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【3‐7】乗り越える者たち
つながるカコトピア
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暗い闇に身を投じた。ここは冷たくて、ずっと哀しい声がしている。
感覚はない。耳だけ、聴くことだけが許されている。それも全部哀しい声だ。
だが、特定の『誰か』の声も入り混じっている。やけに私的で、感情が強い者の声だ。
優れた技術を持っているだけで、なぜ脅威だと皆殺しにされなくてはいけなかったの!? いい技術を奪われた。人間は強欲で自分のことしか考えていない。自分がよければそれでいい。おとなしい神族など殺してしまえ。人間は数が多い。神族の領地を荒らし、自分たちのものにする!!
どうして!! どうして!?
痛い、苦しい、お父さん、お母さん、友だちも恋人も殺された!! 人間に!!
嫌だ、殺される!! 犯される!! ゴミのように扱われ、惨い死に方をするんだ!!
わたしは逃げたかった。女性主流のアリューン神族のしきたりから逃げたかった。なぜ性別が違うだけですべてを奪われねばならなかったのか。人権などなかった。それでも母は愛してくれた。妹である王によって母は処刑され、わたしは幼いだけに情けで命は救われた。だが、国を追放された。
行き着いた先は、陸の孤島の都市。ここは別のアリューン神族が独自に創った世界。だが、アリューン神族の悪しきしきたりはここにも及んでいた。わたしは絶望した。人間たちにこの場所を教え、種族戦争の戦火を浴びせた。それでもこの恨みと渇きは癒えない。満たされることはなかった。こんなもので復讐は終わらない。
『コンナ セカイナド コワシテシマエ』
あまりに多くの声に、頭が割れそうになる。いや、頭はどこだろう。
この『声』は誰のものだろうか。やけに自我が強く、主張が具体的だ。
もう手の足もわからない。言葉も発せられない。泣くことも、大好きな人の名前を呼ぶこともできない。
泣くことも、叫ぶことも、何もできないんだ。ごめんなさい。
ごめん、なさい?
誰に謝りたいんだっけ?
わたしは、誰だっけ?
わたしも哀しい。悲しくて、哀しい。
わたしって、何だっけ? 名前……名前、あったっけ?
どうしてわたしはここにいるんだろう。お腹が空いたなぁ?
あっ、そうだ。追い詰められたときに食べるといいって言っていた佃煮があったよね。
つく、だに……? 誰にもらったの?
帰りたい。帰りたいよ。どうしてここへ来ちゃったの。真っ暗で何も見えなくて。冷たい感覚が押し寄せて来る。気持ちが悪い。このままじゃ、わたしがわたしでなくなってしまうくらいに。
何だろう、悲しくて、哀しくて涙が……。えっ、わたし、さっきまで、もういいやって諦めていたのに、帰りたいって言ったよね?
冷たいけど、頬が温かい。泣いているんだよね、わたし。
この強い声は、誰だろう? わたしはこの人の苦しみや悲しみをわかってあげられるのだろうか。
母さん。母さんだけはわたしを愛してくれた。母さん、母さん。ミティア母さん、わたしも愛しているよ。
背筋が凍るかと思った。誰かの名前を言っている。この声の主は……
だから、許せない。妹たちも、アリューン神族も、手を差し伸べてくれなかった他の神族も、理不尽を、不条理を。そしてこの世界も。
『コワセ ハカイシロ コロセ コロセ』
「そんなの絶対にだめっ!!」
声に対し反応した。信じられないことに、暗く冷たい闇に落ちそうな意識の中で声が出たのだ。呼吸ができた。停止していた時間が動き出したように、体が熱を帯びる。
「はぁっ、はぁっ……つ、冷たい、寒い!」
体の感覚が戻りつつある。うつ伏せで倒れていたところから体を起こそうとしている。吐く息が荒く、とても苦しい。起こそうとしている手には流した涙が零れ落ちた。温かくて、自分のものだということがわかった。
今にも凍えそうだ。冷たくて、封じられるように体が動かなくなる。
立とう。立ってここがどこなのかを確かめなくては。
足は付いている、手も感覚がある。服も着ていて、両足には軽くて小さい剣がある。
手探りだが、腰には剣もポーチも下がっていた。暗くて見えないが、こういうときにどうするのかが思い出せない。
左の腕にはバングル式の金属の腕輪がひんやりとした感覚を倍増させる。外してしまいたいくらいだ。何故こんなに色々身に付けているのだろうか。
思い出せない。大切なことがたくさんあったはずなのに。名前もわからないのだ。不意に押し寄せる恐怖。今まで聴こえていた、哀しみの声よりも怖い。
「嫌だ……わたし、帰りたい……帰りたい、よぉ」
どこへ帰りたいかわからない。だが、単純にここは嫌だともがいた。苦しい。一度は逃れたが、すぐに凍り付きそうだ。自由が奪われる。
「たすけ、て……ここは、寒くて哀しい……」
微かに残る意識も、感覚も消えてしまいそうだ。薄れ行く意識の中、ひたすら嫌だという生への執着だけが彼女の自我を保っていた。
『コワセ ホロボセ コンナセカイナド イラナイ』
「いらなく……なんて、ない!! あなたは、誰、なの?」
足元から軋む音がする。本当に凍ってしまうのだろうか。
たくさんの『声』を聴いた。その前は何をしていたのか思い出せない。
ただ、ものすごく悲しかった。誰かのために何かをしようと試みていた……のだと思う。誰だったのだろうか。
どんなことを? 思い出せなくて、冷たくて。
悲しくて、哀しくて、暗くて、冷たくて。
今もあなたを待っている。
感覚はない。耳だけ、聴くことだけが許されている。それも全部哀しい声だ。
だが、特定の『誰か』の声も入り混じっている。やけに私的で、感情が強い者の声だ。
優れた技術を持っているだけで、なぜ脅威だと皆殺しにされなくてはいけなかったの!? いい技術を奪われた。人間は強欲で自分のことしか考えていない。自分がよければそれでいい。おとなしい神族など殺してしまえ。人間は数が多い。神族の領地を荒らし、自分たちのものにする!!
どうして!! どうして!?
痛い、苦しい、お父さん、お母さん、友だちも恋人も殺された!! 人間に!!
嫌だ、殺される!! 犯される!! ゴミのように扱われ、惨い死に方をするんだ!!
わたしは逃げたかった。女性主流のアリューン神族のしきたりから逃げたかった。なぜ性別が違うだけですべてを奪われねばならなかったのか。人権などなかった。それでも母は愛してくれた。妹である王によって母は処刑され、わたしは幼いだけに情けで命は救われた。だが、国を追放された。
行き着いた先は、陸の孤島の都市。ここは別のアリューン神族が独自に創った世界。だが、アリューン神族の悪しきしきたりはここにも及んでいた。わたしは絶望した。人間たちにこの場所を教え、種族戦争の戦火を浴びせた。それでもこの恨みと渇きは癒えない。満たされることはなかった。こんなもので復讐は終わらない。
『コンナ セカイナド コワシテシマエ』
あまりに多くの声に、頭が割れそうになる。いや、頭はどこだろう。
この『声』は誰のものだろうか。やけに自我が強く、主張が具体的だ。
もう手の足もわからない。言葉も発せられない。泣くことも、大好きな人の名前を呼ぶこともできない。
泣くことも、叫ぶことも、何もできないんだ。ごめんなさい。
ごめん、なさい?
誰に謝りたいんだっけ?
わたしは、誰だっけ?
わたしも哀しい。悲しくて、哀しい。
わたしって、何だっけ? 名前……名前、あったっけ?
どうしてわたしはここにいるんだろう。お腹が空いたなぁ?
あっ、そうだ。追い詰められたときに食べるといいって言っていた佃煮があったよね。
つく、だに……? 誰にもらったの?
帰りたい。帰りたいよ。どうしてここへ来ちゃったの。真っ暗で何も見えなくて。冷たい感覚が押し寄せて来る。気持ちが悪い。このままじゃ、わたしがわたしでなくなってしまうくらいに。
何だろう、悲しくて、哀しくて涙が……。えっ、わたし、さっきまで、もういいやって諦めていたのに、帰りたいって言ったよね?
冷たいけど、頬が温かい。泣いているんだよね、わたし。
この強い声は、誰だろう? わたしはこの人の苦しみや悲しみをわかってあげられるのだろうか。
母さん。母さんだけはわたしを愛してくれた。母さん、母さん。ミティア母さん、わたしも愛しているよ。
背筋が凍るかと思った。誰かの名前を言っている。この声の主は……
だから、許せない。妹たちも、アリューン神族も、手を差し伸べてくれなかった他の神族も、理不尽を、不条理を。そしてこの世界も。
『コワセ ハカイシロ コロセ コロセ』
「そんなの絶対にだめっ!!」
声に対し反応した。信じられないことに、暗く冷たい闇に落ちそうな意識の中で声が出たのだ。呼吸ができた。停止していた時間が動き出したように、体が熱を帯びる。
「はぁっ、はぁっ……つ、冷たい、寒い!」
体の感覚が戻りつつある。うつ伏せで倒れていたところから体を起こそうとしている。吐く息が荒く、とても苦しい。起こそうとしている手には流した涙が零れ落ちた。温かくて、自分のものだということがわかった。
今にも凍えそうだ。冷たくて、封じられるように体が動かなくなる。
立とう。立ってここがどこなのかを確かめなくては。
足は付いている、手も感覚がある。服も着ていて、両足には軽くて小さい剣がある。
手探りだが、腰には剣もポーチも下がっていた。暗くて見えないが、こういうときにどうするのかが思い出せない。
左の腕にはバングル式の金属の腕輪がひんやりとした感覚を倍増させる。外してしまいたいくらいだ。何故こんなに色々身に付けているのだろうか。
思い出せない。大切なことがたくさんあったはずなのに。名前もわからないのだ。不意に押し寄せる恐怖。今まで聴こえていた、哀しみの声よりも怖い。
「嫌だ……わたし、帰りたい……帰りたい、よぉ」
どこへ帰りたいかわからない。だが、単純にここは嫌だともがいた。苦しい。一度は逃れたが、すぐに凍り付きそうだ。自由が奪われる。
「たすけ、て……ここは、寒くて哀しい……」
微かに残る意識も、感覚も消えてしまいそうだ。薄れ行く意識の中、ひたすら嫌だという生への執着だけが彼女の自我を保っていた。
『コワセ ホロボセ コンナセカイナド イラナイ』
「いらなく……なんて、ない!! あなたは、誰、なの?」
足元から軋む音がする。本当に凍ってしまうのだろうか。
たくさんの『声』を聴いた。その前は何をしていたのか思い出せない。
ただ、ものすごく悲しかった。誰かのために何かをしようと試みていた……のだと思う。誰だったのだろうか。
どんなことを? 思い出せなくて、冷たくて。
悲しくて、哀しくて、暗くて、冷たくて。
今もあなたを待っている。
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