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第25話 仄暗い泉の底から
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かつてないほどの手応えを感じつつ、期末試験の全日程は終了した。
特に政経……『政治・経済』の科目に関しては、自身がバリバリの当事者になったため、全ての設問が常識問題であるかのように感じられ、小学生用の算数問題を解くかの如く、すらすらと答えることができた。
法人登記、三権分立、議会制民主主義、租税──つい先週まで、それらは『どこか遠い世界の話』だった。
それが今や、日常の延長であり、現実であり、暮らしの一部になっている。
試験とは不思議なもので、いざ本物の世界に触れてみると、教科書の記述は驚くほど単純に見えた。
そして週末の土曜日。朝4時30分。
うっすらと明るくなってきたダンジョンの地下二階。透き通った泉の前で長良さんと二人、下着のみを着用した姿で立っている。
泉の水面に、朝焼けの淡い光がにじんでいた。
「さあ、伊吹くん。水底の宝箱を引き上げましょう」
「気が早いよ……。宝箱って、もっと下の階層に行かなきゃ見つからないんでしょ?」
ダンジョンでは宝箱が見つかることがある。細い通路の先であったり、岩の裏側であったりと、すぐには見つかりそうにない場所に設置されており、中には様々な宝が収められているらしい。
かの『判断石』も宝箱から見つかるアイテムの一つだ。
今日はそんな『いかにも何かありそうな場所』を調査すべく、人気の無い早朝からダンジョンへとやってきたのだが、せっかくワニ革の新装備が届けられたにも拘らず、二人の姿はほぼ裸だった。
「あら? 伊吹くんのそのブレスレットはどうしたのですか?」
「あ、ああこれ? ちょ、ちょっと材料が余ってね、適当に編んでみたんだ……」
「編み紐ですか……いいですね。とても綺麗にできています」
長良さんは少し考えたあと、そっと手を差し出した。
「もしよろしければ、少し貸していただけませんか?」
「え? 良いけど……」
深く考える暇もなく、伊吹は手首からブレスレットを外して渡した。
次の瞬間、長良さんは迷いなくそれを髪に持っていき、手際よく黒髪をねじって、後ろでひとまとめにする。
ざり、と小さく結び目が締まり、滑らかに光る髪が一つに整った。
「ちょうど良い長さですね。これなら空気玉から髪がはみ出ません」
「………………え?」
思わず口から漏れた声に、長良さんは不思議そうに笑った。
人間の原初たる欲望を強調、刺激し、導くために縫われた布。
そんな一線を越えたアイテムが、今、長良さんの無垢な黒髪に添えられ、清らかな後ろ姿に溶け込んでいる。
「………………」
すぐに庭へ埋めておくべきだった……。
◻︎◻︎◻︎
今回二人は、レンタルローブに自前の下着とサンダル、そして自作した槍を持った原人装備で地下二階へ来ている。
水中を探索する間、余計な荷物は近くの茂みに隠しておく必要があるからだ。
手に入れたばかりのワニ革ジャケットなどを持ち去られては事なので、原点回帰とも言える原人スタイルでの探索となった。
「ではお願いします」
長良さんが、槍の穂先に火を灯したので、その周りを空気の膜で覆う。
これは、動画撮影者が使っていた『炎龍槍』を応用し、水底を照らすために開発された新技だ。
なぜか火魔法で作られた炎は、酸素を必要としていないようで、空気の膜で包み込み、直接水に触れさせなければいつまでも灯っていてくれた。
いざ泉の中へ身を投じると、湧き水で満たされているせいか、肌を刺すような冷たさを感じた。
長良さんの火魔法で、水を温めることはできないのだろうか。
そんな長良さんは、自分より少し先を進んでいる。これは、見えている場所にしか空気玉を作り出せないので、常に彼女を視界の中に捉えておくための配置だ。
──決して、長良さんを後ろから眺めたい訳ではない。
空気玉の更新は、先に出したものを押し出して置き換えている。だが、視界の中の長良さん、自分自身、さらに火を灯した槍を包む光源用の空気玉──これらを絶えず維持し続けるには、常時五つの空気玉を操作することになる。
気を抜けばどれかが途切れ、呼吸ができなくなるか、炎が消えるか。そのどちらにしても、この環境では命取りだ。
いまは五つが限界。水の揺らぎに合わせて距離感が乱れる中、それらを正確に操るのは、思いのほか神経が擦り減る。
慣れればもう少し余裕が出てくるのか、それともこれが限界なのか……手隙のときにでも訓練してみるしかなさそうだが、今はとにかく失敗できない。
水底が近づいてきた。
湧き出る水に白い砂がゆっくりと巻き上がり、静かに水中を漂っている。
まだ朝日が昇りきっていないせいか、水底は薄暗く、水温が一段階低下したように感じられた。
静かな水中の闇に、わずかな緊張が走る。
「やっぱり奥へ続いてるね」
「大発見かもしれませんね」
互いの声が水中でくっきり響くのが、不思議と心細さを和らげてくれる。
先日、水面近くから見えた岩陰の暗がりは、細く狭い通路となって奥へと続いていた。
入り口は人が屈まなければ通れないほど狭いが、その先は少しずつ広がりを見せている。
「じゃ、先に見てくるよ」
「お気をつけて」
長良さんの空気玉を、一番大きなサイズへと更新してから、狭い穴の中へ身を沈める。
薄暗く、ぎゅっと狭まった水中の通路は、視界は狭く遮られ、えもいえぬ閉塞感によって、無意識のうちに歯を食いしばっていた。
やがて狭い入口を抜けると、立ち上がっても頭をぶつける心配のない程度の、空間が広がっていた。
「この先、まだ続いてるよ」
振り返って入り口の穴に腕を差し込み、長良さんの手を取って引き寄せる。
「きゃっ!」
思った以上に軽々と引き寄せられたことに、長良さんは驚いたように小さな声を上げた。
長良さんが手に持つ槍が、狭い通路の先をほのかに照らし出す。
通路の壁面は、最初こそ不規則な凹凸のある自然石だった。しかし、奥へ進むにつれて岩の表面は少しずつ滑らかになり、やがて明らかに人の手で削られたと分かる平坦さが現れはじめる。
そして曲がり角をひとつ越えた瞬間──
二人の視界に広がったのは、灰白色の石ブロックで組まれた、明らかに人工的な通路だった。
四角く整えられた壁と床。自然の造形とは明らかに異なった、直線と幾何の世界が水の中に突如として現れる。濁りも流れもなく、水の中は不自然なほど静かだった。
「……完全に人工物だね」
「下層には廃墟のようなエリアもあるんですよね?」
「らしいけど……」
このダンジョンの何階か先には、人工物を模した階層もあるという。しかし今まで、地下二階に、こんな構造物が存在するなんて聞いたことがない。水中にひっそりと眠るこの通路に、誰も気づいてこなかったのだろうか。
──この場所、俺たちが初めて辿り着いたのでは。
人工の通路は進むほどに幅を増し、やがて学校の廊下ほどの広さに達した。
ゆるやかに曲がった先、通路の奥に、ぼんやりとした光が滲んでいる。
「出口かな?」
「宝箱の部屋では?」
長良さんは、どこか期待を込めた声でそう答える。
揺らめく水の向こうに、かすかに部屋の輪郭が見えてきた。壁の区切り、床の広がり。水越しに見るその光景は歪んでいて、はっきりとは分からない。ただ、確かにこの先には空間がある。
先頭を泳ぎ、足ヒレをひと掻きしてその境界を越える。
──瞬間、世界が変わった。
水の抵抗が失われ、身体が重力に引かれて床へと叩きつけられる。
「ぐえっ!」
咄嗟に両手を突いて体勢を立て直しながら、背後を振り返る。
長良さんが、まだ水中にいる。
境界の存在を知らず、こちらへと泳いできた彼女が、水を抜ける──その瞬間。
「っ──!」
慌てて腕を伸ばし、落ちてくる長良さんの身体を受け止めた。
彼女の体が、ずしりと胸元に倒れ込んでくる。
柔らかな感触。
濡れた肌が重なる、音のない衝突。
自分の手のひらが、長良さんの背中から腰にかけて自然と回ってしまっていた。
……いかん、これは色々とアウトでは?
だが支えなければ、長良さんはそのまま床に叩きつけられていたわけで。
そう、これはやむを得ない行動なのだ。断じて、やましい気持ちなど──
長良さんは、恥ずかしそうに顔を伏せながらも、しばらくじっと動かなかった。
鼓動が伝わってきそうな距離で、お互いの呼吸の温度を確かめ合うように、ただ時が過ぎる。
肌と肌のあいだに閉じ込められていた冷たい水が、ゆっくりと逃げていく。
代わりに、彼女の体温がじわりと染み込むように伝わってきて、それがやけに生々しかった。
……このままではマズい。
ようやく我に返り、彼女がしっかりと足をついたのを確認してから、そっと身体を離す。
「い、いや……本当にびっくりしたね……」
二人で向き直った先には、部屋の入口をふさぐように、垂直に切り立つ水の壁があった。
内側から眺めるそれは、まるで透明なゼリーにも見える。
長良さんが、その表面にそっと指で触れた。
「これ、どういう原理なんでしょう?」
「魔法……なのかなあ?」
さきほどまで自分たちが泳いでいた水が、こんな形で留まっているなんて……。
この水の壁がただの現象でないことは、一目で理解できた。
水は理を無視し、異界の境界線を描き出している。そこに宿るのは、人の常識を遥かに超えた異質な力。
胸の奥に湧き上がるのは、静かな不安と、未知なる領域への圧倒的な期待だった。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
特に政経……『政治・経済』の科目に関しては、自身がバリバリの当事者になったため、全ての設問が常識問題であるかのように感じられ、小学生用の算数問題を解くかの如く、すらすらと答えることができた。
法人登記、三権分立、議会制民主主義、租税──つい先週まで、それらは『どこか遠い世界の話』だった。
それが今や、日常の延長であり、現実であり、暮らしの一部になっている。
試験とは不思議なもので、いざ本物の世界に触れてみると、教科書の記述は驚くほど単純に見えた。
そして週末の土曜日。朝4時30分。
うっすらと明るくなってきたダンジョンの地下二階。透き通った泉の前で長良さんと二人、下着のみを着用した姿で立っている。
泉の水面に、朝焼けの淡い光がにじんでいた。
「さあ、伊吹くん。水底の宝箱を引き上げましょう」
「気が早いよ……。宝箱って、もっと下の階層に行かなきゃ見つからないんでしょ?」
ダンジョンでは宝箱が見つかることがある。細い通路の先であったり、岩の裏側であったりと、すぐには見つかりそうにない場所に設置されており、中には様々な宝が収められているらしい。
かの『判断石』も宝箱から見つかるアイテムの一つだ。
今日はそんな『いかにも何かありそうな場所』を調査すべく、人気の無い早朝からダンジョンへとやってきたのだが、せっかくワニ革の新装備が届けられたにも拘らず、二人の姿はほぼ裸だった。
「あら? 伊吹くんのそのブレスレットはどうしたのですか?」
「あ、ああこれ? ちょ、ちょっと材料が余ってね、適当に編んでみたんだ……」
「編み紐ですか……いいですね。とても綺麗にできています」
長良さんは少し考えたあと、そっと手を差し出した。
「もしよろしければ、少し貸していただけませんか?」
「え? 良いけど……」
深く考える暇もなく、伊吹は手首からブレスレットを外して渡した。
次の瞬間、長良さんは迷いなくそれを髪に持っていき、手際よく黒髪をねじって、後ろでひとまとめにする。
ざり、と小さく結び目が締まり、滑らかに光る髪が一つに整った。
「ちょうど良い長さですね。これなら空気玉から髪がはみ出ません」
「………………え?」
思わず口から漏れた声に、長良さんは不思議そうに笑った。
人間の原初たる欲望を強調、刺激し、導くために縫われた布。
そんな一線を越えたアイテムが、今、長良さんの無垢な黒髪に添えられ、清らかな後ろ姿に溶け込んでいる。
「………………」
すぐに庭へ埋めておくべきだった……。
◻︎◻︎◻︎
今回二人は、レンタルローブに自前の下着とサンダル、そして自作した槍を持った原人装備で地下二階へ来ている。
水中を探索する間、余計な荷物は近くの茂みに隠しておく必要があるからだ。
手に入れたばかりのワニ革ジャケットなどを持ち去られては事なので、原点回帰とも言える原人スタイルでの探索となった。
「ではお願いします」
長良さんが、槍の穂先に火を灯したので、その周りを空気の膜で覆う。
これは、動画撮影者が使っていた『炎龍槍』を応用し、水底を照らすために開発された新技だ。
なぜか火魔法で作られた炎は、酸素を必要としていないようで、空気の膜で包み込み、直接水に触れさせなければいつまでも灯っていてくれた。
いざ泉の中へ身を投じると、湧き水で満たされているせいか、肌を刺すような冷たさを感じた。
長良さんの火魔法で、水を温めることはできないのだろうか。
そんな長良さんは、自分より少し先を進んでいる。これは、見えている場所にしか空気玉を作り出せないので、常に彼女を視界の中に捉えておくための配置だ。
──決して、長良さんを後ろから眺めたい訳ではない。
空気玉の更新は、先に出したものを押し出して置き換えている。だが、視界の中の長良さん、自分自身、さらに火を灯した槍を包む光源用の空気玉──これらを絶えず維持し続けるには、常時五つの空気玉を操作することになる。
気を抜けばどれかが途切れ、呼吸ができなくなるか、炎が消えるか。そのどちらにしても、この環境では命取りだ。
いまは五つが限界。水の揺らぎに合わせて距離感が乱れる中、それらを正確に操るのは、思いのほか神経が擦り減る。
慣れればもう少し余裕が出てくるのか、それともこれが限界なのか……手隙のときにでも訓練してみるしかなさそうだが、今はとにかく失敗できない。
水底が近づいてきた。
湧き出る水に白い砂がゆっくりと巻き上がり、静かに水中を漂っている。
まだ朝日が昇りきっていないせいか、水底は薄暗く、水温が一段階低下したように感じられた。
静かな水中の闇に、わずかな緊張が走る。
「やっぱり奥へ続いてるね」
「大発見かもしれませんね」
互いの声が水中でくっきり響くのが、不思議と心細さを和らげてくれる。
先日、水面近くから見えた岩陰の暗がりは、細く狭い通路となって奥へと続いていた。
入り口は人が屈まなければ通れないほど狭いが、その先は少しずつ広がりを見せている。
「じゃ、先に見てくるよ」
「お気をつけて」
長良さんの空気玉を、一番大きなサイズへと更新してから、狭い穴の中へ身を沈める。
薄暗く、ぎゅっと狭まった水中の通路は、視界は狭く遮られ、えもいえぬ閉塞感によって、無意識のうちに歯を食いしばっていた。
やがて狭い入口を抜けると、立ち上がっても頭をぶつける心配のない程度の、空間が広がっていた。
「この先、まだ続いてるよ」
振り返って入り口の穴に腕を差し込み、長良さんの手を取って引き寄せる。
「きゃっ!」
思った以上に軽々と引き寄せられたことに、長良さんは驚いたように小さな声を上げた。
長良さんが手に持つ槍が、狭い通路の先をほのかに照らし出す。
通路の壁面は、最初こそ不規則な凹凸のある自然石だった。しかし、奥へ進むにつれて岩の表面は少しずつ滑らかになり、やがて明らかに人の手で削られたと分かる平坦さが現れはじめる。
そして曲がり角をひとつ越えた瞬間──
二人の視界に広がったのは、灰白色の石ブロックで組まれた、明らかに人工的な通路だった。
四角く整えられた壁と床。自然の造形とは明らかに異なった、直線と幾何の世界が水の中に突如として現れる。濁りも流れもなく、水の中は不自然なほど静かだった。
「……完全に人工物だね」
「下層には廃墟のようなエリアもあるんですよね?」
「らしいけど……」
このダンジョンの何階か先には、人工物を模した階層もあるという。しかし今まで、地下二階に、こんな構造物が存在するなんて聞いたことがない。水中にひっそりと眠るこの通路に、誰も気づいてこなかったのだろうか。
──この場所、俺たちが初めて辿り着いたのでは。
人工の通路は進むほどに幅を増し、やがて学校の廊下ほどの広さに達した。
ゆるやかに曲がった先、通路の奥に、ぼんやりとした光が滲んでいる。
「出口かな?」
「宝箱の部屋では?」
長良さんは、どこか期待を込めた声でそう答える。
揺らめく水の向こうに、かすかに部屋の輪郭が見えてきた。壁の区切り、床の広がり。水越しに見るその光景は歪んでいて、はっきりとは分からない。ただ、確かにこの先には空間がある。
先頭を泳ぎ、足ヒレをひと掻きしてその境界を越える。
──瞬間、世界が変わった。
水の抵抗が失われ、身体が重力に引かれて床へと叩きつけられる。
「ぐえっ!」
咄嗟に両手を突いて体勢を立て直しながら、背後を振り返る。
長良さんが、まだ水中にいる。
境界の存在を知らず、こちらへと泳いできた彼女が、水を抜ける──その瞬間。
「っ──!」
慌てて腕を伸ばし、落ちてくる長良さんの身体を受け止めた。
彼女の体が、ずしりと胸元に倒れ込んでくる。
柔らかな感触。
濡れた肌が重なる、音のない衝突。
自分の手のひらが、長良さんの背中から腰にかけて自然と回ってしまっていた。
……いかん、これは色々とアウトでは?
だが支えなければ、長良さんはそのまま床に叩きつけられていたわけで。
そう、これはやむを得ない行動なのだ。断じて、やましい気持ちなど──
長良さんは、恥ずかしそうに顔を伏せながらも、しばらくじっと動かなかった。
鼓動が伝わってきそうな距離で、お互いの呼吸の温度を確かめ合うように、ただ時が過ぎる。
肌と肌のあいだに閉じ込められていた冷たい水が、ゆっくりと逃げていく。
代わりに、彼女の体温がじわりと染み込むように伝わってきて、それがやけに生々しかった。
……このままではマズい。
ようやく我に返り、彼女がしっかりと足をついたのを確認してから、そっと身体を離す。
「い、いや……本当にびっくりしたね……」
二人で向き直った先には、部屋の入口をふさぐように、垂直に切り立つ水の壁があった。
内側から眺めるそれは、まるで透明なゼリーにも見える。
長良さんが、その表面にそっと指で触れた。
「これ、どういう原理なんでしょう?」
「魔法……なのかなあ?」
さきほどまで自分たちが泳いでいた水が、こんな形で留まっているなんて……。
この水の壁がただの現象でないことは、一目で理解できた。
水は理を無視し、異界の境界線を描き出している。そこに宿るのは、人の常識を遥かに超えた異質な力。
胸の奥に湧き上がるのは、静かな不安と、未知なる領域への圧倒的な期待だった。
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