風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第53話 世界の政ちゃん

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「……はい確かに。で、ではこちらの中からお選びください」

「えー、結構種類あるじゃーん。……おにいさんのオススメってどれです?」

「へ? あ、ああ……。え、えっと……淡い色の方が、たぶん……作るの難しかったって……。あ、でもその……濃い方が汚れが目立たなくて、便利かもって……」





 今日は月曜日。

 夏休みではあるのだが、クラスメイトたちは夏期講習があるため、ダンジョンには来ていない。


 買取窓口から10メートルほど離れた場所に、我ら異界薬理機構の窓口が作られた。

 ただ窓口といっても、立派な建物なんかではなく、縁日の屋台を少しだけ豪華にしたような見た目なのだが、急拵きゅうごしらえなのでそれも仕方がない。

 この窓口では、うちから依頼した採集クエスト品の受け取りや、木札で交換できる装備の受け渡しを行っているのだが、今日は人手もないので自分が担当していた。

 おそらく同年代と思われる女の子二人組が、木札10枚を集め終え、サンダルと交換するようなのだが……。


「ちょい伊吹、何しどろもどろになってんの? あー、そっちの君にはこのピンクが似合うと思うよ。で、ショートカットの君には青だね。どっちも歩きやすく作ってあるから安心して」

 突然、後ろから現れたのは浅井だ。


「えー、ホントですかー? ……じゃそれと交換しますね」

「はい、ありがとうねー! 次はシャツかズボン? 気をつけて集めてきてね?」

「分かりましたー。ではまたー」「またー」


 二人の女の子はその場でサンダルを履き、ペコリとお辞儀をして離れていった。



「………………」

「……なに?」

「いやー、浅井の方が適任だと思うから、ココ代わってくれないかなって」

「俺は向こうで燻製作ってるし、その味と効能の研究をしなきゃいかんからさ。それに、伊吹はその宿題してんだろ?」

「ま、まぁそうだね……」

 自分のすぐ目の前には、長良さんがダンジョン用の紙に書き写してくれた、世界史に関するテキストが積まれていた。

 ダンジョン内でも勉強ができるようにと、彼女が手ずから用意してくれた、非常にありがたい逸品なのだが、文字の横に描かれている挿絵のせいで、意識を持っていかれがちになるのが玉に瑕だ。


「……これ、何の絵だと思う?」

「ん、どれどれ」

 浅井に、三つ積み重なった蜘蛛の挿絵を見せた。


「これ、世界史に関する絵なんだよな? んーーーー。……ちょっと毒キノコ食ってきていいか?」

「……バフに頼んなよ」


 そんな特殊なテキストを作ってくれた長良さん本人は、今日から一週間ほどダンジョンを休み、自宅で『食べ物バフに関して』の論文をしたためている。

 今はまだ、オークの珍味に関する情報しかないが、まずは食べ物バフなるものが存在することを世間に知らしめ、自分たち3人の知名度と実績を得る算段だ。


「そういや、何で浅井はダンジョンに居るの? 夏期講習は?」

「俺か……。俺、夏休み中は予備校の講習に絞ることにしたよ。その方が時間の融通が効くからさ。……ほら、今はまだ食べ物バフについて誰も研究してないだろ? だから他の冒険者に先んじて色々見つけて、発表しちゃおっかなって」

 確かにダンジョンの食べ物バフについてはブルーオーシャンだ。食べれば食べるだけ新しい発見があるだろう。

 ただ、受験をないがしろにしてまでそれを優先させるのは……。いや? 今を逃したら先駆者にはなり得ないか。何とも難しいところだ。


「……親御さんは?」

「昨日、正直に話したよ。ダンジョンに行ってきたって」

「おぉ、勇気あるな……」

「もちろん、発表前のことだから食べ物バフに関しては話していないんだけど、とある研究が形になりそうだということと、収入もそれなりに得たって話したらさ、一応は納得してくれたよ」

「息子を進学校にまで送り出した親御さんなのに、随分と理解があるな」

「父さん、ダンジョン関係の企業に勤めてるからだと思う。まあ、研究がダメだったら“来年は受験漬けな”って釘刺されたけどね……」

「おぉ、良かったじゃん。……で、いま持ってきたそれは何の料理? 研究対象なんだろ?」

 浅井がココへきた時に持ってきた、木皿を指差した。


「あ、これ? ……新作だから一緒にどうかなって」

「即座に材料を言わないあたり怪しいな……。それ焼いた肉だよな? まさか大ネズミか?」

「お! かなり惜しいぞ」

「え、ネズミじゃないなら何の肉だよ……」

 ネズミで惜しいってことは、やはり食べるのに躊躇ちゅうちょするような代物なんだろうな。


「やっぱり世界のトップを走るには、挑戦していかなきゃなと俺は思うんだ」

「いやいや、それココに持ってきたってことは、俺にも食わせるつもりなんだろ? 挑戦なら雑食スキル持ちが一人でやってくれよ……」

 大体、肉って昨日倒した魔物の肉だろ? 一晩放置されたやつじゃないか?


「じゃあまずは俺がいくから、興味が湧いたら伊吹も食えばいいよ」

「で、何の肉なのそれ」


「これか………………まぁ、信じるかどうかは任せるけど──ゴブリンだ」

「……え? 何が?」

「肉の話。ゴブリンの肉」

「ちょっ、まっ、マジで!? マジでゴブリンいくの?」

「モンスターの代表格だしな」

 魔石以外に一切の価値がないと言われている、あのゴブリンを食うつもりなのか?


「浅井はスキルがあるから大丈夫だろうけど、それを俺に食わそうとしたのか? すこし信じられん……」

「判断石では『毒はない』って出てたぞ?」

「だとしても亜人種は……倫理的にどうなんだ」

「倫理ねぇ……」

 襲いかかってこない魔物も狩ってるから、今更と倫理なんて持ち出すなと言われれば、確かにそうなんだが……。亜人種は……。


「まぁ、伊吹が嫌がるのも理解できる。……ただこれは、今から魔物食で一線級を張るための通過儀礼のようなものだ。『世界のMASAKI』を世に知らしめるためのな!!!」

 浅井はそういって皿の上にある肉を摘み上げ、ヒョイと口の中へと放り込み、モグモグとしっかり咀嚼そしゃくした。


「……臭い」

 だろうな……。


「あ、まっず! これ滅茶苦茶マズイわ!」

「ほら、向こうでペッっとしてきなよ……」

「いや、ちゃんと食べないと……バフが何なのか分からないし……うっ……!」

 徐々に浅井の顔色が悪くなっていく。

 スキルの説明によると、何を食べても無毒化して体調は崩さないとあったので、単純に不味すぎるだけなのだろう。


「なんか……カニミソを100倍生臭くしてから酸味を足し、そこに刻んだパクチーをふりかけた味だ」

「……俺、浅井のこと見誤ってたよ。そこまでちゃんと食レポするとは思ってなかったわ」

 涙目になりながらも、どうにか口の中を空にした浅井は、予め用意しておいた水を一気に飲み干した。


「あーーーー!!! 不味かったー!!!」

「おぉ、さすが世界のMASAKI」


 浅井はその場でしゃがみ込み、両手を使って何度も顔を擦っている。それほどに不味かったのか……。

 しばらくの間、深呼吸を繰り返し、ようやくして顔を上げたと思ったら、今度はこちらの事をぼんやりとした目つきで見つめてきた。


「どう? 遠くの音が聞こえるとか、視力が跳ね上がってるとか、何か感じるものはある?」

「……あっ、これは効果がハッキリしてるわ」

 浅井は、こちらの姿を上から下まで舐め回すように眺めてくる。


「ええと、伊吹には勝てる……気がする」

「勝てる?」

「何で言えばいいんだろうな? 戦った時に倒せるかどうかが分かる? そんな感じだ」


「お? それって結構つかえそうな能力だな。他の人も見てみてよ」

 そうお願いをすると、浅井は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「んー、栗田林業の窓口にいる人には勝てそうだ」

 確かに、いまクリリンさんの窓口に居る男性は、身体の線が細く、少し頼りない感じの男性だ。

「じゃあ、あっちは?」

 そういって指を差した先には、染め物を手伝っているマキマキさんが居る。


「うっ…………何だありゃ……。全く勝てそうにないぞ……。今すぐここから逃げ出したいくらいだ……」

「筋力は、浅井の方が断然勝っているはずだよな?」

「そういった、単純な力だけで測られてないっぽい……。何で言えばいいんだろう……。生物の格が違う? そんな感じだ」

 シャツの染まり具合を確かめているマキマキさんは、純朴そうな女の子にしか見えない。


「あっ、効果切れた」

「随分と早いな。大体1分間くらいか? もっといっぱい食べたらどう?」

「いやいや、コレはもう二度と口に入れたくない。やるとしても、凍らせてから一気に飲み込むとかじゃないと……」

「ええ!? この先、新しい魔物に出会った時、すぐに力量差を測ってほしいんだけど?」

「じゃ、じゃあ俺は、このクソマズイ肉を美味しく食べられる方法を研究しろってこと?」

 干し肉にするとか、酒に漬け込むとかすれ、肉の臭みなら取れるんじゃなかろうか?



 そしてすぐさま浅井は、様々な料理法を試してみたのだが──


「これもダメだ! 不味いままだし、バフが発動しねえ!!!」


 煮込み、黒焼き、香草まぶし、燻製など、ダンジョン内でも可能な、あらゆる調理法を試してみたが、再度バフが発現することはなかった……。



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