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【3‐6】一致団結
いみじくも
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一瞬の判断がものを言う状況。司令塔であるジェフリーは、この場ですぐに動ける人を把握する。
「博士はコーディと一緒に兄貴たちを助けに行ってくれ。コーディ、その怪我でも飛べるなら、兄貴とキッドはそう遠くない場所にいるはずだよな」
「多少なら無理をしても大丈夫。ジェフリーお兄ちゃん、私のこと、わかってるね!」
コーディは調子よく答えた。彼女は神族の混血だ。怪我の回復が早い。そして、思い出したように、ルッシェナの情報を言った。
「あいつの裏にはこの都市の女神さまがいて、その女神が本当の大ボス。でも、この変態は仕方なく従っていたみたいだよ。その言動も不思議だけど、行動もおかしかった。まるで反旗を翻すことを考えていたみたい。ドラゴンブラッドの媒体をほしがっていたもの」
コーディが言った情報は確かだろう。ジェフリーは深く頷き、もう一度コーディに頼んだ。
「ありがとう。兄貴とキッドを頼んだ」
ジェフリーの判断は、ここで仲間の分散だった。まずはコーディとローズは先に向かわせる。
まさかの戦線離脱にローズはひどく動揺した。
「ムムッ!? うぅむデス」
ジェフリーの考えは、適材に任せる。コーディは竜次たちの場所を知っている。ローズは怪我の手当てとフォローができるはずだ。特に、竜次を叱咤できる人は限られる。そして、竜次の状況がわからないのが怖い。
指示を受け、コーディはローズの手を引く。ローズも渋々この場を離れた。
ジェフリーは次にミティアへ目を見ける。ばっちりと目が合った。
「ミティア、動けるよな?」
「う、うん。大丈夫」
ミティアの受け答えははっきりとしている。兄、ルッシェナを前に、動揺している様子もない。
ジェフリーはその隣にも目を向けた。
「あんたにも頼みたい……」
ジェフリーの指す『あんた』とはクディフだ。ミティアを庇いながら後退している。涼しい顔だが、目はジェフリーを捉えていた。どうも気を遣って話しづらい。ジェフリーがそう思っていると、クディフの方から歩み寄りを見せた。
「何をすればいい?」
「あ、あぁ……」
ジェフリーは困惑し、どうしても視線がミティアの方へ行ってしまった。クディフはそれを察する。
「彼女を守りつつ自由に動けばいいのだな?」
何とも言い難い。ジェフリーは困惑しながらも頷いた。おそらく、下手な指示よりは最適だろう。
ジェフリーはさっさと切り替え、次にハーターを見た。まだまだ動けそうだ。
「先生は援護を頼む。俺は仕掛けるのとサキの時間を稼ぐ」
「了解だよ。遊撃なら任せてくれ」
指示を出せるリーダーなのかはわからない。ジェフリーは自分を皆を信じ、彼もまた皆を信じて個々の力を見定めた。
ハーターはこの一行が本当に羨ましかった。忘れていたものを思い出させてくれることに感謝もしていた。
クディフもその思いが強い。似た者親子なのだ。
ルッシェナは掠れた声で言う。
「ケリをつけますか? それもまたいいでしょう。だが、わたしは神になるまで朽ちることはありません。世界を在るべき姿にし、作り変えるというのは正しいからです。わたしが正しい。あの女神を名乗る『詐欺師』には渡さない。なぜ皆が平等ではないのですか? 寿命も、能力も、境遇も……おかしいと思いませんか? あなた方も理不尽を味わったのではないですか?」
ルッシェナが言いたいこと、伝えたいこと。それを真っ向から否定はできない。それでもミティアはかつての兄に言葉を手向ける。
「理不尽はたくさんあった。だけど、わたしは全部がいけないことだとは思わない。全部初めからやり直すなんて、どう考えてもおかしいよ。ゼロからやり直すなんて、すべての存在の否定じゃない」
「ふ、あっははは……」
ミティアが言ったせいなのだろう、ルッシェナ高笑いはか細くなっていく。ギロリと眼球が動いた。もうここまで人間らしさがなくなっている。
「ミティアが言うといっそ哀れだね。一番の理不尽を被っているくせに、その命は手を加えないとなかったというのにね。この世界の在り方を憎まないなんて、ミティアこそ狂っているよ!!」
「わたしはいっぱい悩んだ。本当に生きてちゃいけないのかなって、本当に生贄になった方がいいのかって、本当にみんなと一緒に生きられないのかって!! それでも自分の境遇を憎むことはできなかった。本当はまだどこかで兄さんを信じてたんだよ!!」
「……優しすぎて、虫唾が走る!! せっかく、愛してやったのに!! わたしも、わたしの考えも、拒絶した!!」
ルッシェナの浸食は進んでいた。彼が振るった技術が自らを滅ぼすのだから、皮肉なものだ。両腕がミシリと音を立て、巨大化した。並の人間なら怯えて何もできないほど、常識を逸脱している。
ミティアは胸の前で手を組み、胸を痛めた。
「兄さん……」
声は届くだろうか、次に帰って来たルッシェナの言葉は雄叫びだった。理性は確実になくなっている。体もメキメキと嫌な音を立て、翼も大きくなり、人の体の何倍かに変貌を遂げてしまった。どこかでまだルッシェナであることを期待して、ミティアは憐れんだ。
クディフはそんなミティアを気遣った。
「貴女は戦わなくてもいいのだぞ」
「うぅん、大丈夫です」
ミティアは小さいが力強い声で答えた。クディフも小さい声で言う。
「本当は血のつながった兄、いや、『親』の壮大な終末を見届ける。か……」
「やっぱり、知っていたんですね」
クディフはミティアとルッシェナの関係を知っていた。おそらく、歪んだ愛情のことも知っているだろう。だが、ミティアはクディフに知られても、嫌な気持ちにはならなかった。
本当なら忌まわしい記憶に心が塗りつぶされてしまう勢いなのに。声を上げなかった自分がいけない。勇気がなかった自分がいけないと何度も悩んだ。苦しんで、抱え込んで、とても言葉では言いあらわせられない苦悩との闘い。
仲間がいたから真実に辿り着けた。
天空の民の血を引く自分は地上での長生きが難しいと母親から聞いた。
今思えば、ルッシェナはあらゆる手段を用いて自分を延命させたかったのかもしれない。ミティアは考えようによっては、そうとも捉えられると気が付いた。歪んだ愛情さえなければ、もっと早く気が付けたかもしれない。
歪んだ愛情――
悠久のときを生きる神族だったルッシェナは、自分が築いた子どもであるミティアに異常な愛情を抱いていたのかもしれない。
何年も何年も、自分を理解してもらえない孤独から世界を変えようと思ったのかもしれない。もっと話がしたかったのが、正直な気持ちだった。
ミティアは、本当に変わり果ててしまったルッシェナに涙することはなかった。だが、残念だとは思った。しかも心の底から。
最後まで、違う、間違っていたと聞きたかったのだ。もうそれは期待しても仕方がない。発せられるのは人間の言葉ではなかった。理性があるのかも怪しい雄叫び。ミティアは剣を構えながら覚悟を決めた。立ち向かえる勇気を皆からもらった。ここで奮わなければ、何のためにここまで来たのかわからなくなってしまう。
ジェフリーは全員に聞こえるように大声で言った。
「全力でこいつを倒す。誰一人、絶対に死ぬな!!」
場が整った。ここまで待ってしまったが、もしかしたら動きが変わって来るかもしれない。まだ『人』であったルッシェナは、戦える手段をいくつも持っていた。その潰しても潰しても湧き出るような手段にどれだけ苦戦しただろうか。
最初に仕掛けたのはハーターだ。援護という役割だが、補助を試みていた。
「まずはその翼かな? 地に降りてくれないと、ぼくたちの攻撃が届かないよ」
ハーターは退きながら、カプセル状の球を投げた。下手投げで、弓なりに山を描いてルッシェナの背後に投げ込まれた。これは皆と距離を確認し、危険がないと独断で投げ入れたのだ。
爆発するのかと思ったがパンと弾けただけで鋭い針が散っている。行動と足止めに使うための針爆弾だ。ルッシェナの翼と背に針が突き刺さる。だが、様子がおかしい。
ハーターは効果がないことを悟った。
「もしかして、さらに変異したのかな」
バラバラと針が落ちる。普通の人間ならひとたまりもなく叫ぶほどの針だが、変異した皮膚は貫けなかった。ここまで来るともう人ではない。
「グォアアアアアアアアアッ!!」
「こいつはまずいかもしれないね」
ハーターが試みた動きの封じ込みはまったく通じなかった。もっと強力な攻撃でないと、ルッシェナにダメージを与えることはできなさそうだ。
ジェフリーはそれを確認した。精神を集中させているサキを確認し、剣を構える。自分がルッシェナを切り崩そうと考えていた。そのジェフリーに圭馬は助言をする。
「ちょっと待って! ジェフリーお兄ちゃん、ハーちゃんの小細工であの反応だ。お兄ちゃんの剣でどうにかなるとは思えないよ。でも、今のあいつは危険だ。もう人でも何でもない。何をどうやったのかはわからないけど、あいつ自身が魔力を含んでいる。こう、何て言ったらいいのかわからないけど、とにかく変なんだ!!」
「ちゃんとした言葉で頼む……」
存在が薄まっていた圭馬がまともな注意と警戒をする。弱点を探ろうとしていたのは圭馬だけではない。
「この都市からエネルギーを吸い取っているような感じもするのぉ」
ショコラも嫌な予感を口にする。圭馬はぴくりと耳を立てた。
使い魔たちの話を無視し、クディフも攻撃に出た。
クディフはただ単純にルッシェナに斬り掛かった。だが、やはりクディフの剣も通じない。まるで鋼鉄を相手にしている感覚だ。本当に剣が通らず、クディフの涼しい顔が焦りに変わった。あえて実践して証明したので、クディフの行動は完全に無駄ではない。
ここでルッシェナにも変化が見えた。
傷を負っていたはずの腕はいつの間にか癒えているし、大きく羽ばたこうとしている。そしてもう一つ、大きく揺れを感じた。ルッシェナが暴れているのではない。都市が揺れているのだ。
圭馬が毛を逆立て、耳をパタパタとさせる。尻尾はボンと膨れ上がっていた。
「えっ? 地震? 天空都市なのに? ってことは、天空都市からエネルギーを吸い取るってそういうことぉ!? このままじゃ、早々に天空都市落ちちゃうんじゃないの!?」
一同は息を飲んだ。圭馬の言葉は本当かもしれない。
剣を振るよりも嫌な予感が頭を過った。ジェフリーはミティアに目を向ける。ミティアも同じことを考えていた。
意外にもミティアは冷静だった。
「この都市が落ちて、この都市自体が無事とは限らない、よね?」
ミティアの言葉には複数の意味が込められていた。
ショコラの予感と結びつく。まず、ルッシェナが天空都市からエネルギーを吸い取る。これは間違っていないだろう。現にルッシェナは変異し、強靭になっていく。
天空都市を浮かせている浮力が、そのエネルギーに関係しているのは否定できない。そして、天空都市が落ちれば、ここにいる皆も都市自体も無事ではいられないだろう。つまり、ここへ来た目的が消えてしまうかもしれない。
天空都市の崩壊だけは何としても避けたい。
このまま悠長にルッシェナの相手をしていては、ミティアもジェフリーも自分を取り戻せない可能性が高い。
転機を利かせたのはサキだ。もし時間がないのなら、大きな目的は優先させなければならない。
「せっかくジェフリーさんから指示をいただきましたけど、ここからは僕たちだけで動くべきなのかもしれませんね」
サキの言葉に一層、緊張が高まった。サキは短い詠唱から、杖を振り上げる。
「さあ、魔法はどうかな。唸れ炎獄、インシネレーションッ!!」
炎が渦を巻く。強力な魔法を試みたがこれもルッシェナに効果がないようだ。その代わり、辺りが少し明るくなった。見た限り、緑の葉があったはずだが、茶色い枯葉になって大樹にも僅かにだが燃え移っている。ベルが朽ちたせいだ。
サキは大きく落胆はしなかった。魔法により、何かをつかんだ。もう次の手を考えている。
ルッシェナにダメージはなかった。猛獣の叫びを繰り返している。
だが、ルッシェナはついに行動に出た。大きな手が反り返る。その先はクディフとミティアに向かった。ミティアに何か訴えたいのかもしれないが、もう言葉を発していない。
どうしてもルッシェナは飛んでいて行動が素早い。ミティアは一瞬の行動に隙を突かれた。今度は『殺す』勢いの攻撃だ。ミティアの視界は赤い翼によって深い赤に染まるように思われた。だが、実際にミティアの視界を覆ったのは銀の黒いマント、クディフだった。
「クディフさ……きゃあっ!!」
厄介なことにルッシェナは素早くなっていた。回避が難しいと感じたクディフはミティアを抱えて守りの姿勢に入る。今の彼女を守れるのは彼しかいない。振り上げられた一撃は確実に二人を捉え、爪は石床も裂いた。大きな地割れのあと、漆黒のマントが翻る。
ミティアの目に大きな血飛沫が映る。暗いのに鮮明で、目に焼き付くようだった。
「あぁっ!!」
思わず息を飲んだ。至近距離で飛んだ血が誰のものなのか、目の前の人が苦痛に顔を歪めている。体勢を崩し掛けてさらに横へ飛んだ。間髪入れずにもう一撃が襲う。予め回避したおかげで今度は空を裂いた。ギョロッとしたルッシェナの目はミティアを追っている。
完全にミティアを狙っている。異常な執着と執念を感じた。
クディフはミティアを抱えたまま、回避を繰り返している。『彼女を守る』というあやふやなものだったが、確実に守られていた。
ルッシェナがミティアに執着しているのだから、皆は置き去りになる。
「こいつはどうしたらいいんだ……」
ハーターがポケットの中を漁っている。もはや、数を打てばどうにかなる相手ではない。手を考えていると、別の声が耳に入った。
「クッソ頭いてぇ……」
今まで気を失っていたケーシスが覚醒した。上半身を起こし、頭を抱えている。ハーターは手を貸そうとする。
「け、ケーシスさん、無事かい?」
差し伸べられた手をケーシスは取らなかった。
「ケッ、俺のことなんて忘れていたくせに、よく言うぜ」
ルッシェナに投げ捨てられていたケーシスが、頭を抱えながら立ち上がる。あちこちぶつけられたのか、紺色のコートはボロボロで、その下から覗く手は血で汚れていた。何とか生きているとはいえ、彼も瀕死と言っていい。
ケーシスは軽く辺りを見渡す。そして状況を把握して、あえてハーターに質問をした。
「竜次は無事なのか? あいつ、多分死ぬぞ」
「でも、コッチも絶体絶命だよ。状況、わかってるのかい?」
「弓持ってた姉ちゃんがあいつの大魔法に堕ちている」
「文豪先生とローズが助けに向かったよ。でも、どうしてぼくに聞くんだい?」
「一番、暇そうだろ?」
「……」
ハーターは情報を引き出す役になっていた。情報を取り扱う仕事をしていながら、どうもこの扱いに一瞬だけ胸やけのような感覚を覚えた。
血痰を吐き捨て、口の端を拭うケーシス。状況を見てすでに戦場とは把握しているが、どうも納得がいかない。説明するよりも先に、また微震が起きた。カラカラと崩れを観測する。ルッシェナの一撃と重なって崩れが悪化した。
「ルーの野郎、とんでもねぇことをしやがったな。自らの手で天空都市を落とすなんて、どんなヤケクソだっつーんだよ」
ハーターはケーシスに問う。
「ケーシスさん、打つ手は?」
「多分そんなモンはねぇ。もう、突っ走るしかねぇ」
ケーシスがかぶりを振って自分に気合を入れる。何が彼をそうさせるのかはわからないが、怪我の割にしんどそうだ。戦場を見つめながら、打つ手を考えていたハーターが渋い表情を浮かべる。ケーシスは続けた。
「女神様を止めないと、天空都市が落ちた瞬間に世界が本当に破滅するかもしれない。そうなったら、魔界から持ち出された『弄ばれた魂』は解放される機会を失う。在るべき人のもとへ還らないだろうな」
「ぼくはその話を完全に理解できていないんだ。でも、あの子たちが短命のままって意味だよね。それは、ぼくも嫌だな。もっとこれからを背負ってもらいたい。僕はそのお手伝いがしたいんだけど?」
「秘密主義で陰キャのアリューン神族のくせに、アツいことを言うじゃねぇか」
「陰キャは余計だよ、ケーシスさん! ぼくも何をすればいいかわかった。さぁ、あの子たちを連れて先を行くんだ。女神様は知っている人なのだろう?」
物分かりのいいハーターは、何とかしてルッシェナの気を引こうと考えた。ポケットからはいくつかの爆弾らしきものを取り出す。
ケーシスは任せていいのかと一応気を遣った。
「おい、センコー……」
「こっちは任せておくれよ。そらよっと!!」
ハーターは小ぶりな爆弾を放り投げた。爆発したが、やはり程度は知れている。だが、いくつか小さく線香花火のような火花が散った。かなり目障りな光だ。ルッシェナの注意がミティアからハーターに向いた。
「よし、やったね。鬼さんこちらっ!!」
ローズとは違う科学の力を奮っての応戦だ。ハーターはケーシスを突き放し、さらに囮になろうとする。
ハーターに注意が逸れたことにより、サキに余裕ができた。クディフがいる以上、素早くて追うのが大変だった。こちらに向かって来るのなら、ある程度の軌道は読める。
サキは早口で唱え、ルッシェナに向かって魔法を放つ。
「アイシクルカラミティ!!」
威力の大きい魔法で削ろうと試みているがダメージは与えられない。今回も凍り付いて動きを封じるしかできなかった。なんという硬さだろうか。
「やっぱり、動きを封じるのが精いっぱいか……」
対象が大きい。倒そうとしても攻撃のほとんどは通用しないだろう。サキも魔導士ならそれくらいはわかっている。わかっていて、まずはルッシェナの動きを封じた。
この時間で作戦か大きく動いた。
注意が逸れてくれたおかげで、ミティアはクディフを気遣う余裕ができた。
「クディフさん、血が……」
「利き腕ではない。俺にかまっている時間はなさそうだが?」
「で、でもっ!!」
ミティアはクディフの手当てを試みる。フェアリーヒールの光を当てるも傷は深そうだ。ミティアは自分を庇って怪我をしたことに嘆いた。クディフにとって、正直この気遣いだけで心温まる。
「心優しいな。だが、今は捨て置かねばならんようだ」
「そ、そんなっ!!」
クディフは血の付いた腕を引き、自ら退いた。このままハーターと合流して作戦会議となりそうだ。クディフがミティアを動かすのは難しい。よって頼りは別に行った。
「ジェフリー・アーノルド・セーノルズ」
「…………!?」
クディフはジェフリーを呼んだ。
ジェフリーはサキと作戦会議している最中だったらしく、ショコラを抱っこして何かを手渡していた。名前を呼ばれると思ってもいなかったのか、何かの間違いかと疑う形相だ。名前を呼ばれるなど、覚えている限り初めてのはずだ。
クディフはミティアの背中を押し、前に出させた。
「どうやら時間がないようだ」
「そうらしいな。サキとその話をしていた」
「貴殿を助けるのは気が引けるが、彼女のためなら仕方ない」
「別に俺は……」
「話したいことがあるのなら終わってから付き合ってやろう。早く行け、彼女は地図を見ている!!」
クディフにしては強い口調だ。
ジェフリーは言われるがまま、ミティアの手を引いた。彼女は今にも泣きそうだ。状況はわかっているだろう。だが、それでも本当はここを離れたくないはずだ。
「ミティア……」
「わかってる。わかってる……けど」
「みんなの思いを無駄にするのか?」
ジェフリーだってここを離れたくはない。だが、判断を急かすようにまた揺れた。まだ立っていられる程度だが、これからひどくなる可能性がある。揺れに感化されたミティアは大きく頷いてジェフリーに身を任せた。離れる足、クディフに言葉を掛ける。
「あのっ……今度、一緒にご飯食べましょう?!」
こんなときに何を言っているのかと思われるかもしれない。だが、これがミティアだ。誰もが一度は翻弄されたこの調子はずれな人間性。
ここは戦場だと言うのに、クディフは見せたことのない優しい笑みを浮かべた。
「一度くらいなら約束しよう」
「はいっ!!」
眩しく弾けた笑顔に咄嗟の返しが思い付かない。ミティアが皆に好かれる理由が多すぎるとクディフは感じた。この人のためなら頑張れる。一緒にいるから優しい気持ちになれる。クディフは口約束だけでは済まないように微かだが歩み寄りを見せた。
「期待している」
一時的な別れと信じ、去り行くミティアのうしろ姿に呟いた。この声はきっと届いていない。だが、今は目の前に集中するしかない。クディフの眼前をケーシスが嫌な顔をしながら横切った。彼とも因縁があるが、それは置いておく。それよりも倒さねばならない相手がいるのだから。
「さっさと片付けて来いよ。お前も女神様をぶっ倒したいんだろう?」
クディフは小声で言った。
「ふん……余計なことを」
この言葉はケーシスに届いたかは怪しい。クディフはもとよりそのつもりでここへ赴いたのだ。神など存在しないと、己の正義に誇りを持って。
ミティアは振り向き、サキに声をかけた。
「サキ、死なないでね!!」
サキはまさか自分にこの笑顔が振られるとは思わず、ハッとなって顔を上げた。人を思いやるミティアらしい。サキは頷いて見送った。
ケーシスとミティアとジェフリー、そしてショコラが離脱したことになる。
この場に残ったのは、サキ、ハーター、クディフ。そしてもう一人、やかましい圭馬だ。本来クディフはここにいないはずの存在。ほぼ即席のメンバーで『大ボス』とやらに挑むことになる。
勝機はほとんど見えない。だが、なぜか負ける気もしない不思議な感覚だ。少なくともサキはそう思っていた。
圭馬はわざとらしくも嫌らしい言い方をする。
「よかったね。お姉ちゃんに励ましてもらえて」
この間にも次の手を考えていると言うのに、サキは苦笑いをしてしまった。サキはため息をつく。
「そりゃあ、ミティアさんと一回くらいデートしたいですし」
「えっ、もしかしてまだ好きなの?」
「まぁね。でも、そうじゃないんですよ。圭馬さんだってミティアさんが好きでしょう? それと一緒ですよ」
自分にミティアの気持ちが向かないのはわかっていた。それでもサキは腐らず、持っている力を悪用することもなく、仲間として歩んだ。今だってミティアのために奮起していると言ってもいい。
どうしていなくなった人のことを考えてしまうのだろう。縁起でもないが、ここで命を散らすのか。それも悪くないだろう。自分だって本当は、女神に対して恨みの一言も言ってやりたい。女神でサキの思考は意外な閃きを生んだ。パキパキと氷の束縛が解けようとしている。間に合うか、間に合わないかはわからないが、杖を握り、祈るように精神を集中させた。
サキの足元で圭馬が驚いていた。何の作戦会議もしていないからだ。
「ええっ!! キミ、何をしようとしているの?」
圭馬は今こそ自分の出番ではないのかと動揺している。サキの表情から、圭馬の出番はまだらしい。いつの日だっただろうか、詠唱がなくても頭の中で使いたい魔法が思い描けるようになっていた。精神を集中させれば、そのぶん魔力も威力も高められる。
「まずはあの人に何か掛かっているのかもしれない。だから、オールリセットですね」
サキは杖を回し黒いブースト石も弾いた。圭馬は何をするのか把握して顔を上げた。
「オール・ディスペルッ!!」
フッとフェアリーライトも消えたが、先程の魔法で引火した炎は消えない。この魔法で何が解除され、どこまで効果があったのか、現段階では分からない。当然サキの魔法もいったんは効力を失う。ゆえに、ルッシェナを束縛していた氷は脆くなって砕け散った。さあ、ここからは仕切り直しだ。
見守っていた圭馬もこれには頷く。
「考えたね!」
「科学に魔法が通じるのかわかりません。だけど、少なくともあの人は両方を持っています。それからもう一つ、この魔法には意味があった気がします。届いたのなら、ですが……」
いわゆる戦闘再開だ。サキは次の一手を考えていた。
ここでクディフとハーターによる『削り』が始まった。まずはサキに習って、行動を封じる動きだ。動き出したのはクディフが先。ハーターは一手遅れる形で続いた。
「手か足か翼か、ハーターが選べ」
「ええっ、父さん、そういうのは手からじゃないの!?」
経験が浅いながらもハーターだって剣術学校の教師をしていたのだ。少しは戦い方もわかっている。心許ない小剣程度しか振れないのが欠点かもしれないが、精いっぱい足掻こうとする。
「投げ物の方が専門だから、ぼくは遠距離攻撃がいいかもしれないね」
「相変わらず威勢だけはいい」
「本当に久しぶり過ぎて、怒りを感じない……よっと!!」
ハーターがカプセル状の物を投げつける。弾けたと思ったら、鎌に似た金属の刃が勢いよく飛び出した。
物理法則が完全に無視されている。何も知らずに見たらそう感じるかもしれないが、三日月状の金属が折り畳まれて入っていたとなれば説明は付くかもしれない。武器で腕を奮うのではない行動にクディフは驚いていた。もう一つ驚いたことがある。なんとこの刃、軌道を逸れたが、魔人と化したルッシェナの腹に突き刺さっていた。ここで初めて攻撃の貫通に希望を持った。
「対、動物の威嚇用なんだけど、効いたね。大魔導士クンの魔法のおかげかな?」
場の空気の流れが変わろうとしている。まだ手探りの段階だが、これならルッシェナを削れるかもしれない。いや、倒す希望が見えて来た。
ミティアが小走りに先導した。石床には亀裂が入り、足場は非常に悪い。そしてなぜが立ち止まった。
「あ、あれ?」
ミティアが放っていたフェアリーライトがフッと消えた。静かな風が抜ける感覚。立ち止まってケーシスとジェフリーの足音を聞いて待った。
「ご、ごめんなさい」
入れ替わるようにケーシスが魔法で光を放った。
「いや、姉ちゃんが悪いわけじゃねぇよ」
同じ魔法を使うのに、ケーシスの魔法の方が僅かに明るい気がする。
ジェフリーも一度、背後を振り返った。少し遅れて追い付いたショコラを抱き上げる。
「老体にはつらいのぉん」
「無理をするな。やけに崩れているし、足場が悪い。これも地震のせいか?」
ジェフリーは足元を慣らした。ほんのりとした明かりで把握したのは、石壁は崩れ、石床に亀裂も見える。
ケーシスは空咳をしながら顔をしかめた。
「この辺りは、あの野郎が壁ごとぶっ壊して大暴れした場所だ。俺も途中までしか覚えてねぇけどな」
説明している間もカラカラと周りが崩れる音がする。
ミティアは足を止めているこの間にポーチから水筒を取り出した。
「あの、ケーシスさん、お薬は飲んでいますか?」
備えに備えたさまざまなものが入った荷物トランクは行方知れず。それもそのはず、天空都市の構造と突然の崩れ、場は何度も混乱した。てっきり何日もかけてじっくり進むものだと思っていたのだが、そう待ってはくれないようだ。
結局は個々で携帯している持ち物だけが頼りになってしまった。
ミティアはケーシスの咳が気になった。ただでさえ怪我をしているのに、満足に手当てもしていない。それでこの咳だ。
ケーシスは相手がミティアでも悪態をつく。
「薬ぃ!? そんなモン……」
「ケーシスさんっ!!」
ミティアは食い下がろうとする。ときどき見せる、絶対に揺るがないこの強さはどこから出て来るのだろうか。
ケーシスは差し出された水筒を受け取り、渋りながら薬を取り出す。あまりにもミティアが厳しく目を光らせるので、手に乗せた薬を見せるまでした。
ジェフリーも気になった。思わず便乗するように問い詰める。
「親父はどこが悪いんだ? その……顔や性格以外で!」
遠くに聞こえる雄叫びを気にしながら、ジェフリーは思い切って聞いた。誤魔化されないように先手も打った。どうせケーシスのことだ。死ぬんだから関係ないと思っていたのだろう。彼はそのつもりでいたと、アイラに厳しい指摘を受けていたのを聞いた。
ケーシスは舌打ちをし、露骨に嫌な顔をしながらも答えた。
「……肺、つーか、気管支だ。昔っから体は丈夫じゃなかったけども、研究室なんて体に悪い場所に閉じこもってから悪化した。それが何だ?」
「命に関わる病気じゃないよな?」
「手術しねぇと治らねぇよ。別にいいだろ。お前の体じゃねぇんだから」
吐き捨てる意地とプライド。そんなケーシスをミティアが放っておかない。
「絶対ダメ!! ケーシスさんはもっと生きて!!」
ジェフリーは珍しくじっとミティアを見ている。なぜなら、彼女が本気で怒っているからだ。こんなに感情をあらわにするミティアは珍しい。
ジェフリーは思った。ミティアの怒りには憎しみがない。相手を思いやる、厳しくも心優しいものを感じる。自分の知らない人を見ているようだった。だが、その人はどこか身近にいる人で、懸命に思える。母親に近いものを感じたのかもしれない。
ミティアはケーシスに訴える。
「今まで間違えて、いっぱい苦しんだから、生きてもっといいものを見るの!!」
「よせよ。もう俺に希望なんてねぇんだから」
「あるよっ!!」
ミティアはケーシスから返された水筒を持つ手が震わせている。頬を赤らめ、涙が浮かべられていた。だが、ジェフリーにも微笑んだ。
「いつか、わたしたちの『未来』を抱っこしてもらいたい……ね」
ミティアがはにかみながら放った一言が、あまりにも意味深だった。
返しが思いつかず、ジェフリーは何度か瞬いて顔を真っ赤にした。口をパクパクとさせ、冷や汗をかいている。
いつもならくだらないと一蹴するのだが、なぜかケーシスは素直に受け取ることができた。純粋にうれしかった。こんなことを言ってくれる人なんていない。思わず笑顔が綻んだ。
「……わーったよ。うしろ向きな考えは捨てる。姉ちゃんには敵わねぇな」
ケーシスの観念する吐息。こんな会話をもっとゆっくりとしたいものだ。どうしてこの頃合いだったのだろうか。
ケーシスは感傷に浸る前に、フェアリーライトをミティアにかざす。遠くで崩れた音がした。きっと皆が戦っている音だ。
「で、もう一つの都市はどっから行けばいいんだ?」
フェアリーライトをミティアにかざした理由は、道案内を頼もうという意識からだ。
ところが、ミティアはおろおろとしている様子だ。わからないというわけではなさそうだが、困っている。
「えっと、大樹があっちだったから、北に向かえばいいはずです。でも、とりあえず来たけど北はどっちなんだろう?」
ミティアはサバイバル用品については装備が疎い。それでも一応ポーチの中を見た。そこで思い出し、顔を上げる。
「あっ、ジェフリーってハーター先生からコンパスをもらってなかった?」
急に話を振られるも、ジェフリーは浮かない顔をしている。
「あ、あぁ……そうだったな」
頬を赤くしたままだ。ミティアが言った意味深な言葉が気になって仕方がない。
察したケーシスは呆れ顔だ。まだ黙っていてくれるだけ助かるが、掘り返すと話がややこしくなりそうだ。ここに圭馬がいなくてよかった。
「のぉん?」
察しのいいショコラは指摘をしないが、なぜか楽しそうだ。案外こういう色恋沙汰が好きなのだろうか。
ジェフリーはミティアにコンパスを渡す。剣術学校の紋章が入った懐かしいものだ。蓋を開いて明かりを頼りに凝視する。少し針が不安定なのは天空都市にいるせいだろうか。ミティアは再び先導する。
相変わらず薄暗い遺跡にでもいるような地形だ。足元は不安定だし、未だに微震は繰り返される。
少し進んでよく通る声を耳にした。
「キッドお姉ちゃん、しっかりっ!!」
コーディだ。近い。
声のした方へ進む。少なくとも、キッドが怪我をしているようだ。
ミティアがうしろの二人を気にする。絶妙な空気にケーシスがぽつりと零す。
「あいつ、死んでねぇだろうな?」
割れた石床に注意しながら声を頼りに近付く。ランタンの光が見えた。
脇腹を押さえ、肩を落とす竜次。いつも結んでいる髪は解れ、服は血で汚れていた。
「先生!!」
「兄貴!!」
ミティアとジェフリーがほとんど同時に叫んだ。
足音ではなく、声で振り向いた。竜次一人のようだ。いや、少し離れてコーディとローズがキッドを介抱している。
竜次は悲痛な表情を浮かべ、膝から崩れた。
「私は、どうすればよかったんですか」
血の滲んだ刀。竜次はいつもよりも一段とひどく、悲しみに打ちひしがれていた。ことは終わったあと。つまり、キッドを傷付けてしまったと見ていい。
ミティアは竜次の顔を覗き込む。事情がよく呑み込めていないようだ。
「せ、先生?」
ケーシスはミティアの肩を叩く。
「竜次の刀を見れば何をしたのか、だいたい把握できるだろ? 仲間同士で殺し合いをさせるなんて、本当に趣味が悪い」
「!!」
竜次が握っている刀は刃こぼれがひどく、半分ほど血をまとっている。これが何を意味するのか、ミティアは把握してキッドの姿を確認した。
一足早く、ジェフリーはショコラとキッドの様子を見に駆け寄った。傍らのローズが顔を上げる。
「ジェフ君、これは……」
「出しちまったのか、一撃必殺を」
ずいぶんと略された言い方だ。だが、だいたいの事情は事前に入って来ている。ジェフリーは竜次よりもキッドの具合が気になった。
ローズは少し怒っている表情だが、首を横に振っている。キッドは利き腕に大怪我をしていた。それだけではなく、顔が泥だらけですすり泣いている。精神的な面で傷を負ったところだろう。竜次がキッドに手を差し伸べないので、ローズは静かに怒りを覚えている。ジェフリーもこの怒りの気持ちを汲み取った。
「クソ兄貴が……」
「ジェフリーお兄ちゃん、言葉が汚いよ!」
コーディは素早くて鋭い注意をジェフリーにした。それよりもなぜ、竜次はこの状況でキッドを助けないのだろう。大怪我ではあるが、程度は知れている。ローズは止血だけは施したようだ。
問題は、竜次の応用力のなさと有事に対する弱さ。手当てはすぐにできるかもしれないが、それ以前の問題だ。
ジェフリーはいらつきを見せる。いい加減竜次もいい大人なのだからわかってもらいたい。今なら懸命に封じていた雑な言葉や暴言が飛び出しそうだが、そんなことはどうでもいい。竜次の目を覚まさせなくては。ジェフリーは手を震わせた。
ぱんっ!!
乾いた音がした。ジェフリーが怒る手前、すでに怒っている者がいた。
乾いた音の正体はミティアだ。どうやら平手打ちをしてしまったらしい。意外だ、ケーシスではない。
「先生のいくじなしッ!!」
「ミティアさ……?」
平手打ちをされるとは思わず、竜次は目を丸くして驚いていた。左の頬がヒリヒリと痛い。彼女から平手打ちをされるなんて想像もしなかった。
ミティアは息を荒げながら声を震わせる。
「先生、どうしていつも目の前にあることを見失っちゃうの? 先生はいっぱいできることがあるのに、どうして一生懸命になれないの? それで誰かに救いを求めるのは間違っているよ。キッドが泣いてる!! 苦しんでいるのに!」
ミティアは歯を食いしばって泣くのを堪えている。その反面、竜次は頬にほろりと涙を伝わせていた。この表情に差を感じる。
竜次はハッとした。ミティアの表情に見惚れてしまわぬうちに、かぶりを振ってキッドのもとへ駆けつける。
ジェフリーはミティアに声をかけた。
「ミティア、お前、どうしたんだ?」
今日のミティアはおかしい。今までこんなに怒った日などなかったからだ。どんな心境の変化があったのだろうか。ジェフリーの質問にミティアは首を振って反応したが答えない。もしかしたら、自分でもよくわかっていないのかもしれない。
ローズも異変を察知したようだ。ミティアはどうしてしまったのだろうかと。
「ミティアちゃん……?」
ケーシスはそんなローズの言葉を遮るように言う。。
「ローズ、ここが済んだら大魔導士様を援護してやれ。事情はソッチで聞いてくれ。俺たちは先に行く!」
「ちょっ……えぇ!? ケーシス?」
いきなり場を丸投げされ、ローズは困惑した。ケーシスはミティアをジェフリーに合図をおくり、先に進むように促す。
この場で怪我をしていないのはローズだけだ。任せると言われてキョトンとしてしまった。かと言って、追い駆けるにもコーディの手当てが済んでいない。完全に置き去り状態だ。手が止まってしまった。
三人のうしろ姿を見送る形になってしまった。非常に不本意で納得いかない。ローズだけではなくコーディも不満そうだ。
「怪我をしてなかったら、一緒に行ったのに。絶対何があったのか聞かないと。本にできないじゃない!」
この場を放り出して追い駆けるのもおかしい。ローズは悔しさを滲ませた。
「悪い予感が的中しなければいいのデスケド……」
ローズは深い溜め息をつく。頼りない竜次と尻目に眼鏡を直した。じっくりとコーディの手当てをする。
ローズが血に染まった腕を掴むと、コーディは大きな声で痛がった。
「いったいっ!! ごめ、腕全部痛い!!」
コーディは左肩から真っ赤である。ドラグニー神族という特性のせいかもしれないが、普段は痛さに対しては我慢強く、こうして痛がるのは珍しい。ローズが傷口を圧迫しようとするが、必要以上に痛がったので確認してみる。すると、コーディの左肩は見事に脱臼していた。
「あー……コレは痛いデス……」
きっと瞬間的にひどい圧でも掛かったのだろう。この幼児体系でよくこれだけで済んだものだ。ローズはコーディに悪いと思いながら嵌め直しを試みる。
キッドの手当てを施す竜次。その顔は怯えているようにも見える。それもそのはず、キッドは目を擦りながら恨めしそうに顔を上げているからだ。
「言いたいこと、ミティアに全部言われちゃった……」
「…………」
竜次も気にしていたのだから、キッドは何倍も気になっているだろう。お互い怪我は大したことはない。ローズが手当てを待つくらいなのだから、重症ではないものの、名刀がぶつかったのだ。切れ味は鋭く、傷口は小さくても痛む。
だが、キッドが傷ついたのは別の理由だった。それを、竜次は理解していない。
一方、竜次はなぜキッドに手を差し伸べられなかったのかというと、『人を斬ったことがなかった』からだった。フィリップスの船着き場で一戦を交えた際、ルッシェナの腕を斬り落とした。その感覚を忘れてはいない。それは命を絶てなかった『甘さ』でもあったことも、身に染みて覚えているはずだ。
竜次は不本意ながらキッドと戦ってしまった。向き合うのは恐怖でしかなかった。自分の『甘さ』が招いたものだと心の中で自身を責めていた。キッドの剣術は早い。自分が教えた技でもあり、彼女に授けた武器は亡き恋人の小太刀だ。竜次にとってはこれ以上の仕打ちはない。
これを知らない他者が、竜次を怒るのは仕方がない。
ただ、ミティアは違った。竜次に対し、『意気地』がないと怒った。明らかに竜次の『思い』を知っているからこそ、心に響く叱責をした。これは、ミティアだからこそできたことだ。
竜次はやっとキッドに声をかけた。
「痛かったですよね。ごめんなさい、クレア……」
「あたし、こんなことしたくなかった」
キッドの怪我は深手ではないものの、フリース生地やマントは立派に裂けている。
竜次は傷の広さを見て包帯を諦め、タオルをぐっと縛る。あらかじめ、ローズが肩に止血帯を巻いていたので出血は落ち着いている。
キッドは頬を赤らめ、口を窄めた。
「あたしなんてやめて、ミティアに告白したらどうですか?」
キッドの意地悪だ。あえて突き放そうと試みる。
竜次は手当てののちに無言でキッドを抱きしめた。言葉なんて要らない。これが返事だ。ミティアに嫉妬したキッドの意地悪を竜次は受け止める。
「ホント、竜次さんはしょうがない人ですね」
何かに縋り、救いを求めていないと生きていけない。自分の生きている意味が見出せない。ミティアに叱られて己がこんなにも弱いものと知った。いや、もっと前からわかっていたのに、自分に向き合えないままだった。竜次は肩を震わせた。
離れて見ていたコーディが大きく深いため息をついた。
「茶番じゃん。ラブロマンスばっかり。知らない場所で、何が起きているのかもわかってないってのにさ?」
立ったまま肩を戻されているコーディ。こういうのは痛く感じないのだろうか。左の肩は入ったとは言え、あまりいい状況ではない。骨折もしているので三角巾を首に回されている。ローズに痛くないか心配されるも、どちらかと言うとコーディも精神面を傷めつけられた。これ以上は戦線に参加しにくくなったのだから。
先を急ぐ三人は再び空を見ることになった。満天の星、綺麗な満月。崩れそうな石橋をまた渡る。嫌な予感がした。渡ってしまったら、もしかしたらと背後を振り返る。
ズシリと大きく揺れた。予想通り、橋が崩れる。思わずジェフリーが舌打ちをした。
「またこういう意味の分からない仕掛けなのか」
あと戻りを許さない嫌な仕掛けだ。しかも今回は一本道。行き先はほのかに光る神殿のような建物だ。これが残り一つの都市なら、ここには何が待つのだろうか。
渡り切って繋ぎ目を抜けたところで無事なのかを確認し合う。ちゃんとショコラもいるし大丈夫だ。
辿り着いたのは円形の場所で浅い水に囲まれていた。
ミティアはうしろを振り返る。
「ここも、崩れる橋、だったね」
ジェフリーも振り返る。皆を残してしまったことを申し訳なく思った。
「戻れない、のか? みんなは……」
決別となってしまうのだろうかと嫌な予感が過る。だが、ミティアはそう考えてはいなかった。
「石の都は地形が変化していた。だからわたしはクディフさんの力を借りて、追い付くことができたの。同じ仕組みだったらまた違う橋があらわれると思う」
ミティアから有益な情報だ。
ジェフリーとケーシスは、ミティアが追い付いた理由もここでやっと理解した。落ち着いて事情を話す間はほとんどなかった。戦場になってしまったのなら仕方がない。それでもミティアは腑に落ちなかった。
「兄さん、最後まで自分のしたことは間違ってないと思っていた。どうしてこんなひどいことになっちゃったの……」
心を痛めるミティアに、ケーシスはあえて厳しい言葉を掛けた。
「あいつは昔からそうだったんだよ。言葉巧みに人を騙して利用した。人間が神族を追いやったように、同じことをして。ジワジワと人間を苦しめるために邪神龍を利用した。手なずけようとした。世界の生贄なんてモンも作りやがった。俺は騙されたとは言え、姉ちゃんをこんな目に遭わせたのにも加担してる。俺を憎む権利もあるぞ?」
ケーシスはわざと自分を悪く言った。ルッシェナだけに憎しみが向かないようにしているのか。はたまた、違う意図があるのかはわからない。
ジェフリーがその話に食らいついた。
「親父もやめろ。もう過ぎたことだ! これから変わればいいじゃないか」
「これからがあるなら、な?」
「そういう言い回しはやめろっ!!」
ジェフリーは悪者になろうとするケーシスを止めようとする。ここで親子の口論は白熱するかに思えた。だが、ミティアは止めに入る。
「やめてっ!!」
ミティアの顔は怒っていた。
「わたしは誰も憎まない!! 誰も恨まない!! そんなことをするくらいなら……わたしは生きていたくないです。この世界にまだ未来があるのなら、わたし一人の命で済むのなら、安いですね……」
絶対にあってはならない自己犠牲心。ジェフリーはミティアの前に立って顔を向き合って、目を見て厳しく言おうとした。だが、ケーシスが遮るように言う。
「この世に生きてちゃいけない命なんてない。それだけは絶対だ。悪かった……変なことを言って。別に姉ちゃんを陥れようってんじゃねぇ」
ケーシスは辛辣な表情だ。
言いたいことを遮られたジェフリーは目を丸くした。長らく抱えていた疑問がつながった。父親に刷り込まれた言葉だったのだ。『刷り込まれた』は言い過ぎかもしれない。だが、知って胸が痛い。目頭も熱い。どうして今なのだろう。全部あとから明かされていくのが本当にもどかしい。
ジェフリーはミティアと向き合ったというのに、名前を呼ぶしかできなかった。他の言葉が出てこない。
「ミティア……」
ミティアは小さく首を振った。
「わたしは大丈夫、だよ」
そう言って見せたのが、あまり見たくはない儚い笑みだ。笑っているのに、どこか悲しさを感じる。もしかしたら全然違う意図を示しているのかもしれない。ジェフリーはこのとき、ミティアが出していたサインに気付けなかった。
ケーシスは言うだけ言って、ミティアの反応を見ようとしない。ショコラに話を振った。
「で、だ。この天空都市の構造がイマイチ理解できねぇ。この下は本当に海なのか?」
「のぉん、正確には海に落ちる前に、ここである程度のサイクルが成り立つようにもうひとクッションあったはずなのぉ」
「まぁ、そんなに頻繁にモノを落としていたら、早々に天空都市の存在なんて気付かれるだろうな。下の世界にゴミを垂れ流しにもできねぇだろうし」
ケーシスは天空都市の構造に対して疑問を持っていた。あまりにもカラクリが多すぎる。イレギュラーな襲撃はあるし、踊らされている気分で胸糞が悪いとでも言えば彼らしい。もともと地上に共存していたのなら、天空都市だけでもある程度のサイクルは成り立たないと暮らしてはいけない。現に、ここは分離してからもしばらくは生活が成り立っていたのだ。と、ショコラの論文や文献は一部で有名だ。もちろん、ケーシスもこれを知っての考えだ。
「ここは水の都、ラーゴという名じゃったかのぉ……」
ショコラから探索へ切り替えた。
今までとは明らかに違う造りをしている。少なくとも居住区ではない。何かを祀っていたのだろうか。それとも儀式でもする場所だったのだろうか。
ミティアも構造が気になった。なぜか先が見えない。光が届かないわけではない。空は見える。
「天井が崩れちゃって、空が抜けて見えるね。ちょっと変わった造りだけど、柱と石床、きっと綺麗な場所だったんだろうなぁ」
ミティアが空を見上げる。歩くだけなら明かりはなくてもじゅうぶんな程度だが、細やかなところは見えない。今まで抜けて来た視界の悪さからすると、やや動きやすい。そして気が付いたのが、微震を含めた揺れがなくなったのだ。この場所はまったく別の扱いなのか、それとも皆がルッシェナを撃破したのだろうか。
ジェフリーは柱の影を見るが仕掛けはなさそうだ。
「ん、でもここ、特に道がないよな? どういう仕組みなんだ? 仕掛けはなさそうだし」
見える範囲で円形の、それこそ何かの入り口にいるような感じだ。囲うように建っている柱、洒落た湖畔にありそうな広めの休憩スペースに近いかもしれない。石板もないし、来る場所を間違えたのだろうかと不安になる。
「この浅瀬、歩いちゃって大丈夫かな?」
ミティアが水に足を踏み入れようとすると、一瞬光ったのち、目の前に道が現れた。ぼんやりと光っていて、足場の正体はわからない。ただの光か、石かもしれないし、もしかしたら有害な物かもわからない。ただ、ミティアに反応したようだ。
「どうしてわたしに反応したんだろう?」
「もしかして、罠か?」
ジェフリーはしかめた顔をしながら首を傾げた。天空都市に来てから変な仕掛けに翻弄されっぱなしだ。よくあるゲームだったら、プレイヤーはモニターの前で悶絶するだろう。それくらい理由がわからない。ここで生活に便利な仕組みにしているのならまだしも、ケーシスやジェフリーが同じように立ってもも何もあらわれない。本当に彼女に応えたような指し示しだ。
ケーシスはとある『可能性』を指摘した。
「姉ちゃんが天空の民だからか?」
「あ、そう言えば……」
「意外と抜けてんな。自分が何者だったのか、忘れたのか?」
ミティアはすっかり忘れていた。もともと天空の民だ。記憶もなく、自覚はほとんどない。導きがそのせいなら納得がいく。このわけのわからない仕掛けだらけの天空都市で、これだけは理由がはっきりしていた。
「じゃあ、わたしは里帰りしたの?」
「ルーが散々荒らしたけど、そういうことになるんだろうな」
「そっか。本来わたしはここで暮らし、ここで朽ちていくはずだったんですよね」
「まぁ、そう言うな。だったらその導きに応じればいいだけだろ? 意味がわからねぇ仕掛けだらけなんだし。他に反応ナシだろ?」
「そうですね……」
浮かない表情のミティア。あまり距離を置かず、まとまった状態で警戒しながら進む。水の跳ねる感覚はなく、きちんとした足場ではあった。道の先が次々と現れる。また円形の石畳と門らしきものが見えた。蛍のような光がたくさん漂っている。視界に入ってミティアの足が止まった。足が震えている。
「あれは、魔界への門なのぉ!!」
ショコラがピクリと耳を立て、ジェフリーとミティアに明るい声を掛ける。希望を見出したジェフリーとは逆に、ミティアは震えていた。おそらく彼女が感じているのは恐怖だ。神秘的とも捉えられるこの場所では確かに恐怖かもしれない。
「……ぁっ」
恐怖を察してか、ジェフリーはミティアの手を握った。
入れ替わりでショコラを下ろす。もう少しミティアがうれしがってもいいようなものだが、ショコラは不振がった。ジェフリーが震える手を強く握って励ます。
「一つの目的だ。いや、メインはこれだったかもしれないが」
「ジェフリー……」
「ど、どうしたんだ?」
震えながら手を強く握り返している。この目的のためにどれだけ遠回りをしただろうか。何も犠牲にしないために。抑え込んでいたものが溢れてしまったようだ。まだ辿り着く手前と言うのに、ミティアはジェフリーに抱き着いて大泣きしている。
ケーシスは黙っていたが、照れ臭そうだ。目の前でイチャコラされては反応に困る。
「ま、しゃーねぇか……」
ケーシスの立場から、見ている方が恥ずかしい。気持ちを察するには材料が多すぎる。感極まったミティアを見ていると、いかに自分がしてきたことが彼女を苦しめたのかを思い出す。それでも恨まず、憎むこともでもなく、『おとうさん』と呼んで慕ってくれる。
「のぉん……早く済ませてもっとよろこべばいいのぉ」
「あぁ、そうだな……」
ケーシスの茶々入れがない代わりに、ショコラが促した。済ませてしまえばもっとうれしいだろう。いくらでもよろこべる。
「行こう……みんなも助けないといけない」
進まなければ、今まで積み上げて来たものが無駄になってしまう。わかっているはずなのに、ミティアはなかなか顔を上げてくれない。いつもは控えめな彼女なのに、怒ったり泣いたりと忙しい。背中をさすりながら、ジェフリーは催促した。
「ミティ……んっ!?」
勢いなのだろうが、ミティアがケーシスも見ている前で堂々とキスをした。背伸びをして身を預けるミティアは誰よりも可愛らしい。今までより感情の入った口づけにジェフリーは翻弄されてしまう。いつもミティアからのキスだ。彼女が身に纏っている甘っぽい匂いが身に沁み込むみたいに、心が温かく何よりも愛おしい。
ミティアは名残惜しそうに離れると、儚い笑みを見せる。
「わたしをここまで連れて来てくれてありがとう……」
「ミティア?」
手はつないだままだが、どうして心から笑ってくれないのだろうか。何かを我慢して、抑え込んでいる感情がうかがえる。ジェフリーが追求しようとすると、ミティアは逃げるように手を引いた。
再び歩き出すその足はどこか重い。
「ケーシスさん、ごめんね……」
「ん? あぁ? 別に……」
目の前で感情を溢れさせた件で謝っているのかと、ケーシスも思っていた。もちろんジェフリーもだ。
道から石畳に足を踏み入れると、待ちわびたと言わんばかりに青白い光が石畳全体に広がった。門は向こう側が見えた状態なのに存在に威圧を感じる。
ケーシスがフェアリーライトを払って消した。ここは明るい。
「俺にはよくわからねぇが、大切な用事があるんだよな?」
ケーシスはジェフリーとミティアに振り返る。ケーシスは魂を取り戻す手段を知らない。ただ、ミティアにもジェフリーにもあまり時間が残されていないのは知っていた。特に、ジェフリーは生命活動に支障をきたしている。
手段があるのなら叶えたいと思っていた程度だ。
ところが、ミティアとジェフリーの体がぼんやりと光った。
「あぁ?! お前たち、どうした?」
ケーシスは呆気にとられている。
二人はお互いの体が光っているのを確認した。浮くような感覚とともに、視界は白く瞬いた。
何が起きたのかというと、ミティアとジェフリーは光とともに消えてしまったのだ。残されたのはケーシスとショコラ。
ケーシスはショコラを凝視する。
「お、おい、聞いてねぇぞ!? 何が起きた?」
「ほんむ、わしにもわからん。じゃが、二人を招いたのじゃろうなぁん」
ショコラにも詳しくはわからないようだ。ケーシスは舌打ちをし、周辺を見渡す。神聖な場所に取り残され、気分が悪い。
「招いたって……まさか女神様じゃねぇよな?」
「いんや、『本当の神』じゃと思うのぉ」
「はぁ?」
ショコラの言葉が理解できない。ケーシスは小難しい表情で、この場で自分ができることがないかを模索していた。だが、残念ながらないようだ。『待つ』ことに対し、苛立ちを見せる。だが、逆に考えれば、知らないことを知る機会にもなる。
「で、『元』番人さんよぉ。俺はこの御一行が何を歩んで来たのか、全部を知らねぇ。時間はありそうだから、教えてもらおうか!」
「むむぅ……」
ショコラは嫌がっている。面倒なのか、ケーシスと反りが合わないのか。どちらもそうかもしれない。ショコラはしぶしぶ座り込んだ。
以前、魔界に赴いたときはもっと瘴気に満ちていた。ここは魔界ということは把握している。なぜなら、見覚えがある場所だからだ。
体にまとっていた光が消えた。ミティアとジェフリーはお互いの姿を確認する。
「こんなところに招かれるとは思わなかった」
「そ、そうだね。死んじゃったのかと思った」
ミティアは『死』を予感していた。実はジェフリーもそうだ。おそらく、意図的に魔界に招かれたのだろう。
ミティアは耳を押さえていた。悩ましく首を振って手を解いた。何か聞こえていたのだろうか。ジェフリーは疑問に思ったが言及しなかった。
「待ちわびたぞ」
どこからともなく高い声がした。声質から似ている人物を知っているが、明らかに違う。この場にはいないはずだ。
ジェフリーはミティアを自分の背中に隠し、警戒した。
この場所にいるのは二人だけ。ジェフリーは襲撃があるものだと思っていた。
「まぁ、待て」
ジェフリーの右手に激痛が走った。誰かが右手首をつかんでいる。ジェフリーはならば左手で剣を抜こうと試みた。だが、今度はジェフリーの視界、いや体に重みを受ける。そのまま前のめりに倒れた。一瞬の出来事と速さでまだ相手が見えていない。
「ジェフリー!!」
ミティアの悲鳴がした。声の反響が籠る点から、この場所があまり広くないとうかがえる。とてもそんな場所には思えなかった。ジェフリーが顔を上げると、ミティアは首をつかまれていた。
目に見えた正体は人の形をしていた。やけにすらりとした体形で、髪は青い。上はパーカーのようなものを着ており、下履きはサンダル。かなりの軽装だ。
「待てと言ったよな? お前たちは犬、以下か?!」
ジェフリーは声の主と目が合った。赤い目をした男性のように見える。なぜか、この目を見ているとゾッとする。だが、敵意はないようだ。
相手はミティアを解放し、突き飛ばした。この様子からミティアも自分の剣を抜こうとしたのだろう。
「オレの名はユーリィ。そうだな、お前たちが用のある奴が天空都市にいる神だとしたら、オレは世界の神だ」
ジェフリーは頭を抱えながら体を起こす。自分は『世界の神』だと称する人が目の前にいる。しかも口振りから、待っていたようだ。わけがわからない。やはり死んでしまったのだろうか。立ち上がってミティアを確認する。
「ミティア、大丈夫か?」
ミティアは首を押さえられていた。だが、苦しんだり咳き込んだりする様子はない。
「だ、大丈夫。でも、この人、すごく早かった。全然見えなかった」
ユーリィと名乗った人物は、一度背を向ける。背中を見て気が付いたが、猫のような尻尾が見えた。この感覚は覚えがある。とても身近にいた『誰か』に似ている。ジェフリーは自分なりに推測して問う。
「魔界、尋常じゃない戦闘力、そしてその尻尾。もしかして、神は神でも、『魔人』の神なのか?」
ユーリィは振り返る。振り返る動きでわかったが、耳がとがっている。赤い目は何でも見透かすのではないかと思う恐怖を思わせる。
「察しがいいな。話が早いのは助かるぞ。だが、本当に神だからな? オレはその辺の魔人や閻魔より偉いぞ?」
やけに偉そうな話し方が、仲間の『誰か』、圭馬に似ている。
ジェフリーは先ほど感じた痛覚により、これ以上、難しいことを考えるのをやめた。現実だと受け入れることにした。ここで時間を使うのが惜しい。そうと決まればさっさと話を進めたい。
「待ちわびた、と、言っていたな? 俺たちが来ることを予想していたのか?」
ユーリィは牙を見せてニカリと笑う。
猫のような尻尾と牙から、この人も獣人のようだ。
「そうだぞ。礼が言いたいからな」
ユーリィの言葉に、ミティアはきょとんとしている。
「お礼、ですか?」
「同胞が世話になった。それだけではなく、腐りきった世界をいい方へ変えようとしてくれているのだろう?」
まるでこれまでの行動を見ていたような言い方だ。
ジェフリーもこの発言には驚いた。だが、よく考えれば、魔界には地上の世界を覗ける水鏡があったのだから不思議ではない。時間が惜しいために簡単に信じてしまったが、本当に神かもしれないという恐怖心が芽生えた。俗にいう、あとからジワジワというものだ。
ユーリィはパチンと指を弾き、大きな光を二つ手に持った。やけに眩しい光だ。まるで、何かを訴えるような強い光だ。
「魂の管理場に案内したかったが、あまり魔界をうろつかれては困る。それに、案内しても自分の魂を見付けることは難しいだろう。だから、持って来てやったぞ」
あまりにも話ができ過ぎている。こんなにトントン拍子に話が進んでいいのだろうかと身構えてしまう。自分たちがリスクを冒して天空都市に赴いたのに、やけにあっさりだ。これは絶対に裏があるとジェフリーは考えた。
「返してほしかったら、戦って奪え。なんて言わないよな?!」
よくある話だと、この展開が予想される。
ユーリィは豪快に笑った。この人間を小馬鹿にしながら気遣うところが魔人の特徴なのだろうか。圭馬もそういう性格だった覚えがある。
「人間がオレに勝てるとでも思ったか? よき行いをしている奴にそれ相応の褒美をやろうと言っているのだ。これ以上のことはあるまい? お前たちはさんざんこの世界の理不尽を見て来たのだろう? いい神様もいると、たまには知ってもらわないとな!」
やけに気さくな言い方だ。それに、嫌らしさがない。文字通りの『見て来た』が相応しい。
「でもそうだな、結局世界をまた一つにしてしまった引き金はお前たちだものな。それじゃあ割に合わないか」
ユーリィの態度が急変する。試すような言動と眼差しだ。
ミティアの不安そうな表情を見て、ユーリィは口角を上げる。
「最後の『世界の生贄』がその役目を果たそうとするのなら、無条件で返してやっていい」
ミティアは不安な表情を驚きに変えた。
ジェフリーは怒りをあらわにする。
「ふざけるなっ!! そんなこと、俺が……」
「絶対にさせない。許さない。そうだな?」
「……」
戦って勝てる相手ではない。ジェフリーも相手の強さをわからないほど愚かではない。
ユーリィはミティアを見たまま、首を傾げた。
「さて、そうは言うが、お前は彼女の何を理解している?」
「は、はぁっ?」
「彼女は『声』を聞いていたのだよ。天空都市でずっとだね。ここに来て聞こえなくなっただろう。なぁ?」
ユーリィはミティアに質問をした。ミティアは困惑しながら小さく頷いた。
天空都市に来てから『声』がすると言っていたのを思い出した。ショコラに注意を受けていた。それに、先ほど魔界に降り立ったときも、耳を塞ぐ仕草を見ている。自己犠牲の言動も、仲間に懸命な態度を示すのもそれが原因だったのかもしれない。ジェフリーは見落としてしまった自分に腹が立った。
ミティアは静かに語り出した。
「わたしは都市で怨念のような声を聞いた。一人じゃなくて、たくさんの。それはわたしが天空の民だからなのか、世界の生贄だったからなのかはわからない。それは、存在を問われているようだった。わたしがこの世界のために最後の犠牲にならないと、世界の生贄がまだ続くかもしれない。その次に選ばれるのは、大切な人の未来の子どもかもしれない」
ジェフリーは背筋が凍る感覚に襲われた。ミティアは『今』ではなく『未来』の話をしている。それを聞いたミティアは何を思うだろう。一緒に歩んで来たのだから、答えなど知れている。ミティアは迷わずに自分の身を差し出すだろう。
こう解釈もできる。ミティアはジェフリーを『生かす』ために別れても追い駆けた。そこまでしてジェフリーを助けようとしたのかもしれない。
これから待ち受ける、ジェフリーにとって大きなトラウマに向き合うかもしれないというのに。底知れない恐怖。知らなかった、いや、そこまで読めなかった。押し寄せる恐怖と焦燥感に、ジェフリーは言葉を発せなかった。
「泣ける話じゃないか。なかなかここまで自分を差し出せる人間にはいないぞ。だがな、勘違いをしてもらっては困るな」
ユーリィはミティアに忠告をする。それはとても奥深いものだった。
「最後の生贄になるというのは、後世にその話を紡がなくてはならないのだよ。わかるかい? 犠牲だけが『未来』ではないというのが」
ミティアは胸の前で手を組み、心を痛めた。『見て来た』神が言う言葉は重い。
「わかったのなら、『未来』のために生きなくてはならない。だからオレはお前たちを助ける。お前たちが『偽物』の神と戦うのはかまわない。世界が在るべき姿になってしまうのもこの際、仕方がないだろう。そのあとも、世界がよくなるように努力してくれるか? 約束をしてはくれまいか?」
ユーリィは歩み寄りを見せる。そして協力してほしいと願った。
ジェフリーはやっと冷静を取り戻す。神らしく、人間の事情には干渉しない。だが、世界に関しては口うるさい。つまり、本当に神だ。
「あんた、本当に神様だったのか」
ジェフリーの疑問に、ユーリィは笑い飛ばす。
「だからそうだと言っただろう? こんなに話しているのに、時間は大丈夫か? オレは優しい神様だから、一応人間の事情を察してやるぞ」
信じていいのだろうか。まだ何もお互いを知っていない。いや、ユーリィは一方的にこちらを知っているような口振りだ。
話し込んでしまった事実はもちろんだが、ユーリィはやけに足元を気にしている。ジェフリーたちは足元に瘴気が滲んでいることを確認した。
「死者は生身の奴が大好物だからな。さぁ、答えはどうなんだ?」
ユーリィは返事を待った。この場所が朽ちようとしているのか、それとも二人が朽ちようとしているのか。
ミティアは寒気を感じるようにもなった。腕を抱えながら小さく頷く。
「わたし一人じゃできないこと、ですね」
「そうだ。その意味はわかるな?」
「はい」
ミティアはすんなりと受け入れた。そしてジェフリーの顔を見た。
「ジェフリーは手伝って、くれる?」
ジェフリーはミティアに今一度、確認をする。これは念のためだ。
「それは生きるための道、だよな?」
これだけは絶対に間違ってはいけない道だ。ミティアは目を合わせ、今度は深く頷いた。そして力強い口調で言う。
「そうだよ。わたしだって、本当はジェフリーと一緒の『未来』を歩みたいもの!」
ミティアの返事を聞き、ジェフリーも頷き返した。
ユーリィは二人に魂を委ねた。何も言わないところを見ると、察してくれと言いたいようにも思える。
委ねられた大きな光は力強く、命そのものとも思える輝きだ。暖かく、気持ちまでほっとさせる。光は大きくなり辺りを真っ白く染める。そのまま一瞬浮くような感覚に襲われた。
ミティアとジェフリーは『現世』に送還された。ユーリィは辺りを確認する。二人は無事に元の世界に戻れたはずだ。
ユーリィは誰もいないことを確認し、ほくそ笑んだ。
「数十年とは些細なものだ。これくらい目を瞑れなくて何が神様だ。この世界は楽しそうじゃないか。三兄弟と異端猫、かの王女もそうだ。オレが『お忍び』で行くまで、せいぜい頑張れよ」
ここまで手を貸すのはこれが本当の理由だ。ユーリィなりの目論見があって協力をしている。『見て来た』のだから、神であっても羨ましい。世界をいい方へ変える手伝いをしたいと思っていた。
世界の神というのに偽りはない。壮大な話だ。こんな感情など、一時のことに過ぎない。悠久のときを生きる神にとっては戯れかもしれない。
ユーリィはまだ降り立ったことのない『世界』に思いを馳せた。
魂はこんなに暖かい光を放つものだろうか。体に重みを感じる。それだけではない。生気が満ちている。
白い視界が落ち着いた。だが、それは現実に引き戻されたことだ。朽ちかけた石柱、石畳、浅瀬のような水。突き抜けて見えるやけに近い空。そしてケーシスとショコラを目にした。
ケーシスは寄り掛かっていた柱から離れ、二人を迎え入れた。
「驚いた。突然消えちまうんだから、何事かと」
驚いたという割に、ケーシスは落ち着いている。その理由は足元のショコラのせいだ。不在の間に話し込んだのだろう。ケーシスの表情も事情を察したと思われる。ただ、ケーシスは変化に気が付いた。
「何だかお前ら、生き生きとしていないか?」
ケーシスは首を傾げ、じろじろと観察している。
ジェフリーはミティアに視線をおくる。ミティアもジェフリーを見つめていたので目が合った。うまく言えないが、目の輝きが違うように思える。肌は艶やかで、顔色もいい。
ジェフリーは足元にショコラもいるのを確認し、首を傾げた。
「こんなのでいいのか? あの一瞬意識が遠退きそうな感じはもうなくなるのか?」
「たぶん、なのぉん」
「ばあさんはあんまりこういうのは詳しくないのか?」
「魔界に長くいた圭馬チャンの方が詳しいと思うのぉ」
ジェフリーは人選ミスだったかもしれないと思った。いや、ショコラは猫だ、幻獣だ。細かいことはさておき、これでよかったと解釈する。
ミティアも一頻り感傷に浸るのが終わったようだ。だが、なぜよろこばないのだろうか。ジェフリーは質問をする。
「うれしくないのか?」
ミティアは小さく首を振って答えた。
「……ジェフリー、ごめんね。わたし、間違っていないけど、多分間違った選択をしたと思う」
「『世界の生贄』の役目か? それはこれから次第だ。これで普通の女の子になれたんだろう? まだ実感はないけど」
言葉の意図が読めない。間違っていないけど間違った選択とは、一体何を意味するのだろうか。ショコラにもケーシスにもわかっていないようだ。
ズシリと大きい揺れを感じた。治まった確認をしたわけではなかったが、しばらく感じなかったものだ。そして頃合いを見計らったと勘ぐってしまう。漂う光たちは揺れにかまうことなく漂い続けている。この場はないも変わらない。だが、魔界への入り口の一つだった。それは間違いないだろう。
ケーシスは警戒を強めた。まだ揺れは続く。
「今回の揺れはやけに長いな。しかもデカいと来た」
ケーシスが言うように、今までより重力を感じる揺れだ。ショコラはとあることに気が付いた。揺れだけではなく、風を感じる。そして重力も。嫌な予感を口にした。
「ま、まさか、降下してるのぉん?!」
ケーシスは驚愕した。
「おいクソ猫、冗談はほどほどに言えよ」
思わず汚い言葉遣いが飛び出した。砕けた口調を話せるほど、ショコラと話し込んだようにも思える。とは言え、その『まさか』は否めない。遠くに大きな音が聞こえる。ところどころの崩落があったようだが、皆は無事だろうか。石畳に凹凸と亀裂が入る。ここも柱があるのだから危ういかと思われた。だが、揺れはしばらくののちに治まった。
ジェフリーはミティアの無事を確認する。
「大丈夫か?」
「う、うん」
ミティアの様子がおかしいのはさておき、怪我をしていないか確認をする。見た限り、何ともなさそうだ。
「今日はどうしたんだ?」
「…………」
ジェフリーが問い詰めるも、ミティアは答えようとしない。
ミティアは自力できちんと立ち、辺りを気にしていた。
「声が、呼んでる」
怯えるように声を震わせている。『声』と聞いて、ショコラが大袈裟に反応する。
「ど、どうしたのぉん?」
「誰かが『おいでって』言っているみたいなの」
ショコラはミティアの足元に縋る。ショコラは気が付いたようだ。
「女の人の声なのぉ!?」
「そう、だよ?」
ミティアはとある場所を指さした。まるでミティアの指に反応するように、ぼんやりと道があらわれている。その先は霧が掛かったようにぼんやりとしか見えない。だが、少し明るいようにも思える。
道があらわれ、ケーシスは意気込む。
「臨むところだ。何を考えているのか、しっかり聞いてやろうじゃねぇか!」
ジェフリーはミティアが心配で仕方なかった。こんなに怯える理由がわからなかったからだ。
今日のミティアはおかしい。知っている彼女が崩れていくようで、ジェフリーも恐怖覚えた。手を強く握る。
浅瀬に掛かった謎の道を通る。すると、なぜかうしろが消えた。水の中を歩いても問題ないのかもしれないが、確認が取れないので安全の保障はない。三人は道に従った。
また円形に展開された石畳が見えた。到着を待ってか、霧が晴れた。霧の向こうは水が抜けている先ほどの大きな地震の正体はこれだろう。そしてもう一つ気が付いた。やけに眩しい光が足元に見える。
「コイツは、光の柱じゃねぇか!?」
ケーシスは道の縁、ぎりぎりから身を乗り出す。ショコラは頭に乗った。変な所で図々しい猫だ。同じく覗き込むと声質が下がった。
「降下……真っ黒なあれは大渦じゃなぁ……」
「大渦だと!? 目で見えるってことは、俺たちは天空都市が下の世界とつながるのを止められなかったのか!?」
「そうなるのかのぉん」
結論として、無駄になった。ケーシスもショコラもひどく落胆した。確かに、何のためにここへ赴いたのか、半分くらいの理由が消えてしまったのかもしれない。
ジェフリーもどちらかと言うと落胆していた。握ったままのミティアの手がピクリと動いた。彼女が振り返っている。その視線の先に誰か立っていた。光の柱で辺りは明るい。
物悲しげな表情をした女性がこちらを見ている。とても長い金髪で地面を引き摺るほどだ。少しウエーブの掛かったくせ毛だろうか。瞳は青く澄んで、お世辞ではなく、かなりの美人である。青白いワンピースを着ていた。だが、裸足だった。
ジェフリーが警戒するよりも先に、ケーシスが荒声を上げる。
「どうして……どうしてあいつにそっくりなんだよ!! お前、エリーシャだろう!?」
ケーシスが言う『あいつ』とは失くした妻のシルビナだ。
ジェフリーも壱子から見せてもらった写真を思い起こす。認めたくはないが、亡き母親にそっくりだ。
女性は歩み寄るわけではなく、離れたこの距離でワンピースの裾を両手で丁寧に上げ、お辞儀をした。
「初めまして。おとうさん、それから……」
澄んでよく通る声だ。ガラス細工のような儚さを感じる。
物悲しくも優しい目が一瞬で怒りに豹変した。
「忌み子よ、世界の生贄よ」
あまりの豹変に背中に悪寒を感じる。ジェフリーは驚愕した。
ミティアは怯えた身を縮めて耳を塞ぐ。何か聞こえているようだ。
ケーシスは一歩前に出た。
「エリーシャ、会いに来てやったぞ」
「私は呼んでいません。呼んだのは、世界の生贄だけ」
「はぁ⁉ あんな手紙よこしたじゃねぇか」
「……?」
ケーシスは食らい付く。だが、エリーシャは眉間にシワを寄せる。この整った顔立ちを歪ませるのにはかなり抵抗がある。お世辞ではなく美しいからだ。
今度はショコラが問う。
「エリーシャ、あの男に騙されておるのぉ?」
「あなたはホロスですね。どうして世界を分離させたのですか? 文明は滅んでしまいました。悲しいことです」
「本当は何も司ることのできない神……」
「言いましたね?」
どうやらショコラの言葉は逆鱗に触れてしまったらしい。
怒りに触れたのに関係しているのか、地鳴りがした。そのあと、また大きく揺れた。
エリーシャは狂ったように高笑いをする。
「うふふ、ふはは、間もなく世界は滅びます。目覚めなさい、始祖の邪神龍。そして、受け止めなさい、世界の生贄よ。あなたは、完全な人となった。覚醒したのです」
エリーシャは意味深なことを言い、満足そうに微笑む。
三人の背後を光の柱が抜ける。突風に似た衝撃が走った。そして黒く大きな影が光を喰らう。とても大きく、黒い瘴気を纏った龍だ。
見上げるジェフリーは我が目を疑った。
「まさか、こいつはフィラノスの地下研究所で見た……」
フィラノスの城の地下を深く行った場所で見た大きな邪神龍だ。確か、氷のようなもので封じられていたはず。サキとセティ王女とショコラで見たものだ。この展開は予想していなかった。
ミティアが言っていた、『間違っていないけど、多分間違った選択をした』がここでつながった。ミティアは自分がこの運命を辿ることを薄々予感していて、その上でジェフリーを助けたことになる。
ケーシスはジェフリーに言う。
「ジェフリー!! あいつをどうにかしろ。エリーシャは俺がやる!!」
「親父!!」
ケーシスは独断でジェフリーに邪神龍を押し付けた。ケーシスは自分が恨まれてもいいと立ち向かう決意を抱く。
ジェフリーは今一度自分の置かれている状況を確認する。敵は始祖の邪神龍だ。ケーシスはエリーシャと対峙している。自分がミティアを守るしかない。そのミティアは怯えていて戦力になるかはわからない。今は考えないようにする。
一緒に敵に向かってくれるキッド。傷の手当てと援護をしてくれる竜次。敵を倒す手段を見付けてくれるローズ。窮地を打開する手段を持っているサキ。仲間に気を回しながら敵の動きを読んでくれるコーディ。仲間の面倒を見てくれて助言をしてくれるハーター。
助けてくれる仲間はいない。
何としてもミティアを守らないといけない。
ここで戦わないと、勝たないと、世界もミティアも救えない。ジェフリーは逃げずに戦うことを選んだ。腰の剣を抜いて、ミティアを庇って前に出る。
失いたくない人のために、精一杯の足掻きを心に誓う。
「博士はコーディと一緒に兄貴たちを助けに行ってくれ。コーディ、その怪我でも飛べるなら、兄貴とキッドはそう遠くない場所にいるはずだよな」
「多少なら無理をしても大丈夫。ジェフリーお兄ちゃん、私のこと、わかってるね!」
コーディは調子よく答えた。彼女は神族の混血だ。怪我の回復が早い。そして、思い出したように、ルッシェナの情報を言った。
「あいつの裏にはこの都市の女神さまがいて、その女神が本当の大ボス。でも、この変態は仕方なく従っていたみたいだよ。その言動も不思議だけど、行動もおかしかった。まるで反旗を翻すことを考えていたみたい。ドラゴンブラッドの媒体をほしがっていたもの」
コーディが言った情報は確かだろう。ジェフリーは深く頷き、もう一度コーディに頼んだ。
「ありがとう。兄貴とキッドを頼んだ」
ジェフリーの判断は、ここで仲間の分散だった。まずはコーディとローズは先に向かわせる。
まさかの戦線離脱にローズはひどく動揺した。
「ムムッ!? うぅむデス」
ジェフリーの考えは、適材に任せる。コーディは竜次たちの場所を知っている。ローズは怪我の手当てとフォローができるはずだ。特に、竜次を叱咤できる人は限られる。そして、竜次の状況がわからないのが怖い。
指示を受け、コーディはローズの手を引く。ローズも渋々この場を離れた。
ジェフリーは次にミティアへ目を見ける。ばっちりと目が合った。
「ミティア、動けるよな?」
「う、うん。大丈夫」
ミティアの受け答えははっきりとしている。兄、ルッシェナを前に、動揺している様子もない。
ジェフリーはその隣にも目を向けた。
「あんたにも頼みたい……」
ジェフリーの指す『あんた』とはクディフだ。ミティアを庇いながら後退している。涼しい顔だが、目はジェフリーを捉えていた。どうも気を遣って話しづらい。ジェフリーがそう思っていると、クディフの方から歩み寄りを見せた。
「何をすればいい?」
「あ、あぁ……」
ジェフリーは困惑し、どうしても視線がミティアの方へ行ってしまった。クディフはそれを察する。
「彼女を守りつつ自由に動けばいいのだな?」
何とも言い難い。ジェフリーは困惑しながらも頷いた。おそらく、下手な指示よりは最適だろう。
ジェフリーはさっさと切り替え、次にハーターを見た。まだまだ動けそうだ。
「先生は援護を頼む。俺は仕掛けるのとサキの時間を稼ぐ」
「了解だよ。遊撃なら任せてくれ」
指示を出せるリーダーなのかはわからない。ジェフリーは自分を皆を信じ、彼もまた皆を信じて個々の力を見定めた。
ハーターはこの一行が本当に羨ましかった。忘れていたものを思い出させてくれることに感謝もしていた。
クディフもその思いが強い。似た者親子なのだ。
ルッシェナは掠れた声で言う。
「ケリをつけますか? それもまたいいでしょう。だが、わたしは神になるまで朽ちることはありません。世界を在るべき姿にし、作り変えるというのは正しいからです。わたしが正しい。あの女神を名乗る『詐欺師』には渡さない。なぜ皆が平等ではないのですか? 寿命も、能力も、境遇も……おかしいと思いませんか? あなた方も理不尽を味わったのではないですか?」
ルッシェナが言いたいこと、伝えたいこと。それを真っ向から否定はできない。それでもミティアはかつての兄に言葉を手向ける。
「理不尽はたくさんあった。だけど、わたしは全部がいけないことだとは思わない。全部初めからやり直すなんて、どう考えてもおかしいよ。ゼロからやり直すなんて、すべての存在の否定じゃない」
「ふ、あっははは……」
ミティアが言ったせいなのだろう、ルッシェナ高笑いはか細くなっていく。ギロリと眼球が動いた。もうここまで人間らしさがなくなっている。
「ミティアが言うといっそ哀れだね。一番の理不尽を被っているくせに、その命は手を加えないとなかったというのにね。この世界の在り方を憎まないなんて、ミティアこそ狂っているよ!!」
「わたしはいっぱい悩んだ。本当に生きてちゃいけないのかなって、本当に生贄になった方がいいのかって、本当にみんなと一緒に生きられないのかって!! それでも自分の境遇を憎むことはできなかった。本当はまだどこかで兄さんを信じてたんだよ!!」
「……優しすぎて、虫唾が走る!! せっかく、愛してやったのに!! わたしも、わたしの考えも、拒絶した!!」
ルッシェナの浸食は進んでいた。彼が振るった技術が自らを滅ぼすのだから、皮肉なものだ。両腕がミシリと音を立て、巨大化した。並の人間なら怯えて何もできないほど、常識を逸脱している。
ミティアは胸の前で手を組み、胸を痛めた。
「兄さん……」
声は届くだろうか、次に帰って来たルッシェナの言葉は雄叫びだった。理性は確実になくなっている。体もメキメキと嫌な音を立て、翼も大きくなり、人の体の何倍かに変貌を遂げてしまった。どこかでまだルッシェナであることを期待して、ミティアは憐れんだ。
クディフはそんなミティアを気遣った。
「貴女は戦わなくてもいいのだぞ」
「うぅん、大丈夫です」
ミティアは小さいが力強い声で答えた。クディフも小さい声で言う。
「本当は血のつながった兄、いや、『親』の壮大な終末を見届ける。か……」
「やっぱり、知っていたんですね」
クディフはミティアとルッシェナの関係を知っていた。おそらく、歪んだ愛情のことも知っているだろう。だが、ミティアはクディフに知られても、嫌な気持ちにはならなかった。
本当なら忌まわしい記憶に心が塗りつぶされてしまう勢いなのに。声を上げなかった自分がいけない。勇気がなかった自分がいけないと何度も悩んだ。苦しんで、抱え込んで、とても言葉では言いあらわせられない苦悩との闘い。
仲間がいたから真実に辿り着けた。
天空の民の血を引く自分は地上での長生きが難しいと母親から聞いた。
今思えば、ルッシェナはあらゆる手段を用いて自分を延命させたかったのかもしれない。ミティアは考えようによっては、そうとも捉えられると気が付いた。歪んだ愛情さえなければ、もっと早く気が付けたかもしれない。
歪んだ愛情――
悠久のときを生きる神族だったルッシェナは、自分が築いた子どもであるミティアに異常な愛情を抱いていたのかもしれない。
何年も何年も、自分を理解してもらえない孤独から世界を変えようと思ったのかもしれない。もっと話がしたかったのが、正直な気持ちだった。
ミティアは、本当に変わり果ててしまったルッシェナに涙することはなかった。だが、残念だとは思った。しかも心の底から。
最後まで、違う、間違っていたと聞きたかったのだ。もうそれは期待しても仕方がない。発せられるのは人間の言葉ではなかった。理性があるのかも怪しい雄叫び。ミティアは剣を構えながら覚悟を決めた。立ち向かえる勇気を皆からもらった。ここで奮わなければ、何のためにここまで来たのかわからなくなってしまう。
ジェフリーは全員に聞こえるように大声で言った。
「全力でこいつを倒す。誰一人、絶対に死ぬな!!」
場が整った。ここまで待ってしまったが、もしかしたら動きが変わって来るかもしれない。まだ『人』であったルッシェナは、戦える手段をいくつも持っていた。その潰しても潰しても湧き出るような手段にどれだけ苦戦しただろうか。
最初に仕掛けたのはハーターだ。援護という役割だが、補助を試みていた。
「まずはその翼かな? 地に降りてくれないと、ぼくたちの攻撃が届かないよ」
ハーターは退きながら、カプセル状の球を投げた。下手投げで、弓なりに山を描いてルッシェナの背後に投げ込まれた。これは皆と距離を確認し、危険がないと独断で投げ入れたのだ。
爆発するのかと思ったがパンと弾けただけで鋭い針が散っている。行動と足止めに使うための針爆弾だ。ルッシェナの翼と背に針が突き刺さる。だが、様子がおかしい。
ハーターは効果がないことを悟った。
「もしかして、さらに変異したのかな」
バラバラと針が落ちる。普通の人間ならひとたまりもなく叫ぶほどの針だが、変異した皮膚は貫けなかった。ここまで来るともう人ではない。
「グォアアアアアアアアアッ!!」
「こいつはまずいかもしれないね」
ハーターが試みた動きの封じ込みはまったく通じなかった。もっと強力な攻撃でないと、ルッシェナにダメージを与えることはできなさそうだ。
ジェフリーはそれを確認した。精神を集中させているサキを確認し、剣を構える。自分がルッシェナを切り崩そうと考えていた。そのジェフリーに圭馬は助言をする。
「ちょっと待って! ジェフリーお兄ちゃん、ハーちゃんの小細工であの反応だ。お兄ちゃんの剣でどうにかなるとは思えないよ。でも、今のあいつは危険だ。もう人でも何でもない。何をどうやったのかはわからないけど、あいつ自身が魔力を含んでいる。こう、何て言ったらいいのかわからないけど、とにかく変なんだ!!」
「ちゃんとした言葉で頼む……」
存在が薄まっていた圭馬がまともな注意と警戒をする。弱点を探ろうとしていたのは圭馬だけではない。
「この都市からエネルギーを吸い取っているような感じもするのぉ」
ショコラも嫌な予感を口にする。圭馬はぴくりと耳を立てた。
使い魔たちの話を無視し、クディフも攻撃に出た。
クディフはただ単純にルッシェナに斬り掛かった。だが、やはりクディフの剣も通じない。まるで鋼鉄を相手にしている感覚だ。本当に剣が通らず、クディフの涼しい顔が焦りに変わった。あえて実践して証明したので、クディフの行動は完全に無駄ではない。
ここでルッシェナにも変化が見えた。
傷を負っていたはずの腕はいつの間にか癒えているし、大きく羽ばたこうとしている。そしてもう一つ、大きく揺れを感じた。ルッシェナが暴れているのではない。都市が揺れているのだ。
圭馬が毛を逆立て、耳をパタパタとさせる。尻尾はボンと膨れ上がっていた。
「えっ? 地震? 天空都市なのに? ってことは、天空都市からエネルギーを吸い取るってそういうことぉ!? このままじゃ、早々に天空都市落ちちゃうんじゃないの!?」
一同は息を飲んだ。圭馬の言葉は本当かもしれない。
剣を振るよりも嫌な予感が頭を過った。ジェフリーはミティアに目を向ける。ミティアも同じことを考えていた。
意外にもミティアは冷静だった。
「この都市が落ちて、この都市自体が無事とは限らない、よね?」
ミティアの言葉には複数の意味が込められていた。
ショコラの予感と結びつく。まず、ルッシェナが天空都市からエネルギーを吸い取る。これは間違っていないだろう。現にルッシェナは変異し、強靭になっていく。
天空都市を浮かせている浮力が、そのエネルギーに関係しているのは否定できない。そして、天空都市が落ちれば、ここにいる皆も都市自体も無事ではいられないだろう。つまり、ここへ来た目的が消えてしまうかもしれない。
天空都市の崩壊だけは何としても避けたい。
このまま悠長にルッシェナの相手をしていては、ミティアもジェフリーも自分を取り戻せない可能性が高い。
転機を利かせたのはサキだ。もし時間がないのなら、大きな目的は優先させなければならない。
「せっかくジェフリーさんから指示をいただきましたけど、ここからは僕たちだけで動くべきなのかもしれませんね」
サキの言葉に一層、緊張が高まった。サキは短い詠唱から、杖を振り上げる。
「さあ、魔法はどうかな。唸れ炎獄、インシネレーションッ!!」
炎が渦を巻く。強力な魔法を試みたがこれもルッシェナに効果がないようだ。その代わり、辺りが少し明るくなった。見た限り、緑の葉があったはずだが、茶色い枯葉になって大樹にも僅かにだが燃え移っている。ベルが朽ちたせいだ。
サキは大きく落胆はしなかった。魔法により、何かをつかんだ。もう次の手を考えている。
ルッシェナにダメージはなかった。猛獣の叫びを繰り返している。
だが、ルッシェナはついに行動に出た。大きな手が反り返る。その先はクディフとミティアに向かった。ミティアに何か訴えたいのかもしれないが、もう言葉を発していない。
どうしてもルッシェナは飛んでいて行動が素早い。ミティアは一瞬の行動に隙を突かれた。今度は『殺す』勢いの攻撃だ。ミティアの視界は赤い翼によって深い赤に染まるように思われた。だが、実際にミティアの視界を覆ったのは銀の黒いマント、クディフだった。
「クディフさ……きゃあっ!!」
厄介なことにルッシェナは素早くなっていた。回避が難しいと感じたクディフはミティアを抱えて守りの姿勢に入る。今の彼女を守れるのは彼しかいない。振り上げられた一撃は確実に二人を捉え、爪は石床も裂いた。大きな地割れのあと、漆黒のマントが翻る。
ミティアの目に大きな血飛沫が映る。暗いのに鮮明で、目に焼き付くようだった。
「あぁっ!!」
思わず息を飲んだ。至近距離で飛んだ血が誰のものなのか、目の前の人が苦痛に顔を歪めている。体勢を崩し掛けてさらに横へ飛んだ。間髪入れずにもう一撃が襲う。予め回避したおかげで今度は空を裂いた。ギョロッとしたルッシェナの目はミティアを追っている。
完全にミティアを狙っている。異常な執着と執念を感じた。
クディフはミティアを抱えたまま、回避を繰り返している。『彼女を守る』というあやふやなものだったが、確実に守られていた。
ルッシェナがミティアに執着しているのだから、皆は置き去りになる。
「こいつはどうしたらいいんだ……」
ハーターがポケットの中を漁っている。もはや、数を打てばどうにかなる相手ではない。手を考えていると、別の声が耳に入った。
「クッソ頭いてぇ……」
今まで気を失っていたケーシスが覚醒した。上半身を起こし、頭を抱えている。ハーターは手を貸そうとする。
「け、ケーシスさん、無事かい?」
差し伸べられた手をケーシスは取らなかった。
「ケッ、俺のことなんて忘れていたくせに、よく言うぜ」
ルッシェナに投げ捨てられていたケーシスが、頭を抱えながら立ち上がる。あちこちぶつけられたのか、紺色のコートはボロボロで、その下から覗く手は血で汚れていた。何とか生きているとはいえ、彼も瀕死と言っていい。
ケーシスは軽く辺りを見渡す。そして状況を把握して、あえてハーターに質問をした。
「竜次は無事なのか? あいつ、多分死ぬぞ」
「でも、コッチも絶体絶命だよ。状況、わかってるのかい?」
「弓持ってた姉ちゃんがあいつの大魔法に堕ちている」
「文豪先生とローズが助けに向かったよ。でも、どうしてぼくに聞くんだい?」
「一番、暇そうだろ?」
「……」
ハーターは情報を引き出す役になっていた。情報を取り扱う仕事をしていながら、どうもこの扱いに一瞬だけ胸やけのような感覚を覚えた。
血痰を吐き捨て、口の端を拭うケーシス。状況を見てすでに戦場とは把握しているが、どうも納得がいかない。説明するよりも先に、また微震が起きた。カラカラと崩れを観測する。ルッシェナの一撃と重なって崩れが悪化した。
「ルーの野郎、とんでもねぇことをしやがったな。自らの手で天空都市を落とすなんて、どんなヤケクソだっつーんだよ」
ハーターはケーシスに問う。
「ケーシスさん、打つ手は?」
「多分そんなモンはねぇ。もう、突っ走るしかねぇ」
ケーシスがかぶりを振って自分に気合を入れる。何が彼をそうさせるのかはわからないが、怪我の割にしんどそうだ。戦場を見つめながら、打つ手を考えていたハーターが渋い表情を浮かべる。ケーシスは続けた。
「女神様を止めないと、天空都市が落ちた瞬間に世界が本当に破滅するかもしれない。そうなったら、魔界から持ち出された『弄ばれた魂』は解放される機会を失う。在るべき人のもとへ還らないだろうな」
「ぼくはその話を完全に理解できていないんだ。でも、あの子たちが短命のままって意味だよね。それは、ぼくも嫌だな。もっとこれからを背負ってもらいたい。僕はそのお手伝いがしたいんだけど?」
「秘密主義で陰キャのアリューン神族のくせに、アツいことを言うじゃねぇか」
「陰キャは余計だよ、ケーシスさん! ぼくも何をすればいいかわかった。さぁ、あの子たちを連れて先を行くんだ。女神様は知っている人なのだろう?」
物分かりのいいハーターは、何とかしてルッシェナの気を引こうと考えた。ポケットからはいくつかの爆弾らしきものを取り出す。
ケーシスは任せていいのかと一応気を遣った。
「おい、センコー……」
「こっちは任せておくれよ。そらよっと!!」
ハーターは小ぶりな爆弾を放り投げた。爆発したが、やはり程度は知れている。だが、いくつか小さく線香花火のような火花が散った。かなり目障りな光だ。ルッシェナの注意がミティアからハーターに向いた。
「よし、やったね。鬼さんこちらっ!!」
ローズとは違う科学の力を奮っての応戦だ。ハーターはケーシスを突き放し、さらに囮になろうとする。
ハーターに注意が逸れたことにより、サキに余裕ができた。クディフがいる以上、素早くて追うのが大変だった。こちらに向かって来るのなら、ある程度の軌道は読める。
サキは早口で唱え、ルッシェナに向かって魔法を放つ。
「アイシクルカラミティ!!」
威力の大きい魔法で削ろうと試みているがダメージは与えられない。今回も凍り付いて動きを封じるしかできなかった。なんという硬さだろうか。
「やっぱり、動きを封じるのが精いっぱいか……」
対象が大きい。倒そうとしても攻撃のほとんどは通用しないだろう。サキも魔導士ならそれくらいはわかっている。わかっていて、まずはルッシェナの動きを封じた。
この時間で作戦か大きく動いた。
注意が逸れてくれたおかげで、ミティアはクディフを気遣う余裕ができた。
「クディフさん、血が……」
「利き腕ではない。俺にかまっている時間はなさそうだが?」
「で、でもっ!!」
ミティアはクディフの手当てを試みる。フェアリーヒールの光を当てるも傷は深そうだ。ミティアは自分を庇って怪我をしたことに嘆いた。クディフにとって、正直この気遣いだけで心温まる。
「心優しいな。だが、今は捨て置かねばならんようだ」
「そ、そんなっ!!」
クディフは血の付いた腕を引き、自ら退いた。このままハーターと合流して作戦会議となりそうだ。クディフがミティアを動かすのは難しい。よって頼りは別に行った。
「ジェフリー・アーノルド・セーノルズ」
「…………!?」
クディフはジェフリーを呼んだ。
ジェフリーはサキと作戦会議している最中だったらしく、ショコラを抱っこして何かを手渡していた。名前を呼ばれると思ってもいなかったのか、何かの間違いかと疑う形相だ。名前を呼ばれるなど、覚えている限り初めてのはずだ。
クディフはミティアの背中を押し、前に出させた。
「どうやら時間がないようだ」
「そうらしいな。サキとその話をしていた」
「貴殿を助けるのは気が引けるが、彼女のためなら仕方ない」
「別に俺は……」
「話したいことがあるのなら終わってから付き合ってやろう。早く行け、彼女は地図を見ている!!」
クディフにしては強い口調だ。
ジェフリーは言われるがまま、ミティアの手を引いた。彼女は今にも泣きそうだ。状況はわかっているだろう。だが、それでも本当はここを離れたくないはずだ。
「ミティア……」
「わかってる。わかってる……けど」
「みんなの思いを無駄にするのか?」
ジェフリーだってここを離れたくはない。だが、判断を急かすようにまた揺れた。まだ立っていられる程度だが、これからひどくなる可能性がある。揺れに感化されたミティアは大きく頷いてジェフリーに身を任せた。離れる足、クディフに言葉を掛ける。
「あのっ……今度、一緒にご飯食べましょう?!」
こんなときに何を言っているのかと思われるかもしれない。だが、これがミティアだ。誰もが一度は翻弄されたこの調子はずれな人間性。
ここは戦場だと言うのに、クディフは見せたことのない優しい笑みを浮かべた。
「一度くらいなら約束しよう」
「はいっ!!」
眩しく弾けた笑顔に咄嗟の返しが思い付かない。ミティアが皆に好かれる理由が多すぎるとクディフは感じた。この人のためなら頑張れる。一緒にいるから優しい気持ちになれる。クディフは口約束だけでは済まないように微かだが歩み寄りを見せた。
「期待している」
一時的な別れと信じ、去り行くミティアのうしろ姿に呟いた。この声はきっと届いていない。だが、今は目の前に集中するしかない。クディフの眼前をケーシスが嫌な顔をしながら横切った。彼とも因縁があるが、それは置いておく。それよりも倒さねばならない相手がいるのだから。
「さっさと片付けて来いよ。お前も女神様をぶっ倒したいんだろう?」
クディフは小声で言った。
「ふん……余計なことを」
この言葉はケーシスに届いたかは怪しい。クディフはもとよりそのつもりでここへ赴いたのだ。神など存在しないと、己の正義に誇りを持って。
ミティアは振り向き、サキに声をかけた。
「サキ、死なないでね!!」
サキはまさか自分にこの笑顔が振られるとは思わず、ハッとなって顔を上げた。人を思いやるミティアらしい。サキは頷いて見送った。
ケーシスとミティアとジェフリー、そしてショコラが離脱したことになる。
この場に残ったのは、サキ、ハーター、クディフ。そしてもう一人、やかましい圭馬だ。本来クディフはここにいないはずの存在。ほぼ即席のメンバーで『大ボス』とやらに挑むことになる。
勝機はほとんど見えない。だが、なぜか負ける気もしない不思議な感覚だ。少なくともサキはそう思っていた。
圭馬はわざとらしくも嫌らしい言い方をする。
「よかったね。お姉ちゃんに励ましてもらえて」
この間にも次の手を考えていると言うのに、サキは苦笑いをしてしまった。サキはため息をつく。
「そりゃあ、ミティアさんと一回くらいデートしたいですし」
「えっ、もしかしてまだ好きなの?」
「まぁね。でも、そうじゃないんですよ。圭馬さんだってミティアさんが好きでしょう? それと一緒ですよ」
自分にミティアの気持ちが向かないのはわかっていた。それでもサキは腐らず、持っている力を悪用することもなく、仲間として歩んだ。今だってミティアのために奮起していると言ってもいい。
どうしていなくなった人のことを考えてしまうのだろう。縁起でもないが、ここで命を散らすのか。それも悪くないだろう。自分だって本当は、女神に対して恨みの一言も言ってやりたい。女神でサキの思考は意外な閃きを生んだ。パキパキと氷の束縛が解けようとしている。間に合うか、間に合わないかはわからないが、杖を握り、祈るように精神を集中させた。
サキの足元で圭馬が驚いていた。何の作戦会議もしていないからだ。
「ええっ!! キミ、何をしようとしているの?」
圭馬は今こそ自分の出番ではないのかと動揺している。サキの表情から、圭馬の出番はまだらしい。いつの日だっただろうか、詠唱がなくても頭の中で使いたい魔法が思い描けるようになっていた。精神を集中させれば、そのぶん魔力も威力も高められる。
「まずはあの人に何か掛かっているのかもしれない。だから、オールリセットですね」
サキは杖を回し黒いブースト石も弾いた。圭馬は何をするのか把握して顔を上げた。
「オール・ディスペルッ!!」
フッとフェアリーライトも消えたが、先程の魔法で引火した炎は消えない。この魔法で何が解除され、どこまで効果があったのか、現段階では分からない。当然サキの魔法もいったんは効力を失う。ゆえに、ルッシェナを束縛していた氷は脆くなって砕け散った。さあ、ここからは仕切り直しだ。
見守っていた圭馬もこれには頷く。
「考えたね!」
「科学に魔法が通じるのかわかりません。だけど、少なくともあの人は両方を持っています。それからもう一つ、この魔法には意味があった気がします。届いたのなら、ですが……」
いわゆる戦闘再開だ。サキは次の一手を考えていた。
ここでクディフとハーターによる『削り』が始まった。まずはサキに習って、行動を封じる動きだ。動き出したのはクディフが先。ハーターは一手遅れる形で続いた。
「手か足か翼か、ハーターが選べ」
「ええっ、父さん、そういうのは手からじゃないの!?」
経験が浅いながらもハーターだって剣術学校の教師をしていたのだ。少しは戦い方もわかっている。心許ない小剣程度しか振れないのが欠点かもしれないが、精いっぱい足掻こうとする。
「投げ物の方が専門だから、ぼくは遠距離攻撃がいいかもしれないね」
「相変わらず威勢だけはいい」
「本当に久しぶり過ぎて、怒りを感じない……よっと!!」
ハーターがカプセル状の物を投げつける。弾けたと思ったら、鎌に似た金属の刃が勢いよく飛び出した。
物理法則が完全に無視されている。何も知らずに見たらそう感じるかもしれないが、三日月状の金属が折り畳まれて入っていたとなれば説明は付くかもしれない。武器で腕を奮うのではない行動にクディフは驚いていた。もう一つ驚いたことがある。なんとこの刃、軌道を逸れたが、魔人と化したルッシェナの腹に突き刺さっていた。ここで初めて攻撃の貫通に希望を持った。
「対、動物の威嚇用なんだけど、効いたね。大魔導士クンの魔法のおかげかな?」
場の空気の流れが変わろうとしている。まだ手探りの段階だが、これならルッシェナを削れるかもしれない。いや、倒す希望が見えて来た。
ミティアが小走りに先導した。石床には亀裂が入り、足場は非常に悪い。そしてなぜが立ち止まった。
「あ、あれ?」
ミティアが放っていたフェアリーライトがフッと消えた。静かな風が抜ける感覚。立ち止まってケーシスとジェフリーの足音を聞いて待った。
「ご、ごめんなさい」
入れ替わるようにケーシスが魔法で光を放った。
「いや、姉ちゃんが悪いわけじゃねぇよ」
同じ魔法を使うのに、ケーシスの魔法の方が僅かに明るい気がする。
ジェフリーも一度、背後を振り返った。少し遅れて追い付いたショコラを抱き上げる。
「老体にはつらいのぉん」
「無理をするな。やけに崩れているし、足場が悪い。これも地震のせいか?」
ジェフリーは足元を慣らした。ほんのりとした明かりで把握したのは、石壁は崩れ、石床に亀裂も見える。
ケーシスは空咳をしながら顔をしかめた。
「この辺りは、あの野郎が壁ごとぶっ壊して大暴れした場所だ。俺も途中までしか覚えてねぇけどな」
説明している間もカラカラと周りが崩れる音がする。
ミティアは足を止めているこの間にポーチから水筒を取り出した。
「あの、ケーシスさん、お薬は飲んでいますか?」
備えに備えたさまざまなものが入った荷物トランクは行方知れず。それもそのはず、天空都市の構造と突然の崩れ、場は何度も混乱した。てっきり何日もかけてじっくり進むものだと思っていたのだが、そう待ってはくれないようだ。
結局は個々で携帯している持ち物だけが頼りになってしまった。
ミティアはケーシスの咳が気になった。ただでさえ怪我をしているのに、満足に手当てもしていない。それでこの咳だ。
ケーシスは相手がミティアでも悪態をつく。
「薬ぃ!? そんなモン……」
「ケーシスさんっ!!」
ミティアは食い下がろうとする。ときどき見せる、絶対に揺るがないこの強さはどこから出て来るのだろうか。
ケーシスは差し出された水筒を受け取り、渋りながら薬を取り出す。あまりにもミティアが厳しく目を光らせるので、手に乗せた薬を見せるまでした。
ジェフリーも気になった。思わず便乗するように問い詰める。
「親父はどこが悪いんだ? その……顔や性格以外で!」
遠くに聞こえる雄叫びを気にしながら、ジェフリーは思い切って聞いた。誤魔化されないように先手も打った。どうせケーシスのことだ。死ぬんだから関係ないと思っていたのだろう。彼はそのつもりでいたと、アイラに厳しい指摘を受けていたのを聞いた。
ケーシスは舌打ちをし、露骨に嫌な顔をしながらも答えた。
「……肺、つーか、気管支だ。昔っから体は丈夫じゃなかったけども、研究室なんて体に悪い場所に閉じこもってから悪化した。それが何だ?」
「命に関わる病気じゃないよな?」
「手術しねぇと治らねぇよ。別にいいだろ。お前の体じゃねぇんだから」
吐き捨てる意地とプライド。そんなケーシスをミティアが放っておかない。
「絶対ダメ!! ケーシスさんはもっと生きて!!」
ジェフリーは珍しくじっとミティアを見ている。なぜなら、彼女が本気で怒っているからだ。こんなに感情をあらわにするミティアは珍しい。
ジェフリーは思った。ミティアの怒りには憎しみがない。相手を思いやる、厳しくも心優しいものを感じる。自分の知らない人を見ているようだった。だが、その人はどこか身近にいる人で、懸命に思える。母親に近いものを感じたのかもしれない。
ミティアはケーシスに訴える。
「今まで間違えて、いっぱい苦しんだから、生きてもっといいものを見るの!!」
「よせよ。もう俺に希望なんてねぇんだから」
「あるよっ!!」
ミティアはケーシスから返された水筒を持つ手が震わせている。頬を赤らめ、涙が浮かべられていた。だが、ジェフリーにも微笑んだ。
「いつか、わたしたちの『未来』を抱っこしてもらいたい……ね」
ミティアがはにかみながら放った一言が、あまりにも意味深だった。
返しが思いつかず、ジェフリーは何度か瞬いて顔を真っ赤にした。口をパクパクとさせ、冷や汗をかいている。
いつもならくだらないと一蹴するのだが、なぜかケーシスは素直に受け取ることができた。純粋にうれしかった。こんなことを言ってくれる人なんていない。思わず笑顔が綻んだ。
「……わーったよ。うしろ向きな考えは捨てる。姉ちゃんには敵わねぇな」
ケーシスの観念する吐息。こんな会話をもっとゆっくりとしたいものだ。どうしてこの頃合いだったのだろうか。
ケーシスは感傷に浸る前に、フェアリーライトをミティアにかざす。遠くで崩れた音がした。きっと皆が戦っている音だ。
「で、もう一つの都市はどっから行けばいいんだ?」
フェアリーライトをミティアにかざした理由は、道案内を頼もうという意識からだ。
ところが、ミティアはおろおろとしている様子だ。わからないというわけではなさそうだが、困っている。
「えっと、大樹があっちだったから、北に向かえばいいはずです。でも、とりあえず来たけど北はどっちなんだろう?」
ミティアはサバイバル用品については装備が疎い。それでも一応ポーチの中を見た。そこで思い出し、顔を上げる。
「あっ、ジェフリーってハーター先生からコンパスをもらってなかった?」
急に話を振られるも、ジェフリーは浮かない顔をしている。
「あ、あぁ……そうだったな」
頬を赤くしたままだ。ミティアが言った意味深な言葉が気になって仕方がない。
察したケーシスは呆れ顔だ。まだ黙っていてくれるだけ助かるが、掘り返すと話がややこしくなりそうだ。ここに圭馬がいなくてよかった。
「のぉん?」
察しのいいショコラは指摘をしないが、なぜか楽しそうだ。案外こういう色恋沙汰が好きなのだろうか。
ジェフリーはミティアにコンパスを渡す。剣術学校の紋章が入った懐かしいものだ。蓋を開いて明かりを頼りに凝視する。少し針が不安定なのは天空都市にいるせいだろうか。ミティアは再び先導する。
相変わらず薄暗い遺跡にでもいるような地形だ。足元は不安定だし、未だに微震は繰り返される。
少し進んでよく通る声を耳にした。
「キッドお姉ちゃん、しっかりっ!!」
コーディだ。近い。
声のした方へ進む。少なくとも、キッドが怪我をしているようだ。
ミティアがうしろの二人を気にする。絶妙な空気にケーシスがぽつりと零す。
「あいつ、死んでねぇだろうな?」
割れた石床に注意しながら声を頼りに近付く。ランタンの光が見えた。
脇腹を押さえ、肩を落とす竜次。いつも結んでいる髪は解れ、服は血で汚れていた。
「先生!!」
「兄貴!!」
ミティアとジェフリーがほとんど同時に叫んだ。
足音ではなく、声で振り向いた。竜次一人のようだ。いや、少し離れてコーディとローズがキッドを介抱している。
竜次は悲痛な表情を浮かべ、膝から崩れた。
「私は、どうすればよかったんですか」
血の滲んだ刀。竜次はいつもよりも一段とひどく、悲しみに打ちひしがれていた。ことは終わったあと。つまり、キッドを傷付けてしまったと見ていい。
ミティアは竜次の顔を覗き込む。事情がよく呑み込めていないようだ。
「せ、先生?」
ケーシスはミティアの肩を叩く。
「竜次の刀を見れば何をしたのか、だいたい把握できるだろ? 仲間同士で殺し合いをさせるなんて、本当に趣味が悪い」
「!!」
竜次が握っている刀は刃こぼれがひどく、半分ほど血をまとっている。これが何を意味するのか、ミティアは把握してキッドの姿を確認した。
一足早く、ジェフリーはショコラとキッドの様子を見に駆け寄った。傍らのローズが顔を上げる。
「ジェフ君、これは……」
「出しちまったのか、一撃必殺を」
ずいぶんと略された言い方だ。だが、だいたいの事情は事前に入って来ている。ジェフリーは竜次よりもキッドの具合が気になった。
ローズは少し怒っている表情だが、首を横に振っている。キッドは利き腕に大怪我をしていた。それだけではなく、顔が泥だらけですすり泣いている。精神的な面で傷を負ったところだろう。竜次がキッドに手を差し伸べないので、ローズは静かに怒りを覚えている。ジェフリーもこの怒りの気持ちを汲み取った。
「クソ兄貴が……」
「ジェフリーお兄ちゃん、言葉が汚いよ!」
コーディは素早くて鋭い注意をジェフリーにした。それよりもなぜ、竜次はこの状況でキッドを助けないのだろう。大怪我ではあるが、程度は知れている。ローズは止血だけは施したようだ。
問題は、竜次の応用力のなさと有事に対する弱さ。手当てはすぐにできるかもしれないが、それ以前の問題だ。
ジェフリーはいらつきを見せる。いい加減竜次もいい大人なのだからわかってもらいたい。今なら懸命に封じていた雑な言葉や暴言が飛び出しそうだが、そんなことはどうでもいい。竜次の目を覚まさせなくては。ジェフリーは手を震わせた。
ぱんっ!!
乾いた音がした。ジェフリーが怒る手前、すでに怒っている者がいた。
乾いた音の正体はミティアだ。どうやら平手打ちをしてしまったらしい。意外だ、ケーシスではない。
「先生のいくじなしッ!!」
「ミティアさ……?」
平手打ちをされるとは思わず、竜次は目を丸くして驚いていた。左の頬がヒリヒリと痛い。彼女から平手打ちをされるなんて想像もしなかった。
ミティアは息を荒げながら声を震わせる。
「先生、どうしていつも目の前にあることを見失っちゃうの? 先生はいっぱいできることがあるのに、どうして一生懸命になれないの? それで誰かに救いを求めるのは間違っているよ。キッドが泣いてる!! 苦しんでいるのに!」
ミティアは歯を食いしばって泣くのを堪えている。その反面、竜次は頬にほろりと涙を伝わせていた。この表情に差を感じる。
竜次はハッとした。ミティアの表情に見惚れてしまわぬうちに、かぶりを振ってキッドのもとへ駆けつける。
ジェフリーはミティアに声をかけた。
「ミティア、お前、どうしたんだ?」
今日のミティアはおかしい。今までこんなに怒った日などなかったからだ。どんな心境の変化があったのだろうか。ジェフリーの質問にミティアは首を振って反応したが答えない。もしかしたら、自分でもよくわかっていないのかもしれない。
ローズも異変を察知したようだ。ミティアはどうしてしまったのだろうかと。
「ミティアちゃん……?」
ケーシスはそんなローズの言葉を遮るように言う。。
「ローズ、ここが済んだら大魔導士様を援護してやれ。事情はソッチで聞いてくれ。俺たちは先に行く!」
「ちょっ……えぇ!? ケーシス?」
いきなり場を丸投げされ、ローズは困惑した。ケーシスはミティアをジェフリーに合図をおくり、先に進むように促す。
この場で怪我をしていないのはローズだけだ。任せると言われてキョトンとしてしまった。かと言って、追い駆けるにもコーディの手当てが済んでいない。完全に置き去り状態だ。手が止まってしまった。
三人のうしろ姿を見送る形になってしまった。非常に不本意で納得いかない。ローズだけではなくコーディも不満そうだ。
「怪我をしてなかったら、一緒に行ったのに。絶対何があったのか聞かないと。本にできないじゃない!」
この場を放り出して追い駆けるのもおかしい。ローズは悔しさを滲ませた。
「悪い予感が的中しなければいいのデスケド……」
ローズは深い溜め息をつく。頼りない竜次と尻目に眼鏡を直した。じっくりとコーディの手当てをする。
ローズが血に染まった腕を掴むと、コーディは大きな声で痛がった。
「いったいっ!! ごめ、腕全部痛い!!」
コーディは左肩から真っ赤である。ドラグニー神族という特性のせいかもしれないが、普段は痛さに対しては我慢強く、こうして痛がるのは珍しい。ローズが傷口を圧迫しようとするが、必要以上に痛がったので確認してみる。すると、コーディの左肩は見事に脱臼していた。
「あー……コレは痛いデス……」
きっと瞬間的にひどい圧でも掛かったのだろう。この幼児体系でよくこれだけで済んだものだ。ローズはコーディに悪いと思いながら嵌め直しを試みる。
キッドの手当てを施す竜次。その顔は怯えているようにも見える。それもそのはず、キッドは目を擦りながら恨めしそうに顔を上げているからだ。
「言いたいこと、ミティアに全部言われちゃった……」
「…………」
竜次も気にしていたのだから、キッドは何倍も気になっているだろう。お互い怪我は大したことはない。ローズが手当てを待つくらいなのだから、重症ではないものの、名刀がぶつかったのだ。切れ味は鋭く、傷口は小さくても痛む。
だが、キッドが傷ついたのは別の理由だった。それを、竜次は理解していない。
一方、竜次はなぜキッドに手を差し伸べられなかったのかというと、『人を斬ったことがなかった』からだった。フィリップスの船着き場で一戦を交えた際、ルッシェナの腕を斬り落とした。その感覚を忘れてはいない。それは命を絶てなかった『甘さ』でもあったことも、身に染みて覚えているはずだ。
竜次は不本意ながらキッドと戦ってしまった。向き合うのは恐怖でしかなかった。自分の『甘さ』が招いたものだと心の中で自身を責めていた。キッドの剣術は早い。自分が教えた技でもあり、彼女に授けた武器は亡き恋人の小太刀だ。竜次にとってはこれ以上の仕打ちはない。
これを知らない他者が、竜次を怒るのは仕方がない。
ただ、ミティアは違った。竜次に対し、『意気地』がないと怒った。明らかに竜次の『思い』を知っているからこそ、心に響く叱責をした。これは、ミティアだからこそできたことだ。
竜次はやっとキッドに声をかけた。
「痛かったですよね。ごめんなさい、クレア……」
「あたし、こんなことしたくなかった」
キッドの怪我は深手ではないものの、フリース生地やマントは立派に裂けている。
竜次は傷の広さを見て包帯を諦め、タオルをぐっと縛る。あらかじめ、ローズが肩に止血帯を巻いていたので出血は落ち着いている。
キッドは頬を赤らめ、口を窄めた。
「あたしなんてやめて、ミティアに告白したらどうですか?」
キッドの意地悪だ。あえて突き放そうと試みる。
竜次は手当てののちに無言でキッドを抱きしめた。言葉なんて要らない。これが返事だ。ミティアに嫉妬したキッドの意地悪を竜次は受け止める。
「ホント、竜次さんはしょうがない人ですね」
何かに縋り、救いを求めていないと生きていけない。自分の生きている意味が見出せない。ミティアに叱られて己がこんなにも弱いものと知った。いや、もっと前からわかっていたのに、自分に向き合えないままだった。竜次は肩を震わせた。
離れて見ていたコーディが大きく深いため息をついた。
「茶番じゃん。ラブロマンスばっかり。知らない場所で、何が起きているのかもわかってないってのにさ?」
立ったまま肩を戻されているコーディ。こういうのは痛く感じないのだろうか。左の肩は入ったとは言え、あまりいい状況ではない。骨折もしているので三角巾を首に回されている。ローズに痛くないか心配されるも、どちらかと言うとコーディも精神面を傷めつけられた。これ以上は戦線に参加しにくくなったのだから。
先を急ぐ三人は再び空を見ることになった。満天の星、綺麗な満月。崩れそうな石橋をまた渡る。嫌な予感がした。渡ってしまったら、もしかしたらと背後を振り返る。
ズシリと大きく揺れた。予想通り、橋が崩れる。思わずジェフリーが舌打ちをした。
「またこういう意味の分からない仕掛けなのか」
あと戻りを許さない嫌な仕掛けだ。しかも今回は一本道。行き先はほのかに光る神殿のような建物だ。これが残り一つの都市なら、ここには何が待つのだろうか。
渡り切って繋ぎ目を抜けたところで無事なのかを確認し合う。ちゃんとショコラもいるし大丈夫だ。
辿り着いたのは円形の場所で浅い水に囲まれていた。
ミティアはうしろを振り返る。
「ここも、崩れる橋、だったね」
ジェフリーも振り返る。皆を残してしまったことを申し訳なく思った。
「戻れない、のか? みんなは……」
決別となってしまうのだろうかと嫌な予感が過る。だが、ミティアはそう考えてはいなかった。
「石の都は地形が変化していた。だからわたしはクディフさんの力を借りて、追い付くことができたの。同じ仕組みだったらまた違う橋があらわれると思う」
ミティアから有益な情報だ。
ジェフリーとケーシスは、ミティアが追い付いた理由もここでやっと理解した。落ち着いて事情を話す間はほとんどなかった。戦場になってしまったのなら仕方がない。それでもミティアは腑に落ちなかった。
「兄さん、最後まで自分のしたことは間違ってないと思っていた。どうしてこんなひどいことになっちゃったの……」
心を痛めるミティアに、ケーシスはあえて厳しい言葉を掛けた。
「あいつは昔からそうだったんだよ。言葉巧みに人を騙して利用した。人間が神族を追いやったように、同じことをして。ジワジワと人間を苦しめるために邪神龍を利用した。手なずけようとした。世界の生贄なんてモンも作りやがった。俺は騙されたとは言え、姉ちゃんをこんな目に遭わせたのにも加担してる。俺を憎む権利もあるぞ?」
ケーシスはわざと自分を悪く言った。ルッシェナだけに憎しみが向かないようにしているのか。はたまた、違う意図があるのかはわからない。
ジェフリーがその話に食らいついた。
「親父もやめろ。もう過ぎたことだ! これから変わればいいじゃないか」
「これからがあるなら、な?」
「そういう言い回しはやめろっ!!」
ジェフリーは悪者になろうとするケーシスを止めようとする。ここで親子の口論は白熱するかに思えた。だが、ミティアは止めに入る。
「やめてっ!!」
ミティアの顔は怒っていた。
「わたしは誰も憎まない!! 誰も恨まない!! そんなことをするくらいなら……わたしは生きていたくないです。この世界にまだ未来があるのなら、わたし一人の命で済むのなら、安いですね……」
絶対にあってはならない自己犠牲心。ジェフリーはミティアの前に立って顔を向き合って、目を見て厳しく言おうとした。だが、ケーシスが遮るように言う。
「この世に生きてちゃいけない命なんてない。それだけは絶対だ。悪かった……変なことを言って。別に姉ちゃんを陥れようってんじゃねぇ」
ケーシスは辛辣な表情だ。
言いたいことを遮られたジェフリーは目を丸くした。長らく抱えていた疑問がつながった。父親に刷り込まれた言葉だったのだ。『刷り込まれた』は言い過ぎかもしれない。だが、知って胸が痛い。目頭も熱い。どうして今なのだろう。全部あとから明かされていくのが本当にもどかしい。
ジェフリーはミティアと向き合ったというのに、名前を呼ぶしかできなかった。他の言葉が出てこない。
「ミティア……」
ミティアは小さく首を振った。
「わたしは大丈夫、だよ」
そう言って見せたのが、あまり見たくはない儚い笑みだ。笑っているのに、どこか悲しさを感じる。もしかしたら全然違う意図を示しているのかもしれない。ジェフリーはこのとき、ミティアが出していたサインに気付けなかった。
ケーシスは言うだけ言って、ミティアの反応を見ようとしない。ショコラに話を振った。
「で、だ。この天空都市の構造がイマイチ理解できねぇ。この下は本当に海なのか?」
「のぉん、正確には海に落ちる前に、ここである程度のサイクルが成り立つようにもうひとクッションあったはずなのぉ」
「まぁ、そんなに頻繁にモノを落としていたら、早々に天空都市の存在なんて気付かれるだろうな。下の世界にゴミを垂れ流しにもできねぇだろうし」
ケーシスは天空都市の構造に対して疑問を持っていた。あまりにもカラクリが多すぎる。イレギュラーな襲撃はあるし、踊らされている気分で胸糞が悪いとでも言えば彼らしい。もともと地上に共存していたのなら、天空都市だけでもある程度のサイクルは成り立たないと暮らしてはいけない。現に、ここは分離してからもしばらくは生活が成り立っていたのだ。と、ショコラの論文や文献は一部で有名だ。もちろん、ケーシスもこれを知っての考えだ。
「ここは水の都、ラーゴという名じゃったかのぉ……」
ショコラから探索へ切り替えた。
今までとは明らかに違う造りをしている。少なくとも居住区ではない。何かを祀っていたのだろうか。それとも儀式でもする場所だったのだろうか。
ミティアも構造が気になった。なぜか先が見えない。光が届かないわけではない。空は見える。
「天井が崩れちゃって、空が抜けて見えるね。ちょっと変わった造りだけど、柱と石床、きっと綺麗な場所だったんだろうなぁ」
ミティアが空を見上げる。歩くだけなら明かりはなくてもじゅうぶんな程度だが、細やかなところは見えない。今まで抜けて来た視界の悪さからすると、やや動きやすい。そして気が付いたのが、微震を含めた揺れがなくなったのだ。この場所はまったく別の扱いなのか、それとも皆がルッシェナを撃破したのだろうか。
ジェフリーは柱の影を見るが仕掛けはなさそうだ。
「ん、でもここ、特に道がないよな? どういう仕組みなんだ? 仕掛けはなさそうだし」
見える範囲で円形の、それこそ何かの入り口にいるような感じだ。囲うように建っている柱、洒落た湖畔にありそうな広めの休憩スペースに近いかもしれない。石板もないし、来る場所を間違えたのだろうかと不安になる。
「この浅瀬、歩いちゃって大丈夫かな?」
ミティアが水に足を踏み入れようとすると、一瞬光ったのち、目の前に道が現れた。ぼんやりと光っていて、足場の正体はわからない。ただの光か、石かもしれないし、もしかしたら有害な物かもわからない。ただ、ミティアに反応したようだ。
「どうしてわたしに反応したんだろう?」
「もしかして、罠か?」
ジェフリーはしかめた顔をしながら首を傾げた。天空都市に来てから変な仕掛けに翻弄されっぱなしだ。よくあるゲームだったら、プレイヤーはモニターの前で悶絶するだろう。それくらい理由がわからない。ここで生活に便利な仕組みにしているのならまだしも、ケーシスやジェフリーが同じように立ってもも何もあらわれない。本当に彼女に応えたような指し示しだ。
ケーシスはとある『可能性』を指摘した。
「姉ちゃんが天空の民だからか?」
「あ、そう言えば……」
「意外と抜けてんな。自分が何者だったのか、忘れたのか?」
ミティアはすっかり忘れていた。もともと天空の民だ。記憶もなく、自覚はほとんどない。導きがそのせいなら納得がいく。このわけのわからない仕掛けだらけの天空都市で、これだけは理由がはっきりしていた。
「じゃあ、わたしは里帰りしたの?」
「ルーが散々荒らしたけど、そういうことになるんだろうな」
「そっか。本来わたしはここで暮らし、ここで朽ちていくはずだったんですよね」
「まぁ、そう言うな。だったらその導きに応じればいいだけだろ? 意味がわからねぇ仕掛けだらけなんだし。他に反応ナシだろ?」
「そうですね……」
浮かない表情のミティア。あまり距離を置かず、まとまった状態で警戒しながら進む。水の跳ねる感覚はなく、きちんとした足場ではあった。道の先が次々と現れる。また円形の石畳と門らしきものが見えた。蛍のような光がたくさん漂っている。視界に入ってミティアの足が止まった。足が震えている。
「あれは、魔界への門なのぉ!!」
ショコラがピクリと耳を立て、ジェフリーとミティアに明るい声を掛ける。希望を見出したジェフリーとは逆に、ミティアは震えていた。おそらく彼女が感じているのは恐怖だ。神秘的とも捉えられるこの場所では確かに恐怖かもしれない。
「……ぁっ」
恐怖を察してか、ジェフリーはミティアの手を握った。
入れ替わりでショコラを下ろす。もう少しミティアがうれしがってもいいようなものだが、ショコラは不振がった。ジェフリーが震える手を強く握って励ます。
「一つの目的だ。いや、メインはこれだったかもしれないが」
「ジェフリー……」
「ど、どうしたんだ?」
震えながら手を強く握り返している。この目的のためにどれだけ遠回りをしただろうか。何も犠牲にしないために。抑え込んでいたものが溢れてしまったようだ。まだ辿り着く手前と言うのに、ミティアはジェフリーに抱き着いて大泣きしている。
ケーシスは黙っていたが、照れ臭そうだ。目の前でイチャコラされては反応に困る。
「ま、しゃーねぇか……」
ケーシスの立場から、見ている方が恥ずかしい。気持ちを察するには材料が多すぎる。感極まったミティアを見ていると、いかに自分がしてきたことが彼女を苦しめたのかを思い出す。それでも恨まず、憎むこともでもなく、『おとうさん』と呼んで慕ってくれる。
「のぉん……早く済ませてもっとよろこべばいいのぉ」
「あぁ、そうだな……」
ケーシスの茶々入れがない代わりに、ショコラが促した。済ませてしまえばもっとうれしいだろう。いくらでもよろこべる。
「行こう……みんなも助けないといけない」
進まなければ、今まで積み上げて来たものが無駄になってしまう。わかっているはずなのに、ミティアはなかなか顔を上げてくれない。いつもは控えめな彼女なのに、怒ったり泣いたりと忙しい。背中をさすりながら、ジェフリーは催促した。
「ミティ……んっ!?」
勢いなのだろうが、ミティアがケーシスも見ている前で堂々とキスをした。背伸びをして身を預けるミティアは誰よりも可愛らしい。今までより感情の入った口づけにジェフリーは翻弄されてしまう。いつもミティアからのキスだ。彼女が身に纏っている甘っぽい匂いが身に沁み込むみたいに、心が温かく何よりも愛おしい。
ミティアは名残惜しそうに離れると、儚い笑みを見せる。
「わたしをここまで連れて来てくれてありがとう……」
「ミティア?」
手はつないだままだが、どうして心から笑ってくれないのだろうか。何かを我慢して、抑え込んでいる感情がうかがえる。ジェフリーが追求しようとすると、ミティアは逃げるように手を引いた。
再び歩き出すその足はどこか重い。
「ケーシスさん、ごめんね……」
「ん? あぁ? 別に……」
目の前で感情を溢れさせた件で謝っているのかと、ケーシスも思っていた。もちろんジェフリーもだ。
道から石畳に足を踏み入れると、待ちわびたと言わんばかりに青白い光が石畳全体に広がった。門は向こう側が見えた状態なのに存在に威圧を感じる。
ケーシスがフェアリーライトを払って消した。ここは明るい。
「俺にはよくわからねぇが、大切な用事があるんだよな?」
ケーシスはジェフリーとミティアに振り返る。ケーシスは魂を取り戻す手段を知らない。ただ、ミティアにもジェフリーにもあまり時間が残されていないのは知っていた。特に、ジェフリーは生命活動に支障をきたしている。
手段があるのなら叶えたいと思っていた程度だ。
ところが、ミティアとジェフリーの体がぼんやりと光った。
「あぁ?! お前たち、どうした?」
ケーシスは呆気にとられている。
二人はお互いの体が光っているのを確認した。浮くような感覚とともに、視界は白く瞬いた。
何が起きたのかというと、ミティアとジェフリーは光とともに消えてしまったのだ。残されたのはケーシスとショコラ。
ケーシスはショコラを凝視する。
「お、おい、聞いてねぇぞ!? 何が起きた?」
「ほんむ、わしにもわからん。じゃが、二人を招いたのじゃろうなぁん」
ショコラにも詳しくはわからないようだ。ケーシスは舌打ちをし、周辺を見渡す。神聖な場所に取り残され、気分が悪い。
「招いたって……まさか女神様じゃねぇよな?」
「いんや、『本当の神』じゃと思うのぉ」
「はぁ?」
ショコラの言葉が理解できない。ケーシスは小難しい表情で、この場で自分ができることがないかを模索していた。だが、残念ながらないようだ。『待つ』ことに対し、苛立ちを見せる。だが、逆に考えれば、知らないことを知る機会にもなる。
「で、『元』番人さんよぉ。俺はこの御一行が何を歩んで来たのか、全部を知らねぇ。時間はありそうだから、教えてもらおうか!」
「むむぅ……」
ショコラは嫌がっている。面倒なのか、ケーシスと反りが合わないのか。どちらもそうかもしれない。ショコラはしぶしぶ座り込んだ。
以前、魔界に赴いたときはもっと瘴気に満ちていた。ここは魔界ということは把握している。なぜなら、見覚えがある場所だからだ。
体にまとっていた光が消えた。ミティアとジェフリーはお互いの姿を確認する。
「こんなところに招かれるとは思わなかった」
「そ、そうだね。死んじゃったのかと思った」
ミティアは『死』を予感していた。実はジェフリーもそうだ。おそらく、意図的に魔界に招かれたのだろう。
ミティアは耳を押さえていた。悩ましく首を振って手を解いた。何か聞こえていたのだろうか。ジェフリーは疑問に思ったが言及しなかった。
「待ちわびたぞ」
どこからともなく高い声がした。声質から似ている人物を知っているが、明らかに違う。この場にはいないはずだ。
ジェフリーはミティアを自分の背中に隠し、警戒した。
この場所にいるのは二人だけ。ジェフリーは襲撃があるものだと思っていた。
「まぁ、待て」
ジェフリーの右手に激痛が走った。誰かが右手首をつかんでいる。ジェフリーはならば左手で剣を抜こうと試みた。だが、今度はジェフリーの視界、いや体に重みを受ける。そのまま前のめりに倒れた。一瞬の出来事と速さでまだ相手が見えていない。
「ジェフリー!!」
ミティアの悲鳴がした。声の反響が籠る点から、この場所があまり広くないとうかがえる。とてもそんな場所には思えなかった。ジェフリーが顔を上げると、ミティアは首をつかまれていた。
目に見えた正体は人の形をしていた。やけにすらりとした体形で、髪は青い。上はパーカーのようなものを着ており、下履きはサンダル。かなりの軽装だ。
「待てと言ったよな? お前たちは犬、以下か?!」
ジェフリーは声の主と目が合った。赤い目をした男性のように見える。なぜか、この目を見ているとゾッとする。だが、敵意はないようだ。
相手はミティアを解放し、突き飛ばした。この様子からミティアも自分の剣を抜こうとしたのだろう。
「オレの名はユーリィ。そうだな、お前たちが用のある奴が天空都市にいる神だとしたら、オレは世界の神だ」
ジェフリーは頭を抱えながら体を起こす。自分は『世界の神』だと称する人が目の前にいる。しかも口振りから、待っていたようだ。わけがわからない。やはり死んでしまったのだろうか。立ち上がってミティアを確認する。
「ミティア、大丈夫か?」
ミティアは首を押さえられていた。だが、苦しんだり咳き込んだりする様子はない。
「だ、大丈夫。でも、この人、すごく早かった。全然見えなかった」
ユーリィと名乗った人物は、一度背を向ける。背中を見て気が付いたが、猫のような尻尾が見えた。この感覚は覚えがある。とても身近にいた『誰か』に似ている。ジェフリーは自分なりに推測して問う。
「魔界、尋常じゃない戦闘力、そしてその尻尾。もしかして、神は神でも、『魔人』の神なのか?」
ユーリィは振り返る。振り返る動きでわかったが、耳がとがっている。赤い目は何でも見透かすのではないかと思う恐怖を思わせる。
「察しがいいな。話が早いのは助かるぞ。だが、本当に神だからな? オレはその辺の魔人や閻魔より偉いぞ?」
やけに偉そうな話し方が、仲間の『誰か』、圭馬に似ている。
ジェフリーは先ほど感じた痛覚により、これ以上、難しいことを考えるのをやめた。現実だと受け入れることにした。ここで時間を使うのが惜しい。そうと決まればさっさと話を進めたい。
「待ちわびた、と、言っていたな? 俺たちが来ることを予想していたのか?」
ユーリィは牙を見せてニカリと笑う。
猫のような尻尾と牙から、この人も獣人のようだ。
「そうだぞ。礼が言いたいからな」
ユーリィの言葉に、ミティアはきょとんとしている。
「お礼、ですか?」
「同胞が世話になった。それだけではなく、腐りきった世界をいい方へ変えようとしてくれているのだろう?」
まるでこれまでの行動を見ていたような言い方だ。
ジェフリーもこの発言には驚いた。だが、よく考えれば、魔界には地上の世界を覗ける水鏡があったのだから不思議ではない。時間が惜しいために簡単に信じてしまったが、本当に神かもしれないという恐怖心が芽生えた。俗にいう、あとからジワジワというものだ。
ユーリィはパチンと指を弾き、大きな光を二つ手に持った。やけに眩しい光だ。まるで、何かを訴えるような強い光だ。
「魂の管理場に案内したかったが、あまり魔界をうろつかれては困る。それに、案内しても自分の魂を見付けることは難しいだろう。だから、持って来てやったぞ」
あまりにも話ができ過ぎている。こんなにトントン拍子に話が進んでいいのだろうかと身構えてしまう。自分たちがリスクを冒して天空都市に赴いたのに、やけにあっさりだ。これは絶対に裏があるとジェフリーは考えた。
「返してほしかったら、戦って奪え。なんて言わないよな?!」
よくある話だと、この展開が予想される。
ユーリィは豪快に笑った。この人間を小馬鹿にしながら気遣うところが魔人の特徴なのだろうか。圭馬もそういう性格だった覚えがある。
「人間がオレに勝てるとでも思ったか? よき行いをしている奴にそれ相応の褒美をやろうと言っているのだ。これ以上のことはあるまい? お前たちはさんざんこの世界の理不尽を見て来たのだろう? いい神様もいると、たまには知ってもらわないとな!」
やけに気さくな言い方だ。それに、嫌らしさがない。文字通りの『見て来た』が相応しい。
「でもそうだな、結局世界をまた一つにしてしまった引き金はお前たちだものな。それじゃあ割に合わないか」
ユーリィの態度が急変する。試すような言動と眼差しだ。
ミティアの不安そうな表情を見て、ユーリィは口角を上げる。
「最後の『世界の生贄』がその役目を果たそうとするのなら、無条件で返してやっていい」
ミティアは不安な表情を驚きに変えた。
ジェフリーは怒りをあらわにする。
「ふざけるなっ!! そんなこと、俺が……」
「絶対にさせない。許さない。そうだな?」
「……」
戦って勝てる相手ではない。ジェフリーも相手の強さをわからないほど愚かではない。
ユーリィはミティアを見たまま、首を傾げた。
「さて、そうは言うが、お前は彼女の何を理解している?」
「は、はぁっ?」
「彼女は『声』を聞いていたのだよ。天空都市でずっとだね。ここに来て聞こえなくなっただろう。なぁ?」
ユーリィはミティアに質問をした。ミティアは困惑しながら小さく頷いた。
天空都市に来てから『声』がすると言っていたのを思い出した。ショコラに注意を受けていた。それに、先ほど魔界に降り立ったときも、耳を塞ぐ仕草を見ている。自己犠牲の言動も、仲間に懸命な態度を示すのもそれが原因だったのかもしれない。ジェフリーは見落としてしまった自分に腹が立った。
ミティアは静かに語り出した。
「わたしは都市で怨念のような声を聞いた。一人じゃなくて、たくさんの。それはわたしが天空の民だからなのか、世界の生贄だったからなのかはわからない。それは、存在を問われているようだった。わたしがこの世界のために最後の犠牲にならないと、世界の生贄がまだ続くかもしれない。その次に選ばれるのは、大切な人の未来の子どもかもしれない」
ジェフリーは背筋が凍る感覚に襲われた。ミティアは『今』ではなく『未来』の話をしている。それを聞いたミティアは何を思うだろう。一緒に歩んで来たのだから、答えなど知れている。ミティアは迷わずに自分の身を差し出すだろう。
こう解釈もできる。ミティアはジェフリーを『生かす』ために別れても追い駆けた。そこまでしてジェフリーを助けようとしたのかもしれない。
これから待ち受ける、ジェフリーにとって大きなトラウマに向き合うかもしれないというのに。底知れない恐怖。知らなかった、いや、そこまで読めなかった。押し寄せる恐怖と焦燥感に、ジェフリーは言葉を発せなかった。
「泣ける話じゃないか。なかなかここまで自分を差し出せる人間にはいないぞ。だがな、勘違いをしてもらっては困るな」
ユーリィはミティアに忠告をする。それはとても奥深いものだった。
「最後の生贄になるというのは、後世にその話を紡がなくてはならないのだよ。わかるかい? 犠牲だけが『未来』ではないというのが」
ミティアは胸の前で手を組み、心を痛めた。『見て来た』神が言う言葉は重い。
「わかったのなら、『未来』のために生きなくてはならない。だからオレはお前たちを助ける。お前たちが『偽物』の神と戦うのはかまわない。世界が在るべき姿になってしまうのもこの際、仕方がないだろう。そのあとも、世界がよくなるように努力してくれるか? 約束をしてはくれまいか?」
ユーリィは歩み寄りを見せる。そして協力してほしいと願った。
ジェフリーはやっと冷静を取り戻す。神らしく、人間の事情には干渉しない。だが、世界に関しては口うるさい。つまり、本当に神だ。
「あんた、本当に神様だったのか」
ジェフリーの疑問に、ユーリィは笑い飛ばす。
「だからそうだと言っただろう? こんなに話しているのに、時間は大丈夫か? オレは優しい神様だから、一応人間の事情を察してやるぞ」
信じていいのだろうか。まだ何もお互いを知っていない。いや、ユーリィは一方的にこちらを知っているような口振りだ。
話し込んでしまった事実はもちろんだが、ユーリィはやけに足元を気にしている。ジェフリーたちは足元に瘴気が滲んでいることを確認した。
「死者は生身の奴が大好物だからな。さぁ、答えはどうなんだ?」
ユーリィは返事を待った。この場所が朽ちようとしているのか、それとも二人が朽ちようとしているのか。
ミティアは寒気を感じるようにもなった。腕を抱えながら小さく頷く。
「わたし一人じゃできないこと、ですね」
「そうだ。その意味はわかるな?」
「はい」
ミティアはすんなりと受け入れた。そしてジェフリーの顔を見た。
「ジェフリーは手伝って、くれる?」
ジェフリーはミティアに今一度、確認をする。これは念のためだ。
「それは生きるための道、だよな?」
これだけは絶対に間違ってはいけない道だ。ミティアは目を合わせ、今度は深く頷いた。そして力強い口調で言う。
「そうだよ。わたしだって、本当はジェフリーと一緒の『未来』を歩みたいもの!」
ミティアの返事を聞き、ジェフリーも頷き返した。
ユーリィは二人に魂を委ねた。何も言わないところを見ると、察してくれと言いたいようにも思える。
委ねられた大きな光は力強く、命そのものとも思える輝きだ。暖かく、気持ちまでほっとさせる。光は大きくなり辺りを真っ白く染める。そのまま一瞬浮くような感覚に襲われた。
ミティアとジェフリーは『現世』に送還された。ユーリィは辺りを確認する。二人は無事に元の世界に戻れたはずだ。
ユーリィは誰もいないことを確認し、ほくそ笑んだ。
「数十年とは些細なものだ。これくらい目を瞑れなくて何が神様だ。この世界は楽しそうじゃないか。三兄弟と異端猫、かの王女もそうだ。オレが『お忍び』で行くまで、せいぜい頑張れよ」
ここまで手を貸すのはこれが本当の理由だ。ユーリィなりの目論見があって協力をしている。『見て来た』のだから、神であっても羨ましい。世界をいい方へ変える手伝いをしたいと思っていた。
世界の神というのに偽りはない。壮大な話だ。こんな感情など、一時のことに過ぎない。悠久のときを生きる神にとっては戯れかもしれない。
ユーリィはまだ降り立ったことのない『世界』に思いを馳せた。
魂はこんなに暖かい光を放つものだろうか。体に重みを感じる。それだけではない。生気が満ちている。
白い視界が落ち着いた。だが、それは現実に引き戻されたことだ。朽ちかけた石柱、石畳、浅瀬のような水。突き抜けて見えるやけに近い空。そしてケーシスとショコラを目にした。
ケーシスは寄り掛かっていた柱から離れ、二人を迎え入れた。
「驚いた。突然消えちまうんだから、何事かと」
驚いたという割に、ケーシスは落ち着いている。その理由は足元のショコラのせいだ。不在の間に話し込んだのだろう。ケーシスの表情も事情を察したと思われる。ただ、ケーシスは変化に気が付いた。
「何だかお前ら、生き生きとしていないか?」
ケーシスは首を傾げ、じろじろと観察している。
ジェフリーはミティアに視線をおくる。ミティアもジェフリーを見つめていたので目が合った。うまく言えないが、目の輝きが違うように思える。肌は艶やかで、顔色もいい。
ジェフリーは足元にショコラもいるのを確認し、首を傾げた。
「こんなのでいいのか? あの一瞬意識が遠退きそうな感じはもうなくなるのか?」
「たぶん、なのぉん」
「ばあさんはあんまりこういうのは詳しくないのか?」
「魔界に長くいた圭馬チャンの方が詳しいと思うのぉ」
ジェフリーは人選ミスだったかもしれないと思った。いや、ショコラは猫だ、幻獣だ。細かいことはさておき、これでよかったと解釈する。
ミティアも一頻り感傷に浸るのが終わったようだ。だが、なぜよろこばないのだろうか。ジェフリーは質問をする。
「うれしくないのか?」
ミティアは小さく首を振って答えた。
「……ジェフリー、ごめんね。わたし、間違っていないけど、多分間違った選択をしたと思う」
「『世界の生贄』の役目か? それはこれから次第だ。これで普通の女の子になれたんだろう? まだ実感はないけど」
言葉の意図が読めない。間違っていないけど間違った選択とは、一体何を意味するのだろうか。ショコラにもケーシスにもわかっていないようだ。
ズシリと大きい揺れを感じた。治まった確認をしたわけではなかったが、しばらく感じなかったものだ。そして頃合いを見計らったと勘ぐってしまう。漂う光たちは揺れにかまうことなく漂い続けている。この場はないも変わらない。だが、魔界への入り口の一つだった。それは間違いないだろう。
ケーシスは警戒を強めた。まだ揺れは続く。
「今回の揺れはやけに長いな。しかもデカいと来た」
ケーシスが言うように、今までより重力を感じる揺れだ。ショコラはとあることに気が付いた。揺れだけではなく、風を感じる。そして重力も。嫌な予感を口にした。
「ま、まさか、降下してるのぉん?!」
ケーシスは驚愕した。
「おいクソ猫、冗談はほどほどに言えよ」
思わず汚い言葉遣いが飛び出した。砕けた口調を話せるほど、ショコラと話し込んだようにも思える。とは言え、その『まさか』は否めない。遠くに大きな音が聞こえる。ところどころの崩落があったようだが、皆は無事だろうか。石畳に凹凸と亀裂が入る。ここも柱があるのだから危ういかと思われた。だが、揺れはしばらくののちに治まった。
ジェフリーはミティアの無事を確認する。
「大丈夫か?」
「う、うん」
ミティアの様子がおかしいのはさておき、怪我をしていないか確認をする。見た限り、何ともなさそうだ。
「今日はどうしたんだ?」
「…………」
ジェフリーが問い詰めるも、ミティアは答えようとしない。
ミティアは自力できちんと立ち、辺りを気にしていた。
「声が、呼んでる」
怯えるように声を震わせている。『声』と聞いて、ショコラが大袈裟に反応する。
「ど、どうしたのぉん?」
「誰かが『おいでって』言っているみたいなの」
ショコラはミティアの足元に縋る。ショコラは気が付いたようだ。
「女の人の声なのぉ!?」
「そう、だよ?」
ミティアはとある場所を指さした。まるでミティアの指に反応するように、ぼんやりと道があらわれている。その先は霧が掛かったようにぼんやりとしか見えない。だが、少し明るいようにも思える。
道があらわれ、ケーシスは意気込む。
「臨むところだ。何を考えているのか、しっかり聞いてやろうじゃねぇか!」
ジェフリーはミティアが心配で仕方なかった。こんなに怯える理由がわからなかったからだ。
今日のミティアはおかしい。知っている彼女が崩れていくようで、ジェフリーも恐怖覚えた。手を強く握る。
浅瀬に掛かった謎の道を通る。すると、なぜかうしろが消えた。水の中を歩いても問題ないのかもしれないが、確認が取れないので安全の保障はない。三人は道に従った。
また円形に展開された石畳が見えた。到着を待ってか、霧が晴れた。霧の向こうは水が抜けている先ほどの大きな地震の正体はこれだろう。そしてもう一つ気が付いた。やけに眩しい光が足元に見える。
「コイツは、光の柱じゃねぇか!?」
ケーシスは道の縁、ぎりぎりから身を乗り出す。ショコラは頭に乗った。変な所で図々しい猫だ。同じく覗き込むと声質が下がった。
「降下……真っ黒なあれは大渦じゃなぁ……」
「大渦だと!? 目で見えるってことは、俺たちは天空都市が下の世界とつながるのを止められなかったのか!?」
「そうなるのかのぉん」
結論として、無駄になった。ケーシスもショコラもひどく落胆した。確かに、何のためにここへ赴いたのか、半分くらいの理由が消えてしまったのかもしれない。
ジェフリーもどちらかと言うと落胆していた。握ったままのミティアの手がピクリと動いた。彼女が振り返っている。その視線の先に誰か立っていた。光の柱で辺りは明るい。
物悲しげな表情をした女性がこちらを見ている。とても長い金髪で地面を引き摺るほどだ。少しウエーブの掛かったくせ毛だろうか。瞳は青く澄んで、お世辞ではなく、かなりの美人である。青白いワンピースを着ていた。だが、裸足だった。
ジェフリーが警戒するよりも先に、ケーシスが荒声を上げる。
「どうして……どうしてあいつにそっくりなんだよ!! お前、エリーシャだろう!?」
ケーシスが言う『あいつ』とは失くした妻のシルビナだ。
ジェフリーも壱子から見せてもらった写真を思い起こす。認めたくはないが、亡き母親にそっくりだ。
女性は歩み寄るわけではなく、離れたこの距離でワンピースの裾を両手で丁寧に上げ、お辞儀をした。
「初めまして。おとうさん、それから……」
澄んでよく通る声だ。ガラス細工のような儚さを感じる。
物悲しくも優しい目が一瞬で怒りに豹変した。
「忌み子よ、世界の生贄よ」
あまりの豹変に背中に悪寒を感じる。ジェフリーは驚愕した。
ミティアは怯えた身を縮めて耳を塞ぐ。何か聞こえているようだ。
ケーシスは一歩前に出た。
「エリーシャ、会いに来てやったぞ」
「私は呼んでいません。呼んだのは、世界の生贄だけ」
「はぁ⁉ あんな手紙よこしたじゃねぇか」
「……?」
ケーシスは食らい付く。だが、エリーシャは眉間にシワを寄せる。この整った顔立ちを歪ませるのにはかなり抵抗がある。お世辞ではなく美しいからだ。
今度はショコラが問う。
「エリーシャ、あの男に騙されておるのぉ?」
「あなたはホロスですね。どうして世界を分離させたのですか? 文明は滅んでしまいました。悲しいことです」
「本当は何も司ることのできない神……」
「言いましたね?」
どうやらショコラの言葉は逆鱗に触れてしまったらしい。
怒りに触れたのに関係しているのか、地鳴りがした。そのあと、また大きく揺れた。
エリーシャは狂ったように高笑いをする。
「うふふ、ふはは、間もなく世界は滅びます。目覚めなさい、始祖の邪神龍。そして、受け止めなさい、世界の生贄よ。あなたは、完全な人となった。覚醒したのです」
エリーシャは意味深なことを言い、満足そうに微笑む。
三人の背後を光の柱が抜ける。突風に似た衝撃が走った。そして黒く大きな影が光を喰らう。とても大きく、黒い瘴気を纏った龍だ。
見上げるジェフリーは我が目を疑った。
「まさか、こいつはフィラノスの地下研究所で見た……」
フィラノスの城の地下を深く行った場所で見た大きな邪神龍だ。確か、氷のようなもので封じられていたはず。サキとセティ王女とショコラで見たものだ。この展開は予想していなかった。
ミティアが言っていた、『間違っていないけど、多分間違った選択をした』がここでつながった。ミティアは自分がこの運命を辿ることを薄々予感していて、その上でジェフリーを助けたことになる。
ケーシスはジェフリーに言う。
「ジェフリー!! あいつをどうにかしろ。エリーシャは俺がやる!!」
「親父!!」
ケーシスは独断でジェフリーに邪神龍を押し付けた。ケーシスは自分が恨まれてもいいと立ち向かう決意を抱く。
ジェフリーは今一度自分の置かれている状況を確認する。敵は始祖の邪神龍だ。ケーシスはエリーシャと対峙している。自分がミティアを守るしかない。そのミティアは怯えていて戦力になるかはわからない。今は考えないようにする。
一緒に敵に向かってくれるキッド。傷の手当てと援護をしてくれる竜次。敵を倒す手段を見付けてくれるローズ。窮地を打開する手段を持っているサキ。仲間に気を回しながら敵の動きを読んでくれるコーディ。仲間の面倒を見てくれて助言をしてくれるハーター。
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失いたくない人のために、精一杯の足掻きを心に誓う。
0
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