トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3‐6】一致団結

夜を喰らう

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 再びお腹を膨らませ、糖分補給もした。気合も入ったところで動き出す。
 先ほどの途切れた階段があった広場まで足を戻した。ミティアがまずは時計が見えた方へ回り込んだ。手には煌々と眩しいくらいのランタン。
 地図を片手にサキも同行する。天井が抜けているはずなのに、かなり暗く感じる。この都市にも夜が存在するのならもうすぐ夜だろう。
 手摺もほとんど崩れている。そして、先ほどサキが魔法で撒いた水気で滑る。ミティアは下の階を覗き込んでランタンで照らそうとするが、見ているだけで危ない。
 サキはミティアを止めようと身を乗り出した。
「ミティアさん、あんまり身を乗り出すと危ないで……」
『ズルっ!!』
 注意しようとしたサキ本人が足を滑らせた。
「わわぁぁぁぁぁっ!!」
「サキッ!!」
 ミティアが震えあがっていると、足元の圭馬がミティアの肩に乗った。止まっている場合ではないと急かせる。
「大丈夫だよ、あの子ならきっと何とかする。早くみんなと合流しよう!!」
「で、でも、下には……」
 こんなものでミティアが動くとは思わないが圭馬は肩を叩く。不安いっぱいの彼女に何もできることはない。
 声を聞いてジェフリーがミティアを引っ張りに駆け付ける。そしてもう一人。尋常ではない身のこなしでケーシスが地を蹴っている。
「姉ちゃん、ジェフリーとさっさと行け!! 前倒しになっただけで作戦通りに動くんだッ!!」
「ケーシスさん!!」
 目の前をケーシスが飛び降りた。まるで忍者のような身のこなし、疾風が駆ける。

 滑り落ちたサキは魔法で受け身は取った。だが、ほとんど地面すれすれだった。左手を着いて立ち上がろうとする。見える範囲で赤い目がいくつも見えるが黙ってやられるつもりはない。
「大魔導士、障壁を張れッ!!」
 上からケーシスの声だ。サキは咄嗟の判断で自分の頭上に障壁を張った。直後にケーシスが降って来た。
「グラビティサークル!!」
 サキは持ち直した杖で障壁を張る。ケーシスは上から飛び降りてそのまま地面に向かって重力魔法を放った。二人を中心にズシンと石床が凹む。断末魔なのか叫びなのかわからない声が大きくこだまする。ついでにどこか崩れたかもしれない。
 そして抉れた地面が舞い上がり、ばらばらと破片が舞う。サキは頭上を気にしながら、ケーシスの魔法の威力に見とれている。
「す、すごい!!」
「剣を抜くとでも思ったかぁ?!」
 向かってくる猛獣を潰して一掃する。ケーシスは言っていることもそうだが、やっていることも至極まっとうなのにこの人相の悪さが本当にもったいない。
 ケーシスは着地するなりコインでも弾くように魔石を連続で放った。緑と白だったのをサキは把握するが、放つ魔法の想像がつかない。
「一気に走るぞ、前衛に合流するんだよ!!」
「は、はいっ!!」
 サキを行かせ、ケーシスがそのあとを追った。カバンの中から、ショコラが大声を上げる。
「うしろなのぉっ!!」
 ケーシスの身に危険が迫っているのを知らせる。ケーシスはわかっていると言わんばかりに拳を振り上げ、にやりと笑う。そして振り返った。
「こんなクソキメラで俺の首は獲れねぇぞ、ふっ飛べ!!」
 走りながらサキは目を丸くした。ケーシスが弾いた魔石は宙を漂い、光って線を結んでいる。一瞬だけ風が抜けた。それは、自分たち以外には、この光の筋を抜けることができずに肉体を滅ぼす特殊な魔法だ。特殊ゆえに難しい魔法だとはサキは理解している。どうしてケーシスは、これだけの技術を持っていて大魔導士になれなかったのだろうか。サキは首を振って余計な考えを払った。
「サキ君!!」
 剣戟の鬼、竜次が真面目に斬り伏せている。怪我はしていないが刃は真っ赤だ。竜次がいるのにキッドがいない。サキは嫌な予感がして姿を探しに離脱する。
「ごめんなさい、おじさん、ここをお任せします!!」
 ケーシスはアイサインで了解する。そして、舌打ちをした。
「あんなに作戦会議して、何も原形が残っちゃいねぇなぁ。ま、臨場したらこんなモンか。誰がどれだけ柔軟に、臨機応変に行けるかだなっ!! 退け、竜次!!」
 ケーシスの合図で竜次が半歩下がる。ケーシスは障壁よりも強力なバリアを展開した。一定の場所からこちらに入れない防衛線だ。
「守り専門でよく嫁をもらおうなんて思ったな、保身野郎が」
「うぅっ、気にしてるのに」
 ケーシスは明かりがほどよく届くように、黙って立っているミティアの存在にも気が付いた。何かしたいかもしれないが、動き回って皆に不自由をさせたくはない。
「一番しっかりしていたのは姉ちゃんかもしれねぇな」
「……」
「悲しい顔してんとみんな落ち込んじまう。勝てる戦も勝てないぞ?」
「ん……」
 ミティアは唇をきゅっと噛んで、堪えている。何か釘を刺されたのだろうか。世話を焼きがちなミティアが黙って補助に徹しているのは意外だ。

 動き出したが、トラブルもあった。イレギュラーにはイレギュラーが重なる。いくら作戦会議をしても、予定通りに行くことは少ない。
「早く降りるんだ!!」
「い、嫌!! 高い! こわい、の!!」
 下からはハーターの説得。ローズも手招きしている。高所恐怖症がここでもキッドの足を竦ませる。こういうところで竜次が気を利かせればと思うが、サキが足を滑らせ、ケーシスが補助に回った。この二人は別ルート。
 もちろんこちらはハーターが先制で最初は道を開いた。だが、言ってしまえば火力がないのだ。前衛を支えられるのは竜次しかいない。彼がそう簡単に崩されはしないが、内心ではキッドを心配していた。強行突破とは何だったのだろうか。ひとつ狂ってこのグダグダ。よく誰も怪我をしていないと不思議に思うくらいだ。
 主力に等しいキッドが高所恐怖症で移動不能だ。キッドをこの場から移動させようと必死に説得を試みている者たちもいる。
 まずは移動に自由が利くコーディがキッドの手を引く。
「わ、私が担ぐよ。大丈夫だって」
「足が着いてないのは無理なの!」
 キッドは激しく首を振ってこれを拒否する。彼女を助けようとするのはコーディだけではない。
 できるだけ前衛に出ず、司令塔としての役割をまっとうしていたジェフリーも、キッドの助けに入る。だが、彼の助け方は独特だった。
「キッド、それなら、どんな状況なら怖くないか教えてくれ」
 キッドは動いてくれない。ジェフリーは下りられないキッドを見捨てることなく、付き添った。途切れた高さは五メートルほど。確かに少し高いし、着地をしくじれば足ぐらい挫くかもしれない。最悪はジェフリーが抱きかかえて飛び下りるしかないが、彼は荷物トランクを下げている。加えて重い剣、少々リスクが高い。ただ、ジェフリーは気持ちに寄り添おうとしていた。ただ、助けたいだけではないというのがジェフリーらしさを秘めている。
 キッドは弱気になりながらジェフリーの質問に受け答えしている。
「一瞬なら我慢できる。でも、恐怖症ってどれだけのトラウマか、何でもない人にはわかんないわよね!! もう、あたし諦める」
「バカを言うな!」
「冗談言ってるわけじゃないの!! 本当に……」
 染みついた恐怖はなかなか抜けない。何がキッドをそんなに怖がらせるのか、ちゃんと向き合って聞いておけばよかった。ジェフリーがコーディに代わり、手を引っ張るも動こうとしない。キッドは涙目で訴える。
「あたし、多分ダメ。もう、置いて行って」
「キッドがいないと困る!!」
「どうせあたしなんて……」
「俺の背中は大丈夫だったよな?」
「あんた、何を言って……」
 種の研究所で潰された際、負傷したキッドを背負ったが特に激しく抵抗しなかった。足は着いていなかったが。そういうのは大丈夫なのだろうか。ジェフリーはまずは環境を整えることを試みた。だが、先読みをしてくれる仲間がいた。
「ジェフリーさん!!」
 サキが合流した。下から僕に任せろというアイサインがおくられる。下りたときにフォローをしてくれる環境が整った。
 ジェフリーは次に自身が身軽になる行動に出た。
「先生、パス!!」
「おっと、そう来ると思ったよ!!」
 ジェフリーは持っていた荷物トランクを下に投げた。ハーターがうまく受け取り、着地の場を開ける。
 場が整ったところで、ジェフリーは強行する。
「キッド、俺に捕まれ!!」
 ジェフリーは怖がって動こうとしないキッドの背中と膝下に手を回した。体勢を低くした。このまま飛び下りるつもりだ。
「怖かったら目を瞑れッ!!」
 馬鹿正直に見る必要はない。キッドは縮こまって目を瞑った。ジェフリーが飛んだ頃合いで、サキは杖で魔法を一振りする。着地を補助する、衝撃軽減の魔法だ。
 ジェフリーとキッドは怪我もなく、無事に着地をした。それを確認し、皆は走り出した。次に何をするかなど、わかりきっている。そういう仲間のはずだ。
 キッドは自分から降り立ち、困惑していた。そんなキッドをサキが引っ張ろうとする。
「もう大丈夫ですよね。姉さん、先生を援護しましょう!!」
「え、あっ……」
 キッドは気持ちの切り替えがつかないまま、サキに手を引かれた。
「ど、して」
 誰よりも足を引っ張ったと自負するキッド。ジェフリーに振り返ると、彼はハーターから荷物を受け取って笑っていた。多くは語らない。
「仲間以前に友だちだろう?」
 ジェフリーは仲間を見捨てないというキッドとの誓いを守った。ただ、それだけのことだ。キッドだったからという特別さはない。
 軽く言い合いにもなるし、口喧嘩もする。そんなキッドとジェフリーの仲をここにいる者はだいたいわかっている。ちょっと素直になれない不思議な関係だが、ここにも確かに絆があった。
 サキはキッドの目が潤んでいるのに気が付いた。
「姉さん、泣いちゃダメですよ!」
 キッドはサキの手を払った。過ぎたことをいつまでも気にするなんて、自分らしくない。首を振って気持ちを切り替えた。
「今度はあたしが助ける番ね!!」
 気持ちが温かい。キッドは自慢の足と目を生かすべく、前衛の竜次に合流する。
「竜次さんっ!」 
「クレア!! よかった」
「待たせてごめんなさい! 一気に進むわ!」
 待ち侘びたと言わんばかりに先陣を走り出した。
 ケーシスはキッドと入れ替わる形で後退をした。じっとしていたミティアに声を掛ける。
「姉ちゃん、ぼさっとすんなよ」 
「は、はいっ!」
 ミティアも合流する。その目はジェフリーを追っていた。ヤキモチを焼いていたわけではない。純粋に、ジェフリーの諦めない心強さと優しさに惹かれていた。
 少し出遅れつつあったが、サキは大きな光の魔法を放つ。
「ホーリーライト!!」
 より動きやすくなった。蠢く漆黒の猛獣。種の研究所で見たものよりも、さらに恐怖を掻き立てる。なぜなら、こんなに明るく道を照らしているのに、色がわからないからだ。元からないのかもしれない。腐敗臭はしないが、血や肉はある。一体どういうことか、説明などつかない。
 先頭を行く竜次とキッド。進行方向には蠢く獣たち。こちらに対し、明らかに敵意が向いている。
「切り抜けます。クレア、援護を!!」
「わかりました!」
 竜次が攻めの姿勢だ。居合いから切り崩しに掛かる。獣たちの血は飛ぶのだが、切り伏せたあとは死骸とならずに蒸発でもするように消える。不思議な感覚だ。キメラではないのだろうか。
 まるでそこに存在しないものを斬っている感覚。幻、今ここにいることだってもしかしたら夢なのかと疑ってしまう。
 走り抜けることに精一杯だったが、ミティアが持っていた明かりに何か反射したとローズが足を止めた。この行為にはさすがに荒声を上げる者がいた。出遅れた者がいればフォローに回るコーディだ。
「ちょっとローズ!! 何、してるの!? 止まったら危ないよ」
「石板かもデス」
 足並みが揃わないままでは困る。コーディだけではなく、ミティアも足を止めた。ここでマッピングは危険過ぎる。さすがに苦言が続いた。ケーシスとジェフリーも足を止める。
「ここでは危険だ。置いて行かれちまうぞ?」
「博士、止まると危ない」
 ケーシスもジェフリーもローズの行動を注意する。ローズの『どうしても』と訴える表情を見て、ハーターが懐から何か取り出し、そのまま来た道に投げた。パンパンと小さく弾けて嗅いだことのある刺激臭が広がった。獣除けだ。
「効くかわからないけどね。ローズ早くするんだ!!」
 効力に期待はしていなかったが、追って来る影は怯んでいる。案外、臭いではなく音に反応したのかもしれない。ミティアがローズに付き添ってランタンを照らす。
 ローズが言った通り、石板だ。しかも地図。想像していたよりも下の階は広いようだ。これは紙に書き留めたいが、もちろんそんな余裕はない。
 石板の前でローズは白衣を翻し、カメラを取り出した。キッドの誕生日と結婚式で使った、その場で写真ができる便利な道具である。何枚かシャッターを切って、カメラから吐き出されたシートを摘まんだ。この発想はなかったと感心する。
「お待たせしたデス!!」
「そういう便利な物があるなら地図書きなんて必要ないんじゃないのか!?」
「写真に書き込むのは勝手が悪いと思うヨ」
 ジェフリーがマッピングに疑問を持つ。だが、光沢のあるシートには書き込みにくそうだし、サイズが小さいことに気付かされた。あとで照らし合わせるのもいいかもしれない。できあがる途中のぼんやりとした形だが、この地図は少し先が書かれているみたいだ。
 
 後衛の遅れに気が付いたのはサキだった。
「姉さん、先生も待ってください!! うしろが遅れているみたいです!」
 愛を誓い合ったくらいだ。すっかり息も合って、さくさくと進む二人を減速させる。もともと竜次がゆっくり気質だが、キッドがそれに合わせ、お互いがほどよい速さでフォローし合っていた。その快進撃を挫くようで、サキも少し遠慮がちになってしまう。
 サキは背後を振り返り、ランタンの明かりまで距離があることを確認した。角を曲がった分くらいだが、何かあったのだろうか。ショコラも背後を気にしていた。
「主ぃ……」
「僕よりずっと強い人ばかりです。大丈夫」
 ショコラも心配をしていた。だが、すぐに別の心配が生じる。せっかくサキが声を掛けたのにキッドと竜次が遠ざかる。
「ええっ!?」
 控えめに言ったのが悪かったようだ。とは言え、視界が悪いのだからそう離れず、気が付くだろう。サキは心配することはないだろうと踏んでいた。
 それにしても、個々で強いとこんなに差があるのかと首を振って落胆する。トータルバランスが取れているわけではないので、これも個性なのかもしれない。
 ランタンを持ったミティアが見えた。彼女の肩に乗った圭馬が疑問の声を上げる。
「え、どうしたの? 待ってた?」
 ミティアもサキの姿に驚いた。
「サキ、キッドや先生は? 一緒じゃないの?」
 後衛と合流してすぐ前方に目を戻すと、竜次もキッドも姿が見えない。明かりがないのだから止まってくれると信じていたが、一応止まっていてくれた。やっと合流して足並みが揃う。やや足並みが乱れたが、誰もはぐれていないようだ。
 キッドは周囲を見渡した。サキはキッドが何かを探しているようで気になった。
「姉さん?」
「ごめん。ここから、どっちに行けばいいんだろう?」
「あっ、分かれ道?!」
 立ち止まった原因は分かれ道だ。典型的だが、左右に分かれている。サキが手に握っている地図には分かれ道など記されていない。
 サキは焦りながらジェフリーの顔も見る。だが、分かれ道を聞いて、ジェフリーも顔をしかめていた。
「一本道のはずだぞ、上の階がそうだったし、書き記した地図だって!」
 ここで分かれ道に遭遇だなんて予想外だ。一同は足を止めて困惑している。
 予想外の広さ、予想外の分かれ道。考えても仕方がないがケーシスが意見を言う。
「ま、普通、下の階ってのは、広く作るだろうけど。改装工事でもしたんじゃねぇのか?」
 足を止めながらも警戒は解かない。ケーシスの意見に、ローズが手元を確認する。
「ケーシスがいいことを言うなんてネ。でも、その通りみたいデス」
 ローズがサキの地図を見て頷く。持っているのは現像シートだ。ローズが持っているものが最新版である。
「右の奥に階段があるデス!!」
 わざわざ立ち止まってカメラに収めた行為が報われた。この導きには誰もが驚いている。イレギュラーなことが多い。予定通りスムーズに運ぶとは思っていなかったけれども。
 一同が右へ突き進んだところ、石の階段が見えた。進路は合っているようだ。
 先頭を行くキッドが注意を促す。
「竜次さん、上にも何かいるわ!! 注意して!」
 竜次はいったん刀を鞘に収めた。うしろろから、また黒い猛獣が迫っていた。
 サキは煌々としているホーリーライトを杖の先にまとわせる。
「僕も一緒に上がります。先生と姉さんは一緒に警戒してください」
 一緒に上がると言い出したのは、足並みが乱れては困るからだ。サキはあえて先陣を切る。左手で魔石を掴むも、零れ落ちた。石の階段をカンカンと音を立てて落ちる。
 ケーシスが魔石を拾ってサキに声をかけた。
「しっかり杖を握ってろ。俺もあんまりうまかぁねぇが、障壁くらい作ってやるぞ」
「す、すみません」
 ケーシスが一緒に上がろうとする。ケーシスが進んで動いたことで、ジェフリーも状況を読んで指示を出した。
「片道切符になるけど、上がったら先生がここを壊してほしい。コーディは一緒になって出遅れた奴がいないか、見てフォローしてくれ!」
 ジェフリーは指示を出すも、ケーシスがサキのフォローに入ったのが気に掛かった。今は目の前のことをしっかりするまでだ。だが、他にも心配する要素はある。誰かに話しかけたくて、助けたくてうずうずしている様子のミティアだ。
「ミティアは何のためにランタンを持っているか、わかるな? しっかりしてくれ」
「う、うん。そうだね」
 ミティアはあれもこれもと手を出したくて仕方なさそうだ。ただ、ランタンと圭馬を持っているだけの役割。だが、皆の様子をうかがいながら、明かりを補助する重要な役割だ。やや後衛でその役割を続けていた。

 ケーシスとサキが一足先に上がって上を見ると、二階の天井にはびっしりとコウモリがいた。害はなさそうだが、これにはケーシスもびっくりしていた。
「うっへぇ、こんだっけいると気色悪いな」
「大丈夫みたいですね、よかった」
 他に何かいないか、周囲を警戒するのは竜次とキッドだ。特に危険はなさそうだ。
 ここで状況を把握しきっていない最後尾のハーターが、作戦の通りに退路を断とうとする。
 ハーターは階段にダイナマイトを仕掛けていた。
 ダイナマイトの導火線に火を点け、ジュッと音がした時点でローズが指摘をするも、あとの祭りだ。
「あっ、それはマズかったかもデス」
「えぇっ、どうしてだい!?」
 ローズが理由を言う前に、ダイナマイトは爆発してしまった。退路は断たれた。その音と振動のせいでコウモリが騒ぎ立て、一気に視界を遮った。
 全員の足が止まってしまった。せっかく二階に上がったのに、足場も視界も悪くなった。その流れで当然のように悪いことは重なる。
 ミティアが持っていたランタンが大きく揺れた。
「きゃああっ!!」
 カシャンと音を立て、ランタンだけが落ちた。
 本当に落ちたのは圭馬と一緒だったはずのミティアだ。崩した階段から足を滑らせてしまったようだ。悲鳴が遠ざかる。
 コーディもジェフリーも一番近くにいたはずのミティアが落ちたことに動揺を隠せない。
「お姉ちゃん!!」
「ミティア!!」
 身軽なコーディはミティアの声がした方へ身を乗り出そうとしている。その羽音に反応し、ジェフリーはコーディの腕を掴み、止める。コーディは疑問の声を上げた。
「どうして? お姉ちゃんを探さないの!?」
 爆風と土煙が下層から上がって来た。泣きっ面に蜂だ。視界がさらに悪化する。
「コーディまで迷子になるだろっ!!」
「そ、そうかもしれないけど」
 ジェフリーはコーディと軽く言い合いになる。風向きが悪く、土埃が容赦なく襲った。この状況で戻れば、さらにはぐれてしまうだろう。
 ジェフリーはこの状況で耳を疑った。微かに鈴の音がする。視界は悪いが土埃の中から冷たい風も感じた。混乱したこの状況で聞き間違いかと思ったくらいだ。
「先に行け!!」
 何度も聞いた記憶のある声だ。
 呆然とし掛けたジェフリーを、今度はキッドが引っ張ろうとする。
「ちょっと!! あんた、しっかりしなさい!!」
 ジェフリーは自分の役割を思い出した。ジェフリーは落ちたランタンを拾い上げ、キッドに突き付けた。
「もっと崩れるかもしれない。とりあえずこの場から退避しよう。先に進めるならキッドがこいつを持ってくれ!!」
「いくら目がいいと言っても、しくじるかもしれないわ」
「俺はキッドを信じてる」
「…………」
 キッドはふうっと深めの息を着いてランタンの明かりを絞った。土煙で乱反射しているのが治まったが、急かすような微震を感じた。
「行くわよ。あんたはみんながちゃんと付いて来てるか見てちょうだい!!」
 見捨てたわけではない。逃げたわけではない。判断を誤ったかもしれない。だが、今は先に進むしかない。これ以上判断を誤れば、また誰かが危ない目に遭う。それだけは避けたかった。
 聞いた音と声が幻ではないと信じて。


 ミティアは落ちた衝撃と、舞い上がった土煙で目を瞑ってしまっていた。
 落ちた。だが、不思議と痛くはない。もしかしたら、もう死んでしまったのかもしれない。諦めと後悔、不注意でこんなことになったが、自分の体よりも皆が心配だった。
 明かりは大丈夫だろうか。立ち止まって誰かが怪我をしていないだろうか。心配を掛けてしまっているだろう。申し訳ない。そして、もし自分が死んでしまったら、謝りたい人がいる。
「ジェフリーごめんね」
 思わず独り言を呟いた。だが、独り言では済まなかった。
「お姉ちゃん、気が付いた?」
「へっ?」
 謝りたい人ではなかったが、声がした。違和感があると思ったら、胸元が温かい。地に足を着いていない点にも気が付いた。
「えっ、えっ?」
「まぁ、ボクもびっくりしたけど」
「圭馬さんだよね?」
 ウサギの姿の圭馬がちゃっかりと胸の中で縮こまっていたらしい。こんな所、男性陣が見たら騒ぎそうだ。しかも、ミティアの胸の上にしがみ付いているみたいだ。フサフサした毛が振れるし温かい。
 ミティアは目を開けるが、目に土が入ったせいか目尻が痛む。視界は真っ暗で見えないが、確かにそこにいるのは圭馬だ。
「あの、わたしって落ちたんじゃ?」
「うん、正解。ボクも一緒だったから、びっくりしたけどね」
 視界は真っ暗だが風を受けている。感覚を研ぎ澄ますのは得意ではないが、背中と膝裏が温かいような気もするし、どういうことだろうか。
 その疑問は簡単に解けた。すぐに視界は開けた。星や月が見える。雲も。そして、ミティアは自分が抱えられていることにも気が付いた。相手は黒いマントに銀の髪。ミティアは目を丸くした。
「クディフさんッ!?」
 クディフは青い目だけ、ミティアに向ける。
 直後に進行方向が変わった。ミティアは受けている風の方角で理解した。
「捕まれ」
「へっ、ふぇあぇ!?」
 一瞬ぐらついた視界に漆黒が広がった。下の世界、つまり見えたのは海だ。トントンと軽い音がするが、視界は広まっていく。澄んだ空気だが少し酸素が薄く感じる。それでもミティアは綺麗な星空に目を奪われた。
 風が強い。そして凍えるほどではないが肌寒い。クディフはミティアに質問をする。
「別にいいのだが、自分の足で立たなくていいのか?」
「えっ?」
 捕まれと言ったから捕まっていたのに、もう大丈夫なのだろうか。ミティアはキョロキョロとしながら手を離し、足を着いた。圭馬を抱っこしながら、深く頭を下げる。
「あ、あのっ、わたしを助けてくれたんですよね。ありがとうございます!!」
「大人数で動けばそれだけイレギュラーも多かろうな?」
「あうっ。でも、落ちてしまったのはわたしの不注意なので」
 頭を下げたまま肩をすくめている。落ち込むのも程々に、ミティアはすぐに顔を上げた。一番肝心なことを聞いていない。
「ど、どうしてここに!? ローズさんもハーター先生もいますよ?」
「あの様子では難しい」
「えっ?」
 クディフの言葉の意図がわからず、ミティアは首を傾げる。彼の視線の先にはガラガラと音を立て崩れる橋が見えた。橋の先には小さいがランタンなどの光、皆が見える。ここからではかなりの距離があり、声は届かないだろう。
「あぁぁ、みんな、無事かな」
 不安でいっぱいのミティアの腕の中で、圭馬はクディフに質問をする。
「で、何をしに来たの? やっぱりストーカー?」
「つまらん質問だ。賢人だけ、ここに置き去りにしてもいいのだが?」
「うわぁ、なーにぃ? この敵なのか味方なのかわからない人ぉ!!」
 話だけで、ここがどこなのかを把握していない。ミティアは外だが足元が石でできていることを確認して質問の流れを変える。
「もしかしてさっき、わたしを抱えて、壁を上ったんですか?」
「察しがいい」
 クディフに悪くない反応をされた。それでも、ここに彼がいる理由はわからない。
 ここはミティアたちがいた石の都市のようだ。なぜかこの場所は都市で一番高い所のようだ。建物を木が抜けているが屋上のようだ。
 天空都市の様子が一望できる。見渡すと中央に大きな湖が見えた。中心が青白く光っているが、あそこに何かあるのだろうか。ここを含めて三つの大きなブロックが存在している。橋は掛かっていたが、一つは崩れてしまった。皆に追いつくのは難しくなったと意味する。
 圭馬は残り二つの街と湖の関連性に疑問を持った。
「この都市は三つに分かれているけど、橋が崩れるのは、どういうことなんだろうね」
 圭馬の言葉に、ミティアは別の疑問を抱いた。
「ハーター先生の爆発物って、あそこまで威力があるのかなぁ?」
「橋まで崩れるのは違うと思う。この都市が意思を持っていて、意図的に壊しているのかもしれないね」
 賢人である圭馬にもわからない。ただ、ここへ来たことを歓迎されているようにも読んでいた。解釈次第ではそうとも取れるかもしれない。
 クディフもただ付いて来たわけではないようだ。意思を持っている考えには、同じような疑問を抱いていた。
「進むのはかまわない。だが、逆に誘き寄せているのは『確か』だろう。『誰』を招きたいのかは俺にも想像がつかぬが」
 もしかしたら、ミティアを意図的に落とした可能性もある。都市が意思を持っているのならありえない話ではない。ただ、今はミティアだったが、この先はどうだろうか。
「それってまさか、このままだとみんなが危ないんじゃ?」
「少なくとも、女神が招きたいのは貴女ではないのかもしれない」
 確証はない。だが、この状況だったらありえる。圭馬も持論を述べた。
「客観的に言うけど、集団で動いていると個々の強さがもっと光るのがこの一行のいいところだと思う。だから、ボクがもしキミたちに本気で戦いを挑むなら、周りから削ると思うよ。ボクも利用できるものはしていたでしょ?」
 圭馬が具体的なことを言うので、嫌な想像がいくらでもできてしまう。何も隠さなくとも、圭馬とは一戦交えたことがあった。圭馬はこちらの仲間割れを狙って、ミティアに蹂躙の首輪という大魔法を使ったくらいだ。
 クディフは圭馬の意見に頷く。
「その幻獣に意見を合わせるつもりはないが、俺が貴女を狙ったのも手薄のときだ」
 ミティアははっとさせられた。
「あっ、そっか」
 一行はまとまっていることが当たり前で、攻め込む側の戦略など考えたことがなかった。ミティアは想像して、一気に気分が悪くなった。同時に危機を感じた。
「お、お願いです。みんなを助けたい! クディフさん、力を貸してもらえませんか?!」
 期待はしていない。だが、助けたい思いは誰よりも強かった。
 ミティアはこういう人であると圭馬も知っている。
「ボクもお願いしていいかい? 未だに何考えているのかよくわかっていないけどさ」
「圭馬さんまで!」
「その女神様からしてイレギュラーとして見做されているのなら、ボクたちは勝手に動いてもいいってことでしょ?」
 圭馬なりの考えを持っている。契約主であるサキも心配だ。あとはどんな理由があるだろうか。居心地? 真実? 何をもって圭馬の正義なのかは聞いていないしわからない。それでも味方であることは間違いない。
 意外な者にまでお願いされるとは思っておらず、クディフの眉がピクリと動いた。
「そのつもりでいたのだが? 貴女たちには借りもある。俺の子が世話になったので余計にな?」
 クディフは鼻で笑う。ところがいつもの嫌らしさはない。
「忘れているかもしれんが、セティ様は貴女を生かした。それにどんな意味があるのかをまだ知らぬ。これから見せてくれるのではないか?」
 クディフはミティアに対して、期待をしている。きっと仲間の全員にも期待を寄せている。それならば、この人は味方だ。ミティアは圭馬をぎゅっと抱き、暗き夜空に不釣り合いな眩しい笑顔を見せる。
「はいっ!! ありがとうございます!!」
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