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第59話 シマ翼アルバトロス
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風を切る音とともに突き出される太い槍が、黒い巨牛の側面や胸元に何本も突き立った。
呻くような鳴き声を上げて暴れようとするが、ツノに絡んだロープがそれを許さない。
さらに二撃、三撃。肩から膝、腹の下へと、命中するたびにその動きが鈍っていく。
やがてその魔物は、前脚から崩れるようにして、真っ赤に染まった地面へと倒れ伏した。
「おおっ……あっさり倒しましたね」
「全く無駄がなかったなあ」
一行は地下四階の草原エリアに来ていた。
この階層は一面が丈の低い草で覆われており、地球の草食動物に似た魔物が数多く徘徊している。
いま、我々の目の前では、先達冒険者パーティが巨大な牛の魔物を討伐し、それを荷台に積み込んでいる様子が見えていた。
「この、そこら中に立てられていた丸太って、ああやって使うためにあったんすね」
中村さんが、近くにあった丸太を爪先でつつきながらそう口にする。
今しがた冒険者たちが倒した魔物は、『ダンジョン牛』あるいは単に『牛』と呼ばれている魔物で、正式名称はもっと長い。
この牛なのだが、持ち帰ると600万円ほどで売れる、かなり美味しい魔物であるにも拘らず、比較的容易に倒すことができるので、中級以上の冒険者たちから抜群の人気を誇っていた。
地下四階の、いたる場所に立てられている丸太の間にロープを張り、それを挟んだ反対側から牛を挑発すると、まるでロープが見えていないかのように突進してくるので、簡単に拘束することができる。
あとは槍を持った何名かで攻撃をすれば、特別なスキルを使うことなく倒せるので、ここ八宮ダンジョンでは定番の狩場となっていた。
「あんな、鹿みたいなツノが生えてなければ、ロープに絡まらないのにね……」
マキマキさんが、荷台の上で横たわる牛を見て呟いた。
「あれってオスなんすよね?」
「うん。なんかメスは群れてて手を出しづらいし、ツノが短いから同じ戦法が使えないらしいよ」
今回は地下四階の下見がてら、このダンジョンの名物とも言える牛狩りを行おうと、ここまでやってきたのだが……。
「伊吹君、先ほどの冒険者たちは、4、5本くらいロープを張っていましたよね?」
「そ、そうだね……」
中村さんがリュックの中から、ロープを取り出し、それをこちらへ向けてきた。
「ここへ来る前に言われた通り、ロープは持ってきましたけど………………1本しか無いっす」
「ご、ごめん。もっとちゃんと調べておくべきでした……」
先日、牛の狩り方を調べた時には、ロープが必要という点しか目に入っておらず、必要本数まで気が回っていなかった。
「でしたら、今回は仕方ありませんね……」
そう言って、長良さんは立ち上がり、辺りをぐるりと見渡した。
◻︎◻︎◻︎
「…………これって牛? ……頭はどうしたの?」
「いやー、その、取れちゃったと言うか……吹き飛んだというか……」
菅井さんは、持ち込まれた牛の姿を見て困惑していた。
あの後、定番の方法で狩るのは諦め、いつもの方法で牛を倒してみたのだが、シンボルである枝分かれしたツノを含む、頭部全体を爆散させてしまった。
本当は、もっと原型を留める形で倒すつもりで魔法を放ったのだが、想定よりも高威力の爆発が起きた。
もしかして、自分のレベルが向上でもしていたのだろうか。
「身体の部分は綺麗なんで、革の買い取り額は多くなるだろうけど……、いやちょっと待ってな。頭の無い牛を買い取ったことがないから、他の従業員と相談してくるよ。少しだけ時間をくれ」
「分かりました。僕たちはこの辺りにいるんで、決まったら教えてください」
菅井さんは、近くにいたマテ買のスタッフに窓口を代わってもらい、台車に乗せられた首の無い死骸を、ダンジョンの外へと運んでいった。
買取額が決まるまでの時間を待つ間、イカヤキの窓口まで移動すると、チカチカさんとシマシマさんの二人が、帳面を広げて何やら話し合っていた。
「……だってこれは明らかな異常じゃない?」
「ルールに反していないなら、別に構わないでしょ」
あの帳面には、誰に何枚の木札を渡したかが記載されている。まさか実際に木札を一人に集中させて、オーチンを得たものが現れたのか?
「何かトラブル?」
「あ、お帰りなさい。……トラブル……ではないんですが、ものすごい速度で木札を集めている人がいて」
チカチカさんはそう言って、帳面に書かれていた名前を指差した。
「この人がそうなの? えっと、柏原隆さん、獲得数90枚の、交換済み枚数が70枚。ふむ、確かに早いね。 ……この名前の後ろにある「ミュルナ」ってのは?」
「なんかそれ、将来的にその名前を……」
と、そのタイミングで、窓口にお客さんがやってきた。
「採取を完了しました。木札への交換をお願いしたく」
「あっ、はい。では確認しますので、採ってきたものをこちらへ」
業務の邪魔にならないように横へずれると、今しがた亜麻を採取してきた男性を見た。
歳は四十を超えていそうな、髪の長いおじさんだ。既に上下はシャツとズボン。それにサンダルまで履いていることから、レンタル装備は脱したものと思われる。
先ほど帳面に書かれていた人物が、木札70枚分の交換を終えていたことから、この人が噂の本人なのだろうか。
「……はい、問題ありません。では木札をどうぞ」
「かたじけない。……ところで、ジャケットなるものを身につけねば、フル装備の判定とはなりませぬか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。上下の衣類と、履き物を身につけていれば大丈夫です」
「なるほど……。では重ねてお尋ねしたいのですが、いま交換対象にはない、可愛らしいワンピースや、フリフリした衣類などは取り扱ってはいませんか?」
「ふ、フリフリ? ワンピース!?」
男性から思いがけない質問をされ、チカチカさんが慌てふためいている。
「拙者がミュルナちゃんになった暁には、やはりキュートな衣服に身を包みたいのですよ」
「い、いまは交換対象にありませんが、近くラインナップに加えられるよう、この後にでも検討いたします……」
チカチカさんの応対は100点だと思う。なんて素晴らしい受け答えだろうか。
「かたじけない! ぜひ前向きにご検討くだされ。ではまたっ!」
男性はそう話すと、背負子を担いで再び採取へと出かけていった。
「いまのは……」
「はい、あのおじさんが噂の柏原さんです。つい何分か前にも、採取を終えてココに来ていたんですよ。早すぎると思いません?」
前回と、どれほどの時間が開いているか分からないので何とも言えないが、他の人に比べて採取時間が短いのなら、特殊なスキルを有しているか、不正を行っているかだが……。
「シマのドロボー技で、あの人の後を尾けるってできないの?」
「ちょっ、ドロボーじゃ…………いや、私ドロボーだったわ!」
マキマキさんが、シマシマさんのスキルを揶揄っているが、特に険悪な雰囲気ではない。むしろお約束的な感じだ。
「もし隠密的な動きができるなら、オレからもお願いしたい。スキルの力で集めてるなら良いんだけど、人から採取品を奪ってたりしたら困るからね」
「分かった。この怪盗シマ・フジコに任せて」
「空き巣なのに……」
そのツッコミには反応することなく、シマシマさんは柏原さんが消えた方向へ、一切の足音を立てることなく追いかけていった。
ついに、木札を巡っての犯罪が発生してしまったのだろうか……。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
呻くような鳴き声を上げて暴れようとするが、ツノに絡んだロープがそれを許さない。
さらに二撃、三撃。肩から膝、腹の下へと、命中するたびにその動きが鈍っていく。
やがてその魔物は、前脚から崩れるようにして、真っ赤に染まった地面へと倒れ伏した。
「おおっ……あっさり倒しましたね」
「全く無駄がなかったなあ」
一行は地下四階の草原エリアに来ていた。
この階層は一面が丈の低い草で覆われており、地球の草食動物に似た魔物が数多く徘徊している。
いま、我々の目の前では、先達冒険者パーティが巨大な牛の魔物を討伐し、それを荷台に積み込んでいる様子が見えていた。
「この、そこら中に立てられていた丸太って、ああやって使うためにあったんすね」
中村さんが、近くにあった丸太を爪先でつつきながらそう口にする。
今しがた冒険者たちが倒した魔物は、『ダンジョン牛』あるいは単に『牛』と呼ばれている魔物で、正式名称はもっと長い。
この牛なのだが、持ち帰ると600万円ほどで売れる、かなり美味しい魔物であるにも拘らず、比較的容易に倒すことができるので、中級以上の冒険者たちから抜群の人気を誇っていた。
地下四階の、いたる場所に立てられている丸太の間にロープを張り、それを挟んだ反対側から牛を挑発すると、まるでロープが見えていないかのように突進してくるので、簡単に拘束することができる。
あとは槍を持った何名かで攻撃をすれば、特別なスキルを使うことなく倒せるので、ここ八宮ダンジョンでは定番の狩場となっていた。
「あんな、鹿みたいなツノが生えてなければ、ロープに絡まらないのにね……」
マキマキさんが、荷台の上で横たわる牛を見て呟いた。
「あれってオスなんすよね?」
「うん。なんかメスは群れてて手を出しづらいし、ツノが短いから同じ戦法が使えないらしいよ」
今回は地下四階の下見がてら、このダンジョンの名物とも言える牛狩りを行おうと、ここまでやってきたのだが……。
「伊吹君、先ほどの冒険者たちは、4、5本くらいロープを張っていましたよね?」
「そ、そうだね……」
中村さんがリュックの中から、ロープを取り出し、それをこちらへ向けてきた。
「ここへ来る前に言われた通り、ロープは持ってきましたけど………………1本しか無いっす」
「ご、ごめん。もっとちゃんと調べておくべきでした……」
先日、牛の狩り方を調べた時には、ロープが必要という点しか目に入っておらず、必要本数まで気が回っていなかった。
「でしたら、今回は仕方ありませんね……」
そう言って、長良さんは立ち上がり、辺りをぐるりと見渡した。
◻︎◻︎◻︎
「…………これって牛? ……頭はどうしたの?」
「いやー、その、取れちゃったと言うか……吹き飛んだというか……」
菅井さんは、持ち込まれた牛の姿を見て困惑していた。
あの後、定番の方法で狩るのは諦め、いつもの方法で牛を倒してみたのだが、シンボルである枝分かれしたツノを含む、頭部全体を爆散させてしまった。
本当は、もっと原型を留める形で倒すつもりで魔法を放ったのだが、想定よりも高威力の爆発が起きた。
もしかして、自分のレベルが向上でもしていたのだろうか。
「身体の部分は綺麗なんで、革の買い取り額は多くなるだろうけど……、いやちょっと待ってな。頭の無い牛を買い取ったことがないから、他の従業員と相談してくるよ。少しだけ時間をくれ」
「分かりました。僕たちはこの辺りにいるんで、決まったら教えてください」
菅井さんは、近くにいたマテ買のスタッフに窓口を代わってもらい、台車に乗せられた首の無い死骸を、ダンジョンの外へと運んでいった。
買取額が決まるまでの時間を待つ間、イカヤキの窓口まで移動すると、チカチカさんとシマシマさんの二人が、帳面を広げて何やら話し合っていた。
「……だってこれは明らかな異常じゃない?」
「ルールに反していないなら、別に構わないでしょ」
あの帳面には、誰に何枚の木札を渡したかが記載されている。まさか実際に木札を一人に集中させて、オーチンを得たものが現れたのか?
「何かトラブル?」
「あ、お帰りなさい。……トラブル……ではないんですが、ものすごい速度で木札を集めている人がいて」
チカチカさんはそう言って、帳面に書かれていた名前を指差した。
「この人がそうなの? えっと、柏原隆さん、獲得数90枚の、交換済み枚数が70枚。ふむ、確かに早いね。 ……この名前の後ろにある「ミュルナ」ってのは?」
「なんかそれ、将来的にその名前を……」
と、そのタイミングで、窓口にお客さんがやってきた。
「採取を完了しました。木札への交換をお願いしたく」
「あっ、はい。では確認しますので、採ってきたものをこちらへ」
業務の邪魔にならないように横へずれると、今しがた亜麻を採取してきた男性を見た。
歳は四十を超えていそうな、髪の長いおじさんだ。既に上下はシャツとズボン。それにサンダルまで履いていることから、レンタル装備は脱したものと思われる。
先ほど帳面に書かれていた人物が、木札70枚分の交換を終えていたことから、この人が噂の本人なのだろうか。
「……はい、問題ありません。では木札をどうぞ」
「かたじけない。……ところで、ジャケットなるものを身につけねば、フル装備の判定とはなりませぬか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。上下の衣類と、履き物を身につけていれば大丈夫です」
「なるほど……。では重ねてお尋ねしたいのですが、いま交換対象にはない、可愛らしいワンピースや、フリフリした衣類などは取り扱ってはいませんか?」
「ふ、フリフリ? ワンピース!?」
男性から思いがけない質問をされ、チカチカさんが慌てふためいている。
「拙者がミュルナちゃんになった暁には、やはりキュートな衣服に身を包みたいのですよ」
「い、いまは交換対象にありませんが、近くラインナップに加えられるよう、この後にでも検討いたします……」
チカチカさんの応対は100点だと思う。なんて素晴らしい受け答えだろうか。
「かたじけない! ぜひ前向きにご検討くだされ。ではまたっ!」
男性はそう話すと、背負子を担いで再び採取へと出かけていった。
「いまのは……」
「はい、あのおじさんが噂の柏原さんです。つい何分か前にも、採取を終えてココに来ていたんですよ。早すぎると思いません?」
前回と、どれほどの時間が開いているか分からないので何とも言えないが、他の人に比べて採取時間が短いのなら、特殊なスキルを有しているか、不正を行っているかだが……。
「シマのドロボー技で、あの人の後を尾けるってできないの?」
「ちょっ、ドロボーじゃ…………いや、私ドロボーだったわ!」
マキマキさんが、シマシマさんのスキルを揶揄っているが、特に険悪な雰囲気ではない。むしろお約束的な感じだ。
「もし隠密的な動きができるなら、オレからもお願いしたい。スキルの力で集めてるなら良いんだけど、人から採取品を奪ってたりしたら困るからね」
「分かった。この怪盗シマ・フジコに任せて」
「空き巣なのに……」
そのツッコミには反応することなく、シマシマさんは柏原さんが消えた方向へ、一切の足音を立てることなく追いかけていった。
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