風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第45話 エナドリ

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 既に4人ほどが嘔吐おうとした……。



 オーク集落を制圧し終えた後、息のある魔物にトドメを刺して周り、崖上にいる仲間たちへ合図を送った。


 台車を運ぶために、少しばかり遠回りをして現れたクラスメイトたちは、集落の外に転がっていたコボルドリーダーの死骸を見てドン引き。


 まずはこの時点で一人が脱落。


 長良さんが肩を貸し、少し離れた場所で介抱してくれている。


 続いて、倒れた木壁を踏み越え、戦闘が行われていた地点へと向かう最中、漂ってきた匂いにやられて二人目が脱落。

 そして視線の先に広がる、死骸の海を見た数名がダウン。


 長良野戦病院へと後送されていった。


 直接吐いてしまった人以外にも、気分を悪くしてしまった者は多く、最終的に死骸の片付けまで辿り着けたのは、二人の女生徒と男子生徒三名だけにとどまった。



◻︎◻︎◻︎


「こっち残ってるー!」

「りょーかい。ここ終わったらすぐ行くー」


 小野さんの聖魔法によって、血液の色が消されていくと、ようやく嫌な匂いが収まってくる。


「モンスターって倒して終わりじゃないんだな……。あとパンツがガサガサしすぎてて股間が痛い……」

 青い顔をした浅井が話しかけてきた。


「まあパンツに関してはみんな通る道だよ」


 今回倒した魔物たちの装備は、ゴブリンたちが身につけていたものよりも遥かに作りが良く、オークが着ていた革鎧なんかは、ほんの少しだけ仕立て直せば、お店の商品として売れそうなほどだ。

 また、魔物が手にしていた武器も程度が良く、今まで使っていた亀の槍を全て更新する事にした。


「2台目できたよー。グリスどこー?」

「もう少し待ってもらえますかー?」

「あいよー」


 今回の戦利品は、魔物が身につけていたものだけでも相当な量だった。このあと建物内のアイテムを持ち出すならば、持ってきた台車だけでは全然足りていない。

 そこで中村さんには、現地で調達した物資を利用して、シンプルな台車を作ってもらっている。木箱を組み合わせた、簡易リヤカーだ。

 ただ、車軸の回転部には潤滑油が必要になるのだが、このあたりには適当な粘度の油が見当たらず、仕方がないので……。


「あ、もう大丈夫かな? これって、まんま一晩置いたあとの角煮ですね」


 マキマキさんの友人が作ってくれているものは、そう、獣脂である。獣脂……。

 幸いなことに、豚の角煮のようなものはそこら中に転がっていたので、それらを集めて煮込み、表面に浮いた脂をすくって冷やすことで、お手製グリスを作り出した。


 倫理的には……どうなんでしょう。



◻︎◻︎◻︎


 死骸の片付けを一通り終えた、と言っても、装備を剥ぎ終えたものを、集落の外に捨てただけだ。

 今回は100体近い死骸があったので、穴に埋めるようなことは諦め、ゴーレムたちが開けた壁の隙間から、集落の外へと運び出した。


「なあ伊吹、飲み物ってないかな?」

 浅井がそう尋ねてくる。


「あー、ごめん。忘れてたよ。すぐ持ってくる」

 建物の影に置かれた背嚢はいのうから水筒を取り出し、それを浅井に手渡した。


「ほい。聖水」

「ありが…………は!? 聖水って……く、クイーンのか? それとも……」

「ちょっ、そういうんじゃないって! 普通に水だけど、魔法で綺麗にしたやつ」

「あ、あぁ。ビックリした……。冒険者ってそこまで徹底してるのかと思ったよ……」


 浅井にとんでもない勘違いをされそうになるも、水分補給のことをすっかり忘れていたので、急ぎ長良さんの元へ走った。




「飲み水でしたら、そちらのピッチャーに入っていますよ」

 コボルド部隊の侵入口から少し離れた場所に、長良野戦病院はある。

 オーク集落から収奪したであろう、草を編んだラグが地面に敷かれており、その上には二人の女生徒が寝かされていた。


「あぁ、用意してあるなら良かった。水のこと忘れててさ」

「オークメイジがいた建物脇に井戸があったので、そこから汲んできましたよ。今からもう一度向かうので一緒にいきましょう」

「ここは良いの?」

「私が見ておきますよ」

 そう答えたのはマキマキクイーンさんだ。

 彼女の周りには、集落から持ち出したであろうペンチのような工具が幾つも転がっており、後から自分で使うつもりなのか、それを綺麗に磨いていた。

「んじゃ宜しく頼むよ」

「では参りましょうか」



 既に多くの生徒たちは集落内でアイテムの回収作業を行っている。

 死骸が片付けられた後は、気分を悪くすることはなく、みな笑顔を浮かべて金目のものを略奪中だ。

 どこで見つけたのだろうか。二人がかりで巨大なハルバードを運ぶクラスメイトの姿も見えた。



「ここの井戸水、とても綺麗だったんですよ」

「あ、そうなんだ。俺もさっき浅井に飲み干されちゃったから汲んでおこうかな」

「一応は小野さんに魔法を掛けてもらうか、煮沸してくださいね」

「了解した」


 オークメイジ屋敷の脇にある井戸は、石製のブロックで丸く囲われたスタンダードな造りをしており、上部には木板で蓋がされていた。


「これです」

「あ、ちょっと想像と違ったわ。ロープをガラガラ巻き取って汲むやつかと思ってた」

 件の井戸には鶴瓶つるべなどはなく、近くに置かれていた、やたらと柄の長い柄杓ひしゃくを使って水を汲むようだ。

 蓋を外して長い柄杓を突き込むと、思っていた以上に水面は近かったようで、すぐに中から水音が返ってきた。

 
「あ、ほんとだ。えらく透き通ってるね」

「ゴミなども殆ど浮いていませんしね。あ、でもダメですよ? ちゃんと処理をしてください」

「沸騰させた後に聖魔法だっけ?」

「そのどちらかで大丈夫だとは思いますが……。そうですね。両方しておいた方が安全ですね」

 もしお腹を下したらポーションで治せると思うけど、腹痛で数万の薬は使いたくないな。


「それにしても綺麗な水だな………………。あっ」

「あっ」

 同じタイミングで長良さんも気づいてくれたのか、柄杓の先に魔法の炎を灯してくれた。

 その炎を空気の膜で包み込み、再び井戸の中へと差し入れてみる。


「んーーーー?」

「底まで光が届いていませんね。相当深そうです」

「これ以上は長さが足りないよ」

「大丈夫です。私は医者の家に生まれていますので、色々と見慣れております。さあ」

「いやいやいや、こんな縦穴を潜るのは無理でしょ。あとすぐに脱がそうとしないで」


 水中でも呼吸ができるからと言って、こんなに真っ暗な穴を泳ぐなんて、いくらなんでも怖すぎる。両手を広げ、壁に突っ張れば行けなくもないが、できることなら遠慮したい。


「次に例の部屋へ行ったとき、地下三階へ転移して、逆側から確認しましょうか」

「んー、そっちの方がいいなあ。……ただ、その時はオークたちが復活しちゃってるよね」

 もしかすると、地下三階の謎部屋からは、全く別の地点へ繋がっているのかもしれない。

 その時は、再びこの井戸を調査する必要性が出てくる。だが、例え二度手間になったとしても許してほしい。……だって怖いじゃん。


◻︎◻︎◻︎


 水を汲み終えたあと長良さんと別れ、集落の中心部へと向かうと、そこには広場を埋め尽くすように、ありとあらゆる略奪品がうずたかく積み上げられていた。


 オークたちの暮らしがまるごと剥ぎ取られ、ここへと運ばれてきたような有様だ。


 まず目に飛び込んでくるのは、金属製の窓枠や装飾品、武器や農具、錫や銅の食器といった、ひと目で価値がわかる換金性の高い物品たち。

 その周囲には、巻かれたままの皮革や反物、染め上げ途中だった布地、獣毛の束が無造作に積まれており、すぐ傍には糸車や織機、毛糸を巻く木の芯や手紡ぎの糸が散乱していた。

 さらに、用途も中身も定かでない大小の壺や密封された樽。酢か油か、それとも虫の漬物なのか、蓋を開けるには少しばかりの覚悟がいりそうな品々だ。


 木製のスツールや傷だらけのテーブル、煤けた棚、彫刻入りの椅子、歪んだベッドフレームなどの家具類に、陶器の皿や湯呑み、燭台やランタン、火打ち石の入った箱など、日用品とおぼしきものも山のように混ざっていた。

 衣類もまた豊富で、洗いざらしのリネンシャツから刺繍入りのクローク、毛織りのマントに革のベルトやブーツまで、脱ぎ捨てられた洗濯物のように乱雑に積まれている。

 その一角には、不気味な表情を浮かべた獣面の像、煙を立てるための骨細工の香炉、複雑な紋様が織り込まれた掛布や、真っ黒に染められた皿など、何かしらの宗教を思わせる品々まで含まれていた。


 数日も経てば元通りになるのは分かっているし、これらも所詮は、ダンジョンが作り出した、偽りの生活感にすぎないのだと理解はしている。

 それでも、目の前に積み上げられた品々には、あまりに生々しい暮らしの気配が刻まれており、なんとも言えない申し訳なさのような感情が込み上げてきた。




◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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