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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!
#8 問答
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ナミの自室は淡いブルーで統一されていた。
壁紙もカーテンもすべて薄い青色であるため、海の底に入り込んだかのような印象だった。
12畳ほどもある、高校生にしては破格に豪勢な部屋である。
壁にはターナーの風景画の複製と、真っ青な海の写真。
机の脇にはカレンダーと学校の時間割が貼ってある。
残る一方の壁は、びっしりと本を詰め込んだ、天井まで届く本棚だった。
蔵書は文芸書より、圧倒的にノンフィクションや科学関係のものが多い。
ナミが勉強机の前の椅子に、ナギがベッドに、ツクヨミが来客用のソファに腰かけている。
三人の真ん中には洒落たガラス製の丸テーブルがあり、その上に先ほど母親が運んできた紅茶とショートケーキが3人分乗っていた。
「つまり、最初の観測者が正気に戻される前の世界、つまり、リセット前の世界では、あたしたちはそのマガツカミとかの僕(しもべ)で、黄泉の国に片足つっこんでいたと、そういいたいわけね」
「そう、そしてヒバナたちと戦い、あるじともども滅ぼされてしまった」
「なんかね、最後のところ、僕、ちょっと記憶にあるんだよなあ」
紅茶をふうふう冷ましながら、ナギがいう。
「土壇場のところでナミに見捨てられたみたいな、そんな悲しい記憶」
ナミもうっすらと覚えていた。
あのとき、あたしは別の場所からナギが誰かと戦っているのを見ていたのだ。
でも、手助けしなかった。
なぜなら・・・。
「『人間原理宇宙論』を含め、たとえあなたのいうことが本当だとして、死んだはずのあたしとナギが生きているのはなぜ? それから家の位置が記憶と違ったり、ラボに見覚えのない鬼の体があったりするのは、いったいどういうわけなのよ?」
ナミはいらいらとシャープペンシルを指で回しながら、ツクヨミに向かっていった。
「ヒューズ1の世界を主に維持していた観測者を、仮に観測者Aとしよう。そして、その観測者とともにヒューズ1の世界を補完していた別の観測者を、観測者Bとする」
ツクヨミが話し始めた。
紅茶にもケーキにも手をつけていない。
さっきその理由を聞いたら、「ぼくの体は人間の血液しか受けつけないんだ」と笑った。
どうりで人間離れしているはずだ、とナミは思う。
「ちょっと待ってよ。観測者が2人って、どういうこと?」
それが真実かどうかは別として、ナミも『人間原理宇宙論』くらいは知っている。
いわゆる『シュレーディンガーの猫』というやつだ。
箱の蓋を開けるまで、中の猫が生きている確率は5割であり、その生死は人間が観測することで初めて決定される。
そんなアクロバティックな理論だったはずである。
だが、観測者が複数いるなんて話は、聞いたことがなかった。
「考えてみれば、ひとりの観測者が世界の隅々まで知り尽くしていて、それを維持し続けるというのは、どだい無理っぽい話だと思わないか? それよりむしろ、観測者は最初っから複数存在していて、お互いに補完し合いながら世界を維持している、と考えるほうがどう見ても自然だよ。つまり、観測者はABふたりどころか、探せばもっとたくさんいるかも知れないってことさ」
「人類全員が観測者だったりして」
ナギが混ぜ返す。
「確かそんな一発ネタのSF小説、あったよね」
ナギはナミと違い、小説が好きなのだ。
「収拾がつかなくなるから、それはさすがにあり得ないと思うけど」
ツクヨミが苦笑した。
「とにかく、話をわかりやすくするために、ここはABのふたりの観測者にしぼることにしよう。外部からの干渉を受けて、Aの力が弱まった。実は、ここでぼくも一度、消されかけたんだ。ところが、世界を消滅させるわけにはいかないから、同時にBが力を強めることにした。Bの観測した世界では、君たちがまだ生きていて、両親とともにここに住み、公立の曙高校ではなく、私立華南学園に通っている。そして、なんらかの方法で、酒呑童子の肉体を手に入れた。その事象を固定させるために、ぼくが観測者Aを抹殺しておいたから、このヒューズ2の世界ではそれが唯一無二の現実ということになった。以上、説明終わり、というところかな」
「観測者を、抹殺した?」
ナギが目を丸くする。
「よくそんな大胆なこと、したもんだね。へたすりゃ、世界が消えちゃうじゃないか」
「観測者Aは元々ヒバナに近い人間でね。放置しておくと、向こうの都合のいいように、世界を改変される恐れがあったんだ。だから、ここはいっそのこと、完璧にリセットしてしまおうと思ってさ。もっとも、最初から複合的人間原理を念頭に置いてのことだけどね」
涼しい顔をして、ツクヨミが答えた。
「このヒューズ2の世界では、黄泉の国っていうか、その”根の国”とか”禍津神”とかは存在してるの? なんか全然そんな気配、ないんだけど」
「ぼくの調べたところでは、存在しないようだね。ここには、人間界と、ぼくの所属する”根の片津国”しかないみたいだ。まあ、五次元的には無数の平行世界が存在するんだろうけれど、お互いの存続が危ういほど接近してるのは、このふたつかな」
「なるほど、僕らは自由の身というわけだ」
ナギがうれしそうな顔で、ケーキをほおばった。
「でも、同時にあたしたちには何の力もない、ってことでしょ? あなたが何を企んでるのかは知らないけれど、ただの高校生にあなたのお手伝いができるとは思えない」
ナミがいうと、ツクヨミが赤い目を光らせた。
「君たちはただの高校生なんかじゃないよ」
じっとナミの瞳をのぞきこむ。
「観測者が変わっても、おそらく本質のところは変わっていないはずなんだ。ヒバナたちが、いまだに"人外"であり続けているように、ね」
「だったら、あたしとナギはいったい何だっていうの?」
「ぼくの姉さんがそうだったように、転生を繰り返したせいで忘れてしまっているみたいだけど」
ツクヨミが赤い舌で白い唇を舐めた。
そして、いった。
「君たちは、イザナギとイザナミ。すなわち、元を辿れば、天孫族の始祖なんだよ」
壁紙もカーテンもすべて薄い青色であるため、海の底に入り込んだかのような印象だった。
12畳ほどもある、高校生にしては破格に豪勢な部屋である。
壁にはターナーの風景画の複製と、真っ青な海の写真。
机の脇にはカレンダーと学校の時間割が貼ってある。
残る一方の壁は、びっしりと本を詰め込んだ、天井まで届く本棚だった。
蔵書は文芸書より、圧倒的にノンフィクションや科学関係のものが多い。
ナミが勉強机の前の椅子に、ナギがベッドに、ツクヨミが来客用のソファに腰かけている。
三人の真ん中には洒落たガラス製の丸テーブルがあり、その上に先ほど母親が運んできた紅茶とショートケーキが3人分乗っていた。
「つまり、最初の観測者が正気に戻される前の世界、つまり、リセット前の世界では、あたしたちはそのマガツカミとかの僕(しもべ)で、黄泉の国に片足つっこんでいたと、そういいたいわけね」
「そう、そしてヒバナたちと戦い、あるじともども滅ぼされてしまった」
「なんかね、最後のところ、僕、ちょっと記憶にあるんだよなあ」
紅茶をふうふう冷ましながら、ナギがいう。
「土壇場のところでナミに見捨てられたみたいな、そんな悲しい記憶」
ナミもうっすらと覚えていた。
あのとき、あたしは別の場所からナギが誰かと戦っているのを見ていたのだ。
でも、手助けしなかった。
なぜなら・・・。
「『人間原理宇宙論』を含め、たとえあなたのいうことが本当だとして、死んだはずのあたしとナギが生きているのはなぜ? それから家の位置が記憶と違ったり、ラボに見覚えのない鬼の体があったりするのは、いったいどういうわけなのよ?」
ナミはいらいらとシャープペンシルを指で回しながら、ツクヨミに向かっていった。
「ヒューズ1の世界を主に維持していた観測者を、仮に観測者Aとしよう。そして、その観測者とともにヒューズ1の世界を補完していた別の観測者を、観測者Bとする」
ツクヨミが話し始めた。
紅茶にもケーキにも手をつけていない。
さっきその理由を聞いたら、「ぼくの体は人間の血液しか受けつけないんだ」と笑った。
どうりで人間離れしているはずだ、とナミは思う。
「ちょっと待ってよ。観測者が2人って、どういうこと?」
それが真実かどうかは別として、ナミも『人間原理宇宙論』くらいは知っている。
いわゆる『シュレーディンガーの猫』というやつだ。
箱の蓋を開けるまで、中の猫が生きている確率は5割であり、その生死は人間が観測することで初めて決定される。
そんなアクロバティックな理論だったはずである。
だが、観測者が複数いるなんて話は、聞いたことがなかった。
「考えてみれば、ひとりの観測者が世界の隅々まで知り尽くしていて、それを維持し続けるというのは、どだい無理っぽい話だと思わないか? それよりむしろ、観測者は最初っから複数存在していて、お互いに補完し合いながら世界を維持している、と考えるほうがどう見ても自然だよ。つまり、観測者はABふたりどころか、探せばもっとたくさんいるかも知れないってことさ」
「人類全員が観測者だったりして」
ナギが混ぜ返す。
「確かそんな一発ネタのSF小説、あったよね」
ナギはナミと違い、小説が好きなのだ。
「収拾がつかなくなるから、それはさすがにあり得ないと思うけど」
ツクヨミが苦笑した。
「とにかく、話をわかりやすくするために、ここはABのふたりの観測者にしぼることにしよう。外部からの干渉を受けて、Aの力が弱まった。実は、ここでぼくも一度、消されかけたんだ。ところが、世界を消滅させるわけにはいかないから、同時にBが力を強めることにした。Bの観測した世界では、君たちがまだ生きていて、両親とともにここに住み、公立の曙高校ではなく、私立華南学園に通っている。そして、なんらかの方法で、酒呑童子の肉体を手に入れた。その事象を固定させるために、ぼくが観測者Aを抹殺しておいたから、このヒューズ2の世界ではそれが唯一無二の現実ということになった。以上、説明終わり、というところかな」
「観測者を、抹殺した?」
ナギが目を丸くする。
「よくそんな大胆なこと、したもんだね。へたすりゃ、世界が消えちゃうじゃないか」
「観測者Aは元々ヒバナに近い人間でね。放置しておくと、向こうの都合のいいように、世界を改変される恐れがあったんだ。だから、ここはいっそのこと、完璧にリセットしてしまおうと思ってさ。もっとも、最初から複合的人間原理を念頭に置いてのことだけどね」
涼しい顔をして、ツクヨミが答えた。
「このヒューズ2の世界では、黄泉の国っていうか、その”根の国”とか”禍津神”とかは存在してるの? なんか全然そんな気配、ないんだけど」
「ぼくの調べたところでは、存在しないようだね。ここには、人間界と、ぼくの所属する”根の片津国”しかないみたいだ。まあ、五次元的には無数の平行世界が存在するんだろうけれど、お互いの存続が危ういほど接近してるのは、このふたつかな」
「なるほど、僕らは自由の身というわけだ」
ナギがうれしそうな顔で、ケーキをほおばった。
「でも、同時にあたしたちには何の力もない、ってことでしょ? あなたが何を企んでるのかは知らないけれど、ただの高校生にあなたのお手伝いができるとは思えない」
ナミがいうと、ツクヨミが赤い目を光らせた。
「君たちはただの高校生なんかじゃないよ」
じっとナミの瞳をのぞきこむ。
「観測者が変わっても、おそらく本質のところは変わっていないはずなんだ。ヒバナたちが、いまだに"人外"であり続けているように、ね」
「だったら、あたしとナギはいったい何だっていうの?」
「ぼくの姉さんがそうだったように、転生を繰り返したせいで忘れてしまっているみたいだけど」
ツクヨミが赤い舌で白い唇を舐めた。
そして、いった。
「君たちは、イザナギとイザナミ。すなわち、元を辿れば、天孫族の始祖なんだよ」
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