トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3‐6】一致団結

束ねる剣

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 一行は二階に駆け上がり、そのまま開けた橋を渡る。ところが、退路を断った爆発の延長でしばらく揺れは続き、渡った橋も崩れた。
 行き着いたのは次の街というところだろうか。橋を渡ったときに夜空を見た。

 サキが持っている明かりで見えるのは生い茂る緑。人が通れる道なのか、正確にはわからない。何か情報があればいいのだが。
 息を切らせ、皆はお互いを確認した。ミティア以外は無事のようだ。
 コーディは呼吸を整えながら質問をする。
「ど、どういうことなの? 先生は火薬の量でも間違えたの?」
 ここにいる誰もがその件を疑った。
 ハーターも気にしていたようだ。首を振った。
「いや、そんなはずはない」
 難しい表情をしているが、ハーターがそんなに大きく計算を外すとは思えない。ただ、ミティアを危険な目に遭わせたことは気にしていた。
「彼女は無事だろうか。申し訳ない」
「いや、ミティアは大丈夫だ」
「キミも見ているだろう? どうして大丈夫だと言い張れるんだい?」
 ミティアが欠けた状態というのはどうしても気が立つ。何度も経験しているが、彼女の存在がどれだけ皆の調和をしているのかをあらためて知る。ジェフリーは不安がっている皆にできるだけ明るく振る舞った。もちろん言葉を選びながら。
「ミティアはあの剣士に助けられていると思う。きっとこの先のどこかで合流するつもりだ。声も音も聞いた」
 ジェフリーはあえて言い方をぼかした。だが、そんな説明でハーターは納得しない。
「あの剣士って、ぼくたちの他に、誰かいるのかい? どうしてキミは冷静でいられるんだ!? 動揺のあまり聞いた幻聴ではないよね?」
「……冷静じゃない。本当は全然」
 熱の入った言い合いになり、ハーターはやっと我に返った。ローズに肩を叩かれ、首を振って項垂れる。
「すまない。ぼくも冷静ではなかった」
 一番冷静でいられないのはジェフリーだ。それは皆もわかっている。拳を握り過ぎて血が滲んでいた。
 一度きちんと落ち着く必要がある。サキは休憩を入れようと提案した。
「あの、ジェフリーさん、すみません。少し休んで状況の整理をした方がいいと思います。僕が言えたことではないかもしれませんけど」
 休めそうなポイントはキッドが見つけてくれていた。彼女はランタンを持って目もいいのだから仕事が早い。
 ジェフリーは休む提案を受け入れた。だが、休む流れから身を引く。自分を責めずにはいられない。ジェフリーは座り始めた仲間の輪に入らず、振り返って落ちた橋の先を見ていた。
「ジェフ!!」
 お節介焼きの竜次が放ってはおかない。ジェフリーをフォローしようと必死な気持ちは相変わらずだ。皆から少し離れ、励まそうと食らい付く。
 ジェフリーは肩を落とした。
「幻聴かもしれない。そうだよな」
「聞いたのなら、信じましょう。あなたは判断を誤っていない」
「俺は……」
「逃げたんじゃない。見捨てたんじゃない。そうでしょう? あの場に留まれば、みんなも危険でした。私はあなたの判断を信じています。だから自分を責めたりしないで」
「…………」
 ジェフリーは怒鳴り散らす勢いで溜め込んだ言葉を抑え込み、代わりに深呼吸でもするように大きく吐き出した。肩で息をしている。追い詰められそうになった気持ちが幾分か和らいだ。なぜか変な笑いが込み上げて来る。
「ははは……兄貴にマトモな励ましをしてもらったのは初めてかもしれないな」
「えっ、えぇぇっ!? ひどいじゃないですか、そんな言い方!」
「いや、うん。でも、兄貴には助けられているからな」
 一生懸命持ち直そうとジェフリーなりに気を遣っている。いなくなったのがミティアなのだから、心苦しくて仕方がないはずなのに。

 休憩している側でもちょっとしたやり取りがあった。
 ケーシスがサキに歩み寄る。
「おい、大魔導士」
「は、はい?」
 腰を下ろそうとするサキに、ケーシスが声を掛けた。声を掛けただけかと思ったが、ケーシスはサキの左腕を掴む。サキは苦痛に顔を歪ませていた。
「ひぁっ、つぅッ!!」
「診せろ」
「ど、どうして」
 サキの手首が赤く腫れている。ケーシスは魔石を落とした時点で気が付いたようだ。
「魔導士にとって、魔石はひとつでも命取りになる。魔法で自分に保険が利かねぇから、モロに自分の体力を削るだろ? そんな物、そう落さねぇ」
「た、大した怪我じゃ……」
「ほれ」
「うっ! 痛いです。ごめんなさい!!」
 サキは手首を掴まれ、痛そうだ。ケーシスがいたぶっているように見えて、おとなしく休んでいたはずのローズが手を貸した。サキは手を捻った程度で助かったようだ。指はきちんと動くし、骨にひびは入っていない様子だ。今さらだが、ここに医者が三人もいるというのが異常かもしれない。
 サキの左手首にはひんやりとする湿布が張られ、包帯まで丁寧に巻かれた。少し痛々しく見える。サキは気を落としていた。
「自業自得です」
 ケーシスは落ち込んでいるサキに優しい言葉をかけた。
「ま、咄嗟に出た受け身にしちゃ、八十点ってところじゃねぇのか? しょうがねぇだろ。お前はよくやっていると思うぞ」
 サキは自身を責めていた。反省すべき点はそれだけではない。もともと自分が落ちたせいで足並みが乱れた。ミティアに注意を促すために身を乗り出したのに、逆に自分が悪いお手本になった。とんだ失態だ。サキもまた、ジェフリー同様に自己嫌悪に苛まれていた。
 せっかくケーシスが励ましの言葉をかけているのに、サキは不満そうだ。
「大したモンだな。満足してないって顔しやがって」
「おじさんがいなかったら、僕は正体不明の獣に襲われて、大怪我をしていたかもしれません。でも、もっといい立ち回りがしたかった」
 どうも気持ちが沈みがちだ。それはミティアが欠けてしまったせいかもしれない。
 誰も言葉にはしなかったが、太陽のような存在であるミティアの不在には落ち込んでしまう。
 ケーシスは誰に言うわけでもなく、独り言のように言う。
「あの姉ちゃんは無事だろうけど、白狼がここでしゃしゃり出て来るのはまぁ、そうだな、出番が早い気がするけどよ」
 クディフの話になって、ローズが唇を噛み締める。彼女の表情は秘密主義のアリューン神族とはかけ離れている。
「あいつ、やっぱりストーカーじゃねぇのか? 絶対楽しんでいやがるだろ」
 ケーシスは独り言が大きくなり、呆れながらわざとらしく言った。そして独り言かと思いきや、言葉がローズへ向いていた。
「案外、ずっと関わって来るのは、お前がいるせいだったりしてな?」
「えっ?」
 ローズに嫌らしくもねちっこい言い方をしている。
 ローズは小難しい表情で考え込む。今までそんな考えを持ったことはなかった。たびたび助けてくれるのはなぜだろうとは何度も思ったのだが、ミティアやジェフリーを気に入っていただけではなかったのだろうか。
「その話、ちょっといいかい?」
 何も知らないハーターがついに口を挟んで来た。だいたいの見当はついているらしく、話の内容は確認であった。
「ローズのその表情からして、その助力をしてくれた剣士は父さんなんだよね?」
「オニーチャン……」
 言えば混乱を招くだろう。ローズは気を遣っているつもりだった。ジェフリーが言わなかったのもそうだが、話の複雑化と情報の混乱を避けるためだ。
 ハーターは拳を作って震わせている。さすがに話の流れから自分の立場を理解したようだ。
「もう隠さないでもらいたい。いつまでも、僕だけが蚊帳の外でいるのは堪らないよ」
 それでもローズは首を振っている。代わりにケーシスが答えた。
「センコーはまだまだガキだな。みんな気を遣ってくれているんだよ。私情を挟んでると今に死ぬぞ。今のクソ白狼が何を企んでいるかは知らねぇが、少なくともセンコーは眼中にないだろうな」
「あぁ、そうかもしれないね」
 ハーターはケーシスの挑発じみた煽りを受け流し、クディフに対する話にだけ噛み付いた。因縁があるというと正直このつながりも偶然なのかを疑う。
 ローズはあえて話さなかった理由を告げた。
「オニーチャンはあまり仲良くなかったし、よく思っていなかったデス」
「まさかこんな所で父さんと縁があるなんてね。別に今さら怒らないよ」
 この場には皆もいる。ハーターは私的な感情を抑え込んだ。実際にクディフに会ったら、恨みの言葉くらいは吐くかもしれない。子どもではないのだから、ここでぶつくさと言ってはいけない。
 取り乱してもいい気分はしないだろう。むしろ、ここで吐き捨てて、皆の士気を下げる方がこの先まずいはずだ。ハーターは父親が関わっていることを、いったん納得はした。納得することにした。だいぶ渋い表情をしながらではあったが。

 コーディは休憩に食べ物を配っていた。
「食べる?」
 サキに飴を差し出した。コーディの横ではキッドがすでにもぐもぐと口に含ませている。白地にミントの絵柄から、開けなくても味は想像できた。
「ありがとう。いただこうかな」
 サキはくるくるとねじられた包み紙を開け、そのまま口に含む。つーんと鼻から突き抜ける感覚に目が覚める。少し冷たさを感じたくらいだ。
「うーん!! 目が覚めたよ」
 口を開けてミントによる香りまで身に沁みさせる。サキは目を閉じて大きく息を吸った。座っているせいで、全身に巡らせているようにも思える。
 サキの隣にキッドが座る。そのまま話しかけた。
「あんた、一番疲れてない?」
「姉さんこそ」
 キッドに心配されるなんて心外だ。キッドは前衛を駆け抜けていたのだから、動きが激しかったはず。
「あたしは目が疲れたくらいかしら。ミント飴、スッキリするからだろうけど、目の疲れだけじゃなくて、高所恐怖症も少しだけ忘れられるわ」
 キッドが放つ言葉には後悔が見え隠れしている。案の定、言ってから視線が泳いだ。大きく深いため息をついて肩を落としている。
「ホント、あたしがもたついていたせいで。もう少し余裕ができたはずなのに」
 飴を配っていたコーディが舞い戻った。キッドの言葉に反応している。
「やめようよ、キッドお姉ちゃん。私だってそんなに高くないと思って、先にミティアお姉ちゃんと下りちゃったのがいけなかった。一緒にだったら怖くなかったよね?」
 キッドは激しく首を振った。ミティアと一緒だったら大丈夫だった保証はない。もしかしたら、彼女に迷惑を掛けて下に明かりが行かず、竜次が危険だったかもしれない。
 軽く言い合いが起きる。そのもたついてしまった話なら、竜次も黙ってはいない。
「私が担げばよかったですね」
 竜次が自分を責めるのなら、ジェフリーも黙っているわけにはいかない。
「その重たいカバンと剣と銃、それでキッドも? あの高さから下りて兄貴が何もできなくなるじゃないか。餌食になってもらっちゃ困る」
 兄弟も休憩に加わった。反省の言葉を述べるも、失った太陽に代わるものはない。
「八つ当たりなら俺が受ける。指示出しを怠った。判断を誤った。俺が悪い」
 リーダーであるジェフリーがいくら頑張ろうとも、ミティアのように、皆の中心にはなれない。励ますこともフォローすることも限界はある。ならばせめて、不満や後悔を自分が受けると申し出た。疲労もそうだが、ミティアがいないことが引っ掛かって仕方がない。士気はどんどん下がる。
 しんみりとした空気。それをいい意味でぶち壊したのはケーシスだった。
「ぶわーーーーーか」
 見下すような態度もケーシスなら許される行為。ジェフリーを指さしながら、ずいずいと迫った。
「てめぇがウジウジしても何も始まらねぇの。過ぎちまったんだからもう事故。誰も死んでないだけ儲けたモンだ。わかったら、姉ちゃんのこたぁは助っ人に任せて、自分の仕事をきっちりやれ。それとも友だちを見殺しにすんのか、あぁっ!?」
 四角い眼鏡と無精髭、目つきも悪い。ガラの悪い父親だ。だが、どうしてこんなにいいことを言ってくれるのだろう。ジェフリーは鼻先に指が付き付けられていた。
「どうせ、姉ちゃんの代わりなんて誰にもできねぇ。てめぇが一番わかってんだろうけどよ? 俺の息子は俺と違って、もっとしっかりしていると思っていたんだがなぁ」
 ケーシスの言っていることは何も間違っていない。間違っていないからこそ、ジェフリーは悔しかった。悔しくて、叱ってもらえたことがうれしかった。目頭が熱いがこれを堪え、皆に向き直った。誰もジェフリーを責める者などいない。
「少しは頭を冷やせ。そこまで馬鹿じゃねぇよなぁ?」
 ケーシスはまた言うだけ言ってそっぽを向いた。だが、ジェフリーだって言われっぱなしで黙っているわけにはいかない。この助言をもっと生かしてほしいと思ったからだ。
「親父!!」
「あぁッ? 何だ、急に?」
「これからの進み方について、親父も意見を出してほしい。一緒に行動をしているんだから、今は親父だって大切な仲間のはずだろ?」
 近付いては離れていくケーシス。ジェフリーはあえてつなぎ止めようというのだ。
 当然だが、ケーシスにはそんな馴れ合いのつもりはない。
「俺を頼ってもいいこたぁねぇぞ?!」
「お願いだ。みんなが生き残るための知恵を貸してほしい」
「は、はぁ!? 狂ったか?」
「何と言われようとかまわない。俺は真剣に言ってる!!」
 ジェフリーはケーシスに頭を下げている。自然と竜次もつられた。
「私からもお願いします!!」
「兄貴?」
 竜次が頭を下げると一気に安っぽくなる。性格か、人柄のせいか、どちらでもあるだろうが、一応は追撃になった。ケーシスは観念するように頭のうしろをかきむしる。
「何だよ。俺はお前たちの面倒をろくすっぽ見ず、あろうことかお前たちの母親だって死に追いやった。ローズと道も外した。あの姉ちゃんの命だって……俺は人として最低の道しか歩んでいないのに、どう考えても俺は悪人だろう? そんな奴に頼るなんて、間違ってるとは思わねぇのか!?」
 うれしいかもしれないが、やはり素直に受け入れられない。ケーシスにもプライドがあった。とても邪魔なプライドだ。
 ハーターが親子のやり取りを見て、感銘を受けている。
「ぼくが言っても説得力はないかもしれないけど、ケーシスさんは、悪人だろうが人の道を外れていようがこの子たちの『親』じゃないか。子どもに頼ってもらえるなんて、うれしいとは思わないのかい?」 
 長生きしているからこそ、忘れてしまった感情だ。二人を見て、目が覚めた。だから援護するように話しに入った。
 ケーシスは嫌な顔をしていない。どちらかと言うと少しもの悲しい表情だ。自分の子どもからこんなに頼りにされているとは思わなかった。今からでも遅くはないだろうか。そして失ったりしないだろうか。業を背負って死ぬつもりだったのに。人の温かさに触れて、楽しみが増えて、どうして今さらなのだろうか。
 ローズがケーシスに答えを迫る。
「ケーシス?」
 ケーシスはそれでも背中を向けた。ところが、差し出された手を突っ撥ねるわけではないらしい。背中を向けたままその場に座った。
「喋ってばかりじゃなくて、もう十分延長だ。休憩もいいが、道具の残量や補充も怠るなよ」
 ランタンの光と石床、生い茂った緑、少し戻れば空が見える。もちろん戻る選択肢はない。
 ケーシスはあえて休憩を選んだ。補充や魔石の残量の確認を促す。それは建前で、本当は心の整理がしたかった。まだ、差し伸べられた手を素直に取ることができない。誰もいなかったら、謝りながら泣いていたかもしれない。

 休憩の延長となり、サキはカバンから水を取り出そうとする。ついでに魔石の残量を確認しようとしていた。そこで気が付いた。カバンの中にショコラはいるのだが、圭馬がいない。
「えっ、あっ!!」
「のぉん?」 
「ショコラさん、圭馬さんは?」
 落ち込みつつある中でアダルトなネタや、小言をぼやくやかましい圭馬がいない。静かだと思ったが、本当にいない。
 コーディは覚えていたらしく、軽く手を叩いた。
「あ、ミティアお姉ちゃんが抱っこしてなかった?」
 連鎖するように皆も思い出した。これにサキは立ち上がり、杖を八の字に揺らしながら詠唱する。
「ミティアさんの剣!! 圭馬さんッ!!」
 連続で物探しの魔法を放つ。果たして圭馬は物として見なされるのかは謎だが、二つの光は同じ方向へ消えた。下ではなく、船の方角だ。ミティアと圭馬は一緒にいる確率が高い。そして圭馬は物として見なすことができた。
 光を追って見ていた竜次も、心配が薄まったようだ。何となくだが、気持ちが上向いたようだ。
「んー、ウサギさんが一緒でしたら、なおのこと大丈夫かもしれませんね」
 心配が薄まったのはジェフリーも同じだった。信頼のできる賢人だからだ。
「口が悪いが、知恵を貸してくれる。そうなるとミティアは大丈夫かもしれない。だけど、サキが『奥の手』を使いづらくなったかもしれないな」
 ジェフリーはここでサキの心配を口にした。『奥の手』とは魔力解放を指す。サポートならショコラもいるのだが戦力というよりは、技の引き出しが減ったと言っていい。あとは、やかましさがなくなったくらいだろうか。
 キッドもサキの心配をしていた。
「ま、安心しなさい。あたしやみんなで、あんたが変に頑張らなくてもいいようにするつもりではいるから」
「は、はい。そうですね」
 サキ本人はさほど気にしていない様子だ。カバンが軽かったことには驚いたが、かえって動きやすいかもしれない。
 ショコラはサキに契約者としての特性を話す。
「契約を交わしているのだから、テレパシーのように念じて呼び出せば、無理に引き戻すこともできなくはないのぉん」
 魔導士と契約者。その特性をサキも心得てはいる。だがあえてその手を使わない選択肢もある。
「でも、ミティアさんと一緒にいる可能性が高いのですから、いい導きをしてくれると思います。それならそれで、もしかしたらいい方へ転ぶかもしれません。あの剣士さんをどう思っているかはわかりませんけれど」
 思ったより状況はいい。あとはこちらの状況を立て直すだけだ。
 キッドは明るく振る舞った。
「早くミティアを安心させてあげたいわね」
 立ち直りが早いのは珍しい。いや、過去を振り返らない主義がキッドなのだから、立ち直りではなく切り替えなのかもしれない。
 キッドを見習ってサキも明るい表情だ。
「僕、ウジウジするの、やめます。ここで落ち込んでいること、悲しんでいること、ミティアさんはきっと望んでいません。明るい再会を望んでいると思います」
 ミティアは落ち込むことは望んでいないだろう。

 
 ミティアはクディフと再び都市の内部に突入し、道を探していた。
「はぁはぁっ」
 ミティアの足が速いはずだが、クディフの方が格段に早い。彼のスピードには追い付くのがやっとである。そしてミティアは、圭馬の助言でフェアリーライトを習得していた。
 ミティアの守護属性から、相性がいい魔法はガンガン教えていきたいという圭馬の考えだ。暗がりでも目の利くクディフはともかく、ミティアが肉眼で追い付くには無理があった。
 フェアリーライトを初めて見たときは可愛らしいと言っていた光の魔法だが、少し教えればミティアにも使うことができた。ただ、彼女は衰退というリスクを背負っている。長時間魔法を使い続けるのは危険ゆえに、クディフも早く彼女をエスコートするつもりだった。
 今走っているのは二階だ。知っている道のはずなのに、ミティアは違和感を抱いた。
「こんな道、あったかな?」
 クディフが荒業で石の都市を抜けると言い出し、違う橋を目指していた。石板には記されてはいなかったのだが、外から確認ができた。望みは薄いし、もしかしたら罠という可能性もあるが一つの選択肢として目指すことに同意した。どうせ道は限られている。
 進みながら圭馬も異変を察知していた。前と何かが違う。知恵を絞る。
「ねぇ、お姉ちゃん? さっきと風が流れている方向が違うね」
「圭馬さんもおかしいと思いますか?」
「うーん、そうだね。崩れたせいかもしれないけれど、違和感があるね」
 走りながら話をする。クディフは何の話をしているのか気になった。
「何を話しているのだ?」
「さっきと道が違うって話していたんです」
 聞いたクディフは突然立ち止まった。ミティアはクディフの背中に激突し、マントに埋もれる。
「へぁぶっ!!」
 情けない声でミティアの可愛らしさが激減した。フェアリーライトを消しそうになって持ち直す。
 眉間にたくさんのしわを寄せたクディフが、心許ない光で見えたので恐怖を感じた。
「地形が変動しているとでも?」
 クディフも進みながら違和感を覚えたようだ。圭馬が受け答えた。
「その可能性は否定できないね。だって、みんな通った道には時計があったもん。こんなに走ったのに見えなかったし」
 謎の解明には圭馬も参加した。彼が一緒で本当に助かった。ミティアも考えが及ばない。人が多ければ気付く点が多い。前髪を整えながら、ミティアも疑問に思っていた。
「みんなが渡った、落ちた橋とかどうなっているんだろうね?」
 初見で、事前の情報も地形によるものだけで仕掛けなどわからない。この都市はわからないことが多すぎる。ゆえに、推測しか立てられないのも事実。
「都合よく消えてくれるか、下の世界に落ちて大渦に……」
 言い掛けて圭馬はハッとした。耳を立ててミティアを見上げる。
「光の柱のせいで天空都市が目覚めたって考えたらどうだろう?」
「どういうことですか?」
 圭馬のお得意が始まるのかと思ったが、いつものような勢いがない。慎重な姿勢だ。
「眠っていた都市を目覚めさせた人は大体予想がつくんじゃない?」
「それって、まさか」
 ミティアの中でも嫌な予感がした。思い当たる人物が一人いるからだ。
「兄さんは、生きている、の?」
 背中に寒気が走る。死んだと認めなくてはいけない反面、生きていて真の目的を問う機会もまだある。ミティアはそんな自分がいて葛藤と板挟みの感情に苦しんだ。気持ちを察したのか、圭馬は彼女の腕の中で身を縮めた。
「まったく、お姉ちゃんは優しすぎるよ。本当は今まで散々苦しめられてきたんだから、もう関わりたくないでしょ?」
 圭馬はどちらかというとミティアの味方だ。だが、ミティアは心から人を憎むことができない。その点も理解をしている。だからこそ、その優しさを指摘した。
 ミティアを理解しているのは圭馬だけではない。クディフも無関係ではなかった。
「それが貴女であることには変わりない。皆はその優しさに惹かれ、知っている。今さら消そうと思って押し殺せるものではなかろう」
「やー、そうなんだろうけどさぁ?」
「俺と違って同行している時間が長いのではないか?」
「うー……突っかかるなぁ」
 圭馬とクディフが軽く言い合いになっている。ミティアにはそれすらも今はつらい。
「わたし、大丈夫です。兄さんが何をしようとしているのか、具体的にはわからない。でも、きっとよくないことだと思うから」
 声が震えている。今にも泣いてしまいそうだ。皆とも別れ、挫かれた思いを必死で抑え込んでいる。
 ミティアを放置して先に進むのかと思いきや、クディフは意外にも献身的だ。
「戯言と思ってかまわぬが、天空都市の女神という不確かな者を信じるくらいなら、器量のいい貴女を信じた方が為になる。少なくとも、俺はそう思う。そして、落ち込んでいる貴女を見るのは心が痛むな。励ませるような関係ではないのが悔やまれるが」
 この男、冷静を装っておきながら、ミティアへ顔を上げるように促している。
 ミティアは目を丸くして顔を上げる。その顔は驚きの一色だった。
「えっ、あっ? えぇ!?」
 意味を理解して今度は恥ずかしくなった。突然こんなことを言われて、驚かない方が無理だ。そして、そこまで言うかと恥ずかしくなる。
 間近で見るミティアの反応に、クディフは眺めるだけで面白いようだ。
「貴女は皆と歩むことを選んだ。そこからすでに分かれ道だった。何が正しかったのかはわからぬ。ともに歩んでいれば、俺も違っていたであろう。自分の私欲を満たすために貴女を傷付けることなど、もしかしたらできなかったのかもしれない」
 クディフは意味深なことを言う。あまりにも意味深なので、ミティアはクディフを『男性』として意識してしまった。もしかしたらその意味は合っているのかもしれない。
 頬を赤らめるミティア。ミティアを見て表情を和らげるクディフ。これを見て、圭馬がクディフにわざと突っかかり、嫌らしく言う。
「ねーえ? 何が言いたいの!?」
 ミティアもこの答えは気になった。フェアリーライトの明かりだけが照らす中、クディフのマントは漆黒の闇に消えそうだった。妙な演出だ。
「貴女が歩んだ物語には、いくつもの分かれ道があったはずだ。その選択に迷わず、歩んだ道に誇りを持つがいい」
 クディフは一行が羨ましかったのかもしれない。その気持ちに気が付いた今、圭馬は煽るように言う。
「わかりにくいんだけど、答えは何? 頭悪いボクにももっとわかるように!! そうだ、十五字文字以内で!!」
「運命など、初めからなかった」
「ヒューッ!!」
 圭馬はわかっていて囃し立てている。やかましいくらいに大きな声だ。
 ミティアはこのやり取りに対して声を立てないように小さく笑っていた。明るく優しい笑顔に圭馬もクディフも癒されている。
 ずっと暗躍していたクディフにとって、ミティアの存在は眩しいと感じていた。一行は彼女の不在を嘆いているだろう。一緒に歩んでいたらもっと優しく素直になれたかもしれない。これも、彼女の選んだ道なのだ。きっと悪い方へは転ばない。
 クディフはかつて愛した人を思い出した。神族にはない力強さを教えてくれたのがその人だ。一緒に老いて命を終えたいと何度思っただろう。
 あのとき、炎獄の中からミティアを救い出した際に怪我を負っていなければ、ジェフリーに託さなければ、ミティアに進む道を選択させなければ、セティに会いたいと思わなければ。自分はもっと違っていたはずだ。クディフはこの巡り合わせを複雑に思った。だから今があると切り替える。
「休憩は済んだか?」
「は、はい。いつでもどうぞ!!」
 休憩だったのかとミティアは背筋を伸ばした。走ったが、彼女はそこまでひ弱ではない。立ったまま足を休めただけだったが、それ以上のものを得た気がする。目に見えない気持ちか、意志か、聞きたくてもそう聞けるものではなかった。

 道が変わっているのかもしれないと気になる疑惑もあり、足早に道を進んだ。気のせいではなく、道が変化している。圭馬もミティアも記憶にない道と、壊したはずの道に食い違いがあるのを確認し、進みながら状況を整理する。
「やっぱり道が変わっていますよね?」
「今からボクたちが行こうとしている道も、時間が経ったらまた変わってしまうかもしれないね?」
「あっ!! そ、そうだね。急いだ方がいいかな」
 先まで考えていなかった。また道が変わったら厄介だ。クディフも焦りを感じたのか、さらに速さが増した。進みながら石板を探す。地形が変わっているせいなのかもしれないが道が険しさを増している。とてもではないが、探せる地形をしていない。
 足場は凸凹が激しく、坂が多い。こんな傾斜はなかったはずだ。ミティアは何度も足を踏み外しそうになり、そのたびにクディフを気にしていた。
「はぁっ、どうしてこんなに坂ばかりなの?」
 少し先を行くクディフも足を止めてミティアを待った。
 街の外から眺めてもこの道はおかしい。だが他に道らしいものはない。
「もう少しで開けた場所だ。つらいのなら、抱き上げてもいいのだが?」
 腕を組んで振り返る。銀の髪がやはり緊迫したこの状況に似合わない変な演出だ。
 一瞬ドキッとする発言をされたような気がするものの、ミティアは一応断ってフェアリーライトを招き、周囲を確認する。
 石床、石壁、そして狭い道だ。不思議と視界はいい。空気も澱んではいない。ただ、進行方向から向かい風を感じていた。おそらくこの先は外だ。大きく深呼吸をし、整えてからミティアは頷いた。
「大丈夫です。行けます!!」
 ミティアは圭馬にも声を掛ける。
「いざとなったら、頼りにするね?」
「任せてよ!!」
 一人だったら、この先うまく立ち回れるかわからない。ミティアは圭馬が一緒でよかったと思った。こんなに圭馬を頼ったことはない。だが、もっと親しくなる機会になったかもしれない。
 先に進むと風が和らいだ。開けた場所に出た。
 先を行くクディフが立ち止まった。ミティアも彼の背中から覗き見ているがどうも様子がおかしい。
「クディフさん?」
「気を付けろ」
 クディフが言うと、冗談に聞こえない。走る緊張、風の流れが変わった。見える範囲に外へ通じる道が見えるのに、その前を立ち塞がる影が見えた。逆光、いや、外は夜だ。影の正体は門のような柱かと思ったくらいだ。
 ミティアの足元で圭馬が毛を逆立てている。
「へぇ、こういうのって、おとぎ話の中や魔界だけじゃないんだね」
 赤い目を光らせている石像だ。しかもドラゴンのような羽が生えている。それが二体見える。
「ガーゴイルってヤツぅ? 案外ボスがいるってことは、こっちの道は正解で、近道なんじゃない?」
「もしくは単に招かれざる者を排除したいか」
「だぁーもぉっ!! うしろ向き発言禁止!! わかったら排除!! 倒すのッ!! 助けに来たんでしょ?! 強いんでしょ!? なら、こんなの楽勝だよねぇ!?」
「あちらは二体、こちらは三人。ならば、な?」
「むっきーっ!! ボクも働けって言うのぉ!?」
 圭馬がまたもクディフと言い合いになっている。もしかしたら仲良しになれるかもしれないなど、淡い期待を胸にしながらミティアは細身の剣を抜いた。この細い剣が撒けないか心配だ。
「わたしも戦います!!」
「期待していいのだな?」
 クディフもさすがに二体の相手は分が悪いと感じていた。正直、一人でもやり過ごせるだろうが、今回はミティアも一緒だ。だが、正直、一緒に戦うのを楽しみにしている自分がいるのに気が付いた。クディフはミティアに意見をうかがう。
「どちらがいい? 右か左か選ばせてやろう」
 ミティアは目を丸くし、困惑しながら答えた。
「えっ、じゃ、じゃあ、わたしは先に飛んだ方で!!」
 ここでもクディフから選択した与えられるなんて思いもしなかった。
 圭馬はこのやり取りに疑問を持った。
「ねぇ、時間ないのに楽しんでなーい?」
「そ、そんなこと、ないよ!?」
 茶番だと言いたいようだ。ミティアが言い訳をしようとすると、二匹は同時に飛び立った。ミティアは先に飛び立った方を選ぶつもりが、予定が狂った。
「えぇっ、あっ!!」
 ミティアは慌てているが、クディフは先に仕掛けた。彼が向かったのは左。左利きだからだろうか。
 ミティアも踏み込もうとする。圭馬は肩に乗って助言をした。
「お姉ちゃんは行動が早いから足を引っ張ることはないと思うよ。最悪、あのおじさんの邪魔をしなければ大丈夫な気がするけど」
「圭馬さん、わたしにもひどいことを言うようになったんですか?」
「違うよ。相手は石だ。お姉ちゃんの剣は不利すぎる」
 言われた直後、ミティアは初手で自分の腕が負けそうになって弾かれた。硬い石に細い剣は不利だ。
 クディフも同じ状況だった。彼の刀もそう丈夫なものではない。竜次のように剣を砕くような剣戟が放てたら流れは変わるだろうが。
 石のくせに動きが早く、攻撃も一撃が重い。その一方で空を飛ぶせいか、こちらの攻撃は簡単にかわされてしまう。
 ミティアは適度に合間を取りつつ、仕掛ける機会をうかがっていた。
「逃げちゃダメだよね」
「ボクはそれもいいと思ったけど、この先無理して進んで、万が一挟み撃ちになったらマズイかなって」
 圭馬は少し先のことも考えていた。ミティアは焦るあまり、そこまでは思いつかなかった。彼が一緒で本当に助かった。そう、案はまだ提示される。
「レンタル契約も魔力供給も、お姉ちゃんの体が持つかわからないけど、一応ボクとできるからね?」
「…………」
 引き出しはまだある、という意味だった。フェアリーライトは継続中、今もミティアの魔力はジリジリと削られている。加えて険しい道による疲労だってあるだろう。ただでさえ中身のない彼女にこれ以上の負担はハイリスクだ。
 ミティアは極力自分の体を大切にしたいと思っていた。もちろんこの場を突破したい思いはある。今のところ戦略が思いつかないのが悩ましい。ミティアは考え込んでいるところを急加速の一撃に襲われた。
 何とか受け止め持ち堪えたが、一撃の重みを支えきれない。圭馬が思わず叫んだ。
「お姉ちゃん!!」
「だ、だめ!!」
 相手が悪すぎる。対人や対動物よりは罪悪感がないものの強い。剣は弾き返され、疾風とともにガーゴイルが抜けた。
 剣が早くも刃こぼれしている。ミティアは間合いを取り、ポーチに手を忍ばせた。
「圭馬さん、今から打破できそうな魔法を教えてください。わたし、頑張りますから!」
 ミティアは、契約や魔力解放を伏せて自分の力で押し崩す選択をした。選択肢がある中、彼女は負ける気がないと強い意志を示す。
 ミティアにその気があるのならと、圭馬も協力する姿勢だ。早く皆と合流したい思いは彼も一緒だった。
「ボクそういうの大好き。いいよ、やろうか!」
 戦況はこちらが不利だ。それでも、戦う心を挫かれたわけではない。
 攻撃をかわしながら、クディフはミティアを気にしていた。人間の持つ心は強い。忘れてしまっていた『希望』を思い出した。


 休憩を終えて先に進むことへ。ランタンの油を補充し、手持ちの残量を確認する。これで準備は大丈夫なはずだ。
 まずはこの第二の都市らしき場所に、事前情報がないかを探ってみる。
 サキが再びフェアリーライトを放ち、植物に覆われた外壁を調べようとする。すると、ケーシスがサキの肩を叩いた。
「変わってやるよ。少しは温存しておけ」
 ケーシスはサキに魔法を消すように言う。手を捻ったせいもあるかもしれないが、心配されているとサキは申し訳ない気持ちになった。
「おじさん? そ、そうですね。すみませ……ひぅっ!!」
 ケーシスは手を肩から頭に移動させた。そのまま頭を押し潰すような勢いで言う。
「俺は謝ってほしかぁねぇぞ!?」
「あ、ありがとうございます!!」
 サキはケーシスから可愛がられていると、何となく受け止められた。親友の息子だから、なのかもしれない。気持ちを受け取らないとケーシスに悪い気がした。
 サキは杖をループタイにしまい、手ぶらで探索に参加した。こんなことは最近では珍しい。少し違う立ち回りをしてみようと模索していた。
 退路である橋はない。ここは屋内だ。入口のようなものは通った。中は植物に覆われた石の壁だ。朽ちているわけではなく、青々としている。床も石造りで、やや空気は重く黴臭い。植物のせいなのか、それとも湿気が籠っているのかは不確定だ。
「ないデスネ?」
「そうだね、これだけの広さなら案内くらいあってもいいのに」
 ローズとハーターはセットになって動いていた。ハーターは予備に持っていた懐中電灯を出している。確かに乱用は節約にはならないし、この先どうなるかわからない。ただ、ミティアが欠けたことで兄妹も動き方を変えようとしていた。
 皮肉なものだ。ミティアがいないせいで奮起している。
 探索を行って何も発見できないわけではなかった。別のグループである竜次とキッドが何か見付けたようだ。
「竜次さん、あの幹の先、進めそうですね」
「あぁっ、クレアったらまた先に行かないで」
「っとと……」
 相変わらず目がいいのが光るキッド。先走りそうになって、竜次に止められた。足並みが揃わないのは困る。
 竜次は心配ゆえに苦言を呈す。
「焦る気持ちはわかります。でも、あなたにまた、もしものことがあったら……」
「そっか。そうですね。ごめんなさい」
「わかってくれてありがとう」
 心配性だと払うこともできた。だがキッドは、もう少し素直に言うことを聞こうと心掛ける。心配してくれるのはありがたいと思わなくては。竜次には、今までも散々心配をさせている。役に立ちたい思いと、両立が難しかった。
 どこから奥に入ればいいだろうかと探索は続く。いまだに内部に入れないのがそろそろもどかしい。
 痺れを切らしたケーシスが大粒の魔石をちらつかせている。色は緑色だ。
「こう生い茂っちゃ進むのも一苦労だな。いっちょ、バッサリやってみるか」
 ケーシスがどんな魔法を得意としているのかは興味がある。サキは彼がどんな魔法を使い、切り抜けようとするのかを静観していた。その熱い視線に気が付く。
「お前さんより優れてねぇから安心しろ」
「いえ、勉強になります。僕は外の世界での場数が少ないので」
「勉強熱心なことで……」
 詠唱でも始めるのかと思いきや、ケーシスは魔石を握った手を前に突き出す。コイントスをするように、親指で魔石が弾かれた。突風が吹き、真空の刃が茂った植物を削いでいた。建物の床を抉っている。まるで馬車が通った轍のような道が開かれた。
 サキは息を飲んだ。ケーシスが放った魔法は、教科書に載っているような単純で簡単な魔法ではない。もっとアレンジを加えた合成魔法だ。
 削がれ、切り開かれた道にローズも関心を持っている。
「あれま、すごいデス」
 一気に道が開けたことには皆が驚いた。なぜなら開けた道の奥は小川がいくつもあり、潤っていたからだ。これには誰もが驚いた。
 キッドだけ、竜次を見ている。竜次は水があることに過敏な反応を示した。
「こ、これくらいは大丈夫ですよっ! 浸るような深さでなければ!!」
 竜次はキッドと種類は違うが、重度の恐怖症を持っている。一行の調子を狂わせるようなことにならなければいいのだが。
 進めそうなことを確認し、ハーターがジェフリーに確認をする。
「で、同じ陣形でいいのかい、切込み包丁クン?」
 ジェフリーを特徴的なあだ名で呼ぶ。ケーシスはその点が気になった。
「何だぁ? そのあだ名……」
 ケーシスはこの呼ばれ方に首を傾げた。息子の細かいことまでは知らないからだ。どちらかというと興味はある。だが、ハーターしかそう呼んではいない。
 ジェフリーはどちらの質問に答えようか迷った。だが、皆の顔を眺めて一応確認する。きっと長らく気にしているのは『あだ名』だろうが、ジェフリーはその件に関しては自分から答えようとしない。
「大体同じでいいと思うけど、今度はサキが俺の近くまで下がった方がいい気がする」
 ジェフリーは意図的にサキを休ませようとしている。圭馬が欠けている、体力面の心配、それもそうなのだが、彼がいなくなっては一番困ると考えていたからだ。もちろんこの中で欠けていい人なんていない。知らないうちに優先順位を付けていることに、自己嫌悪もあった。
 サキが下がることになった。それを聞いたコーディは嫌らしい笑みを浮かべている。
「ふーん、サキがそうなら、私が前で活躍しちゃおうかな」
 コーディが笑みを浮かべながら前に出ようとするが、ジェフリーはこれを止めた。
「コーディは前に出ないでほしい。いい作家なら、一歩引いた視点からでもいいもの書けるだろうな?」
 サキにいい所を見せようと背伸びをする傾向があることは知っている。知っていて、作家ならと煽ててみたが、これにはいい反応を示した。ジェフリーも、コーディの勝手がわかって来た。
 進むにあたって大きい変化は、サキとケーシスが入れ替わったくらいだ。ケーシスはサキやジェフリーと話したい様子だったが、気休めにハーターと会話を交わす。
「なぁ、センコーってジェフリーのクラス担当だったのか?」
 いきなり世間話を振られ、ハーターはびくりと反応した。
「唐突な質問にびっくりだよ。どうしたんだい、ケーシスさん!?」
 つまり、今は話せるくらいの余裕はある。ケーシスの感覚が正しければの話だが、少なくとも見える範囲で危険はない。何かいる気配もなく、見通しの悪い道でもない。
 質問に対し質問で返され、ケーシスは機嫌を損ねる。せっかくケーシスと話せる機会だというのにもったいないと、ローズがハーターに肘で小突いた。
「あ、あぁ、ご、ごめんよ。ぼくは実技と生徒指導の先生だったから、彼の担当ではなかったけど、沙蘭の子が強くなりたいって意志を持って来たって話はすぐに耳に入ったよ。それが彼だったのさ」
「へぇ……」
 期待する答えではなかったが、ケーシスは機嫌をよくしている。
 ハーターは水辺に警戒している竜次を尻目に続けた。
「ぼくも初めはお兄さんの方かと思ったよ。本格的に剣術を学ぶ姿勢のもと、短期ではない入学かと思ったくらいだ。強いって聞いていたから、てっきりそうだと、ね」
「強くなりたい、か」
 ケーシスがぽつりと呟くその言葉が妙に気になる。
 ハーターはその小難しい表情が気になった。
「ケーシスさんは自分の子どもにあまり興味がないのかと思っていた」
「あぁ!?」
「いや、何でもない」
 ケーシスの気質は浮き沈みが激しく、話しづらいのが正直なところ。ハーターは無難な話がなかなか切り出せない。気の利いた話が振れたらよかったのだが、生憎ネタが限られるし、仕事に触れやすい。
「別に興味がないわけじゃねぇよ。あほくせぇ」
 気まずくなったのか、ケーシスは少し先を歩いた。つれない人だ。先頭の竜次とキッドに合流する。
 ハーターは肩を落として落ち込んだ。ローズに呆れられている。
「話がヘタデス」
「彼と気が合うローズの方がわからないよ」
 ローズに手厳しい指摘を受けてしまった。ハーターはため息をついた。ハーターは懐中電灯を取り出し、足元を照らす。すぐ、異常に気が付いた。石床を植物が動いているのが見えた。
「まずい!! みんな、走るんだッ!!」
 ハーターが前にもうしろにも聞こえるように叫んだ。だが、遅かった。
「……あぅッ!!」
 一番に足を引っ張られたのはほぼ最後尾のサキだった。ハーターが一瞬振り返るも、サキと行動をともしていたジェフリーが助けに入っている。
「先に行ってくれ!!」
 ジェフリーの足にも蔦が絡んでいる。つまり、二人は遅れを取る形になった。植物の蔦は、意図的にジェフリーとサキを狙っているかのようだ。だが、気のせいかもしれない。助けようとすれば皆も巻き込まれてしまうかもしれない。
 もたつくハーターにローズが注意をする。
「オニーチャン!」
「あぁっもぉっ、予定外過ぎる!」
 疾走する勢いだ。だが、ローズとハーターも足を取られた。ケーシスが削いだ植物が再生をしている。
 先頭を行く四人は広場まで抜けた。抜けたが、うしろが来ないまま植物が生い茂った。まるで植物が意思を持っているかのように、分厚く茂り道が閉ざされる。
 先頭だったお陰で足が遅い竜次が助かった。
「えっ、ジェフたちは!?」
 振り返って、退路が絶たれ、四人しかいないことに絶望する。この場にいるのは、竜次とキッド、コーディ、ケーシスだ。
 一番声の大きいケーシスが大袈裟な反応をした。
「おいおい、こりゃマズイんじゃねぇのか?」
 フェアリーライトを手繰り寄せ、ケーシスが茂ってしまった道に再び魔法で削ろうと手を回したときだった。フェアリーライトに反射して刃が見え、ケーシスが体制を低く構えた。左手を刃がかすめる。ケーシスと間合いを詰めようとする早い影、茶色いマント、緑を帯びた金髪、赤い編み込みのヘアバンド。肩からは矢筒と弓、右手には血を纏った小太刀が握られている。
「さすがの俺も、これはかわせなかった。どういうつもりだ、姉ちゃん? とんだ不意打ちだな」
 ケーシスは構えを緩めた。向かい合っているのはキッドだ。コーディも竜次もキッドの様子がおかしいと気が付いた。
「キッドお姉ちゃん?」
「クレア、何を?」
 ケーシスはもっと嫌なことに気が付いた。左手の血を払ってフェアリーライトを泳がせる。負った傷自体は大したものではない。
 小太刀を構えるキッドの首には、首輪のようなものが光って見えた。
 キッドは激しく首を振って否定した。
「ち、違うの! あ、あたし……」
 不本意な行動。これは自分の意思ではないとキッドは訴える。この首輪は魔法だ。ケーシスは感覚を研ぎ澄ませながら言う。
「趣味の悪い魔法だな。いい加減、出て来いよ!!」
 ケーシスの言葉に竜次は困惑した。
「お父様、どういうことですか?」
「竜次、『大ボス』の登場だ。腹を括れッ!!」
 ケーシスが注意を促すと、足音が響いた。自分たちの誰でもない、第三者の足音。その正体はケーシスが『大ボス』と称するに値する人物だった。
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