美醜逆転の世界で騎士団長の娘はウサギ公爵様に恋をする

ゆな

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5話

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 ――Berlina side――

 ベラード公爵様の隈があまりに酷くて、心配でつい手を伸ばしたら、勢いよく避けられてしまった。それは明らかな拒絶を示していた。
 こんなこと初めてで、その後どう言葉を紡ぐのが正解なのか分からなくて、私は逃げてしまった。


 廊下を足早に進みながら、徐々に冷静になってきた頭で考える。きっと、昨日の破廉恥発言が駄目だったに違いない。

 十二歳の子供が、大人の男性であるベラード公爵様を抱きしめて寝たいなんて。
 親しい友人の子供から、そんな邪な気持ちを秘めた言葉を聞かされたら、嫌悪感を抱くのは当然のことだわ。できることならば、昨日の自分を叱咤したい。

 そして思い起こされるのは、数々の私の行った不埒な所業だ。

 もしかすると……。抱っこされた時、こっそりベラード公爵様の身体を堪能していたことがバレてしまったのかしら。それとも、ベラード公爵様の匂いを思いっきり吸い込んでいたこと……? 仕方ないじゃない。良い香りなんだもん……。

 考えれば考える程、思い当たる節が多過ぎる。

 額には嫌な汗が伝い、肩を落とす。彼が急に拒絶を示した理由を知るのが怖い。それでも、ベラード公爵様のことが好きだと、諦められないという気持ちの方が恐怖心よりも勝る。
 挫けかけた心をどうにか奮い立たせると、私はクルリと踵を返し、ベラード公爵様の滞在する客室の方へと走った。


 大きく深呼吸をして、息を整える。私は覚悟を決め、客室の扉をノックしようと手を構えたところで扉が内側に開いた。私はバランスを崩して前のめりになる。

 倒れるっ、そう思った瞬間、フワリと薔薇の香りに包まれた。

 小さな頃から、大好きな大好きなこの香り。
 お顔を見なくても、すぐに分かってしまう。
 この腕には数えきれない程抱き上げられたから。
 騎士として鍛え上げられたお父様の腕程は逞しくはないのだけれど、立派な大人の男性の腕が私の背中を支えている。

「ベルリナ、大丈夫? ごめんね。僕が急に扉を開けたから」

 心配そうな真紅の薔薇の様な瞳が降り注ぐ。そこには拒絶の色は無くて。安堵と愛おしさに涙が滲む。

「ベラード公爵様……。私、ベラード公爵様を不快にさせてしまいましたか? 気を付けるから、もう触れようとしないから、……ごめんなさい……」
「違うんだよ。君にされて嫌なことなんて一つもないんだ。これは僕の気持ちの問題で……」
「気持ち……?」

 背中を支える彼の腕に力が入る。見上げるとベラード公爵様の眦は淡く染まり、眉を寄せ、苦しげな表情をしていた。

「まだ今の君には言えないけど、君が成人を迎えたら必ず伝えるから。それまで待っていてくれないかな」
「それって……」

 ベラード公爵様は覚えてくれていた。
 六歳の、小さな子供との約束。

 まだその約束は有効だったのですか? 
 ベラード公爵様はその約束をずっと守っていてくれたのですか?

 聞きたいことは山ほどあるのに、言葉がどうしても出てこない。

「……ベルリナ。泣かないで……」

 ベラード公爵様の手が頬を包み、流れ落ちた涙を拭う。彼の手に自分の手を重ねると、彼は溶けたような微笑みを私に向けた。

 間近で見る彼の微笑みに、私の心臓は大きく跳ねる。
 それに、徐々にベラード公爵様のお顔が近づいて来ているのは気のせいだろうか。恥ずかしくて、ドキドキして、もう目を開けていられなくて、私はギュッと瞼を閉じた。

 ―パチンッ―

「はい、そこまでです。公爵様。姉上にいったい何をする気ですか」

 後方より聞こえた、手を叩く音と冷静な声音に、二人してビクリと肩を揺らす。私はソロリと目を開け、ベラード公爵様の肩越しから覗き込むと、眉間にものすごい皺を刻んだアベルが仁王立ちとなってこちらを見つめていた。

「アベル!? いつからそこに??」
「姉上。僕達は最初からずっといました。公爵様も、いつまで姉上を抱きしめているんですか。すぐにその手を離してください」
「あっ、ごめん……っ」
「父上にしても、公爵様にしても、節度という言葉をもう一度学び直した方が宜しいかと」

 アベルはジト目で睨みつけると、私をベリッと音がしそうな勢いで引き離した。ベラード公爵様の手は、どこか寂しそうに宙を舞い、その手をギュッと握り締めると、困ったように笑った。

 急に彼の体温から離れ、ホッとする反面、まだ彼の腕の中にいたかったという気持ちが入り混じる。それに、先程の甘やかな行動の理由を、知りたくて仕方がない。
 今すぐ聞いてしまいたいけれど、それも含め、私が成人を迎えた折に全て伝えてくれるのだろうか。

「ベルリナ。仲直りの意味も込めて、ベラード公爵家が王都に出店している店の視察に、今から一緒にいかない?」
「今からですか? 私が一緒に行ってもいいのでしょうか」
「もちろんだよ。君に見せたいものがあるんだ」
「すぐに準備しますね」

 ベラード公爵様は、時折こうして視察に連れて行ってくれることがある。私は嬉しくて、すぐに返事をした。

「公爵様。僕達は連れて行かないのですか?」
「アベルとアルフォンスには、公爵家で一番腕のたつ護衛騎士を置いていくから、剣の稽古をしてもらうのはどうかな」
「……稽古なら父上で充分ですが。仕方ないですね。『節度』はきちんと守ってくださいよ」
「わっ、分かっているよ」

 アベルの言葉に、ベラード公爵様は焦ったように手をワタワタと動かす。アベルは眼鏡をクイッと上げると、私を見て微笑んだ。

「姉上も。公爵様は危険ですからね。危なくなったら急所を思いっきり蹴り上げるのですよ」
「な、何を言っているの!? もうっ!」
「……仲直り、できて良かったですね」

 アベルはクスリと笑うと、アルフォンスの手を握り部屋を後にした。残されたのは、私とベラード公爵様の二人だけ。
 シンと静まり返る部屋の中、沈黙を打ち破ったのは彼の方だった。

「ベルリナ、その、返事を貰えてないんだけど……」
「返事、ですか? 視察にはご一緒しますとお伝えしましたが」
「いや、それじゃなくて。君が成人まで、他の男と仲良くならずに……その……」
「はいっ。もちろんです! ……ベラード公爵様だけをお待ちしていますね」

 最後の言葉は余計だったかな、と思いつつも、伝えずにはいられなかった。嬉しくて、頬が緩んでしまうのを止められない。

「うん。ベルリナ。早く大きくなってね」

 そう言ってベラード公爵様はフワリと笑った。



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