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【3‐7】乗り越える者たち
救う神在れば、殺す神在り
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続く戦慄、削ると言ったのはハーターだ。ようやくルッシェナの左の大きな腕を落とした。一見、こちらが優勢だと思われる。だが、戦況はあまりよろしくない。
地震による警戒も続けていた。なぜか長い揺れが続く。時間が経過していくたびに、空気が温かく感じる。
この場にいる中で、一番体力を消耗しているのはサキだった。魔法による補助と障壁のガードで主力と言っても過言ではない立ち回りをしていた。
「はぁ……きつい。こんなにきついのは久しぶり」
杖を着き、支えにしてサキが息を乱す。気を許すと膝を着いて倒れてしまいそうなくらい魔力も消費した。魔石はいくつ使っただろうか。思い返すと気が重い。
助言役に回っていた圭馬がそんなサキを労う。
「いや、よくやっていると思うよ。ボクと交代しよう!」
圭馬にしては気の利いた申し出だ。これにはサキの表情も明るくなる。圭馬はサキのカバンに飛び込み、頭を突っ込んだ。
サキは驚きながら言う。
「えっ、えぇっ!? まさか、本当に『アレ』を食べるんですか?!」
「今使わないで、いつ使うのさっ!!」
圭馬は飛び下りてすぐ、するめのような細長いものを咥えていた。圭馬はサキに下がるように言う。そして堂々と前に出た。
「選手交代だよ。少し下がって休みなって!」
言われてサキは半歩後退した。カバンの中から桐の小箱が落ちて壊れた。どうせ中は空なのだからかまわないが、本当に『アレ』を使うのかとサキは心配する。
圭馬が口にしているのは例の黄金ニンジンだ。水分は飛んで燻製のようになっているが、食べたらどうなるかは口酸っぱく説明をしていた。つまりは、底力が発揮される。
圭馬は口の端で黄金ニンジンを噛み、獣人へ姿を変える。
藤色のローブを身にまとったウサギの獣人、ティアマラントの姿だ。耳と尾はウサギの面影があるが少し誤魔化せば人として歩いても問題ない程度の外見。
クディフは圭馬を見て眉をひそめた。
「貴殿は本当に伝承の魔獣、ティアマラントだったのか!?」
「あぁーん?」
信じられないと言った表情だ。クディフも長く生きているゆえに、過去の英雄には敏感な反応を見せる。急激な態度の変化に、圭馬は嫌らしくも自慢げに笑う。
「言っておくけど、ボクちょーっと強いからね!!」
「……」
クディフは圭馬の実力を疑っているようだ。そうは思っても、自分も右腕に怪我を負っている。頼りにしてもいいのだろうかと疑問にも思っているようだ。
圭馬とクディフがやり取りをしている間、ハーターはカバンの中を探っていた。小細工が利くような発破が少ない。ハーターは圭馬たちに言う。
「ねぇっ!! 漫才はいいからもう片方の手を封じる手段を考えようよ!!」
「わかってるよ、ハーちゃんったらぁ」
自信に満ちた表情だ。それもそのはず、圭馬は黄金ニンジンの効力により、契約主であるサキの魔力の供給がなくても自力で大魔法を放つくらいの力が満ちているからだ。
「いっくよー、アンリミテッド・シューティングスター!」
ハーターは手段を考えようと言ったのに、圭馬は独断で大魔法を放つ。
動きは大きく無駄が多いが、圭馬の放つ光の矢は確実にルッシェナを捉えた。何十、何百かはわからないが、巨体を貫いた。防御の貫通攻撃はかなり効いている。
間髪入れず、もう一撃と短い詠唱をした。掌底でも放つように、両手を構える。
「吹っ飛べ! イグニッションバースト!」
強烈な火の魔法だ。だが、不安定な足場で踏ん張りが利かずに軌道が逸れた。その魔法はハーターの目の前を抜けた。あまりの威力に壁の向こうが抜け、大きく崩れた。
「待て待て待て待て!! 危ないだろう!?」
当たっていれば石壁に叩き付けたか、貫通して街の外から落ちたか。どちらにしろ、当たらなかったので意味はない。土煙が舞い、視界が悪くなる。
圭馬は状況が悪化してしまったのに、それとは別に悔しがって地団太を踏んでいた。
「くっそーっ!!」
「当たれば一撃必殺か場外だったな」
「う、うるさいなぁっ!」
クディフにまでペースを乱される圭馬。遊んでいる場合ではないのだが、どうも圭馬は遊んでいるようにしか捉えられない気質をしている。。人の姿で戦うことは稀だ。感覚が慣れない。その点も悪さをしている。
ふと、圭馬はルッシェナが睨みつけているのに気が付いた。
「ん?」
それは土煙のせいか、やけに鋭く感じられた。気のせいではないことはすぐに思い知らされた。ルッシェナは咆哮を上げる。
「グォアアアアァァァァッ!!」
「わおっ、怒っちゃった?」
おちゃらけた圭馬に照準が合ったようだ。
てっきりもう片方の手を振り上げるものだと思っていた。ルッシェナは何の前触れもなく、突然圭馬とクディフに向かって火を吐いた。完全に油断した。
すぐに反応し、圭馬は魔法障壁を張る。
「ちょっ、ちょっとタンマ!!」
焼かれずに済んだが、障壁越しに炎の海だ。朽ちた植物は完全に焼け、土煙もあって視界は最悪にまで落ちた。
クディフは何も防御を張らずとも、軽やかにかわせていた。即席のメンバーだが、個々は強い。
だが、クディフとは違い、ハーターはコートで火の粉を払うしかできなかった。ハーターの攻撃手段から、これは厄介なことだ。
「発火物を使わせないつもりかい?! もしかして、わかっていてやっているのかな?」
視界が悪い。枯葉は焼け、煤が舞う。その中、サキの叫び声がこだました。
「うわあぁっ!!」
ズシンと大きな音とともに風圧で炎が揺れる。それはルッシェナの手が石床を凹ませていた。いや、何かを床に打ち付けた、潰したに等しい。遠くでカランカランと金属の音がする。綺麗な装飾の杖だ。そう、その杖の持ち主はサキ。
魔人と化した異形な手に緑色が見える、人の手も。
ハーターは何も考えずにルッシェナに立ち向かった。サキを救出しなければと体が勝手に動いた。
「その手を退けろッ!!」
風圧で払われた視界と微かに燃える炎、明るさはじゅうぶんだ。狙いを定めるのに問題はなかった。絶対という保証はない。何事もそうだったし、これからもそうだろう。敵うはずがない。非力でいつも無難なことしかしない自分が、誰かを助けるなんて。誰かのために飛び込めるなんて。ハーターは体で応えた。刃こぼれした短い剣を手に攻撃を仕掛ける。
圭馬がハーターの援護を試みる。彼だってサキを助けたい気持ちは同じだ。
「ハーちゃん、無茶だ!! そいつ、体が大きすぎるよ!!」
詠唱をする圭馬の横をクディフが風のように抜ける。打ち合わせなどほとんどしていない三人だが、目の前の目的はサキの救出だ。
短い剣が腕を落とせるはずがない。ハーターの一撃は巨体にとってせいぜい蚊に刺されたか、擦り傷を負った程度だろう。
ハーターは着地でキュッと靴底を鳴らし、切り抜けた足を勢いでターンさせた。
「もういっちょ!!」
ハーターの向かう先、ルッシェナの陰から黒い影が見えた。詳しく言わなくても、サキを救出したいのはハーターだけではない。
「軌道が逸れる……ジャマだ!!」
「父さんの馬鹿!!」
クディフの一撃が軌道を逸れ、追撃とはならない。ルッシェナにダメージこそ大きく通った。だが、もう一太刀を考えていたハーターと意志のぶつかりが生じた。下手をすると仲間割れになりかねない。
そんなぶつかりに圭馬も加わった。大声で文句を言う。
「あぁーっ、もう、二人とも邪魔なのッ!! せっかくの魔法が打てないじゃないか!!」
圭馬は左手に溜めた魔法を掲げながら八重歯まで見せている。味方のはずなのに、威嚇をしていた。
どうも圭馬が絡むと危機感が薄れて仕方ない。その空気を再び戦慄させるようにルッシェナの口が炎を纏う。予想外の攻撃だ。
「待って、ホントにシャレにならないから!! ハーちゃん、おじさんも逃げて!!」
明らかに魔法障壁が間に合わない。また火の海にされる展開までは読めたが、言い合っていた親子が二度と喧嘩できないかもしれない危機だ。そしてルッシェナの攻撃モーションが短い。無情にも炎はすぐに吐かれた。
圭馬は自分には向かっていないながらも、これ以上火の海になるのが嫌で叫んだ。
「やめろっ!! 馬鹿!! 変態サディスト!!」
口の悪い挑発をしたところで、ルッシェナはもう人ではない。当然だが、この言葉が届くわけもなく、火の海になった。
圭馬は火の粉を避け、辺りの風を読んで移動する。
「何だっていうのさ!? これじゃまさかのボス戦、パーティ全滅じゃん!! ホント、司令塔がいないと個々が強いからぶつかり過ぎて、一気にデコボコなんだから……」
ぶつくさと非現実的なことを交えながら、圭馬はまとまりがないことを嘆いた。戦線になるとまとまりがないのは今に始まったことではない。とはいえ、こんなに命の危機を感じたこともない。即席のメンバーでも最低限のチームワークはあるはずだ。だが、サキが倒されてしまっては、最低限どころではない。それに、圭馬の力も有限だ。
炎に呑まれた。きっと皆、助からない。圭馬はそう思い込んで、彼らしくない舌打ちをした。この場にいない誰かさんのお得意だ。
「ん?」
異変を感じ、圭馬は耳をぴくりと立てた。
炎の流れがおかしい。目を凝らすと、炎の向こうルッシェナの手と凹んだ石床の隙間からサキが這い出している。
サキは左手で魔法障壁を張っていた。潰されたはずなのに、どうやって抜け出したのか。
「僕がいる限り、全滅なんてさせない!!」
左片手で障壁を張っているが、明らかに無茶をしていた。右腕は血が滲んで引き摺っている。杖が弾かれたのだから、この展開は想像できた。
だが圭馬はここでも落胆してしまった。黙っているクディフとハーターもどうかと思うが、呆れてしまう根性だ。
「うぅっ……」
サキが這い上がって立とうとするが、体にもダメージがあるようだ。
クディフはサキを救い上げ、退避させる。クディフも右腕に怪我をしているのに、サキを気遣った。
「よせ。体が持たんぞ」
「諦めなく、ないんです!」
クディフに体を支えられるも、サキは膝を震わせながら歯を食いしばっている。今にも倒れそうなのに、何がサキを奮わせるのか。
圭馬が立て直しの時間を稼ごうと詠唱を試みる。
そのとき雄叫びが轟き、炎が乱れた。
ルッシェナが体勢を崩している。理由がわからない。
圭馬は吐かれた炎がこちらを向いたのに驚き、回避しながら気が付いた。彼の片目が潰されている。矢が頭を中心に何本か見えた。
「あっ!!」
この攻撃を仕掛けた人をよく知っている。圭馬が声を弾ませた。
「キッドお姉ちゃん!!」
藤色のローブを翻し、ウサギらしく跳ね退いた。
矢の主はキッドだ。彼女は致命傷を与えるだけの攻撃手段はないが、こうした小細工は得意だ。次々と矢を放っている。見えたキッドの目には迷いがなかった。
さすがに目を潰されるのは人でなくなっても痛い。痛覚があるとわかって追撃が入り込んだ。
「アイシクルブリッド!!」
小ぶりな試験管媒体が投げ込まれる。もちろん投てきが得意な人も仲間にはいる。ローズだ。ほの暗い向こうで白衣が乱れている。
ルッシェナの足元が凍り付き、足止めの効果を与えた。火を吐くのだから、足元は隙がある。大きなダメージではないが、動きを封じるにはじゅうぶんだ。ルッシェナは翼で束縛を逃れようと必死の抵抗をしている。
「先生サン!!」
ローズの合図で鋭い剣戟が走った。いや、一閃かもしれない。光が弧を描く。一つかと思ったが、もう一つ光った。
「はあぁぁぁっ!!」
赤黒い血が散った。遅れて金髪の男性、竜次が火のない所へ着地する。髪が解けているせいで、一瞬、誰なのかわからなかったくらいだ。
大きな刀が鈍く光り、着地したまま切り返しを試みる。
「あなたは絶対に許さない!! 私の大切な人たちをたくさん気付けた!!」
圭馬が見た竜次は剣鬼だった。怒りの表情は本当に別人ではないかと錯覚する。
ルッシェナはまだ抵抗をするのか、攻撃を仕掛ける素振りを見せる。残った腕が降り上がる前に床に落ちた。クディフやハーターが攻撃してもなかなか落とせなかったはずなのに、竜次はルッシェナの腕を切り落とした。そして追撃を試みようと突っ込む。
その一瞬に、ルッシェナは口に炎を含んだ。
圭馬が見逃すはずがない。
「お兄ちゃん先生を邪魔させないよ! ルナティックブロー!!」
溜め込んでいたまま持っていた魔法を両手で解き放つ。衝撃波が強い渦を巻いて、集中砲火を受けた頭に直撃した。勢いでローズが仕掛けていた足止めが解けた。だがこのつなぎはいいはずだ。
ルッシェナに攻撃をしているのを離れて恨めしく見ているのはサキだった。負傷した右腕が痛む。クディフに助けてもらったおかげで戦線は離脱できた。だが、サキは首を振ってクディフを押し退けようとしている。
「立っているのもやっとだろう」
「げほっ、ううっ、大丈夫です。死んでいません。つまり、まだ負けていませんから!」
煤を払い、クディフはサキをさらに後退させた。
サキが受けたダメージは大きい。苦しそうに咳き込み血を吐いている。目尻に涙も浮かんでいるが、彼はまだやれると首を振った。この状態でまだ戦うつもりのようだ。
「あいつはこの都市から魔力を吸い上げていたんです。まだ、何かあるはず」
「完全否定はできないな」
「今の僕たちでも、あの人を倒せないのかもしれない。でも……」
サキはクディフに言う。力を貸してくれるのだから、今はこの人だって仲間だ。
「せめて、この場にいる人だけでも守りたい、です」
「その体で何を守れると言うのだ?」
「……」
「ローズの手当てを受けた方がいい」
サキは首を振った。まだ嫌な予感は拭えないからだ。自分の魔法で負った傷を浅くすることは可能だ。だが、それだけで手当てとは言わない。
「大魔導士クン!!」
「サキ!!」
ハーターとコーディが駆け付けた。ハーターは怪我をしていないが、コーディは左の肩を大きくつっている。骨折か脱臼だと一目で把握できる痛々しい怪我だ。
怪我人を数えながら、サキは状況を確認する。
「動ける人、何人いますか?」
答えたのはコーディだ。手当ては痛い痛しいのに、相変わらずの口調だ。
「何を言っているの!? サキ以外は無事だよ。ローズなんてピンピンしてるしぃ?」
その口ぶりから、サキの事を心配しているのか貶しているのかわからない。
サキはそれでも確信が持てたことから、深呼吸をした。
「なんだ。そっか。じゃあ、きっと危機を脱することはできる」
サキは呼吸が苦しく、小さく咳き込んでいる。だが、その口元は笑っている。この場にいない者に思いを馳せながら、近くの仲間に提案を持ち掛けた。
「僕に、時間をください!!」
サキの目はまだ光を失ってはいない。やると言ったら同意せざるを得ない。少々心配だが今は打開方法も思い付かない。
この中では比較的元気なハーターが大声で周知させる。
「みんな!! 大魔導士クンに時間をあげてやってくれッ!! よし、ぼくも働くよ!」
もう行動に走っていた竜次は、次の攻撃をルッシェナの翼に定めていた。燕返しのごとく、切り返しが抜ける……はずだった。
金属がぶつかる音が響いた。翼が斬れないのだ。魔法障壁が再び発生したと見るのがいいだろう。弾かれた勢いで竜次が石床に転がった。
「くっ、何て硬い!」
竜次は着地の際に態勢を崩し、怪我をしている脇を抱えて膝を着いた。
「竜次さんッ!!」
弓も矢筒も捨てて、キッドが疾走した。竜次も手負いだ。それで今の一撃はかなり大きい。ルッシェナは腕がないのなら、足の攻撃を仕掛ける。
キッドも自慢の足で竜次を救った。それもギリギリ、彼女は竜次と一緒に石床に転がった。現実にあり得ないと言わんばかり、超人と戦っている気分だ。
迫るもう一撃に竜次は絶望し、キッドを抱き寄せる。
「クレアッ!!」
せめて自分が受ければ、キッドは守れるかもしれない。この巨体による攻撃を直前回避は難しいと竜次は判断した。
そこへ圭馬の助けが入る。間に合わせだが短い詠唱の魔法を打った。
「吹っ飛べ、変態野郎!! イグニッション!!」
圭馬が放った魔法は間に合わせに軌道を逸らせた程度だった。魔法障壁でかき消されてしまったのだ。
再び視界が悪くなる。僅かに逸れたおかげで竜次もキッドも難を逃れたが、二人とも丸腰だ。回避が精一杯の状態。二人が危ないままだ。
圭馬が悔しさのあまり、またも地団駄を踏んだ。
「嘘でしょ!? パワーアップ中のボクの魔力だよ!? どうして貫通しないんだよぉ!?」
まだまだ元気かに見えたが、圭馬の力は黄金ニンジンの効果で一時的なものなのだ。そして間もなく切れそうな予感がしていた。それは事実であり、圭馬の実態が淡く光ったことから察しがついた。
「あー……これで最後だよぉ、よりによって最後がこれなのぉ!?」
圭馬は偶然にもハーターと目が合った。圭馬は『これで最後』だと言っていた点からハーターは何かできないかと考えた。だが、魔法使いの補助など思いつかない。
ハーターの手が冷たい感覚を覚えた。見れば、サキがハーターの手に黒く光る石を持たせていた。サキ自身は目を合わせずに詠唱を試みている。ハーターの『読み』を信頼し、託したのだ。
ハーターは圭馬に向けて黒い石を投げ渡した。さらに魔力を強化するブースト石だ。
「ウサギさん、パスッ!!」
やるとしたら圭馬しかいない。人の姿として、最後の足掻きを見せた。
「その障壁は邪魔だよ! ディスペル!! と、おまけのホーリーランス!!」
圭馬はどうせ最後ならと連続で魔法を放った。基本的には魔法一つに付き魔石は一個消費するものだが、早口で詠唱ができるのならば例外だ。厳密には『一回の行動で』あるため、その限りではない。
広範囲ではないため、サキにディスペルの影響が及ぶことはなかった。障壁の解除がうまく行ったのかを確認する前に、圭馬は化身であるウサギの姿に戻ってしまった。
時間差で光の槍がルッシェナを捉えた。圭馬の試みは成功した。串刺しになって、動きを停止させている。
圭馬は戦線を離脱し後退した。サポートに徹するつもりだ。
「一回言ってみたかったんだよね。あとは任せた!!」
ルッシェナの障壁を再び無効化し、大ダメージを与えたことによって希望が見えた。
クディフの斬撃が抜ける。彼もかなり疲弊しているはずなのに。
「サキ君!!」
詠唱中のサキにローズが駆け付けた。
サキは精神を集中させ、詠唱中なのでせいぜい目線しか上げられないが、落としたはずの杖を渡された。ローズの姿が見えないと思っていたが、わざわざ拾って届けてくれたのだ。
サキはこれを受け取りはしたが、きちんとお礼が言えないのをもどかしく思った。
もちろん、ローズもお礼が言ってほしいわけではない。頑張ってほしい思いが込められていた。今するべきことは、ローズも大人ならわかっている。試験管の媒体を持って最後の一時を待った。きっと彼女の大きな役割はこれだ。
ゴリゴリ、メキメキと嫌な音が鳴った。
「つああああっ!! もう倒れてよ、この変態!!」
コーディによる文字通り、飛び蹴りである。飛べる彼女だからこそできる必殺技とでも言うべきか。防御のない今なら通じるだろう。だが、障壁があったらコーディが跳ね返され、竜次のように大怪我をする。
地に伏せるまでまで弱まったルッシェナ。その向こうで、竜次が脇を抱えながら再び剣を握った。
「竜次さん?」
「立たなきゃ……」
「あ、あたしも……」
キッドは小太刀を拾い、引き抜いた。彼女は利き腕に怪我をしている。だが、まだ動ける。この場にいる皆の中では比較的元気だ。
残念ながら、これ以上キッドを守れる気回しがいっさいできない。竜次にとっては申し訳なかった。
竜次は霞みそうな視界にかぶりを振る。本当なら、倒れて泥のように眠ってしまいたいくらいだ。
「あまり自分から踏み込むのは得意ではありませんが、そう言ってもいられませんね」
竜次は守りからの攻めの剣技を得意とする。自分から踏み込み、大振りするのは得意ではないが、そうは言っていられない。誰かが自分のように、自分に悲しく、一人で苦痛を抱える人にならないように付いて来た。それが竜次の正義だ。その正義を今奮わず、いつ奮うのだろうか。
「クレア、援護を!」
「はいっ!!」
地に伏せている今ならとどめを刺せるかもしれない。都合のいい解釈だが、本当にこれで終わるのかと淡い期待を胸に、竜次は構えから踏み込んだ。それでも行動はキッドが先である。
「竜次さんの邪魔はさせない!!」
ぞぶりと深めの一撃がルッシェナの喉元に入る。キッドの太刀では一刀両断とはいかない。それでも致命傷につながる一撃だ。キッドは素早く退く。
すると竜次が追い打ちを掛ける。
「桜華散水翔ッ!!」
何度か素振りをしたが、実践は初めてである。亡き恋人が残した日記帳のメモ欄に書いてあったものだ。キッドの太刀筋をなぞるように首に斬撃を繰り出した。
竜次は呼吸を乱すことなく、桜の花びらが散るようにストンと着地する。手応えを感じていた。振り返ってルッシェナが動かないと確認しながら退いた。
頃合いを見計らって、ハーターがダイナマイトを投げ込んだ。激しい爆風だ。これを今まで使わずにわざわざ取っておいたらしい。
「よっしゃあっ!! これで勝った……か?」
ハーターが子どものようにはしゃぎ、ガッツポーズをした。
「や……やった?」
爆風のあとには、黒い肉片や翼の欠片が見える。圭馬がぴょんぴょんと近付き、本当に動かいないのかを確認した。
「ひゃっほう!! ボス撃破だ!!」
獣人の姿だったらかなり絵になるよろこび方だ。この様子に歓喜した。
ルッシェナは倒れた。人の姿ではなくなり、声も、思いも届かないただの魔獣と化した存在だったが、これは勝利なのだろうか。
静寂を経てじわじわと実感していった。
やっと言葉を交わせる時間ができた。竜次は髪の解れを気にしながら、クディフに一礼する。
「みんなを助けてくれてありがとうございました」
「……気が向いただけだ」
「素直ではありませんね。でも、そういうことにしておきます」
複雑な仲だが、悪い人ではないのはお互いが知り得ている。徐々に警戒は緩められた。
和やかな空気になりそうだ。その中で、声を上げたのはサキだった。彼だけはまだ完全に警戒を解いていない。
「ダメです!! 手を緩めないで!! まだ終わっていませんッ!!」
とどめは刺した。
終わったものだと誰もが思い込んでいた。
そこへ、ズシンと大きな揺れを感じた。これまでよりもずっと大きい揺れだ。重力を感じる揺れとともに、一瞬青白い光が視界を覆う。
視界が晴れた次に目にしたのは、大きな翼と剛腕、『そんな馬鹿な』と誰もが落胆した。
皆が視界にダメージを受ける。光による視界不明瞭だ。やっと視界が戻ったときには、先ほどまで肉片と化したルッシェナが全快している。まるで、今までの攻撃がなかったかのような姿だ。腕も翼も再生している。
今まで振るった力は、戦いは何だったのだろう。誰もがその虚しさを抱いた。
圭馬とハーターが軽く言い合いになっている。
「な、なんでぇッ!? 全回復とかそんなのチートだよ!!」
「ウサギさん、手はないのか!? コッチも無限じゃないぞ!!」
「あるわけないでしょ?! ボクを何だと思ってるの!?」
また一からだと言うのか。今までの苦労が無駄になって、喧嘩をする気持ちは察せる。だが、何も生まないこともよく知っている。
無駄と知りながら、圭馬は皆が言いたいことを代弁するように生意気な口を利く。
「だいたい、どうして全快しちゃうのさ? 地震があっただけじゃないのぉ!?」
圭馬が地震と関係性があるのかと読んだ。それでもこの場に確証を持てる材料は何もない。それによる弱点など見出せないからだ。
絶望してしまったのか、竜次が膝から崩れた。咳き込んで血を吐いている。
「何もかもが悔しい。やっぱり倒せない相手だなんて……」
竜次は個人的にルッシェナを許せないと思っていた。だが、自分がどんなに足掻いてもルッシェナを倒せないことが悔しかった。
一番い近くにいたキッドは、竜次の背中をさする。咳はすぐに収まったが、呼吸が苦しそうだ。
「血が……竜次さん、もう無理はしないで」
体が鉛のように重い。何が原因なのかはわからない。ただ、剣戟を放つ度にジリジリと傷が広がっていたと思われる。
「肋骨を数本やっていると思います。頑張れば動けますけれども」
体も重いが気も重い。竜次はいつもの空回りのときのように笑う。
サキはひと一倍絶望していた。
「僕も、チャンスをうかがっているだけじゃなくて、さっさと放ってしまえばよかった。絶対に倒し切れたはずなのに」
ここまで来たのに、再生など考えていなかった。痛めた左手に握る杖、溜めた魔力と整ったはずの大魔法。動かせられない右手がじんじんと傷む。
クディフはキッドに言う。
「諦めるのはまだ早そうだ。あの大魔導士はまだ手を持っている」
「な、何よ」
「弟を信じてやらんのか?」
「あんたに言われるとむかつくわね!」
クディフとキッドが喧嘩腰になりながら話している。珍しい組み合わせが話しているのを耳にして、竜次は幾分が竜次の痛覚が鈍った。狂ったわけではないが、中身の有無がわからない変な笑みを浮かべている。
「はぁ、しょうがない。やるか」
ため息にも似た深めの息をついて背筋を伸ばし、覚悟を決めた。
キッドは弓と矢筒を拾い上げる。彼女も腹を括ったようだ。元気に振る舞い、サキに振り返る。
「ダメもとで隙を作るから、その手に溜め込んでいる魔法で思いっきりやりなさい!!」
両手で自分の頬を軽く叩き、気合を入れる。
キッドの声に士気が上昇する。団結力が試される。
飛びながら手で了解サインを作るコーディ。誰に向けるわけでもない独り言をつぶやいた。
「ふーん、私の活躍をサキに見せ付けるチャンスじゃない」
片思いをしているサキに少しでもいいところを見せようと、ここで変な意地を見せる。悪巧みをする笑みを浮かべ、作戦会議をしているサキとローズを見下ろした。
ローズと軽い作戦会議ののち、サキは考え込んでいた。
天空都市からエネルギーを吸い上げているのなら、ここでいくらルッシェナを叩き、ダメージを与えても無駄かもしれない。本当に倒せないなら、ここはあえて倒せる土俵に持ち込むしかない。何を放つのかはもう決まっている。あとは狙いを定めるだけ。もし外したら、次はない。皆殺しにされてしまうだろう。
約束も、誓いも、未来も絶望しかない。
「ん……?」
気のせいかもしれないとサキは視線を泳がせた。潰された衝撃で骨折でもしたものだと思っていた右手がまだ動く。力は入らないが、少し無茶もできそうだ。不思議なもので、先程まで絶望していたのに今は大丈夫な気がしている。本当に都合がいい。
サキはカバンの中を気にしていた。
「あと、十個はあるかな」
溜め込んだ魔法を放たなければ、いくらでもサキに自由がある。問題は自分の体力が持つかという問題だ。まだまだ若いサキにとって、こんな困難はこれからいくらでもあるだろう。いや、そうない体験をしているかもしれない。これまで歩んで来た思い出が思い出される。楽しいことばかりではなかったが、自身が広い世界を見ることができた。この人たちと関わることができて本当に良かった。
「いけない、いけない」
サキは目を覚ますようにぶんぶんと大袈裟に首を振った。これではまるで走馬灯のようだ。そのつもりはなくても、これはよろしくない。
だが、そんなサキの中でも、火でも何でも吐いてくれ、いっそ殺してくれと投げやりには思えなかった。きっとこの場にいない人のせいだ。自分と友だちになってくれて、広い世界に連れ出してくれたジェフリーと、慈悲深い笑顔と癒しをいつも与えてくれるミティアに出会った。もっと思い出を重ねたい。一緒に歩みたい。
サキは遠慮がちな性分を押し潰した。
「ぼ、僕がこいつを闇の大魔法でぶっ飛ばしますっ!! できるだけ動かないように行動を封じてください! お願いします!!」
今までの人生の中で一番大きな声が出たかもしれない。腹から声を出すのは合唱会以来だろうか。記憶はないはずなのに、なぜか自然と通る声が出せた。
当然だが、皆は驚いた。サキがこんなに大きな声を出すとは思わなかったからだ。
丸くされた目がいくつこちらを向いただろうか。サキはおどおどとする。
大きめの媒体を持ったローズが顔だけ振り返った。彼女は化粧のせいで表情がわかりやすく、赤いルージュで口角が上がったのがわかりやすかった。
「足止めは任せるデス」
「ローズさん!!」
「行くデスヨ!!」
一番初めに仕掛けたのはローズだった。全快したルッシェナは当然魔法障壁も復活していた。だが、なぜかローズの媒体によるダメージはなくともしっかりと動きは封じていた。どうしても翼による風圧が邪魔をする。足元は封じることができるが、これだけでは足止めが弱すぎる。案の定すぐに解かれてしまった。
ここでハーターがただ見ていたわけではないと、ヒントを導いた。
「今ので五秒だ。その間に一点集中を仕掛けたら障壁は崩せたりしないかな」
ハーターの『読み』で、圭馬はいい案を思いついた。
「そっか、ハーちゃんが言ってることが正解なら、ローズちゃんの媒体をもっと長引かせることができるかもしれない!! そうなれば足止めはばっちりじゃないか!!」
「たまにはいいことを言うだろう、ウサギさん?」
「よおーし、その作戦で行こう!! そこの刃物持ってる三人が先鋒、空飛ぶお姉ちゃんはもっかい強烈キック、ハーちゃんまだおっきい発破は持っているよね!?」
「いい作戦なんだけど、ウサギさんの手柄みたいじゃないか!!」
「細かいことはいーからっ!!」
せっかくの提案だが、どうしても圭馬の声が大きい。そして発言力、人ではないが人権も存在力も大きい。
軽く落胆するが、ハーターは渋りながら了解した。こういうのも悪くないだろう。たびたび自分の行動が報われない気がする。ハーターはそういう立場なのかもしれない。本人も薄々そう感じてはいた。
最初で最後かもしれない大きな作戦だ。
すっかり圭馬が司令塔の役割を担っていた。
「ま、協力プレーってヤツだね!! フォーメーションはばっちり!?」
自分が戦線に加わるわけでもなく、ただ、声が大きいからである。もちろん個々の特性をまるっきり知らないはずがない。だが、どうも偉そうな言い方が鼻に付く。そしてどこかゲームの世界のような現実を離れた発言も多い。圭馬に悪気があるとは思えないが、今は他に仕切れるだけの者もいない。
互いを信じて力を合わせることに専念するだけだ。
地震による警戒も続けていた。なぜか長い揺れが続く。時間が経過していくたびに、空気が温かく感じる。
この場にいる中で、一番体力を消耗しているのはサキだった。魔法による補助と障壁のガードで主力と言っても過言ではない立ち回りをしていた。
「はぁ……きつい。こんなにきついのは久しぶり」
杖を着き、支えにしてサキが息を乱す。気を許すと膝を着いて倒れてしまいそうなくらい魔力も消費した。魔石はいくつ使っただろうか。思い返すと気が重い。
助言役に回っていた圭馬がそんなサキを労う。
「いや、よくやっていると思うよ。ボクと交代しよう!」
圭馬にしては気の利いた申し出だ。これにはサキの表情も明るくなる。圭馬はサキのカバンに飛び込み、頭を突っ込んだ。
サキは驚きながら言う。
「えっ、えぇっ!? まさか、本当に『アレ』を食べるんですか?!」
「今使わないで、いつ使うのさっ!!」
圭馬は飛び下りてすぐ、するめのような細長いものを咥えていた。圭馬はサキに下がるように言う。そして堂々と前に出た。
「選手交代だよ。少し下がって休みなって!」
言われてサキは半歩後退した。カバンの中から桐の小箱が落ちて壊れた。どうせ中は空なのだからかまわないが、本当に『アレ』を使うのかとサキは心配する。
圭馬が口にしているのは例の黄金ニンジンだ。水分は飛んで燻製のようになっているが、食べたらどうなるかは口酸っぱく説明をしていた。つまりは、底力が発揮される。
圭馬は口の端で黄金ニンジンを噛み、獣人へ姿を変える。
藤色のローブを身にまとったウサギの獣人、ティアマラントの姿だ。耳と尾はウサギの面影があるが少し誤魔化せば人として歩いても問題ない程度の外見。
クディフは圭馬を見て眉をひそめた。
「貴殿は本当に伝承の魔獣、ティアマラントだったのか!?」
「あぁーん?」
信じられないと言った表情だ。クディフも長く生きているゆえに、過去の英雄には敏感な反応を見せる。急激な態度の変化に、圭馬は嫌らしくも自慢げに笑う。
「言っておくけど、ボクちょーっと強いからね!!」
「……」
クディフは圭馬の実力を疑っているようだ。そうは思っても、自分も右腕に怪我を負っている。頼りにしてもいいのだろうかと疑問にも思っているようだ。
圭馬とクディフがやり取りをしている間、ハーターはカバンの中を探っていた。小細工が利くような発破が少ない。ハーターは圭馬たちに言う。
「ねぇっ!! 漫才はいいからもう片方の手を封じる手段を考えようよ!!」
「わかってるよ、ハーちゃんったらぁ」
自信に満ちた表情だ。それもそのはず、圭馬は黄金ニンジンの効力により、契約主であるサキの魔力の供給がなくても自力で大魔法を放つくらいの力が満ちているからだ。
「いっくよー、アンリミテッド・シューティングスター!」
ハーターは手段を考えようと言ったのに、圭馬は独断で大魔法を放つ。
動きは大きく無駄が多いが、圭馬の放つ光の矢は確実にルッシェナを捉えた。何十、何百かはわからないが、巨体を貫いた。防御の貫通攻撃はかなり効いている。
間髪入れず、もう一撃と短い詠唱をした。掌底でも放つように、両手を構える。
「吹っ飛べ! イグニッションバースト!」
強烈な火の魔法だ。だが、不安定な足場で踏ん張りが利かずに軌道が逸れた。その魔法はハーターの目の前を抜けた。あまりの威力に壁の向こうが抜け、大きく崩れた。
「待て待て待て待て!! 危ないだろう!?」
当たっていれば石壁に叩き付けたか、貫通して街の外から落ちたか。どちらにしろ、当たらなかったので意味はない。土煙が舞い、視界が悪くなる。
圭馬は状況が悪化してしまったのに、それとは別に悔しがって地団太を踏んでいた。
「くっそーっ!!」
「当たれば一撃必殺か場外だったな」
「う、うるさいなぁっ!」
クディフにまでペースを乱される圭馬。遊んでいる場合ではないのだが、どうも圭馬は遊んでいるようにしか捉えられない気質をしている。。人の姿で戦うことは稀だ。感覚が慣れない。その点も悪さをしている。
ふと、圭馬はルッシェナが睨みつけているのに気が付いた。
「ん?」
それは土煙のせいか、やけに鋭く感じられた。気のせいではないことはすぐに思い知らされた。ルッシェナは咆哮を上げる。
「グォアアアアァァァァッ!!」
「わおっ、怒っちゃった?」
おちゃらけた圭馬に照準が合ったようだ。
てっきりもう片方の手を振り上げるものだと思っていた。ルッシェナは何の前触れもなく、突然圭馬とクディフに向かって火を吐いた。完全に油断した。
すぐに反応し、圭馬は魔法障壁を張る。
「ちょっ、ちょっとタンマ!!」
焼かれずに済んだが、障壁越しに炎の海だ。朽ちた植物は完全に焼け、土煙もあって視界は最悪にまで落ちた。
クディフは何も防御を張らずとも、軽やかにかわせていた。即席のメンバーだが、個々は強い。
だが、クディフとは違い、ハーターはコートで火の粉を払うしかできなかった。ハーターの攻撃手段から、これは厄介なことだ。
「発火物を使わせないつもりかい?! もしかして、わかっていてやっているのかな?」
視界が悪い。枯葉は焼け、煤が舞う。その中、サキの叫び声がこだました。
「うわあぁっ!!」
ズシンと大きな音とともに風圧で炎が揺れる。それはルッシェナの手が石床を凹ませていた。いや、何かを床に打ち付けた、潰したに等しい。遠くでカランカランと金属の音がする。綺麗な装飾の杖だ。そう、その杖の持ち主はサキ。
魔人と化した異形な手に緑色が見える、人の手も。
ハーターは何も考えずにルッシェナに立ち向かった。サキを救出しなければと体が勝手に動いた。
「その手を退けろッ!!」
風圧で払われた視界と微かに燃える炎、明るさはじゅうぶんだ。狙いを定めるのに問題はなかった。絶対という保証はない。何事もそうだったし、これからもそうだろう。敵うはずがない。非力でいつも無難なことしかしない自分が、誰かを助けるなんて。誰かのために飛び込めるなんて。ハーターは体で応えた。刃こぼれした短い剣を手に攻撃を仕掛ける。
圭馬がハーターの援護を試みる。彼だってサキを助けたい気持ちは同じだ。
「ハーちゃん、無茶だ!! そいつ、体が大きすぎるよ!!」
詠唱をする圭馬の横をクディフが風のように抜ける。打ち合わせなどほとんどしていない三人だが、目の前の目的はサキの救出だ。
短い剣が腕を落とせるはずがない。ハーターの一撃は巨体にとってせいぜい蚊に刺されたか、擦り傷を負った程度だろう。
ハーターは着地でキュッと靴底を鳴らし、切り抜けた足を勢いでターンさせた。
「もういっちょ!!」
ハーターの向かう先、ルッシェナの陰から黒い影が見えた。詳しく言わなくても、サキを救出したいのはハーターだけではない。
「軌道が逸れる……ジャマだ!!」
「父さんの馬鹿!!」
クディフの一撃が軌道を逸れ、追撃とはならない。ルッシェナにダメージこそ大きく通った。だが、もう一太刀を考えていたハーターと意志のぶつかりが生じた。下手をすると仲間割れになりかねない。
そんなぶつかりに圭馬も加わった。大声で文句を言う。
「あぁーっ、もう、二人とも邪魔なのッ!! せっかくの魔法が打てないじゃないか!!」
圭馬は左手に溜めた魔法を掲げながら八重歯まで見せている。味方のはずなのに、威嚇をしていた。
どうも圭馬が絡むと危機感が薄れて仕方ない。その空気を再び戦慄させるようにルッシェナの口が炎を纏う。予想外の攻撃だ。
「待って、ホントにシャレにならないから!! ハーちゃん、おじさんも逃げて!!」
明らかに魔法障壁が間に合わない。また火の海にされる展開までは読めたが、言い合っていた親子が二度と喧嘩できないかもしれない危機だ。そしてルッシェナの攻撃モーションが短い。無情にも炎はすぐに吐かれた。
圭馬は自分には向かっていないながらも、これ以上火の海になるのが嫌で叫んだ。
「やめろっ!! 馬鹿!! 変態サディスト!!」
口の悪い挑発をしたところで、ルッシェナはもう人ではない。当然だが、この言葉が届くわけもなく、火の海になった。
圭馬は火の粉を避け、辺りの風を読んで移動する。
「何だっていうのさ!? これじゃまさかのボス戦、パーティ全滅じゃん!! ホント、司令塔がいないと個々が強いからぶつかり過ぎて、一気にデコボコなんだから……」
ぶつくさと非現実的なことを交えながら、圭馬はまとまりがないことを嘆いた。戦線になるとまとまりがないのは今に始まったことではない。とはいえ、こんなに命の危機を感じたこともない。即席のメンバーでも最低限のチームワークはあるはずだ。だが、サキが倒されてしまっては、最低限どころではない。それに、圭馬の力も有限だ。
炎に呑まれた。きっと皆、助からない。圭馬はそう思い込んで、彼らしくない舌打ちをした。この場にいない誰かさんのお得意だ。
「ん?」
異変を感じ、圭馬は耳をぴくりと立てた。
炎の流れがおかしい。目を凝らすと、炎の向こうルッシェナの手と凹んだ石床の隙間からサキが這い出している。
サキは左手で魔法障壁を張っていた。潰されたはずなのに、どうやって抜け出したのか。
「僕がいる限り、全滅なんてさせない!!」
左片手で障壁を張っているが、明らかに無茶をしていた。右腕は血が滲んで引き摺っている。杖が弾かれたのだから、この展開は想像できた。
だが圭馬はここでも落胆してしまった。黙っているクディフとハーターもどうかと思うが、呆れてしまう根性だ。
「うぅっ……」
サキが這い上がって立とうとするが、体にもダメージがあるようだ。
クディフはサキを救い上げ、退避させる。クディフも右腕に怪我をしているのに、サキを気遣った。
「よせ。体が持たんぞ」
「諦めなく、ないんです!」
クディフに体を支えられるも、サキは膝を震わせながら歯を食いしばっている。今にも倒れそうなのに、何がサキを奮わせるのか。
圭馬が立て直しの時間を稼ごうと詠唱を試みる。
そのとき雄叫びが轟き、炎が乱れた。
ルッシェナが体勢を崩している。理由がわからない。
圭馬は吐かれた炎がこちらを向いたのに驚き、回避しながら気が付いた。彼の片目が潰されている。矢が頭を中心に何本か見えた。
「あっ!!」
この攻撃を仕掛けた人をよく知っている。圭馬が声を弾ませた。
「キッドお姉ちゃん!!」
藤色のローブを翻し、ウサギらしく跳ね退いた。
矢の主はキッドだ。彼女は致命傷を与えるだけの攻撃手段はないが、こうした小細工は得意だ。次々と矢を放っている。見えたキッドの目には迷いがなかった。
さすがに目を潰されるのは人でなくなっても痛い。痛覚があるとわかって追撃が入り込んだ。
「アイシクルブリッド!!」
小ぶりな試験管媒体が投げ込まれる。もちろん投てきが得意な人も仲間にはいる。ローズだ。ほの暗い向こうで白衣が乱れている。
ルッシェナの足元が凍り付き、足止めの効果を与えた。火を吐くのだから、足元は隙がある。大きなダメージではないが、動きを封じるにはじゅうぶんだ。ルッシェナは翼で束縛を逃れようと必死の抵抗をしている。
「先生サン!!」
ローズの合図で鋭い剣戟が走った。いや、一閃かもしれない。光が弧を描く。一つかと思ったが、もう一つ光った。
「はあぁぁぁっ!!」
赤黒い血が散った。遅れて金髪の男性、竜次が火のない所へ着地する。髪が解けているせいで、一瞬、誰なのかわからなかったくらいだ。
大きな刀が鈍く光り、着地したまま切り返しを試みる。
「あなたは絶対に許さない!! 私の大切な人たちをたくさん気付けた!!」
圭馬が見た竜次は剣鬼だった。怒りの表情は本当に別人ではないかと錯覚する。
ルッシェナはまだ抵抗をするのか、攻撃を仕掛ける素振りを見せる。残った腕が降り上がる前に床に落ちた。クディフやハーターが攻撃してもなかなか落とせなかったはずなのに、竜次はルッシェナの腕を切り落とした。そして追撃を試みようと突っ込む。
その一瞬に、ルッシェナは口に炎を含んだ。
圭馬が見逃すはずがない。
「お兄ちゃん先生を邪魔させないよ! ルナティックブロー!!」
溜め込んでいたまま持っていた魔法を両手で解き放つ。衝撃波が強い渦を巻いて、集中砲火を受けた頭に直撃した。勢いでローズが仕掛けていた足止めが解けた。だがこのつなぎはいいはずだ。
ルッシェナに攻撃をしているのを離れて恨めしく見ているのはサキだった。負傷した右腕が痛む。クディフに助けてもらったおかげで戦線は離脱できた。だが、サキは首を振ってクディフを押し退けようとしている。
「立っているのもやっとだろう」
「げほっ、ううっ、大丈夫です。死んでいません。つまり、まだ負けていませんから!」
煤を払い、クディフはサキをさらに後退させた。
サキが受けたダメージは大きい。苦しそうに咳き込み血を吐いている。目尻に涙も浮かんでいるが、彼はまだやれると首を振った。この状態でまだ戦うつもりのようだ。
「あいつはこの都市から魔力を吸い上げていたんです。まだ、何かあるはず」
「完全否定はできないな」
「今の僕たちでも、あの人を倒せないのかもしれない。でも……」
サキはクディフに言う。力を貸してくれるのだから、今はこの人だって仲間だ。
「せめて、この場にいる人だけでも守りたい、です」
「その体で何を守れると言うのだ?」
「……」
「ローズの手当てを受けた方がいい」
サキは首を振った。まだ嫌な予感は拭えないからだ。自分の魔法で負った傷を浅くすることは可能だ。だが、それだけで手当てとは言わない。
「大魔導士クン!!」
「サキ!!」
ハーターとコーディが駆け付けた。ハーターは怪我をしていないが、コーディは左の肩を大きくつっている。骨折か脱臼だと一目で把握できる痛々しい怪我だ。
怪我人を数えながら、サキは状況を確認する。
「動ける人、何人いますか?」
答えたのはコーディだ。手当ては痛い痛しいのに、相変わらずの口調だ。
「何を言っているの!? サキ以外は無事だよ。ローズなんてピンピンしてるしぃ?」
その口ぶりから、サキの事を心配しているのか貶しているのかわからない。
サキはそれでも確信が持てたことから、深呼吸をした。
「なんだ。そっか。じゃあ、きっと危機を脱することはできる」
サキは呼吸が苦しく、小さく咳き込んでいる。だが、その口元は笑っている。この場にいない者に思いを馳せながら、近くの仲間に提案を持ち掛けた。
「僕に、時間をください!!」
サキの目はまだ光を失ってはいない。やると言ったら同意せざるを得ない。少々心配だが今は打開方法も思い付かない。
この中では比較的元気なハーターが大声で周知させる。
「みんな!! 大魔導士クンに時間をあげてやってくれッ!! よし、ぼくも働くよ!」
もう行動に走っていた竜次は、次の攻撃をルッシェナの翼に定めていた。燕返しのごとく、切り返しが抜ける……はずだった。
金属がぶつかる音が響いた。翼が斬れないのだ。魔法障壁が再び発生したと見るのがいいだろう。弾かれた勢いで竜次が石床に転がった。
「くっ、何て硬い!」
竜次は着地の際に態勢を崩し、怪我をしている脇を抱えて膝を着いた。
「竜次さんッ!!」
弓も矢筒も捨てて、キッドが疾走した。竜次も手負いだ。それで今の一撃はかなり大きい。ルッシェナは腕がないのなら、足の攻撃を仕掛ける。
キッドも自慢の足で竜次を救った。それもギリギリ、彼女は竜次と一緒に石床に転がった。現実にあり得ないと言わんばかり、超人と戦っている気分だ。
迫るもう一撃に竜次は絶望し、キッドを抱き寄せる。
「クレアッ!!」
せめて自分が受ければ、キッドは守れるかもしれない。この巨体による攻撃を直前回避は難しいと竜次は判断した。
そこへ圭馬の助けが入る。間に合わせだが短い詠唱の魔法を打った。
「吹っ飛べ、変態野郎!! イグニッション!!」
圭馬が放った魔法は間に合わせに軌道を逸らせた程度だった。魔法障壁でかき消されてしまったのだ。
再び視界が悪くなる。僅かに逸れたおかげで竜次もキッドも難を逃れたが、二人とも丸腰だ。回避が精一杯の状態。二人が危ないままだ。
圭馬が悔しさのあまり、またも地団駄を踏んだ。
「嘘でしょ!? パワーアップ中のボクの魔力だよ!? どうして貫通しないんだよぉ!?」
まだまだ元気かに見えたが、圭馬の力は黄金ニンジンの効果で一時的なものなのだ。そして間もなく切れそうな予感がしていた。それは事実であり、圭馬の実態が淡く光ったことから察しがついた。
「あー……これで最後だよぉ、よりによって最後がこれなのぉ!?」
圭馬は偶然にもハーターと目が合った。圭馬は『これで最後』だと言っていた点からハーターは何かできないかと考えた。だが、魔法使いの補助など思いつかない。
ハーターの手が冷たい感覚を覚えた。見れば、サキがハーターの手に黒く光る石を持たせていた。サキ自身は目を合わせずに詠唱を試みている。ハーターの『読み』を信頼し、託したのだ。
ハーターは圭馬に向けて黒い石を投げ渡した。さらに魔力を強化するブースト石だ。
「ウサギさん、パスッ!!」
やるとしたら圭馬しかいない。人の姿として、最後の足掻きを見せた。
「その障壁は邪魔だよ! ディスペル!! と、おまけのホーリーランス!!」
圭馬はどうせ最後ならと連続で魔法を放った。基本的には魔法一つに付き魔石は一個消費するものだが、早口で詠唱ができるのならば例外だ。厳密には『一回の行動で』あるため、その限りではない。
広範囲ではないため、サキにディスペルの影響が及ぶことはなかった。障壁の解除がうまく行ったのかを確認する前に、圭馬は化身であるウサギの姿に戻ってしまった。
時間差で光の槍がルッシェナを捉えた。圭馬の試みは成功した。串刺しになって、動きを停止させている。
圭馬は戦線を離脱し後退した。サポートに徹するつもりだ。
「一回言ってみたかったんだよね。あとは任せた!!」
ルッシェナの障壁を再び無効化し、大ダメージを与えたことによって希望が見えた。
クディフの斬撃が抜ける。彼もかなり疲弊しているはずなのに。
「サキ君!!」
詠唱中のサキにローズが駆け付けた。
サキは精神を集中させ、詠唱中なのでせいぜい目線しか上げられないが、落としたはずの杖を渡された。ローズの姿が見えないと思っていたが、わざわざ拾って届けてくれたのだ。
サキはこれを受け取りはしたが、きちんとお礼が言えないのをもどかしく思った。
もちろん、ローズもお礼が言ってほしいわけではない。頑張ってほしい思いが込められていた。今するべきことは、ローズも大人ならわかっている。試験管の媒体を持って最後の一時を待った。きっと彼女の大きな役割はこれだ。
ゴリゴリ、メキメキと嫌な音が鳴った。
「つああああっ!! もう倒れてよ、この変態!!」
コーディによる文字通り、飛び蹴りである。飛べる彼女だからこそできる必殺技とでも言うべきか。防御のない今なら通じるだろう。だが、障壁があったらコーディが跳ね返され、竜次のように大怪我をする。
地に伏せるまでまで弱まったルッシェナ。その向こうで、竜次が脇を抱えながら再び剣を握った。
「竜次さん?」
「立たなきゃ……」
「あ、あたしも……」
キッドは小太刀を拾い、引き抜いた。彼女は利き腕に怪我をしている。だが、まだ動ける。この場にいる皆の中では比較的元気だ。
残念ながら、これ以上キッドを守れる気回しがいっさいできない。竜次にとっては申し訳なかった。
竜次は霞みそうな視界にかぶりを振る。本当なら、倒れて泥のように眠ってしまいたいくらいだ。
「あまり自分から踏み込むのは得意ではありませんが、そう言ってもいられませんね」
竜次は守りからの攻めの剣技を得意とする。自分から踏み込み、大振りするのは得意ではないが、そうは言っていられない。誰かが自分のように、自分に悲しく、一人で苦痛を抱える人にならないように付いて来た。それが竜次の正義だ。その正義を今奮わず、いつ奮うのだろうか。
「クレア、援護を!」
「はいっ!!」
地に伏せている今ならとどめを刺せるかもしれない。都合のいい解釈だが、本当にこれで終わるのかと淡い期待を胸に、竜次は構えから踏み込んだ。それでも行動はキッドが先である。
「竜次さんの邪魔はさせない!!」
ぞぶりと深めの一撃がルッシェナの喉元に入る。キッドの太刀では一刀両断とはいかない。それでも致命傷につながる一撃だ。キッドは素早く退く。
すると竜次が追い打ちを掛ける。
「桜華散水翔ッ!!」
何度か素振りをしたが、実践は初めてである。亡き恋人が残した日記帳のメモ欄に書いてあったものだ。キッドの太刀筋をなぞるように首に斬撃を繰り出した。
竜次は呼吸を乱すことなく、桜の花びらが散るようにストンと着地する。手応えを感じていた。振り返ってルッシェナが動かないと確認しながら退いた。
頃合いを見計らって、ハーターがダイナマイトを投げ込んだ。激しい爆風だ。これを今まで使わずにわざわざ取っておいたらしい。
「よっしゃあっ!! これで勝った……か?」
ハーターが子どものようにはしゃぎ、ガッツポーズをした。
「や……やった?」
爆風のあとには、黒い肉片や翼の欠片が見える。圭馬がぴょんぴょんと近付き、本当に動かいないのかを確認した。
「ひゃっほう!! ボス撃破だ!!」
獣人の姿だったらかなり絵になるよろこび方だ。この様子に歓喜した。
ルッシェナは倒れた。人の姿ではなくなり、声も、思いも届かないただの魔獣と化した存在だったが、これは勝利なのだろうか。
静寂を経てじわじわと実感していった。
やっと言葉を交わせる時間ができた。竜次は髪の解れを気にしながら、クディフに一礼する。
「みんなを助けてくれてありがとうございました」
「……気が向いただけだ」
「素直ではありませんね。でも、そういうことにしておきます」
複雑な仲だが、悪い人ではないのはお互いが知り得ている。徐々に警戒は緩められた。
和やかな空気になりそうだ。その中で、声を上げたのはサキだった。彼だけはまだ完全に警戒を解いていない。
「ダメです!! 手を緩めないで!! まだ終わっていませんッ!!」
とどめは刺した。
終わったものだと誰もが思い込んでいた。
そこへ、ズシンと大きな揺れを感じた。これまでよりもずっと大きい揺れだ。重力を感じる揺れとともに、一瞬青白い光が視界を覆う。
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今まで振るった力は、戦いは何だったのだろう。誰もがその虚しさを抱いた。
圭馬とハーターが軽く言い合いになっている。
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「ウサギさん、手はないのか!? コッチも無限じゃないぞ!!」
「あるわけないでしょ?! ボクを何だと思ってるの!?」
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無駄と知りながら、圭馬は皆が言いたいことを代弁するように生意気な口を利く。
「だいたい、どうして全快しちゃうのさ? 地震があっただけじゃないのぉ!?」
圭馬が地震と関係性があるのかと読んだ。それでもこの場に確証を持てる材料は何もない。それによる弱点など見出せないからだ。
絶望してしまったのか、竜次が膝から崩れた。咳き込んで血を吐いている。
「何もかもが悔しい。やっぱり倒せない相手だなんて……」
竜次は個人的にルッシェナを許せないと思っていた。だが、自分がどんなに足掻いてもルッシェナを倒せないことが悔しかった。
一番い近くにいたキッドは、竜次の背中をさする。咳はすぐに収まったが、呼吸が苦しそうだ。
「血が……竜次さん、もう無理はしないで」
体が鉛のように重い。何が原因なのかはわからない。ただ、剣戟を放つ度にジリジリと傷が広がっていたと思われる。
「肋骨を数本やっていると思います。頑張れば動けますけれども」
体も重いが気も重い。竜次はいつもの空回りのときのように笑う。
サキはひと一倍絶望していた。
「僕も、チャンスをうかがっているだけじゃなくて、さっさと放ってしまえばよかった。絶対に倒し切れたはずなのに」
ここまで来たのに、再生など考えていなかった。痛めた左手に握る杖、溜めた魔力と整ったはずの大魔法。動かせられない右手がじんじんと傷む。
クディフはキッドに言う。
「諦めるのはまだ早そうだ。あの大魔導士はまだ手を持っている」
「な、何よ」
「弟を信じてやらんのか?」
「あんたに言われるとむかつくわね!」
クディフとキッドが喧嘩腰になりながら話している。珍しい組み合わせが話しているのを耳にして、竜次は幾分が竜次の痛覚が鈍った。狂ったわけではないが、中身の有無がわからない変な笑みを浮かべている。
「はぁ、しょうがない。やるか」
ため息にも似た深めの息をついて背筋を伸ばし、覚悟を決めた。
キッドは弓と矢筒を拾い上げる。彼女も腹を括ったようだ。元気に振る舞い、サキに振り返る。
「ダメもとで隙を作るから、その手に溜め込んでいる魔法で思いっきりやりなさい!!」
両手で自分の頬を軽く叩き、気合を入れる。
キッドの声に士気が上昇する。団結力が試される。
飛びながら手で了解サインを作るコーディ。誰に向けるわけでもない独り言をつぶやいた。
「ふーん、私の活躍をサキに見せ付けるチャンスじゃない」
片思いをしているサキに少しでもいいところを見せようと、ここで変な意地を見せる。悪巧みをする笑みを浮かべ、作戦会議をしているサキとローズを見下ろした。
ローズと軽い作戦会議ののち、サキは考え込んでいた。
天空都市からエネルギーを吸い上げているのなら、ここでいくらルッシェナを叩き、ダメージを与えても無駄かもしれない。本当に倒せないなら、ここはあえて倒せる土俵に持ち込むしかない。何を放つのかはもう決まっている。あとは狙いを定めるだけ。もし外したら、次はない。皆殺しにされてしまうだろう。
約束も、誓いも、未来も絶望しかない。
「ん……?」
気のせいかもしれないとサキは視線を泳がせた。潰された衝撃で骨折でもしたものだと思っていた右手がまだ動く。力は入らないが、少し無茶もできそうだ。不思議なもので、先程まで絶望していたのに今は大丈夫な気がしている。本当に都合がいい。
サキはカバンの中を気にしていた。
「あと、十個はあるかな」
溜め込んだ魔法を放たなければ、いくらでもサキに自由がある。問題は自分の体力が持つかという問題だ。まだまだ若いサキにとって、こんな困難はこれからいくらでもあるだろう。いや、そうない体験をしているかもしれない。これまで歩んで来た思い出が思い出される。楽しいことばかりではなかったが、自身が広い世界を見ることができた。この人たちと関わることができて本当に良かった。
「いけない、いけない」
サキは目を覚ますようにぶんぶんと大袈裟に首を振った。これではまるで走馬灯のようだ。そのつもりはなくても、これはよろしくない。
だが、そんなサキの中でも、火でも何でも吐いてくれ、いっそ殺してくれと投げやりには思えなかった。きっとこの場にいない人のせいだ。自分と友だちになってくれて、広い世界に連れ出してくれたジェフリーと、慈悲深い笑顔と癒しをいつも与えてくれるミティアに出会った。もっと思い出を重ねたい。一緒に歩みたい。
サキは遠慮がちな性分を押し潰した。
「ぼ、僕がこいつを闇の大魔法でぶっ飛ばしますっ!! できるだけ動かないように行動を封じてください! お願いします!!」
今までの人生の中で一番大きな声が出たかもしれない。腹から声を出すのは合唱会以来だろうか。記憶はないはずなのに、なぜか自然と通る声が出せた。
当然だが、皆は驚いた。サキがこんなに大きな声を出すとは思わなかったからだ。
丸くされた目がいくつこちらを向いただろうか。サキはおどおどとする。
大きめの媒体を持ったローズが顔だけ振り返った。彼女は化粧のせいで表情がわかりやすく、赤いルージュで口角が上がったのがわかりやすかった。
「足止めは任せるデス」
「ローズさん!!」
「行くデスヨ!!」
一番初めに仕掛けたのはローズだった。全快したルッシェナは当然魔法障壁も復活していた。だが、なぜかローズの媒体によるダメージはなくともしっかりと動きは封じていた。どうしても翼による風圧が邪魔をする。足元は封じることができるが、これだけでは足止めが弱すぎる。案の定すぐに解かれてしまった。
ここでハーターがただ見ていたわけではないと、ヒントを導いた。
「今ので五秒だ。その間に一点集中を仕掛けたら障壁は崩せたりしないかな」
ハーターの『読み』で、圭馬はいい案を思いついた。
「そっか、ハーちゃんが言ってることが正解なら、ローズちゃんの媒体をもっと長引かせることができるかもしれない!! そうなれば足止めはばっちりじゃないか!!」
「たまにはいいことを言うだろう、ウサギさん?」
「よおーし、その作戦で行こう!! そこの刃物持ってる三人が先鋒、空飛ぶお姉ちゃんはもっかい強烈キック、ハーちゃんまだおっきい発破は持っているよね!?」
「いい作戦なんだけど、ウサギさんの手柄みたいじゃないか!!」
「細かいことはいーからっ!!」
せっかくの提案だが、どうしても圭馬の声が大きい。そして発言力、人ではないが人権も存在力も大きい。
軽く落胆するが、ハーターは渋りながら了解した。こういうのも悪くないだろう。たびたび自分の行動が報われない気がする。ハーターはそういう立場なのかもしれない。本人も薄々そう感じてはいた。
最初で最後かもしれない大きな作戦だ。
すっかり圭馬が司令塔の役割を担っていた。
「ま、協力プレーってヤツだね!! フォーメーションはばっちり!?」
自分が戦線に加わるわけでもなく、ただ、声が大きいからである。もちろん個々の特性をまるっきり知らないはずがない。だが、どうも偉そうな言い方が鼻に付く。そしてどこかゲームの世界のような現実を離れた発言も多い。圭馬に悪気があるとは思えないが、今は他に仕切れるだけの者もいない。
互いを信じて力を合わせることに専念するだけだ。
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