かく刻んでもおいしいかもしれないが、これくらいが好みなのでザクザク感を味わっている。
「うん。もうちょっと海鮮が多くてもよかったかもしれないなぁ」
自分で作ったものの評価を自分でする。少々納得はしていないがおいしい。
レナードは絶賛していた。
「簡単な物でも作れるのはいいことですよ。男性は大人になっても料理をしない人が多いのですので。もちろんわたくしもそうでございます」
お爺さんと孫みたいな感覚だ。ほのぼのとした食事の時間。コーディは気を遣って食事を終えると、テーブルから離れて階段でローズから預かった飲み薬と飲む点滴をぐい飲みする。表情からしておいしくはないようだ。薬を飲むときだけは勢いがよかった。
以降は退屈そうに魔石の仕分けをしていた。なぜか階段で。話し相手になってあげられないのがつらいところだが、こればかりはコーディにも悪い。サキは気を遣っていたが、何もできなかった。
その頃、種の研究所へ侵入したジェフリーたちは、視界の悪さに困っていた。
白いどころではなく施設全体が薄暗い。方向感覚が狂って、どっちを向いているのかわからなくなってしまった。
ジェフリーは仕方なくショコラに魔法を教わる。簡単な魔法とは言っていたが、その通り、失敗はしなかった。その代わりにジェフリーの魔力がジリジリと減っていくらしい。どちらにしても、長居をしていい場所ではない。
用が済んだら、早く脱したいところだ。
『ガッシャンッ!!』
大きな金属の音がした。先頭を行くハーターがランタンを向ける。明かりが届かない場所に気配を感じた。
隣の壱子が腰から鋏を引き抜いて警戒する。
「おや、お客様ですか?」
耳を澄ませるハーター。ランタンの光が揺れる。
「そういう感じじゃないみたいだね」
刃を開き、首を傾げる壱子。その表情は少し楽しそうだ。
ハーターが懐刀を抜こうとするもまずいものに気が付いた。
「まずいぞ!! 大量のネズミだっ!!」
黒々とした影だ。大量の生き物の群れにハーターが逃げ腰になる。
物量で攻め込まれるのであれば自分が優位だ。そう思ったのは竜次。
「私に任せてくださいなっ!! いきなり大活躍しちゃいますよ!!」
一蹴するのは得意だ。竜次は前に出て、柄に手を添えながら腰を低く構える。カバンの中のショコラがミティアにも戦略を振った。
「赤いお姉さん、このお兄さんが削ったところを焼くといいのぉ!!」
「は、はいっ!! わかりました!!」
赤いお姉さんと呼ばれ、一瞬戸惑った。そのミティアは背筋を伸ばす。
「先生、わたしが援護しますっ!」
竜次が一閃する。少しうしろでミティアが赤い魔石を弾いた。
「放つ炎、紅蓮のごとく、イフリートランス!!」
尾を引く炎の槍が走り抜ける。一蹴し、前衛で団子になったネズミの山がまとまって貫かれる。的が大きくまとまっている方が当たりやすい。生き物の焼ける臭いに腐敗臭も感じる。ただのネズミで済めばいいのだが。
ミティアの魔法による、燻ぶる火に白い床や天井が照らされた。ほんのりと明るくなった。無事に蹴散らせたようだが、ひとまずその確認が取れた。
ネズミはもういないようだ。だが、他に何かいないかハーターがランタンを上下させ、通路の先に目を凝らす。
「まだ動物が生きているなんて、驚いたよ。もういないみたいだね」
封鎖された研究所に、生き物の残党がいるとは意外だ。まだ生きていられる環境という確信が持てた。つまり、完全に封鎖しないと、外部に有害なものが漏れ出す可能性がある。ネズミも例外ではない。
大活躍をしたと思われる竜次は深くため息をついた。
「ネズミは繁殖力があるので、ちょっといるだけでもこの山になってしまいます。とは言え、ここで増えてしまっては怖いですね。どんな病気を持っているかわかりません。一匹たりとも外に出てほしくないですね」
抜いた剣をしまおうとしない竜次。得体の知れない生き物を切り伏せてしまったのだから、何となくそのまま鞘に収めるのが怖かった。仕方なく持って歩く。
竜次は不満そうだが、出番がなかったジェフリーはもっと不満そうだった。
ジェフリーは後方でキッドやローズに気を配っていた。後方で警戒に参加しているキッドはともかく、何も喋らないローズの様子が気になっていた。
危機は去ったのだから、次の警戒を想定する。
「風邪で頭がぼんやりとしていたから記憶が定かじゃないが、犬がいなかったか?」
「そう言えば、ジェフとここに連れて来られたとき、腐敗したまま動く犬がいましたね」
「気持ちが悪かったな、色んなものを垂れ流して。って、ミティア、キッドも吐きそうになってるし、大丈夫か!?」
ジェフリーは『色んなものを』とぼかしたが、腐敗していたのなら想像はつく。ネズミよりももっとグロテスクに思える。
兄弟の会話でローズが腕を組み、首を傾げている。ずっと黙っていたが、やっと声を発した。
「それって、どこか、覚えてマス?」
質問に対し、兄妹が顔を見合わせる。何かに気が付いたようだ。
竜次は軽く手を叩く。
「そうか。その近くに……」
「まだ通路らしきところはあるな。おばさんが這って来たのって確か」
「そうだ!! 大きなダクトがあったはずっ!!」
ジェフリーと竜次の二人で納得しているので、皆が話から置いて行かれている。
「そう言えば兄貴がその犬を斬ったときに派手に壁を」
「あぁっ!! そうだった。それを見付ければ!!」
ヒントが続々と出て来るので、竜次が興奮している。挙句の果てに、年甲斐もなくジェフリーを抱擁してしまった。
「ちょっ、よせ……」
「ジェフったら、よく覚えていましたね。ホント、偉いですっ!!」
刀を持ったままの竜次に抱き締められている。そしてジェフリーはベタ褒めされている。この異様な光景に一同引き気味だ。
キッドは嫉妬とも思える拗ね方を見せた。
「竜次さん、お兄さんの度を越してない?」
兄弟では意味合いが違って来るかもしれないと、思った。だが、その隙に妄想は発展していた。壱子がだらしない表情を浮かべている。
「いやぁ、いいですねぇ。妄想が捗ります」
こんなに緊張感がなくて大丈夫なのだろうか。場所が場所なだけに、もっと警戒をしながら進んだ方がいいとは思うが。
一同はジェフリーと竜次が言っていた場所を探しに彷徨った。ネズミの他に何か出て来るかと思ったが今のところ大丈夫だ。
そう、油断しているときに限って何かあらわれる。それはとてつもない轟音だ。
『ガァァァァァァァァ!!』
厳密には音ではない。耳を疑うような猛獣の雄叫びだ。寒気と恐怖が背中に走る。
「嫌な鳴き声じゃ」
ショコラは耳をピンと立て、目をギロリとさせる。いつもお惚け猫なのに、変な所で本性が出る。
ハーターはごくりと生唾を飲み込む。
「この先の大きな部屋からみたいだね」
ランタンの明かりで見えたが、誰かが通った痕跡がある。
ジェフリーが辺りを見渡す。すると、竜次がランタンの明かりを向ける。照らされた場所に、黒ずんだ足跡が点々と見える。
「私たちの足跡でしょうか? ってことは、この先は最後の邪神龍がいたところ?」
「これがよくできたファンタジーなら、あの雄叫びは中ボスってところか?」
「中ボス、で済めばいいですね」
高まる緊張、警戒をしながら一斉に踏み込んだが、部屋が真っ暗だ。今までが薄暗かったが、暗闇でも目が冴えない。
ランタンの明かりだけでは心許ない。ジェフリーは追加で明かりを掲げようとする。
「フェアリーライト!」
乏しいが明かりを放った。はずだった。ジェフリーはただ、独り言を言っただけになってしまった。指先から光が生まれない。
「あ、あれ?」
ジェフリーの隣にいたミティアは心配をする。
「ジェフリー、大丈夫? わたしがやるね」
ミティアなりにフォローしようと同じ詠唱をする。が、彼女も異変に気が付いた。
「えっ?」
魔法が放てない。原因はわからない。今は、限られた視界で手探りの状態で進まないといけないようだ。
何やら鼻を刺激する臭気を感じた。『何か』がいる。それだけ把握が難しい。
暗闇で微かに感じる気配だけが頼りだ。そういった感覚に鋭い人材は限られる。
「いけない、散るんだっ!」
ハーターの合図でいったん散った。疾風が抜ける。激しく揺れるランタンの光が二つ。明かりを頼りにしている者はそれだけしかわからない。
ランタンを持つ一人、竜次は自分の近くにキッドがいることを把握した。
「クレア、見えますか?」
「竜次さん、二匹いるわ!」
「え、えぇっ!?」
「右から来ますよ!」
キッドのアシストで、竜次は剣を構える。ランタンを誰かに託すべきだったかもしれないとこのとき思った。気配を察知したのはキッドだけではない。竜次のカバンの中にいるショコラもだった。
「さっきの声は、理性を失った獅子の鳴き声じゃなぁん」
「獅子って、もしかしてライオンですかっ!?」
カバンの中からショコラが飛び出した。重さで竜次に気を遣っている。ショコラの目も万能ではないが気配は辿れる。援護やサポートならできるはずだと判断した。
だが、戦場と化したこの部屋は変化が目まぐるしい。
壱子の声が響いた。
「竜次坊ちゃん!! そっちに行きましたよっ!!」
「な、何で私ばかりっ!!」
先に右からの気配に斬撃を振った。爪を出したままの獣の腕が竜次の横をズルズルと音を立てて走った。倒れる音、散った液体、放たれた腐敗臭、大きな鳴き声。視界が悪く、持っていたランタンが照らしたのは片目の潰れたもう一匹の獅子だった。つまり、二匹とも竜次に向かっていた。これでは対応が追い付かない。
「アイシクルブラストッ!!」
ローズの声だ。口数の少ない彼女の優れているところ、ノーモーションで魔力に左右されない攻撃魔法が命中した。
ジェフリーもミティアも魔法を放てなかったが、すでに魔力が封じ込められているローズの媒体は魔法としての形を成していた。獅子の顔半分が凍る。もちろん、鈍った好機を見逃さない。
竜次はキッドの手を引く。
「クレア!! ショコラさんもいったん退きましょう!!」
大きく揺れるランタンの光。場が混乱し掛けたそのときにハーターの声がした。
「もっと打つんだローズ!!」
「ガッテンデス、オニーチャン!!」
硝子の割れる音がした。ツンとする臭気が広がる。次にハーターのランタンが放り投げられた。ランタンの予備油を撒いて、ランタンごと燃やし大きく火を起こした。捨て身にも等しい。ローズの氷柱のお陰で炎が反射し、暗くて見えなかった部屋全体が見えるようになった。失ったものは大きいが、もう一つ竜次が持っているランタンがある。
ひとまず視界が開けたことにより状況が把握しやすくなった。
まず声を上げたのはミティアだ。
「ジェフリー、あそこ、あの子!!」
ミティアが指さす二匹の獅子の先に、金髪で赤いリボンのポニーテールの女の子、ミエーナが震え、怯えている。正気のようだ。だが、首にぼんやりとした首輪が見える。
竜次の足元でショコラが答えを示す。
「蹂躙の首輪、じゃのぉ」
「前にミティアさんが圭馬さんに食らった嫌らしい魔法じゃないですかっ!! えっと、操られちゃう魔法ですよね」
「そしてなぜあの子がここにいるのかをよく考えたら、まずいかもしれんのぉん?」
ショコラと竜次の会話に真っ先に反応したのはジェフリーだった。その顔には焦りの色がうかがえる。
ミエーナはこちらの様子をうかがいつつ、震えている。
「ご、ごめんなさい。アタシ、魔法を」
ミエーナの視線はなぜかジェフリーに向いている。そのまま対話する。
「赤い髪の野郎にやられたのか?!」
「そ、そうです」
「一人か!?」
「た、たぶん、そうです。ここに置き去りにされたんだと思います!」
ジェフリーの質問に、ミエーナはジェフリーを見て何度も頷いた。だが、彼女は意図的に目を逸らそうとしている。
「えっと、あの子にかかっている魔法を解くには……あれって術主との力比べだったような?」
ジェフリーは顔をしかめながら考え込む。ショコラはその疑問に答えるわけではなく、違う心配をしていた。
「ジェフリーさぁん、多分なんじゃけど、わしの考えが正しければ、あの子はマジックキャンセラーじゃよ!!」
「はぁっ? ばあさん、何を言っているんだ?!」
魔石を探るジェフリー。ショコラが珍しく声を大にして警戒を煽ぐ。
ジェフリーはミエーナが特殊な能力を持っていることに違和感を覚えた。加えて、ミエーナは赤髪の男性に連れて来られたことに反応していた。
「そうか。あの女の子がいるってことは、俺たちはあの野郎の罠にまんまと引っかかったんだ! 急がないとサキやコーディが危ないッ!!」
ミティアもようやく危機に気が付いた。
「そんなっ!!」
言葉は不安を招き、場は混乱した。何を優先すべきか、目的を見失いつつある。
この状況を仕切ったのはショコラだった。
「のぉん! よぅ聞くのじゃっ!!」
喝でも入れるような激しい口調だ。温厚でマイペースなショコラではない。このショコラの対応にハーターが反応した。
「おぉっと、猫ちゃん、何か手があるならサポートをお願いしようか」
「ハーさんは理性のないライオンを始末しておくれぇっ!!」
司令塔がショコラになった。いや、今はこうする方がいい。場が混乱しすぎている。普段はジェフリーが指示を仰ぐが立場だが、今は焦りから混乱している状況だ。
ショコラはジェフリーにも言う。
「ジェフリーさぁん、マジックキャンセラーはノイズと並ぶ特殊能力じゃよ。おそらくあの子は視界に入った者の魔法を封じることができるのではなかろうかのぉん」
「ばあさん、それじゃ解除魔法も使えないのか?!」
「理屈ではそうじゃなぁ」
「クソッ!」
まどろっこしくて嫌らしい。そして卑怯だ。下手をしたら、ルッシェナは圭馬より鬼畜かもしれない。
ミエーナは自分がマジックキャンセラーであることを把握しているようだ。だから意図的に目を逸らそうとしていたのかもしれない。
ミエーナは得体のしれない猛獣と閉じ込められ、恐怖で助けを求めていた。
「た、たすけて。怖い」
ハーターがミエーナに言う。
「もうこのライオンちゃんはソッチには行かないよ。安心して!!」
「もうヤダ、こんな場所」
ミエーナはボロボロと涙を零す。それをハーターが安心させようとするが、ハーターからしたらこの子は知らない子だ。どんな事情を抱えているのだろうかと気にはなった。
ハーターは顔の半分が凍った獅子に向かう。壱子が援護をするつもりのようだ。
「センセ、丸腰ですか?」
「まさかっ」
ハーターが帯の内側から得物を鞘から抜く。
「ぼくそんなに強くないからね」
「ご冗談を」
切り抜けるには少々大きい。動物園にいるライオンを目の前にしている感覚だ。その体は所々腐敗している。こんなものと一緒に監禁されていたなら、ミエーナは相当怖い思いをしているはずだ。
「そっちを頼んだ!! 切込み包丁クン!」
いつもの指示を待つ一同。違うのは、コーディとサキが不在なくらいだ。ジェフリーは指示に困っていた。そこへキッドが提案を持ちかける。
「あ、あたし、提案してもいい?」
珍しくキッドが前に出た。キッドは遠近両方の攻撃手段があるが、急に作戦を持ちかけるとなるといつもの彼女らしくない。街に残っている二人を、サキの身を案じているのだろう。ジェフリーは黙って頷いた。
「あたしとミティアは足が速いから、あの女の子を押さえつけて視界を奪うの。そうしたら、解除の魔法がかかってくれるんじゃない?」
キッドの提案に、ミティアは深く頷いた。
「あっ、わたし、大きいハンカチ持ってる!!」
ミティアはポーチから折りたたまれたハンカチを取り出した。目隠しをすれば、魔法は使えるようになる。その考えは合っているらしく、ショコラはいつもの惚けた表情だ。
作戦が組み上がる。竜次とローズも参加した。
「ということは、私とローズさんで、絶賛負傷中の大きなライオンをたたみ込めばいいというわけでしょうか」
「はー、ちょっと強い媒体を投げるときが来たデスネ」
竜次とローズの視線の先に、左の前足を切り落とされて身を引き摺りもがくもう一匹。
さほど苦戦を強いられるとは思えないが、何を仕掛けて来るかわからないし、まだ立とうとしている。それよりも急いだ方がよさそうだ。
ジェフリーは息を飲んだ。高まる緊張。一斉に作戦開始だ。
「賭けてみるか」
「わしは信じておるのぉ。集中すればあの子以上の魔力が出るに違いないからなぁ」
「ばあさんは俺を随分高く買ってくれるな」
「そりゃあ、わしを粗雑に扱わないからのぉ?」
きっとそれだけではない。ジェフリーは肩に飛び乗ったショコラを軽く撫でた。
「キッド! ミティア! 二人は先に行けっ!!」
ジェフリーの声でキッドとミティアは駆け出した。
「行くわよ、ミティア!!」
「うんっ!」
この二人は足が速い。ジェフリーは二人を追う。
動く者に対し二匹の獅子が過敏に反応する。ネコ科は動くモノに反応する習性があるが、ここまでわかりやすく反応されると二人も焦る。
キッドとミティアがミエーナに向かう。ミエーナは助けを求めている割には、泣くだけで動けないようだ。蹂躙の首輪のせいなのかもしれない。
壱子がジェフリーを急かす。
「坊ちゃん、お嬢様たちをエスコートしてください!!」
壱子の血を纏った鋏が不気味に光る。腐敗が進んだ肉はざっくりとは斬れないようだ。竜次が獅子を斬り落とせたのが奇跡かもしれない。彼の剣は名刀でよく手入れされている。加えて剣戟だけは一丁前に鋭い。
その竜次は、引き摺っていた獅子を再起不能にまで切り伏せていた。
「ジェフっ!!」
ゾンビのように這っていたのだから、とどめは簡単だったようだ。ローズが追い打ちをかけ氷漬けにしていた。見事な封じ込めだ。
「ワタシ、こんなに働いてるデス!!」
ローズは白衣を身に付けている。そのせいか、暗闇でも存在がわかりやすい。それはネコ科の獅子にも該当するようだった。それに気付いた竜次がローズに叫んだ。
「ローズさん、もう一匹が来ます!!」
武器の威力が弱い壱子とハーターを抜け、目が欠けたもう一匹がジェフリーたちの方へ走った。こちらの方が素早く、モノを追う気質のようだ。危険を察知したローズは媒体を投げる。だが、投げた媒体が当たらない。当たらなければ、足止めは難しい。
「先生サン!! 銃デスッ!!」
間に合わないと察したローズがポケットに手を突っ込みながら叫んだ。
撃つ行為に抵抗はあるが、今回は的が大きい。竜次は持ち換えてマスケット銃を抜き、構えた。
「当たれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
バンっと大きな音と火薬で火花が散った。
立った煙の向こうで体勢を崩す獅子。その先ではジェフリーが剣を抜いていた。背中を大きく削り勢い弱まった獅子を、両手で構えた剣で喉から裂いた。
「ジェフリーさぁん、もっと深くしないと息絶えてくれないのぉっ!!」
「わかっているが、デカいんだから一発ではそう行かない!」
「悲しい鳴き声はもう聞きたくないんじゃよぉ」
「くっ……」
一撃では仕留められない。体が大きいから、腐敗しているから。対人ではないから。ためらいはなかった。ショコラが言うように、この獅子の鳴き声は悲しいものだ。理性もなく、何かを訴えるわけでもない。
ジェフリーの剣は血管を引き摺り、いくつかの臓物を裂いた。腐敗した肉の臭いに顔を歪ませる。赤黒い血が剣と腕にまとわりついた。服装が黒い長袖で助かったが、かなりの返り血を吸っている。
ジェフリーは肩で息をしながら重い腕を振り下ろした。獅子は息絶えた。もう動かない。だが、変質した肉は痙攣し、割かれた血管からは腐敗した血液が脈を打ちながら流れる。
「きゃあっ!!」
息を突く間もなく、ミティアの悲鳴がした。彼女の剣が跳ね除けられている。体勢を崩し転びそうだ。そろそろ身の丈に合った、きちんとした剣を持った方がいいかもしれない。
何が起きたかというと、ミエーナが首を振りながら鉈を持っている。彼女は武器召喚が使えたはずだ。
ミティアが跳ね除けられたことにより、キッドが割って入った。
「リーチが長い武器ね。お願いだからおとなしくして!!」
「あ、アタシだってこんなことしたくないです!! 助けてほしいのに」
「あなたから話が聞きたい、のっ!!」
キッドが小太刀を手に鉈を伏せようとする。ミエーナが持つものは柄が長く、槍にも近い。キッドは間合いが読めない相手に苦戦する。しかも、怪我をさせたくない思いから、加減をしなくてはならない。難しい状況だ。
キッドの視界に壱子が入る。獅子を逃した挽回のように、ミエーナの動きを封じる。
「失礼いたしますよっ!!」
壱子の足の速さに驚いた。軽く前に出て、鋭い足さばきでミエーナの足を掬う。武器を使わずに、ミエーナを反り返らせた。壱子は手を伸ばし、手刀が鉈を弾いた。
その隙をキッドは見逃さない。
「執事のお姉さんナイス!! 捕まえたっ!!」
「うわわわ……」
「ごめん、暴れないで!!」
キッドが背後からミエーナの両腕を掬い上げ、肩を締める。プロレスでもしているかのような体勢になった。
「ミティア、早くっ!」
キッドはミティアを呼んだ。
「ご、ごめんね、ちょっと真っ暗になるよ!」
ミティアが剣を鞘に収め、大きなハンカチを取り出した。広げてミエーナの目元を覆う。これだけ見たら、こちらが悪いことをしているようにしか見えない。
ミエーナは抵抗をしながら泣いている。ここに来た一行を攻撃するように命令でもかけられていたのだろう。
「怖い、もうやだ」
「我慢して、すぐその魔法解いてくれるから」
「ぐすっ」
ミエーナ視界を奪われ、震えている。怖いに決まっている。だが、視界を奪って正解だった。両手が血まみれのジェフリーが駆け付けたからだ。返り血もジャケットに滲んでいる。ミティアもキッドも一瞬は驚いた。
ジェフリーは返り血のせいで嫌悪感を抱いていた。腐敗臭が気になって仕方ない。
「すまない。ばあさん、魔石を取ってくれないか?」
「のぉん……」
「悪いな」
「集中してくださいのぉ」
戦慄から脱したためか、ショコラが少し温厚に戻った気がする。ショコラはポーチから白い魔石を咥え、ジェフリーの手に置いた。
「あの子は心配じゃが、今は目の前に集中なのぉ」
「わかってる。ありがとう、ばあさん」
ジェフリーは邪念を払うように大きく深呼吸をした。意識を集中させる。以前教えてもらった呪文を唱えた。すると、魔石がほんのり光る。
キッドの読みは当たったようだ。ミエーナに見られていなければ、魔法は使える。
「ディスペル!!」
羽交い絞めにされ、抑え込まれているミエーナの首元からぼんやりと光っていた首輪が消えた。ジェフリーの魔法が成功したことを示した。
「おぉ、ジェフリー坊ちゃん、素晴らしい」
壱子がポンと手を叩く。
遅れて周囲を警戒していた竜次が駆け付けた。
ローズとハーターは距離を置いていたが、思い詰めた表情で話をしている。
「ローズたちは、こんなのと戦っていたのかい? とてもではないが、よく気が狂わないでいられるね」
「オニーチャン、もっとエグイものもあったデス。こんなのは、序の口と言うか」
「情けないけど、恐怖しかない。途中から足が竦んでしまった」
少し腕の立つ元教師が、世の中の情勢に足を踏み入れたが、こんなにも恐ろしいものとは思ってもいなかったとそう言いたいようだ。
「オニーチャンはこんな気が狂ったようなものを創り出すあの人に、まだ剣を向けることはできないデスカ?」
ローズの質問に、ハーターは俯いてゆっくりと首を振った。教え子であるルッシェナと戦いたくはない。そう言った。
「考えを……変えないといけないかもしれないね。ぼくが言っていたことは甘かったのかもしれない。こんなことが許されるはずがない」
思い詰めるのも仕方がない事かもしれない。ローズは励まそうと必死だった。
「これが現実デス。なので、進退はお任せするデス。気持ちがいいものではないのは確かだと、思いますヨ」
「いや、踏み込んでしまったのだから、最後まで見届けるつもりだ。少しずつ慣れて行くよ」
ハーターは動かなくなった二匹の獅子に目を向け、焼き付けるようにしばらく見ながら歩き出した。痛覚を与えても動く、腐った肉や液体を撒き散らしてもまだ立とうとした。これが現実だと自身に言い聞かせていた。
ジェフリーはミティアに指摘を入れた。
「もういいんじゃないか?」
「あっ、そうだ。ごめんね」
ジェフリーに言われるまで、ミティアはずっとハンカチでミエーナを覆っていた。ミエーナの視界が開ける。彼女はジェフリーを見て、再びがくがくと震え出した。近くにいたキッドにしがみ付いている。
ジェフリーは眉間にしわを寄せる。
「俺は何もしないが、もしかして顔がいけないのか」
ジェフリーは人に怖がられることに心当たりがある。自分の顔だ。目つきは悪いし、残念ながらかっこよくはない。
キッドはミエーナを宥めながら指摘をする。
「違うわよ。あんたの手。服も!」
ジェフリーはキッドに言われて自分の手を見る。派手に返り血を浴びているのを思い出した。しかも、腐敗臭がする。血液なのだろうが、カビっぽいような腐ったような変な臭いだ。
見慣れない人は驚くだろう。しかもジェフリーは切れ味の悪い剣で何度も攻撃を重ねた。返り血で怖がられるのは仕方がないが、ジェフリーも気分が悪い。
ミティアが気を遣って、持っていたハンカチを差し出した。
「ジェフリー、拭く?」
「よせ、もったいない」
ジェフリーは首を振って断った。ミティアが差し出したハンカチは、何でもない白いハンカチだ。端にレースがあって血を拭うにはもったいない。
やるせない状態のジェフリーを次に気遣ったのは、竜次だった。
「はい、ジェフ。終わったらよこしなさい。私も刃を拭うので」
竜次はカバンからぼろきれを引っ張り出して来た。着物のお古や手ぬぐいを使って血や埃を拭うのは知っているが、まさかぼろきれをよこされるとは思わなかった。
ジェフリーはハンカチを汚すよりマシだと思って手に取ったが、あっという間に血染めになってしまった。
少し離れて様子をうかがっていたのは壱子。騒ぎがひと段落し、誰も怪我をしていないのを確認しながら言う。
「竜次坊ちゃんは返り血一つ浴びないなんて、さすがでございますね」
壱子が指摘をするように、血まみれのジェフリーと違い、竜次は火薬の煤が腕に着いているがあの剣戟で返り血を浴びていない。返り血を計算した振り方をするらしいが、視界が悪い中でよくそんな計算ができたと思うと、竜次の力量に恐怖を抱くだろう。
ジェフリーは適当に拭って布を竜次に返した。竜次も刃に滴る血を拭っている。ランタンとマスケット銃も持って器用な立ち回りだ。
一行のやり取りを見ながら、ハーターは壱子に声をかけた。
「キミはこういうの驚かないんだね。肝が据わっている」
壱子はいつもの営業スマイルを浮かべた。
「仕事柄、こういう汚いことも慣れております。センセ、ある程度はギルドの情報で存じていたのではありませんか?」
そう言われるとは思っておらず、ハーターは苦笑いをする。
「いや、ぼくは覚悟が足りなかった。さっき、ローズにも言ったんだけど、途中から足が動かなかった。恐ろしくてね」
「センセ、表だけの綺麗な情報だけが真実とは限りませんよ?」
「そのようだね。肝に銘じておくよ」
ハーターは恐怖や震えを抑え込むような深い頷きをした。一方でローズはそんな弱さを見せた兄を軽蔑しない。自分も初めはそんなものだったと、思い返しながら。
皆の気遣いが入り乱れたが、落ち着いた。安全も確認できたことで、本題に入る。
主に、ミエーナから話を聞く。だが、どうしてもミエーナに問い詰めるようになってしまう。
比較的人受けがよさそうな竜次が問う。
「さて、どうしてお嬢さんがここにいるのでしょうか?」
竜次は優しく言ったつもりだった。だが、ミエーナは顔を上げない。キッドの胸に顔を埋めたまま、まだしゃくりあげている。
ミエーナから事情を聞きたいのに、応じてくれない。ジェフリーは苛立ちを見せた。
「あのなぁ、俺たち、急いでるんだけど」
明らかに感情的になりすぎている。ミティアが注意をした。
「ジェフリーダメだよ。そういう乱暴な言い方」
ミティアに悪者扱いされ、ジェフリーは口を尖らせながら下がった。
ローズが転機を利かせた。ポケットから何か細長いものを取り出す。
「お腹、空いてないデス?」
「あっ」
ミエーナがやっと顔を上げた。こんな場所に監禁されていたのだから、お腹は減っているだろう。ローズは封を切って渡した。
「ありがと」
非常食に持っているシリアルバーだ。ミエーナはお腹を空かせていたらしく、持って口に含み始めた。
安心させる処置にミティアが目を輝かせる。
「わぁ、ローズさんさすが!!」
「ミティアが言うと、食べたいに聞こえて仕方ないわね」
少し笑いながらだが、キッドも警戒を解いた。
この開けた部屋、今は静かだが、まだ奥がある。目的はまだ達していない。今はミエーナから話を聞くことが優先だ。
「食べながらでいいから答えてネ?」
ローズが話し掛けると、ミエーナのリボンが結ばれたポニーテールが大きく振り上がってストンと落ちた。わかりやすい返事だ。
「赤っぽい髪の男の人に連れて来られたデス?」
「うん」
「何かされましたかネ?」
「目隠しされて、魔法をかけられて、丸一日くらいここにいました。あの動物と」
ミエーナは特に体の異常を訴えては来なかった。ルッシェナは変態だ。性的な乱暴でもされているのかと思ったが、そういう感じではないのをローズは察した。もしそうだったら、体に触れられるのも嫌がっただろう。男性陣を怖がっただろう。今だって会話を交わしてはくれないはずだ。ひとまずミエーナの安心はしてよさそうだ。
ジェフリーはこの調子になったところで、今度は怖がらせないように聞く。
「何か聞いてないか? その男から」
ミエーナは小さく首を横に振った。ありがたいことに、警戒を解いてくれたようだ。
「私、あなたのお兄さんに会いましたよ」
竜次の言葉に、ミエーナが目を見開いて見上げる。だが、一瞬でその表情は曇った。
「探してはくれない、はず。優先順位が違うから」
ミエーナは何も言わなくても自分の立場をわかっていた。ルシフがどんな人なのかは妹ならわかっているはず。シリアルバーを食べ終え、ミエーナは立ち上がった。
「ごちそうさまでした。ごめんなさい。話せそうです。ここは、どこですか?」
自分たちだけの視点で物事を進めるにはよくない。ミエーナは蚊帳の外の状態だ。そしてもう一つ問題がある。地上組が心配だ。それを含めて、ミエーナを外に連れ出すべきだろう。
ぼんやりと方針が決まりつつある。ミエーナをもう少し落ち着かせたい。
ローズはミエーナと話を続ける。
「ココは種の研究所。もともとは新薬の開発や、今の技術では治せない病気の研究をする施設デス。それは道を逸脱して堕ちてしまった。お嬢さんが見たのは人為的に創られた、それこそ禁忌の技術と、これくらいの触り説明がよさそうデスネ」
中途半端だが、ローズの説明に頷いている。思いの外、素直な子だ。
「ゾンビだったのはわかりました。あんな風にされなかっただけ、よかったと思う」
「ウム。とりあえず、体が何ともなくてよかったデス」
ローズは子どもの扱いにやたらと慣れている。そして、怯えやパニックを起こす人も鎮め方をわかっている。これを竜次は学ぶ。自分に足りないものだと思ったからだ。
ミエーナは一行の表情を順に見て、安心したようだ。悪い人たちではない。この人たちは信用していい。今はこの人たちを頼るしかない。ミエーナの表情は何かを悟ったようだった。
ミエーナの顔色がよくなったところで、ジェフリーはこれからの動きを話し合うことにする。
「俺はここから先に進んで研究所をぶっ潰す班と、この子を連れて街に戻る班と別れた方がいいと思う」
焦る気持ちをここでぶり返させる。手薄になっている地上組、サキとコーディが心配だ。それでもここから先が何もないとは限らない。
ランタンは竜次が持つ一つしかない。もう一つはハーターが持っていたが、先頭の途中で投げてしまった。そのおかげで今は視界が開け、安心して話ができていた。
ここから仲間で別行動をする。その考え自体、誰も反対はしなかった。だが、ここで問題が生じる。誰がどの役割に就くのかだ。
まずはハーターと壱子が申し出た。
「ぼくはこの先にお付き合いするよ。あの小さな作家さんの本がこんなに現実を映すなら、見ないといけない気がする」
「わたくしは依頼を請けた本人です。ジェフリー坊ちゃんは目印があると言っておりましたよね?」
ハーターはこの先を見たいと言い、壱子は依頼を請けた本人でケーシスへ報告するためにも責任を持つようだ。ジェフリーは目印の話題を振られた。つまり、ジェフリーも先へ進む組になる。
ここで竜次が一歩下がった。
「私、戻ります。それがいいと思いました。ジェフ、頑張れますね?」
ランタンを持ったまま、ジェフリーに軽く笑う。竜次はそのままキッドに向き合った。
「あなたはジェフたちの目になって」
「え、竜次さん?」
「この子の付き添いに、ミティアさんを指名したいです。最終的な判断はジェフに委ねます。あなたが決めてください」
この先にまだ何かあるかもしれない。その補助として、キッドに残ってもらいたいと竜次は思っていた。
ジェフリーは考え込む。竜次は判断を委ねると言った。それは、絶大な信頼を意味するものだ。
「確実に安全なんてものはないと思う。だから、兄貴の提案は悪くないと思う」
おおむね、賛成だ。指名を受けたミティアは不安げだった。
「ジェフリー?」
「いつも俺が一緒にいてやれるならいいんだろうけど」
「ううん。わたし、頑張りたい。だから、ジェフリーも頑張って!」
多分どちらに就いていても、さほど変わらない危険度だ。竜次一人に押し付けるには荷が重いし庇い切れないかもしれない。ミティアが一緒なら少なくとも、足を引っ張るまいと強がりを見せるはずだ。
ジェフリーは目を見て驚いた。ミティアは迷いのない真っ直ぐで力強い目をしている。いつから、彼女はこんなに強くなったのだろうか。応援されて、こんなにもうれしくなるなんて。
ジェフリーは私情を撃ち殺すように言う。
「必ず帰る。だから……」
ミティアに向けていったはずだが、どうも竜次には違う意味のように思えたようだ。
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「俺は死なないッ!」
「はいはい」
竜次は笑って軽くあしらい、ランタンを持ち直した。そして、ミティアとミエーナを見て言う。
「さ、私たちはここを出ましょう」
キッドにも満面の笑みと手を振る。珍しく竜次がリーダーシップを発揮している。頼りない張りぼての竜次は、大切な人を得てしっかりしようとしている。
ミティアはミエーナと手をつないで、竜次の元についた。
心の準備は整ったようだ。竜次はジェフリーに手を添えた。
「壱子様、ハーター先生、ローズさん、クレア。それからショコラさん、この子をお願いします。ジェフ、しっかりやりなさい」
まるで保護者のような見送り方だ。別れ方があまりにも綺麗で、後ろ髪を引かないせい。
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お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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